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GEARS外伝 Berserker第十章 前

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ParaBellum

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突如として現れた何かが、硝子細工のような天井を突き破り、騒々しい破砕音を立てた。
そして、その破砕音と天井の残骸が降り注ぐ激しい騒音をかき消す程の耳をつんざく奇声が鳴り響く。

巨大な体躯とは裏腹に狼の様な魔獣は壁や床を蹴りながら、目にも止まらぬ高速移動で広間を縦横無尽に飛び回る。
絶え間なく降り注ぐ広間の残骸と、巻き上がる埃が魔獣の姿を隠すが、元々、目で追える相手では無く、視覚の阻害などあっても無くても変わらない。
そして、壁から壁へと飛びまわる度に素早く、天井から床へと駆けまわる度に力強く、広間の建材は爆発したかのように破壊され、竜巻に巻き込まれたかのように吹飛ばされる。

だが――

≪獣の相手は楽で良いですね≫

凄まじい運動能力に絶大な魔力を持っていたとしても、真正面から直接叩きに来るという点ではよく見かける魔獣と大差無い。
ゲルヴィナードが右腕で印を結ぶと広間の中に漂う空気が変わり、分散していた殺気が一点に絞り込まれる。

≪フラン……≫

ゲルヴィナードの足元に灼熱で描かれた魔方陣が浮かび、瞬時に幾重にも重ねられた炎の櫓が魔獣の体当たりを受け止めた。
殺気が絞り込まれたら、相手が攻撃に転じるタイミングと、空気の流れを読めば良いだけなのだから容易いものだ。

≪ベロウズ!!≫

ゲルヴィナードが右腕を翻すと炎の櫓に破片が走り、奴の突進以上の衝撃力を持つ裂波となって魔獣を弾き飛ばす。
床の上を滑る様に弾き飛ばされた魔獣が、太い尾で床を叩いて宙を舞い、再び、四本の足で床を踏み締める。
だが、所詮は力任せの獣でしか無い。膂力と魔力は大したものだが――

「遅過ぎる」

既にゲルヴィナードは揺らめく炎のような大剣を逆手に魔獣に肉迫している。
虚を突かれた魔獣は口から剥き出しになった牙を切り落とされるも、爬虫類の様な鋭い目を輝かせ、怒号と共に鋭い爪を振り落とす。

≪主に頭の回転が遅いですね≫

魔獣が振り落とした爪の向かった先は炎の櫓――フランベロウズ。
相手の魔力に波長を合わせ、術式の指向性に干渉するという性質を持つ魔術兵装。
波長を寸分違わず合わせねばならず、少しばかり面倒な発動条件があるものの、この手の相手とは相性抜群の反射能力だ。
そして、自分自身の爪撃の衝撃で、その動きを完全に停止した隙を嘉穂が見逃すはずも無い。

≪ヴェノム――≫

静止した魔獣の鼻面に爆炎が炸裂し、鼻腔から黒い鮮血を噴出しながら、その顔を仰け反らせる。
その顔が再び、ゲルヴィナードに向けられる事も無ければ咆哮を上げる事も無い。

ゲルヴィナードは錐揉みしながら地を舞い、床を切り裂きながら大剣を掬い上げるように振り抜き、魔獣の頭部を木端微塵に吹飛ばした。
斬撃の勢いに煽られた首無しの魔獣は切り口から黒い鮮血を振り撒きながら宙を舞い、投げ捨てられた塵のように広間の隅へと転がった。

「妙だな……あまりにも弱過ぎる」

つい先程まで奴から放たれていた膨大な魔力と、総毛立つ程の殺気は突如として広間の中に身を潜めた。
まるでたった今倒した魔獣が殺気と魔力の中継地点とでも言わんばかりの不審な気の流れに訝しんでいる暇も無く、再び、殺気の流れが濃くなる。

広間の壁の中に敷き詰めてあった管が、先程の魔獣に砕かれ深緑の液体を床に撒き散らしていた。
そして、粘膜質の液体に押し潰された中身がゆらりと立ち上がる。

魔獣――
魔族によって産み出された、体内に魔力を内包する巨大生物。
交配によって個体数を増やし、群れを作り、それぞれに適した環境へと移り住み、独自の社会を形成する。
中にはハイドラの様に国一つに匹敵する強力な個体もいれば、俺達が今までナグルファルと思っていた巨大な箱舟も存在する。

だが、それは余りにも不自然な話だった。
魔力の形成。それは高い集中力、高度な想像力、より具体的な空想力、妄信的なまでの妄想力。あらゆる想念を現実世界に具現化するという事である。

だが、魔族自体が内包する魔力は極僅か、形成する社会はあまりにも稚拙。寧ろ、リザードの方が余程、高度な知能を持っていると言っても良い。
つまり、魔族の魔力と知能では、魔獣などという途轍もない脅威を産み出すことなど不可能ということだ。
自己意識を持つ生命、魂の構築。それは創世の主たる存在の所業にも匹敵するほどの業で、魔術を極めた者ですらカラスや、猫といった下等な生物を産み出すのが精一杯なのだ。
だと言うのにも関わらず、自己の判断で繁殖し、社会を構築する生命体の構築。皆、その所業を魔族の手によるものと信じて疑わない。魔族が魔獣を産み出す様を見た者がいるわけでも無いのにだ。

「そうだとしても、魔獣は魔族の命には忠実に動く。これが、そのカラクリの正体というわけか……」

深緑の溶液の中から出てきたのは長く突き出た鋭い鼻と耳、耳元まで長く裂けた口、長細く吊り上った双眸に長細い手足と尻尾、丸く膨れ上がった下腹部、灰褐色の皮膚を持つ亜人……魔族だった。

――GHAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!

割れた管の中から這い出てきた魔族達が癇に障る濁声の大合唱を始め、その肉体を変質させていく。
リザード、ミノタウロス、ハイドラ、ケルベロス、オーク、ワイバーン、ゴーゴン、ウェルス、ガルーダ、サーペント、コカトリス、バジリスク、多種多様の魔獣が次から次へとその巨体を顕にした。

≪成る程。魔族が魔獣を産み出すのでは無く、魔族を素体に魔獣を産み出していたか……低脳共が魂の生成を行っている事に比べれば、幾分か現実的だな≫

アディンは興味深そうに呟きながら、半歩程、立ち位置をずらして跳躍し、振り落とされるミノタウロスの戦斧を紙一重ですれ違いながら避ける。

≪だが、誰が何のためにという新たな疑問も浮上する……ケイオスファング!≫

斧を振り落としたままの姿勢で、その巨躯を硬直させているミノタウロスの上半身がシェイサイドの右腕に握り潰され、牛頭の口から苦悶の鳴き声と共に黒い鮮血が絞られた果実の蜜の様に溢れ出る。
仲間の悲鳴に業を煮やした魔獣の群れがシェイサイドを飲み込もうと一斉に取り囲むが、ミノタウロスを握り潰したシェイサイドの巨爪が粉々に砕け散り、その破片は黒針となって魔獣の群れに突き刺さる。

≪……ファントムヴォルド≫

そして、魔獣の群れは破裂した水風船の如く、黒い鮮血をシェイサイドに浴びせて、次々に床へと崩れ落ちた。

≪魔獣の血液滴らせて気取っている場合じゃないですよ? 上位の魔獣は全然、倒せてないじゃないですか……!≫

嘉穂が警告を発し終わらない内に漆黒の血風を潜り抜けながら、三本首の魔獣ケルベロスが口に炎、雷、水を口に銜え猛スピードでシェイサイドに肉迫し、飛び掛った。
だが、三本首がシェイサイドを捉えるよりも早く、ゲルヴィナードが両者の間に割り込み、炎を銜えた首の中に貫手を突き入れ、その顎を掴み、力任せに床に叩き付ける。
その衝撃で割れた床からは炎に煽られ、真っ赤に燃え盛る刃が針山の様にそそり立ち、ケルベロスを串刺しにする。

≪ゲヘナ≫

言霊と共に弾かれた指の音が広間に反響し、焼けた刃の山が大爆発を起こし、ケルベロスが犬にも似た悲鳴を上げながら炎の渦に呑み込まれる。

≪涼夜さん!≫

「分かっている……任せろ!」

揺らめく炎、渦巻く血風の向こう側でハイドラが威嚇する様に、八本の首を大きく伸ばしながら舌を動かす。
拳の様に突き出された一本目の首を拳割りの要領でハイソニックインパクトを叩き込み、爆散させると残った七本の首から炎、風、地、水、雷、毒、空と色彩に富んだブレスが吐き出される。

「異常固体ですら無い雑魚が……俺に勝てると思うなッ!!」

翼を大きく広げ、ブレスを弾き返し、翼を模る一枚一枚の羽全てに魔力を流し込み剣の形をイメージ。全周囲に刃と化した羽を撃ち出し、ハイドラの全身を貫く。
全身を刃に貫かれたハイドラが咆哮と共に黒い鮮血を噴出しながら、怒りの形相で首を咆哮を上げるが、その声が広間に反響し切る前に嘉穂が放った爆炎にかき消される。

≪喧しいです≫

「さっさと始末しろと言いたげだな……!」

その辺に刺さった刃を二本引き抜き、ハイドラの中心核となっている巨大な眼球を十文字に分割し、その息の根を止める。

≪だって、魔獣の叫び声って……うわぁ≫

不満気な口振りの嘉穂が打って変わって、間の抜けた声を出した。その視線を追った先には――

≪いささか面倒なことになってしまったようだな……≫

今し方、倒した魔獣の完全再現。魔獣の素体となる魔族が壁面の中に埋められた管の中で眠っており、その数は無尽蔵。

「要は魔獣では無く素体の方を先に破壊すれば解決出来る……お前達は先に行ってろ」

≪だったら私が残った方が……≫

「ゲルヴィナードではオーバーキルな上に消耗が激しい。シェイサイドでは攻撃範囲不足だ。ただの役割分担だ。さっさと行け」

≪了解した……先を行く。貴様の進撃の露払いにな≫

≪あまり待つのは好きではありません。早く追い付いて来て下さいね≫

先行する二人を背中で見送り、ハイドラを切り裂いて、血塗れになった剣を投げ捨て、床に刺さった真新しい剣を引き抜く。

「……とのことだ。早々に散れ」

シルヴァールを取り囲む様にして立ちはだかる魔獣の有象無象と相対していると冒険者だった頃をふと思い出し、自然と口の端が吊上がった。
だが、今はゆっくりと戦いを楽しむ暇も無い。両手に構えた剣、床に突き刺さる剣、背中に生えた翼に何処までも伸びる広大な空、全てを切り裂く真空の刃を想起する。

≪スラッシュゲイザー≫

羽、剣化した翼が言霊の中継地点となって斬撃の奔流が広間全体を埋め尽くし、シルヴァールを取り囲む魔獣の群を塵芥と変え、管の中に入った獣化前の魔族の群を一人残らず一方的に粉砕する。
突如としてシルヴァールの背後で魔力の急激な膨張を知覚し、背後を振り返るとガラス細工の様な床を突き破りながら、シルヴァールの数倍程の巨躯を誇る巨大な騎士が競り上がる。

「この魔力……大地の上級刻印装甲オルギアス……ロワールの騎士では無いな。南方の戦士か?」

人間と魔獣の総力戦を聞きつけて、駆けつけてきてくれた頼もしい味方……というわけでは無さそうだ。
我ながら無意味な質問をしてしまったものだ。凝縮された様な殺気と敵意。味方の筈が無い。

「魔獣を異常固体に進化させる際、刻印装甲の着装が必要となる……ならば、貴様等が刻印装甲を使えたとしても何ら不思議では無いという事か」

シルヴァールの全長程もある巨大な拳が振り抜かれる。問答無用。意思の疎通の気など無いと言うわけか。
尤も、変に魔族から擦り寄られても鬱陶しいし気持ちが悪い。第一、上級刻印装甲を纏っただけの雑魚を相手に長々と時間を使っている暇など無い。

「巻きで行く……さっさと朽ち果ててもらうか」

繰り出された拳の上に飛び乗り、その手にスラッシュゲイザーを突き立て、オルギアスの腕を縦に裂きながら一気に駆け抜け、肩口に到達すると共にバケツのような円筒型の頭部を斬り飛ばす。

「再構築などさせんッ!」

紫紺の槍を引き抜き、五条の雷光を撃ち飛ばし、オルギアスの右肩、左肩、右足、左足、胸部を貫き、壁に張り付けにして、その懐に飛び込み、力強く翼をはためかせる。

≪ライオット……スクリーマー!≫

紫紺の槍から放たれる轟雷を身に纏い疾風迅雷の一閃を叩き込み壁という壁を突き破り、壁四枚を貫いた所で新たな大広間へと抜け、オルギアスはガラス細工の床を粉砕しながら転げ回り、下半身が埋まった所で、その動きを停止する。

≪凄い音がしたので、まさかとは思いましたが……案の定というわけですか≫

「待つのは好きでは無い。そう言ったのは君だろう? だから、先回りをして待っていただけだ」

≪逢引の真似事などしている場合か、戯け共め≫

アディンの侮蔑の声と共に激しい横撃に晒され、壁に叩き付けられる。

≪涼夜さん!?≫

動きを止めていたオルギアスが再び行動を再開し、その豪腕をシルヴァール目掛けて撃ち飛ばし、壁に縫い付けられた……つまりは先程の意趣返しというわけか。

「既に対策済みだ……貴様はもう少し学習するべきだったな」


先程の戦闘で翼に内包させていた残留魔力で再びスラッシュゲイザーを顕現化し、楔となっていた豪腕を細切れにして床に降り立つ。こんなもの危機の内にすら入らない。
オルギアスの悔しげな咆哮と共に豪腕が翻り石柱の剣が撃ち放たれる。

≪フランベロウズ!≫

シルヴァールの眼前に組み上げられた炎の櫓が石柱の剣を飲み込み、反撃とばかりにマグマの砲弾を吐き出し、オルギアスの全身を紅蓮の炎で飲み込んだ。

≪魔力の膨張……来るぞ≫

「よくも魔族如きが勿体を付けるなんて知恵が回ったものだな」

オルギアスが炎に呑まれた瞬間、奴が内包する魔力が爆発的に膨れ上がり、その身を象徴する属性が切り替わり、炎の奔流が広間を焼き尽くした。
そして、白煙の中から猛禽類の嘴の様な形状の金属質の鼻面と二つの双眸。ささくれ立った剣の様な鱗が全身に生え、身体の至る所に漆黒の棘が伸び、肩口からは両腕の代わりに鋭い刃の様な翼が生えている。
全長程の長さの尾の先端はさながら、モーニングスターの様な棘付き球体の形状になっており、無造作に振るわれるだけでガラス細工の床が、ダイアモンドダストの様に宙を舞い、奴の赤茶けた鱗を明るく照らす。

≪ワイバーンよりは手強そうだが……≫

「ワイバーン程度と大差無い程度なら一方的に叩き潰す。ワイバーンよりも上でも全力でもって叩き潰す。ただそれだけだ」

既に嘉穂は赤褐色の龍に向かって間合いを詰め、地を蹴り、奴の頭上まで跳躍し炎の大剣を、その眉間に叩き落とす。
だが、その衝撃に僅かながら上体を揺らし、鱗の破片を散らすだけで何の痛痒も感じていない。

シルヴァールの翼を羽ばたかせ、懐に飛び込み龍の懐の飛び込み、腹にスラッシュゲイザーを突き入れ弧を描く様に嘉穂の斬撃で頭を下げた龍の顎を切り裂く。

「……切れてない……か」

シルヴァールの大鷲の様な鉤爪状の足でゲルヴィナードの肩を掴み、宙へと舞うと同時に龍の尾が鞭の様にしなり、足元を叩き潰すかの如く、尻尾の一撃が叩き込まれる。

≪ありがとう御座います。一瞬でも遅れていたら、ちょっとした大惨事でしたね≫

「スラッシュゲイザーでも無傷か……」

≪一撃で駄目なら百の斬撃を紡ぐまでですよ≫

嘉穂はゲルヴィナードの身を捩じらせ、シルヴァールの爪から離れ、重力に従って眼下の龍に向かって、身を翻しながら、斬り落とし、斬り上げ、袈裟懸け、薙ぎ払い、逆袈裟、唐竹割り、刺突。
次々に繰り出される剣戟のことごとくが、爪、牙、翼、棘に阻まれ、モーニングスターの様な尻尾の直撃を受け、吹き飛ばされる。
壁際に叩き付けられたゲルヴィナードに追撃を仕掛けんと、咆哮を上げながら、龍が突進を繰り出した。

「貴様の好きにはさせん……!」

両者の間に割って入り、真空の刃を纏った長剣を水平に薙ぎ払うが嘉穂の重厚且つ、俊敏な連撃を受け止める程の相手だ。俺の斬撃も嘉穂同様、奴の牙に挟み取られ、拮抗状態に陥る。

≪剣士を気取るつもりなど無い……ウインドスライサー!≫

受け止められた長剣に亀裂が走り、十二の刀身に分化し拮抗状態を崩し、龍の口内に入り込んだ刀身を操作し、奴の口腔を蹂躙する。
怒りの篭った悲鳴と共に黒い鮮血の十二の刀身が吐き出され、奴の口元に赤い焔が収束されるが、大技に転じるのは此方の方が早い。

シルヴァールの背後から飛び出す黒い影。丸みを帯びた漆黒の甲冑を身に纏い、巨躯を誇る魔獣さえも容易く握り潰す事が出来る程の巨大な大爪を持つ宵闇の刻印装甲、シェイサイド。

≪待たせたな……一撃で奴を叩き斬る≫

黄金色の大爪が纏った黒い粒子が瞬時に膨張し、大爪で握り締めるに相応しい程の巨大剣が闇の中から産み落とされる。

≪メギドクレイモア≫

龍から放たれた焔を捻じ曲げ、宵闇の斬撃が大広間を無音の常闇に叩き落す。
闇が晴れた広間には巨大龍の痕跡は一つとして残っておらず、力の源となっていたオルギアスの指輪だけが床の上に転がっているだけだった。
指輪を回収しようと歩を進めると、指輪は飴細工の様に溶け出し、蒸発したかのようにその痕跡を消し去った。

「消滅しただと……」



≪今の一瞬で何者か……恐らくはナグルファルがオルギアスと再契約を果たし、強制転移を行った……≫

「何処へ転移されたかは分かるか?」

≪無論。大地は闇の眷属だ。シェイサイドの目からは逃れられんよ。敵中枢の位置は把握した≫

そう言って、無言で歩を進めるシェイサイドの先導に従い広間を抜け、全長二十メートル程の刻印装甲でも悠々と移動が出来る巨大な通路を渡っていると、俺の後ろを歩く嘉穂が声を上げ、足を止めた。

「……? どうかしたのか?」

≪二人とも……アレを見て下さい≫

そして、恐る恐ると言った様子でゲルヴィナードが指で示した方へと視線を向けると、この世界にある筈の無いものが通路の壁際に埋め込まれる形で設置されていた。

≪モニタに入力デバイス……情報端末か? 何故、それが異世界に……?≫

「待て……あの外部接続用デバイスは……」

シルヴァールの玉座から外へと飛び出し、巨大な手足を伝いながら滑り、端末の前に降り立ち、モバイルシステムから信号を送ると、モニターに光が点った。

「矢張り、旧式の総合規格コネクター……エネルギーも生きている」

モバイルシステムの方から端末の起動命令を出し、内部情報の読み込みを開始するとノイズ混じりの音声が声を上げた。

『人類闘争管理計画。秩序と規律によって管理された戦争を人類に提供し、闘争による文明、惑星の崩壊を未然に回避し、技術改革、人心統合を効率性を高める計画である。
計画第一号。惑星内の陣営を闘争区画、管理区画、保護区画、廃棄区画に分断。長期闘争により急速な技術革新に成功。但し――――の――により管理不能に陥り失敗。

計画第二号。計画第一号の失敗要因となった――――の――による人心統一をモデルケースに人類の向ける矛先を隣人から、――――に変更し闘争の火種を一元管理。
――――――の――により制御不能状態に陥り失敗。計画から除外し―の―――――――――――の―――に依頼。―の戦力に多大な被害を出したが、無事沈静化。

計画第三号。失敗した計画第二号をモデルケースに暴走による制御不能状態に陥った――――を即時沈静可能な状態で実行するが、戦闘能力不足により惑星規模の闘争拡大に至らず失敗。
―――――島に建造した計画第三号用の――――管理施設を―の―――によって発見される。廃棄予定の――――が管理施設と共に――――へと消滅。

計画第四号。自己増殖型――――開発成功。計画第三号用の――――管理施設を破壊した―――――――――――の―――に計画の全容を把握された可能性浮上。
巨大戦艦型――――製造プラントを太陽への放棄が決定されるが、―の組織に計画が露見する危険性があるため、――――を開き、―――に投棄。

―――の台頭により管理闘争の継続が不可能であると判断。人類闘争管理計画を凍結。』

人類闘争管理計画とやらに関する簡単なアナウンスが淡々と流れ、ディスプレイには詳しい全容が次々にと表示される。
図形やグラフの中に見たことの無い人型機動兵器の数々に、魔獣よりも遥かにグロテスクな造詣や色彩をした巨大生物が表示された。
俺のモバイルシステムと、この端末を接続している旧式の総合規格コネクター実用化されたのは今から二百年以上も昔の話だ。

「人類闘争管理計画第四号のある物を製造するための巨大戦艦型の製造プラントが、この艦の事を言っているとすれば……」

≪シルヴァールに戻れ! 霧坂涼夜! 調べごとは後回しだ!≫

アディンが警告を発すると共に次の大広間に繋がる巨大な扉が沸騰しながら融解し、中から黒炎が渦を巻きながら通路の中を疾走する。

≪私が受け止めます! 早く!≫

ゲルヴィナードが先頭に躍り出、両腕を突き出し指先から放たれた火線が陣を描き、獄炎で構築された円形のシールドを顕現化し、炎の侵略を防ぎ止める。
跪いた体勢のシルヴァールの脚部に足をかけ、膝まで一気に駆け上がり、大腿部を駆け抜け、腹部の前に差し出している掌の上に飛び乗り、腹部の玉座へと飛び込む。

「動け、シルヴァール!」

尤も、動かしているのは俺だが――翼を広げ、思考の海に漂う武器庫の中から輝槍を引き抜き、両の腕で握り締める。

≪ヘブンランサー!≫

天を明るく照らす太陽の如く、眩い閃光を放つ。閃光に切り裂かれ火の粉となって霧散した黒炎の間を縫うように飛翔し、一気に通路を通り抜ける。



大広間に抜けると、視界の端に巨大な人影が映り込む。放たれた黒炎の跡に漂っていた魔力の残滓から察するに、仕掛けたのは奴である事に間違いは無い。
広間の中で渦巻く魔力の流れだけを頼りに閃光を放ち、輝槍を構え直し、閃光に飲み込まれた敵の方へと向き直る。

「ッ!?」

ヘブンランサーによって放たれた閃光に紛れて、魔力を収束した真っ白な陣がシルヴァールを包み込んでいた。
身を屈め、陣の網から抜け出すと同時に無数の光弾が撃ち放たれ、一寸前まで立っていた空間が粉砕される。
宙を蹴り、床に降り立つと剣の届く間合いに真っ白な甲冑に身を包み、背中からは真っ黒な翼骨に剣の翼膜で出来た歪な翼を伸ばした白騎士が立っていた。

至近距離でヘブンランサーの直撃を受けたにも関わらず、全くの無傷。
刻印装甲や魔獣には其々を象徴とする十一属性のいずれかが備わっている。シルヴァールには天。シェイサイドなら闇。ゲルヴィナードは炎。
唯一の例外として複数の命を持つハイドラには命の数だけ其々に異なる属性を持つが、中心核の属性は地に固定されている。

属性には炎、水、風、地、雷、空、毒、精の八種の下位属性と、天、闇、光の高位属性が存在する。
天は風、雷、空を使役し、闇は地、毒、精を使役し、光は炎、水、雷を使役する。そして、天は闇を覆い、闇は光を呑み、光は天を裂くという相克関係にある。
天のシルヴァールにとっての唯一の弱点。それが光の属性。だとしても、致命的な差が生まれる程では無い。

――貴様らが捜し求めている光のオルベリオンは残った上級刻印装甲と共に最強の魔獣ナグルファルに取り込まれている

ウェルスの異常固体を使役していた者の言葉が頭の中に蘇った。

≪地球人……久しい……な≫

敵意の混じった低く、鈍い声が念話となって頭の中に届いた。

「貴様が……ナグルファル。そして、オルベリオンか」

問い掛けに対する返答は無音の爆発――魔力の発露から攻撃に移るまでのタイムラグはゼロ。魔力の膨張は一切感じられなかった。

≪人類闘争管理計画第四号統括システム、ナグルファル。それが我に名付けられた個体名称だ。
管理者となる人物が管理可能な闘争と火種となって、全人類にとっての共通の敵となり、人類同士の戦いを抑制し、恒久的な闘争と秩序の両立。
破壊と創造相反する性質を持つ生命にとっての究極の命題を実現可能とする存在。それが我だった≫

「矢張り、そういう事か……ならば、貴様の目的は!」

≪人類闘争管理計画が凍結され、我はこの製造プラントと共に次元の狭間に放棄された。
永きに渡る次元の旅路の果てに辿り着いた、この世界も多くの人間が固有の文明を形成し、人間同士の戦いを繰り広げていた。
我の存在理由は全人類の共通の敵となり、人間同士の戦いを抑制する事だ。我は地球で果たせなかった役割を果たすために人類の敵を生み出した≫

「それが魔獣……」

≪異界の人間には戦う術は少なく、六十六体の刻印装甲が全て発掘されるまでの間、魔獣の規模を拡大化、消極的な干渉のみに押し留めた。
我の目論見通り、異界の人間は魔獣を恐れ、必死で刻印装甲の発掘と適合を行った。だが、魔獣との戦いよりも先に刻印装甲を巡る戦いが始まってしまった。
そして、刻印装甲を巡る戦いは、いつしか大地を巡る戦いになった。それでも我は人間の足場が磐石なものになるまで待ち続けた。
百年、二百年、三百年待てども、人間は魔獣という脅威に晒されていながら、同族同士で戦う事を中断しなかった≫

「そこで貴様は思い付いた。嫌でも人間同士で手を結ばざるえない新たな脅威を……単体で国一つに匹敵する程の脅威を産み出す事を……!
そして、貴様の目論見通りにこの世界の人々は一つの旗の下に集い、この場に立った。後は貴様が滅びれば第四号計画は終了だ」

≪違う。本来管理されなければならない筈の人間の姿は無く、此処には製造者たる地球人の同族だけが戦いに来ている。
闘争本能を正しく発揮出来ない欠陥を抱えている人間の住む世界の抹消し、地球人による新たな文明を構築し、恒久的な闘争と秩序の両立を実現する≫

≪それって私達、三人で埋めや増やせって事ですか? 子沢山なの構いませんけど、文明を築き上げるだけの人数は流石に勘弁願いたいですね≫

≪地球には私の帰りを待つ妻子がいる。それを裏切る様な行いは出来んな≫

漸く追い付いた嘉穂と、アディンが口々に皮肉を漏らしながら広間の中に歩み出、シルヴァールの両隣に並び立った。


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