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異形純情浪漫譚 ハイカラみっくす! 第10話

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ココロとカラダ



――鳥は自由に空を飛べるが故、飛ぶことの自由さを知らない。


蛇の目邸に従事するものとして一日にすべきことは数多くあるが、その中のひとつに中庭
花壇の水やりが挙げられる。
たかが花の水やりごとき何を大げさな、と思われる方も多いだろうが、蛇の目邸に至って
はそこに咲く花が通常であるわけもなく、エリカ様が薬事に使用する妖花の世話と言えば
その大事が分かるであろう、此度冒頭に取り上げた一文は、この生意気な妖花が漏らした
嫌味である。

確かに妖花から見れば私は自由に見えるのだろうが、不服そうに水やりをする姿を指して
「あなたは幸せを見失っているわ」とでも言いたいのか。しかしこいつが生きながらえて
いるのは私がいてこそで、こちらからしてみれば「花草歩けぬが故、不幸に出くわさず」
といったところである。

たとえば先日イズミを探索していたときに出会った、シンダラと名乗るあの男だ。
無垢な私を笑顔で油断させておき、自らの子種を飲ませるという鬼畜にも劣る幼児性愛者。
すでに日も経ち悪阻もないので、孕んだということはなさそうだが、ことが事だけに結局
エリカ様にも報告できずにいる。

(これはかわいらしいお客さんですね)

あの男が放った忌々しい言霊は、まるで呪詛のように頭から離れることなく、ふとした時
に蘇っては、爽やかな笑顔が脳裏をかすめるのだ。私はそのつど首を振り、騙された自分
を戒めることを怠らない。

(これはかわいらしいお客さんですね)

数日前にジロキチ殿と別れてからこれまで、私は少々よそものに気を許しすぎていたかも
しれない。世は常に善悪入り乱れているのをすっかり呆けていた。そうした判別もできぬ
うちは人をやすやすと信用するのは控えねばなるまい。

(これはかわいらしいお客さんですね)

――いや、だが待てよ。
善悪の判別を試みるに、私は一つの可能性に突き当たる。
はて本当にシンダラは悪意を持っていたのだろうか、特に「かわいらしい」という部分。
シンダラは本当は善人だが、何かそうせざるを得ない事情があって幼児性愛者を名乗って
いたのではあるまいか。思うに不治の病に寝伏す両親のためとか、大きな夢を実現させる
ためだとか、他の誰かに操られていたとも考えられる。

そうした真相が何かは分からぬが、どちらにしてもシンダラ殿にとって私はかわいらしい
のか、そうでないのかはやはり気になる。今度もう一度行って確かめねばなるまい。

「あら、今日は機嫌が良さそうね」

――ひっ!
不意に聞こえたエリカ様の声に、大きく跳ね上がったジョロが水を撒き散らす。
陽射しを浴びた飛沫には、小さな虹がかかっていた。


† † †


「ほら、この前ジロキチさんがくれた薬なんだけど」

テーブルの上へ小瓶を置くエリカ様は、珍しく小さな丸メガネをお掛けになっていた。
別段目が悪いわけでもないのだが、特に薬事をなさるときはこの丸メガネを掛けることが
多いようで、ここのところ随分部屋に篭っていると思ったがその薬を調べていたのだろう、
相変わらず柔らかい微笑みを浮かべたまま、向かいへ腰を掛ける。

人化薬と書かれた小瓶の中には小さな錠剤が詰まっており、聞けばそれ一粒でおよそ一日
の間、人間の姿をとれるということらしい。
人化というのはすべからく妖力の大きなものこそ扱えるべきで、私のような小間使いから
してみれば身にあまる夢のような薬だ。

とはいえ私は猫の姿であることに不満はなく、長年そうやって暮らしてきたものだから、
今更人間態をとったところで不便が増すような気もする。
今はナイフやフォークを持つこともできるし、水やりのジョロを持つために二本脚で歩く
こともできるのだ。思いつく利点といえば、エリカ様のように調理や薬事のために器用を
こなせるぐらいであろう、私は腕を組み、考えを巡らせてみる。

「人の姿になれれば、イズミの納涼祭に行けるわよ」

――はあ、納涼祭ですか。
私には友達もいないし、そういったものを楽しめる立場にもない。
仮にそこで楽を得たとしたら、私はきっとまたそれを味わいたくなる。瓶に詰まった薬は
膨大であるように見えるが、確実に有限なのだ。妖花の愚痴ではないが従者たるべきもの
現状に幸せを見出せねばこの先やりきれない。タバサ贅沢に反対です!

「でも人化したタバサはきっと可愛いと思うんだけどなあ」

しかし、その一言が私の決断を覆した。
短く儚い決意であった。


† † †


エリカ様によれば、人化する時には身体の大きさも変化するため、床で飲んだほうが良い
らしく、何かあっても私がついてるから大丈夫よと言って屈み込むエリカ様の前、薄緑の
錠剤を口に含み、水を煽る。

しばし間をおいて、はて何も起きませぬ、とエリカ様に目を戻すも、じわじわと下腹部に
熱が生じ始めた。まるで体中の毛が縮んでいくかのようなむずがゆさに支配され、思わず
倒れこんだ床はひんやりと硬い感触をしていた。
程なくして全身をめぐった奇妙な感覚が収まると、エリカ様がぱたぱたと走り去り、また
ぱたぱたと戻ってくる。その手には手鏡が握られており、嬉々とした顔を私へ向けた。

「じゃーん! これがタバサちゃんです!」

――これが。
鏡に映っていたのは、人間でいえばまだ幼い少女であろうか。長く伸びた黒髪に包まれた
白い顔がきょとんとしていた。

――私ですか?
目線を鏡から身体へ下ろす。と、おかしな事に気がついた。
胸や下腹は確かにつるつるした肌になってはいるが、ちょうど太腿より下だけ、大きさは
身体に相応しくもなぜか猫のままである。人化といえば人間の姿であろうものだが、なに
やら他にもおかしな点が見受けられた。

「あら、変ねえ」

薬瓶の注意書きを見ながらエリカ様が首をひねる。
私はそれでもまあとりあえずと立ち上がってみた。するとどうだろう、今まで培ってきた
猫態での二足直立がそのまま活かせるではないか。尻尾でバランスを取るのも容易なれば、
ぽこぽこと調子よく歩くこともできる。
やや、これは格好は悪いが都合が良い。床を踏みしめてみると安定もしているようだし、
長い腰巻でも穿けば見えぬであろう。

――あ。
はたと気づいて手のひらに目をやると、そちらは猫ではないらしく胸を撫で下ろす。
床に置かれた手鏡をおぼつかない動作で掴み、もう一度顔をよく見ると、やはりここにも
おかしな点がある。なぜか耳も残ったままなのだ。

きゅ、と顔に力をいれると耳はぱたんと閉じる。
ふう、と力を緩めると耳はまたぴこんと立つ。

私はその有様をエリカ様に伝えようと、何度かそれをして見せてみたのだが、突如として
大笑いを始めたので、これに関しても諦めることとした。

「とと、とにかく……これで明日は納涼祭の出店許可を――」

言いかけて再び吹き出すエリカ様をよそに、私はいつもと違う高さから望む景色を見回し
てみる。普段は踏み台を使って開け閉めしていた窓も背伸びするだけで届く、窓を開ける
と冷たい風が顔の肌をくすぐった。

「声もだせるわよ」

――声ですか!
そうか、声か。エリカ様に向き直り、何度か咳払いをしてから息を大きく吸う。
心の言葉を身体から放て、声よ出ろ!

「エリカ様!」
「なあに」

「返事と共にエリカ様が柔らかく閉じた目を向ける。これが、これが私の声なのか。中々
凛としていて素晴らしいではないか。これならイズミへ行っても人と意志の疎通をはかる
ことが出来る。いやひょっとすると友達さえできるかもしれない」

「……ちょ、ちょっとタバサ?」

「私はこの時ほど蛇の目邸に――いや、エリカ様に仕えて良かったと思ったことはない、
薬に頼ってのこととはいえ、そうでなければ体験することすらできないものなのだ。気が
つけば瞳の下をくすぐる感覚が走る。これは涙、涙が肌を伝うのをこうして感じるのか。
私は思わず窓の外に顔を出す。空よ、雲よ、風よ、聞け――これがタバサの声ぞ!」

「あなた、思ったこと全部口にでてるわよ」

「シンダラ殿! 貴方はこんな私の声も可愛らしいと思ってくれますか!」

「タバサ……」



つづく


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