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第四話 「仕事? 遊び?(中)」

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 『Diver's shellⅡ


 第四話 「仕事? 遊び?(中)」




 なんてこった。死ぬかと思った。
 指差した岩を目標に泳ぐという単純かつ簡単な事柄は、ジュリアに大自然の驚異を思い知らせることになった。大げさな言い方を取っ払うと、岩が思った以上に遠い場所にあったために途中で力尽き、溺れて死に掛けたのだ。
 体力が切れてくると呼吸しても呼吸したように感じられなくなって、体に鉛をくくりつけたように重圧がかかる。海の藻屑に、という文字の配列が脳裏に浮かぶ前に、横から救助の手が伸ばされた。
 幸い後ろからついてきていたオルカは泳ぎが得意だった。徐々に沈み行くジュリアを担ぎ上げて、必死の形相で岩までたどり着いて引き上げたのだった。

 「はーッ、ごほっ、ごほっ………あ゛、くそぉ……、うぐっ」
 「だから、言わんこっちゃない……!」

 意識が飛びそうだった。
 岩は遠くから見たときは分からなかったが、研磨されたようにツルツルで、丁度二人の人間が寝転べるような大きさであった。
 海水を大量に飲んで鼻と気道にも入れてしまったジュリア。彼女を岩に横たえたオルカは、怒る一方でどうしていいのかわからず見下ろすばかり。呼吸が停止していたら人工呼吸をするなりなんなりが可能でろうが、相手は意識を失っていない。
 ジュリアは、両手足に力を入れたまま、オルカに見せまいとして俯いてから海水をげぼりと吐き出す。僅かに酸性の味がした。何度も何度も呼吸して、ようやく収まってきた。体を反転して寝転がる。
 顔は呼吸のし過ぎで真っ赤だ。眼に海水が入ってしまった所為もあり、充血している。病人のような外見となったジュリアは、心配そうに見下ろしてくるオルカに軽く手を振った。

 「さんきゅーな。危うくお魚のエサになるところだった……けほっ、……あ~喉痛い」

 ジュリアの状態は酷いもの。前髪はバラけて顔に張り付き、鼻水やら涙でぐしゃぐしゃ。声は海水のお陰でガラガラ。それでも、なんというべきか、普段は見られない色気のようなものが浮き出ているようでもある。
 対するオルカは、それよりも彼女のことが心配で、両手で念を送るような妙な動きをしている。触ろうとする動きと自制の動きが絶妙なバランスで組み合わさった結果だろうか。
 ジュリアは、自分の水着の裾を握って力をこめる。そしてやっとのことで上半身を起こし、妙なパントマイムを絶賛続行中のオルカを見る。笑おうとする元気はなかった。

 「……ありがとう……。いやー、オルカが泳ぎが得意で助かった」
 「そんなこと言って、もしも俺が得意じゃなかったらどうするつもりだったんだよ。二人して遭難はゴメンだぞ」

 心配は徐々に怒りに変わってくる。無茶をした幼馴染に説教しようと口調を荒げてあぐらで眼を吊り上げたオルカ。口調からは敬語が飛んで乱暴さが交じっている。
 朧雑じる思考。オルカの優男顔が怒っている。髪の毛をかき上げてオールバックに近い髪型にして、見える見えない程度に笑みを浮かべた。

 「……ははーん。謎が解けたぞ。お前って動揺したりすると昔の喋り方になんだな」
 「はぁ? 死にかけて……………ぁ」

 オルカ、硬直す。ジュリア、にんまりと笑う。ぱきんと音をしても可笑しくなかった。
 自分が敬語抜きな言葉遣いだったのに気がついたが時既に遅し。慌てて両手を顔の前にやって『違う』を表現するが、ジュリアの顔から笑みが消えなかった。
 オルカが首をぶるんぶるん振るものだから、長めの髪から水が飛ぶ。

 「違いますよ! 違いますから! 溺れたヒトを助けたくてですね!」
 「違う違うって何が違うのやら。そんなことより水持ってないか?」
 「水? あるわけないでしょう。海水なら星を覆い尽くすほどありますけど」
 「だよなー……海水飲んだらまた喉渇いちゃうし……」

 ジュリアの言葉にオルカが海水を指差した。
 たとえば海水を、いや、唯の塩水でも、お汁粉でも、味の濃い飲み物を大量に飲んだとしよう。結果はどうなるかといえば水分が欲しくなる。人体は常に体の塩分量を調整しようとするのだ。
 だが、考えてみれば分かること。2kmか、3kmか、元居た入り江は遥か彼方にあって戻るのは骨。そして当然水筒を携帯しているわけもなく、偶然岩の上に水の入ったペットボトルがあるわけもない。無論水道など通ってない。
 ジュリアは、口の中の塩っけを唾液に混ぜて海に吐き出し、小さく舌を出した。すぐ真じかまで迫る海面を何をするでもなく見つめれば、ちゃぷちゃぷと岩に海水がぶつかって小競り合いをしている。
 ジュリアは両脚を曲げて体育座りをすると、両腕を交差させて乗せてその上に頭を置く。一拍ほどの時間を置いて遠くにある入り江に視線を移動させ、憂鬱そうな溜息をついた。
 彼女の隣に座ったオルカも似たような体勢になる。
 海面が揺れている。沖から来るのかどうかは分からないが揺れている。熱い太陽の放射を浴びた波が煌き、乱反射しつつも整合された見事な宝石を作る。

 「帰る自信ないなぁ……。私を担いでいけるのは居ないかな~?」
 「……やりませんよ。絶対にやりませんからね」
 「やれよ、色男」

 妙な甘みを孕んだ声がジュリアの喉から出てくる。顔だけ傾け、オルカを見つめる。髪の毛が重力に従って垂れ下がり、雫が落ちた。
 ジュリアの赤い瞳に見つめられて、視線を合わせると、いつまでもそうしていたくなる。そんな奇妙な感覚を覚えてしまったオルカ。ふん、と鼻を鳴らして眼を海へと向ける。
 日が落ちて暗くなるのはまだまだ先。これでもかと燃える太陽が濡れた体を乾かしていく。最初冷たかった潮風も緩んできた。
 口の中の塩をまた吐き出したジュリアは、オルカと同じように海面を見た。
 ジュリアの指が水着の位置を直す。水が滴って指から岩に落ちる。

 「体力全開になるまでここで話でもしよう。色々あんでしょ、昔のこととか」
 「話……ですか?」
 「うん」
 「ジュリアからどうぞ」
 「ふーん。レディーファーストって感じ?」
 「いえ特に他意はないです」
 「そうか。やっぱオルカからで」
 「うぅむ……」

 沈黙。
 沈黙を、男が破った。

 「孤児院で働くのは、かなり始めのほうから考えてましたね」
 「ふーん……」
 「一生懸命世話してくれて、ああこの人達ってかっこいいなぁ、自分もこうなりたいなぁ……って」
 「なるほど。そんな素振りは無かったけどな。私の主観では」
 「そうかもしれませんね。ジュリアと遊んでる時はそんなことは頭にありませんでしたから」

 オルカはそういって話を切ると、目にかかっていた邪魔な髪を真ん中で分ける。海水が乾燥して白くなって顔に張り付いている。
 波音。風の音。
 強風に煽られた二人の髪が揺れ、ジュリアは脚を引き寄せて両腕で抱いた。ニコチンが不足してきたのを全身が伝える。だが、吸うためには帰ることが必須だ。なにせ本体も着火装置もないのだから。

 「私は――孤児院によく出入りしてたダイバーに憧れて今仕事にしてるって感じかな」
 「短いですね」
 「うるさい。いいだろ、簡潔に纏めたんだよ」
 「分かってますよ」
 「……ふん」

 その後も孤児院での話やら世間話やらで時間が経っていく。最後に最近美味しかったお酒について話して、ぷつりと会話が途切れた。
 オルカの口が開いたり閉じたりを繰り返す。柔和な瞳が苦悩に染まり、細く締まった視線が海からジュリアの横顔へと向けられた。

 「ジュリアは―――……好きな人はいますか?」
 「……は……はぁ?」

 ジュリアの素っ頓狂な声が岩の上に響いた。




 ユトは両手に粘り気のあるオイルを垂らして広げると、目の前の人物の背中に塗ろうとしてごくりと唾を飲み込んだ。心臓が動悸でバーニアでカオスがマッハ……そうとしか言えない。
 うつ伏せになって赤の水着の上を外したままでリラックスしているメリッサ。悪戯な笑みを浮かべ、ユトの方を見ると、片手を上げて指をくいくいと動かした。ご丁寧にポニーテールは横にどけられている。
 よくよく見れば……否、見なくても分かる、そこ。形のいい二つの胸がビニールシートに押し付けられて形を変えている。横からしか見えないのがまた官能を誘う。彼女は明らかに狙っていた。

 「塗ってよ」
 「……お、俺がやらないといけない?」
 「うん。他の人じゃヤダ」
 「分かった。塗らせて頂きますっ……」

 燦々と照りつける太陽の下。ビーチバレーという名の超人バトルが行われている場所から少し距離をとった場所に二人はいた。
 パラソル、アニメのキャラが印刷されたビニールシート、長椅子、飲み物の入ったクーラーボックス。完璧なバカンスの準備であった。
 日焼け止めのオイルを塗るという、男性にしたら核弾頭を一人で運搬させられる並に困難な大役を仰せつかったユトは、暑さからくる汗とは別の汗を額に浮かばせながら、両手をメリッサの背中に触れさせると、力を込めないように広げていく。
 メリッサが時々色っぽい声を上げるのは気のせいだ。気のせいと信じたい。
 そう脳に刻み込みつつ、背中から腰、肩、と満遍なく塗る。
 ユトの理性が言った。
 『交戦は許可出来ない。全力で回避せよ』。
 もう、意味が分からない。

 「ね~え。結婚したんだからオイル塗るくらいいいじゃないって思うんだケド」
 「みんなが見てるから恥ずかしくて死にそうなんだよっ」

 二人の指にはサイズこそ違うが同じ型の銀指輪が光っている。
 彼の言うみんなとは、オヤジやニコラスやエリアーヌにクラウディアのことであろう。ジュリアとオルカの姿は何故か見えない。泳ぎに行ったのか。
 ユトとメリッサが、見てるこっちが恥ずかしくなるいちゃつきを発揮している一方で、ビーチバレー組みは地獄と化していた。
 オヤジがボールを上に放り上げ――絶叫と共に手を叩きつけてサーブ。

 「うおおおおおりゃあああああァ!!!」

 ばきゅんッ!
 素人とも思えぬ剛速球がニコラスとクラウディアのコートに発射されん。

 「はいっ!!」

 クラウディアが砂上をスライディングするように受けて上空に上げ、

 「キタコレ!」

 隠す面積が妙に少ない水着のニコラスがトスし、

 「貰ったッ!」

 クラウディアによる全身をしならせた一撃がオヤジとエリアーヌのコートに射出された。
 咄嗟に反応したエリアーヌであったが、弩級の速度に間に合わず、顔面でボールを受けてしまいその場に倒れた。可愛い悲鳴が上がる。

 「うみゅ!?」

 ボールがエリアーヌの顔に衝突して天高く跳ね上がった。瞬時にオヤジが落下地点へと割り込む。砂が舞う。
 オヤジ、エリアーヌが盛大にコケているのを理解してか、腕を振り上げてニコラス&クラウディアのコートへと叩き込まんと。

 「せいやぁ!!」
 「HAHAHA! そうはいかないぜ!」

 だがニコラスに受け止められてしまう。見事なアンダートス。ビーチボールがくるくると遅い回転をしながらクラウディアに託される。クラウディア、眼をボールに固定し、胸を大きく揺れさせながら両手で作った輪で上に押し上げた。
 エリアーヌが立ち上がって、ボールが命中して赤くなった顔を撫でる。そうしている間でニコラスが地面を蹴って跳躍し、体を一回転させながら腕をバットに見立てて疾風の速度でボールを相手コートに叩き込んだ。
 ばんッ。エリアーヌの直ぐ側にボールが落ちる。
 ニコラスとクラウィアは欧米風のリアクションで手と手をぱむと叩き合わせた。

 「やるじゃねぇのよお姉さん!」
 「当ったり前じゃない、私よ? 私。私だもん」

 ラテンなノリの二人は、汗を接着剤に張り付いた砂を気にするでもなく、喜びを全身で表現している。
 一方で、自分がヘマをした所為で一点取られたことにやっと気がついた様子のエリアーヌ。赤みの残る鼻筋を手で押さえ、涙を滲ませながら今しがたボールがめり込んだ砂地を見つめる。

 「ぁ、……入っちゃった」

 エリアーヌは今にも決壊しそうな顔でオヤジを見遣る。だがオヤジは怒らずに、エリアーヌの小さな頭に大きな手を乗せて見せた。下からオヤジを見ると胸毛が目立つ。黒い毛が大盛りである。
 大きくガサガザの手がエリアーヌの猫の体毛のように細い毛をぐしゃぐしゃにする。傍から見れば親子のようだ。それも父親と娘。クラウディアが無理矢理着せた学校指定の紺色の水着(女性用)が妙に似合う彼は女の子にしか見えなかった。
 オヤジが大声でガハハと笑った。

 「イイってことよ。次取り返せばいい。……っと、そろそろ休憩いれねェとばたんきゅーになっちまうな」

 水分補給は大切だ。自分やニコラスといった体格が良く体力のある連中からしたらたいしたことは無くても、小柄で体力の無いエリアーヌには致命傷になりかねない。事実学校指定の水着に染みが出来るほどの汗が出ている。
 いつのまにかカンフーもどきの体術で格闘をおっぱじめていたニコラスとクラウディアの方を向くと、声をかけんと。

 「お二人さん、そろそろ休憩でもしようか」
 「休憩? オレはまだピンピン―――いやビンビン―――」

 ニコラスが、両手で格闘の構えをしたままオヤジとエリアーヌの方を向いた。
 瞬ッッ!
 その頭に、クラウディアの華麗な上段の前蹴りが突入して、後ろに卒倒させた。クラウディアは申し訳無さそうな顔をしながらも足を戻す。防御を怠った罰か。命中時に、こきゃっ、とか音がした。

 「ぐぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおォぉぉぉおおぉ!?」
 「あっ。ごっめ~ん! 当たっちゃった?」

 頭を押さえて絶叫するニコラス。防御も無しにモロに蹴りを喰らってしまったのだ、その苦痛は予想外のものであろう。気持ちの悪い動きで身をくねらせながら海の方に転がっていく。

 「待って~!」
 「うぉおおおおおおおおおおおおっ!」

 クラウディアが追撃をせんと駆け出す。ニコラス、転がる速度を体の輪郭が消えるほどに加速させ、海にまっしぐらに向かっていく。体に砂がついて大変なことになっているが気にした様子は無い。

 「あはは………速いですね」
 「蹴りが当たったとき首が向いてはならない方向に曲がったような……いやいいか。補給だ、水分補給」

 何がなにやら。海に向かって行った二人の後姿に小さく笑ったエリアーヌ。オヤジはニコラスの耐久性に感心して顎を撫でた。
 オヤジとエリアーヌは、クーラーボックスやパラソルと折りたたみ式の机がある場所にたどり着くと、水分摂取の為にスポーツドリンクの蓋を開けた。グレープフルーツ味のそれは、遊んだ後の所為か格段に甘く感じられた。
 二人はほっと息をつくと、各々見たい方向を見遣る。クーラーボックスの下に敷かれたシートに無意識に女の子座りのエリアーヌは、どことなく羨ましそうな色を含んだ視線をユトとメリッサの方に向ける。スポーツドリンクのボトルに口をつけてから蓋を閉めた。
 ユトとメリッサが居る場所はそう遠くないのに、何やら入りがたい独特の空気を作り上げている。初々しさの残るカップル独特の甘い空気。二人は並ぶように座って話しており、時々指輪を見せ合ったり、顔を見つめあったり。見てるこっちが恥ずかしい。
 オヤジはにやにやした眼でいちゃいちゃ組一瞥すると、飲み物を机に置いて、立ち上がった。白髪交じりの髪が塩気を帯びてべとついている。

 「エリアーヌ、海に行くぞ」
 「ぁ、はい。……そういえば、ジュリアさんとオルカさんはどこに行ったんでしょうか?」

 先ほどから姿の見えないジュリアとオルカ。二人の関係と事情をある程度把握して、更に『情報』も掴んでいるエリアーヌは、好奇心に眼を輝かせてオヤジに質問する。
 オヤジは、エリアーヌを立たせると、海へと歩き出した。非常にどうでも良いことだが胸毛が風に揺れている。本当にどうでもいい。
 エリアーヌの栗色の髪の毛が海風にふわりふわりと揺れている。こっちは見るに値する美しさである。どうでもよくない。学校指定の紺色水着(女性用)と、小柄で細い体型はその手の性癖の人間を釣れそうなほど。問題は男性ということか。
 髪の毛を掻き上げたオヤジは、塩気がありつつも爽やかな海風に目を細めると、太陽を仰ぎ見た。

 「……きっとヨロシクやってることだろうよ?」

 そう言って、ニコラスとクラウディアの水合戦に加勢せんと走り出した。
 その後ユトとメリッサも参加したという。



簡潔に言うと、よく分からないというのが答えだった。
彼女……ジュリアは、話に聞く『恋愛』なるものを経験しないで育ってきてしまった女性であった。
それもそうかもしれない。孤児院では仲間に馴染めない連中や、心に傷を負った連中がたくさん居た。恋愛に発展する以前に接触を拒む子も居たのだ。
その後のダイバーになるための訓練では、女性の師匠に教わって、潜水の世界にどっぷりハマりこんだ。その師匠が高飛車でレズビアンだったから困る。男性に触れる機会も無く、文字通り女に埋もれて生活してきた。
男臭いならぬ女臭い環境が全てであった彼女が、男性と恋愛をしたことが無いのは仕方があるまい。
ジュリアは、開けた口を閉じることを忘れて考え込む。岩の硬い感触が臀部に食い込んできたのを感じ、体をもぞもぞと動かして調整した。
オルカがごくりと唾を飲む。ジュリアの一挙手一投足に注目するように。

「……好きな人……好きな人……好きな、人。……好きな人ぉ? 居ないな、そんなの。正直好きって何かも良く分かってないのに、どうして好きな人が居るのやら」

蒼天を見上げて、喉を手で擦りながら、言葉の一つ一つを厳選して搾り出す。曖昧でありながらも今の彼女の心情を表現するには十分過ぎる内容の言葉がオルカの耳を叩く。
オルカの顔が微妙な変化を見せた。嬉しいような悲しいような表情だ。

「そ、そうですか。良かった」
「? 良かった?」
「なんでもありませんよ! こちらの話です!」
「ふぅーん。そうか」

焦りまくって顔を真っ赤にする男に、冷静な態度を崩さない女。『あわあわ』状態のオルカを見ているのが楽しいらしく、ジュリアは口元を持ち上げて笑って、比較的強めに相手の背中を叩いた。オルカが痛そうに咳き込んだ。
波音静か、空気は清浄かつ美味新鮮。
二人は入り江を見つめたまま押し黙った。時計を持ってきていないから感覚で時間を測るほかない。余りのんびりしていると日が暮れて帰れなくなる。ダイバーを生業とするジュリアは海の怖さと深さをオルカ以上に知っている。というか先ほども思い知らされた。

「行こう。夕方の海を泳ぐなんてぞっとする」
「そうですね。唯でさえ泳げないのに……」
「……うっさい、これから練習すればいいんだよ、泳ぎなんて」
「ダイバーなのに?」
「……違う、ダイバーだから………シリアスっぽくなるのは何でだろう?」

二人は立ち上がると、海水という道を走破せんと改めて準備運動をし始めた。




 その後の皆の行動はまるっきりバカンスにきた観光客のようであった。否、その後というより今の今までそうとしか思えない。
 遊んで、夕飯に砂浜でバーベキュー。
 オヤジとニコラスの怒涛の格闘は熾烈を極め、レフリーとして入ったはずのクラウディアが一人勝ち。最後に強制的に参加させられたオルカとユトだが、女性陣に圧倒されるばかり。女性は強し。
 焚き火と酒盛り。
 ニコラスが持ってきた花火は夏の夜闇に全弾撃ちつくされ、火薬の煙にエリアーヌが咳をする。
 ユトとメリッサを残して皆がジュリアとクラウディアのクルーザーで寝る。空気を読んだとカップル以外の人間は口を揃えて発言した。
 兎にも角にも、仕事をしにきたことを思い出せた人間は一人も居なくて。
 次の日に思い出せる―――のだろうか?


                【終】  (次回に続く)

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