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夜明けだョ!全員集合(前編)

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夜明けだョ!全員集合(前編) ◆lDtTkFh3nc



相性って、あると思う。

それは弱い奴でも強い相手を倒せるってシロモノじゃない。
強い弱いの価値そのものを逆転させる、絶対的で強力なもの。
そう、じゃんけんと同じだ。その相性を考えて活かすのが、弱い人間が生きる為の『力』。
だから彼らは考える。


    ◇     ◇     ◇

最初は、グー

    ◇     ◇     ◇


金剛晄はかたい。
握りこんだ拳のように硬い意志と信念を持つ。
スジの通らぬ話は許せない。そんな性格だから仲間も増えた。
しかしそれは正の側面。
人の性格には長所と短所が、大抵は表裏で存在する。

夜道をゆっくりと歩く三人組の中でも、金剛は特に目立っていた。
その巨体、奇抜な髪型…暗闇でもはっきりと『個人』を認識できる。
普通の体格である他二人と並んでいるとそれがよくわかった。
彼らは今、土方(沖田)の知り合いがいると思われるデパートへと向かっている。
外敵からの襲撃に警戒しつつ、内部にも気を配りながら。
といっても楽しげなおしゃべりがあるわけではない。

「おりゃ、きりきり歩けィ」
「…くそ、引っ張んなよ!」
「おい、土方…」

もう何度目か。
沖田の潤也の扱いに、金剛が注意をいれる。

「…冗談でさァ、金剛の旦那」
「そうは見えん。冗談だとしても、性質が悪いぞ」

とても反省しているようには見えない態度で返す沖田。
首輪でつながれた少年、安藤潤也は聞けば金剛と同じ高校生。
そんな少年をいかに危険とは言え首輪に繋いで犬のように扱う等、金剛には許せなかった。


「へいへい、と。それよりも…あれ、何でしょうかね?」
「む…」

特に気にした様子も無く、沖田は話題を逸らす。
促された先には、またしても学校のような建物があった。
おそらくこちらは地図に載っていた小学校だろう。校庭に遊具がならび、花壇まであった。

「出番だぜィ、潤也くぅん?」
「…わかってる。あそこに人は……『いる』」

潤也の能力。十分の一を一にする力。
『目の前の小学校に人がいる』『いない』の二択なら、確実に当てることが出来る。
さらに彼が『当てる』事が出来るのはそれだけではなかった。

「次に会う相手は『女』、殺し合いにはのって『いる』」

その言葉と同時に、彼らを包む空気が一気に変わっていった。
高まらせた緊張感を維持しつつ、三人は夜の学校へと踏み込む。
止める、捉える、見極める。バラバラな目的を胸に秘めて。



潤也の能力で小学校への侵入者は2階にいることがわかった。
校舎は三階建てでごく普通の小学校。二階にはいくつかの教室が並んでいた。
ここまでくれば能力等に頼るまでもない。人の気配のする教室へと三人が忍び寄る。

…いや、間違っていた。
「忍び」寄っていたのは二人まで。その潤也と沖田の制止を振り切り、あとの一人、
金剛はずかずかと教室の入り口まで突き進み、全力で扉を開いた。

「!!!」

驚きの表情で固まり、明らかに動揺する金剛。その姿を見て、何事かと二人も駆け寄る。
彼らの視界に飛び込んできたのは、今しがた着替えを終えたばかりであろう体操着姿の少女だった。


    ◇     ◇     ◇

またまた、グー

    ◇     ◇     ◇


金剛達が踏み込んだ教室には、少女がいた。
沖田と潤也がまず驚いたのはその服装。おそらくは現地調達したと思われる、上下の組み合わせ。
上は白の体操服。しかしここは小学校だ。そのサイズはかなり小さい。
少女もかなり小柄ではあったが小学生という感じでもない。少しきつそうであった。

そして下。
今や絶滅種となった紺色のブルマ。もはや語るまい。
これをわざわざ用意したとするならば、この殺し合いの主催者は何を考えているのだろう。
そう思わざるをえないある意味極上の一品だった。

それを着込んだ当人は三人の侵入者に対応しきれず、口をぽかんと開き立ちつくしていた。
幸い着替えの真っ最中という状態ではなかったが、驚かすには充分なタイミングだろう。

「あ、あの…」
「知り合いですかィ、旦那?」

何かを言いかけた少女を遮るように問いかけたのは、沖田だった。
金剛の表情から察するに図星だろう。唐突な質問だが根拠はあった。彼の動揺具合だ。
短い付き合いだが、この男はわかりやすいので性格は多少把握できた。
彼は煩悩の類とは縁遠いタイプだ。
例え遭遇した相手が水着のお姉さん軍団であろうと彼はこれほどまでに動揺することはないだろう。

そんな彼を動揺させる要素があるとすれば何か?
考えられるのは、相手が知り合いであるという可能性。
潤也の能力で次の遭遇相手が殺し合いに『のっている』ことが明示されている。
特殊なケースを除いて、誰もが今だけは知り合いと遭遇したくないと心から思うだろう。
中学校にいた時点で既に地図上に示された施設に自分達の関係者はいないことを確認していた。
しかしあの後に相手が小学校にたどり着いた可能性や、うっかり金剛が挙げ忘れていた知り合いの可能性も充分にある。
それらを考慮して尋ねてみたが、当たっていたようだった。

なんにせよ、ただでさえ複雑なこの状況での仲間との再会は、より微妙な形で起きてしまった。

「……あぁ、俺の仲間だ。剛力番長、お前も巻き込まれていたか」

未だ複雑な表情を浮かべたまま、金剛が一歩踏み出す。
しかし、剛力番長と呼ばれた少女から返ってきた言葉は予想外のものだった。


「……あの、一体どなたですか?私には貴方のような知り合いはいないのですが……?」
「な、何!?」

そんなバカな、といった表情を浮かべる金剛。
沖田はなんだか面白そうなものを見つけた、といった顔つき。
潤也は潤也で、微妙な表情を浮かべている。

「何を言っている!?俺たちは共に暗契五連槍と戦っただろう!いや、それ以前にお前と俺は一度拳をまみえたはずだ!」
「そんなことを言われましても…暗契五連槍ってなんのことですの?
 そういえば先ほどの方も私をご存知のようでしたけど…あ、もしかして、貝裏鬼のお知り合いか何かでしょうか?」

かみ合わぬ会話。
傍から見れば男女の痴情のもつれのようにも思えるだろうか。
実際にその類だろうと判断し、ニヤニヤと笑っている男もいる。
だが実は、このいさかいはそんな単純な構造ではない。

当人達は知る由もないが、彼らは呼び出された時間が違うのだ。
剛力番長は金剛番長と出会う前から呼び出されており、金剛番長は彼女と共闘した後から来ている。
そのズレが二人の会話をおかしくしているのだ。

「一体どうした!?卑怯は?念仏は?居合いのことは?忘れちまったのか?」
「!! 忘れてなどいません!!私は何一つ忘れていません!!」
「ならなぜだ!!」

ムキになって否定する剛力番長と、思わず大声をあげる金剛。

「忘れてなどいませんが…あなたのことは知りません!!私の記憶は確かです!!
 嘘をついているのは…あなたでしょう!!」
「ちょ、ちょっと待ちなって」

ドンドンヒートアップする二人の会話に、とうとう沖田が横槍を入れた。

「なんだかよくわかんないけど、これだけは言わせてもらうぜ」

そういって息を吐くと、沖田は笑みを浮かべる。
なんとも意地汚そうな、笑みを。

「昔の女にいつまでもこだわるのは男らしくないですぜ」
「……」


沈黙。
いつもなら誰かしらのツッコミがとんでくるところだが、今はない。
ツッコミ不在の居心地悪さを、彼は実感していた。

「土方」
「わかってますよ。ったく…面白味のない連中だぜィ。
 とにかく旦那、今はそれより確認すべきことがあるんじゃねーですかィ?」

促されて金剛は、複雑そうな表情のままあらためて剛力番長に向き合う。

「……そうだな、その前に確認したい。剛力番長…お前はこの殺し合いに、のったのか?」

駆け引きも何もない、直球の問いかけ。
その瞳に迷いはなく、その言葉に淀みはない。
威圧するような態度でもなく、だが答えねばならない様な気にさせられる。
言葉を無理にあてるなら、威風。そんな聞き方だった。

「……えぇ、そのとおりですわ」

伏し目がちに返される言葉に、金剛の拳がギュウと握りこまれる。

「…なぜだ!!なぜこんなスジの通らねぇ殺しあいに…」

ジャラ

金剛の叫びとも言える問いかけは、奇妙な鎖の音によって中断される。

「えっ…!?」
ゴッ!

剛力番長の背後に回り込んだ沖田が、木刀の柄を彼女の首筋に叩きこんだ。
そのままうつ伏せに倒れこむ剛力番長。鎖の音は彼が握っていた首輪のものだった。

「土方!!何をする!!」
「旦那ァ、さすがに言わせてもらいますぜ。この女は殺し合いにのっていると自分で言ったんだ。
 潤也くんの能力を完全に信頼したわけじゃないが、さすがに言い訳はきかない」
「だが、なにか事情があるのかも知れねぇ」

睨みつけるように、金剛が言葉を続ける。

「事情もわからず相手をぶちのめすのは、あまりスジが通っているとは言えないぜ」
「その事情とやらを聞くのは、こいつをふんじばってからでも遅くはねぇ、違いますかィ?」

沖田は先ほどまでと違い、かなり真剣な表情となっていた。
彼にしてみればこれでも譲歩したほうである。いつもの彼ならこんな生温いやり方ではすまない。

まず、一撃で気絶はさせないだろう。間違えたフリをしながら4〜5発は相手を殴る。
適度に間隔をあけ、相手が何か言い返そうとするタイミングを見計らって叩き込む。
相手が本物の土方であれば4〜5発では済まず、顔面にも叩き込むに違いない。
それでも平然と「間違えた」などと言いながら。

一発で気絶させてやっただけマシでしょう、沖田がそう言おうとした時だった。


「その必要はありませんわ」

首の裏をさすりつつ、剛力番長は立ち上がった。
ゆっくりと振り返る少女の視界に、しかし沖田は映らない。
その時にはもう既に、彼は敵の背後に回りこんでいた。

ガッ

二発目も躊躇無く叩き込んだ…はずだった。
しかし今度は倒れることなく、逆に振り返り際に裏拳を繰り出してくる。

「やっ!」
「チッ」

相手の反撃をかわし、ひとまず距離を置く。
さすがに二発目がなんの効果も見せなかったことには驚きを隠せない沖田。
彼女が常人よりはるかに頑丈な体質であることを知っている金剛は、多少落ち着いている。

「止せ!落ち着け剛力番長!」
「そちらから手を出しておいて何を!」

今度は金剛のほうに振り返る剛力番長。
その隙を突こうとした沖田を、金剛が制す。

「お前も止せ!土方!」
「旦那、そうはいかないぜ。俺はこれでも警察の人間なんでね。
 これから人殺そうって奴をほっとくなんざ、職務怠慢で減給ものでさァ」

本人は減給なんてなんのその、といった生き方をしていることを棚に上げ、一応は正論を述べる。

「け、警察!?あなたがですか??なんだか納得いきませんわ…」

場違いな驚きを示している剛力番長は放っておき、二人は会話を続ける。

「それは俺も同じだ!こんな場面で人殺しなど、認めてたまるか!!」
「ならいいじゃねーですか」
「だが、ぶちのめすにしても、反省させるにしても、相手の理由は聞いておく!」
「だから、なんでですかって…」
「スジが通ってねぇからだ!!!!!!!!!!!!」

大絶叫。
沖田はもちろん、おもわず潤也も体が固まり、耳をふさぐ。
それを納得とでもとったのか。金剛は剛力番長への質問を再開した。
彼女は彼女で、金剛の迫力に気圧されしたのか、おとなしくなっている。

「さぁ、説明してもらうぞ、剛力番長。一体なぜこんな馬鹿げた殺し合いにのっているんだ」
「……いいでしょう。私の正義をお聞かせして、理解していただければそれに超したことはありません」

まさにやれやれ、といった具合で、沖田もひとまず木刀をおろす。
だがその目はまだ、油断無く真剣さを残していた。


    ◇     ◇     ◇

いかりやチョーすけ、頭はパー

    ◇     ◇     ◇


「アンタ、全然ダメだよ」

剛力番長の告白を聞いて真っ先に口を開いたのは、意外にも潤也だった。

少女の告白―――

全てを壊し、全てを蘇らせる。
錬金術師を名乗ったその男の計画の実現が、彼女の正義。

沖田や、金剛にもなんとなくわかっていた。その男は嘘をついているか、隠し事をしている。
だがその少女の語りには希望というか、なにかすがる様な気持ちを感じさせた。
金剛は警戒心から、沖田は自分に被害がこないように指摘する方法を考えて、言葉を選んでいた。
だがそんな事はおかまいなしとでも言うように、潤也は言葉を放つ。

「ソイツの言ってる事はデタラメだよ。少なくともいくつかはさ」
「なっ…!失礼な!キンブリーさんは…」
「じゃあなぜ俺たちは生きてる?」

潤也の発言に、剛力番長はビクッと体を震わせた。

「俺や土方はともかく…金剛ははっきりと、殺し合いにはのらないって宣言してる。
 さっきの叫び声なんて、気づかなかったなんて言えないぞ。なのに化物に変えられる様子は無い」

さらに潤也は続ける。

「大体、人形を作れたからって人間も蘇らせることが出来るなんて思えないだろ」
「それはっ!先ほども言いましたが、キンブリーさんが言うには賢者の石とかいう…」
「実物、見たのかよ?」
「え?」

不安そうな顔で、言葉に詰まる剛力番長。
少しうつむき気味に話す潤也の表情は、前髪に隠れてうかがえない。

「その賢者の石ってのが実在するか、アンタは確かめてない。たとえ本当に存在するとして、
 それがソイツの言うような力を持ったシロモノかはわからない」

苛立ちを我慢できず、潤也は足をタンタンと地面に打ちつける。
リズムは一定だが、とても心地よいものとは言えなかった。

「そもそも、どれだけアンタが殺してまわろうとも、そのキンブリーってヤツが死んだら意味がないだろ?」
「なっ!」
「結局アンタは、何一つ自分で選んじゃいないんだ。
 ただ自分の失敗を誤魔化したくて、都合よく現れたその男に思考を預けた。
 そいつのいいようにつかわれても、楽だからってそっちを選んだんだ。
 ……それは死んだも同然の、生き方だ」

少しずつ声のトーンが下がっていく。
言いたい放題言われ、剛力番長のほうも黙ってはいられない。
必死で考えを巡らし、あまり得意ではない舌戦を挑もうと試みる。


「そんなことはありません!私はキンブリーさんの作戦が一番だと思ったんです。
 お話した時間は短かったですけれど、貴方たちと違ってとても紳士で素敵な方でした。
 私は、あの人の言うことなら信じられます!」

「考えろ!!!!」

突如出された大声。
先ほどの金剛の叫びとは違った迫力を秘めた一言だった。
その場にいた3人が、思わず身を強張らせる。

「考えろ、考えろ、考えろ!!!自分の頭で!!!誰かに任せるんじゃなくて!!!
 何も考えないで任せるのは信じてるとは言わない。流されてるってことだ。
 考えろよ!!それをしないで自分のことを正義だの何だの言って暴力を振るうのは……
 俺は、絶対に……許さない」

顔をあげた潤也の目は、修羅場慣れした三人にも恐ろしさを感じさせるものだった。

自分で言っていて、イライラしてくる。潤也は強烈な自己嫌悪に襲われていた。
自分は先ほどまで、この殺し合いからさっさと離脱する方法を考えていた。
兄貴の仇がここにいれば探し出す。いないなら他の全員を殺してでも脱出すると。
だが、それは自分で考えた方法だろうか?

『御主等にはこれから最後の一人になるまで殺し合いをしてもらう』

無意識にこの言葉に流されていなかったか?
それが、本当にベストな選択か?

自分は土方にあっさりと捕まった。
その土方すらこの金剛に対して警戒感のような、ある種実力を認めているような、そんな態度をとっている。
遠慮や敬意などはほとんど感じられないが、潤也に対する舐めきった態度とは大違いだった。
そしてその金剛と一緒に戦ったという目の前の少女。土方の攻撃にも怯まず反撃してみせた。

こんな連中を、どうやって殺すというのだ。

一人ひとり罠にはめる?
この狭い会場で、既に警戒心を抱かれているのに?
この状況じゃ、罠にはめた一対一だって勝てるかは五分以下だ。
潰しあいをさせる?
バカバカしい。結局は最後の一人をこの手で殺さねばならない。
たとえ疲弊しきっていようとも、そこまで生き延びた実力者をあっさりと殺せるものか。
長い時間をかけて、不意打ちが出来るくらい絶対的な信頼関係を築けていればそれも可能かもしれない。
だが、そんな時間をかけている暇は無い。
それに万一にも失敗は許されない。精神論で『何とかする』なんて言えない。

俺は、一刻も早く、絶対に、兄貴の仇を討たなきゃいけないんだから。

考えろ、考えろ、考えろ。

自分の頭で、誰かの言葉に流されるのではなく……
一番『速く』、『確実』に脱出できる方法を……


安藤潤也は金剛とは別の方向で一直線な男だ。
自分の決めたことはしっかりと信じるし、流されない。
金剛が濁流を遡る魚なら、潤也は根を張って決して倒れない木、という感じだ。

何一つ離さぬよう、撃ち抜く事に特化した拳。
あらゆる方向に広げられた、全てを掴む可能性のある掌。

潤也は後者。手段にこだわらないからこそ、迷わない。
一度定めた目標の為ならば、あらゆるものを賭けてでも邁進していくことが出来る。
柔軟であるが故の強靭さ。それはさながら風にそよぐ柳のように。
剛力番長の告白を聞き、彼はあらためてその思考の強靭さを発揮しつつあった。

「………!」

ではもう一方の少女に浮かぶのはなにか?
怒りではない。混乱と恐怖の混ざったような顔をしている剛力番長。
今彼女の頭の中にはグルグルと様々な感情が駆け回っているのだろう。
いかにも折り合いがつかないといった感じで、表情が見るに耐えないものへ変わっていく。
思わず声をかけようとでも思ったのか、金剛が一歩前へ踏み出た、その時だった。

「私は、自分が正義だと思ったことを信じて実行してまいりました」

剛力番長は語りだす。顔を伏せているので表情はわからないが、口調は落ち着いていた。
金剛も沖田も、彼女がパニックを起こし暴れだすのではと思っていたので少し安心する。

「私は私です。ここに来てからも何も変わってはおりませんわ。
 ですから、考えるまでもありません。いえ、充分に考えられているんです」

だが、吐き出されたのは決して落ち着いた回答とは言えないもの。
今までしてきた事が正義であるなら、これからすることも正義である。
そんな理不尽な理屈ともとれる発言だった。

「私の正義の実行を妨げようというのでしたら……
 可哀想ですが、力ずくでも納得して頂きます!!」

強く握りこまれた拳が突き出される。
気づいた時には、金剛の体が宙に浮いていた。

沖田は刹那の中で気がつく。
自分の立っている位置。潤也の立っている位置。その関係性。
金剛の肉体。不可解なほど強い剛力番長とやらの腕力。
このままだと金剛が自分と潤也の間を通って吹っ飛んでいく。
おそらく窓を突き破って校庭へ飛び出すだろう。
不思議と金剛の心配はしなかった。彼ならこの程度なんとも無い。そんな無根拠な確信があった。
だが、自分と潤也の間には鎖が張られていた。一端は自分の手に。もう一端は潤也の首に。
二人の適度な距離が、ある程度の高さを保たせてその鎖を張らせている。
ここで自分が何もしなければどうなるか。それを考えた時、刹那の中で沖田は鎖を手放していた。

目の前を金剛の巨体が吹っ飛んでいく。
それを追う様に、体操着姿の少女が駆け抜ける。
そしてその二つの向こう側に見えるのは、ただの『ヤバイ』少年か、それとも。

沖田は、出会った時のように潤也と対峙する。今の潤也は丸腰だが、彼を拘束するものはない。
鎖を持つ手は離してしまった。
だが、離さなければ鎖は金剛の体で引っ張られ、潤也は首に重大な損傷を負っただろう。

「チッ」

沖田は苛立つ。なぜ自分は手を離したのか。
彼の中に根付く、とある男の性格か。あるいは姉への想いが彼を優しくしたのか。それは本人にもわからない。
確実なのは、それが今の状況を作り出してしまったということ。
鎖で繋がれた狼と、自由な犬。どちらが恐ろしいのだろう。
潤也が口を開いた。

「これで、対等だ」
「あァ?」

沖田が、少し不機嫌そうに返す。

「これで俺とアンタは対等だ」
「寝てるのかィ?寝言が聞こえるぜ。これのどこが対等だって?」

沖田の手元には潤也から取り上げた銃と支給品の木刀がある。
一方潤也の手元にある武器と呼べそうなものは首からぶら下がる鎖と首輪くらいだ。
普通に考えれば、とても対等とは言えない状況。
校庭から轟音が聞こえる。金剛達が派手にやっているらしい。
なんとなくわかっていたが、やはり彼はかなり強いのだろう。

「俺は鎖で繋がれてない。アンタは、もう一度俺を捕まえなきゃいけない」
「それがどうした」
「アンタにとって道具同然だった俺が、今は敵になってる。だから、対等だ」

確かに、先ほどまでと比べれば状況は幾分潤也優位に動いている。
だが身体能力の違いは先の戦闘ではっきりしているし、沖田は潤也の精神を乱す術もわかっている。
沖田は余裕の態度を崩さない。それがこの状況で必要な事をよく知っていた。

「やっぱり寝てるらしいや。今叩き起こしてやるぜ」

木刀を握りこむ。
先ほど剛力番長にしたのと同じように、背後に回りこんで一撃。これで終わりだ。
ヤツはあの女のように頑丈ではない。咄嗟に対応できるような反射神経も、経験もない。
楽なものだ。そうわかっていても、少しも気を緩めないのは経験からか、無意識に相手の危険性を感じ取ったか。

「アンタの挑発は効いた」

突然喋りだす潤也。
心理戦にでも持ち込むつもりかと、一瞬警戒する。
そんなものに付き合う理由は無い。だが、このまま力でねじ伏せても同じことを繰り返しそうな気がする。
一度完膚無きまでに精神から叩きのめし、従順な犬にでもなってもらうか。
相手の心を乱すキーワードは既に掴んでいる。
なにより相手の精神を責める事に関して、沖田は自信があった。

「俺にとって、兄貴は引き合いに出されたら冷静じゃいられない存在だ。詩織もそうだけど…」
「あぁ、彼女だったか?そいつももしかしたらここにいるかもしれないぜィ」

兄の話題を自分から出してきたので、あえて別の方面から責める。
だが、潤也は無視して自分の話を続ける。

「ずっと考えてた。なんであんなにムカついたのかって。
 きっと、アンタの言い方が凄く巧かったからだ。俺の嫌なところばっかり突いてきた」
「彼女が泣いてるぜ。自分をほっといて彼氏が人殺ししようとしてるなんて知ったらな。
 それとも……もう生きてないかもな?」

沖田も無視して、責める。
非情。我ながらひどい事を言っていると思うが、罪悪感は無い。
今大事なのは気遣いではないのだから。沖田は冷静に、潤也の精神を乱そうとする。

「いつだったか見たテレビで言ってた。人の悪口を言うとき一番巧く言えるのは……
 同じ悪口を言われた事がある人だって」

ピク
沖田が少し反応する。
すぐにそれを隠し、次の言葉をつなげようとした、一瞬の躊躇。
それが潤也に連続の発言を許してしまう。

「それとは違うかもしれないけど…似たようなことなんじゃないかと思った。
 アンタ……家族が、それもたった一人の家族が……」

ドクン
ヤロウ…と心の中でだけ沖田は呟く。
潤也の表情は見えない。うざったい前髪だと、妙な怒りが湧き上がる。
次に出てくるであろう相手の言葉。これは勝負どころだ。
取り乱してはいけない。絶対に。
俺は……真撰組の隊長なんだから。


「その家族が、死んでたりしないか?それも、ごく最近……」


体中を、怒りが駆け巡る。
無神経な物言い。自分の触れられたくないところに触れてくる図々しさ。
今まで圧倒的にこちらが優位であっただけに、より腹立たしい。

だが、沖田は冷静だった。
握りこんだ木刀を振り回すこともせず。銃を乱射することもなく。
姉にとって自慢の弟は、そんなことをする奴じゃない。
だから、つとめて冷静にこの場を取り繕う。

「『死んでねーよ』。適当なこと言うもんじゃないぜィ」
「それ、『嘘』だ」

『十分の一=一』

潤也の発言を聞いて沖田の頭の中に浮かんだのはその言葉。
途端に彼の体中を巡っていた血が、頭へ昇っていく。
怒りが、集まる。

「てめェ…」
「兄貴か、姉貴…それともそれ以外かはわかんないけど…今の言葉は『嘘』だ」

潤也の質問は、最近家族が死んだかどうか。
そして彼が当てられたのは相手の言葉が『真実』か『否』か。

沖田の失敗は1つ。嘘をついてしまったこと。
しらばっくれれば、はぐらかせば、あるいは黙っていればよかった。
「なんのことだ?」「さて、どっちでしょうかね」「答える必要はない」
そんな言い方をすれば問題は無かった。それを判別する力は潤也には無い。
だが、嘘か真かなら二択。何が嘘かはわからないが、単純な質問と答えならそれも特定できる。
特に、今回のように前フリをしておけばなおさらだ。

なぜ、自分は答えてしまったのか。なぜ、嘘をついてしまったのか。
あるいは真実を述べて、堂々としていれば良かったのかもしれない。
それがどうした、俺は乗り越えたんだ、と。
だが、冷静であろうとしすぎた事、それでありながらも姉の事を指摘されたことで気が昂ぶってしまった事。
相反する二つの感情を整理できるほど、今の彼は完成していなかった。
そしてそれを補ってくれる大切な『友人』も、今はここにいない。

現状はなにも変わっていない。ただ、相手に心を見透かされた。それだけ。
だが、人の心のデリケートな部分というのは、それだけでひどく脆くなる。
相手の罠にまんまと引っかかり、醜態をさらした。
その事実がただ、沖田には腹立たしい。握りこんだ木刀が、『戦え』と命じているように思えた。
沖田は走り出していた。


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