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白狐と青年 第20話「襲撃者2」

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匿名ユーザー

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「襲撃者2」

            ●


 意識を隊長と呼ばれた男へと向けたまま、匠が銃を向けた彰彦へと声をかけた。
「……中尉って?」
「俺の第二次掃討作戦ん時の階級だ……舟山隊長、生きてやがったんだ?」
 彰彦の言葉に舟山は嘲笑の色をにじませた笑みを浮かべた。
「それはこちらの台詞だ今井中尉。よく調整前の状態でこれまで生き延びてこれた」
 調整前の状態?
「優しい変態じいさんの世話になったんだよ。んなことよりもテメエなにしに来やがった……俺の始末か?」
「それはついでだ。第一目標は……」
 舟山というらしい男の腕に≪魔素≫が纏わりつく。なにかしらの魔法を放とうとしているのだろう。匠も対応できるように墓標へと≪魔素≫を流しこむ。
「実験体の子狐、それの破棄だ!」
 吼えたと同時に舟山は腕を振り、離れの一角に向かって魔法の衝撃波が放たれた。匠は墓標を振り抜こうとして、それよりも早く応射として魔法が離れの方角から放たれてきた。
 魔法が激突する。爆発音を伴い、相殺しあって宙に≪魔素≫の華が咲く。
「――これは一体?」
 お茶の乗った盆を落とし、放った魔法の残滓を舟山に向けた手に纏いながらクズハが戸惑った声を上げた。
「クズハ、下がってろ!」
「てめえっ!」
 匠が声を上げて舟山へと走り、彰彦が悪態混じりに銃撃を開始した。
 初弾から舟山の胴を狙った銃撃は、しかし避けられる。舟山はクズハを見て興味深そうに頷き、
「やはり全身移植の唯一の成功例は一筋縄ではいかんな」
 何を言っている?
 銃撃の援助を受けながら舟山へと迫る匠は内心首を傾げた。
 舟山というこの男、クズハの事も知っているようだけど……。
 それに彰彦が使う隊長という呼称だ。確か彰彦は武装隊を、その隊長とやらを殴ってクビになったと言ってはいなかっただろうか。
 分からない事が多い……。
 ただ突然の襲撃を見る限り、敵だという事は分かる。
 だから、
「っ!」
 匠は迷いなく墓標を舟山に叩きつけた。


            ●


 キッコは和泉の町の道を、荷車を牛に牽かせてのんびり歩いている老人と会話をしていた。
 話題は専ら老人の半生だ。
 異形が湧きでてくる以前より人生を送ってきた男の話は懐かしむようにも、何者かを弔うようにも聞こえる。
 老人はそういえば、と言ってしわくちゃな笑顔をキッコに向け、
「近く、和泉で祭りがあるのですがご存知ですかな?」
「ほう、祭りか」
 答えながら周囲を見渡すとちらほらと準備の様子が見て取れる。
「季節柄というものかの」
 昔からこの時期に人間は祭りをしたがるものだった。そう思い出しながら言うと老人も、
「そうですなぁ、この時期は昔からいろんな事を願って祭をしとりますなあ」
 捕食者であると分かっているのか、キッコに時折怯えている牛を不思議そうな顔をしながら宥めつつ老人は、
「世の中がこうなってしまう前はもっとおざなりに祭をやっとりましたがな、世の中がこんなになって、まそ、と言いましたか、そのようなものが見つかったり神仏が現れたりして、皆ありがたみが分かるようになったようですな、……と言ってもそんな時代の事なんてお姉さんにはわかりませんか」
「……まあの」
「変な事を言ってしまいましたのぉ、年をとるとお姉さんくらいの年代の子と話す機会もなかなかなくてなぁ」
「構いはせん、我としても人間の話を聞くというのは面白い」
 畑に行くと言う老人に気を付けるように言いつけ、キッコは一人町の外れの方へと進路をとった。
「まったく……あの老いぼれ、いつ危機にさらされるか分からんような土地柄だというに、狐に見事に騙されておるわ」
 自分に対する反応を見る限り、家畜の方が遥かに危機に対して過敏だ。第二次掃討作戦が終わって一定の安全が確保されたからといって油断し過ぎではないかと思う。
 ……まあ、最近は騙くらかされてくれる人間はそうおらんしの。
 都市部から出て一人旅をするような人間はおおよそ、化ければ≪魔素≫を介して見抜いて来る。平賀などは研究区で魔法を学び、更に分かりづらく化けたキッコをもってすらどうやっても騙されず、「わし、尻尾とか耳とかあった方がいいと思うの――もっとケモケモしくてもいいのよ?」と女言葉で言うものだから焼いてしまった事もあったような気がする。結果として最近のキッコの持論は、騙される馬鹿な人間はかわいい、だ。
 そういう馬鹿な人間に危ない目に遭われると、これから自分が遊ぶ玩具が無くなってしまう。
「だからこそ、こうして人のおらん所まで来たわけだが……」
 そう独りごちるキッコが今歩いているのは匠が鍛錬をしていた所だ。周囲には人の気配が無い。だから、というようにキッコは足を止めた。時を同じくして道場の方で爆発音が上がる。
 見ると道場の方に煙が見えた。
 離れの方かの……。
 そう思考しながら口を開いた。
「あれは貴様の仲間のしわざかの?」
 返答はひどく乾いた声できた。
「察しが良い……流石は信太主」
「その呼称で我を呼ぶか」
 振り返るとそこには声の主が居た。軍服に短髪の中年らしき男はしわがれ声で、
「人に化けているとはまた意外な事だな」
「変化に最も≪魔素≫を消費せんで化けるとこの姿になるのだ。我を人に置き換えた姿なのだろうな。――どうだ、見惚れるかの?」
 腕を浅く広げて見せつけるようにしながらの言葉を男は鼻で笑い、
「狐に誑かされはしない」
 騙されん人間はかわいくない……。
 キッコはそれは残念と肩をすくめ、射殺すような視線を向けた。
「で、我を信太主と見抜いておる貴様は一体何者かの?」
「平岩という、信太主とその縁者たる子狐を消しに来た」
「ほう? クズハに関しては政府に存在が届け出されておるはず、そのような横暴がまかり通るのかの?」
 相手の返答は無言。キッコは頷き、
「貴様の目的、頓挫させる――よいな?」
 地を強く蹴りつけて平岩と名乗った男に迫った。


            ●


 舟山が手にしたナイフで匠の打撃は受け止められた。≪魔素≫を流し込んだ墓標の一撃を、見た雰囲気では魔素使用兵器ではなさそうなナイフに受け止められた事に匠は軽い驚きを得た。
 本人に≪魔素≫運用の心得があるか……。
 そのまま数合打ち合わせる内に匠は違和感を感じた。
 間合いがおかしい?
 正確には手に握っているナイフがカバーする範囲が匠の目算と微妙に合わないように感じられるのだ。
 俺の気のせいか? ……いや。
 違うだろうと思う。これでも場数をそれなりに踏んできた身だ。こういう時に感じる勘のようなものを匠は信頼していた。目の前の男は初撃に使ったような何らかの魔法を心得てもいるようだ。
 何かの術でも使っているのかもしれない。そう判断して、
「匠!」
 彰彦の声をきっかけとして一度身を退いた。
 下がる匠のフォローに銃撃が叩き込まれるが、舟山はナイフで銃弾を捌く。
 彰彦は片手で弾薬を入れ替え、苛立たし気に、
「弾を目で見んのかよ」
「実験の成果のようなものだな、おかげで俺もこの通り、異形並みの身体能力を持っているわけだ」
「そうかよ」
 答えて引き金を引き続けながら退いた匠に言う。
「匠、ありゃちょいとヤバい」
「ああ」
 後方ではクズハが≪魔素≫を編み、離れと道場の子供達を守る為だろう半透明の壁を張っている。
 一先ずこれで師範たちに直接の被害はないだろうけど……。
 先の発言を見るに、敵の狙いはクズハのようだ。近くにクズハが居るという状況は好ましくないのではないかとも思う。
 実験体……か。
 舟山はクズハを指してそう呼んだ。クズハに対してその呼称が使われる事に心当たりはある。
 クズハが瀕死の重傷を負った時に声をかけてきたという人間は研究機関に所属していた人間、そして彼女が受けた施術は治療というよりも実験の色が濃い代物だったはずだ。
 じゃあ、今回のこれはその研究機関とやらの繋がりか?
 研究所は壊れたという話を聞いたが、匠自身が確認したわけでもない。平賀の研究区で聞いた話以上に何かがあり、
 今の状況に繋がっているんだろうか……。そしておそらく、
「彰彦、お前も何か知ってるな?」
 彰彦の元所属部隊の隊長だという舟山、そんな男がこうして敵対しているのは偶然ではないだろう。
 それに、調整前、というあの男の言葉も気になる。
 彰彦は舟山を睨みつけたまま
「……自分とクズハちゃんの件に繋がりがあるなんて知ったのはこの前初めてクズハちゃんに会った時に平賀のじいさんが話してくれた時だ。それまではなーんにも知らなかったさ。で、大事なことはたぶんまだじいさんやキッコさんの腹ん中だ」
 まったく年寄り共は……。
 そう言う彰彦へそうか、と応え、
「ここを切りぬけていろいろと聞かないとな」
 匠も墓標を構えなおした。
「そう甘くはないぞ!」
 今度は舟山が銃弾に辟易したように突貫してきた。
 匠は迎撃として墓標の先端から刃を伸ばし、その刃の切っ先で舟山を貫こうとする。
 対する舟山は身を捻って刃を避けた。
 迫る舟山に匠の横合いから彰彦が銃弾を叩きこむが、
「なんだその銃は、俺の額を殴りつけた立派な腕が泣くな!」
「っるっせぇ!」
 銃弾にこめられている微量の≪魔素≫による追加効果もこの男相手には通じないらしい、全てナイフに弾かれている。
 彰彦は確実に接近してくる舟山から徐々に後退する。
 やっぱり身体……いや、腕に何かあるのか?
 そう思いながら匠は刃を半ばで解体、墓標の先端に槍の穂先状の刃を形成し、
「っ!」
 舟山に向けて突き込んだ。
 舟山は跳ねるように跳び下がると、置き土産に手榴弾を放っていった。
 匠は刃を幅広にし、その腹で空に打ち上げて舟山に再びこちらから接近しようとして、
「――匠さん!」
 クズハの警告を意味する声で空から打ち上げた手榴弾が自然落下を上回る速度で急速に落下してきている事に気付いた。上空には集中した≪魔素≫の気配がある。
 魔法で叩き返された?
 未だに上空に≪魔素≫が凝縮した気配がある。何かの術を放とうとしているのだろうか。
 なら魔法が完成する前に破壊する!
 幅広の刃で再び打ち返す。狙いは≪魔素≫の集っている辺り、
「彰彦!」
「応よ!」
 声より早く手榴弾が弾丸に射抜かれ、爆発した。
 手榴弾の破片を墓標で防ぎ、半透明の刃越しに魔法が生き残っていないかを確認しようと上空を見上げて、上空に異常なものを見つけ匠は絶句した。
「なに?」
 腕だった。
 長く伸びた人間の腕だ。それは爆発に巻き込まれて半ば千切れているが急速に再生して、同時に魔法も作り上げている。そしてその腕の元は、
「隊長、その腕……」
「何を驚く、お前も同じようなものだろう?」
 舟山の胴体に繋がっていた。
 違和感の正体はこれか……!
 先程の打ち合いの時は分からない程度に腕の伸縮を繰り返してこちらが間合いを取るのを邪魔していたのだろう。
 眼前、舟山の異常に伸び、軟体のようにしなやかな動きを見せる片腕と同時に通常の人間の長さと変わらない腕にも魔法が完成していた。
「異形か!?」
 匠の喚声に舟山は首を振る。
「お前の所の子狐と同じだ!」
 上と前から魔法の衝撃波が打ち出された。衝撃波の軌道は彰彦を巻き込むようなコースを描いている。
 間に合うか!?
 刃を一度砕いて盾状に刃を作成して取りまわそうとして、
「匠! 防いでやっからあの腕ぶった切っちまえ!」
 彰彦の声、同時に彰彦が近付いて来る足音がある。
「しっかり守れよ!?」
 背後に叫んで匠は刃を砕く事を中止、更に≪魔素≫を流しこんで刃を伸ばして、舟山の異様に伸び、先程とは別の位置で追撃の次弾を作っていた腕を切断した。
 人の腕と大して変わらない手ごたえを腕に感じる匠の手前に、両手に≪魔素≫の光を宿した彰彦が割り込んできた。
 彰彦が両手をそれぞれ前方と上方に掲げたと同時、二つの衝撃波が着弾する。
 土煙が上がって視界が途切れる。茶色にぼやける視界の中、彰彦の声が聞こえる。
「痛~っ」
 身体をさっと確かめるとどうやら自分に怪我は無いらしい。
 ってことは衝撃波は無事止められたって事か……。
 刃を解体し、≪魔素≫へと還元する。余波で生じた微風が土煙を吹き飛ばして視界が晴れる。
 墓標を油断なくかざし、前に立っている彰彦に怪我は無いか確認しようとして、匠はもう一度絶句した。
 言葉が漏れる。
「おい、その腕……」
「……あーあーバレちまったよ」
 彰彦はそう言って両手の手首を軽く振る。
「どういうことだよ?」
 その両手は、指先から肩にかけて、鱗のような白い外殻に包まれた異形の腕へと変貌していた。



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