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第六話 「忘却と今」

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 『Diver's shell



 六話 「忘却と今」




 なんとなく夏の香りを感じさせる大気満ちる中、階段を上がっていく。
 息切れしてしまうほどに長い階段でも、呼吸は乱れない。脂肪が少ない身体の賜物か。
 かつんかつんと革靴がコンクリートの地面を叩く。磨かれていることの照明に、表面は弾丸のような光沢を持っている。

 「―――……もうあれから何年になるんだかなァ………」

 柄にもなく感傷に浸った声を出した中年の男性が、長方形の石の上に歯車が乗せられている墓の上に花束を置くと、地面に腰を降ろした。
 晴れでもなく曇りでもない日。小さな丘の表面にへばりつくように乱立する墓石の一つの前。海から吹きつけてくる風がオヤジの白髪交じりの髪の毛を乱暴に揺さぶった。
 オヤジは、黒いスーツを見事に着こなしていた。ややくたびれたスーツだが、本人の身体から発せられる雰囲気がそれを打ち消している。
 手に持っていた酒の小さい瓶を墓石の傍らに置くと、刻まれている名前を上からなぞる。
 余りいい石を使っていない所為なのか、掠れてしまっている。それでも必要な部分は確りと残っている。
 周辺にこれでもかと詰め込まれた墓と比較すれば随分と大きい。

 ―――……『フローラ=ファルシオン』

 花と春の女神の名前を持つ女性が眠る墓に向かってオヤジは微かに笑みを浮かべる。口元と目元に皺が寄る。遠い昔を思い出すように目のピントがずれた。
 過去を取り戻すことは出来ない。過ぎ去った時間を思い出してみることは出来ても、決して帰ってはこない。もしも、と思うことは出来ても、もしも、が実現することはありえない。
 分かっているからこそ、辛くも有り、悲しくもあり、懐かしくもある。
 ふと視線を上げて墓石を見つめてみる。
 鈍い灰色の反射が目に入ってきた。

 「あの子はアンタに似て美人になったよ。性格だって俺を尻に敷いてもおかしくねェレベルだ。や、尻にってのは良い意味で………尻尻うるせぇな、こりゃ」

 そこに人間がいるかのような口調で語りかけ、楽しげに喉を鳴らす。
 死人は黙して語らず。語る口も、挙げるべき手も、見るべき瞳も持っていない。
 だが、居なくても居なくなったわけではない。
 オヤジは、一通り自分の持っていた話題を話すと、すっくと立ち上がって、海のほうを見遣った。
 海は良い。どんな人種、どんな文化、どんな思想を持っていようが、差別することなく迎え入れてくれる。それでいて時には表情を変える。同じ瞬間は存在しない。
 両手を合わせてぐっと前に押しやる。すると、ぱきぱきと間接が鳴った。
 花束にされても生き生きとした色を失っていない花束。一本の花の花びらがぽとりと墓石に落ちる。

 「あの子は昔のことの一切を憶えて無いらしい…………なぁ」

 そこには誰も居ない。いるのは、墓の中に入っている遺体程度だ。
 オヤジは目頭を揉み解して疲れを取る。
 上着の皺を伸ばし、ついでに埃も叩き落とす。

 「思い出さないほうがいいのかねェ……寂しいもんだが。どう思う? フローラ」

 返事は無い。
 オヤジは、溜息を漏らし、とぼとぼと墓場から去っていった。
 墓石の上に乗せられた花束だけが残されて。

 パソコンの前に座っているユトは、慣れた手つきでキーボードを叩いていた。
 カタカタと小気味良い音が響くたびにメインモニターの上や斜めに色とりどりの空間投影モニターが浮かび上がって、情報や画像を示す。ユトの指が空間投影モニターを移動させたりする。なんとも忙しい動きだが、本人は苦を顔に出すことは無い。
 よく見ると耳には昔ながらのイヤホンが嵌っていて、時折頭がリズムを刻むようにかくかくと上下している。金髪が微かに揺れる。

 「~~~~♪」

 鼻歌をふんふんと歌いつつ、画面に映っている映像を直視する。そこには潜水機の稼働時のデータが映されている。自分のポンピリウスや、他の人の潜水機が稼働している時の映像だ。
 ユトは、ポンピリウスの設計データをメインモニターに呼び起こしてじっくりと見遣る。
 お盆のような大きい一眼式のメインカメラが暇そうにも見えた。
 設計図を透過させて骨格を浮き上がらせ、各部の数値を表示させる。弱い部分。強い部分。それぞれを目を小さくしたり大きくしたりして頭の中で演算を繰り返す。
 潜水機の脚部の強度値が非常に低いのは余り気にすることではない。
 潜水機は地上で立ち上がることを想定しておらず、ポンピリウスの場合は起立が精一杯なのだが、水中で使用する分にはなんら問題にはならない。
 音楽を切り替えつつ潜水機の設計データを閉じる。
 イヤホンから流れてきたのは今は殆ど聴くことの出来ない、地球の山の音。
 小鳥がさえずり、木々が揺れ、小川がのんびりと流れる。90%以上が海で、陸地という陸地が細切れの島しかない第二地球では絶滅危惧種的な、否、まず見られず聴かれずのモノだ。
 第二地球に移住するに当たって、山に生きることしか出来ない生物は次々と死んでいった。そういう生き物を蘇らそうという計画もあるにはあるが、今のところはデジタルデータで鑑賞するしかできない。
 さてと。
 そんなことを呟いたユトは、さっきから自己主張激しいメールボックスを開く。
 そして一番上にあるメールを開いた。

 「何々………元気にしてるか弟よ………に、兄さんか。また濃い格好を……」


 添付されていた画像データを開いたユトの顔が引きつる。
 そこには、結構男前な顔つきをした金髪の青年が、軍人のような服装をして人差し指と親指を立てた隙間に顎を乗せて木製の箱に片足を置いてポーズをとっている画像がある。
 普通の人が見たら「な ん だ こ い つ」と思うのが普通な画像である。
 と、画像の中の兄貴の白い歯がきゅぴーんと光った。画像をいちいち加工したらしい。
 しかもその輝きが徐々に増していって身体をオーラを纏うが如く光らせる。

 「暇だ……。えーっと、お仕事は見つかりましたか、お母さんに連絡を入れてあげて下さいねっと」

 キーボードで打ち込んだ文章をメールで送信する。
 その1分後。メールが届いた。
 内容は至って単純だったが、やたらとうねうね動く絵文字で彩られていた。

 「自由が仕事さ……兄さん、現実を見よう現実を」

 先行き不安になりそうな内容のメールに苦笑し、パソコンの電源を落とすと、部屋から出て行った。


 「あ。ユト。例の電池、ちょっと調整しておいてくれる?」
 「OK。ってかもう調整済みなんだけどね。オヤジさんはいい仕事してるよ」

 リビングに入ると、ポニーテールを結い直しながらテレビを見ているメリッサが居た。ソファに腰掛けて随分とリラックスしている。
 ユトは、時計を確認すると向かい側のソファーに座る。ぎしりと音が鳴った。
 特にすることも無いので、二人はぼんやりと身の回りを弄ったり、髪の毛を弄ったり、欠伸をしたりしてみる。ソファーの間にはスナック菓子の入った袋が置いてある。
 口の寂しさを感じた二人は、すっと手を伸ばしてスナック菓子の袋を取ろうとして――手と手が触れ合ってしまう。
 電流でも流されたかのように二人の手が離れ、相手を見て。

 「ご、ごめん」
 「……別に」

 何をやっているのかわからなくなって来た。
 気まずさを感じたユトは、机から袋を素早く取ると、中から棒状のスナック菓子を取り出して口の中に放り込んだ。甘い味がした。合成のイチゴ味。メリッサの好物だったはず。
 ふと目を上げたユトの顔に、やや頬を赤らめたメリッサの顔があった。
 高鳴る心臓を押さえつつ、明後日の方向に無理矢理頭を向かせた。その時に肩がとんとんと叩かれる。ぎちぎちと鳴りそうな速度で頭をメリッサのほうに向けると、手を肩に置いたまま見つめてくる光景が広がっていた。

 「頂戴よ」
 「ぇ」
 「私に頂戴よ」

 メリッサはややはっきり口調で言えば、自分の隣を示してみせる。隣に来いということらしい。
 油の切れた操り人形を思わせる動作で歩いていくと、ガラス細工のように掲げたお菓子入りの袋を自分の腿の上に慎重に配置する。
 首をメリッサのほうに傾けるユト。メリッサは、目を閉じて唇を突き出した体勢で待機していた。

 「ん~!」

 くれ。
 そんな文章が脳裏に送信されてきた気がした。
 テレパシーってあるんだなと俯瞰するユトの中の誰かが感心したように呟いた。
 ゴクリ。ゴクリ。ゴクリ。
 蛇口を捻ったのかという勢いで湧き出てくる唾液を飲みまくるユト。その度に喉が音を立てる。
 震える手でお菓子を摘みあげて、これまたガタガタ震えながらメリッサの口に近づけていく。
 ちょん。
 先端が柔らかな唇に触れると、口の中から赤く細い舌が伸びて、お菓子を舐めて、口の中に納める。薄っすらと明けた瞳はどこか潤んでいるようにも感じられる。
 メリッサは、お菓子をボリボリと食べながら、悪戯っぽく微笑みながら立ち上がった。

 「意気地無しっ」
 「な……そのなっ、なにが仰りたいのか俺にはわからないというかだなっ」

 左右に揺れながら部屋の外に向かっていくポニーテールを追いかける。
 その追走はもう暫く終わりそうに無かった。


 夕方になった。
 夏に近づきながら、完全にそうではない独特の空。第二地球に燦々とした豊かな日光を降り注がせている太陽が朱色に近づき始める。
 空は群青。一番星を競うように白い星や赤い星が雲の合間に見え始めた。
 追いかけっこを屋上まで続行した二人は、エアバイクに乗った通りすがりの人に見られたことで我に返って、やや恥ずかしさを残したまま仕事をし始めた。
 とある遺跡の構造図を分析した結果が記された書類を、眼鏡の位置を上げながら目を通していく。
 一枚。二枚。三枚。
 見慣れた遺跡の構造図を見る速度は早く、見慣れない遺跡のを見るときは早い。ユトは、首を回して間接を鳴らした。
 マーカーで色をつけた箇所を指で追っていたメリッサは、手に持っていた書類を机に投げ出して、今の時間を確認すべく壁にかけられている時計を見遣り、ソファーにぐったりと身体を投げ出した。
 よく考えたらもう数時間もこうして書類やら、潜水機の設計図やら、企業の動向とか、新しい商品がどうのこうのという話をし続けている。当然疲れも溜まる。
 リビングの机の上にあるコップから天然水を口に流し込んだユトは、額に手を置きつつ肘をついた。

 「俺、疲れた……」
 「私も……」

 見て分かる疲労度。体力ゲージがとことん減りまくっている二人。
 メリッサは、元気の無い前髪を指で整えると、身体を反り返るほどソファーに押し付けていき、大きく息を吐いた。
 今日は寝てしまうという選択肢もあるわけで、気だるい頭を無理矢理持ち上げて時計を見たユトは、書類を緩慢な動きで片付けていき、ファイルの中に押し込んでいく。

 「こんなに体力無かったかな……俺」
 「無いでしょ。見た感じ筋肉無いみたいだし。タナカさんは服の上からでも分かるほどあるケド……アンタも筋トレすればいいじゃない……」
 「タナカさんが異常なんだよ………あの人何と戦ってるんだ……」

 ユトは、自分の腕を持ち上げて筋肉を盛り上がらせて見るが、悲しいほど平坦でしかない。
 グダグダした空気。
 その空気を打ち破るが如く、玄関のほうで物音がしてきた。数秒後、ピンポーンという呼び鈴が鳴った。


 「行ってきて」
 「はいはい」

 仕方が無しにユトが立ち上がって玄関のほうに歩いていく。ドアにたどり着くと、向こう側でごそごそと妙な音が聞こえてくる。
 不審者ではあるまいな。
 片眉を上げ、拳を固めると、チェーンをかけたままでドアを開いた。

 「Hey!!!」
 「………」

 ユトは扉を蹴っ飛ばすように閉める。
 この声、ドアとの隙間から見えた服、髪型、見間違いでなければ、身内だ。
 というか今日メールで見た兄貴ではないのか。
 メンドクサイなぁ。
 一人のユトが囁くが、いつものユトが許してくれない。せっかく来てくれたのだから、出迎えないと行けない。ユトはチェーンを外すとドアを開けた。

 「Hey!!!!」
 「兄さん………ゴメン疲れてるんだ。ハイテンションにはついていけそうに無い」

 兄貴の上げた絶叫に近い呼びかけが鼓膜を痛みつける。
 軍服に似ている服を着崩して来た金髪の好青年。何もしていなければかっこいいであろう外見は、古臭いサングラスと、ボロボロになった帽子、止めとばかりの大きなバックパックが打ち消している。
 鋭い目つき、キリリとした強い口元。ユトと似ている男。メールでポーズを決めていたユトの兄貴である。
 さほど広くも無い玄関で格闘家を数人KOしました的ポーズを取っている。
 ユトは、疲労がピークに突入するのを感じながら口を開いた。

 「お金を貸してっていうなら」
 「お願いしますぅううううううッ!!」


 ユトがまだ全て喋り終えていないにも関わらず、兄貴―――……ニコラス=シーゼンコードは土下座かくやというほどに頭を下げると、両手を差し出して「お金頂戴」を全身で示してくる。
 兄貴としての尊厳はどこに行ったのか。ユトの頭がキリキリ痛む。
 ニコラスは、潜水士となったユトと違って、職につかずにあっちへこっちへ旅を続けている兄貴で、時々現れては食事やら金銭を要求してくる正真正銘の「ダメ人間」である。
 そして、このユトですら制御不能と感じている「自由人」でもある。
 暗くなり始めた時間に玄関で頭を下げる男。まことに不思議で奇怪である。

 「なによー、泥棒か強盗か殺し屋でも来たのー?」

 騒ぎを聞きつけたメリッサがやってくる。軽く眠ってしまっていたのか、瞳をごしごしと擦っている。心なしかポニーテールがずり下がっている。
 次の瞬間、ニコラスは直立不動を取ったかと思うと、メリッサに向かって両手を差し出した。

 「結婚してくだ」
 「やかましい」
 「おぶっ」

 突然の婚約の申し込みにも慌てず騒がず、力のある渾身の右ストレートをキメてやる。ぼくっ、と痛々しい音をさせながらニコラスの頭部が跳ねて、反動で玄関の床に倒れこむ。
 ニコラスは震えながら親指を突き上げる。なんとなく嬉しそうに頬を押さえている。変態か。

 「いいパンチだ。メリッサちゃん、俺にお金をく れ な い か ?」
 「お断りよ……と言っても最悪数週間から数ヶ月張り込まれるから、ユト、いくらか上げて帰ってもらって」
 「分かった」

 ポニーテールを解きつつ、メリッサは家の奥へと消えていく。慣れたものである。
 ユトは、財布から札束を数枚取り出してニコラスに握らせる。ニコラスは目にも留まらぬ速度で懐に札束をねじ込んだ。
 しゅたっ。ニコラスは立ち上がると、胸を反り返らせて両手を腰に置く。意味が分からない。何故自分で「ドドーン」と効果音を呟いているのかが分からない。

 「兄さん、そろそろ定職に」
 「ひゅー!!」
 「………あぁ、もう……これだから兄さんは。ほんっとに疲れてるからあんまりごちゃごちゃ言うつもりは無いけど、風邪とか、怪我とか、心配させるようなことをしないでね?」
 「分かってるぜ兄弟。俺をひける風邪があるならひいてみやがれってんだ」

 どこまでもおちゃらけた様子のニコラス。ユトは、いつもどおりの反応に小さく笑みを作りつつ、それでいて疲れ気味に肩をすくめると、ドアを閉めようとする。
 ニコラスは、ワザと上着を脱ぐと片手に引っ掛けて肩からぶら下げつつ背中を向けて。

 「仕事頑張れよ!」
 「定職についてない兄さんには言われたくないなぁ」
 「ついてるゼ―――……自由にな………」
 「はいはい。お休み」
 「良い夢見ろよ、兄弟」

 真面目と不真面目が同居しているとでも表現出来る男、ニコラスの姿が扉で閉ざされる。
 ユトはリビングへと戻って、ソファーですやすやと寝息を立ててしまっているメリッサを起こす作業に取り掛かった。


           【終】

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