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ゴミ箱の中の子供達 第2話

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ゴミ箱の中の子供達 第2話


 夕暮れのバーで突如発生した銃撃事件。それがマフィア同士の抗争であることは誰しもが想像できた。
だが、目撃者も生存者もいないこの事件に自警団は有効な捜査を続けることは出来ず、そしてよりも
それが避民地区――高い壁で自らを隔離し自己完結する都市の全ての不平不満、吐き出すことの
叶わぬ閉鎖都市の歪を一手に引き受ける通称廃民街と呼ばれる所で発生したがために、その街で
日常のように発生する強盗殺人や通り魔の騒乱の中に埋もれ、事件はあっという間に忘れ去られた。
 かくして、昼の廃民街を歩くゲオルグに後ろめたさは見当たらない。同時に、ここが毎日のように強盗
が発生するスラム街だという恐れも無かった。ゲオルグにとってこの街は勝手知ったる土地であるからだ。
 人がいるのなら、その営みもあり、そこには必ずある種の秩序が存在する。各所に地雷の如く屯する、
理性の爛れた薬物中毒者や、職を煩い手っ取り早く物取りで稼ぐゴロツキなどさえ回避できれば、廃民街
といえども平穏に暮らすことが出来るのだ。右の歩道を見やれば腹が突き出た中年男性が露天理髪師の
剃刀に身を委ねているし、左の商店に耳を澄ませば金物屋が鍋を叩く小気味いいリズムが聞こえる。そして
何よりも――

「アレックス、足元注意だ。転んで袋を落としたら可愛い弟妹が泣くぞ」
「分かってるよ兄サン」

 ゲオルグと、彼に付き従うアレックスが大事そうに両手に提げている合計四つの袋。中身はホールケーキを
収めた箱が何段か重なって入っている。このケーキを作った洋菓子店もまた廃民街の中に存在するのだ。
 白を基調とした壁紙は比較的強めの照明と相まって、明るく清潔な印象を与える。店内の壁面に飾られた
テディベアと吊り下げ形のプランターも小洒落ている。ピンクと白のチェック柄のバンダナとエプロンを身に
着けた店員はまた可愛らしい。店内だけ閑静な住宅街にワープしていると言われてもゲオルグに疑問は湧か
ないだろう。ただ、ショーウィンドウを武骨に守る鉄格子だけが、ここが廃民街の中であると無言で主張していた。
 初めて入店したときのことをゲオルグは良く覚えている。まるで異次元に踏み込んだような眩暈を感じたのだ。
ともあれ、味も極めて上々のケーキに、店が"家"に近いことも相まって、ゲオルグはたちまち常連となったの
だった。
 店側も定期的に大量のケーキを注文する客の顔を覚えないはずがない。この間など、注文されてなかった
んですがよろしかったんですか、とおずおずと訪ねられたのは、いつも通りの調子で会計を終えた後だった。
 店のサービスに不満など一切無かった。ケーキに異物が混入していたという自体も経験していない。されど、
訪れる度にゲオルグを憂鬱とさせることが一つだけあった。
 予め電話で注文するのはゲオルグだ。多額のケーキ代を払っているのもゲオルグだ。なのに、とゲオルグ
は思う。何故店員の婦女子達は、アレックスさんが来た、と言うのだろうか。あまつさえ入店の際俺の背から
ひょっこりと顔を覗かせるアレックスに手を振り笑顔を見せ合っているのだろうか。
 初めてこの事実気づいた際のゲオルグの衝撃は筆舌に尽くしがたいものがあった。歳は5つも違うのに、
身長だって頭1つ分俺のほうが上だというのに、と自らの優位点をゲオルグはあげつらう。だが、お声が掛か
らぬという歴々たる事実が男としての敗北をいたって冷酷に突きつけていた。
 最早堪えることすら出来ぬ鬱屈に、内心でみっともないと感じながらも、時のゲオルグはつい愚痴を溢して
しまった。俺ってそんなに魅力無いのか、と。
 班長として、責任ある地位に任官し、公私共に忙殺されることも多いながらも、そこは齢20半ばの男。彼とて
曲がりなりにも身嗜みは気をつけているつもりだった。
 染み1つ無い純白のYシャツに、白い水玉模様が胴回りに入った茶色いチョッキ。程よくプレスされ、折り目の
ラインが入った濃灰色のスラックス。奮発して購入した牛革の靴のツヤは磨いたゲオルグ自身ですら惚れ惚れ
するものがあった。自らの美意識に従い、落ち着きとスマートさを求めた組み合わせ。奇しくも今日着ているもの
と全く同じ服装を、当時のアレックスは一蹴した。
 おっさんくさい。
 それはゲオルグの尊厳を根底から覆す一言だった。
 コペルニクス的転回を求める言葉にゲオルグの思考は強制終了する。程なく再起動に成功した彼の脳は激昂と
共に反駁した。売り言葉に買い言葉。ゲオルグの強い口調にアレックスは声を荒くする。
 第1ボタンまで締めるとかありえねーよ。そっちこそシャツにプリントされた文字が何て書いてあるか分かって
いるのか。つーかチョッキってのがまず無い。ジャケットのボタンを締めもせず開けっ放しにするなんてだらしない。
灰色のスラックスってリーマンじゃないんだから。ズボンのすそをひざまで捲り上げて、スネ毛が丸出しじゃないか。
 かくして始まったオシャレ論争。究極的には個々のセンスに依存するそれは、ある種の宗教紛争の様相を呈して
いた。1つ間違えばただの侮蔑合戦と成り下がり、今後の任務に大きな影響を及ぼしそうだった争いを終わらせた
のは、またもやアレックスだった。
 実際モテて無いじゃん。
 完敗だった。実績の有無をあげつらう冷酷極まりない言葉だった。持たざる者のゲオルグにはぐうの音すら出せな
かった。
 こうして、無益極まりない争いは、ゲオルグの謝罪の言葉で終わった。だが、その裏で今後の兄弟仲のために、
決して服装の話題はしない、という協定が暗黙のうちに結ばれたのだった。
 あの日の敗北を思い出しゲオルグの憂鬱はさらに深まるばかりだ。
 そもそもだ、とゲオルグは思うところがあり振り返る。そして後ろをついてきていたアレックスの顔をゲオルグはじろじろ
と眺めた。
 シャープな輪郭に骨格の目立たぬ中性的な顔立ち。二重の瞳は大きく愛らしい。いわゆる愛嬌のあるハニーフェイス
だ。小柄な体躯も、むしろ親しみやすさを感じさせる。とどのつまりコイツはカッコイイしカワイイしで、何を着ても似合うのだ。
 ため息を押し隠し、ゲオルグは向き直る。突如顔を見つめられたアレックスはどぎまぎして兄に聞いた。

「兄サン、いったいなんだよ」
「なんでもない。ただお前は自慢の弟だ、と思っただけだ」
「な、なんだよ、それ」

 思っても見なかった賛辞の台詞に顔を赤くしたアレックスの追求を、ゲオルグは気だるげにあしらう。アレックと争う気
など微塵も無いゲオルグはただぼんやりと考えてた。
 たまにはアレックス以外と呑むのもいいかもしれない。そういえば別班に光、國哲、クモハという名の3人組みがいたな。
女性関係をすでに諦めた彼らは、その有り余るエネルギーを自らの趣味に費やしている。彼らと共にパブで飲み明かし、
ひたすら閉鎖都市の地下鉄について論じ合うのも悪くないかもしれぬ。パンタグラフ、ダイヤグラム、Hゲージ。適当に並べ
ただけだ。意味は知らない。
 ゲオルグが任務ローテーションの異なる彼らと都合をあわせる算段を考えていると、よく磨かれた白塗りの壁からの反射光
が目を刺した。
 2人を出迎えた建物は、無秩序の結晶である廃民街の内にあって、聖域じみた清潔感に溢れていた。事実、レンガ敷き
の歩道には煙草1つ落ちておらず、日差しを浴びて白亜に輝く塀に落書きなどどこにも見当たらない。塀の足元に並ぶ
花壇は色とりどりのパンジーが並び、肥料と水でよく肥えた土を黒々と覗かせていた。
 聖ニコライ孤児院、と施設の意味を示す銘板を脇に下げた門を潜り抜け、アレックスは嬉しそうに呼びかけた。

「ただいまーっ」

 運動場も兼ねた孤児院の前庭には幼児前後の子供達が滑り台や砂場などで思い思いに遊んでいた。だが、アレックス
の挨拶を耳にすると、嬉々とした様子で2人へ向かって駆け出した。2人を取り囲み足りない舌で、オカエリ、と口にする
子供達の真の目的がケーキであろうことは明白だった。だが、こうして歓待されて出迎えられるのは悪くない。ここまで
喜んでくれるなら大枚を叩いた甲斐があったのだ、とゲオルグは笑っていた。
 甘い匂いに惹かれ、ケーキが入った袋を揺らそうとしたいがぐり頭の子供を、崩れてしまう、とゲオルグは優しく嗜める。
分かったと素直に頭を下げるその少年は、売春婦が少しでも身の入りを増やそうと避妊具を使わず事に及んだ末に
生まれた。売春宿の店長の手で孤児院に預けられたときはまだ目すら開いていなかった。

 「大きくなったな」

 ついつい漏らしてしまったゲオルグの呟きに、その少年は、6歳、と左掌に人差し指をくっつけて笑った。少年の笑顔に
ゲオルグも笑顔がこぼれる。笑顔のままゲオルグは他の子供たちにも目をやった。どの子も記憶より一回り二回りも背
を伸ばしている。皆を嬰児の時から知っているゲオルグには、こうして声を上げてはしゃいでいるだけで感慨深いものが
あった。
 ある程度の年齢になってから親の急死によってここに来る子はいない。そういう子供たちは生前に付き合いのあった
親の親戚友人達のつてを借り、第2の両親や、廃民街の外にあるより清潔な養護施設へ預けられる。ここにいる子供たち
は皆、生まれた段階で両親にすら見放されたと言ってもいい存在だった。そしてそれは、ゲオルグも変わらない。だからこそ、
ゲオルグにとって彼らは何よりも愛しかった。
 これでは歩けない。足元にまとわり着く子供たちにゲオルグが苦笑していると、孤児院の玄関がそっと開き、若い女性が姿
を見せた。外用のスリッパをつっかけた彼女は、地味な色合いのロングスカートにエプロンと、いたって化粧っ気が無い。一つ
にまとめた髪を揺らし玄関から進み出た彼女はゲオルグたちを見つけると微笑んだ。

「お帰りなさい」

 どこまでも優しげな彼女の声に、ゲオルグは脱力したように微笑んで言った。

「ただいま、イレアナ姉さん」

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