HARU×haru
空を隙間無く覆っていた灰色の雲が、うっすらと晴れてきて僅かな隙間を作る。その隙間から太陽の陽がそっと差しこんでくる。
ゼノブレイカーとの激闘の末、落下した俊明と紫蘇を腕で抱き抱えた奇妙な服装の男は、これまた奇妙な板で風に乗りながら、何処へと向かう。
人間が空を飛んでいるという非現実な出来事が起こっているのに、下々の人々は気付く事無く、各々の日常を過ごしている。
死の間際に落ちる所を、紫蘇共々助けて貰えた俊明は、自らを助けてくれたその男の顔を見ようとする。
しかし、男の顔はその服装に合わせる様に、まるで特撮物の様なデザインが施された、フルフェイス型のマスクに隠れており素顔を伺う事は出来ない。
それにしても、と、俊明は思う。この男は言った。過去も未来も捨てたと。そして、力は力でありそれ以上でも、それ以下でもないと。
何より驚いたのは、一条と同じく、この男も自分達の事を知っていた事だ。一体何処で知り、そして何故、あんな言葉を投げかけてきたのか……俊明には、何一つ分からない。
「アンタは一体……何なんだ」
俊明が分からないまま、独り言の様にボソリとそう聞く、が男は何も答えぬまま、空を飛び続ける。
答える義務は無い、か。それとも……答えられない理由があるのだろうか。
まぁどちらにしろ、この男がいなければ今頃、紫蘇と一緒にあの世に行っていた。そう考えると余計な詮索は失礼だなと思い、俊明は自重する。
しかし正直に言えば、こうしてお姫様抱っこされるのは居心地が悪い。いや、男だとかそういう理由ではなく、なんとなく居心地が悪い。
徐々に板の飛行速度が落ちてくると共に、目的地が見えてきたのだろうか、次第に板が降下していく。
俊明は恐る恐る、目下に向ける。どこなのかは見当もつかないが、どうやら目的地であろう、屋上のビルが見えてきた。
男は板を屋上の中央まで移動させると、ヘリのホバリング宜しく、後方の推進力であろうスラスタ―を下方に向ける事で、滞空している。
『降下する。動くなよ』
ゆっくりと、板が地上へと降りてくる。そろそろ二、三メートル位になった時、男は勢い良く板から飛び降りた。
思わず俊明はひっ、と声を出しそうになるが情けないので堪える。
音も出さず華麗に着地すると、男はしゃがみ、丁寧に俊明を両腕から降ろす。男の着地と同時に、板が空中で機械音を出しながらバラバラに分解していく。
数秒も経たないまま、宙に舞っている板を成形していた各部パーツが、一点に合体して拳銃の姿へと変形すると、男の掌へと吸いこまれる様に戻ってきた。
何か良く分かんないけど、科学ってすげえと俊明は感嘆する。と、男がこちらに振り向いてきた。ハッとして、俊明は男に頭を下げながら、感謝する。
「その……助けてくれて、ありがとう。いや……ありがとう、ございます」
『礼は良い。それより大丈夫なのか。シュタムファータァは』
男の言葉に、俊明は抱いている紫蘇に目を向ける。手足に傷とか無いだろうか? と心配になって手足を触ってみるが、特に大丈夫そうだ。
いつ目を覚ますかは分からないが……おそらく少し経てば目を開ける、とは思う。とにかく今はどこか安全な場所で休ませてあげたい。労ってあげたい。
長い戦いから解放された為か、穏やかな寝顔を見せている紫蘇を見、俊明は心からそう思う。男に顔を向けて、俊明は答える。
「大丈夫だ。すまない、心配を掛けて」
『そうか……。なら構わない』
俊明の返事に男はそう頷く。その声は冷静と言うか冷淡だが、どこか紫蘇と俊明を心配していた事を隠している、照れ隠しの様にも思える。
俊明は男に対して、不思議な親近感を抱いている。そのマスクを取った素顔で話してみたい、とも思う。
何故だろう、全く会った事が無い、それでいて色んな意味で近寄りがたい人、なのに。妙に気心が知れそうな気がする……。
『安田俊明』
俊明をヘルメット越しから見据えながら、男は俊明に語る。
『さっきも言ったが、君は君の日常を護る事を考えろ。君の家族、君の友人、君の知っているあらゆる人の日常を、君の手で護れ。それが、力を持った者の務めだ』
男の言葉に、俊明は力強く頷き、しっかりと、凛とした声で答える。
「あぁ、分かってる。シュタムファータァと……違うな、俺の出来る限りで精一杯、シュタムファータァも含めてセカイを護ってやる。
それがアンタの言う、力を持った人間の責任なら……な」
『その意気だ。全力で護っていけ。君が帰れる日常を、セカイを』
「任しとけ。必ず……」
俊明は紫蘇に視線を向ける。そして今一度、男に視線を向けて、誓う。
「必ず、護ってやる」
それ以上の言葉を、俊明も、男も、口には出さない。だが、俊明は伝えるべき事は必ず男に伝わっている、と思う。
すると男は何故か、拳銃を腰部ホルスターに収納し、指を鳴らすつもりか、親指と人差し指を合わせた手を上げる。
その行動に俊明は疑問符を浮かべ、素直に質問する。
「……何するんだ?」
『君の決意、しかと受け止めた。だが今は……眠れ』
男がそう言って、指を鳴らした瞬間、俊明の目が俊明の意思とは関係無く閉じていくと、ゆらりと倒れそうになる。
俊明を両腕で支え、男は俊明の両足を持って紫蘇ごと抱えると、屋上の端の金網まで運び丁重に座らせる。
二人から離れて、男はマスクに片手を当てる。男はその状態のまま、何者かに話しかける。
『安田俊明とシュタムファータァの回収、終わりました。応答願います、スネイルさん』
しばらくすると、男が話しかけた、否、通信を入れた先にいる人物が応答する。その人物の声は女性だ。名はスネイルと言うらしい。
≪お疲れ様~。座標を確認次第、二人を回収しに行くわ≫
『宜しくお願いします。それとスネイルさん、彼の所在ですが……』
能天気な位、明るいスネイルの口調に男は少しばかり調子が狂う。しかしあくまで冷静に、スネイルからの返答を待つ。
≪あぁ、田所君? 田所君ねー……やっぱ何処にいるか分かんないわ。悪山さん家のお爺ちゃんの件から全く連絡取れないし……何してるのかしら≫
『えぇ……』
男の声のトーンが大分落ちる。スネイルは男に明るい、否、優しく応援する様な声で言う。
≪彼なら大丈夫。またひょっこり会えるわよ。貴方は貴方のするべき事をすればいいの。田所君の事はこっちでどうにかするから。良い?≫
『……そうですね。今目の前の事に集中します。そちらの事は宜しくお願いします』
≪そうそう、その調子。それじゃこっちの仕事を片付けたら、早急に向かうから。鈴木君はどうする? まだその世界にいる?≫
『俺は……』
その時、男は気付く。自分に何者かがハッキリとした敵意、殺意を抱いて近づいてきている事に。突き刺すように鋭い、殺意が。
振り返って周囲を警戒するが、その何者かの姿は見えない。一体何処から狙っている? もしや遠距離から狙っているのか?
そう男が警戒していると、ようやく何者かの気配を捉える事が出来た。上だ。空から拳を振り上げながら、急降下してくる。
『覚悟!』
男は後方へとバック転しながら何者かの攻撃を寸前で回避し、大きく距離を取る。何者かが着地すると同時に、振り上げた拳を地面へと直撃させる。
驚くべき事にその拳は、殴り付けた地面を凹ませて、クレーターの様な跡を作りだしていた。もしも一瞬でも判断が遅れていたら、無事ではいられなかっただろう。
何者かはゆったりと立ち上がると、男の方へと体を振り向かせる。
何者かの姿は可笑しな事に、男の様に奇妙な服装、スーツでかつ、マスクではなくヘルメットを被っている。
しかし男の服装の様なヒロイックなスタイルではなく、真紅で染められたそのスーツとヘルメットは、戦闘服である事を誇示する様に好戦的な雰囲気に満ちている。
その上からもハッキリ分かる位、筋骨隆々としており隙も無駄も無い、鍛え抜かれた肉体。身長も男よりもずっと高く、二メートルはある気がする。
男はホルスターから拳銃を抜き出すと、どこからか一枚カードを取り出す。
拳銃の上部に備われた溝にそのカードを素早く通すと、拳銃がカードの名を暗唱する。
<トランスインポート エッグガード>
間髪入れず男は拳銃を、俊明と紫蘇に向けて引き金を引く。銃口から白色の弾丸が発射され、二人の前で爆発した……様に見えて、拡散した様だ。
拡散した弾丸のかけらは、二人の周囲で散らばると、半透明な膜を張り合いながら、玉子を彷彿とさせる白いバリアと化して二人を守る。
エッグガードを一瞥し、何者かは男に淡々とした口調で言う。
『安心しろ。そこの非力な子供に手を出す気は無い。狙いはあくまで』
両手の拳を握る。筋肉を盛り上げさせながら、何者かは男に向かってすぐにでも踏み込む気か、ボクシングの様な構えを取りつつ、言い放った。
『貴様だ』
合わせる様に、男は拳銃の銃身を真っ直ぐに変形させると何者かを見据える。見据えながらも、その正体を見透かす。
『シロガネマッスル……否、ニック・W・キムか……』
男の言葉に、何者――――――――シロガネマッスルのヘルメット内のキムは、豪快な笑い声を発しながら、男に言った。
マッスルの声は至極高ぶっており、ある種、感情を抑えきれない様に思える。
『名を覚えていてくれたか。嬉しいぞ、小僧。いや……ハクタカ』
マッスルのその言葉に、今まで正体の知れなかった男の名が―――――――ハクタカだと判明する。
ハクタカは何を思ったのか、拳銃を元の形に変形させて、ホルスターに入れる。正々堂々と拳同士で戦うつもりか。
手ぶらになったハクタカは、対する様に同じ構えを取り、マッスルへと向き合う。ハクタカの行動に、またもマッスルは笑いながら、言う。
『良い覚悟だ。貴様が話の分かる人間で嬉しいぞ』
『悪いが時間が無い。瞬時にケリを付けさせて貰う』
『それは構わんがすぐには壊れてくれるな。遊びがいが無い』
灰色の空の下、二人の男が互いに拳のみを武器に向かい合う。差していた太陽が、再び姿を隠す。
新たな戦いの火蓋はもうすぐ、切って落とされる。
THE
STRANGE
DREAM
最終話(4)
一条はただただ、驚嘆する。驚嘆するしか、無かった。
まさか崩落してきたコンクリートの巨大な塊から自分を救ってくれたのが、あの時逃げた筈の神守遥とは思いもしなかったからだ。
絶対に逃げた筈の、元の日常に戻った筈の神守さんが何故、ここに? 一条の思考は軽く混乱している。
あの時、ゼノクレスが奇襲してきて日常を奪った際、一条はある種覚悟を決め、神守に対して逃げろと叫んだ。
だから神守は逃げて、元ある日常に戻ったと思っていた。戦いもロボットも存在しない、穏やかに流れる日常へと。
しかしそうなれば、よほどの事でも無い限り、もう再会出来ない、むしろ二度と再会できないかもしれない。そう覚悟しながらも逃がしたのに――――――――。。
神守は、戻ってきた。一条を救う為に、戻ってきてしまった。
それも絶望も絶望、最早死を待つしかない絶望というのも生温い状況下に、一条を救いにきたという理由で。
一条の中で何をどう、神守に伝えれば……いや、それ以前に何を言い出せば良いかが分からない。
何で戻ってきたのかと、強く怒れば良いかもしれない。何してるのと冷静に咎めつつ、今すぐ逃げなさいと追い返せばいいのかもしれない。
だけど、神守は言った。迷いも恐れも無く、躊躇も淀みも苦悩も無い、真摯でまっすぐな声と、目で、一条に言った。
「一条さんを、助けに来たんだよ」
塊が掠ったのだろう、頭から血を流しているにも拘らず。神守は不安に陥っている一条を励ます様な、温和な笑顔を浮かべて、そう言ったのだ。
一条は言葉が本当に浮かんでこない。何を言っても、まるで自分が卑怯と言うか、臆病者に思えてしまうから。
一先ず、混乱している頭を自分で自分を強くビンタする事で元に戻す。鈍く痺れるような痛みから、次第に頭が醒めてくる。
頭も心も無理やりにでも落ち着かせて、一条は神守に向き合う。
そこで心苦しい、心苦しいが、一条はこれから厳しく問い詰める。そんな目付きになると、目付きと同じく険しい口調で神守を問いただす。
「本気で……言ってるの? 今の状況、分かってないの?」
人を怒る事を一条は嫌う。自分が怒られるのも嫌だし、なるべく人を怒る事もしたくないと思っているからだ。しかし、今は状況が違う。
こんな演技をするのは嫌だと思いながらも、一条は神守を厳しく問い詰める。これは神守が憎いからでは勿論ない。
神守を元居た日常に帰したい。その思い故に、一条はこんな事をしている。
「私……言ったよね。早く逃げろって。振り返らずに逃げなさいって言ったよね? ねぇ、何で?」
一条にそう、問い詰められていても神守は一条から目を逸らさない。一条の目をまっすぐに、見つめ続ける。
「何で……何で戻ってきたの? ねぇ……逃げろって……逃げろって言ったじゃん」
神守のその態度に、一条はこんな事をしている状況ではない。ではないと、分かってはいながらも、何故だかイラついてくる。
それは神守が今の状況を認識しているのだろうかと思う位、笑みを浮かべて崩さないからだろうか。
それとも、自分の叫びを聞かずに避難もせず、こんな所にのこのこと戻ってきたからか。……というか、何故ここに私がいると分かったのだろうか?
気になるがそんな事はどうでも良い。他にも理由があるかもしれないが……今の一条は大まかにその二点から、神守に怒っている。
だが、どれだけ一条が問い詰めても、神守は何も言わない。その事にとうとう、一条は声を荒げた。
「何でって……聞いてるんだよ!」
自分でも分からない位、一条の声は荒く、険しくなっていた。
「お願い……お願いだから……逃げてよ、ここから」
こんな事、したくない。したくないし、させないでほしい。だから……早く逃げてよ、神守さん、と一条は泣きそうになりながら思う。いや、実際その心境は声に出ている。
本気で一条は、神守に逃げてほしい。もう一人の世界に住む自分自身に、戦いとは無縁な平和な世界へと帰って欲しいのだ。
一条が対峙しているこの世界は、暴力と理不尽、そして死が渦巻く、平和とも平穏とも程遠く、安らぐ事が無い世界だ。
そんな酷な世界に、一条は神守を、もう一人の自分をなるべく巻き込みたくない。神守には、もう一人の自分として、平和な世界で平和な日常を謳歌してほしい、のに。
そんな世界に神守は自ら足を踏み入れてきた。危険だと分かっているだろうに。それが、一条にはどうしても解せない。
神守は何も言わないまま、肩に掲げているギターケースに酷似している、しかしとても薄っぺらい、良く見ると全く別の形状をしたケースを地面に置いた。
「神守さん……?」
不思議そうに神守の行動を見つめている一条を尻目に、神守はケースの前にしゃがむ。
しゃがんで、ケースのファスナーを一気に開くと、その中身である愛用の弓を取り出す。ますます、一条は神守の行動に首を捻る。
弓と共に数本……と言っても四本の弓矢を取り出した。そして神守は、一条に顔を向けると、今まで閉じていた口を、静かに開く。
「私ね……一条さんから言われて最初、必死に逃げてた。早く逃げなきゃ、いつもの日常に帰んなきゃって。
でも、逃げてる時に本当にこれでいいの? 私だけ、平和な世界に戻ってもいいの? って」
「……それで?」
「私の力じゃ何も出来ない……一条さんの手助けなんか出来ないって」
ネガティブな事を言いながらも、一条は感じる。神守の目には、強い意志、折れる事の無い強く滾る意思が、宿っている事に。
どうやら……どうやら本気で、神守は助けに来たようだ。一条遥を。
「自分で自分を普通の人だって、一般人だからって。そんな風に自分を矮小化して、一条さんの事を見て見ぬ振りしてた。
だけど、私にこの弓をくれたおじさんがね。言ってくれたの」
弓矢を地に置いて、神守は外の出入り口に近づくと、壁際に隠れながら外へと目を向ける。
あの巨大な怪物……とは姿は違う、人間みたいな姿をした物体が片膝を付いている。
だが神守はその物体の黄金色の右腕から、それがあの全てを奪った怪物――――――――ゼノブレイカーでありゼノクレスだと直感する。
ゼノブレイカーは片膝を地面に付いたまま、エネルギーの消費を少しでも抑える為だろうか、じっとして動かない。
胸元のブラックキューブは、チカチカと点滅しており、再び動き出すには時間がかかりそうだ。取りあえず隙が出来て、神守はホッとする。
「……そのおじさん、なんて、言ったの?」
振り返りながら、神守は視線を一条に戻す。一条の顔からわざと険悪さを装っていた表情が消えており、素直な表情へと変わっている。
神守は微笑みながら一条の前にしゃがみ、そのおじさん――――――――弓と弓矢を託してくれたヘンヨの事を、一条に語る。
「私が、嘘を付いてるって。本心に……自分自身に嘘を付いてるって。
ホントは私、逃げる事なんてしたくなくて。ホントは……」
神守と、一条の視線が重なる。一条を見つめたまま、神守は本心を、自分がしたい事を、明かす。
「ホントは私、一条さんを救ってあげたい、助けてあげたいって事に気付いた。おじさんの言葉のお陰で。
自分に嘘を付く……自分を騙して生きていく人生なんて嫌だなって。例え無謀でも無茶でも、馬鹿みたいと言われても、私は私に正直に生きたい」
「だから……戻ってきたの? 私を……助けに」
神守はこくんと、頷く。頷いて、裏表の無い、心からの本心を、一条に明かした。
「思ったんだ、私。もし……もしあの時、おじさんの言葉を聞いても動けなかったら、私は一生、自分自身からも逃げ続けるんじゃないかなって。
それは絶対に嫌。自分自身に嘘を付き続ける人生をする位なら、私はどんな酷い事や哀しい事がこの先に待ちうけていても、自分に正直に生きる方を選ぶ。
だから私は一条さん、貴方を救いに来たんだよ。今動けないなら……私は一生、変われない気がしたから」
弓矢を一本手に取り、神守は立ち上がる。立ち上がって出入口へと移動しゼノブレイカーに目を向けながら、一条に言い放つ。
「一条さん」
「……何?」
「一条さんの感覚を私に……違う、一条さんの力を私に、共有させて」
××××××
神守の予想だにしなかった台詞に、一条の記憶が唐突に過去へ巻き戻る。巻き戻った末に、とある部分で停止し、再生する。
様々な設計図がコルクボード等に所狭しと貼り付けられており、大小様々な作業途中のロボットやアンドロイド、その他機械と呼ばれる機械に溢れており、足の踏み場はある。
足の踏み場はあるが、むせる様な鉄の匂いと右を見ても左を見ても機械がある事から、どうにも息苦しいとある研究室に、一条は居た。
リヒターを抱えて、一条は回転式のデスクチェアに座って、大きなモニターの前、キーボードを高速でタイピングしている少女……に見える女性の傍らに立っている。
女性の外見は一条並、もしかしたら一条よりも小さく、その背と共に目鼻の低いロリータフェイスと相まって、小学生の様に見える。
肩以上に伸び、デスクチェアに垂れている紫色の髪の毛が、妙にミスマッチに感じる。身体に合わない、ダボダボな白衣もその幼さを加速させている気がする。
何らかのロボットの設計図が表示されているモニターを眺めながら、一条に顔も向けず、尚且つタイピングし続けながら、女性は口を開く。
「揺籃島に行くんだって? 赤毛を探して」
やはり声も幼い、が、堂々とした口調と態度から、外見に反して内面は成熟している女性に思える。
「今度こそ師匠を見つけ出しますよ、私。絶対にあの人と再会します」
先生、と呼ばれた女性は気合いたっぷりにそう語る一条をふっと、鼻で笑って言う。
「あの赤毛が簡単に見つかるとは思えないな。今までだって全く尻尾を掴めていないのだから」
「でも今度こそ、今度こそ再会できますよ! 自信ありです!」
そう言って胸を張る一条を、女性は苦笑いしながらタイピングのスピードを速める。目で追えないほど速い。
「あいつがお前に気付いて逃げてたら元も子もないだろ。
というかホント……お前の物事に対して、根拠が無いというのに、さも根拠がある様に自信たっぷりに振る舞う所、赤毛にそっくりだな」
「勿論! 私は師匠の弟子ですから!」
「褒めてないぞ。大体無い胸を張ってどうする」
馬鹿な師匠には馬鹿な弟子な付くのだな、と、女性は冷ややかに笑う。
だが、逆を言えば変な事を考えずに物事に対して愚直な位、正々堂々真正面から挑む姿勢、嫌いじゃないと思う。
女性はデスクの上で雑に置かれている、フロッピーディスクを思わせる薄い板を指に挟むと、椅子を回転させて一条にその板を手渡す。
「何です?」
「揺籃島にいる戦力候補、シュタムファータァと安田俊明その他のデータだ。赤毛探しに飽きたらそいつらと接触してくれ。ついでに」
モニターに向き直り、キーボードを何度か叩くと表示されていた設計図から、別の画像とデータへと切り替わる。
そこには、通学途中の制服を着ている神守遥の画像と、神守遥に関する様々なデータが表示されている。
女性がパチン、と指を鳴らすと、そのモニターが九十度回転して、モニター内のデータがホログラムとなって浮き出てくる。
「お前よりも胸も身長もあるこの少女が、揺籃島に存在する並行世界のお前、神守遥だ。戦力候補はともかく、彼女に関してはいつも通り、必ず接触しろ。
感覚共有について教える事と、感覚を僅かでもリンクさせる事。そしてこれは出来るとは思っていないが」
一度言葉を留めると、女性は一条に顔を向け、幾分真面目な表情で続きを話す。
「出来るなら、神守遥をその一段階上のレベルへと覚醒させるんだ。五感だけでなく、マナも共有できるレベルに」
「マナも……ですか? でもそこまで出来た並行世界の私は今まで……」
「あぁ、いないな。まぁ、一段階上のレベルになるには、それ相応の危機的状況に見舞われなきゃ相当難しいし、何より並行世界のお前……違うな。
その世界の「遥」に素質があるかどうかに掛かっている。まぁ、お前を見ているとどの世界の「遥」もその素質があるとは踏んでいる。心配は無い。
そのー、何だ。覚醒せねばならない状況下になった事が無いのは幸だな。しかしもしその時が来れば……」
「……困るかもしれない、ですか?」
女性と同じ様に、真面目な面持ちになった一条の言葉に、女性は小さく頷く。
「だがあいにく、その時が来るのは随分先になる、とは思う。安心はできないがな。
だから時間が掛かっても良い。その時まで、お前が知りうる並行世界の「遥」全員と、感覚共有位は出来る様にしておけよ。赤毛探しはそれからでも遅くないだろう」
「頑張ります」
女性にそう答えながら、一条の中でふと、ある疑問が沸く。その疑問を遠慮なく女性へとぶつけてみる。
「あの……先生。一つ質問、良いですか?」
「質問する時はセンジュ先生と呼べ」
「ではセンジュ先生、もし……もしですよ」
一条は自然に、真面目な表情に戻る。これから聞く事は、真面目な質問だからだ。
「もしも神守さんが一段階上になれたとしたら……神守さんはどんな事が出来るようになるんですか?」
「その時には、お前の様にマナを使って身体能力を強化出来たり、物体を武器や兵器へと変化させる事が出来る様になる。
さっきも言っただろう。一段階上に上がるという事は、お前の賢者の石より送られるマナを自分の物の様に共有出来るって事だ。お前と神守遥は、共同体となる」
「つまり私と同じ様に戦ったり、リヒターにマナを送る事が出来る様になる……って事ですか?」
「リヒターにマナを送れるのは、マスターなお前だけだ。だが、それを除いてマナで出来る事は大体出来る様になる、とは研究で明らかになっている」
「神守さん……覚醒出来ますかね」
一条がそう聞くと、センジュはさぁな、と笑って、言った。
「それは、神守遥自身しか分からんよ。だが……もしかしたら、もしかするかもな」
××××××
「出来……た。神守さんには……出来たんだ」
一条は思い出す。先生、センジュとの会話を思い出して、無意識に目の前の神守を見てそう、呟いた。神守には出来たのだ。
五感だけでなく、おそらく力、一条の賢者の石を介してマナを共有する事が。感覚共有の一段階上のレベルに、達する事が出来たという訳だ。
どうして神守がそのレベルに行く事が出来たのか、一条には分からないし、きっと神守自身にも分かっていないだろう。ただ、神守遥は目指めた。
覚醒した事だけは事実だ。咄嗟に私を助ける事が出来たのは恐らく、マナを利用して身体能力を一時的に上昇させる事が出来たからかな……と一条は考える。
「一条さん。一条さんの力を全部、私にちょうだい。ありったけの全てを」
ゼノブレイカーを見、睨みつけながら、神守は一条にそう言った。
「全部、あいつにぶつける。ぶつけて、終わりにするから」
一条は今になってようやく、神守が何故弓を持っているのかに気付く。間抜けだとは思うが、本当にさっきまで意味が分からなかった。
ゼノブレイカーはその性質上、直接近づいて戦う事は困難に等しい。だが近づけないのなら簡単な話で、遠距離ないし中距離から攻撃すれば良いだけだ。
問題は、リヒターもシュタムファータァも、その攻撃方法が得意では無く、それ以前に近距離以外の距離で、攻撃の術を持たないという致命的な弱点があった。
それ故にここまで死闘を繰り広げる事になってしまったのだが……今更悔やんでも、どうしようもない。
今の神守には一条を通じて、感覚共有と同じ様な感覚で一条と同じくマナを扱える筈だ。それでいて、持つ武器は弓と弓矢。
弓矢にマナを纏わせる事で、マナその物をぶつけるのか、それとも弓矢の形状を変える事で強力な武器にするのか。どちらも充分有効な手だろう。
勝てる……勝てるかもしれない。一条は僅かでも出てきた勝利の可能性に全てを掛けるつもりだ。それ以外の方法が無いとも言える。
「自分でも正直……分からないんだ」
ゼノブレイカーからちょっとだけ、一条に視線を向けながら、神守は話す。自分が何故、力を使えているかを。
「何だろう……上手く言えないし、自分でもよく分からないんだけど……凄く凄く、力が漲ってくるの。
とにかく一条さんを助けたいって思う度に、身体の奥底からぐーっと、力が沸いてくる。身体の中が温かくなって……ポカポカする、みたいな」
神守はそう言いつつ、一条の方を向いて、弓を見せる。続けて弓を握っている手にぐっと、力を込めながら目を閉じる。
「見てて……一条さん」
神守の弓を握っている手に、淡くぼんやりと発光する不思議な光が纏わりつく。
その光は手へと集束していきながら、弓と共に伝達する様に神守を明るく照らし出しす。次の瞬間、眩く激しい光が、神守を覆った。
その眩さに一条は思わず閉じる。ゆっくりと、閉じている目を開けると――――――――一神守が目を開けている。それと共に、持っていた弓が、別の姿へと変化していた。
古来から人々がイメージに描く、天使の羽。そんな天使の羽の様に純白で、しなやかで美しい曲線を描いた、神々しさすら感じる神秘的なフォルムの弓。
背丈並に大きなその弓を、神守は軽々と持っている。まるで昔から、使いなれているかの様に。
「神守さん、それ……」
「何だろうね……。何か凄いのが出来ちゃった」
他人事の様にのんびりとした口調で、神守は持っている弓を見て朗らかに笑う。
しかし笑っているのは口元だけで、目は真剣にゼノブレイカーを見据えたままだ。ほぼ一発で決める為に、気を高めているのだろう。
置いてある弓矢を一本拾って、弓の弦に引っ掛けながら、神守は一条に言う。
「……多分、私だけの力じゃあいつは倒せない。せいぜい、ちょっとでも傷が付けられる程度。
けれど一条さんが力を貸してくれれば、きっと……。だから改めてお願い、一条さん。私に力を、貸して」
「……本気、なの?」
一条は馬鹿な質問だと思いながらも、神守に聞く。単純極まりない質問を。
神守の覚悟はマナを扱えるという、言葉だけでなく態度で示してくれた。何よりの証拠が、その弓だろう。
だが、それでも、一条はどうしても聞きたい事がある。前もって聞きたい言葉が、一条にはある。
「本気であいつを……倒せると思う?」
しっかりと一条に振り向いて、神守は大きく頷いて、言う。
「うん、思うよ。私と一条さんなら、あいつをこの世界から追い出せる。倒す事が出来るって」
「……勝てなかったらとか、そういう事って考えないの?」
「考えないよ。だって」
神守は眩しい位、明るい笑顔と、明るい声で、一条に言った。
「絶対に勝つから。私達……私と、一条さんなら」
――――――――その言葉が、一条に取ってある種一番、安心する言葉だった。
良かった。一条は心から安堵する。絶対に勝利を、プラス方向への可能性を諦めない、神守の姿勢に、口調に。
何があっても挫けない、そうやって生きてきた一条にとって、神守のその姿は、強気を保って突き進む自分の姿と重なって見える。
寧ろ……寧ろ、神守の方が自分に重なってきたのかもしれない。何があっても諦めないという、事に。
まさか、神守さんに大切な事を思い出させてもらえるとは……けれど、良かったと、一条は思う。
もしも神守が来なかったら、希望も未来も、そして迎えられる筈の明日という未来すら、一条は投げ捨てていた、とも思う。
なら……私がやれるべき事は一つ。一つだけだ。
一条は何故か、三つ編みをきっちりと結いである髪の毛へと手を伸ばす。そして、髪を結いでいるヘアゴムを瞬時に外す。
ある種、一条を表す特徴と言える三つ編みを解き、一条の髪は、肩まですらっと伸びたロングヘアとなった。
ヘアゴムを地面に放って、一条は神守に歩み寄りながら、言う。
「神守さん、手を、握って」
そう言って、神守の目と鼻の先まで一条は寄り添うと、弓を持っている手と、弓矢を持っている手、両方の手を優しく握った。
かつて、一条はリヒターと共にこなしてきた戦闘の中で、三つ編みからヒントを得、マナのベクトルを操る事を学んだ。
髪の毛を自在にセッティングする様に、マナを自分の思うがままに操れるように。今回はその逆だ。
その時の戦闘では、髪の毛を三つ編みへと纏める事で、発散しているマナを一つへと纏め上げる事を学んだ。今回はその応用だ。
その逆に、三つ編みを解いて本来の髪型であるロングヘアにする事で、敢えてマナを発散させる。発散させてその全てを、神守へと伝える。託す。
「一条さん……」
「多分、結構な衝撃が来ると思うから、怯まないでね」
一条は胸の奥から、清流、いや、激流の如く流れてくるマナの一切を、全て神守へと流れる様に強くイメージする。
すると神守と一条、双方の両手にマナが集まり、火焔の様に激しく揺れては踊る。神守は一条が言う様な衝撃を一身に受けている。
熱い。じわじわと身体を燃やされていく様な、そんな熱さに神守は歯を食い縛る、が、絶対に手を離さない。
両足に力を込めて、必死に耐える。身体の芯が燃えたぎる様に熱い。けれど、不快でも不愉快でもない。心地の良い、熱さ。
一条が流してくれたマナをありったけ受け取り、神守は敵であるゼノブレイカーへと神経を一点集中させる。
「頼んだよ……神守さん」
一条の両手が神守から離れた次の瞬間、弓矢の先端が蒼い光を蓄えさせた刃へと変化する。変化があったのは先端だけではない。
弓矢自体が、槍の様なデザインの武器へと変化する。一条は見守る。神守が弓矢の弦を強く、これ以上無いほど強く引っ張って狙いを定める。
狙うは、リヒターが決死の思いで突き刺した銀凰が見える、あのガラス部で出来た胸部。あの部分へと、このマナを纏いし弓矢を撃ち抜く。
その時、沈黙を保っていたゼノブレイカーが再起動する。胸のブラックキューブが黒色の輝きを鈍く見せている。
のっそりと立ち上がりながら、ゼノブレイカーはソーラーキャノンを、一条と神守へと向けた。
ダメージは武器へも反映されているのだろう、砲口内の光は今までの戦いの中では一番小さい。
しかし、この出入り口……一条と神守を殺すには十分な威力であろう。もし撃たれたら、ひとたまりもない事には変わりない。
「あいつ、まだ……!」
「大丈夫。大丈夫だよ、一条さん」
神守は一条を諌めながらも、意識を、部活中に見せる、最高に集中力が研ぎ澄まされている状態へと移行させる。弓矢の先端が漲る様に光り輝きだす。
対抗する様に、ゼノブレイカーのソーラーキャノンの光も大きくなってくる。弱まっているかに思えたが、まだまだ健在な様だ。
だが、動揺する事も慌てる事無く、神守はゼノブレイカーへと弓矢を向け続ける。ブレない。狙いは、ブレない。
「これで全部……終わらせる」
ゼノブレイカーは避ける事を考えていないのか、それとも身体が動かないのか。神守の正面に立って、ソーラーキャノンを向け続ける。
小さかった筈の砲口内の光は、今や砲口全体を照らし出すほどに大きくなっている。決着を付けたいのは、ゼノブレイカーも同じらしい。恐らく、最大出力だ。
「神守さん……!」
目が眩みそうな位眩いソーラーキャノンの中でも、神守の目は開いている。
「……撃つ」
水滴が水面に落ち、波紋が広がっていく。その波紋が消えた、瞬間。
神守は弓矢から手を離した。弓矢がゼノブレイカーへと放たれた。
放たれた弓矢はグングンと速度を増していきながら、ゼノブレイカーの胸部へと向かっていく。
スピードが落ちる事も、高度が下がる事も無く真正面から狙い通りに、弓矢は飛んでゆく。
だだ、弓矢の存在に気付いてしまったのか、ゼノブレイカーが胸部、動力源のブラックキューブを守る様に、ソーラーキャノンを胸の前へと動かした。
続けて、ゼノブレイカーはソーラーキャノンを弓矢に向かって撃ち放った。ソーラーキャノンの光弾と、神守の弓矢が衝突し合う。
ソーラーキャノンごと突き崩そうとする弓矢に、ゼノブレイカーはその場に両足を減り込ませる程に必死に踏ん張り、耐える。
光と光がぶつかった末に、ソーラーキャノンの装甲が蒼い光に昇華されていく。だが、弓矢も勢いを失っていく。
やがてゼノブレイカーの元からソーラーキャノン、もとい右腕が消失するが、弓矢も、消えてしまった。
「防がれ……た?」
神守の顔は、さっきまでの勝利を確信していた笑顔から一転、防がれた事への驚愕から、不安に包まれた弱気な表情へと変わる。
弓矢は間違いなく狙っていた場所へと向かっていた。それでいて、ゼノブレイカーがこちらに気付くより早く、貫けると思っていた。
が、しかし。ゼノブレイカーはこちらに向けていたあの攻撃……ソーラーキャノンを防御へと利用し、弓矢を相殺した。相殺、されてしまった。
揺らぐ。神守の中で、信念が揺らぐ。倒せると、必ず倒せると、勝利を描き希望に輝いていたイメージが、灰色に染まっていく。
早く……早く、早く次の弓矢を打たないと……撃たないと! 神守は慌てふためきながら、視線を下に向けた、と。
ゼノブレイカーが残った左腕、イレイザ―ポイズンを突き出しながら全力疾走してくる。完全に敵を、神守と定めた様だ。
その姿に神守は驚いて、尻餅を付く。あまりにも早すぎる。このままじゃ弓を撃つ前にこっちに来られてしまう。そうなればもう……。
神守にとって、弓矢を防がれた事はショックが大き過ぎた。慢心した訳ではないが、全てに終止符を付けられると、信じていたからだ。
しかし防がれてしまった、上に、敵は戦意を喪失するどころか本気で向かってきた。もう神守の精神は、冷静ではいられなくなっていた。
次の弓矢を探そうとするが、何故だか見つからない。すぐ近くに置いた筈なのに。
前方に顔を上げると、もうそこまで、イレイザ―ポイズンは迫っていた。もう、駄目……。
「この野郎!」
神守の頭上を、野球のボール程度の大きさなコンクリートの塊が通過し、ゼノブレイカーにぶつけられた。
想定していなかった攻撃に、ゼノブレイカーはよろよろと後ろに下がってまたも片膝を付く。
惚けている神守の横を、一条が駆け抜ける。まるで猛獣の様に闘志を剥き出しにしながら、一条は立ち上がろうとするゼノブレイカーに迫る。
「いい加減にしろ……」
地面を両足で蹴り上げて、一条は勢い良く跳び上がる。そして、ゼノブレイカーを蹴ってもう一段階跳ぶと、胸部に突き刺さっている銀凰へとしがみ付く。
ゼノブレイカーは振り払おうとするが、一条は絶対に離れない。意地でも離れようとはしない。
切り離されている為威力はかなり下がっているものの、銀凰は刃物には変わりない。一条の掌は血塗れで目も当てられないほど真っ赤になり、痛みの感覚が麻痺するほど流血している。
しかし一条は歯を食い縛りながら、銀凰へと全体重と、込める事が出来る分のマナを込めながら、叫んだ
「いい加減に……しろぉ!」
咆哮。喉が張り裂けそうな位、一条は叫びながら銀凰を、振り下ろす。
銀凰をゼノブレイカーの胸部から下半身に掛けて振り下ろしながら、地面へと着地する。
歪に切り開かれたゼノブレイカーの胸部の傷痕から、黒い粒子が凄まじい勢いで噴出する。噴出されていく粒子は、抑えられそうにない。
着地して銀凰を逆手に持つと、一条は呟いた。
「安田君、紫蘇ちゃん、それにリヒター。アンタ達の思い……繋いだからね」
一条はそれから、呆然と事態を見ている神守へと、叫ぶ。
「遥!」
背後にはいよいよもってダメージが限界に立っているのか、よろめいているゼノブレイカーがいる
「撃って! 早く!」
××××××
一つの戦いに決着が付きそうな頃、また別のビルの別の屋上で、一つの戦いが行われようとしている。
俊明を寸でで救った男、ハクタカ。ハクタカと対峙するのは、はち切れんばかりの筋肉をスーツに抑え込み、鋼の肉体を奮わせる大柄な男。
その男の正体は、一条達とゼノクレスの死闘を遠方より眺めていた、白スーツの男の仲間。
仲間であり、この世界にある目的で訪れた「敵」、シロガネ四天王の一人、シロガネマッスルこと、ニック・W・キムである。
何故、この二人が戦う事になったのか。その経緯は少しばかり時間を遡る。
サングラスとのトランプ遊びにも飽きて、ぼんやりと白スーツから双眼鏡を借りてニックはゼノブレイカーと遥達の戦いを眺めていた。
と、その時。ゼノブレイカーに吹っ飛ばされて落ちてくる俊明と紫蘇を、板に乗って助けたハクタカを見かけた。
「奴はまさか……」
双眼鏡を片手にそう呟いたニックに、傍らに立っている白スーツは声を掛ける。
「どうした?」
「ハクタカだ。どうやら奴もこの世界に用がある様だな」
「ほう……」
ニックから双眼鏡を受け取って、白スーツはニックが見ている方向へと目を向ける。
双眼鏡の先に映るは、サーフボードの様に板に乗って、空を飛んでいるハクタカだ。力尽きた俊明達を抱きかかえている。
双眼鏡を下ろすと、ニックに顔を向けて言った。
「構わんぞ」
白スーツから許可が下りると、ニックはニカッと嬉しそうに笑う。
「良いのか? ま、ここにいるのは退屈で仕方ないから少しばかり奴と遊びたい所だが」
「構わんよ。どちらにしろ、障害は早い内に取り除くに限る。それに、あっちの件は僕と後二人でカタが付く」
白スーツの言葉にニックは廃ビルから飛び降り、すぐに姿が見えなくなる。
誰もその事に気に留めない。白スーツは双眼鏡で屋上を観察し続け、サングラスはトランプをシャッフルしており、後の二人は睡眠中と読書中だ。
廃ビルから飛び出した後、ニックはその姿を本領を発揮する為の姿――――――――シロガネマッスルへと変身する。
巨体からは想像も付かない跳脚力で、ビルを蹴りながら忍者の様に、町を跳び回ってハクタカの元へと急接近する。
明らかに目立っているが、通行人達は誰一人気付く様子が無い。ハクタカの時といい、あまりに異常な光景は逆にスルーされるのかもしれない。
と、マッスルの視界はハクタカを捉えた。どうやら適当なビルを見つけ、屋上で止まる様だ。
姿を潜ませながら、マッスルはハクタカへの距離を詰めていく。と、とハクタカは着地して板を分解させると拳銃へと再構成した。
俊明と短く会話した後、おそらく機密保持の為に記憶でも消すのか、俊明を眠らせる。
その後、何者かと通信している隙を、マッスルは狙って攻撃を仕掛けた。残念ながら不発だったが。
時間を現在へと戻す。
マッスルから攻撃を仕掛けてきた事のだが、いざ戦闘状態に入ると、マッスルは自ら踏み込んでこようとはしない。
ハクタカも即座に勝負を決める、と宣言したが自分から攻める気配はいない。距離を図りながら、臨戦体勢を取り続ける。
互いに間合いを図っているのか、それともカウンターを狙っているのか。ハクタカもマッスルも、動く様子が無い。
息詰まりそうな緊張感と沈黙の中、その沈黙を破ったのはマッスルの方だった。
何が楽しいのか、口の端々をニヤけさせながら、ハクタカへと言い放つ。
『先程の威勢はハッタリか? ならばこちらから……いくぞ!』
研ぎ澄まされた鎧の如き筋肉を奮わせて、マッスルがハクタカへと踏み込んできた。外見に反し、マッスルの動きは非常に早い。
蜂の針の様に鋭く早く、マッスルはハクタカの頭部を狙って正拳を突いてきた。早い、が、避けられない程の攻撃ではない。
寧ろ、こちらに向かって真っすぐ攻撃してきた事により一瞬でも大きく隙を生んだ。その隙を、ハクタカは見逃さない。
ハクタカはマッスルの正拳突きをひらりと、左方へと回転する事でかわす。
かわしながら右足を軸にし遠心力を利用する事により、左足に全力を込めてカウンター越しの回転蹴りを、マッスルの背中へと打ちつけた。
マッスルの背中へと切り込まれたハクタカの右足は、背中を越えて脊髄を直撃した筈……筈だ、が。
『何?』
マッスルに、反応は無い。回転蹴りはまるで利いていない。……カウンターを仕掛けられているのは自分の方だと、ハクタカは気付く。
『ん? 蚊でも止まったか』
マッスルが笑い声を混じらせながらそう言いつつ、右腕をラリアット宜しく豪快に伸ばしながら振り返る。すぐさま、ハクタカはその場にしゃがみ込む。
ハクタカの頭上で、巨木が豪快に薙ぎ倒された様な音がする。ひやりとしたが、どうにか紙一重で回避できたようだ。
ハクタカは次の行動へと映ろうとした、その時。マスクに何か大きな物体が迫ってきた。避けられ、ない。
その物体がマッスルの左脚だと気付くには既に遅く、ハクタカはマッスルのローキックをまともに食らってしまった。何かが、折れた音がする。
蹴り、その物の威力と、マッスルとの間の体重差も合わせ、ハクタカは数メートル、軽々と吹っ飛ばされると、地面に叩きつけられる。
しまった。視界が大きく波打つように乱れて、脳が震えているのを感じる。。ハクタカは立ち上がろうとするが、足がふらついておりまともに立てない。
いつもはこんなに分かりやすい攻撃に嵌らない。鈍っている。きっとどこか油断が生じている、何故だ、何故一度外したら次の攻撃が来るという基本の基本を忘れていた、俺。
『まさかもう終いではないよな……? 遊びにもならん』
気付けば近くまで来ていたマッスルがしゃがんで、ハクタカの首を片手で鷲掴んでいた。抵抗も出来ないまま、ハクタカはマッスルに持ち上げられる。
片手だろうと、常人の数十倍以上の力で首を絞められていき、ハクタカは呼吸が出来なくなる。視界が波打ちから砂嵐へと濁り始めて、思考が停止しそうになる。
目下に見えるは、勝利を間近に憎たらしい笑みを浮かべている。マッスルの顔。マッスルはハクタカを締め上げながら、言う。
『何故腑抜ている。即座に終わらすといった威勢の良さはどうした。小僧!』
そう問い詰めていきながら、マッスルはじわじわとハクタカを苦しめる様に、力を込めていく。呼吸が困難になり、脳に酸素が届かない。
意識がブラックアウトに陥りながらも、ハクタカは必死に打開策を考える。しかし、離れようと動けば動くほど、逆に不利になる。
頸動脈を締める事で動けばその分、首が閉まる様にマッスルは調節している。しかし動かなければどちらにしろ、絞め殺す。
動けば死ぬ、しかし動かずとも死ぬ。視界が暗黒へと落ちたハクタカに、何も打開策は見いだせない。代わりに何故、これほどまでに動きが鈍ったかが、ハクタカには分かった。
一瞬だけでも、安田俊明に自分を重ねてしまったのかもしれない。安田俊明に気付けば深く、同情していたのかもしれない。
平穏で変わりの無い日常から、自分の意思とは関係なく非日常へと飛び込まされてしまった彼に、自分の姿を見ていた。
自分も同じ様に、変わる事の無い日常から、自分の意思とは関係無く非日常に連れ込まれてしまった。連れ込まれたまま、取り返しのつかない場所へと落ちてしまった。
何も残っていない。帰る日常も、帰る家も、家族も、友人も、何もかも……無くして、しまった。
こんな自分とは違い、安田俊明にはまだ、帰る日常も帰る家もある。
全てを無くしてしまった自分にとって、そんな彼が……そんな彼が羨ましく、思えた。
『……俺は』
意識が完全に途絶える前の、視覚も聴覚も失せるブラックアウト状態。こうなったら、普通はもう死を覚悟するしかない。
何も出来ないまま、絞め殺されるのだろうか。ハクタカの意識は永久に閉じようとしている
何も出来ず、何も言い返せず、このまま朽ちるのか。……いや。
『俺は、まだ……』
何もかも無くした。帰る場所も、戻れる日常も、知っている人々とも。だが、まだ一つだけ、残っている物がある。
それは、彼女だ。自分を受け入れ、自分を頼ってくれた、彼女の存在だけが、ハクタカを今に留めさせてくれる。
過去を無くしたのなら、未来を作れば良い。失った物は取り返せない。なら、その分新しく作ればいい。
そう、ハクタカは彼女に誓った。自分を受け入れてくれ、支えてくれた彼女に。
彼女が悲しみ、涙を流す様な世界はもう、いらない。そんな未来、俺は認めない。俺の命を、犠牲にしてでも。
隆昭さん
『まだ……』
信じてますから。隆昭さんが未来を
『まだ俺は……!』
隆昭さんが未来を変えてくれるって、信じてますから、私。
『俺は……死なない!』
<重力制御起動>
ハクタカ―――――――のマスクの中にいる、青年の眼の瞳孔が、鮮やかな紅色へと変わった、瞬間。
身体から重力が消えたかのように、ハクタカは下半身を軽々と動かすと、マッスルの片腕へと両足を絡ませた。
絡ませると重力が戻った様に手足が重くなり、ハクタカはマッスルの片手から渾身の力で、無理やり首を引き離した。
続けて、全身を大きく逸らしながら身体を落として、両手を地面に付こうとする。
『何だと!?』
そのまま、両手を地面に付いてハクタカはマッスルを、絡ませた両足で空中へと持ち上げた。
今まで力をセーブしたかの様な怪力で、ハクタカはマッスルを地面に叩き落とそうとする、が。
マッスルは叩き落とされる前に素早く前方へと宙返りすると、ハクタカの元へと突っ込んで蹴りを見舞おうとする。
ハクタカはその蹴りを両腕をバネの様に弾かせて器械体操の様に飛び跳ねると、着地すると同時にマッスルの方へと振り向く。
拳銃をホルスターから抜き出し、まっすぐに変形させて銃口から、ビームで成形された剣を放出させる。
両腕を何度かぐるりと回して調子を整えると、マッスルは薄笑いを浮かべながら、ハクタカに言う。
『やれば出来るじゃないか。最初からその殺気を振り向け。全力で殺しに来い』
無言のまま、ハクタカは拳銃を逆手に持ち直して、構える。
ようやく本領が発揮できる。そんな暑苦しい笑顔を浮かべながら、マッスルもハクタカへと三度、拳を構える。
睨み合う、両者。鬱々として灰色だった空が晴れてきて、太陽が、二人を見下ろしている。
『――――――参る』
『来い……ハクタカ!』
ほぼ同時に、ハクタカとマッスルは走りだした。
次の一撃で、勝負が決まる。
否……二つの戦いの勝敗は、同時に決まる。
(5)に続く
空を隙間無く覆っていた灰色の雲が、うっすらと晴れてきて僅かな隙間を作る。その隙間から太陽の陽がそっと差しこんでくる。
ゼノブレイカーとの激闘の末、落下した俊明と紫蘇を腕で抱き抱えた奇妙な服装の男は、これまた奇妙な板で風に乗りながら、何処へと向かう。
人間が空を飛んでいるという非現実な出来事が起こっているのに、下々の人々は気付く事無く、各々の日常を過ごしている。
死の間際に落ちる所を、紫蘇共々助けて貰えた俊明は、自らを助けてくれたその男の顔を見ようとする。
しかし、男の顔はその服装に合わせる様に、まるで特撮物の様なデザインが施された、フルフェイス型のマスクに隠れており素顔を伺う事は出来ない。
それにしても、と、俊明は思う。この男は言った。過去も未来も捨てたと。そして、力は力でありそれ以上でも、それ以下でもないと。
何より驚いたのは、一条と同じく、この男も自分達の事を知っていた事だ。一体何処で知り、そして何故、あんな言葉を投げかけてきたのか……俊明には、何一つ分からない。
「アンタは一体……何なんだ」
俊明が分からないまま、独り言の様にボソリとそう聞く、が男は何も答えぬまま、空を飛び続ける。
答える義務は無い、か。それとも……答えられない理由があるのだろうか。
まぁどちらにしろ、この男がいなければ今頃、紫蘇と一緒にあの世に行っていた。そう考えると余計な詮索は失礼だなと思い、俊明は自重する。
しかし正直に言えば、こうしてお姫様抱っこされるのは居心地が悪い。いや、男だとかそういう理由ではなく、なんとなく居心地が悪い。
徐々に板の飛行速度が落ちてくると共に、目的地が見えてきたのだろうか、次第に板が降下していく。
俊明は恐る恐る、目下に向ける。どこなのかは見当もつかないが、どうやら目的地であろう、屋上のビルが見えてきた。
男は板を屋上の中央まで移動させると、ヘリのホバリング宜しく、後方の推進力であろうスラスタ―を下方に向ける事で、滞空している。
『降下する。動くなよ』
ゆっくりと、板が地上へと降りてくる。そろそろ二、三メートル位になった時、男は勢い良く板から飛び降りた。
思わず俊明はひっ、と声を出しそうになるが情けないので堪える。
音も出さず華麗に着地すると、男はしゃがみ、丁寧に俊明を両腕から降ろす。男の着地と同時に、板が空中で機械音を出しながらバラバラに分解していく。
数秒も経たないまま、宙に舞っている板を成形していた各部パーツが、一点に合体して拳銃の姿へと変形すると、男の掌へと吸いこまれる様に戻ってきた。
何か良く分かんないけど、科学ってすげえと俊明は感嘆する。と、男がこちらに振り向いてきた。ハッとして、俊明は男に頭を下げながら、感謝する。
「その……助けてくれて、ありがとう。いや……ありがとう、ございます」
『礼は良い。それより大丈夫なのか。シュタムファータァは』
男の言葉に、俊明は抱いている紫蘇に目を向ける。手足に傷とか無いだろうか? と心配になって手足を触ってみるが、特に大丈夫そうだ。
いつ目を覚ますかは分からないが……おそらく少し経てば目を開ける、とは思う。とにかく今はどこか安全な場所で休ませてあげたい。労ってあげたい。
長い戦いから解放された為か、穏やかな寝顔を見せている紫蘇を見、俊明は心からそう思う。男に顔を向けて、俊明は答える。
「大丈夫だ。すまない、心配を掛けて」
『そうか……。なら構わない』
俊明の返事に男はそう頷く。その声は冷静と言うか冷淡だが、どこか紫蘇と俊明を心配していた事を隠している、照れ隠しの様にも思える。
俊明は男に対して、不思議な親近感を抱いている。そのマスクを取った素顔で話してみたい、とも思う。
何故だろう、全く会った事が無い、それでいて色んな意味で近寄りがたい人、なのに。妙に気心が知れそうな気がする……。
『安田俊明』
俊明をヘルメット越しから見据えながら、男は俊明に語る。
『さっきも言ったが、君は君の日常を護る事を考えろ。君の家族、君の友人、君の知っているあらゆる人の日常を、君の手で護れ。それが、力を持った者の務めだ』
男の言葉に、俊明は力強く頷き、しっかりと、凛とした声で答える。
「あぁ、分かってる。シュタムファータァと……違うな、俺の出来る限りで精一杯、シュタムファータァも含めてセカイを護ってやる。
それがアンタの言う、力を持った人間の責任なら……な」
『その意気だ。全力で護っていけ。君が帰れる日常を、セカイを』
「任しとけ。必ず……」
俊明は紫蘇に視線を向ける。そして今一度、男に視線を向けて、誓う。
「必ず、護ってやる」
それ以上の言葉を、俊明も、男も、口には出さない。だが、俊明は伝えるべき事は必ず男に伝わっている、と思う。
すると男は何故か、拳銃を腰部ホルスターに収納し、指を鳴らすつもりか、親指と人差し指を合わせた手を上げる。
その行動に俊明は疑問符を浮かべ、素直に質問する。
「……何するんだ?」
『君の決意、しかと受け止めた。だが今は……眠れ』
男がそう言って、指を鳴らした瞬間、俊明の目が俊明の意思とは関係無く閉じていくと、ゆらりと倒れそうになる。
俊明を両腕で支え、男は俊明の両足を持って紫蘇ごと抱えると、屋上の端の金網まで運び丁重に座らせる。
二人から離れて、男はマスクに片手を当てる。男はその状態のまま、何者かに話しかける。
『安田俊明とシュタムファータァの回収、終わりました。応答願います、スネイルさん』
しばらくすると、男が話しかけた、否、通信を入れた先にいる人物が応答する。その人物の声は女性だ。名はスネイルと言うらしい。
≪お疲れ様~。座標を確認次第、二人を回収しに行くわ≫
『宜しくお願いします。それとスネイルさん、彼の所在ですが……』
能天気な位、明るいスネイルの口調に男は少しばかり調子が狂う。しかしあくまで冷静に、スネイルからの返答を待つ。
≪あぁ、田所君? 田所君ねー……やっぱ何処にいるか分かんないわ。悪山さん家のお爺ちゃんの件から全く連絡取れないし……何してるのかしら≫
『えぇ……』
男の声のトーンが大分落ちる。スネイルは男に明るい、否、優しく応援する様な声で言う。
≪彼なら大丈夫。またひょっこり会えるわよ。貴方は貴方のするべき事をすればいいの。田所君の事はこっちでどうにかするから。良い?≫
『……そうですね。今目の前の事に集中します。そちらの事は宜しくお願いします』
≪そうそう、その調子。それじゃこっちの仕事を片付けたら、早急に向かうから。鈴木君はどうする? まだその世界にいる?≫
『俺は……』
その時、男は気付く。自分に何者かがハッキリとした敵意、殺意を抱いて近づいてきている事に。突き刺すように鋭い、殺意が。
振り返って周囲を警戒するが、その何者かの姿は見えない。一体何処から狙っている? もしや遠距離から狙っているのか?
そう男が警戒していると、ようやく何者かの気配を捉える事が出来た。上だ。空から拳を振り上げながら、急降下してくる。
『覚悟!』
男は後方へとバック転しながら何者かの攻撃を寸前で回避し、大きく距離を取る。何者かが着地すると同時に、振り上げた拳を地面へと直撃させる。
驚くべき事にその拳は、殴り付けた地面を凹ませて、クレーターの様な跡を作りだしていた。もしも一瞬でも判断が遅れていたら、無事ではいられなかっただろう。
何者かはゆったりと立ち上がると、男の方へと体を振り向かせる。
何者かの姿は可笑しな事に、男の様に奇妙な服装、スーツでかつ、マスクではなくヘルメットを被っている。
しかし男の服装の様なヒロイックなスタイルではなく、真紅で染められたそのスーツとヘルメットは、戦闘服である事を誇示する様に好戦的な雰囲気に満ちている。
その上からもハッキリ分かる位、筋骨隆々としており隙も無駄も無い、鍛え抜かれた肉体。身長も男よりもずっと高く、二メートルはある気がする。
男はホルスターから拳銃を抜き出すと、どこからか一枚カードを取り出す。
拳銃の上部に備われた溝にそのカードを素早く通すと、拳銃がカードの名を暗唱する。
<トランスインポート エッグガード>
間髪入れず男は拳銃を、俊明と紫蘇に向けて引き金を引く。銃口から白色の弾丸が発射され、二人の前で爆発した……様に見えて、拡散した様だ。
拡散した弾丸のかけらは、二人の周囲で散らばると、半透明な膜を張り合いながら、玉子を彷彿とさせる白いバリアと化して二人を守る。
エッグガードを一瞥し、何者かは男に淡々とした口調で言う。
『安心しろ。そこの非力な子供に手を出す気は無い。狙いはあくまで』
両手の拳を握る。筋肉を盛り上げさせながら、何者かは男に向かってすぐにでも踏み込む気か、ボクシングの様な構えを取りつつ、言い放った。
『貴様だ』
合わせる様に、男は拳銃の銃身を真っ直ぐに変形させると何者かを見据える。見据えながらも、その正体を見透かす。
『シロガネマッスル……否、ニック・W・キムか……』
男の言葉に、何者――――――――シロガネマッスルのヘルメット内のキムは、豪快な笑い声を発しながら、男に言った。
マッスルの声は至極高ぶっており、ある種、感情を抑えきれない様に思える。
『名を覚えていてくれたか。嬉しいぞ、小僧。いや……ハクタカ』
マッスルのその言葉に、今まで正体の知れなかった男の名が―――――――ハクタカだと判明する。
ハクタカは何を思ったのか、拳銃を元の形に変形させて、ホルスターに入れる。正々堂々と拳同士で戦うつもりか。
手ぶらになったハクタカは、対する様に同じ構えを取り、マッスルへと向き合う。ハクタカの行動に、またもマッスルは笑いながら、言う。
『良い覚悟だ。貴様が話の分かる人間で嬉しいぞ』
『悪いが時間が無い。瞬時にケリを付けさせて貰う』
『それは構わんがすぐには壊れてくれるな。遊びがいが無い』
灰色の空の下、二人の男が互いに拳のみを武器に向かい合う。差していた太陽が、再び姿を隠す。
新たな戦いの火蓋はもうすぐ、切って落とされる。
THE
STRANGE
DREAM
最終話(4)
一条はただただ、驚嘆する。驚嘆するしか、無かった。
まさか崩落してきたコンクリートの巨大な塊から自分を救ってくれたのが、あの時逃げた筈の神守遥とは思いもしなかったからだ。
絶対に逃げた筈の、元の日常に戻った筈の神守さんが何故、ここに? 一条の思考は軽く混乱している。
あの時、ゼノクレスが奇襲してきて日常を奪った際、一条はある種覚悟を決め、神守に対して逃げろと叫んだ。
だから神守は逃げて、元ある日常に戻ったと思っていた。戦いもロボットも存在しない、穏やかに流れる日常へと。
しかしそうなれば、よほどの事でも無い限り、もう再会出来ない、むしろ二度と再会できないかもしれない。そう覚悟しながらも逃がしたのに――――――――。。
神守は、戻ってきた。一条を救う為に、戻ってきてしまった。
それも絶望も絶望、最早死を待つしかない絶望というのも生温い状況下に、一条を救いにきたという理由で。
一条の中で何をどう、神守に伝えれば……いや、それ以前に何を言い出せば良いかが分からない。
何で戻ってきたのかと、強く怒れば良いかもしれない。何してるのと冷静に咎めつつ、今すぐ逃げなさいと追い返せばいいのかもしれない。
だけど、神守は言った。迷いも恐れも無く、躊躇も淀みも苦悩も無い、真摯でまっすぐな声と、目で、一条に言った。
「一条さんを、助けに来たんだよ」
塊が掠ったのだろう、頭から血を流しているにも拘らず。神守は不安に陥っている一条を励ます様な、温和な笑顔を浮かべて、そう言ったのだ。
一条は言葉が本当に浮かんでこない。何を言っても、まるで自分が卑怯と言うか、臆病者に思えてしまうから。
一先ず、混乱している頭を自分で自分を強くビンタする事で元に戻す。鈍く痺れるような痛みから、次第に頭が醒めてくる。
頭も心も無理やりにでも落ち着かせて、一条は神守に向き合う。
そこで心苦しい、心苦しいが、一条はこれから厳しく問い詰める。そんな目付きになると、目付きと同じく険しい口調で神守を問いただす。
「本気で……言ってるの? 今の状況、分かってないの?」
人を怒る事を一条は嫌う。自分が怒られるのも嫌だし、なるべく人を怒る事もしたくないと思っているからだ。しかし、今は状況が違う。
こんな演技をするのは嫌だと思いながらも、一条は神守を厳しく問い詰める。これは神守が憎いからでは勿論ない。
神守を元居た日常に帰したい。その思い故に、一条はこんな事をしている。
「私……言ったよね。早く逃げろって。振り返らずに逃げなさいって言ったよね? ねぇ、何で?」
一条にそう、問い詰められていても神守は一条から目を逸らさない。一条の目をまっすぐに、見つめ続ける。
「何で……何で戻ってきたの? ねぇ……逃げろって……逃げろって言ったじゃん」
神守のその態度に、一条はこんな事をしている状況ではない。ではないと、分かってはいながらも、何故だかイラついてくる。
それは神守が今の状況を認識しているのだろうかと思う位、笑みを浮かべて崩さないからだろうか。
それとも、自分の叫びを聞かずに避難もせず、こんな所にのこのこと戻ってきたからか。……というか、何故ここに私がいると分かったのだろうか?
気になるがそんな事はどうでも良い。他にも理由があるかもしれないが……今の一条は大まかにその二点から、神守に怒っている。
だが、どれだけ一条が問い詰めても、神守は何も言わない。その事にとうとう、一条は声を荒げた。
「何でって……聞いてるんだよ!」
自分でも分からない位、一条の声は荒く、険しくなっていた。
「お願い……お願いだから……逃げてよ、ここから」
こんな事、したくない。したくないし、させないでほしい。だから……早く逃げてよ、神守さん、と一条は泣きそうになりながら思う。いや、実際その心境は声に出ている。
本気で一条は、神守に逃げてほしい。もう一人の世界に住む自分自身に、戦いとは無縁な平和な世界へと帰って欲しいのだ。
一条が対峙しているこの世界は、暴力と理不尽、そして死が渦巻く、平和とも平穏とも程遠く、安らぐ事が無い世界だ。
そんな酷な世界に、一条は神守を、もう一人の自分をなるべく巻き込みたくない。神守には、もう一人の自分として、平和な世界で平和な日常を謳歌してほしい、のに。
そんな世界に神守は自ら足を踏み入れてきた。危険だと分かっているだろうに。それが、一条にはどうしても解せない。
神守は何も言わないまま、肩に掲げているギターケースに酷似している、しかしとても薄っぺらい、良く見ると全く別の形状をしたケースを地面に置いた。
「神守さん……?」
不思議そうに神守の行動を見つめている一条を尻目に、神守はケースの前にしゃがむ。
しゃがんで、ケースのファスナーを一気に開くと、その中身である愛用の弓を取り出す。ますます、一条は神守の行動に首を捻る。
弓と共に数本……と言っても四本の弓矢を取り出した。そして神守は、一条に顔を向けると、今まで閉じていた口を、静かに開く。
「私ね……一条さんから言われて最初、必死に逃げてた。早く逃げなきゃ、いつもの日常に帰んなきゃって。
でも、逃げてる時に本当にこれでいいの? 私だけ、平和な世界に戻ってもいいの? って」
「……それで?」
「私の力じゃ何も出来ない……一条さんの手助けなんか出来ないって」
ネガティブな事を言いながらも、一条は感じる。神守の目には、強い意志、折れる事の無い強く滾る意思が、宿っている事に。
どうやら……どうやら本気で、神守は助けに来たようだ。一条遥を。
「自分で自分を普通の人だって、一般人だからって。そんな風に自分を矮小化して、一条さんの事を見て見ぬ振りしてた。
だけど、私にこの弓をくれたおじさんがね。言ってくれたの」
弓矢を地に置いて、神守は外の出入り口に近づくと、壁際に隠れながら外へと目を向ける。
あの巨大な怪物……とは姿は違う、人間みたいな姿をした物体が片膝を付いている。
だが神守はその物体の黄金色の右腕から、それがあの全てを奪った怪物――――――――ゼノブレイカーでありゼノクレスだと直感する。
ゼノブレイカーは片膝を地面に付いたまま、エネルギーの消費を少しでも抑える為だろうか、じっとして動かない。
胸元のブラックキューブは、チカチカと点滅しており、再び動き出すには時間がかかりそうだ。取りあえず隙が出来て、神守はホッとする。
「……そのおじさん、なんて、言ったの?」
振り返りながら、神守は視線を一条に戻す。一条の顔からわざと険悪さを装っていた表情が消えており、素直な表情へと変わっている。
神守は微笑みながら一条の前にしゃがみ、そのおじさん――――――――弓と弓矢を託してくれたヘンヨの事を、一条に語る。
「私が、嘘を付いてるって。本心に……自分自身に嘘を付いてるって。
ホントは私、逃げる事なんてしたくなくて。ホントは……」
神守と、一条の視線が重なる。一条を見つめたまま、神守は本心を、自分がしたい事を、明かす。
「ホントは私、一条さんを救ってあげたい、助けてあげたいって事に気付いた。おじさんの言葉のお陰で。
自分に嘘を付く……自分を騙して生きていく人生なんて嫌だなって。例え無謀でも無茶でも、馬鹿みたいと言われても、私は私に正直に生きたい」
「だから……戻ってきたの? 私を……助けに」
神守はこくんと、頷く。頷いて、裏表の無い、心からの本心を、一条に明かした。
「思ったんだ、私。もし……もしあの時、おじさんの言葉を聞いても動けなかったら、私は一生、自分自身からも逃げ続けるんじゃないかなって。
それは絶対に嫌。自分自身に嘘を付き続ける人生をする位なら、私はどんな酷い事や哀しい事がこの先に待ちうけていても、自分に正直に生きる方を選ぶ。
だから私は一条さん、貴方を救いに来たんだよ。今動けないなら……私は一生、変われない気がしたから」
弓矢を一本手に取り、神守は立ち上がる。立ち上がって出入口へと移動しゼノブレイカーに目を向けながら、一条に言い放つ。
「一条さん」
「……何?」
「一条さんの感覚を私に……違う、一条さんの力を私に、共有させて」
××××××
神守の予想だにしなかった台詞に、一条の記憶が唐突に過去へ巻き戻る。巻き戻った末に、とある部分で停止し、再生する。
様々な設計図がコルクボード等に所狭しと貼り付けられており、大小様々な作業途中のロボットやアンドロイド、その他機械と呼ばれる機械に溢れており、足の踏み場はある。
足の踏み場はあるが、むせる様な鉄の匂いと右を見ても左を見ても機械がある事から、どうにも息苦しいとある研究室に、一条は居た。
リヒターを抱えて、一条は回転式のデスクチェアに座って、大きなモニターの前、キーボードを高速でタイピングしている少女……に見える女性の傍らに立っている。
女性の外見は一条並、もしかしたら一条よりも小さく、その背と共に目鼻の低いロリータフェイスと相まって、小学生の様に見える。
肩以上に伸び、デスクチェアに垂れている紫色の髪の毛が、妙にミスマッチに感じる。身体に合わない、ダボダボな白衣もその幼さを加速させている気がする。
何らかのロボットの設計図が表示されているモニターを眺めながら、一条に顔も向けず、尚且つタイピングし続けながら、女性は口を開く。
「揺籃島に行くんだって? 赤毛を探して」
やはり声も幼い、が、堂々とした口調と態度から、外見に反して内面は成熟している女性に思える。
「今度こそ師匠を見つけ出しますよ、私。絶対にあの人と再会します」
先生、と呼ばれた女性は気合いたっぷりにそう語る一条をふっと、鼻で笑って言う。
「あの赤毛が簡単に見つかるとは思えないな。今までだって全く尻尾を掴めていないのだから」
「でも今度こそ、今度こそ再会できますよ! 自信ありです!」
そう言って胸を張る一条を、女性は苦笑いしながらタイピングのスピードを速める。目で追えないほど速い。
「あいつがお前に気付いて逃げてたら元も子もないだろ。
というかホント……お前の物事に対して、根拠が無いというのに、さも根拠がある様に自信たっぷりに振る舞う所、赤毛にそっくりだな」
「勿論! 私は師匠の弟子ですから!」
「褒めてないぞ。大体無い胸を張ってどうする」
馬鹿な師匠には馬鹿な弟子な付くのだな、と、女性は冷ややかに笑う。
だが、逆を言えば変な事を考えずに物事に対して愚直な位、正々堂々真正面から挑む姿勢、嫌いじゃないと思う。
女性はデスクの上で雑に置かれている、フロッピーディスクを思わせる薄い板を指に挟むと、椅子を回転させて一条にその板を手渡す。
「何です?」
「揺籃島にいる戦力候補、シュタムファータァと安田俊明その他のデータだ。赤毛探しに飽きたらそいつらと接触してくれ。ついでに」
モニターに向き直り、キーボードを何度か叩くと表示されていた設計図から、別の画像とデータへと切り替わる。
そこには、通学途中の制服を着ている神守遥の画像と、神守遥に関する様々なデータが表示されている。
女性がパチン、と指を鳴らすと、そのモニターが九十度回転して、モニター内のデータがホログラムとなって浮き出てくる。
「お前よりも胸も身長もあるこの少女が、揺籃島に存在する並行世界のお前、神守遥だ。戦力候補はともかく、彼女に関してはいつも通り、必ず接触しろ。
感覚共有について教える事と、感覚を僅かでもリンクさせる事。そしてこれは出来るとは思っていないが」
一度言葉を留めると、女性は一条に顔を向け、幾分真面目な表情で続きを話す。
「出来るなら、神守遥をその一段階上のレベルへと覚醒させるんだ。五感だけでなく、マナも共有できるレベルに」
「マナも……ですか? でもそこまで出来た並行世界の私は今まで……」
「あぁ、いないな。まぁ、一段階上のレベルになるには、それ相応の危機的状況に見舞われなきゃ相当難しいし、何より並行世界のお前……違うな。
その世界の「遥」に素質があるかどうかに掛かっている。まぁ、お前を見ているとどの世界の「遥」もその素質があるとは踏んでいる。心配は無い。
そのー、何だ。覚醒せねばならない状況下になった事が無いのは幸だな。しかしもしその時が来れば……」
「……困るかもしれない、ですか?」
女性と同じ様に、真面目な面持ちになった一条の言葉に、女性は小さく頷く。
「だがあいにく、その時が来るのは随分先になる、とは思う。安心はできないがな。
だから時間が掛かっても良い。その時まで、お前が知りうる並行世界の「遥」全員と、感覚共有位は出来る様にしておけよ。赤毛探しはそれからでも遅くないだろう」
「頑張ります」
女性にそう答えながら、一条の中でふと、ある疑問が沸く。その疑問を遠慮なく女性へとぶつけてみる。
「あの……先生。一つ質問、良いですか?」
「質問する時はセンジュ先生と呼べ」
「ではセンジュ先生、もし……もしですよ」
一条は自然に、真面目な表情に戻る。これから聞く事は、真面目な質問だからだ。
「もしも神守さんが一段階上になれたとしたら……神守さんはどんな事が出来るようになるんですか?」
「その時には、お前の様にマナを使って身体能力を強化出来たり、物体を武器や兵器へと変化させる事が出来る様になる。
さっきも言っただろう。一段階上に上がるという事は、お前の賢者の石より送られるマナを自分の物の様に共有出来るって事だ。お前と神守遥は、共同体となる」
「つまり私と同じ様に戦ったり、リヒターにマナを送る事が出来る様になる……って事ですか?」
「リヒターにマナを送れるのは、マスターなお前だけだ。だが、それを除いてマナで出来る事は大体出来る様になる、とは研究で明らかになっている」
「神守さん……覚醒出来ますかね」
一条がそう聞くと、センジュはさぁな、と笑って、言った。
「それは、神守遥自身しか分からんよ。だが……もしかしたら、もしかするかもな」
××××××
「出来……た。神守さんには……出来たんだ」
一条は思い出す。先生、センジュとの会話を思い出して、無意識に目の前の神守を見てそう、呟いた。神守には出来たのだ。
五感だけでなく、おそらく力、一条の賢者の石を介してマナを共有する事が。感覚共有の一段階上のレベルに、達する事が出来たという訳だ。
どうして神守がそのレベルに行く事が出来たのか、一条には分からないし、きっと神守自身にも分かっていないだろう。ただ、神守遥は目指めた。
覚醒した事だけは事実だ。咄嗟に私を助ける事が出来たのは恐らく、マナを利用して身体能力を一時的に上昇させる事が出来たからかな……と一条は考える。
「一条さん。一条さんの力を全部、私にちょうだい。ありったけの全てを」
ゼノブレイカーを見、睨みつけながら、神守は一条にそう言った。
「全部、あいつにぶつける。ぶつけて、終わりにするから」
一条は今になってようやく、神守が何故弓を持っているのかに気付く。間抜けだとは思うが、本当にさっきまで意味が分からなかった。
ゼノブレイカーはその性質上、直接近づいて戦う事は困難に等しい。だが近づけないのなら簡単な話で、遠距離ないし中距離から攻撃すれば良いだけだ。
問題は、リヒターもシュタムファータァも、その攻撃方法が得意では無く、それ以前に近距離以外の距離で、攻撃の術を持たないという致命的な弱点があった。
それ故にここまで死闘を繰り広げる事になってしまったのだが……今更悔やんでも、どうしようもない。
今の神守には一条を通じて、感覚共有と同じ様な感覚で一条と同じくマナを扱える筈だ。それでいて、持つ武器は弓と弓矢。
弓矢にマナを纏わせる事で、マナその物をぶつけるのか、それとも弓矢の形状を変える事で強力な武器にするのか。どちらも充分有効な手だろう。
勝てる……勝てるかもしれない。一条は僅かでも出てきた勝利の可能性に全てを掛けるつもりだ。それ以外の方法が無いとも言える。
「自分でも正直……分からないんだ」
ゼノブレイカーからちょっとだけ、一条に視線を向けながら、神守は話す。自分が何故、力を使えているかを。
「何だろう……上手く言えないし、自分でもよく分からないんだけど……凄く凄く、力が漲ってくるの。
とにかく一条さんを助けたいって思う度に、身体の奥底からぐーっと、力が沸いてくる。身体の中が温かくなって……ポカポカする、みたいな」
神守はそう言いつつ、一条の方を向いて、弓を見せる。続けて弓を握っている手にぐっと、力を込めながら目を閉じる。
「見てて……一条さん」
神守の弓を握っている手に、淡くぼんやりと発光する不思議な光が纏わりつく。
その光は手へと集束していきながら、弓と共に伝達する様に神守を明るく照らし出しす。次の瞬間、眩く激しい光が、神守を覆った。
その眩さに一条は思わず閉じる。ゆっくりと、閉じている目を開けると――――――――一神守が目を開けている。それと共に、持っていた弓が、別の姿へと変化していた。
古来から人々がイメージに描く、天使の羽。そんな天使の羽の様に純白で、しなやかで美しい曲線を描いた、神々しさすら感じる神秘的なフォルムの弓。
背丈並に大きなその弓を、神守は軽々と持っている。まるで昔から、使いなれているかの様に。
「神守さん、それ……」
「何だろうね……。何か凄いのが出来ちゃった」
他人事の様にのんびりとした口調で、神守は持っている弓を見て朗らかに笑う。
しかし笑っているのは口元だけで、目は真剣にゼノブレイカーを見据えたままだ。ほぼ一発で決める為に、気を高めているのだろう。
置いてある弓矢を一本拾って、弓の弦に引っ掛けながら、神守は一条に言う。
「……多分、私だけの力じゃあいつは倒せない。せいぜい、ちょっとでも傷が付けられる程度。
けれど一条さんが力を貸してくれれば、きっと……。だから改めてお願い、一条さん。私に力を、貸して」
「……本気、なの?」
一条は馬鹿な質問だと思いながらも、神守に聞く。単純極まりない質問を。
神守の覚悟はマナを扱えるという、言葉だけでなく態度で示してくれた。何よりの証拠が、その弓だろう。
だが、それでも、一条はどうしても聞きたい事がある。前もって聞きたい言葉が、一条にはある。
「本気であいつを……倒せると思う?」
しっかりと一条に振り向いて、神守は大きく頷いて、言う。
「うん、思うよ。私と一条さんなら、あいつをこの世界から追い出せる。倒す事が出来るって」
「……勝てなかったらとか、そういう事って考えないの?」
「考えないよ。だって」
神守は眩しい位、明るい笑顔と、明るい声で、一条に言った。
「絶対に勝つから。私達……私と、一条さんなら」
――――――――その言葉が、一条に取ってある種一番、安心する言葉だった。
良かった。一条は心から安堵する。絶対に勝利を、プラス方向への可能性を諦めない、神守の姿勢に、口調に。
何があっても挫けない、そうやって生きてきた一条にとって、神守のその姿は、強気を保って突き進む自分の姿と重なって見える。
寧ろ……寧ろ、神守の方が自分に重なってきたのかもしれない。何があっても諦めないという、事に。
まさか、神守さんに大切な事を思い出させてもらえるとは……けれど、良かったと、一条は思う。
もしも神守が来なかったら、希望も未来も、そして迎えられる筈の明日という未来すら、一条は投げ捨てていた、とも思う。
なら……私がやれるべき事は一つ。一つだけだ。
一条は何故か、三つ編みをきっちりと結いである髪の毛へと手を伸ばす。そして、髪を結いでいるヘアゴムを瞬時に外す。
ある種、一条を表す特徴と言える三つ編みを解き、一条の髪は、肩まですらっと伸びたロングヘアとなった。
ヘアゴムを地面に放って、一条は神守に歩み寄りながら、言う。
「神守さん、手を、握って」
そう言って、神守の目と鼻の先まで一条は寄り添うと、弓を持っている手と、弓矢を持っている手、両方の手を優しく握った。
かつて、一条はリヒターと共にこなしてきた戦闘の中で、三つ編みからヒントを得、マナのベクトルを操る事を学んだ。
髪の毛を自在にセッティングする様に、マナを自分の思うがままに操れるように。今回はその逆だ。
その時の戦闘では、髪の毛を三つ編みへと纏める事で、発散しているマナを一つへと纏め上げる事を学んだ。今回はその応用だ。
その逆に、三つ編みを解いて本来の髪型であるロングヘアにする事で、敢えてマナを発散させる。発散させてその全てを、神守へと伝える。託す。
「一条さん……」
「多分、結構な衝撃が来ると思うから、怯まないでね」
一条は胸の奥から、清流、いや、激流の如く流れてくるマナの一切を、全て神守へと流れる様に強くイメージする。
すると神守と一条、双方の両手にマナが集まり、火焔の様に激しく揺れては踊る。神守は一条が言う様な衝撃を一身に受けている。
熱い。じわじわと身体を燃やされていく様な、そんな熱さに神守は歯を食い縛る、が、絶対に手を離さない。
両足に力を込めて、必死に耐える。身体の芯が燃えたぎる様に熱い。けれど、不快でも不愉快でもない。心地の良い、熱さ。
一条が流してくれたマナをありったけ受け取り、神守は敵であるゼノブレイカーへと神経を一点集中させる。
「頼んだよ……神守さん」
一条の両手が神守から離れた次の瞬間、弓矢の先端が蒼い光を蓄えさせた刃へと変化する。変化があったのは先端だけではない。
弓矢自体が、槍の様なデザインの武器へと変化する。一条は見守る。神守が弓矢の弦を強く、これ以上無いほど強く引っ張って狙いを定める。
狙うは、リヒターが決死の思いで突き刺した銀凰が見える、あのガラス部で出来た胸部。あの部分へと、このマナを纏いし弓矢を撃ち抜く。
その時、沈黙を保っていたゼノブレイカーが再起動する。胸のブラックキューブが黒色の輝きを鈍く見せている。
のっそりと立ち上がりながら、ゼノブレイカーはソーラーキャノンを、一条と神守へと向けた。
ダメージは武器へも反映されているのだろう、砲口内の光は今までの戦いの中では一番小さい。
しかし、この出入り口……一条と神守を殺すには十分な威力であろう。もし撃たれたら、ひとたまりもない事には変わりない。
「あいつ、まだ……!」
「大丈夫。大丈夫だよ、一条さん」
神守は一条を諌めながらも、意識を、部活中に見せる、最高に集中力が研ぎ澄まされている状態へと移行させる。弓矢の先端が漲る様に光り輝きだす。
対抗する様に、ゼノブレイカーのソーラーキャノンの光も大きくなってくる。弱まっているかに思えたが、まだまだ健在な様だ。
だが、動揺する事も慌てる事無く、神守はゼノブレイカーへと弓矢を向け続ける。ブレない。狙いは、ブレない。
「これで全部……終わらせる」
ゼノブレイカーは避ける事を考えていないのか、それとも身体が動かないのか。神守の正面に立って、ソーラーキャノンを向け続ける。
小さかった筈の砲口内の光は、今や砲口全体を照らし出すほどに大きくなっている。決着を付けたいのは、ゼノブレイカーも同じらしい。恐らく、最大出力だ。
「神守さん……!」
目が眩みそうな位眩いソーラーキャノンの中でも、神守の目は開いている。
「……撃つ」
水滴が水面に落ち、波紋が広がっていく。その波紋が消えた、瞬間。
神守は弓矢から手を離した。弓矢がゼノブレイカーへと放たれた。
放たれた弓矢はグングンと速度を増していきながら、ゼノブレイカーの胸部へと向かっていく。
スピードが落ちる事も、高度が下がる事も無く真正面から狙い通りに、弓矢は飛んでゆく。
だだ、弓矢の存在に気付いてしまったのか、ゼノブレイカーが胸部、動力源のブラックキューブを守る様に、ソーラーキャノンを胸の前へと動かした。
続けて、ゼノブレイカーはソーラーキャノンを弓矢に向かって撃ち放った。ソーラーキャノンの光弾と、神守の弓矢が衝突し合う。
ソーラーキャノンごと突き崩そうとする弓矢に、ゼノブレイカーはその場に両足を減り込ませる程に必死に踏ん張り、耐える。
光と光がぶつかった末に、ソーラーキャノンの装甲が蒼い光に昇華されていく。だが、弓矢も勢いを失っていく。
やがてゼノブレイカーの元からソーラーキャノン、もとい右腕が消失するが、弓矢も、消えてしまった。
「防がれ……た?」
神守の顔は、さっきまでの勝利を確信していた笑顔から一転、防がれた事への驚愕から、不安に包まれた弱気な表情へと変わる。
弓矢は間違いなく狙っていた場所へと向かっていた。それでいて、ゼノブレイカーがこちらに気付くより早く、貫けると思っていた。
が、しかし。ゼノブレイカーはこちらに向けていたあの攻撃……ソーラーキャノンを防御へと利用し、弓矢を相殺した。相殺、されてしまった。
揺らぐ。神守の中で、信念が揺らぐ。倒せると、必ず倒せると、勝利を描き希望に輝いていたイメージが、灰色に染まっていく。
早く……早く、早く次の弓矢を打たないと……撃たないと! 神守は慌てふためきながら、視線を下に向けた、と。
ゼノブレイカーが残った左腕、イレイザ―ポイズンを突き出しながら全力疾走してくる。完全に敵を、神守と定めた様だ。
その姿に神守は驚いて、尻餅を付く。あまりにも早すぎる。このままじゃ弓を撃つ前にこっちに来られてしまう。そうなればもう……。
神守にとって、弓矢を防がれた事はショックが大き過ぎた。慢心した訳ではないが、全てに終止符を付けられると、信じていたからだ。
しかし防がれてしまった、上に、敵は戦意を喪失するどころか本気で向かってきた。もう神守の精神は、冷静ではいられなくなっていた。
次の弓矢を探そうとするが、何故だか見つからない。すぐ近くに置いた筈なのに。
前方に顔を上げると、もうそこまで、イレイザ―ポイズンは迫っていた。もう、駄目……。
「この野郎!」
神守の頭上を、野球のボール程度の大きさなコンクリートの塊が通過し、ゼノブレイカーにぶつけられた。
想定していなかった攻撃に、ゼノブレイカーはよろよろと後ろに下がってまたも片膝を付く。
惚けている神守の横を、一条が駆け抜ける。まるで猛獣の様に闘志を剥き出しにしながら、一条は立ち上がろうとするゼノブレイカーに迫る。
「いい加減にしろ……」
地面を両足で蹴り上げて、一条は勢い良く跳び上がる。そして、ゼノブレイカーを蹴ってもう一段階跳ぶと、胸部に突き刺さっている銀凰へとしがみ付く。
ゼノブレイカーは振り払おうとするが、一条は絶対に離れない。意地でも離れようとはしない。
切り離されている為威力はかなり下がっているものの、銀凰は刃物には変わりない。一条の掌は血塗れで目も当てられないほど真っ赤になり、痛みの感覚が麻痺するほど流血している。
しかし一条は歯を食い縛りながら、銀凰へと全体重と、込める事が出来る分のマナを込めながら、叫んだ
「いい加減に……しろぉ!」
咆哮。喉が張り裂けそうな位、一条は叫びながら銀凰を、振り下ろす。
銀凰をゼノブレイカーの胸部から下半身に掛けて振り下ろしながら、地面へと着地する。
歪に切り開かれたゼノブレイカーの胸部の傷痕から、黒い粒子が凄まじい勢いで噴出する。噴出されていく粒子は、抑えられそうにない。
着地して銀凰を逆手に持つと、一条は呟いた。
「安田君、紫蘇ちゃん、それにリヒター。アンタ達の思い……繋いだからね」
一条はそれから、呆然と事態を見ている神守へと、叫ぶ。
「遥!」
背後にはいよいよもってダメージが限界に立っているのか、よろめいているゼノブレイカーがいる
「撃って! 早く!」
××××××
一つの戦いに決着が付きそうな頃、また別のビルの別の屋上で、一つの戦いが行われようとしている。
俊明を寸でで救った男、ハクタカ。ハクタカと対峙するのは、はち切れんばかりの筋肉をスーツに抑え込み、鋼の肉体を奮わせる大柄な男。
その男の正体は、一条達とゼノクレスの死闘を遠方より眺めていた、白スーツの男の仲間。
仲間であり、この世界にある目的で訪れた「敵」、シロガネ四天王の一人、シロガネマッスルこと、ニック・W・キムである。
何故、この二人が戦う事になったのか。その経緯は少しばかり時間を遡る。
サングラスとのトランプ遊びにも飽きて、ぼんやりと白スーツから双眼鏡を借りてニックはゼノブレイカーと遥達の戦いを眺めていた。
と、その時。ゼノブレイカーに吹っ飛ばされて落ちてくる俊明と紫蘇を、板に乗って助けたハクタカを見かけた。
「奴はまさか……」
双眼鏡を片手にそう呟いたニックに、傍らに立っている白スーツは声を掛ける。
「どうした?」
「ハクタカだ。どうやら奴もこの世界に用がある様だな」
「ほう……」
ニックから双眼鏡を受け取って、白スーツはニックが見ている方向へと目を向ける。
双眼鏡の先に映るは、サーフボードの様に板に乗って、空を飛んでいるハクタカだ。力尽きた俊明達を抱きかかえている。
双眼鏡を下ろすと、ニックに顔を向けて言った。
「構わんぞ」
白スーツから許可が下りると、ニックはニカッと嬉しそうに笑う。
「良いのか? ま、ここにいるのは退屈で仕方ないから少しばかり奴と遊びたい所だが」
「構わんよ。どちらにしろ、障害は早い内に取り除くに限る。それに、あっちの件は僕と後二人でカタが付く」
白スーツの言葉にニックは廃ビルから飛び降り、すぐに姿が見えなくなる。
誰もその事に気に留めない。白スーツは双眼鏡で屋上を観察し続け、サングラスはトランプをシャッフルしており、後の二人は睡眠中と読書中だ。
廃ビルから飛び出した後、ニックはその姿を本領を発揮する為の姿――――――――シロガネマッスルへと変身する。
巨体からは想像も付かない跳脚力で、ビルを蹴りながら忍者の様に、町を跳び回ってハクタカの元へと急接近する。
明らかに目立っているが、通行人達は誰一人気付く様子が無い。ハクタカの時といい、あまりに異常な光景は逆にスルーされるのかもしれない。
と、マッスルの視界はハクタカを捉えた。どうやら適当なビルを見つけ、屋上で止まる様だ。
姿を潜ませながら、マッスルはハクタカへの距離を詰めていく。と、とハクタカは着地して板を分解させると拳銃へと再構成した。
俊明と短く会話した後、おそらく機密保持の為に記憶でも消すのか、俊明を眠らせる。
その後、何者かと通信している隙を、マッスルは狙って攻撃を仕掛けた。残念ながら不発だったが。
時間を現在へと戻す。
マッスルから攻撃を仕掛けてきた事のだが、いざ戦闘状態に入ると、マッスルは自ら踏み込んでこようとはしない。
ハクタカも即座に勝負を決める、と宣言したが自分から攻める気配はいない。距離を図りながら、臨戦体勢を取り続ける。
互いに間合いを図っているのか、それともカウンターを狙っているのか。ハクタカもマッスルも、動く様子が無い。
息詰まりそうな緊張感と沈黙の中、その沈黙を破ったのはマッスルの方だった。
何が楽しいのか、口の端々をニヤけさせながら、ハクタカへと言い放つ。
『先程の威勢はハッタリか? ならばこちらから……いくぞ!』
研ぎ澄まされた鎧の如き筋肉を奮わせて、マッスルがハクタカへと踏み込んできた。外見に反し、マッスルの動きは非常に早い。
蜂の針の様に鋭く早く、マッスルはハクタカの頭部を狙って正拳を突いてきた。早い、が、避けられない程の攻撃ではない。
寧ろ、こちらに向かって真っすぐ攻撃してきた事により一瞬でも大きく隙を生んだ。その隙を、ハクタカは見逃さない。
ハクタカはマッスルの正拳突きをひらりと、左方へと回転する事でかわす。
かわしながら右足を軸にし遠心力を利用する事により、左足に全力を込めてカウンター越しの回転蹴りを、マッスルの背中へと打ちつけた。
マッスルの背中へと切り込まれたハクタカの右足は、背中を越えて脊髄を直撃した筈……筈だ、が。
『何?』
マッスルに、反応は無い。回転蹴りはまるで利いていない。……カウンターを仕掛けられているのは自分の方だと、ハクタカは気付く。
『ん? 蚊でも止まったか』
マッスルが笑い声を混じらせながらそう言いつつ、右腕をラリアット宜しく豪快に伸ばしながら振り返る。すぐさま、ハクタカはその場にしゃがみ込む。
ハクタカの頭上で、巨木が豪快に薙ぎ倒された様な音がする。ひやりとしたが、どうにか紙一重で回避できたようだ。
ハクタカは次の行動へと映ろうとした、その時。マスクに何か大きな物体が迫ってきた。避けられ、ない。
その物体がマッスルの左脚だと気付くには既に遅く、ハクタカはマッスルのローキックをまともに食らってしまった。何かが、折れた音がする。
蹴り、その物の威力と、マッスルとの間の体重差も合わせ、ハクタカは数メートル、軽々と吹っ飛ばされると、地面に叩きつけられる。
しまった。視界が大きく波打つように乱れて、脳が震えているのを感じる。。ハクタカは立ち上がろうとするが、足がふらついておりまともに立てない。
いつもはこんなに分かりやすい攻撃に嵌らない。鈍っている。きっとどこか油断が生じている、何故だ、何故一度外したら次の攻撃が来るという基本の基本を忘れていた、俺。
『まさかもう終いではないよな……? 遊びにもならん』
気付けば近くまで来ていたマッスルがしゃがんで、ハクタカの首を片手で鷲掴んでいた。抵抗も出来ないまま、ハクタカはマッスルに持ち上げられる。
片手だろうと、常人の数十倍以上の力で首を絞められていき、ハクタカは呼吸が出来なくなる。視界が波打ちから砂嵐へと濁り始めて、思考が停止しそうになる。
目下に見えるは、勝利を間近に憎たらしい笑みを浮かべている。マッスルの顔。マッスルはハクタカを締め上げながら、言う。
『何故腑抜ている。即座に終わらすといった威勢の良さはどうした。小僧!』
そう問い詰めていきながら、マッスルはじわじわとハクタカを苦しめる様に、力を込めていく。呼吸が困難になり、脳に酸素が届かない。
意識がブラックアウトに陥りながらも、ハクタカは必死に打開策を考える。しかし、離れようと動けば動くほど、逆に不利になる。
頸動脈を締める事で動けばその分、首が閉まる様にマッスルは調節している。しかし動かなければどちらにしろ、絞め殺す。
動けば死ぬ、しかし動かずとも死ぬ。視界が暗黒へと落ちたハクタカに、何も打開策は見いだせない。代わりに何故、これほどまでに動きが鈍ったかが、ハクタカには分かった。
一瞬だけでも、安田俊明に自分を重ねてしまったのかもしれない。安田俊明に気付けば深く、同情していたのかもしれない。
平穏で変わりの無い日常から、自分の意思とは関係なく非日常へと飛び込まされてしまった彼に、自分の姿を見ていた。
自分も同じ様に、変わる事の無い日常から、自分の意思とは関係無く非日常に連れ込まれてしまった。連れ込まれたまま、取り返しのつかない場所へと落ちてしまった。
何も残っていない。帰る日常も、帰る家も、家族も、友人も、何もかも……無くして、しまった。
こんな自分とは違い、安田俊明にはまだ、帰る日常も帰る家もある。
全てを無くしてしまった自分にとって、そんな彼が……そんな彼が羨ましく、思えた。
『……俺は』
意識が完全に途絶える前の、視覚も聴覚も失せるブラックアウト状態。こうなったら、普通はもう死を覚悟するしかない。
何も出来ないまま、絞め殺されるのだろうか。ハクタカの意識は永久に閉じようとしている
何も出来ず、何も言い返せず、このまま朽ちるのか。……いや。
『俺は、まだ……』
何もかも無くした。帰る場所も、戻れる日常も、知っている人々とも。だが、まだ一つだけ、残っている物がある。
それは、彼女だ。自分を受け入れ、自分を頼ってくれた、彼女の存在だけが、ハクタカを今に留めさせてくれる。
過去を無くしたのなら、未来を作れば良い。失った物は取り返せない。なら、その分新しく作ればいい。
そう、ハクタカは彼女に誓った。自分を受け入れてくれ、支えてくれた彼女に。
彼女が悲しみ、涙を流す様な世界はもう、いらない。そんな未来、俺は認めない。俺の命を、犠牲にしてでも。
隆昭さん
『まだ……』
信じてますから。隆昭さんが未来を
『まだ俺は……!』
隆昭さんが未来を変えてくれるって、信じてますから、私。
『俺は……死なない!』
<重力制御起動>
ハクタカ―――――――のマスクの中にいる、青年の眼の瞳孔が、鮮やかな紅色へと変わった、瞬間。
身体から重力が消えたかのように、ハクタカは下半身を軽々と動かすと、マッスルの片腕へと両足を絡ませた。
絡ませると重力が戻った様に手足が重くなり、ハクタカはマッスルの片手から渾身の力で、無理やり首を引き離した。
続けて、全身を大きく逸らしながら身体を落として、両手を地面に付こうとする。
『何だと!?』
そのまま、両手を地面に付いてハクタカはマッスルを、絡ませた両足で空中へと持ち上げた。
今まで力をセーブしたかの様な怪力で、ハクタカはマッスルを地面に叩き落とそうとする、が。
マッスルは叩き落とされる前に素早く前方へと宙返りすると、ハクタカの元へと突っ込んで蹴りを見舞おうとする。
ハクタカはその蹴りを両腕をバネの様に弾かせて器械体操の様に飛び跳ねると、着地すると同時にマッスルの方へと振り向く。
拳銃をホルスターから抜き出し、まっすぐに変形させて銃口から、ビームで成形された剣を放出させる。
両腕を何度かぐるりと回して調子を整えると、マッスルは薄笑いを浮かべながら、ハクタカに言う。
『やれば出来るじゃないか。最初からその殺気を振り向け。全力で殺しに来い』
無言のまま、ハクタカは拳銃を逆手に持ち直して、構える。
ようやく本領が発揮できる。そんな暑苦しい笑顔を浮かべながら、マッスルもハクタカへと三度、拳を構える。
睨み合う、両者。鬱々として灰色だった空が晴れてきて、太陽が、二人を見下ろしている。
『――――――参る』
『来い……ハクタカ!』
ほぼ同時に、ハクタカとマッスルは走りだした。
次の一撃で、勝負が決まる。
否……二つの戦いの勝敗は、同時に決まる。
(5)に続く