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GEARS 第十七話

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ParaBellum

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統合歴329年12月25日

特に慌しいわけでも無ければ、暇というわけでも無く、偶に普通じゃ無い出来事に巻き込まれつつも
極々、普通の高校生として日々を過ごしていると、気付けば新年が訪れるまで残すところ一週間。
真冬の凍て付く空気も何のその。八坂の街は聖誕祭一色に包まれ、人々は華やぎ色めいていた。

実際のところ聖誕祭だのクリスマスだの言われても、宗教や信仰の概念が無い統合歴の時代において
この年間行事が一体、何を意味をしているのか、何がめでたいのかはよく分かっていない。
しかしながら、倭国人の原点である日本人も適当に理由を付けて楽しんでいたのだから問題は無い。
何千年の時を経たところで、日本人のノリが地球全土に広まった程度にしか変わっていないのだから。

そして、物語の中心、私立八坂高校では年間行事で学校主催の聖誕祭パーティが開かれている。

主催者である理事長、弥栄栄治曰く―

「ほら、学園物のドラマとかアニメだとありがちなんだけど、実際にやっている所って少ないじゃない?
だから、僕が学校の運営をやる時は必ず盛大な聖誕祭パーティを開こうって決めていたんだよね。
なーに、金ならウチのエース陣がスポンサー契約料を稼いできてくれるから…え?アイリスの修理費?
大丈夫だよ。足りないなら父親の脛でも齧るよ。二十年以上そうやって生きて来たんだし、馴れっこさ。」

―との事である。

八坂州の何処からか怨嗟の咆哮が聞こえてきそうなコメントだが、八坂高校の生徒と職員にとって
知った事では無く、皆、思い思いの格好で着飾り、級友と談笑しながらパーティの開始を待っている。

「霧坂、気合入ってるじゃん!流石の守屋も一発で落ちるだろ!?つーか、俺が落ちそ~!!」

西行を始めとする男子生徒の面々が霧坂の格好を見るなり、鼻息荒く狂喜乱舞する。
肩と背中が露出した黒いサテンのドレスに胸元と腰には色栄えのする赤いリボンが拵えられている。
そして、赤い薔薇の造詣が施されたヘッドドレスと、胸元のリボンが豊満な胸の谷間と合わせて
愛らしさと妖艶さの強烈なギャップを醸し出し、これ以上に無い程、霧坂の魅力を引き立てていた。

「な、何で、そこで守屋君が出て来るのよ?」

霧坂は西行の子供染みたからかいの声に対し、あからさまに動揺し、白磁の如く白い肌は朱に染まり
金糸の様に艶やかなか髪が豊かに育った胸と共に揺れ、男子生徒の心の声が一つになった。

『エロい』『眼福眼福』『守屋殺す』

思ったより、まとまっていなかった。

「またまた~!とぼけちゃって~!」

「私をプレゼント~!とか言ったりして~!!」

西行が霧坂をからかった事を皮切りに女子生徒も混じって、霧坂を囃し立てる。
そして、誰もが面白いネタ程度にしか考えていなかった為、霧坂の変化に気付けなかった。
朱に染まった霧坂の頬。だが、それは照れでは無く、怒りを纏った紅蓮の炎であるという事に。

「もー!違うってば、あんまり調子に乗って舐め腐った事ほざいているとギアで踏み殺すわよ?」

踏み殺すの部分だけ無駄に低く凛々しい声になり、皆一同に口を閉ざし、霧坂から眼を逸らした。
パーティ開催待ちの騒々しい校舎は1年3組の溜まり場だけ水を打ったような静けさに支配される。

「そう言えば、守屋君は?姿が見えないけど…まだ来ていないのかな?」

一人、少し離れた安全圏から眺めていた夕凪が静寂を切り裂いた。此の侭、放置していては
気の弱い生徒が泣き出しかねないし、今日は年に一度の聖誕祭。気まずいのはご免だと。

「今日はオーバーホールが終わったギアの調整作業があるからって朝に出ていったっきりだけど…
この場に居ないって事は、まだ格納庫かシミュレーターで作業しているのかな?」

「霧坂さんは行かなくても良かったの?」

「私は補欠だし、専属ギアがあるわけじゃないからね。そう言えば、州大会の決勝戦の対戦相手に
色々、アドバイス貰ったって言ってたし、パーティが始まるギリギリまで色々、試すつもりかもだね。」

守屋のバトルスタイルはギアの性能や性質、特性を無視した、身体能力任せに戦うというもので
達人の目から見ると非常に歪で付け込み易く、御し易い相手でしか無いのだが、決勝戦の対戦相手
月島静丸は守屋の優れた身体能力を、ただで捨て置くのは惜しいと色々、世話を焼いた経緯がある。

そして、守屋はそのアドバイスを元に、朝から機体の再調整に取り掛かっているのだが、思いの他
これが難航しており、MCI搭載機乗りの先駆者である小野寺に教えを請おうとしたが、どういうわけだか
オーバーホール直後でヴァイゼストの調整があるのにも関わらず、朝から姿が見えず連絡も取れない。
不幸な事に矢神とも連絡が付かず一人で四苦八苦し現在も時間を忘れて、調整作業に勤しんでいる。

「守屋も大変なんだなぁ」

分かったような分からないような、微妙な反応が返って来るが霧坂は特に気分を害するわけでも無く
多分、言っている事の意味の半分すら理解してないんだろうなと思いながら、微苦笑を浮かべた。
何事も舞台裏の事なんて部外者には、よく分からないが大変そう程度に過ぎないのだから仕方が無い。

不幸な出来事や、暴力、怪異とは一切無縁の平和な日常。霧坂は当たり前の様に幸福を享受していた。
だが、そんな彼女に何の前触れも無く、脈絡も無く、唐突に避けられぬ不幸が襲い掛かる。

そして、轟音と共に八坂高校の校庭と守屋一刀の物語に小さな亀裂が走った。

「また違法ギアかよ~!!」

腹の底にまで響く轟音に空を仰ぎ見ながら誰かが不満気な声をあげる。今年に入って既に二度の襲撃を受けている。
良くも悪くも違法ギアの存在に慣れてしまい、パーティの進行に滞りが出る事を懸念する程度にしか感じていない。
だが、空には満点の星々と大きな満月が聖誕祭を祝福するかの様に瞬くだけで、無粋な鋼は何処にも居ない。

轟音の出所は空では無く地下。何よりも、喧しいとは言えプラズマジェネレーターの駆動音とは似て異なる。

「地震…頭の上に何か堕ちて来たら大事だし、校舎から離れた方が良いかもね…」

霧坂は人形の様な表情で淡々と言葉を発し、校庭へと人間離れした速さで駆け出した。

「霧坂、待ってくれよー!」

クラスメイトが思わず制止を求めると、霧坂は何時も通りの笑顔で振り返り、何時も通りの声色で―

「ほら、こっちこっち!死にたくないから置いてくわよー!!結構、揺れるわね…ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

―轟音と共に裂けた地の底へ悲鳴と共に吸い込まれていった。

そして、尚も轟音と『非常に微弱』な地響きは校庭を切り裂き、地の底へと引きずり込む。
亀裂は奥深く、漆黒の闇に染まっており、中の様子が全く見えず、霧坂の安否も分からない。

「霧坂さん!?」

「お、おい…嘘だろ…?」

「ど、どうすりゃ良いんだ…?」

ついさっきまで笑っていた霧坂が地の底に消え、生徒達は真っ暗闇の地の底を目の当たりにして混乱に陥った。

「も、守屋だ!夕凪!!と、兎に角、守屋を呼びに行くぞ!!」

「わ、分かった!!」

二人は何か行動を起こして、必死に平静さを取り戻そうとギアスタジアムへと必死の形相で駆け出した。

一方、守屋は格納庫の中で霧坂が危機に陥っているとも知らず、調整作業の最終段階に入っていた。
八坂州最強の一角を担う、月島静丸のアドバイスを元に機体の重心、反応速度、出力バランスetc
其々のパラメーターを入力してはシミュレーターでテスト起動を行い、その様子を録画して
自分のイメージと実際の動きの誤差を見つけては修正しての繰り返し作業。

妥協を一切許さない地道な作業の甲斐もあってか、守屋はアイリス・ジョーカーの力を完全に引き出し
アイリス・ジョーカーもまた守屋の身体能力を比較的、完全に近い形で反映する事が出来るようになり
文字通り、人機一体となり鋼の巨人、アイリス・ジョーカーは守屋の第二の身体として生まれ変わった。

「そろそろ行かないと霧坂が五月蝿そうだな。皆、めかし込むって言ってたけど…制服でも良いよな?」

守屋は調整作業の結果に満足気な表情で席を立ち、せめてタキシードに着替えるべきかと考えるが
家に戻るのも面倒臭いと結論付け、普段の一割増でスカーフの形を綺麗に整え、ブレザーを羽織った。

「守屋っ!!守屋っ!!守屋~~ッ!!霧坂が…霧坂が!!」

「五月蝿いな…また馬鹿な事言って霧坂でも怒らせたのか?」

「そうじゃなくて、本当に大変なんだよ!!」

「夕凪まで…何があったんだ?」

西行は格納庫に転がり込むなり、息を切らせながら守屋の名を連呼し、守屋は心底、鬱陶しそうな顔をするが
続けてやってきた夕凪の叫び声と、今にも泣き出しそうな、二人のただならぬ様子に守屋は表情を一変させた。

「さっきの地震で地面が抜けて…その中に霧坂さんが落ちたんだ!!」

「…地震?お前等、レスキューギアの手配は?まだなら今すぐ呼べ。」

守屋は地震という単語を聞いて、表情を訝しませるが二人の言動から霧坂が危機に陥った事を悟り
特に慌てた様子も無く、淡々と二人に指示を出してモバイルシステムを起動し病院に事情を説明し
アイリス・ジョーカーのコクピットハッチを開き、中に乗り込み始めた。

「守屋!?」

「八坂病院に搬送依頼。父さんの名前出したから最優先で来てくれる筈だ。」

「いや、そうじゃなくて…」

「レスキューギアの手伝いに行ってくる。二人とも危ないから離れていろ。」

余りにも淡々とした口調と平坦な態度に二人は眉を顰めるが、次の瞬間、考えを改める事になる。
守屋はアイリス・ジョーカーを起動するなり、天井を突き破って5月の襲撃事件に活躍したカタパルトに飛び乗り
自身を校庭に向けて撃ち飛ばし、放物線を描きながら空を駆け抜ける。

「馬鹿女がッ!厄介事を引き起こして、俺に押し付けるのがお前の役目だろうがッ!!
よりによって、何でテメェが厄介な目にあってやがるッ!!ふざけてんじゃねぇぞッ!!」

守屋は周囲の景色が目にも止まらぬスピードで通り過ぎていく様にも目もくれず大声で叫び出した。

―俺が傍に居れば、こんな事には

―自惚れるな

―こんなのは嘘だ

思考など全くまとまっていない。今はただ霧坂を救い出す事だけを考えていれば良い。
だが、霧坂の身に…そう考えると恐怖や自責などが守屋の頭の中で高速でループし続ける。
表面だけでもと二人の前で平静さを取り繕っていたが、一人になるなり恐慌状態に陥っていた。

「西行達が言っていたのは……ッ!?地面が抜けたって、抜けすぎだろうがッ!!」

聖誕祭パーティの演出としてライトアップされていた校庭は守屋の予想を遙に越える惨状と成り果てており
大きく裂け、ぽっかりと大きな口を開いた地面は夜の闇よりも黒く、深く、奈落への底の入り口のようにも見え
守屋の脳裏に霧坂の一番見たくない姿がフラッシュの様に浮かび上がり、恐怖に慄き身震いする。

(駄目だ。霧坂が助けを求めているかも知れないってのに、俺が怖がってなんていられない…)

守屋は被りを振って、裂けた大地の中に飛び込み、バックラーブレードを展開し壁に刃を突き刺し
落下速度を落としながら、アイカメラの光量とセンサーの集音機能の出力を最大値まで引き上げ
壁を切り裂きながら高度を落として行き、やがて、アイリス・ジョーカーは深淵の闇に飲み込まれた。

守屋はアイリス・ジョーカーの双眸から放たれる光を頼りに周囲の把握に努めるが
切り立った壁が眼に映るだけで未だに底は見えず、地下に向かって落下を続けるだけだ。

霧坂は何事も無かったかのように無邪気な笑顔で守屋の救出を待っていた。
いいや、霧坂は何も感じなくなり静謐を湛えて守屋の到着を待たずして朽ち果てていた。
思考の中にある霧坂の笑顔が明滅し、無残な亡骸に切り替わり、守屋の心臓が跳ね上がる。

―霧坂の笑顔を失いたくない。

守屋は左隣に視線を動かすが誰も居ない。ギアのコクピットの中なのだから当然だ。
だが、霧坂は守屋の意思や感情に関係無く、どんな時でも守屋の隣に居たのだ。それが守屋の日常だ。
勝手に隣に居着いて、人の心を乱しておきながら、勝手に消え失せるなどと許して堪るものかと。

「霧坂ッ!!何処だッ!?返事をしろッ!!死んでたら怒るぞッ!!返事しろッ!!」

守屋は悲鳴混じりの怒声を張り上げる。地面の陥没は守屋の予想以上に深く
笑って済まされる怪我どころか、良くて重度の後遺症が残る程の大怪我をしているか

―臓腑を吐き出し、肉片と眼球を周囲に飛び散らせて既に死んでいる。

守屋にとって都合の良い妄想を頭の中に思い浮かべ、時には怒りで恐怖を打ち消し、冷静さを装うが
切り裂かれ陥没した校庭の深度は守屋の予想を遙に越え、人の身よりも頑強なギアですら危険が及ぶ。
状況を察するまでも無く、霧坂の生存は絶望的。守屋にそんな現実を受け入れる事が出来る筈も無く
折れそうになる心を無理矢理、奮い立たせ守屋は必死の形相で霧坂に只管呼びかけ続ける。

無限に続くかと思われた自由落下も遂に終点。アイリス・ジョーカーのアイカメラが地底に広がる大地を照らす。
守屋は足元に何も無い事を確認して、壁を蹴ってバックラーブレードを引き抜き、地面に飛び降りる。
着地と同時に泥飛沫がアイリス・ジョーカーの白い装甲を汚し、柔らかい地面に死人の様な表情の守屋に生気が戻った。

「泥…霧坂…居るんだろ…返事しろよ!声を聞かせてくれよ!頼むから!!」

地面が柔らかい泥で出来ているとしても、奇跡でも起きない限り、この高さから落ちて無事で済む筈が無い。
済む筈が無いのだと思考の片隅で守屋に警鐘を鳴らすが、守屋にはこの泥しか縋りつける物が無い。
このまま現実を受け入れるのは狂ってしまいそう…いや、既に狂い出しているのかも知れない。
現に守屋は母親とはぐれて、泣いている子供の様に霧坂の名を狂った様に呼び続ける。

「頼むよ…霧坂ぁ…!!返事をしてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」

滂沱と溢れ出る涙で守屋の表情は無残に歪み、嗚咽混じりの雄叫びが地底に木霊する。
そして、守屋とアイリス・ジョーカーは膝から崩れ落ち地面に突っ伏した。これ以上、自分を誤魔化すのは無理だ。
霧坂の遺体を見たわけじゃないが、高層ビルから飛び降りるのと何ら大差は無いのだ。都合良く奇跡など起きない。

―生きている筈が無い。

「霧坂ぁ…霧坂ぁ…霧坂ぁあああああああッ!!!」

一度、流してしまったせいか堰を切ったかのように涙が流れ、守屋は霧坂の名を連呼しながら嗚咽を漏らす。

―こんな現実は嘘だ。ある筈が無い。今も霧坂は俺の助けを待っている。

だが、自らを奮い立たせようとしても駄目だ。生存不可能だ。霧坂の遺体を探しているに過ぎない。

「守屋…君…?」

霧坂が息絶えながら、守屋を呼びかける事など絶対に有り得ないのだ。

「霧坂ッ!?何処だッ!?何処に居るッ!!」

守屋は霧坂が生きているなど絶対に有り得ない事だと思っていた。
だが、アイリス・ジョーカーのセンサーが霧坂の今にも途切れそうな声を幻聴でも無く、確かに拾い上げた。
守屋はセンサーを頼りにアイカメラで忙しなく地面を照らすと泥まみれで横たわる霧坂を発見する事が出来た。

「霧坂ッ!?」

我に返った守屋は慌てて愛機を霧坂の元へと移動させ、その身を屈ませ飛び降り、霧坂を抱き上げた。
五体満足で意識もしっかりしている。暗がりのせいで霧坂がどんな傷を負っているか確認は出来ないが
意識があるのならば、今すぐ病院に運べば大事になる事は無いと考え、守屋は安堵の表情を浮かべる。

「もう…何て顔してるの?窮地に陥った…お姫様を救いに来た…ヒーローの顔じゃない…よ?」

霧坂は守屋のグチャグチャになった顔を見て、痛みを堪えながら普段通りの調子で笑うが
今すぐにでも消えて無くなってしまいそうな気がして、却って守屋の不安を煽る事になった。

「大丈夫だよ…痛いってだけで…死んでない…痛っ…」

霧坂は守屋の雰囲気を察して、気丈に振る舞い、身体を起こそうとするが苦悶に満ちた表情を浮かべ
守屋の腕の中で崩れ落ちる。霧坂の身体の何処からか血液がジクジクと流れ出し、生温い感触が
両腕を伝い汚していく、霧坂の命が流れ出ていくような恐怖を感じ、守屋は霧坂を強く抱き締めた。

「痛い痛い!マジで痛いって…抱き締めてくれるのは嬉しいけど…ホントに痛いんだってば…」

「わ、悪いッ!!」

霧坂の非難の声に守屋は我に返り、霧坂を抱き締める腕の力を緩め、口元をきつく閉じた。
今は恐怖も不安も戸惑いも、何もかも後回しだ。既に目的は果たし、此処には用が無い。

「驚いたよ…いきなり地面が抜けるし…君は…私がピンチになったら…必ず来てくれるね…」

「人を好き勝手に振り回しておいて、勝手に死ぬな。モーションリンク脚部限定。腕部固定。」

守屋は霧坂を抱きかかえたまま、アイリス・ジョーカーに乗り込み、元来た道へと引き返す。
ゆっくりと、しかし、足取りは力強く、泣き腫らした顔も今ではすっかり普段の顔付きに戻っており
霧坂は守屋の首に腕を回した。自身の血で守屋の顔を汚している事は最早、気にしない事にした。

(矢張り…地震じゃない…)

霧坂を救出した事で守屋の頭が動き出し、頭の片隅に追いやっていた西行達の言葉を思い出す。
地面が抜け落ちる程の大地震だったにも関わらず、守屋は地震の発生を感知する事が出来なかった。
そもそも、地震など起こっていないのだから。そして、何処まで続くとも知れない横穴やギアでも
自由自在に動ける程の巨大な空間は何者かの手によって作り出されたとしか言い様が無い。

「霧坂、痛むかも知れないが…しっかり捕まっていろ。少し、無理をするからな。」

「ぎゅ~~…って、元気な時に出来れば良かったのに…」

霧坂は些か、落胆した表情で守屋の首に回した腕に少しだけ力を込める。これが精一杯なのだろう。
守屋は霧坂の言葉を無視して、周囲の気配を探り取る。用は済んだが、もう一波乱退けねばならない。
アイリス・ジョーカーよりも一回り大きな鋼を纏った鉄巨人が暗闇から姿を現し、守屋の行く手を阻む。

(何なんだ、コレは……獣の殺気……?)

人の形をした鋼から、飢えて正気を失った猛獣の様な殺気を気取った守屋の脳が反射的に警鐘を鳴らす。
アームドギア以前の主力兵器ごと兵器の記憶を呼び起こすが守屋の記憶の中に該当機種は存在しない。


「見ての通り、取り込み中だ。今すぐ失せろ。」

守屋の言葉が通じていないのか、そもそも聞く気が無いのかは定かではないが異形は咆哮で応え
錆びた間接を軋ませ、地を蹴り、天井を蹴り、壁を蹴り、縦横無尽にアイリスの周囲を飛び回り翻弄する。
古錆びた鋼を身に纏った異形の動きは、まさに険しい自然を自由自在に飛び交う獣の動きその物。

(凄まじい運動性能だが…)

「霧坂、阿呆みたく動かすから、少しだけ我慢してくれ。」

「うん…大丈夫…あんまり…痛くしないでね…」

霧坂は守屋の首に回した腕に力を込め、守屋も霧坂を抱きかかえる腕に力を込め、無言で肯く。
相変わらず、殺気は守屋を突き刺したままだ。―何故、守屋は飢えた獣の様な殺気だと思ったのか?

―簡単な事だ。

「新型か旧型かは知らんが、狂った獣の始末は慣れている。5秒で片付ける。」

異形は天井を蹴り、アイリス・ジョーカーの周囲を跳弾の様に目にも止まらぬ素早い動きで死角を突く。
背後の頭上から二つの鋼拳が迫っているのにも関わらず、守屋はその身を微動だにさせないでいる。
未知の異形の動きを捉える事が出来ないからか?それとも、霧坂という異物の存在が動きを鈍らせているのか?

否―

守屋は左足を軸に機体を独楽の様に旋回させ、異形の鋼拳が眼前に迫り来るのも意に介さず
異形の首筋に目掛けて、右足を大鎌の様に振るい壁に縫い止め、力を失った異形の拳がだらりと垂れ下がる。

どれ程、俊敏だろうが有効な攻撃に繋げられる動作は極僅か、それらの情報の取捨選択さえ間違わなければ
態々、眼に頼らずとも向けられる殺気とタイミングを見計らえば、この程度の芸当など造作も無い。
どちらにせよ、満天の星空の光すら届かぬ、地下の世界において視覚など大して役に立ちやしない。

異形が悔しげな咆哮を轟かせ、戒めを解こうとするが守屋が追撃に移る方が圧倒的に早い。
軸足にしていた左足一本で地を跳ね、後方に宙返りをしながら異形の顎を蹴り上げ、右足一本で着地。
更に前方に宙返りをすると同時に異形に踵を叩き落とし、頭部を粉々に打ち砕く。

「フルドライブ…1-Second」

アイリス・ジョーカーのプラズマジェネレーターが異形以上に異様な咆哮を放ち、我が身を焦がす程の力を漲らせ
叩き落した左足を地に着け、再び、軸足にして勢い良く突き出された巨槍の様な胴回し蹴りで、異形の腹部を貫く。
そして、守屋とアイリス・ジョーカーに腹を蹴り破られた異形は洞窟の壁に叩き付けられ、動作を停止した。

「4.7秒…予定通りだ。待たせたな…霧坂、脱出するぞ。」

「これは…元気な時でも…二度とゴメンだね…」

「悪いな。これ以上、早く片付ける事が出来そうになかったんだ。喋っていると舌噛むぞ。」

下半身のバネを使って大きく跳躍し、壁を蹴り飛ばし、壁から壁へと飛び移りながら上へ、上へと
10m、20m、30m、40m…そして、地表に飛び出し、群がる野次馬の頭上を舞い、校舎の前に着地させる。

「ねぇ…もしもさ…無事に戻ってこれたら…」

「もしも…なんて、言葉は聞きたくない。絶対に戻って来い。」

不吉な事を思わせる霧坂の言葉に守屋は声を荒げて、目線を逸らすが霧坂は守屋の顔を両手で挟み
互いの目線を合わせる。二人の顔の距離は数cm、僅かにでも顔を近付けると唇が触れる距離。

「無事に戻ってこれたら……人間絶叫マシーンって…呼んでも良い?」

「……モーションリンクカット、ハッチオープン。」

機嫌を損ねた守屋は霧坂の言葉を無視して、アイリス・ジョーカーのコクピットから外に滑り降りる。
今の雰囲気は一体、何だったんだと言いたくなる言動に守屋は憤るが、霧坂の言い分も尤もな事だ。
確かに妨害者を秒殺し、とんでも無い離れ業をやってのけ、無事に地上へと帰還する事が出来たのは感謝すべき事だ。

だが、瀕死の重傷を負っているのもお構いなしに何度も天地が逆さまになり、重力を無視した様な動きをされては
流石の霧坂だって苦言の一つや二つも言いたくなる。ただ悲鳴をあげる余裕も、体力も残っていなかっただけだ。

「あはは…だけど…また助けられちゃった…ね。」

「笑い事かよ…って、お前…ッ!?何なんだよ!?」

何はともあれ、無事に戻ってこれた事もあり、霧坂の表情が和らぎ笑顔を見せる。
そんな霧坂の声を聞いて、守屋も安堵の表情を浮かべ、抱きかかえた霧坂の姿を改めて見下ろすと
ライトに照らされた事で霧坂の全身を苛む数多の傷が守屋の目にはっきりと映り込んだ。

「ゾンビみたいでしょ…だから…痛いって言ったんだよ…」

「守屋!霧坂は!?」

「救助隊の人を呼んでくれ!担架もだ!」

「分かった!!」

守屋達が慌しく動き回るのを尻目に霧坂はあくまで普段通り、マイペースな態度を崩さず
守屋の腕の中で何か一言残した方が良かったかなと思いながら、安らかな表情で瞳を閉じた。

霧坂が病院に搬送されてから一時間後、守屋は自宅に戻り、父親の剣と半年振りの再会を果たしていた。
勿論、親子の会話をする為では無い。防人一族の一派、護国剣将守屋としての面会のようなものだ。
地底で遭遇した謎の兵器と人為的に作られた洞窟の存在はあまりにも異質で、自分の手に負えないと判断したからだ。

「今から一時間前に八坂高校の校庭の地下洞で交戦した機体だ。アームドギアでもスケイプゴートでも無い。
ましてや有人機でも無いが、無人機でも無い。コイツから放たれた殺気が今でも体にこべりついている。」

剣は我が子の説明に耳を傾けながら、先程の戦闘データに瞬き一つせずに直視している。

「現場の証言では地震の影響による地盤沈下が起きた…との事だが…」

「…地震だと?」

剣は地震という単語を聞いて、先程の一刀と同様、不審げな表情を浮かべた。
何故なら、地盤沈下が起きるような地震は地球上で観測されてはいないからだ。

「コイツが暴れていたのか、暴れさせられていたのか、まだ俺が見ていない何かが存在していたか…」

「この機体を見たのはお前一人か?」

「いいや。俺も『知り合い』も何も見ていないし、何も知らない。俺のギアは何も記憶していない。」

剣は一刀から戦闘データを受け取り、聞くべき事は全て聞いたと言わんばかりに踵を返した。
だが、一刀は無言を肯定と受け止め、不満に思う事も無ければ、追求しようとさえしなかった。

「お前が此方側の世界に属すれば…嫌でも全てを知る事になる。」

一刀が何を言わんとしているのか何を知りたがっているのか、剣は何と無くではあるが気付いていた。
我が子ならば、放っておいてもそういった疑問に直面する事であろうことを予測するのは容易い事だ。
一刀が、そうなるように育て、鍛え上げたのは、他ならぬ守屋剣自身なのだから。

そして、剣は自らの役目を果たす為に八坂高校へと赴き、役目を終えた一刀は八坂病院へと向かった。
父親の態度に不満があったわけでは無い。自分のやるべき役目は既に終え、後は専門家の仕事だ。
現に父、守屋剣が去って5分後、八坂高校の校庭は警察から地球統合政府中央議会の管理下に置かれた。
地球の最高権力機関が動いたという事は矢張り、守屋一刀の手に余る事態が起きているという事なのだろう。

地球は五十の州によって一つの国として成立している。だが、全ての大地を人間が支配しているわけでは無い。
手付かずのまま自然が残っている地域も少なからず、存在している。だが、その他にも風変わりな地域がある。
それは人間も動物も植物さえ存在しない文字通り何も無い地域があり、其処には守屋が地底で遭遇した
異形のマシンともバケモノとも付かない何かが巣食っており、一般的には秘匿の存在とされている。

アームドギアを始めとする兵器の数々は抑止力では無く、それら異形を駆逐する必要最小限の戦力として
地球統合政府が用意した物であって、治安維持などという名目など、ついで以外の何物でも無い。

実際、異形から奪い取っても何の価値も無く、此方から近付かない限りは害も無い。
ただ極一部の地域とは言え、人外の者が地球を支配しているという事実が酷く気に食わないだけだ。
害の有無では無く、この星は人間の世界であって、それ以外のモノの支配を許すわけにはいかないのだ。

それ以上に今回の件は今までと事情が大きく違っている。異形が八坂州の地下に存在している事。
一刀が排除した異形は今まで多くの異形を駆逐して来た剣ですら見た事の無い存在だった事。

そこで剣は異形の専門家とも言える人物、翁こと君嶋悠に意見を求めると、珍しく彼自身が動き出した。
珍しいどころか、彼の40年以上の人生の中で君嶋悠が戦闘行動に移るのを見るのは初めての事だ。
実力の程は守屋剣の父、斧鷹(フヨウ)曰く、悪ふざけを体言したかのような存在であるとの事である。

だが、君嶋悠が自ら動き出した思惑を守屋剣達が知る事は無い。何故か?

「本当に一人で行かれるおつもりですか?」

「この世界の事はこの世界の人間で始末を付けるのが道理だがな、偶には身体を動かしたくてのう。
ただの我儘じゃて。暫くの間、人払いを頼む。加減が効かずに巻き込んでは大事だからの。」

まるで散歩にでも行くような軽い口振りで呵々と笑って、地底へと軽い足取りで飛び降りる。
そして、重力に従い、自由落下しながら君嶋は微苦笑を浮かべた。

「220年前にワシが殺し損なった敵の残党かも知れぬ…などと口が裂けても言えんからのう。」

君嶋悠の思惑。単純なストレス解消というのも間違いでは無いが、一番の理由。

―それは自らが過去に犯した失態の尻拭いでしか無い。

君嶋は50m以上の高さから飛び降りた事など無かったかの様な軽い足取りで着地し、真っ暗な洞窟を眺め回す。
霧坂が安全な校舎から離れ、一人で校庭へと避難すると同時に地盤沈下が発生し、落下した先に過去の君嶋が
討ち洩らした敵が存在しており、すぐさま駆けつけた守屋一刀の手によって排除されたというのも腑に落ちない。

「例の玩具では討滅する事は不可能―守屋の子倅にとってあまりにも都合が良すぎる。そうは思わぬか?」

君嶋が首を動かした方向へと影が伸び、中から異形が這い出て来る。それも一体や二体では無く
地下洞窟を埋め尽くすように数十の異形が、その数を増やし、君嶋は口の端を釣り上げた。

「一匹見たら何とやら…久方ぶりに見るが、相変わらずゴキブリの様な連中よの。」

だが、残り滓と呼ばれた鋼の異形達は問い掛けを無視して、ただ黙々と君嶋を取り囲む。

「ダンマリか…200年以上も地の底に隠れて人語を解せなくなる程、呆けおったか?」

何を言っても異形は何の反応も見せず、君嶋がやれやれと肩を竦めると一体の異形が君嶋に殴りかかるが
一機と一人の間に白い閃光が走り、岩石の様な拳を片腕で受け止め、嘲りの表情を浮かべる君嶋を仄かに照らした。

「人語どころか、誰が貴様等を滅ぼしたかさえも忘れたようじゃな?」

その一言を皮切りに異形の群れが君嶋に殺到する。

「阿呆共が…忘れたのならば白痴の如き、貴様等の本能に呼び覚ましてくれるわ…滅びの恐怖をなァッ!!」

君嶋の荒々しい叫び声が洞窟内に響き渡り、その身を中心に気流が猛り狂ったかの様に巻き上がり
飲み込まれた異形の群れが次々と壁に叩き付けられ、鋼の肉体を破裂させ、体液を撒き散らしながら塵と化す。
だが、数が減るどころか延々と増え続け、異形の群れは臆する事無く、音も無く君嶋に攻撃を浴びせようとする。

「まだ簡単に壊れてくれるなよ?『俺』が動くのは久々なんでなァ!」

君嶋の赤い毛が、燃え盛る焔の様に艶やかな紅に変色し、頬や目尻の皺が消え若々しい青年の顔付きになる。
だが、君嶋の変異を気にした風でも無く異形は萎縮する事無く、君嶋の元へと殺到し、君嶋を殴り、或いは蹴る。

「ハッ…穴倉生活が長すぎて言葉や俺の事を忘れるどころか、本来の戦い方さえ忘れたのかよ?
200年そこいらで随分とボケたじゃねぇか!通りで平和な世界の学徒にすら秒殺される筈だな!」

10mを越す異形に殴られようが、蹴られようが君嶋は何の痛痒も感じない。それ以前に衣服の乱れすら無い。

「言葉、恐怖、エーテル能力の使い方も忘れた白痴どもがッ!覚醒者の力を思い出して死にやがれ!!」

君嶋は悪意、敵意、殺意、嫌悪の全てを言葉に乗せ、只管、真っ直ぐに異形の群れに叩き付ける。
だが、異形の群れに君嶋の言葉は未だ届かず、君嶋はその表情を嫌悪に歪ませながら、印を結ぶ。

漆黒の闇よりも深く暗い洞窟に、奈落の闇よりも深い君嶋の影が洞窟を侵食し、侵略し、掌握する。
そして、一切の光が届かぬ闇の世界に只管に黒く、歪に折れ曲がり、翼が闇から地面へと這い上がった。
誰からも必要とされる事は無いであろう巨大で醜悪な翼は伸びでもするかのように、その身を広げた。

醜悪な翼の無造作な屈伸に巻き込まれた異形の群れが次々に、その身を粉砕され霧散する。
その上、舞い散った無数の羽が異形の頭上に降り注ぎ、串刺しにして切裂き、細切れに解体する。
醜悪な翼に脅威を感じ取った異形の群れは、翼に飛びつき闇の底に叩き落そうと拳を振るうが
翼に飛びついた瞬間、大蛇の様な羽毛に絞め潰され、噛み砕かれ、吐き捨てられる。

化け物が化け物を一方的に踏み躙る様はまさに地獄絵図の具現であった。
だが、異形にとっての一番の不幸は醜悪な翼が未だに戦闘行動に移っていないという事だろう。
醜悪な翼は、ただ姿を現しただけに過ぎず、近くに居た異形が勝手に朽ちていったに過ぎない。

<我は人界の守護者…人間だけの為に生き、人間だけを護り、人間の手によって滅せられる存在也>

君嶋の言霊を聞き受け、黒い翼は、自らの間接が砕け散り、肉片が飛び散るのもお構い無しに君嶋の身体を包み込む。
そして、君嶋の瞳孔が縦に裂け、灰色の瞳は紅に染まり、異形の存在すら溶かし込む黒い世界を焔の双眸が切裂く。

「往くぞ…我が力の片割れ。我々には老いる事も、錆付く事も、死ぬ事も、朽ちる事も許されていない。」

醜悪な翼が中から膨張する光に切裂かれ―

「限定解除―魔王―」

瞬時に地下洞全体に肉眼でも視認可能な程の高密度の結界と言う名の処刑場が構築され
絶対者の手より、人間の領域に踏み込んだ愚者に対し、審判と言う名の一方的な殺戮が下された。

「随分と早いお戻りですな。」

君嶋が再び、中年男性の姿に戻り非常に満ち足りた表情で地上へと舞い戻るなり守屋剣が彼を出迎える。

「軽作業程度で無為に時間を割くわけにはいかぬからのう…じゃが、態々、出向いた甲斐はあったのう。」

―そう言って君嶋は楽しそうに哂った。

何故、220年前に滅ぼした敵が今になって、力を失ってでも君嶋の前に姿を現したのか?
いや、異形にとって守屋との接触は完全に想定外の事故でしか無く、本来の目的は既に果たしている。
君嶋悠に先んじて、ある人物と接触しあわよくば――君嶋に遭遇した時点で既に異形の目論見は絶たれたも同然。

そして、この瞬間、この世界に住む誰かとこの世界の外に居る誰かの運命が平坦とは程遠い方向へと歩み出した。


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