spumoni @ ウィキ

包丁

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
管理者のみ編集可
日本料理では包丁をまな板の上で用いる。そのため刃先が傷まず、刃こぼれが起きることが少ない。
また、食材に合わせて、数種類の包丁を用いる。一般家庭では、大抵、出刃包丁、薄刃包丁(あるいは万能包丁)、ペティナイフくらいは備えている。

対して、洋包丁を用いる料理では一般的にまな板を用いずに作業することが多く、食材を調理台の上に置いて片手で持つ洋包丁で切ったり削いだりして調理するのに適した形状が多い。
フランスなどで小さなカッティングーボードが売られていますが、これはチーズを切り分けるためのもの

中国では、中華鍋と中華包丁でほぼ全部の料理が可能。食べ物に金はかけても、厨房に金銭をかけるものではないという思想があり、また食材の種類も多いので一器多用で高度に洗練された結果と言える。包丁を使用する場合は、日本と同様にまな板を使用するが、包丁を叩き付けるようにして食材を切ることが多いため厚手の丈夫なものを用いる。

包丁の歴史

弥生時代

たたら製鉄法」が開発

奈良時代

「たたら製鉄法」で作られた高品質の鋼を使い、折れず、曲がらず、よく切れるという日本刀が生まれます。
この日本刀の技法が和包丁にも受け継がれました。
なお、現存する最古の包丁は、正倉院に十本保存されています。

平安時代

このころになると、調理方法が多用になり、刃物にも種類ができてきました。
貴族の間で、今でいう包丁作法のようなものが流行していましたが、包丁という名前は12世紀の始めまで日本にはまだありませんでした。

鎌倉時代

この時代に、寺院で作られる精進料理が発達していきました。
精進料理は、その料理法に複雑な技法を用いており、そのため包丁の技術もより高度になっていきます。

室町時代

日本料理の原型が完成。てんぷら、寿司、鰻などの料理も現れ、料理屋も誕生します。
出刃、菜切り、鰻裂き、ふぐ引きなどさまざまな包丁がこのころ生まれました。
効率のよい機能性も求められ、今日の包丁にほぼ近い形になり、包丁式(料理の作り方に関する作法)が流行します。
タバコの葉が堺港に入り、堺でタバコの葉を刻む包丁が作られだしたのもこの時代です。

桃山時代

茶会席料理がもてはやされます。
武家の間ですぐれた包丁人を抱え、競わせるようになったことで、ますます包丁が高品質なものになっていきます。

江戸時代

料理文化は上方の方が江戸より進んでいました。
武家の包丁技術を上方の町人がマスターしたからだといわれています。
江戸の町人はてっとり早いつかみ料理や、ぶつ切りといったものが多く、これらの違いが包丁の形にも表れています。

明治から現代

明治時代、西洋包丁が伝わり、主に肉を切ることから牛刀と呼ばれます。
同時に近代製鉄技術も伝わり、牛刀、ペティナイフも国内で作られるようになります。

戦後、さびない利点をもったステンレス包丁が生まれ、たちまち人気を博しました。
また、昭和23年、日本独特の万能包丁として、三徳包丁や文化包丁も考案されました。
最近ではセラミック包丁のように、新素材を用いた包丁も開発されるようになっています。

包丁の種類

和包丁

出刃包丁(でばぼうちょう)

主に魚をおろすときに使い、使用中に力を入れても刃先が撓ったり曲がらずに使えるように刃が厚く重い。
江戸時代に大阪府堺市の出っ歯の鍛冶師が開発したことから、出刃包丁という名前がついた。

薄刃包丁(うすばぼうちょう)

主に野菜全般を切るための包丁。菜切り包丁(なきりぼうちょう、なっきりぼうちょう)とも呼ばれる。

刺身包丁(さしみぼうちょう)

刺身を引くための包丁で和包丁の中で最も細長い。関西型は先が尖り、その形状から柳刃(やなぎば)または正夫(しょうぶ)と呼ぶ。関東型は刃が直線的で先端を平らに切落としたような形状になっており、柳刃よりもやや薄い。関東型を蛸引(たこひき)と呼ぶが、蛸専用の包丁ではない。

洋包丁(ようぼうちょう)

牛刀(ぎゅうとう)(シェフナイフ)

主に肉類などに用いるが、野菜やパンなど様々な用途に用い、一般に刃渡りが長く大きい。
海外で一般的な包丁で、明治時代牛肉を食する文化とともに日本にやってきたことから「牛刀」と呼ばれる。肉しか切れないわけではなくシェフナイフと呼ばれるように、様々な調理に使用する。基本は両刃

筋引(すじびき)(スライサー・カービングナイフ)

肉と筋を切り離すときに用いる。比較的大きな肉を部位ごとに分けるための包丁。両刃ですが刃渡りが長く、刺身などの調理にも使うことができます。

洋出刃(ようでば)

骨付きの肉を切るときに用いる。基本形状は牛刀ですが板厚が非常に厚く、小さな骨などを合わせて切ることをできるようにした、日本独自の洋包丁。海外では中華包丁のような形状のチョッパーナイフなどと同じ用途で使用されます。

骨スキ(ほねすき)ガラスキ

肉を骨から剥がすのに使用される特殊包丁で、海外ではボーニングナイフと呼ばれますが、骨スキ・ガラスキは日本独自の形状で、和包丁の技術が活かされ片刃になっています。このため魚の調理などにも使用でき、非常に使い勝手のいい包丁です。
骨スキには東型と西型があり、サバキともよばれる。骨スキ・ガラスキは長さの違いによる呼び名の違いです。

ペティナイフ

果物の皮むきや野菜を切るときに用い、ペティ(petty)の名の通り小型のナイフで、種類により刃が内側に湾曲しているものを特にピーリングナイフと言う。
場合によっては牛刀と同じ使われ方もします。プロの場合あごに近い部分の刃をあえてつぶし、あご部を握る使い方も知られています。

パン切り包丁(パンスライサー)

パンやハムなどをスライスするための包丁で、波刃がついているのが特徴です。ノコギリのように前後に動かし切る、独自の使い方で柔らかいものなどの切断にも向いていますが、基本的に冷凍食品の切断には向きません。波刃の付いていないものも使われることがあります。

その他の包丁

万能包丁(ばんのうぼうちょう)

日本の家庭で一般的に使われている。菜切と牛刀の利点を備えた包丁。 文化包丁(ぶんかぼうちょう)、三徳包丁(さんとくぼうちょう)ともよばれる。

麺切包丁(めんきりぼうちょう)

麺をきるための包丁。うどん切、そば切とも。

中華包丁(ちゅうかぼうちょう)

中華料理に用いられる、刃が四角く身幅の大きい包丁。方頭刀。

穴あき包丁

切ったものが包丁にくっつかないよう、刃の側面に5mm程度の複数個の穴が空いている。刃の形状自体は万能包丁と同じであることが多い。

ディンプル包丁

表面に高さの低い凸面が複数あり、穴あき包丁と同様の効果がある。

生産地

大阪府堺市

世界最大の古墳仁徳陵は堺の東部丘陵地帯にあり、当時この造営は想像を絶する大土木工事であったものと思われます。
工事用の鋤、鍬などの土工具が沢山生産され、職人は集落をつくって住みつき、今では丹南(タンナ)や日置荘(ヒキソウ)などの地名として面影を伝えています。天文12年(1543年)ポルトガル人によって鉄砲、たばこが伝来しました。堺刃物の優秀な技術はここにも生かされて、戦国時代堺は鉄砲の産地として重要な役割を演じました。
天正年間(1573年〜)たばこの葉を刻むたばこ包丁が堺で造られるようになり、徳川幕府は堺極印を附して専売したために、堺刃物の切れ味と名声は全国各地へ拡がりました。

新潟県三条市

三条刃物は近世にはじまった和釘製造から展開したもので、その後、 幾度かの生産内容や経営形態の変化を経て越後の代表的な刃物産地として発展している。

兵庫県三木市

播州三木打刃物(ばんしゅうみきうちはもの)は、兵庫県三木市で生産される刃物。1996年4月8日に、経済産業省(当時の通商産業省)から伝統的工芸品としての指定を受けた。

包丁式

  • 四条流
  • 四条家園部流
  • 四条園流
  • 大草流
  • 生間流

足利時代の四條庖丁書に依れば、式庖丁は山蔭卿が鯉を庖丁したところから始まります。

四条流の起源は、藤原山蔭(四条中納言、824年 - 888年)が、光孝天皇の勅命により庖丁式(料理作法)の新式を定めたことに由来すると伝えられている。山蔭は「日本料理中興の祖」とされる。

『四条流庖丁書』

記事メニュー
ウィキ募集バナー