地球人の手によって生み出された原初の魔獣、ナグルファルを打倒し、盛大な祝勝パーティを終えた翌日の朝の事だった。
俺はアルコールの抜け切らない頭と、覚束無い足取りで守屋一刀が宿泊しているロワール城の居館の一室を訪れていた。
あまり気分は良く無いが、地球への帰還という終着地点を目前に控えた今、二日酔いなど些細な事でしかない。
俺はアルコールの抜け切らない頭と、覚束無い足取りで守屋一刀が宿泊しているロワール城の居館の一室を訪れていた。
あまり気分は良く無いが、地球への帰還という終着地点を目前に控えた今、二日酔いなど些細な事でしかない。
「明日の昼までくらいなら時間の猶予もあります。今日一日は自由にして頂いて構いませんよ」
必死の思いで無駄に巨大な居館までやってきたというのに一刀の口から、つれない答えが返ってきた。重い頭が余計に重くなった気がする。
「さて……では、どうしたものか……やるべき事も、やりたい事も無いんだが……」
「別れの挨拶は済ませましたか?」
「別れの挨拶……?」
「そんな不思議そうな顔で返されても困るんですが……一年半、短い時間ですが人と人が心を通じ合わせるには充分過ぎる時間の筈です。
天草さんと、グロウズ氏も今日は挨拶回りに行くと……これが今生の別れになるわけですし、涼夜さんも行っておいた方が良いのではありませんか?」
天草さんと、グロウズ氏も今日は挨拶回りに行くと……これが今生の別れになるわけですし、涼夜さんも行っておいた方が良いのではありませんか?」
確かに世話になった人間がいないわけじゃない。
どうせ今日一日、暇なのだから挨拶回りに城下を歩いて回ってもいいかも知れない。今生の別れと言うのならば尚更にな。
どうせ今日一日、暇なのだから挨拶回りに城下を歩いて回ってもいいかも知れない。今生の別れと言うのならば尚更にな。
「ところで一刀。君は今日一日、どうするつもりなんだ?」
挨拶回りに行くとは言え、世話になった人間どころか既知の間柄の人間など指折りで数え切れる程の少数で日没まで時間がかかる事は無い。
何だったら、城下町を案内してやっても良い。妹が見初めた男だ。親交を深める手段が死地を共にする事ばかりでは味気が無い。
何だったら、城下町を案内してやっても良い。妹が見初めた男だ。親交を深める手段が死地を共にする事ばかりでは味気が無い。
「自分ですか? 今日は装甲騎士団の魔獣狩りに同行させてもらう事にしました」
ナグルファルと、その魔船が無くなったからと言って魔獣が完全に絶滅したわけでは無い。
異常固体の素体となる原点の魔獣が新たに生み出されなくなっただけに過ぎず、交配による増殖自体は可能だ。
だが、魔獣も刻印装甲と同様、中位、上位と位が上がるごとに種類も数も減少し、交配するにしても犬猫の様に急激に増えるという事も無い。
この世界にとっての脅威という事にはなるまいが、随分と熱心なものだ。
異常固体の素体となる原点の魔獣が新たに生み出されなくなっただけに過ぎず、交配による増殖自体は可能だ。
だが、魔獣も刻印装甲と同様、中位、上位と位が上がるごとに種類も数も減少し、交配するにしても犬猫の様に急激に増えるという事も無い。
この世界にとっての脅威という事にはなるまいが、随分と熱心なものだ。
「まあ、実益も兼ねているんですけどね」
「実益?」
「ええ。今は統合軍の真似事みたいな事をしていますが、本領ははスポーツギアクラブの部員なんですよ。
不謹慎な事を言っているとは思いますけど、こっちの世界に来ている間に他の連中に差を付けられたくないんで、魔獣相手に修行でもして行こうかと」
不謹慎な事を言っているとは思いますけど、こっちの世界に来ている間に他の連中に差を付けられたくないんで、魔獣相手に修行でもして行こうかと」
「確か、此方側と地球とでは時間の流れ方が違うのだったな……それでも精々、一週間程度の差だろう?」
「いえ、次元の壁を開いて地球への移動。これが一番、時間がかかるんですよ。
実際に体感する時間は一瞬にも満たないですけど、実際には四ヶ月……往復で八ヶ月程度の時間がかかるんです。流石にこの時間の差は大きいですからね」
実際に体感する時間は一瞬にも満たないですけど、実際には四ヶ月……往復で八ヶ月程度の時間がかかるんです。流石にこの時間の差は大きいですからね」
俺が此方側の世界に迷い込んで約一年と半年。だが、実際に地球で流れている時間は俺が失踪して約五年。
流れる時間の差は凡そ、三倍。そこに移動時間の四ヶ月を足せば……ああ、確かに約五年になる計算だな。
今更だが、大学に俺の学籍が残っているのか不安になってきた。それなりに苦労して入学した以上、在学期間が一年半にも満たないと言うのは頂けない。
流れる時間の差は凡そ、三倍。そこに移動時間の四ヶ月を足せば……ああ、確かに約五年になる計算だな。
今更だが、大学に俺の学籍が残っているのか不安になってきた。それなりに苦労して入学した以上、在学期間が一年半にも満たないと言うのは頂けない。
「しかし、高校生が八ヶ月も学校を休むのは……」
「まあ、二年生は殆ど過ごせませんが、霧坂を幸せにするためにも涼夜さんの救出は絶対に避けられない事でした。
この機を逃せば、次に次元の壁に穴を空ける事の出来る日がいつ訪れるか分かったものじゃない。八ヶ月程度の学生生活なんて安いものですよ。データを改竄すれば進級は出来ますし」
この機を逃せば、次に次元の壁に穴を空ける事の出来る日がいつ訪れるか分かったものじゃない。八ヶ月程度の学生生活なんて安いものですよ。データを改竄すれば進級は出来ますし」
「こっちは学籍が消えているかも知れないというのに呑気な奴め……俺達の社会復帰のフォローは任せても大丈夫なんだろうな?」
「それは勿論。神隠し事件と言っても、都市伝説という形で広まっているだけですし、適当な理由をでっち上げても不審に思われる事は無いでしょう。
地球に戻ってからの社会生活は中央議会が完全保障します。失効した学籍の復旧も任せて下さい」
地球に戻ってからの社会生活は中央議会が完全保障します。失効した学籍の復旧も任せて下さい」
それなら何も問題無い。大手を振って地球へ帰る事が出来るというものだ。
それから、二言、三言、言葉を交わしてから一刀と別れて、居館から王城の最上層へと足を運んだ。
それから、二言、三言、言葉を交わしてから一刀と別れて、居館から王城の最上層へと足を運んだ。
トラクタービームは勿論、エレベーターや、エスカレーターすら無く、結界塔の様に建造物を魔力で飛ばす技術はあっても、城の中に徒歩以外の移動手段を備え付ける技術は無い。
いや、あるのかも知れないが、如何せんロワールは刻印装甲と、薬物生成以外の魔力運用は技術後進国なのだから、期待するだけ無駄な事だった。
いや、あるのかも知れないが、如何せんロワールは刻印装甲と、薬物生成以外の魔力運用は技術後進国なのだから、期待するだけ無駄な事だった。
二日酔いの苦痛を必死に堪え、額に汗を浮かべながら階段を登っている途中で、すれ違った衛兵が怪訝そうな表情で俺を見ていたのが癇に障ったが、構っている余裕は無い。
無言で俺を眺める衛兵達を尻目に執務室に入ると案の定、其処には羊皮紙で作成された書類の山と睨み合い、不慣れな政務と格闘する新王アランと、実妹イリアの姿があった。
無言で俺を眺める衛兵達を尻目に執務室に入ると案の定、其処には羊皮紙で作成された書類の山と睨み合い、不慣れな政務と格闘する新王アランと、実妹イリアの姿があった。
「涼夜様!? 態々、ご足労頂かなくとも呼び付けて頂ければ、すぐに伺いましたのに!」
俺の姿を見るなり、イリアは嬉々とした表情で羊皮紙の書類を床に放り投げて、足早に俺の元へと駆け寄った。
それとは対照的にアランは床に散らばる書類に苦々しい顔付きを浮かべた。無理も無い。俺が同じ立場なら、同じような表情する。寧ろ、書籍の角で殴り倒す。
それとは対照的にアランは床に散らばる書類に苦々しい顔付きを浮かべた。無理も無い。俺が同じ立場なら、同じような表情する。寧ろ、書籍の角で殴り倒す。
「随分な量だな」
イリアが投げ捨てた書類を拾い集める哀愁漂うアランの背中に声をかけると、存外、勝ち誇った顔付きで振り向き口を開いた。
「国を焼かれ、ロワールを頼る民は多い……だが、此方で把握出来ている難民など氷山の一角に過ぎん。まだまだ、こんなものでは無い筈だ。
とは言え、国としての機能を持つ唯一の国、ロワールの国主である以上、この大陸に住まう民を見離す事は出来んからな。この程度で音を上げてはおれん。
医療、食料、残党狩りに野盗狩り、多くの者が我々の助けを今か、今かと首を長くしているのだからな」
とは言え、国としての機能を持つ唯一の国、ロワールの国主である以上、この大陸に住まう民を見離す事は出来んからな。この程度で音を上げてはおれん。
医療、食料、残党狩りに野盗狩り、多くの者が我々の助けを今か、今かと首を長くしているのだからな」
そして、床に散らばった書類をかき集めたアランは辟易する量の書類の上に積み上げた。これだけの数があるのなら十や二十、紛失したとしても絶対に気付く事は無さそうだ。
いや、この世界のためにそれなりの苦労を背負い込んだのだから、杜撰な仕事をされても困るが。
いや、この世界のためにそれなりの苦労を背負い込んだのだから、杜撰な仕事をされても困るが。
「この大陸に残った国は刻印装甲を独占するロワール王国一国のみ。復興処理が一段落したらどうするつもりだ?」
対抗馬は無く、刻印装甲という力もある。今のロワールなら善政だろうが、圧政だろうが、手段を問わず大陸全土を支配する事が出来る。
「実の所、考えていない」
そんなバカな話があってたまるか。
「確かに今の状況なら大陸全土を支配出来る可能性を持つのはロワールだけだ。国と言える国はロワールだけなのだからな。
だが、無限とも言える程の民と、数十の国がこの大陸を分割して治めていたのだ。その大陸全土をいきなり、ロワールが支配というのは現実的では無い。
それならば、同盟国や属国という形で滅んだ国を再興させた方が、幾分か現実的な未来図を描くことが出来る」
だが、無限とも言える程の民と、数十の国がこの大陸を分割して治めていたのだ。その大陸全土をいきなり、ロワールが支配というのは現実的では無い。
それならば、同盟国や属国という形で滅んだ国を再興させた方が、幾分か現実的な未来図を描くことが出来る」
「再興か……前々から聞きたかった事がある」
「なんだ?」
「何故、魔獣の殲滅よりも周辺諸国との戦いを優先した?」
最初から共闘路線でいけば、ロワール以外の国が滅ぶ事も無かったのだが、其処はそれ程重要な事では無い。
ロワールに限らず、全ての国が刻印装甲と他国との戦争を優先し、魔獣の存在を放置していた事を前々から疑問に思っていた。
ロワールに限らず、全ての国が刻印装甲と他国との戦争を優先し、魔獣の存在を放置していた事を前々から疑問に思っていた。
「共通の敵と討つために国家間の争いに終止符を打ち、魔獣を討つ。誰もが一度は考えることだ。
だがな、刻印装甲は六十六体という数量制限があり、僅か一体差、僅か一段階の等級差が国の繁栄と滅亡を大きく左右することになる。
分かるか? 刻印装甲に六十六という数量制限がある以上、国主達は常に相手を疑い、妬み、恐れ、嘲り、奪い合おうとするのだ。
皆、誰もがそれを愚かな事であると悟りながらも、刻印装甲に対する恐怖に打ち勝つことは出来なかったのだ」
だがな、刻印装甲は六十六体という数量制限があり、僅か一体差、僅か一段階の等級差が国の繁栄と滅亡を大きく左右することになる。
分かるか? 刻印装甲に六十六という数量制限がある以上、国主達は常に相手を疑い、妬み、恐れ、嘲り、奪い合おうとするのだ。
皆、誰もがそれを愚かな事であると悟りながらも、刻印装甲に対する恐怖に打ち勝つことは出来なかったのだ」
「刻印装甲の力を渇望しながらも、その力を恐れていたという事か」
「そうだ。自分以外の全てが敵だと錯覚させる程の力。刻印装甲にはそれだけの力があったという事だ。
自分以外の全てが滅べば魔獣の完全抹殺など瑣末な事でしか無い。その思い上がりが、この有様だ。
涼夜に莫迦者と呼ばれるのも無理なからぬ事だな……滅びという切欠を得るまで団結する事も出来なかったのだからな」
自分以外の全てが滅べば魔獣の完全抹殺など瑣末な事でしか無い。その思い上がりが、この有様だ。
涼夜に莫迦者と呼ばれるのも無理なからぬ事だな……滅びという切欠を得るまで団結する事も出来なかったのだからな」
大陸の群雄に名乗りを上げた国主達が臆病風に吹かれ、その結果がこの様なのだから情け無いと言うべきなのか、仕方が無いと言うべきなのか……
尤も、人間同士の戦争を経験した事も無く、大切な者を奪われた事も無い俺に何が正しく、何が誤っていたのかなどと講釈を垂れる事が出来よう筈も無い。
尤も、人間同士の戦争を経験した事も無く、大切な者を奪われた事も無い俺に何が正しく、何が誤っていたのかなどと講釈を垂れる事が出来よう筈も無い。
「だが、態々、執務室を訪ねたのはそんな事を聞くためでは無いのだろう?」
「ああ。何故、大陸全土の再興を考える事が出来る様な奴が、最後の最後まで戦争を止めなかったのかが気になっただけだ……明日、この国を発つのでな。別れの挨拶に来た」
「ど、どういう事ですの!?」
本題に入るなり、今まで黙って微笑んでいたイリアが愕然としながら俺の左腕に縋り付いて、肩を震わせた。
「ロワールで為すべきは全て為した。魔獣は堕ち、これからは刻まれた爪痕を癒す再生の時代が訪れる。その時代に狂戦士や刻印装甲の力は不要だろう?」
「そんな事を仰らないで下さいまし! 再生の時代が来るからこそ涼夜様のお力が……」
「止めろ。イリア」
尚も縋り付き、小さな両手に力を込めるイリアにアランは短く制すると、彼女は後に続く言葉呑み込んで俯いた。
そして、イリアの綺麗なブロンドの髪が垂れ下がり、その表情を覆い隠し、一筋の涙が彼女の頬を伝い、俺の手を濡らした。
相手が子供でもあっても、女の涙というものは苦手だ……何をどうすれば良いのか、何を言えば良いのか分からなくなる。
そして、イリアの綺麗なブロンドの髪が垂れ下がり、その表情を覆い隠し、一筋の涙が彼女の頬を伝い、俺の手を濡らした。
相手が子供でもあっても、女の涙というものは苦手だ……何をどうすれば良いのか、何を言えば良いのか分からなくなる。
「何と無くではあるが、そんな気はしていた。止めても無駄なのだろう?」
イリアの涙に戸惑っていると、アランは特に驚いた風でも無く、普段と変わらぬ様子で間を埋めるように言葉を紡いだ。
「ああ。次の為すべきを為す。それはロワールでは出来ない事でな」
「そうか……今までロワール……いや、人類のためによく戦ってくれた。何か望む物はあるか?」
この世界における物質的な富は地球での富にはなり得ない。
そもそも、望みなどあろう筈も無い。望みならば既に叶っているのだからな。
そもそも、望みなどあろう筈も無い。望みならば既に叶っているのだからな。
「生き残った前途ある民の平穏と、安寧を望む」
態々、俺が口にするまでも無く、この世界から消える俺が望んだところで叶っているか如何か確かめる術も無い。
それ程、親しい間柄の人間がいるわけでも無いが結果的に命懸けで世界を救ったのだ。ならば、この世界の未来が混沌であるよりも太平である事を願いたいと思う。
それ程、親しい間柄の人間がいるわけでも無いが結果的に命懸けで世界を救ったのだ。ならば、この世界の未来が混沌であるよりも太平である事を願いたいと思う。
「相変わらず、我欲の無い事だ……まあ良い。汝が救った世界だ。余の生涯を賭けて守り抜いてみせよう」
そう言って、アランは俺から視線を外し書類の山との格闘を再開した。まるで、そうする事が俺の望みを叶える手段だと言わんばかりに。
だが、未だにイリアの咽び泣く声は鳴り止まず、大きな双眸からは涙が止めど無く溢れている。
無理矢理、引き離すわけにもいかず、イリアを胸に抱き入れると彼女は、ただただ嗚咽を漏らして涙を流すばかりだった。
無理矢理、引き離すわけにもいかず、イリアを胸に抱き入れると彼女は、ただただ嗚咽を漏らして涙を流すばかりだった。
彼女の気持ちは人伝に聞き及んでいる。聞き及んでいるからと言って、何かが起きるわけでも無く、何かが変わるわけでも無い。
住む世界も居場所も違う以上、彼女の想いに応える事も添い遂げる事も出来ない。俺の感情以前の問題だ。
住む世界も居場所も違う以上、彼女の想いに応える事も添い遂げる事も出来ない。俺の感情以前の問題だ。
イリアが泣き止み、落ち着くまで半刻。その間、特に言葉を交し合う事も無く、執務室にはイリアの嗚咽だけが木霊していた。
その事に関してアランは咎める事も諭す事もしなかった。これで最後なのだから、気が済む様にさせる腹積もりらしい。尤も、俺もその積もりだ。
思えば彼女とも色々あったもので、出会ったばかりの頃はアディンとは敵対関係にあり、彼女もまた歳相応に我侭で、身分相応に傲慢でもあった。
その事に関してアランは咎める事も諭す事もしなかった。これで最後なのだから、気が済む様にさせる腹積もりらしい。尤も、俺もその積もりだ。
思えば彼女とも色々あったもので、出会ったばかりの頃はアディンとは敵対関係にあり、彼女もまた歳相応に我侭で、身分相応に傲慢でもあった。
それがハイドラを始めとする異常固体。肉親の死。ナグルファルという人類の脅威が、彼女にただ守られるだけの姫君でいる事を許さなかった。
誰に言われるわけでも無く、自らの意思で三体の刻印装甲と契約を結び、魔獣との戦いでは騎士達を率い、先陣を切るようになっていた。
感慨深いものだと物思いに耽っていると、一頻り泣きじゃくったイリアは気が済んだのか俺から身を放し、涙を拭いて頭を垂れた。
誰に言われるわけでも無く、自らの意思で三体の刻印装甲と契約を結び、魔獣との戦いでは騎士達を率い、先陣を切るようになっていた。
感慨深いものだと物思いに耽っていると、一頻り泣きじゃくったイリアは気が済んだのか俺から身を放し、涙を拭いて頭を垂れた。
「二人とも壮健でな」
扉を開いて、来た時と同様に物言わぬ衛兵達に見送られながら回廊を歩いていると、背後の方から力尽くで扉を蹴り破ったような激しい音が回廊に鳴り響いた。
そして、間を置かずに何者かが回廊を駆け抜ける足音が近付いて来た。
そして、間を置かずに何者かが回廊を駆け抜ける足音が近付いて来た。
「涼夜様……! お待ち下さい……!」
振り向くと息を切らし、涙で目を赤く腫らしたイリアの姿があった。
「お願いですわ! 私も連れて行って下さいまし! 涼夜様……お慕いしております……私と添い遂げて欲しいなどとは申しません。ですから、どうか私も……」
「これから始まる再生の時代には明日を築こうとする者達一人一人の力と、それを支える者の無垢な笑顔が必要となる。だから、連れて行く事は出来ない。
お前達を頼る者達のためにもお前は笑い続けなければならない。笑い続けていれば、お前の元に集まる人間は笑っていける。だから、笑ってさようならだ」
お前達を頼る者達のためにもお前は笑い続けなければならない。笑い続けていれば、お前の元に集まる人間は笑っていける。だから、笑ってさようならだ」
「涼夜様……」
「俺達が命を賭けて守った世界を頼む」
「はい……さよう……なら……!」
イリアは涙を浮かべながら、歳相応の無邪気な笑顔を浮かべた。
俺と共に行かせることは出来ない。一度、地球に行けば、二度とロワールに戻る事は出来なくなる。
踵を返し、足音を響かせながら回廊を歩く。回廊に響く音は俺の足音のみ。イリアのすすり泣く声すら響かない。
振り向けばイリアの姿を見る事が出来る。その表情は笑顔か、それとも、泣き顔か……振り向くつもりなど更々無いが。
俺と共に行かせることは出来ない。一度、地球に行けば、二度とロワールに戻る事は出来なくなる。
踵を返し、足音を響かせながら回廊を歩く。回廊に響く音は俺の足音のみ。イリアのすすり泣く声すら響かない。
振り向けばイリアの姿を見る事が出来る。その表情は笑顔か、それとも、泣き顔か……振り向くつもりなど更々無いが。
「やれやれ、君達にもっと欲という物があれば御するのも容易かったのだがね」
回廊を抜け、石畳の螺旋階段を降り、中庭に出ると墓標の様に立ち並ぶ石柱の影から、大柄な老騎士が――
この世界における嘉穂の養父にして、俺の義父。そして、ロワールが誇る常勝将軍ラウバルト・ガウゼンダール将軍が呆れた口調で立ちはだかるように姿を現した。
この世界における嘉穂の養父にして、俺の義父。そして、ロワールが誇る常勝将軍ラウバルト・ガウゼンダール将軍が呆れた口調で立ちはだかるように姿を現した。
「義父殿か……嘉穂達から大体の話を聞いているとは思うが、そういう事だ。ここから先は俺達がいる必要は無いのでな」
「私欲を捨て、ただ己の役割だけに順ずるかね?」
「大袈裟な物言いだな……俺が求めているのは家族と過ごす安寧の日々だけだ」
妹を守らなければならない。だが、その役割は既に俺から一刀へと引き継がれている。
ならば、後は二人を見守りながら家族と共に平穏を謳歌する日々に戻れば、何もかもが元通りだ。
当たり前の日常だが、当たり前だからこそ何物にも変え難く、金や力では成り代わる事は出来ない。
ならば、後は二人を見守りながら家族と共に平穏を謳歌する日々に戻れば、何もかもが元通りだ。
当たり前の日常だが、当たり前だからこそ何物にも変え難く、金や力では成り代わる事は出来ない。
「それではな。義父殿。機会があれば孫の顔を見せに伺わせてもらう」
呆気に取られているラウバルト将軍とすれ違い、背中合わせになったところで、彼は苦笑混じりに口を開いた。
「親孝行のつもりかね? これが今生の別れである事、君があの子の事を憎からず想っているにせよ、愛していない事くらいは分かっているつもりだよ」
今となっては隠す必要も無いのだが、将軍に悟られたという事実に思わず身体が震えた。
王家の者に想いを寄せられていた俺達は恋人のフリをして、そういった物を回避してきた。
恋人のフリにしては度が過ぎた事もあったが、少なくとも俺は彼女をそういう対象として見てはいない。
そういう風に見る事が出来るだけの余裕が無かったというのもあるが、完全に騙し切っているつもりで、その実、完全に勘付かれているのは流石に驚いた。
王家の者に想いを寄せられていた俺達は恋人のフリをして、そういった物を回避してきた。
恋人のフリにしては度が過ぎた事もあったが、少なくとも俺は彼女をそういう対象として見てはいない。
そういう風に見る事が出来るだけの余裕が無かったというのもあるが、完全に騙し切っているつもりで、その実、完全に勘付かれているのは流石に驚いた。
「そんなに意外かね? 私と君とでは歩んできた年季が違うんだよ? 男女間の関係も含めてね。
確かにロワールのためなら何でもするがね、君等がロワールと婚姻を結ぶのを拒むのであれば、強要するつもりは無かったんだよ?
得体の知れない君等を王家に混ぜるのはリスクが高過ぎたからね。今となって考えてみれば強要しても良かったのかも知れないがね」
確かにロワールのためなら何でもするがね、君等がロワールと婚姻を結ぶのを拒むのであれば、強要するつもりは無かったんだよ?
得体の知れない君等を王家に混ぜるのはリスクが高過ぎたからね。今となって考えてみれば強要しても良かったのかも知れないがね」
「……何もかもお見通しか。王家に縛り付けられん内に退散させてもらうぞ。それではな」
忸怩たる思いでラウバルトの哄笑を背中で受け止めながら逃げるように中庭を渡り、城門を通り抜けて商業地区へと足を伸ばした。
舗装のされていない道路の其処彼処に軒を連ねる露店を通り抜け、挨拶回り最後の目的地、冒険者ギルドへと出向いた。
軋む音を立てながら観音開きの扉を開いて、受付へと向かうと都合の良いことにマスターの姿があった。
舗装のされていない道路の其処彼処に軒を連ねる露店を通り抜け、挨拶回り最後の目的地、冒険者ギルドへと出向いた。
軋む音を立てながら観音開きの扉を開いて、受付へと向かうと都合の良いことにマスターの姿があった。
「バーサーカーじゃないか! ウチの出世頭にして大陸奪還の立役者がどうしたんだ? 騎士をクビになったのか?」
マスターは輝く禿頭を撫でながら、人の良い笑みを浮かべながら、声を上げた。
今となっては懐かしい話だが、初めて刻印装甲に乗って魔獣の討伐に出向いた時、撤退の機を見逃してしまい、結果的に魔獣を一人で皆殺しにしてしまった事があった。
だが、最強の刻印装甲の一つ、シルヴァールの適合者が逃げ時も分からぬ素人では第三者に俺の命ごとシルヴァールを奪われる危険性をマスターは危惧した。
そこで彼は宣伝と、防衛。二重の意味でシルヴァールの適合者、霧坂涼夜は一度、戦いを始めると全ての敵が倒れるまで決して止まる事の無い戦闘狂であると触れ回った。
効果の程は上々。シルヴァールを奪い取ろうとする者は一人として現れず、俺を指名する依頼者も激増し、俺がこの世界での足場を固める事が出来たのも一重にマスターのお陰だと言っても良い。
だが、最強の刻印装甲の一つ、シルヴァールの適合者が逃げ時も分からぬ素人では第三者に俺の命ごとシルヴァールを奪われる危険性をマスターは危惧した。
そこで彼は宣伝と、防衛。二重の意味でシルヴァールの適合者、霧坂涼夜は一度、戦いを始めると全ての敵が倒れるまで決して止まる事の無い戦闘狂であると触れ回った。
効果の程は上々。シルヴァールを奪い取ろうとする者は一人として現れず、俺を指名する依頼者も激増し、俺がこの世界での足場を固める事が出来たのも一重にマスターのお陰だと言っても良い。
「クビになったと言うよりは辞めたと言った方が正しいな」
「や、辞めたぁッ!? な、なんでだ!? つーか、お前、本気で馬鹿だろ!?」
これが普通の反応だ。装甲持ちの冒険者をやっているよりも城勤めで騎士をやっている方が実入りも良く、磐石な地位と名声を得る事も出来る。
それがお飾りの騎士団では無く、実戦部隊として結成された装甲騎士団の所属であれば尚更の事だ。
この世界の常識で言うのならば、騎士としての立場を投げ捨てるのは、ただの莫迦者としか言い様が無い。
それがお飾りの騎士団では無く、実戦部隊として結成された装甲騎士団の所属であれば尚更の事だ。
この世界の常識で言うのならば、騎士としての立場を投げ捨てるのは、ただの莫迦者としか言い様が無い。
「他にやる事が出来てな。明日、ロワールを発つ事になったのでな。
あの時、アンタに拾われていなければ、俺はのたれ死んでいる所だったからな。礼と挨拶くらいはと思ってな」
あの時、アンタに拾われていなければ、俺はのたれ死んでいる所だったからな。礼と挨拶くらいはと思ってな」
「止せやい! お前さんが礼だなんてケツの穴が痒くならぁ!」
「こう見えて、律儀な性分なのでな」
――何より、律儀なのは倭国系民族の性質だから仕方が無い。
「それと一つ依頼を頼みたい」
受付カウンターに自宅の権利書と、金塊の詰まった麻袋を三つ乗せた。
今まで使う機会の無かった冒険者時代の報酬と、騎士になってから得た給金だ。
食糧に換算すると一生かかっても食いきれない量……一般家庭の二百三十年分の食糧に相当する。
今まで使う機会の無かった冒険者時代の報酬と、騎士になってから得た給金だ。
食糧に換算すると一生かかっても食いきれない量……一般家庭の二百三十年分の食糧に相当する。
「俺の全財産だ。ロワールが本格的に難民支援に動き出すまでの間、今回の騒動で家を奪われた孤児を守ってやって欲しい」
「ウチは孤児院じゃねェんだぞ?」
「知った事か。法に触れなければ報酬次第で何でもやるのが冒険者ギルドだろう?」
そして、俺がマスターに引き渡した金塊は充分すぎる程の報酬だった。
ロワールが本格的な難民支援に動き出すまでの間……そう言ったが、アランが治める今のロワールならば、それ程、多くの時間を要する事もあるまい。
ロワールが本格的な難民支援に動き出すまでの間……そう言ったが、アランが治める今のロワールならば、それ程、多くの時間を要する事もあるまい。
「それに魔獣の数が激減したせいで暇なのだろう?」
「バッカ野郎。復興処理関係の依頼が山の様に届いてんだ。暇なんて出来やしねェよ! 人手も金も全然足りやしねェ!」
「ならば俺が大金を寄付したと喧伝しておけ。それで自己顕示欲の激しい貴族連中がそれ以上の寄付金を持って殺到するだろうよ」
「それで私を崇めよ、称えよってか? 気安く言ってくれやがる……って、何処に行きやがる!!」
「今まで世話になったな。孤児の事は任せたぞ」
踵を返し、元来た道を辿ると背後でマスターの怒号が轟くが知った事では無い。
これで別れを告げる必要のある人間とは全員、言葉を交わした……財産の処分も済み、後は明日を待つだけだ。
これで別れを告げる必要のある人間とは全員、言葉を交わした……財産の処分も済み、後は明日を待つだけだ。
「いや、その前にコイツをどうするかだな……」
未だ俺の右腕の中指で色褪せる事無く、眩い光を放つ宝石が埋め込まれた指輪に封印された刻印装甲。
この世界の至宝にして力の象徴だ。だが、シルヴァールは言った。刻印装甲の力は人間を守るための力であると。
そして、ワイバーンの異常固体を操っていた者はこう言った。
この世界の至宝にして力の象徴だ。だが、シルヴァールは言った。刻印装甲の力は人間を守るための力であると。
そして、ワイバーンの異常固体を操っていた者はこう言った。
――地球に戻れば終わり!? 断じて、否! そこからが英雄キリサカの始まりなのさァ!
この捨て台詞が、ただの負け惜しみとは如何しても思えない。
俺の人生を予見するような物言いから察するに地球に戻れば終わり……そういうわけにはいかないのだろう。
俺の人生を予見するような物言いから察するに地球に戻れば終わり……そういうわけにはいかないのだろう。
「本来ならば、この世界に還すのが道理なのだろうが……」
安綱の様な超高性能アームドギアに匹敵……或いはそれ以上の力を持つシルヴァールを地球で俺個人が所有するのも薄ら寒くて敵わん。
だが、あの得体の知れない連中が俺を狙うと分かっている以上、シルヴァールを手放す事は出来ない。
だが、あの得体の知れない連中が俺を狙うと分かっている以上、シルヴァールを手放す事は出来ない。
――だが、間違えるな。貴様に預ける力は、この世界を救済する力だ
分かっている。世界を守るための力を俺自身を守るために独占しようとしている事を。
そして、アラン達にこの世界の安寧を頼むと言ったのも、マスターに孤児達を頼むと金を渡したのも、この力を地球へ持ち帰るための口実にしようとした事も自覚している。
そして、アラン達にこの世界の安寧を頼むと言ったのも、マスターに孤児達を頼むと金を渡したのも、この力を地球へ持ち帰るための口実にしようとした事も自覚している。
――間違えれば、我が貴様を殺すぞ
シルヴァール抜きで地球へ戻ることを恐れると同時に、シルヴァールに殺されることも恐れている。
「本当に弱いな……俺は」
だが……どちらにせよ死ぬ宿命にあるのならば、この世界に還すべきなのかも知れない。
ロワールの兵舎で馬を一頭借り受け、大草原を走り抜ける。
あれは俺がこの世界に迷い込み、マスターに拾われた直後、冒険者になって日も浅い頃の事だった。
俺は新たに発掘された遺跡の調査隊の護衛依頼を受けた俺は、初めて見る異世界の遺跡に内心で心を躍らせていた。
先史文明の遺産。精霊の秘宝。この世界を象徴する力の究極形、刻印装甲の力に憧れていた。
叶うなら、その力に触れたい。手にしてみたいと思った事もあった。
あれは俺がこの世界に迷い込み、マスターに拾われた直後、冒険者になって日も浅い頃の事だった。
俺は新たに発掘された遺跡の調査隊の護衛依頼を受けた俺は、初めて見る異世界の遺跡に内心で心を躍らせていた。
先史文明の遺産。精霊の秘宝。この世界を象徴する力の究極形、刻印装甲の力に憧れていた。
叶うなら、その力に触れたい。手にしてみたいと思った事もあった。
あの日。調査隊の安全を確保するために遺跡の中を先行していた俺は、王族が座るような王座にもよく似た、大仰な台座に安置されたシルヴァールを発見し――盗んだ。
そして、その夜。城下を巡回する衛兵達の目を盗んで城門の外へと抜け出し、大草原の真ん中で刻印装甲との契約の言霊を紡いだ。
刻印装甲と契約するためには大前提として魔力を要求される。
だが、魔力があれば良いというわけでは無い。刻印装甲が何らかの判断基準に基いて、契約者を適合者として迎え入れる。
そして、その夜。城下を巡回する衛兵達の目を盗んで城門の外へと抜け出し、大草原の真ん中で刻印装甲との契約の言霊を紡いだ。
刻印装甲と契約するためには大前提として魔力を要求される。
だが、魔力があれば良いというわけでは無い。刻印装甲が何らかの判断基準に基いて、契約者を適合者として迎え入れる。
この世界の住人で無い俺には魔力などという得体の知れない力は無い。
仮にあったとしても、刻印装甲が俺を選ぶ筈が無い。朝を迎えたらロワール城に持ち込み、売り飛ばそうと思っていた。
所詮は身の程を弁えない理想でしか無く、そんな途方も無い力を俺が手にする現実など有り得ない。
だが、現実は奇なもので俺は手にしてしまった。最強の一角を担う天の上級刻印装甲、シルヴァールの力を。
仮にあったとしても、刻印装甲が俺を選ぶ筈が無い。朝を迎えたらロワール城に持ち込み、売り飛ばそうと思っていた。
所詮は身の程を弁えない理想でしか無く、そんな途方も無い力を俺が手にする現実など有り得ない。
だが、現実は奇なもので俺は手にしてしまった。最強の一角を担う天の上級刻印装甲、シルヴァールの力を。
「此処は……あの時と変わらずか……」
穴の開いた天井から太陽の光が差し込む遺跡の中心部。当時と変わらず、大仰な台座が屹立していた。
≪シルヴァール……お前との契約を解除する≫
台座の前で指輪をかざし、魔力を込めた言霊を紡ぐと指輪を嵌めた中指に刺す様な痛みが走った。これで契約解除の手順は終わりだ。
台座に戻そうと指輪に手をかけるが――
台座に戻そうと指輪に手をかけるが――
「外れない……? どうなっている?」
指に灯りを照らすと、指の皮膚は焼け爛れ指輪と一体化していた。
それでも、無理矢理外そうと力を込めるが指輪は微動だにせず、皮膚どころか骨にまで達していた。
それでも、無理矢理外そうと力を込めるが指輪は微動だにせず、皮膚どころか骨にまで達していた。
「どういうつもりだ……シルヴァール!! これ以上、俺がこの世界で戦う理由は無い!! 此処から先は俺の世界の……俺個人の戦いだ!! 貴様との戦いは終わっている!!」
だが、シルヴァールからは何の返答も無く、俺の声は遺跡の中を虚しく木霊した。
「世界は繋がっているが故に戦いは終わらない。世界は連なっているが故に戦いに終わりがない。終わりを迎えるためには……どうすれば宜しいのでしょうねー?」
いっその事、指を切り落とすか? そう考えていると妙な雰囲気を纏った魔力が台座の影から放たれ、黒いドレスを纏った小さな少女が姿を現した。
姿はあれど気配は無く、内包する魔力は高いとも低いとも付かず、一見するとただの子供にしか見えないのだが――
姿はあれど気配は無く、内包する魔力は高いとも低いとも付かず、一見するとただの子供にしか見えないのだが――
「それ程、警戒しないで下さいな。ただの化物ですよー!」
「その化物が何の用だ?」
「英雄が力の器を手放そうとしていたので見物に来ただけですよー。それにしても、流石は最上位の英雄ですねー。
備わった強制力も凄まじいって言うかー、ここまであからさまなのは珍しいって言うかー、初めてな感じですよー」
備わった強制力も凄まじいって言うかー、ここまであからさまなのは珍しいって言うかー、初めてな感じですよー」
「力の器……強制力? あの化物達も言っていたな。英雄とは何の事だ? 言葉通りの意味というわけではあるまい?」
「私は英雄キリサカの担当では無いので、あまり多くを語るつもりはありませんがー、力の器は英雄が欲する限り、英雄だけの物になるんですよー」
そして、化物を自称する少女は手にした扇子で指輪が嵌められた俺の中指を示して言葉を続けた。
「力を欲していながら、力を拒絶しても結果はご覧の通り……力を捨てたければ、力を望まないことですねー。
英雄は運命の切り札。願望の体現者。素直に思うがままに生きれば、ただの運が良いだけの普通の人間として生きていけますよー」
英雄は運命の切り札。願望の体現者。素直に思うがままに生きれば、ただの運が良いだけの普通の人間として生きていけますよー」
そして、少女は緩やかな足取りで俺の傍らを通り抜け……
――色々と歪められますけどねぇ?
存分に嘲りが含まれた言葉を耳元へと吐き捨て、魔力に似て異なる不可視の力を放出して、その気配を完全に消失させた。
「薄ら寒い餓鬼が……」
背後を振り向くと案の定、化物を自称する少女の姿は何処にも無かった。
恐らく、アレが言わんとする事の半分も理解出来ていないが、シルヴァールの力を望む限り、コイツを何処の世界に持ち込もうと俺の勝手という事なのだろう。
恐らく、アレが言わんとする事の半分も理解出来ていないが、シルヴァールの力を望む限り、コイツを何処の世界に持ち込もうと俺の勝手という事なのだろう。
――地球に戻れば終わり!? 断じて、否! そこからが英雄キリサカの始まりなのさァ!
ああ……全くだ。あんな化物が現れて、中指はこの様だ。最後の最後と思いきや、その実、終わりなど全く見えやしない。
良いだろう……ならば、あらゆる障害を叩いて潰す。力を必要としなくなるその日までな。
良いだろう……ならば、あらゆる障害を叩いて潰す。力を必要としなくなるその日までな。
所変わって、地球。砕牙州某所地下施設にて――
「英雄キリサカの覚醒を認識……此処までは予定通りだけど……」
薄暗い円卓の間で君嶋悠は一人静かに呟くと、彼の足元から伸びる影から新たな黒い影が飛び出した。
人間の少女の形をした人間寄りの化物――来須は定位置である君嶋悠の膝の上に飛び乗り、君嶋の胸を背もたれにして喜色に満ちた笑みで口を開いた。
人間の少女の形をした人間寄りの化物――来須は定位置である君嶋悠の膝の上に飛び乗り、君嶋の胸を背もたれにして喜色に満ちた笑みで口を開いた。
「ご機嫌麗しゅーございます、魔王様!」
「この世界から君の気配が完全に消失していたようだけど、元の世界に戻っていたのかな?」
「いいえ! ちょっとだけですけど、英雄キリサカとお喋りをしてきました!」
「其処は嘘でも、英雄ツキシロの覚醒を導く鍵としての役割を果たして来た。そう言っておくべきだと思うんだ」
君嶋は呆れた様な、諦めた様な口調で来須の頭を撫でた。
普段通り、柔らかい笑みを浮かべているものの、灰色の双眸が赤に染まり瞳孔は獣の様に縦に裂けている。
頭を撫でる手も、いつの間にやら来須の頭を鷲掴みにして揺さぶっていた。
普段通り、柔らかい笑みを浮かべているものの、灰色の双眸が赤に染まり瞳孔は獣の様に縦に裂けている。
頭を撫でる手も、いつの間にやら来須の頭を鷲掴みにして揺さぶっていた。
「覚醒条件の分岐がその後の世界に大きく影響を及ぼす、唯一の英雄なんですよ!? 興味深いですし、面白そうじゃないですか!」
だが、来須は興奮しているせいか、君嶋に頭を撫でられているのでは無く、鷲掴みにされている事に気付いていない。
「面白かったかい?」
「ただのヘタレでした」
燃料が切れたかのようにテンションを落とす来須に君嶋は渋面混じりの笑顔と、こめかみに血管を浮かべた。
別に英雄キリサカの人柄について聞きたかったわけではない。
別に英雄キリサカの人柄について聞きたかったわけではない。
「分岐条件に分岐後の覚醒条件。分岐後の覚醒による世界に及ぶ影響だよ」
「そうですねー……基本的にどれも魔王様好みじゃありませんねー。ですが、最強の英雄であるのも頷けるというものですよー。
でもー、魔王様がやれと仰るのなら分岐させますけど、私として自然発生を待った方が良いんじゃないかなーと思ったり思わなかったりー」
でもー、魔王様がやれと仰るのなら分岐させますけど、私として自然発生を待った方が良いんじゃないかなーと思ったり思わなかったりー」
「必要以上に干渉するつもりは無いよ。僕に与えられた役割は観測なのだからね」
我関せずといった様子の君嶋の口調に今度は来須が眉を吊り上げ、頬を膨らませた。
「魔王様は干渉しなさ過ぎです! 五十年待てども、百年待てども、此方の世界にお越しにならないから直接出向いてみれば、この有様ですよ!」
「女の子がカッカするものでは無いよ。それに此処から先に流れる時間は凍結世界。僕の居場所は無いようだし、そろそろ、二週目の世界に行く準備をしないとだね」
「ええ。これより先の未来に続く時間軸には時代を象徴する英雄は存在せず、刻むべき時間も記録されるべき出来事もありませんからねー。
様々な世界から集められた記憶の集合によって生み出された優しく、都合の良い妄想だけが形になった破壊も創造も無い『無』があるだけですー」
様々な世界から集められた記憶の集合によって生み出された優しく、都合の良い妄想だけが形になった破壊も創造も無い『無』があるだけですー」
「それで……二週目の世界で僕の記憶と能力はどの程度、残るのかな?」
「英雄キリサカ以上に前例の無い人間が……人間? まあ良いですけど、魔王様に関しては何ともかんとも……
私の事と今回認識した世界法則だけは絶対に忘れないで下さいねー? 人間じゃないからという理由でまた殺しに来られても割と本気で困りますのでー」
私の事と今回認識した世界法則だけは絶対に忘れないで下さいねー? 人間じゃないからという理由でまた殺しに来られても割と本気で困りますのでー」
「最初に襲い掛かって来たのは君なんだけどねぇ……まあ努力はするよ。努力して如何にかなるものかは知らないけどね」
「頑張って下さいねー。英雄候補同様、一つの世界に二つのイレギュラーが並び立つのも好ましくない事なんですよー」
「そっか……あんまり頼りすぎると強制力によって改変を受け……」
「食うか食われるか、狩るか狩られるかの関係に逆戻りするか、私の存在その物が除外される可能性も考えられますねー」
「それを望んでいるようにも聞こえるから不思議だね」
君嶋は敢えて、皮肉る様に吐き捨てた。
実際、どんなに仲睦んでいるような態度を見せても、人を騙し、陥れ、食らい、殺すのが妖の本質だ。
人間を襲う妖でありながら、英雄と呼ばれる人間に従属し、導くという歪な役割から開放されるために死を望んだとしても不思議でも無い。
実際、どんなに仲睦んでいるような態度を見せても、人を騙し、陥れ、食らい、殺すのが妖の本質だ。
人間を襲う妖でありながら、英雄と呼ばれる人間に従属し、導くという歪な役割から開放されるために死を望んだとしても不思議でも無い。
「人を食らうだけの下劣な妖、それが本来の私ですからねー。元に戻れるというのなら、それも良いですよー。
食うか食われるか、狩るか狩られるか……それが人と妖との健全な関係ですし、人が妖を頼り、妖が人に依存するという今の関係は健全とは思えませんからねー」
食うか食われるか、狩るか狩られるか……それが人と妖との健全な関係ですし、人が妖を頼り、妖が人に依存するという今の関係は健全とは思えませんからねー」
まあ、それが本心だろうな――君嶋はそう思った。彼が観測者になってから二百年以上になるが、彼が異世界の存在を認識出来たのは来須と出会った、ここ数年の話だ。
何年待てども異世界を認識出来ない君嶋に業を煮やして、来須は世界を渡ったと言ったがが、そのファーストコンタクトは敵対だった。
観測者に牙を向けば、鍵としての役割を与えられている来須は、強制力によって改変を受け、普通の妖に戻れる事を期待したのだろうと君嶋は考えている。
だが、来須は何の気紛れか、君嶋に協力を申し出た。強制力によって従順な人格に改変されたか、強制力でも問題の解決に至らなかったか――
何年待てども異世界を認識出来ない君嶋に業を煮やして、来須は世界を渡ったと言ったがが、そのファーストコンタクトは敵対だった。
観測者に牙を向けば、鍵としての役割を与えられている来須は、強制力によって改変を受け、普通の妖に戻れる事を期待したのだろうと君嶋は考えている。
だが、来須は何の気紛れか、君嶋に協力を申し出た。強制力によって従順な人格に改変されたか、強制力でも問題の解決に至らなかったか――
「まあ、君等のような人で無いものの価値観について口を挟むつもりは無いよ」
人間で無い者に人間の常識を説いても無駄でしか無く、彼自身もまた人間さえ良ければ、他の生命や星は二の次、三の次。知った事では無いし、どうでも良いと考えている。
来須が腹の底で何を考えていようと、鍵である以上、人間のために動く以外の選択肢は無く、まだまだ利用価値がある以上、手放すつもりも無かった。
来須が腹の底で何を考えていようと、鍵である以上、人間のために動く以外の選択肢は無く、まだまだ利用価値がある以上、手放すつもりも無かった。
「まあ僕が見ていないからと言って、あまり人を襲わないように……それじゃあ、またね」
君嶋は愛憎の入り交ざった感情で来須に吐き捨てながら、頭を優しく撫でて目を閉じると糸が切れた操り人形の様に脱力した。
その直後、頭髪と衣服を含む全身から無数の亀裂を走らせ、人の形をしていた痕跡一つ残さず、粉々に霧散した。
その直後、頭髪と衣服を含む全身から無数の亀裂を走らせ、人の形をしていた痕跡一つ残さず、粉々に霧散した。
「行ってしまわれましたねぇ……それでは私も産まれ直す準備をしないとですねー」
来須は霧となって消えた君嶋の残骸を広げた扇子で掬い上げ、口腔の中へと流し込み嚥下した。
君嶋が座っていた長椅子を愛しげにもたれかかるが、彼の温もりすら消失している。
今頃、守屋達の記憶からも君嶋悠という存在の記憶が消え始めている頃だろう。
君嶋が座っていた長椅子を愛しげにもたれかかるが、彼の温もりすら消失している。
今頃、守屋達の記憶からも君嶋悠という存在の記憶が消え始めている頃だろう。
「それでは次のステージへと行きましょうか……それでは、皆様。また前世でお会いしましょう♪」
来須は主の居ない長椅子に座り直し、楽しげで弾むような声を円卓の間に木霊させ、音を立てて扇子を閉じた。
そして、次の瞬間、砕牙の地下施設の一室にある円卓の間は人知れず地に還った。
そして、次の瞬間、砕牙の地下施設の一室にある円卓の間は人知れず地に還った。
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