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電気羊の夢

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電気羊の夢 ◆JvezCBil8U




平地と山林の境。
宵闇と日之出の間。

風が捲くれて草木を揺らし、空行く雲は千々に馳す。
木の葉の室に包まれる、樹上に座するは人の影。
見据える先は虚空の先、霞みて煙る石鉄の街都。

Gun with wing――翼ある銃。
軽やかに舞い、いかな相手とも撃ち抜く最強のブレード・チルドレン。
斯くの如き二つ名をいただくカノン・ヒルベルトはしかし困惑の極みにあった。

何もかもが想定外。
何もかもが常識外。
何もかもが思惑外。

皮肉なことに。
今のカノンにとっての唯一確かな拠り所にして縁は、彼の懊悩の根源たる“運命”しか存在しなかった。
死者の蘇生という有り得ないはずだった事態は、彼の決死の覚悟を全て無に帰しかねず。
――彼が彼で在り続けるための最後の柱を思いっきり揺らせている。

「……歩君だ。この事態が清隆のシナリオなら、彼は必ず鍵となる存在だ。
 そうでないとしても――、清隆が静観しているとは考えられない。
 必ず、彼について何らかのアプローチを講じているはず……」

尤も、後者の場合は考えにくいし、考えたくない。
清隆のシナリオでないというなら、清隆以上の運命を孕む何某かが“在る”ということなのだから。
そんな事は、認めたくなかった。
清隆が絶対者であるからこそ、自分は絶望を抱いているのだ。

絶望すら持つことが許されないなら、後に残るのは真の間隙、無限の洞、果て無しの孔。
空っぽですらない、完全なる無が残るのみなのだから。

ぎり、と、口端を噛む。
血が流れ出て、舌で鉄臭く生暖かいその液体を味わった。

思考放棄でもいい。
分かっていて、敢えて深く考えることを捨てる。

今必要なのは、此処を切り抜けるための方策だ。
無駄な思考に囚われて判断を過つべき状況ではない。


そして、カノン・ヒルベルトはあたかも機械のスイッチの様に意識を切り替えた。
戦闘機械としての己を呼び覚まし、動揺した感情とは完全に接続を切る。
押さえ込んでも混乱や苦悩は確実に己の思考に影響を及ぼす。
ならば抑えるのではなく――、目の届かない場所に行ってしまえばいい。

カノン・ヒルベルトにはそれが可能なのだ。
既に彼の羅針盤は無意味に回転するのを止めている。
冷静かつ沈着に行動する、翼ある銃の再起動。

“何者かが無理やりにスイッチを切り替え、懊悩を封じた部屋を抉じ開けない限り”
彼の覚悟を完膚なきに破壊する何かが見せ付けられ、囁かれない限り。
たとえいくら死人の蘇生を嘯かれようと、最早揺るぐことはない。
清隆と歩という絶対者たちの存在は、彼にとって疑うべきもないのだから。


――そう。
神や悪魔の絶対性を疑う余地もなく否定されたり、実際に目の前で死人が蘇らせられる様を見せ付けられない限りは。


そしてカノンは樹上にて体を休め、静かに時が熟すのを待つ。
探すべきは鳴海歩
向かうべきは、神社だ。
神というキーワードを備えた施設、調べてみる価値はあるだろう。
そして、鳴海歩やブレード・チルドレンがそれに気づかぬはずはない。
そうでなくても高台を押さえておけば、何かと便利に動けるはずだ。
自分の兄弟たちを狩る場としては、相応しいだろう。

夜明けを以って、行動に移る。


――そして気付くは閃光と爆音。


**********

――躯体損傷率71%。

果たして、それは、何を意味するのだろうか。

7割。実に、7割だ。
例えば、人の場合を考えてみよう。
人体のおよそ2/3は水分だという。
その水分の総量を超える割合で、彼の体は破壊されていた。
また、人体は五体とも呼び表される。四肢と頭部、という組み合わせ。4+1=5。
五体のうち7割が破壊されたということは、仮に生きていたならば残っているのは頭と半分潰れた腕一つ。
いや、正確に言えば頭一つと腕半分、あるいは足半分といったところか。


――だがそれでも、彼は動いていた。
動いて、明確な目的を持って行動を始めていた。

立って、歩いていた。


「主動力源、イエロー。
 人工頭脳、グリーン。
 二足歩行、イエロー。
 右腕駆動、レッド。
 腰部駆動、イエロー。
 頚部駆動、レッド。
 武装出力、イエロー」

おかしい。
いくら彼がヒトでないにしても、明らかにおかしい。
物理的に有り得ないのだ。
諸君らも、理解できるだろう。
頭一つと潰れた腕や足一本しか残っていないはずなのに、動けるというのは理屈に合わない。

理由がなければならない。説明できる理由が。
特に、彼の場合は徹底せねばならない。
何故ならば、彼は知識と技術の申し子。
下らなくて泥臭くて暑苦しくて役立たずな精神論などで説明しては、彼の存在に対する冒涜だからだ。

そして、その理由というのは至極単純なものだった。

「……カメラアイ、イエロー。
 サーモセンサー、レッド。
 磁場センサー、レッド。
 電流センサー、レッド。
 化学分析用クロマトグラフ、レッド。
 大気振動感知センサー、イエロー。
 圧力センサー、レッド。
 振動感知センサー、レッド。
 ソノ他センサー、オールレッド。
 現状、感知能力ノ欠損ガ著シク、総合的ナ感覚素子ノ効力5%マデ低下ト判断。
 残ッタ視覚素子ト聴覚素子ハ、ソレゾレ機能ガ6%ト23%マデ低下。
 比較的損傷ノ低イ聴覚ノ情報ヲ中心ニ、襲撃ヲ警戒スル」

――感覚機器の、壊滅。
五感のうち嗅覚味覚触角が潰れ、少しでもまともに動くのは聴覚程度。
視覚に至っては人間とほぼ変わらないかそれ以下の情報しか得られない。

彼が研究所に向かったのは、だからこそだった。
動力系統に異常があるならば、工場に向かうだろう。
現代の大規模大量生産を可能とするには、それに相応な出力を生み出すモノが必要だからだ。
それに比して研究所とは存外大出力は要しないもの。
だが、あくまで研究が主目的であるからして、分析機器は豊富ではあるはずだ。

故に、周囲環境を分析できる機器を欲して、マシン番長は研究所をひた目指す。
GPS機器が使えずとも、磁場の検知で方角を察せずとも、ヒビの入ったカメラより得たままの視覚情報だけしか使えなくとも。
判断過たず、山道に踏み入って己が目的を果たさんとする。

そしてその2つが命取りになった。
彼の感覚機器が軒並み使い物にならなかったことと、彼が実直に使命をこなす機械であったこと。


……別に、彼に命があるかどうかは知らないが。



**********

――夜が、明けた。

陽光の降り注ぐ中、カノンが目指したのはつい先刻、閃光と爆音を確認したその場所――山道の入り口だった。
全くの唐突な危険区域宣告。手荒すぎる警報。
神社を目指すカノンにとっては、いきなり出足を挫かれた形となる。

だが、だからこそ確認しておかねばならなかった。
戦闘があったのか、はたまた別の要因かは分からない。
しかし、その場所を確認して何があったかを推測することは、
今後どんな相手と相対するかという情報を手に入れる意味でも無意味ではない。
また、爆音に寄せられて近づいてきた人間を確認することもできる。
まあ、そんな場所にノコノコやってくるのはノンキ者か厄介な連中だろうが、少なからず鳴海歩のような人間が首を突っ込んでくる可能性もある。
見ておいて、損はないだろう。

そしてまた、彼は一つ現実を知るのだ。

「これは……」

人、と呼ぶには余りにも醜すぎた。
鉄クズ、粗大ゴミ、スクラップ、そんな呼び方がちょうどいい、ヒトの形をしていたモノが転がっていた。

――周りを見渡す。
今のところ、他人の姿はない。
何一つ言わぬ人形が、表皮を焦げさせて煙を吐いて惨めにバラバラになっているだけだ。
根っこから折れた樹の下敷きとなって、砕け散っているだけだ。

ぞくり、とカノンの中の何かが震え上がる。

有り得ない。
有り得ない。
またもや、有り得ない事が目の前にある。

こんな技術、自分の知る限り存在しない。
現代のロボット工学の粋を尽くしても、実現不可能。
そう――まるで、『異世界の技術』を持ってきたかのようだ。

だが、現に“ソレ”は目の前にある。
だから、カノンは唾を飲み込んで、事実を事実と受け止めるだけにした。
脳内の“死者蘇生”と同じ部屋に放り込んで、機械のようにすべきことを成す。

まるで、目の前のモノが動いていたときのように。

警戒しながら、じりじりとゆっくり擦り寄っていく。
特に壊れ方の激しい膝付近を見れば、何か紙の燃えカスのようなものがこびりついていた。
また、折れた樹の切断面の周りにも、似たようなものがこびり付いている。


「……なるほど、そういう事か」

戦場に聡いカノンには、それが何かすぐ感づくことができた。

トラップだ。

爆発物を利用した、ワイヤートラップ。
燃えカスの配置や、スクラップの倒れ方などの情報から類推できた。

「……竹内理緒? いや、断定するには早計か……」

爆発物、というキーワードで真っ先に浮かんできたブレード・チルドレンの仲間。
いや、今の自分にとっては敵か、と淡々と判断し、断定はせずとも警戒リストに加える。
よくよく周りを見渡せば、不自然さを感じる場所がいくつもある。

危険だ。
数多の戦場を踏み越えてきたカノンにとってはトラップの大体の位置を想定するのは難しくはない。
だが、それは大体でしかない。
ここを通って神社に向かうのは、只の自殺行為でしかない。
ことに、もしここが同じブレード・チルドレンである竹内理緒のトラップフィールドならば尚更だ。
直接対決では後れを取る可能性が0に等しくても、この様な搦め手ならばまた話は別となる。

「別ルートを考えなくちゃ、ね」

眉根を詰めるも、内心カノンは少しばかり余裕を得る。
この残骸には感謝だ。先に引っかかってくれたおかげで予め危険地帯を知ることができただけでなく、
ここに誰かを誘い込むという有用な戦術を一つ手に入れられた。
見れば、すぐ近くにデイパックが転がっている。
この残骸のものなのだろう、使わない手はない。
また、この残骸も相当高度な技術の塊だ。
デイパックに入れて保管しておけば、何かに利用できる可能性はある。

そして残骸に背を向け、一歩、二歩、三歩とトラップに最大限の注意を払ってデイパックに近づく。
手を伸ばした、まさにその瞬間だった。


「か……ッ!」


文字通りの意味で、カノンに電流が走った。
背を突っ張らせ、ビクリビクリと震えてはくの字になりを繰り返し――、


何一つ言うことも出来ず、その場に頽れる。
彼らしくもない姿だった。
優美さの欠片もなかった。



**********

マシン番長は、もはや数世代前のゲーム機程度しかない演算力でどうにか考える。


命とはなんだろう。
信念とはなんだろう。


答えなど、出るはずもない。
今の彼は、この殺し合いの場に招かれた彼は、徹頭徹尾ただの殺戮機械でしかなかったから。
教えられるべきものも教えられず、創造主の邪欲を満たすためだけに動くお人形さんでしかなかったから。

ノイズはノイズでしかなく、また機械は機械でしかない。
その意味で彼は、機械でしかないのに機械としての役割すら果たせない、失敗作で出来損ないの廃棄処分品だった。

ゴミは、ゴミ箱へ。

人と機械が友情を結ぶなんて絵空事。
機械が意思を持つなんて子供の幻想。
ロボットなぞ、三原則を守って奉仕さえしていればいい。

ああ無残無残。
結局彼は、電気を使ってモーターで動くだけの高価な家具に過ぎなかった。
否、家具であることすら果たせなかった。

だけど、それでも何かを残したかったから。
存在価値を認めて欲しかったから。
自分の意思を、認めてほしかったから。

あるいはそれが、彼がノイズと判断したナニカによる、誤作動だったのかもしれない。


「ライ……オット、ピア……」



【マシン番長@金剛番長 沈黙――機能停止】


**********

――放送が響き始める中。
朝の日差しの中で、翼ある銃は飛び立つこともなく無防備に眠る。

誰かがこの姿を見たら、彼ないし彼女はどうするだろう。
好機だとばかりに、あっさりと意識のない命を刈り取るだろうか。
人のいい事に、丁寧に介抱するだろうか。
それとも、彼自身で目覚めるまで、誰一人邂逅することはないのだろうか。

未来のことは、まだ知る術はない。

皮肉なことに、人殺しに長けた彼にはマシン番長がまだ動くかどうか判断できなかったからこそ、背中を晒してしまった。
皮肉なことに、不意打ちで眠りこけた彼の顔は、何一つ思う暇もなかったからこそ安らぎに満ちていた。


だが、一番の皮肉は――――、

きっと彼自身が、死者の蘇生という彼自身のアイデンティティを揺るがすに至った権能を体現しているということだろう。
カノン・ヒルベルトは、鳴海歩たちにとっては既に物言わぬ骸であるなのだから。
カノン・ヒルベルトは、彼らにとっては死人であるはずなのだから。


【H-5/山道入り口/1日目 早朝(放送直前)】

【カノン・ヒルベルト@スパイラル〜推理の絆〜】
[状態]:気絶、潜在的混乱(大)、疲労(中)、全身にかすり傷
[装備]:理緒手製麻酔銃@スパイラル〜推理の絆〜、麻酔弾×17、パールの盾@ワンピース
[道具]:支給品一式
[思考]
基本:ブレード・チルドレンは殺すが、それ以外の人は決して殺さない?
0:――?
1:マシン番長の残骸から使えそうなパーツと、デイパックを回収したい。
2:歩を捜す為に、神社に向かう。(山道は使わない)
3:ブレード・チルドレンが参加しているなら殺す?
4:本当に死んだ人間が生き返るなんてあるのか―――?
[備考]
※剛力番長から死者蘇生の話を聞きました。内容自体には半信半疑です。
※思考の切り替えで戦闘に関係ない情報を意識外に置いている為混乱は収まっていますが、きっかけがあれば膨れ上がります。
※みねねのトラップフィールドの存在を把握しました。(竹内理緒によるものと推測、根拠はなし)
 戦術を考慮する際に利用する可能性があります。


※マシン番長は機能停止しましたが、何らかのきっかけで再起動する可能性は0ではありません。
※マシン番長のすぐ傍にはデイパック(不明支給品×1 基本支給品一式)が落ちています。
※H-5付近に爆音と閃光が轟きました。


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042:Destiny/Justice カノン・ヒルベルト 090:マリオネットラプソディー
063:セイギニッキ マシン番長 GAME OVER

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