朱延寿 しゅえんじゅ
870-903
唐末の武将。字は徳臣。廬州舒城県(安徽省六安市)の人。
楊行密に仕え、楊行密の夫人の朱氏は朱延寿の姉である。
秦彦・
畢師鐸・
趙鍠・
孫儒を破るのに功績が大きかった。寿州刺史の高彦温が
朱全忠に降伏すると、寿州を急襲して占領。後援に来た朱全忠を撤退に追い込み、黄州・蘄州・光州の三州を奪取した。寿州団練使となり、
昭宗より朱全忠分断を期待されて奉国軍節度使に任じられた。天復三年(903)
田頵が
朱全忠につくと、田頵に同調する動きを見せたから、揚州に呼び寄せられて粛清された。妻の王氏も自決した。『新唐書』『旧五代史』に伝があり、妻の王氏も列女伝に
伝がある。
列伝
外部リンク
最終更新:2026年07月21日 09:29