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ゴミ箱の中の子供達 第8話

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mintsuku

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ゴミ箱の中の子供達 第8話


 夜の閉鎖都市。子供の就寝の時間を過ぎてもなお爛然と光を放つビルの一室で、ゲオルグは電子ペーパー
と向き合っていた。淡い光を放つ有機EL製のモニタにタッチペンを走らせてなにやら細かい報告書を書いている。
それはひたすらに非常召集を待ち続けるだけの"子供達"の待機任務の一幕であった。

「あーめんどい」

 ゲオルグの対面の机でアレックスが吼えた。彼もゲオルグと同様に電子ペーパーを広げて書類業務だ。有機EL
とにらめっこするのは飽き飽きしたらしい彼はボールペンをくるくる回しながら天井を睨んでいる。

「そういやさ、兄サン」
「なんだ、だしぬけに」

 無視を決め込みひたすら自分の業務をこなしていたゲオルグに突然アレックスが話しかけてきた。

「俺達の肩書きって"ブラックシーヒューマンコンサルティング"の社員だよね」
「そうだが」

 ブラックシーヒューマンコンサルティング。名前だけでも十分に胡散臭いが、実態はもっと胡散臭い。というのも
この会社は"子供達"の隠れ蓑として作られたペーパーカンパニーであり、"子供達"の人員が社員として登録
されているだけで、営業実態はまったくないのだ。

「でも兄サンってたまに孤児院の職員って言うときあるけど、どうして?」

 アレックスの疑問に、ゲオルグはどきりとした。
 規律にうるさいゲオルグは基本的には自分をブラックシーの社員だと名乗っている。だが、時として孤児院の
職員と名乗ることがあった。ブラックシーの社員と名乗れと聞かされ続けていたアレックスが、当の本人が別の
名乗り口をあげているのを疑問に思うことは当然であったかもしれない。
 動揺を収めるように一息ついてからゲオルグは話し始めた。

「孤児院関係の場合だな。わざわざ孤児であることを言いふらすよりも、職員と名乗ったほうが体面も良いし、
 なにより面倒が少ない」

 話しながら、ゲオルグはかつて孤児だと名乗っていたころのことを思い出していた。
 目が変わるのだ。たとえそれまでどんなに親しげに話をしていようと、自分が孤児であることを持ち出すと、会話
していた相手の眼差しが一変するのだ。それは憐れみだった。両親がおらず施設で育ったことへの憐憫の情だった。
 ゲオルグはそれが嫌でたまらなかった。憐憫の眼差しはまるで自分が不幸であるかのように言っているように
思えたからだ。ゲオルグ自身は決して孤児であることを不幸であると思っていないし、孤児院育ちであることを
恥ずかしいとも思っていない。だからこそ、不幸であれ、恥ずかしくあれという世間の押し付けが不愉快でならな
かった。
 だが、一人が抗ったところで世界の常識など変わるはずもない。結局ゲオルグは自らを孤児だと称さないという
形で世間との折り合いをつけるに至ったのだった。

「なるほどねー」

 そんなゲオルグの葛藤を知らない風なアレックスはただただ感嘆の声をもらした。その能天気な態度にゲオルグ
の心はいくらか苛立つ。だがそこは大人らしく苛立ちを心の奥に収めたゲオルグは書類仕事を継続した。

「このまえの病院の人たちって本当に告死天使かな?」
「このまえっていつの話だ?」

 唐突に話が変わった。話の内容が見えないゲオルグはアレックスに聞き返した。

「ほらほら、この間の、赤ちゃんが捨てられてたって聞いて、ついていった病院の人たちだよ。なんか集まって告死
 天使がどうの言ってたじゃん」

 ゲオルグの問いにアレックスは空をつつきながら返答する。赤ん坊が捨てられていたというところで、ようやく
ゲオルグは合点がいった。
 ある休日、いつものようになじみのケーキ屋で孤児院のためにケーキを買いにいくと、見慣れぬ一団が深刻
そうな表情で店長と話をしていた。店長とは顔なじみとなっていたが、そこに触れてはならぬデリケートなものを
感じたゲオルグは店長とは距離を置き、不安げな表情を浮かべる店員と適当な言葉を交わしながらいつも通り
会計を済ませようとした。だが、いつもどおりケーキを手にしようとしたところで店長から不意に呼び止められた
のだ。

「赤ちゃんが捨てられてたんです。一緒に来てくれませんか」

 いつになく真剣な表情を浮かべる店長の願いを断れるはずもなく、ゲオルグは赤ちゃんが収容された病院に
向かったのだった。
 かくして到着した病院で店長を含めさらに数を増やした謎の一団は確かに告死天使がどうのこうの話し合って
いた。

「違うだろう。本当だったら"ヤコブの梯子"の人間が放っておくはずがない」

 ゲオルグは頭を振って否定した。
 "ヤコブの梯子"とは閉鎖都市の中心にそびえる、閉鎖都市政庁を内部に納めたハイパービルディングの俗称だ。
表面のミラーガラスによって日の光をきらきらと反射させながら雲を貫いて地にそそり立つ様は、天から伸びる
薄明光線、まさに"ヤコブの梯子"だ。
 文字通り雲の上に位置する政庁ビルの上層部には、閉鎖都市議会議員や政庁役員など俗に貴族と呼ばれる
人々が暮らしている。かつて告死天使によって彼らの多くが殺されており、それ故に彼らは告死天使を恨んでいる
はずだ。だが、閉鎖都市の官僚機構を牛耳る彼らですら捕まえられないのだから、告死天使とは極めて厳重に
隠されている存在のはずだ。自分達がおいそれと知ってしまえるような存在ではないのだ。

「そうかなぁ」

 アレックスは唇を尖らせて反論する。しかしゲオルグは興味ないと言いたげにかぶりを振って話を打ち切った。
 ゲオルグは告死天使の存在をそもそも信じていなかった。告死天使がすっぱぬいた貴族達へのスキャンダルも、
ゴシップ誌の与太話と考えていた。理由は一つ。自分達への出動要請がなかったからだ。
 貴族達は毒ガスを持って廃民街の浄化をもくろんだ。その計画は廃民街に根拠地をおく"王朝"にとっても看過
できるものではなかったはずだ。閉鎖都市の地区を丸ごと滅ぼす大規模な計画を"王朝"の情報担当が気づかない
はずがないのだ。そして本来ならば我々"子供達"の手によって計画を頓挫せしめるはずではなかったのか。
 だが、告死天使による殺戮の夜が過ぎても"子供達"に出動命令はおりなかった。情報担当は最後まで貴族達
の企みを見抜けなかった。否、そもそもそんな計画などなかったのだ。ゲオルグは"王朝"の情報網に全幅の
信頼を寄せていた。その情報網ですら捕らえられなかったのならば、それは最初から存在しなかったからに他
ならないのだ。
 しかし、ゲオルグは考える。貴族達への虐殺は事実ではないのか。報道された貴族達の死は告死天使の存在
の証明ではあるまいか。
 えもいわれぬ感覚が、ゲオルグの背中を走った。
 ふと思い至ったゲオルグはタッチペンを滑らせると電子ペーパー上でメーラーを起動した。プルダウンするメール
アドレスをスクロールさせゲオルグはあるメールアドレスを探し当てた。それは孤児院の古い兄弟のアドレスだった。
 アドレスの主はどこまでも素直で、どこまでも不器用で、それでいて勉学の点数はスバ抜けてよい奴だった。
愚直という言葉がぴったりと当てはまる人間だった。自らの長所である勉学に励んだ彼は奨学金を利用して大学
に入り、果ては官僚試験に合格したのだった。現在は"王朝"とは関係のない"ヤコブの梯子"の最下層で、末端
役人として日々まじめに働いているはずだ。
 仮想キーボードを起動し、机上に投影されたキーを叩いてゲオルグはメールの作成を行う。内容は告死天使の
存在の垂れ込みだった。告死天使の会合の情報を虚実とりまぜてでっちあげ、噂話として相手に話す。メールを
書き終え、内容の確認をしているところでゲオルグは自分を突き動かすものの正体を悟った。
 恐怖だ。"ヤコブの梯子"での貴族達を殺戮した圧倒的な実力に対する畏怖と、それだけの声望をもちがなら
存在を感知できないという見えないものに対する恐怖。心の奥地で胡乱な闇をまとい唸り声を上げる恐怖の塊
をまじまじと見つめたゲオルグは息を呑んだ。
 程なくして我に返ったゲオルグは改めてメールを見直すと送信せずに消去した。
 まだだ、まだ怖がるところじゃない。告死天使に手を打つにはまだ早すぎる。彼らと"ヤコブの梯子"の住人とを
互いに喰わせあうのは、彼らが"王朝"、"偉大な父"に牙を向けたときだ。それまでは告死天使は敵ではない。
怖れる必要などないのだ。
 メーラーを終了したところでゲオルグはアレックスが押し黙っていることに気づいた。やけに神妙な面持ちで
俯いたまま、机の一点をじっとにらんでいる。

「どうしたアレックス」

 ゲオルグの問いにアレックスの返答はない。無反応であることに心配になったゲオルグがもう一度声をかけようと
思ったところでようやくアレックスは口を開いた。

「ねえ兄サン、病院の人たちが見つけてきた子、捨てられてたっていってたよね」

 机の一点を見つめたまま、アレックスは呟く。

「どうして簡単に捨てられるのかな。子供なんだよ。おもちゃとは全然違うのに」

 吐き出すように語るその内容は、世に対する憤りだった。相手を見失いあてどもなく振り回される怒りの刃に、
ゲオルグは言葉をなくす。
 理由があるのだ、などという当たり障りのない言葉をゲオルグは掛けられなかった。理由がないことなど分かって
いたからだ。孤児院に捨てられるの子供の多くがそうであるように、アレックスがそうであるように。
 アレックスの生は孤児院ではほぼ典型例とも言うべきパターンであった。売春婦が仕事上の理由で孕み、生み、
そして捨てた。それだけだった。そこにドラマチックな葛藤というものは存在しなければ、当然わが子に対する愛情
などという生易しい感情も存在しなかった。売春婦がアレックスを捨てた理由は純粋な経済的な不必要性でしか
なかった。
 つまりは、自分達はデパートで並べられた玩具と大差ない――否。一時的ではあれ人々の欲求をくすぐった玩具
たちと比べれば、自分達は仕事の過程で生まれた産業廃棄物にすぎないのだ。それ故に捨てられるということは
物が下に落ちる重力の理と同じように当然のことなのだ。当然のことであるがために理由など存在しないのだ。
 ゲオルグ達の存在価値の根本を揺るがす現実がそこにはあった。慰めの言葉は全てその冷酷無比な現実の
打ち砕かれて、消えた。掛ける言葉を失い、ゲオルグは己の無力さに打ちひしがれながら押し黙るほかなかった。
 沈鬱な空気が室内を淀んだちょうどそのとき、詰め所の扉が大きな音を立てて開いた。

「オーッス。どうしたんだ兄貴、アレックス、なんだか辛気臭いぜ」

 男の何も知らぬ能天気な声が、室内の沈鬱な空気を押し出していく。筋骨隆々で髭面のまるで熊を思わせる
ような大男がそのままどかどかと大きな足音をたてて詰め所に入ってきた。男のまくった袖から覗く汗で輝いた
太い腕に、室内の気温と湿度それと輝度がそれぞれ3目盛りほど上昇したような錯覚をさせる。
 助け舟であり、そうでないような、なんとも複雑な感情がゲオルグの中をよぎる。ともあれアレックスに対しては
しばらくそっとしておくと決めたゲオルグは、何も知らぬ大男に顔を向けた。

「ウラジミールか、なんでもない、気にするな。そっちこそどうした」
「ポープ兄貴の手伝いが終わったんだ。報告書はメールで送ってあるってさ。でさ、兄貴、俺は一息ついていいかい」
「ああ、構わん。適当に休んだら、今度はミシェルの手伝いをしてくれ、地下の倉庫で被服の点検をしているはずだ」
「了解」

 ゲオルグの言葉にウラジミールは軽い喚声を上げ、上腕を振り上げた。丸太のような太い腕をじっとりとぬらして
いた汗が飛び散り、蛍光灯の明かりを反射してきらきらと輝く。
 ウラジミールは筋骨隆々な外見通りの筋トレマニアだ。鉄アレイと鳥ささ身があれば生きていける部類の人間だ。
熊を思わせる濃い髭も相まって、どこからどう見ても30代のおっさんなのだが、これでアレックスとの年の差が1つ、
班で2番目に若いのだから世界は驚きで満ち溢れている。班では突入手を担当しており、重い破城槌や指向性
爆弾を担いで任務をこなしている。
 ウラジミールの底抜けない明るさに頭痛にも似たまぶしさを感じてながら、ふとゲオルグは背後でウラジミール
とは別の息遣いを感じ取った。振り返れば眼鏡の奥で申し訳なさそうに下げた眉が目に入った。

「チューダーじゃないか、どうした、何時からそこにいた」
「ウラジミールと一緒に入ってきたんだけどな」

 消え入りそうな顔でチューダーが呟く。その言葉の中に皮肉めいた棘を感じ取ったゲオルグは、気づかなかった
とすぐさま謝った。兄の謝罪にチューダーは気にしなくていいと笑う。だがその笑顔はどこか悲しそうであった。
 眼鏡に長髪の彼は見た目どおりのギークで班の通信手を務めている。大抵のことはそつなくこなし、管理者の
ゲオルグからみれば非常にありがたい人材だが、そつなくこなしすぎる点と、押しの弱い彼の性格が相まって、
しばしば存在を忘れてしまうきらいがあった。自らの存在感の薄さにとうの昔に折り合いをつけた彼は、存在を
忘れ去られても怒ることも嘆くこともせず、こうやってさびしげに笑うのだった。

「で、どうした」
「頼まれてた無線機のことなんだけど、僕じゃあどうしようもならないね。修理班に送らないと」

 通信機材管理も担当しているチューダーにゲオルグは調子の悪かった無線機の点検を依頼していたことを
思い出した。
 そうか、修理班に送らないとだめか。煩雑な書類仕事を思いゲオルグは小さなため息をつく。

「分かった。帳簿の変更と修理の申請、予備機材使用の申請書を書いてくれ」
「分かりました」

 チューダーは頷くと、自分の席につき、引き出しから端末を取り出した。これから電子書類の作成に入るのだろう。
 全ての業務をチューダーに放り投げたわけではなかった。作成した書類の査閲、承認をするのは管理者たる
ゲオルグの仕事だ。それにウラジミールに手伝わせたポープの武器点検の報告書も見なくてならない。ゲオルグ
は増えた仕事を憂い、目頭を軽く揉んだ。
 メールチェックを終え、メールに添付されていたポープからの報告書を読んでいると突如外から乾いた破裂音が
響いた。ぱぱぱぱぱ、と破裂音は連続する。
 これは銃声だ。
 ゲオルグが顔を上げるとちょうど詰め所の電話が鳴った。2コール目に入る前に電話番のアレックスが飛びついた。

「兄サン、西通りのバーが銃撃を受けてるって」

 ゲオルグは躊躇わずに机の脇に設置してある非常召集ベルのスイッチを押した。
 ゲオルグたちがバーに到着したときには全ては終わっていた。銃声は夜の闇の中に吸い込まれ、野次馬の
ざわめきばかりが響いている。アレックス以外の部下を散会させ、周囲の警戒に当たらせると、ゲオルグは野次馬
の人ごみに分け入り、件のバーに向かった。バーの壁面はところどころ抉られ、白い建材を生々しく晒している。
窓ガラスは粉砕され道路に飛散した破片はまるで血黙りのようだ。ガラス製だったためか窓と同じく粉砕され、枠
だけが残ったた扉の前では髭を生やした中年の店主が怯えた様子で佇んでいた。ゲオルグが店主に声を掛ける
と店主は安心したように顔を緩ませた。

「何があった」
「突然銃で撃たれたんです。店の前に赤いセダン車がとまったと思ったら、車の窓から銃を向けて、そのままダダダッ。
 驚いて床に伏せていたらいつのまにかどこかにいってしまいました」
「負傷者は」
「いません。客も店員も全員無事です。ただ、店の外装がご覧の通りひどいありさまです」

 話を聞いたゲオルグは死傷者がいないことに安心半分、あきれ半分であった。車内からの銃撃という及び腰の
襲撃には気抜けするほかない。自分達ならば店内に突入し、動くものがいなくなるまで徹底的に銃撃をする、
そうしてきたという自負がゲオルグにはあったからだ。

「兄サン、これ」

 店主から一通り話を聞き終えたところでアレックスが小さい筒状の物を差し出した。真鍮製らしい金色の鈍い
金属光沢を帯びるそれは、薄い筒状になっており片側の端には細い溝が円周上に彫られている。そこを底として
伸びる円筒は上に伸びるにつれてゆっくりと窄まっていた。その収束は先端に近いところで一時強くなり、ビンの
首のような段差を作っている。
 とどのつまりそれは薬莢だった。それもゲオルグ達が普段使用する短機関銃の短く首のない円筒状の薬莢とは
形状を大幅に異なるものだった。

「これって自動小銃のだよね」
「ああ」

 自動小銃を使う組織にゲオルグには一つ心当たりがあった。だが、確定したわけではない。ゲオルグは薬莢を
存在を確かめるように握り締めると、胸ポケットへと滑り込ませた。
 彼方からパトカーのサイレンの音が響く。遅かったなと感慨深げに息をつきながら、ゲオルグはその場を後にした。

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