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廻るセカイ-Die andere Zukunft- Episode2

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「ヤスっちは見知らぬ幼女を誘拐しようとしていたのだった…」
こちらに来たのは女の人が一人に男の人が二人。全員この男の人の友人のようだった。
「戻ってきたのかよ・・・。先行ってろって言ったじゃねぇか・・・」
男の人の方がガックリと項垂れる。
「甘いなヤスっち、そこに面白さを感じればすぐ駆け着く。それが私さ・・・」
ヤスっちと呼ばれた男の人に対して親指を立てる女の人。
「して安田俊明くん。この幼女は誰なんだ?」
「えーっと、だな」
思わず口ごもるさっきの男の人…安田俊明という名なのか。
「おっと何故口ごもるヤスっち…。まさか本当に幼女誘拐を…?」
「黙ってろ千尋。オレはただ、人間の良心に従って行動してただけだ」
泣いてる女の子がいたのでハンカチを渡した…という理由ではきっと恥ずかしいのだろう。そんな感じがする。
「えっと、私がですね」
「ストップだぜ幼女!…その前にだな」
やたらテンションが高いなこの女の人…。
「私たちは君の名前がわからない、君は私たちの名前がわからない…あとはわかるな?」
要するに自己紹介をしようと言うことか。
どうしようか。身分を偽ろうか・・・。一応戸籍は複数持ってるからその中の一つを・・・いや。
…今さら私の正体がバレたところで、どうでもいいか。どうせ終わるのだから。
「まぁ私から言うと、名前は守屋千尋。これでも高一さ」
さっきの女の人は守屋千尋という名前だったのか。活発な性格なんだろうな…やっぱり。
「オレの名前は安田俊明。まぁ、よろしくでいいのか?」
安田俊明。少し目付きが悪い男の人。でも見ず知らずの私に声をかけたってことは根は優しいのだろう…多分。
「俺の名前は椎名俊一。以上」
感情変化が少ないクールな人そうだ。イマイチ何を考えてるかは表情から読み取れそうにない。
「俺の名前は松尾亮也ね。よろしく。というかなんで自己紹介タイムに入ってるの?」
人懐っこそうな笑顔を浮かべて話し掛けてくる金髪の少年。他の人と比べると背が高いな。髪はきっと染めているのだろう。
「さて、君の出番だぜ…?」
千尋さんが松尾さんをスルーして期待に満ちた目で私を見る。
「私の名前はシュタムファータァ。端的に言うならば、この街を消しに来た人です」
淡々と、今までの空気を打破るように機械的に感情を込めないで言う。
場が一瞬にして鎮まる。みんなが私を怪訝な表情で見つめる。
「・・・・・・この街を消しに来たというのは、どういうことだ?」
言葉を失って絶句している中、椎名さんが冷静に口を開く。
「次に消えるのがこの揺籃…という意味です。私はそのためにここに来ました。所謂組織の人間というヤツです。ま、正確には人間ではないんですけど」
「ちょい待ちちょい待ち、シュタムファータァちゃんだっけ?君みたいな幼女が街を消しに来たってのはこれなんてエロゲ?くらいの摩訶不思議アドベンチャーなわけで…」
「・・・千尋、お前落ち着け」
驚くのは無理はない。いきなりこんな子供が荒唐無稽なことを言い出したら大半の人間はそれを冗談として受け取って笑うだろう。
「信じられませんか?」
「にわかには信じがたい話なのはたしかだな」
椎名さんはこちらを警戒するような瞳で見ている。本当に冷静な人だ。
「見せましょう証拠を。これが貴方たちの現実の理解を越えている事象だということを。私がリーゼンゲシュレヒトであるということを」

"セカイ"を体に循環させていく。ヒトが、ヒトでなくなるためのステップ。
体中の血液が沸騰していく感覚。……何年ぶりなのだろうか。この感覚は。
『現界せよ我が体、-罪深き始祖-シュタムファータァ』
その言葉を紡ぐと、私を白銀の光が包み込み、段々その光が肥大していく。
公園全体を覆い尽くす程になった瞬間光が消え…そこに現れたのは、羽根のように存在する12枚のプレートを纏った白銀の巨人だった。
「な、なんだ…!?」
四人とも驚愕の表情を浮かべる。目の前に突如“非現実的な事実”を見せ付けられたのだから当然だろう。
「これで信じますか?」
「…こいつは、想像すら出来なかった」
さっきまで冷静な表情を崩さなかった椎名さんが、驚愕な表情を浮かべている。
「やっべぇ…すげぇ、スーパーロボットだーっ!」
きゃっほー、と嬌声をあげながら私の膝元にへばり付く千尋さん。
「……へ?」
「……守屋は、こういう女の子だ」
椎名さんが呆れたように言うが、顔は笑っているようにも見えた。
「お、俺も触っていいか!?」
松尾さんが私の返事を待たずにもう片方の足にへばり付く。
「やべぇ…サイズSの地Aか…?リアルロボットかも知れない…」
ブツブツ私の足元で楽しそうに喋り出す千尋さん。
「えっと、とりあえず元の姿に戻りますよ…?」
えーっ、と言われたが問答無用で元の人の姿に戻る。
「シュタムファータァ」
安田俊明…ヤスっちさんが私の前に出てくる。
「ま、あんま気にすることでもないだろ」
あっけらかんと、彼は答えた。
「いやそりゃ揺籃は消されたくないけど。なんつーか、オレ等はお前みたいな子供が消すって言われても、な」
「それでも、それでも!揺籃は私が消さなければいけません・・・!」
「わかってる。けど、信じられねぇんだ。まぁ、非常識な存在だってのはわかったけどな」
まさか、そんなことを言われるとは思わなかった。恨まれて、責められて、非難されて当然だと思っていた。
だが、この人たちはそれをしなかった。私みたいな女の子が、と。信じようとしなかった。
だからリーゼ化した。非常識の証拠を見せた。そのはずなのに・・・。
何故なのか…私には理由がよく理解出来なかった。
「うわ、もうこんな時間!私もう病院行かないと面会時間が!」
千尋さんが思い出したかのように慌てはじめる。
「っと、忘れてた・・・。どうする?お前も付いてくるか?」
差し伸ばされた手。私は、その手を取った。
この人たちが私を非難しない理由を知りたかったからだ。それを知るまで、この人たちに付いていってみよう。
そう、私は思った。

徒歩で二十分くらいだろうか。病院に私たちはたどり着いていた。
みんな自転車だったが、私に気を利かせてくれたのか自転車を押して移動していた。
病院の外観はとにかくデカい。聞いた話ではもともと本州にあった超デカい国立病院の副院長が独立し、揺籃に来たらしい。
設備も最新だし人員も完備されている。揺籃みたいな離島には不釣り合い…とはさすがに言い過ぎか。
「病室覚えてんのか?」
「愚問だね」
みんなを先導するように、この広い病院内を迷うことなくスムーズに入院棟までたどり着いた。
「302…伊崎千春。ここであってるな」
「いやっほーい、ちっはるー!お姉ちゃんが遊びに来たぞーっ」
ヤスっちさんがドアのプレートを確認してるときにはもうドアを開け放って入っていた。
「千尋、お前もう少し静かに入ってこれないのか」
病室のベッドには誰もいなく、変わりにパイプ椅子に座る長身の男性が一人。
「むむ、伊崎孝一…千春を何処に隠した…?」
「見慣れないお客様がいるな。どちら様だい?」
千尋さんの発現を華麗にスルーしてこちらに優しげに問い掛ける伊崎さん。
「シュタムファータァ、です」
「シュタムファータァ…ドイツ語で始祖か。素敵な名前だな」
キザな台詞だったが、この人が言うと何故か嫌な気はしなかったが。
私はあんまり始祖という言葉が好きではないので、素直には喜べなかった。
「伊崎…お前、すごいな。オレなんてただ外人ってぐらいにしか」
すると伊崎さんは呆れたように口を開く。
「あのなぁ俊明。オレはこの病院の院長…伊崎尚仁の息子であり、医者の卵でもある。医療に関わる者にとってドイツ語は英語より馴染み深い言葉だぞ?そのくらいわかって当然だ」
「あ、そう」
「で、真面目に千春は何処?」
ヤスっちさんと伊崎さんの間に身を乗り出すようにして聞いてくる千尋さん。
「実を言うとオレも今来たばかりで知らないんだな。まぁ、病院内にいるのはたしかだ。すぐに帰ってくるだろうよ」
伊崎さんは軽く笑いながらそう言った。
「どうする千尋?探しに行くのか?」
すると千尋さんは少し考える素振りを見せるが、すぐにまた明るい表情を見せた。
「んじゃあ、お姉ちゃんは探しに行くとしますわい。みんなはどうする?」
「私は、付いていっていいですか?」
「オッケオッケ、紫蘇ちゃんは私と一緒ね~」
カラカラと笑いながら二つ返事で了承する千尋さん。……いや、待て。…始祖ちゃん?
「始祖ちゃんって…私のことですか…?」
「NoNo紫蘇ちゃん。イントネーションが違うな、始祖ちゃんしなくて紫蘇ちゃんなのが個人的にミソなんだぜ」
親指を立て拳をこちらに向ける千尋さん。始祖じゃなくて、紫蘇…?
「それ、あだ名として女の子っぽくないだろ」
「ヤスっち黙れッ!」
ヤスっちさんが突っ込んだ瞬間に千尋さんの鉄拳がヤスっちさんの顔面にめり込み、体が床に沈む。
「またつまらぬ者を斬ってしまった…」
「…いや、お前殴っただろ」
ヤスっちさんが起き上がりながら突っ込みを入れる。そしてヤスっちさんの言葉を完全にスルーし、他の人たちに付いていくかを聞いていく千尋さん。
結局、私と千尋さんとヤスっちさんが千春さんを探しに行くことになった。
……ちなみに紫蘇ちゃんというあだ名はシュタムファータァが言いにくいからとのこと。私としては“始祖”が嫌いなだけだから“紫蘇”は構わなかった。
たいした違いではないかもしれないが、私にとっては重要だった。

三人で病室を連れ立って出る。
「で、どこから探すんだ?」
ヤスっちさんがそう言うと、千尋さんは自信満々な顔で笑いながら口を開いた。
「実はね、千春の場所はもうわかってるのだよ、ワトソンくん」
「誰がワトソンだ。というより、わかってるなら何で言わなかった」
「行ってみればわかるさ、ワトソンくん」
ニヤニヤしながら千尋さんは先導しながら、上へと向かっていく。
そして千尋さんは屋上と書かれたプレートの扉の前で止まる。
「…喋らないで、ゆっくり入ってね」
「…ゆっくり入っていってね!…」
ヤスっちさんの声で小さくそんなような声が聞こえた気がしたが、扉の蝶番の金音で確証は得られなかった。
ドアがゆっくりと開いた、そこには。



            • 病院の屋上。

            • 茜色に染まった空の下。

            • 祈るように歌う、影、ひとつ。

Freude schoener Goetter funken,

Tochter aus Elysim

Wir betreten feuertruken,

Himmlische,dein Heiligtum

Deine Zauber binden wieder,

was die Mode streng getelit,

alle Menschen werden Brueder,

wo dein sanfter Fluegel weilt.

alle Menschen werden Brueder.....

「-----歓喜よ、美しい神の閃光よ、

楽園からの娘よ、

我等は情熱に満ち、

天国に、汝の聖殿に踏み入ろう。

汝の神秘な力は、引き離されたものを再び結び付け、

汝のやさしい翼のとどまるところ、

人々はみな兄弟となる------」

茜色の世界に響き渡った澄んだ声。
交響曲第九番、第四楽章。
千尋さんと同じ栗色の髪を靡かせ、まるで私たちがいたのを知っていたかのように、自然に、美しく彼女は振り向いた。
「歌は、いいね」
そう、どこか悲しそうな、遠くを想う表情で彼女は微笑んでいた。

「や、第九の後にそのセリフはマズいでしょ」
千尋さんがカラカラと笑いながら突っ込む。
「無問題~無問題~」
無邪気な笑顔で答える千春さん。小柄な身長と合わさって、まるで妖精のようだった。
「あなたは、だれ?」
千春さんが私の方を興味津津な瞳で見つめる。
「この子はねー、紫蘇ちゃんって言うんだよーっ」
「うわきゃっ」
千尋さんがそう答えながら私に飛び付いてくる。それを見て千春さんは朗らかに笑った。
「紫蘇ちゃんね~。よろしくね~」
千尋さんに抱き付かれて困惑してる私に対して手を伸ばす。
「うわぁ、駄目駄目~、千春無理しちゃ駄目っ」
千尋さんが慌てて私から離れて千春さんに近付く。
「大丈夫なのに~、そのくらい」
「万が一があるでしょ、もう」
不思議そうに見ている私の隣りにヤスっちさんが立つ。
「千春な、腹の中に子供がいてな。もうすぐ生まれるそうだから、千尋も心配で仕方ないんだろうよ」
「…そうだったんですか」
言われてみれば千尋さんのお腹は不自然に大きい。
何故こんな若い年齢で?という疑問が湧いたが口に出さなかった。
何か、私には想像もつかない理由があるのだろう。詮索は、する気になれなかった。
「ほらほら、病室で愛しの伊崎孝一が待ってるんだから、行くよっ」
「えへへ、うん、そうだね。行こうか~」
嬉しそうにな顔の千春さんを連れて、千尋さんと千春さんは屋上を後にした。
「………」
「ヤスっちさん、屋上に来てからひたすら空気でしたね」
「言うな。空気を読んだだけだ」
心なしか声を落としたヤスっちさんと共に、千尋さんの後を追うように屋上を出た。

私たちが病室に着くと、千春さんはベッドで体を起こしていた。
「おかえり、二人とも」
ベッドの上から私たちに笑いかける千春さんは、屋上にいた時よりは嬉しそうだった。伊崎さんがいるからだろうか。
「安田も来たことだし、オレはそろそろお暇する」
椎名さんがバッグを担ぎ直す。
「お、じゃあオレも帰るわ。じゃあね、千春ちゃん」
「はいはーい、来てくれてありがとね~、椎名くん、松尾くん」
松尾さんも同じくバッグを担ぎ直す。
「安田、お前はどうする?」
「そうだな…、千尋はどうするんだ?」
千尋さんは少し考える素振りを見せ、床に置いてあったバッグを拾い、担ぎ直した。
「んじゃ、私も今日帰るわ。ここで解散だね。じゃね、千春。また日曜日にゆっくり話そ」
「うん、みんなまたね~」
手を振りながら朗らかに笑う千春さんを尻目に、私たちは病室を出た。
病室を出て少し歩いた時、椎名さんがふと足を止め、口を開いた。
「紫蘇…少し、付き合ってくれないか」
そう言った椎名さんの瞳は、真摯で、厳しかった。
だが同時に、こうなるんだという確信はどこか心の中であったのかもしれない。
「椎名、お前…」
「…聞いておくべきことがあるだろう」
椎名さんがそう言うと、誰もが口をつぐんだ。
「…ここじゃなんですから、屋上で話しましょうか」
5人で屋上に向かう。その間は、誰も喋ることはなかった。
私が先導し、本日二回目となる屋上の扉を開ける。
夕焼け空は消えかけ、夜の黒い空が覆い尽くそうとしている。
「…単刀直入に聞く。お前は、オレの…、揺籃の敵となるのか?」
椎名さんがこちらを真直ぐな瞳でい抜く。私の甘さを、打ち消すかのように。

「私は…、ヤスっちさん達の敵にはなりたくない。でも、これは議会で決まったことですから、逆らうのは難しいでしょうね」
不思議と、感情を乱さず淡々と言えた。まだ会ってから一日も経ってない私に、親切にしてくれた人たちを裏切ると言ってもいいかもしれない行為だというのに。
「…議会? 世界を消しているのは、何か組織がやっていることだと?」
「ええ。私たち人外なるリーゼンゲシュレヒトの組織…“世界の意志”が行っています。」
「非現実的だな。だが、都市が消えてるっていう非現実が今現在ある以上、信じざるを得ないか」
非現実的…か。生まれた瞬間からリーゼンゲシュレヒトである自分には、最初から突き付けられた現実だった。
ヒトにとっては、非現実的なのだろう。
だが、現実と理解したところで何をしたとしても無駄だ。個人の意志など、世界の意志の前では所詮捩じ伏せられる。
それが、現実だ。
「紫蘇ちゃん」
千尋さんが、一歩踏み出した。
「そう難しく考える必要はないんだぜ?シンプルに考えるんだ」
そう言って千尋さんは私の前に立ち、目線を合わすように軽く屈み、優しい瞳で私を見る。
「納得いかないなら、逆らっていいんだよ。……逃げるのも大事だぜ」
そしてふと気付いたように顔を真っ赤にし、私に背を向けながら何かを小声で呟いた。
「逆らう、ですか…」
今まで、考えたことはなかった。今まで不満や納得いかないことはあったが、全て、逃げてきた。
……私が…逆らう……?
(……やめよう)
エーヴィヒカイトの顔が頭に浮かぶ。派閥は違えど彼も同じ組織。今まで散々世話になり、甘えてきた彼を裏切るような真似だけはしたくなかった。
「まぁ、最終的な結論を出すのは自分自身だろ」
そう言ってヤスっちさんが私の頭に手を置く。
手の暖かさは、彼と同じだった。
「そういえば紫蘇ちゃん、家は?」
「今日こっちに着いたので、ホテルにはチェックインしてないですね」
…気分的にそんなことを考える余裕が無かったというのが本当の理由だが。
「ホテル暮らしなんて紫蘇ちゃんみたいな子がやっちゃいけないぜ…よし、私の家に泊まっていきな。部屋も余ってるからさ」
胸を張って千尋さんがそう言う。……厚意は嬉しいのだが、年下扱いが微妙に癪なのは言わないでおいた。
「千尋、今日はなんか気前いいな」
「私はいつも気前がいいのさっ」
そう言ってヤスっちさんの背中を叩き、屋上の出口の扉に手をかける千尋さん。
「椎名さんも、もう良いよね?」
すると椎名さんは私を見て、軽く微笑んで「ああ」と呟いた。
「じゃあ、皆さん帰りましょっ」
千尋さんの号令と共に、千尋さんたちは病院の屋上を後にした。
「………」
「松尾さん、屋上に来てからひたすら空気でしたね」
「言っちゃ駄目。空気を読んだだけなの」
心なしか声を落とした松尾さんと共に、千尋さんの後を追うように屋上を出た。

病院からの帰り道。商店街で松尾さんたちと別れて、そこから千尋さん家までは一直線とのこと。伊崎さんは、まだ千春さんに付いているらしかった。
何も違和感なく、帰路を歩く二人。何年も同じのように、とても自然だった。
いつもなら、私一人。
でも今日は三人。
私と、ヤスっちさんと千尋さん。
気分が浮ついてなかなか落ち着かない。
落ち着かないのは千尋さんも同じみたいで、さっきヤスっちさんにトイレの心配をされていた。
…デリカシーに欠けていたようで、その後すぐに千尋さんはヤスっちさんを殴り、ヒゲを引き抜いていたが。
「…くそ、まだ痛い」
顎を擦りながら呟くヤスっちさん。…自業自得のような気がしないでもない。
「ヤスっちが悪いから、当然の結果だぜ」
「…まぁ、色々あったからショックを受けたってのはあるかもしれないけどよ」
…そうだ。この人たち。温かい人たちの日常を壊すのは、壊したのは、自分だ。
「……ごめんなさい」
「いやいやー、紫蘇ちゃんが気にすることじゃないぜーっ」
私を抱き締める千尋さん。そのまま頭をガシガシと撫でられる。
……どうして、この人たちは優しいんだろうか。
ナハトじゃないが、ヒトという生き物は“非常識”を嫌い、迫害する生き物だ。
他人は他人。友人や知人以外には必要以上に干渉しない生き物だ。
勿論そんな人たちばかりではないが、ここまで親切な人たちはそうはいないだろう。
幸運だったのは、私が落ち込んでいるときに出会えたことか。

「じゃあね、ヤスっち」
「おう…また明日」
ヤスっちさんと別れ、石段を登っていく。
……守屋神社、か。
「(最初に守屋と聞いたとき、気付かなかったのは私のミスですね…)」
気分が優れなかったとはいえ、迂闊だった。
まあ…たいした問題ではないか。
「たっだいまーっ」
本殿の裏手にある居住区…本宅の扉を開いて中に入る千尋さん。
「おうおかえり、我が娘…よ…」
扉の向こうにいた千尋のお父さんが、私と目が合い、瞳を一瞬細める。
……この人が、今の“守屋”の当主か。
力はないようだけど…途絶えたのか?もしくはただの人間が婿養子として入ったか…。
「ああ、お父さん、この子はね!」
「いや、何も言うな我が娘よ。私はそこまで理解のない父親ではない…!その娘を泊めろと言うのだろう!?大・歓・迎SA!」
視線を柔らかくし、高々と叫ぶ千尋さんのお父さん。
…多分、私がリーゼンゲシュレヒトだというのは看破されただろう。
感知能力はあるのか。まぁ、今は認識阻害を使ってないし、カンの良い人間なら違和感を感じるだろうし、なにより“守屋”の人間ならわかってもおかしくないか。
「…お世話になります」
「紫蘇ちゃん、私の部屋行こうぜっ」
千尋さんのお父さんに一礼してる私の手を掴み、二階の千尋さんの部屋に連れていかれる。
「あと少しで晩飯だから、もうちょと待っててね」
私は渡された座布団に座り、千尋さんが制服から私服に着替える。
「紫蘇ちゃんが泊まる部屋は私の真ん前だぜっ、見に行くかい?」
「後でいいですよ~」
その後、美味しい晩ご飯を戴き、客間を使わせて私は深い眠りについた。
…千尋さんのお父さん、孝明さんからは、特に何も聞かれたりはしなかった。
そして床に着くとき、私はたまらない、理由の知れない不安に襲われて仕方がなかった。

「………」
……六月ももう少し
で終わる。それを過ぎれば七月下旬から夏休み。
それまで特に何も無い、“安田俊明”としての退屈な日常が続くんだと思っていた。
それが突然これだ。
「-------いつまで続くかはわからないとは言ったがな」
正確には『心の中で』を追加すべきだが。
まぁ、とにかくアレだ。世の中ってのは不思議と無秩序で溢れてる。
たかが小市民数人の日常がぶっ壊れたところで、廻るセカイを止められるわけでもない。
……まぁ、島ひとつ消えるとあったら話は別にだが、それでも一時話題になるだけ。半世紀もすればそんな話題は風化する。
窓のカーテンを閉め電気を消し、ベッドに横になり、ふとある疑問が浮かんだ。
そもそも半世紀も持つのだろうか?このセカイは……。

さしたる変化のない“日常”

それは意外に脆くて、繊細だ。

だから大切にしなきゃいけない。

それを忘れたからって、どうにかなるわけじゃない。

今考えると、始まりは本当にどうでもいい事からだった。

いや、『どうでもよかった』

そう、過去形。

今は…違うから。

日常が壊れるのは、唐突なケースが多い。

きっかけは大なり小なり様々でも、一瞬でそれは崩れる。

そして現われるのは“非日常”。

だけど、それもいつかは“日常”になる。“慣れ”てしまう。

結局、“日常”なんてものはいつもすぐそこにあるんだ。

そう……ただ、気が付かないだけで。

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