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白狐と青年 第10話
●
大阪圏の中心部をかすめるように通過して北上、しばらく大阪圏の外れの方へ進んでいくとクズハを気にする人間の姿も見られなくなっていった。
平賀の研究区への入り口を示す大きな門を前にする頃になると、むしろ首輪をクズハにつけさせているように見える匠の方に目を向ける人の方が多い。
「そろそろ外そうか」
「あ……はい」
周囲の視線にクズハが感じているものとは別種の居心地の悪さを感じながら言う匠、クズハは花柄の首輪を指でなぞりながらどこか残念そうに答えた。
「なんでそう名残惜しそうなんだ?」
苦笑と共に花柄の首輪に手をかけると、クズハは花の柄に指を這わせ、面映ゆ気に笑う。
「いえ、平賀さんが作った物だと思うと……少し愛着が」
「本人が聞いたら喜びのあまり昇天しそうだな」
苦笑を濃くし、首輪を外す。
異形が出現し、一般に認知されてからもう二十年が過ぎようとしている。皆が異形をただ敵と認識している時代ではなくなった。
未だに蛇蠍の如く異形を敵視する者がいれば、他方で彼らと共存しようと考える者たちもいる。
そしてここ、平賀の研究区は区全体を挙げて比較的異形に対して友好的な区画だった。
大きな門をくぐり抜けるとその中は中規模程の町の様相を呈していた。
平賀研究区、中央に平賀の住まい兼研究所を据え、その周りに門弟やその家族、それを当て込んだ各種業者や好き者などが集まって出来た、
一応は大阪圏の自治都市連合に組み込まれてはいるが半ば治外法権を認められている特殊な地区だった。
「久しぶりですね」
「ここを出てから二年……あまり変わらないな」
そして、この平賀研究区は匠やクズハにとっても長い時間を過ごし、故郷とも言える地であった。
武装隊を追い出される形になった都合上、各所に迷惑がかかることを危惧して今まではここに帰ってくる事を匠たちはしなかったのだが、
平賀のじいさんが今回の件に関わっているんならいろいろと聞かなきゃならないからな。
そう思いながら匠はクズハを伴い研究区の中央、平賀の住居も兼ね、匠やクズハも以前住んでいた巨大な研究施設へと向かって行った。
町の入り口付近にある商店は二年前から全く変わった様子が無い。人の流れも相変わらずだ。
そのことに少しだけ懐かしさを感じていると、「匠?」と不意に声をかけられた。
声の方向へと振り向くと、染めた茶髪にピアスやネックレスを身に着け、ラフな格好にジャケットを羽織った匠と同じ年程の青年の姿があった。
一瞬驚いたような顔をした匠は笑みを浮かべて茶髪の青年の名を呼ぶ。
「彰彦」
茶髪の青年は「おお、やっぱり匠だ」と呟き、片手を勢いよく振り上げながらこちらも嬉しげに声をかけてくる。
「いやぁ、久しぶりだなおい……てなんだその趣味の悪い首輪――」
そう言って匠の手に握られている首輪を見た茶髪の青年の視線がクズハに行き、止まる。
「は、はじめまし……て?」
「……」
身動きが停止した茶髪の青年にクズハがおずおずと挨拶をする。
更に沈黙が数秒あり、茶髪の青年の視線は彼を窺うようにしているクズハの、時折ピクリと動く耳と尻尾の間を数往復する。
やがて目を細め、何かを納得したように頷いた茶髪の青年は「……そうか、やっぱり平賀のじいさんの息子だけはあるな」としみじみと言い、握り拳を突き出し、親指をグッ、と上げ、歯を見せた笑顔で言う。
「――最高だぜ兄弟!」
「最低だよバカ!」
匠は荷物を吊った金属棒を茶髪の青年に勢いよくぶつけた。
荷物がガサリと音を立て、鈍い打音が響いて茶髪の青年の身体が傾ぐ。
「っ痛ぇじゃねえか!」
茶髪の青年は受けた打撃の勢いから考えれば驚くほどの程の早さで復帰し、匠へと抗議した。
相変わらず頑丈だな。
匠は若干毒気を含んだ思考でそう思い、そう言えば。と依頼されていた事を思い出した。再び笑みを浮かべ、
「これは俺の分。で、――次は師範たちの分いってみようか?」
そう言って金属棒を振りかぶると、焦ったように両手を突き出して茶髪の青年が叫んだ。
「ちょ、待て待て! 俺が悪いということにしとこう。だから待てっ!」
そう言って両手を突き出した姿勢をキープしたまま茶髪の青年はクズハへと視線を投げかけた。
「俺にそっちの異形のかわいい子ちゃんを紹介しろって」
「匠さん、こちらの方は?」
茶髪の青年の言葉に続くようにして目の前の状況に唖然としていたクズハが匠を見上げて声をかけた。
「ほらほら両方知ってんのはお前だけなんだから紹介しろって!」
茶髪の青年の言葉に匠はため息を吐くと、「仕方ない」と言って金属棒を担い直す。クズハの方を手で示して、
「この子はクズハ。第二次掃討作戦の時にお前と部隊分けで別れた後に参加した信太の森の封印戦で保護した子。これでも魔法の手練だよ」
簡単な紹介の言葉を述べ、続いて匠は金属棒を少し傾けて先端を茶髪の青年へと向けた。
「で、これは」
棒で示し、ぞんざいに言う。
「和泉の道場んとこの息子だ」
「師範さんたちが殴っておいてくれって言ってらっしゃった人ですか?」
クズハの言葉に匠はうん、と頷く。
「そう、その人」
「うわ、紹介が適当だなおい! 屋号じゃなくてせめて本名で紹介してくれよ! ってか親父もお袋もひどくねえか!?」
無視しようとも思ったがクズハが求めるような視線を向けてきていた。
しょうがない。
昔のノリでついつい扱いがぞんざいになったがいつまでもそれでは話が進まない。そう思い、茶髪の青年を改めて示すと紹介を始めた。
「今井彰彦(いまいあきひこ)、武装隊の同期で学生時代に俺に格闘の基礎を仕込んだ奴だよ。
和泉の道場んとこの息子で≪魔素≫を体に流したトンデモ格闘を主体にしていたんだけど……」
匠は青年――彰彦が羽織っているジャケットへと視線を向けた。胸元にある不自然な膨らみを確認し、
「彰彦お前、銃を使うようになったのか?」
「目敏いな」
彰彦は目を細めてそう言うとジャケットの中に手を突き入れ、鈍く光る拳銃を取り出した。
「≪魔素≫をぶち込んだ弾丸をぶっ放せるやつでな」
そう言って彰彦が取り出した拳銃を匠も見たことがある。
確か蘆屋が作成した汎用魔素兵器の一種だったっけか。
魔法を扱えなくても銃弾の種類によって様々な付与効果を得ることが出来る武器だったはずだ。
「これがなかなか使い勝手がよくてよ」
手で拳銃を弄びながら言う彰彦。
流派の本流を無視して、武装隊に入隊した時に支給される銃を組み込んだ戦い方でも身に付けたのだろうと匠は懐に拳銃を収める彰彦を見て考えた。
元々彼はそういう破天荒なことを好んでするタイプの人間だ。好奇心が強いとでも言うのだろうか。
学校に通うまでの間道場で年下の門下生の面倒を見てきたためか面倒見がよくて彼を慕う友人が多く、学生時代には匠も他の学友と共にエライ目に巻き込まれた記憶がある。
ん? そういえば……。
「彰彦、なんでまた平賀の研究区なんかに居るんだ?」
彰彦とは第二次掃討作戦の半ばで部隊の入れ替えで会わなくなってしまった。
しかしこうして無事に生きているのならそのまま大阪圏の武装隊に所属しているはずだ。それがなぜ平賀の研究区で暮らしているのだろうか?
平賀の研究区はその異形に対する姿勢の違いから大阪圏の武装隊からは疎まれることもままある。
そんな所にわざわざ平賀の養子である匠の友人の彰彦を派遣するという事はないと思うのだが。
「いやぁ、気に入らねえ上官殴り飛ばしたら武装隊クビになっちまってさ、平賀のじいさんに拾ってもらわなきゃ今も職無しだったんだぜ?」
悪戯を自慢する子供のような彰彦に匠は目を丸くし、
「あー、そりゃ……らしいな」
小気味よく笑った。
「だろ?」
そう言ってウインクをかます彰彦にクズハが「思い切りがよろしいんですね」と感動したように言う。
彰彦はいやいやそれほどでも。と笑い、
「じゃあとりあえず匠との再会とクズハちゃんとの出会いを祝して、メシでも食いに行くか」
いい店に案内してやるよと言う彰彦へ匠は断りを入れる。
「いや、今回は平賀のじいさんに用事があって来たから――」
「いいからいいから」
そう言うと彰彦はやや強引に匠とクズハの手を取った。
「――え?」
「おい、彰彦――」
「さ、行こうぜ?」
そのまま二人は彰彦の為すがままに、腕を引っ張られていった。
平賀の研究区への入り口を示す大きな門を前にする頃になると、むしろ首輪をクズハにつけさせているように見える匠の方に目を向ける人の方が多い。
「そろそろ外そうか」
「あ……はい」
周囲の視線にクズハが感じているものとは別種の居心地の悪さを感じながら言う匠、クズハは花柄の首輪を指でなぞりながらどこか残念そうに答えた。
「なんでそう名残惜しそうなんだ?」
苦笑と共に花柄の首輪に手をかけると、クズハは花の柄に指を這わせ、面映ゆ気に笑う。
「いえ、平賀さんが作った物だと思うと……少し愛着が」
「本人が聞いたら喜びのあまり昇天しそうだな」
苦笑を濃くし、首輪を外す。
異形が出現し、一般に認知されてからもう二十年が過ぎようとしている。皆が異形をただ敵と認識している時代ではなくなった。
未だに蛇蠍の如く異形を敵視する者がいれば、他方で彼らと共存しようと考える者たちもいる。
そしてここ、平賀の研究区は区全体を挙げて比較的異形に対して友好的な区画だった。
大きな門をくぐり抜けるとその中は中規模程の町の様相を呈していた。
平賀研究区、中央に平賀の住まい兼研究所を据え、その周りに門弟やその家族、それを当て込んだ各種業者や好き者などが集まって出来た、
一応は大阪圏の自治都市連合に組み込まれてはいるが半ば治外法権を認められている特殊な地区だった。
「久しぶりですね」
「ここを出てから二年……あまり変わらないな」
そして、この平賀研究区は匠やクズハにとっても長い時間を過ごし、故郷とも言える地であった。
武装隊を追い出される形になった都合上、各所に迷惑がかかることを危惧して今まではここに帰ってくる事を匠たちはしなかったのだが、
平賀のじいさんが今回の件に関わっているんならいろいろと聞かなきゃならないからな。
そう思いながら匠はクズハを伴い研究区の中央、平賀の住居も兼ね、匠やクズハも以前住んでいた巨大な研究施設へと向かって行った。
町の入り口付近にある商店は二年前から全く変わった様子が無い。人の流れも相変わらずだ。
そのことに少しだけ懐かしさを感じていると、「匠?」と不意に声をかけられた。
声の方向へと振り向くと、染めた茶髪にピアスやネックレスを身に着け、ラフな格好にジャケットを羽織った匠と同じ年程の青年の姿があった。
一瞬驚いたような顔をした匠は笑みを浮かべて茶髪の青年の名を呼ぶ。
「彰彦」
茶髪の青年は「おお、やっぱり匠だ」と呟き、片手を勢いよく振り上げながらこちらも嬉しげに声をかけてくる。
「いやぁ、久しぶりだなおい……てなんだその趣味の悪い首輪――」
そう言って匠の手に握られている首輪を見た茶髪の青年の視線がクズハに行き、止まる。
「は、はじめまし……て?」
「……」
身動きが停止した茶髪の青年にクズハがおずおずと挨拶をする。
更に沈黙が数秒あり、茶髪の青年の視線は彼を窺うようにしているクズハの、時折ピクリと動く耳と尻尾の間を数往復する。
やがて目を細め、何かを納得したように頷いた茶髪の青年は「……そうか、やっぱり平賀のじいさんの息子だけはあるな」としみじみと言い、握り拳を突き出し、親指をグッ、と上げ、歯を見せた笑顔で言う。
「――最高だぜ兄弟!」
「最低だよバカ!」
匠は荷物を吊った金属棒を茶髪の青年に勢いよくぶつけた。
荷物がガサリと音を立て、鈍い打音が響いて茶髪の青年の身体が傾ぐ。
「っ痛ぇじゃねえか!」
茶髪の青年は受けた打撃の勢いから考えれば驚くほどの程の早さで復帰し、匠へと抗議した。
相変わらず頑丈だな。
匠は若干毒気を含んだ思考でそう思い、そう言えば。と依頼されていた事を思い出した。再び笑みを浮かべ、
「これは俺の分。で、――次は師範たちの分いってみようか?」
そう言って金属棒を振りかぶると、焦ったように両手を突き出して茶髪の青年が叫んだ。
「ちょ、待て待て! 俺が悪いということにしとこう。だから待てっ!」
そう言って両手を突き出した姿勢をキープしたまま茶髪の青年はクズハへと視線を投げかけた。
「俺にそっちの異形のかわいい子ちゃんを紹介しろって」
「匠さん、こちらの方は?」
茶髪の青年の言葉に続くようにして目の前の状況に唖然としていたクズハが匠を見上げて声をかけた。
「ほらほら両方知ってんのはお前だけなんだから紹介しろって!」
茶髪の青年の言葉に匠はため息を吐くと、「仕方ない」と言って金属棒を担い直す。クズハの方を手で示して、
「この子はクズハ。第二次掃討作戦の時にお前と部隊分けで別れた後に参加した信太の森の封印戦で保護した子。これでも魔法の手練だよ」
簡単な紹介の言葉を述べ、続いて匠は金属棒を少し傾けて先端を茶髪の青年へと向けた。
「で、これは」
棒で示し、ぞんざいに言う。
「和泉の道場んとこの息子だ」
「師範さんたちが殴っておいてくれって言ってらっしゃった人ですか?」
クズハの言葉に匠はうん、と頷く。
「そう、その人」
「うわ、紹介が適当だなおい! 屋号じゃなくてせめて本名で紹介してくれよ! ってか親父もお袋もひどくねえか!?」
無視しようとも思ったがクズハが求めるような視線を向けてきていた。
しょうがない。
昔のノリでついつい扱いがぞんざいになったがいつまでもそれでは話が進まない。そう思い、茶髪の青年を改めて示すと紹介を始めた。
「今井彰彦(いまいあきひこ)、武装隊の同期で学生時代に俺に格闘の基礎を仕込んだ奴だよ。
和泉の道場んとこの息子で≪魔素≫を体に流したトンデモ格闘を主体にしていたんだけど……」
匠は青年――彰彦が羽織っているジャケットへと視線を向けた。胸元にある不自然な膨らみを確認し、
「彰彦お前、銃を使うようになったのか?」
「目敏いな」
彰彦は目を細めてそう言うとジャケットの中に手を突き入れ、鈍く光る拳銃を取り出した。
「≪魔素≫をぶち込んだ弾丸をぶっ放せるやつでな」
そう言って彰彦が取り出した拳銃を匠も見たことがある。
確か蘆屋が作成した汎用魔素兵器の一種だったっけか。
魔法を扱えなくても銃弾の種類によって様々な付与効果を得ることが出来る武器だったはずだ。
「これがなかなか使い勝手がよくてよ」
手で拳銃を弄びながら言う彰彦。
流派の本流を無視して、武装隊に入隊した時に支給される銃を組み込んだ戦い方でも身に付けたのだろうと匠は懐に拳銃を収める彰彦を見て考えた。
元々彼はそういう破天荒なことを好んでするタイプの人間だ。好奇心が強いとでも言うのだろうか。
学校に通うまでの間道場で年下の門下生の面倒を見てきたためか面倒見がよくて彼を慕う友人が多く、学生時代には匠も他の学友と共にエライ目に巻き込まれた記憶がある。
ん? そういえば……。
「彰彦、なんでまた平賀の研究区なんかに居るんだ?」
彰彦とは第二次掃討作戦の半ばで部隊の入れ替えで会わなくなってしまった。
しかしこうして無事に生きているのならそのまま大阪圏の武装隊に所属しているはずだ。それがなぜ平賀の研究区で暮らしているのだろうか?
平賀の研究区はその異形に対する姿勢の違いから大阪圏の武装隊からは疎まれることもままある。
そんな所にわざわざ平賀の養子である匠の友人の彰彦を派遣するという事はないと思うのだが。
「いやぁ、気に入らねえ上官殴り飛ばしたら武装隊クビになっちまってさ、平賀のじいさんに拾ってもらわなきゃ今も職無しだったんだぜ?」
悪戯を自慢する子供のような彰彦に匠は目を丸くし、
「あー、そりゃ……らしいな」
小気味よく笑った。
「だろ?」
そう言ってウインクをかます彰彦にクズハが「思い切りがよろしいんですね」と感動したように言う。
彰彦はいやいやそれほどでも。と笑い、
「じゃあとりあえず匠との再会とクズハちゃんとの出会いを祝して、メシでも食いに行くか」
いい店に案内してやるよと言う彰彦へ匠は断りを入れる。
「いや、今回は平賀のじいさんに用事があって来たから――」
「いいからいいから」
そう言うと彰彦はやや強引に匠とクズハの手を取った。
「――え?」
「おい、彰彦――」
「さ、行こうぜ?」
そのまま二人は彰彦の為すがままに、腕を引っ張られていった。
●
彰彦は匠とクズハの手を掴んだまま早足で手近な路地へと入りこんだ。
居酒屋や店の裏門を通り過ぎ、更に細い路地に入り、どんどん町の活気から離れていく。
なんだ一体?
彰彦の行動に不審感を得つつ、匠は話しかける。
「なんか食いに行くにしても表通りの方でよくないか?」
「いやいや、この奥に知る人ぞ知る名店があるんだよ」
そう早口に言って更に歩を進める彰彦。
「この奥に、ですか?」
クズハが道のあちこちへと視線を走らせながら不思議そうに言った。
今彼らが歩いている路地はまともな道とは言い難い小路であり、周囲にあるのは飲食店などの裏口くらいのものだ。
抜け道を通ってるのか?
それにしてもこんなに早足で行く意味も無い。おかしな話だ。匠はそう思い、再度口を開こうとして、
「彰彦よ、どこへ行く?」
落ち着いた雰囲気の若い女性の声がした。
げ、と声を上げて彰彦が硬直し、ぎこちなく首を声の方へと振り向かせる。
匠とクズハがそれぞれ怪訝な表情で彼と同じ方向へと首を巡らせると、そこにはクズハのそれと同じほど長く伸びた艶やかな金髪の女性が立っていた。
背は匠と同じくらい、年は十代後半から二十代くらいだろうか。女性は気の強そうな笑みで匠たちを見ている。
知り合いか? と匠は彰彦に訊こうとして――
「二人とも、逃げるぞっ!」
彰彦に手をまた強く引かれて手近な路地に侵入した。そのままメチャクチャに小路を駆けて行く。
「おいっ! あの人、彰彦の知り合いじゃないのか!?」
走りながら問いかけると、
「今は会いたくねえ知り合いだよ! ついでに言うとお前らとも知り合いだぞ!」
彰彦の言葉に匠は首を傾げた。
あんな金髪の姉ちゃんに知り合いは居ないはずだけど……。
「私はあの方を知らないのですけど」
「俺も見覚えが無いんだが」
クズハに同意する。彰彦は「あの格好のに会った事がねえってだけだろ!」と叫んで寄越した。
あの格好?
そう言えば。と匠は思う。
確かにあの声には聞き覚えがあるような気がする。……どこで聞いたんだったか?
そう思いながら彰彦の先導に任せるがままに角を曲がると――
「どこへ行くのだ? と訊いておるのだがの」
進行方向には先程の金髪の女性が居た。
「マジっすか……」
彰彦が女性を見て観念したようにため息を吐いた。
女性は「甘いわ」と言うと、匠たちの方へと歩いて来る。
「……もう少し後でもいいと俺ゃあ思うんだけどな」
「そう焦る事もないとは思うが、知りたいと思うてこ奴らも来ておるのだぞ?」
なら隠し立てすることもなかろう? そう言って女性は三人の前まで来ると、匠とクズハを見て満足そうに笑った。
女性のその態度もやはりどこか憶えがあるものだ。匠が隣を見るとクズハも記憶を辿るような表情で女性を見つめている。
「彰彦、この人は一体?」
困惑気味に言った匠へと女性は髪と同じ、金色の瞳を向けた。
「……ふむ、なかなか分からないものなのだの」
「……ん?」
女性の喋り方に匠は強烈な既視感を得る。隣ではクズハが「あ」と驚いたような声を上げた。それを合図にするように女性の口端が弓なりに吊りあがる。
「のう? ――若造?」
そう言って女性は老獪な笑みを浮かべた。
その声、仕草、身に纏う雰囲気すら匠の記憶の中のそれと重なる。
まさかという思いと共に、探るように問いかけた。
「お前……信太主か?」
女性は愉快げに笑むと、んむ、と頷いた。
「その通りよ。だがその名で呼んでくれるな。これでも我はお尋ね者ぞ? キッコ……そう、キッコと呼ぶがいい」
古い友がつけた名よ。そう言ってキッコは笑った。
クズハがキッコへと問いを放つ。
「あの……キッコさん、一体、何を?」
「下がれクズハ。――どういうつもりだ? 信太主」
匠は警戒も露わにキッコを睨むと、金属棒から荷物を振り落とし、先端を突きつける。
その様子を見た彰彦が慌てたように匠とキッコの間へと割って入った。
「匠、落ち着け」
「まあそう警戒するな。ここまで来たということは平賀に会いに、知りに来たのだろう?」
二人の言葉に匠の動きが止まる。
信太主が彰彦と平賀のじいさんと、知り合い……?
「思ったよりも早く来おったのう。くっくく……我も待っていたかいがあるというものだの」
キッコはそう言うと匠たちへと背を向けた。
「研究所に行こうか。知りたいことを教えてやろうぞ」
そう言って勝手に歩き始める。
「ついて来るがいい。――ああ、それと無用な騒動を起こしたく無いのならキッコと呼ぶことを勧めておくぞ?」
そのまま後ろを確認もせずに歩を進めるキッコに匠はクズハと顔を見合わせる。
「キッコさんに見つかっちまったんじゃあな、諦めて付いて行こうぜ?」
彰彦は振り落とされた匠の荷物を拾うとやれやれと言わんばかりにため息を吐き、歩き出した。
「待てよ明彦、信太主――キッコと知り合いってどういうことだ?」
「それも、まあ追々わかるさ」
後ろ手にぷらぷら手を振りながら言う彰彦。匠とクズハは互いに困惑の表情を見合い、
「え、と……どうしたらいいんでしょうか?」
「なにか知らないが、付いてくしかなさそうではあるな」
黙って付いて行くことにした。
居酒屋や店の裏門を通り過ぎ、更に細い路地に入り、どんどん町の活気から離れていく。
なんだ一体?
彰彦の行動に不審感を得つつ、匠は話しかける。
「なんか食いに行くにしても表通りの方でよくないか?」
「いやいや、この奥に知る人ぞ知る名店があるんだよ」
そう早口に言って更に歩を進める彰彦。
「この奥に、ですか?」
クズハが道のあちこちへと視線を走らせながら不思議そうに言った。
今彼らが歩いている路地はまともな道とは言い難い小路であり、周囲にあるのは飲食店などの裏口くらいのものだ。
抜け道を通ってるのか?
それにしてもこんなに早足で行く意味も無い。おかしな話だ。匠はそう思い、再度口を開こうとして、
「彰彦よ、どこへ行く?」
落ち着いた雰囲気の若い女性の声がした。
げ、と声を上げて彰彦が硬直し、ぎこちなく首を声の方へと振り向かせる。
匠とクズハがそれぞれ怪訝な表情で彼と同じ方向へと首を巡らせると、そこにはクズハのそれと同じほど長く伸びた艶やかな金髪の女性が立っていた。
背は匠と同じくらい、年は十代後半から二十代くらいだろうか。女性は気の強そうな笑みで匠たちを見ている。
知り合いか? と匠は彰彦に訊こうとして――
「二人とも、逃げるぞっ!」
彰彦に手をまた強く引かれて手近な路地に侵入した。そのままメチャクチャに小路を駆けて行く。
「おいっ! あの人、彰彦の知り合いじゃないのか!?」
走りながら問いかけると、
「今は会いたくねえ知り合いだよ! ついでに言うとお前らとも知り合いだぞ!」
彰彦の言葉に匠は首を傾げた。
あんな金髪の姉ちゃんに知り合いは居ないはずだけど……。
「私はあの方を知らないのですけど」
「俺も見覚えが無いんだが」
クズハに同意する。彰彦は「あの格好のに会った事がねえってだけだろ!」と叫んで寄越した。
あの格好?
そう言えば。と匠は思う。
確かにあの声には聞き覚えがあるような気がする。……どこで聞いたんだったか?
そう思いながら彰彦の先導に任せるがままに角を曲がると――
「どこへ行くのだ? と訊いておるのだがの」
進行方向には先程の金髪の女性が居た。
「マジっすか……」
彰彦が女性を見て観念したようにため息を吐いた。
女性は「甘いわ」と言うと、匠たちの方へと歩いて来る。
「……もう少し後でもいいと俺ゃあ思うんだけどな」
「そう焦る事もないとは思うが、知りたいと思うてこ奴らも来ておるのだぞ?」
なら隠し立てすることもなかろう? そう言って女性は三人の前まで来ると、匠とクズハを見て満足そうに笑った。
女性のその態度もやはりどこか憶えがあるものだ。匠が隣を見るとクズハも記憶を辿るような表情で女性を見つめている。
「彰彦、この人は一体?」
困惑気味に言った匠へと女性は髪と同じ、金色の瞳を向けた。
「……ふむ、なかなか分からないものなのだの」
「……ん?」
女性の喋り方に匠は強烈な既視感を得る。隣ではクズハが「あ」と驚いたような声を上げた。それを合図にするように女性の口端が弓なりに吊りあがる。
「のう? ――若造?」
そう言って女性は老獪な笑みを浮かべた。
その声、仕草、身に纏う雰囲気すら匠の記憶の中のそれと重なる。
まさかという思いと共に、探るように問いかけた。
「お前……信太主か?」
女性は愉快げに笑むと、んむ、と頷いた。
「その通りよ。だがその名で呼んでくれるな。これでも我はお尋ね者ぞ? キッコ……そう、キッコと呼ぶがいい」
古い友がつけた名よ。そう言ってキッコは笑った。
クズハがキッコへと問いを放つ。
「あの……キッコさん、一体、何を?」
「下がれクズハ。――どういうつもりだ? 信太主」
匠は警戒も露わにキッコを睨むと、金属棒から荷物を振り落とし、先端を突きつける。
その様子を見た彰彦が慌てたように匠とキッコの間へと割って入った。
「匠、落ち着け」
「まあそう警戒するな。ここまで来たということは平賀に会いに、知りに来たのだろう?」
二人の言葉に匠の動きが止まる。
信太主が彰彦と平賀のじいさんと、知り合い……?
「思ったよりも早く来おったのう。くっくく……我も待っていたかいがあるというものだの」
キッコはそう言うと匠たちへと背を向けた。
「研究所に行こうか。知りたいことを教えてやろうぞ」
そう言って勝手に歩き始める。
「ついて来るがいい。――ああ、それと無用な騒動を起こしたく無いのならキッコと呼ぶことを勧めておくぞ?」
そのまま後ろを確認もせずに歩を進めるキッコに匠はクズハと顔を見合わせる。
「キッコさんに見つかっちまったんじゃあな、諦めて付いて行こうぜ?」
彰彦は振り落とされた匠の荷物を拾うとやれやれと言わんばかりにため息を吐き、歩き出した。
「待てよ明彦、信太主――キッコと知り合いってどういうことだ?」
「それも、まあ追々わかるさ」
後ろ手にぷらぷら手を振りながら言う彰彦。匠とクズハは互いに困惑の表情を見合い、
「え、と……どうしたらいいんでしょうか?」
「なにか知らないが、付いてくしかなさそうではあるな」
黙って付いて行くことにした。