草原を歩く二人。
一人は年若いが様々な戦場を越えてきた青年マルス
一人は神に仕えるものとしては少し異様な黒衣を身に纏う女性カチュア
二人は取りあえず人が集まりそうな場所を探し、北の方角にある城を目指していた。

「ははっ、さっきからあなたはそのデニムさんの事ばかりを話されるんですね。」

道中、カチュアから幾度も弟の話ばかりをされていたのだが、それをまるで苦にはせず
本当に楽しそうに笑ってカチュアに応えるマルス。

「そうね、でも話したりないくらいよ。だって世界にたった一人の弟なんですもの…」

大抵の場合はこう返され、更に弟の事を話し続けられているのだがマルスにとっては微笑ましい事であり
又、国に残った筈の自分の姉の事も思い返されるため、その話に耳を傾けながら移動していた。
ただ一度だけ、彼女が何故か過去の話ばかりをする為にそれが気になり

「今はデニムさんとはどうしてらしたんですか?」

と質問したとき。
それまでは楽しげだった彼女の表情は一瞬強張り、一言だけ「…知らないわ。」と呟くと
俯いて黙り込んでしまった。
マルスは自分の質問はこの場所に連れて来られる前のつもりで尋ねたのだが、
カチュアにしてみればこの状況にそのデニム自身も連れて来られているのにそんな質問を
する事は不謹慎な事だから機嫌を損ねてしまった。
そう解釈し、それ以上はあまり此方から尋ねる事はせずに聞く側に徹する事にしていた。

「分からない」ではなく「知らない」と言う言い方に少しも疑問は抱かず。


「あっ!見えてきましたね……あれは?」

やっと視界に入った城、それよりもその東側に広がっていた森から誰かが飛び出してくるのが見えた。

「…デニム!」

マルスが人物を確認しようとするよりも早く、それまではマルスの後方に控えていたカチュアは
そう叫ぶと駆け出していってしまっていた。

「あの人がデニムさん!?でも、あの人は…」

マルスが確認できた事、それはカチュアにデニムと呼ばれた人物が明らかに普通の状態ではなかったこと、
彼の姿は明らかに血に染まっていた事である。
一瞬止めようかとも思ったが、彼女はすでにその人物のそばにまで行ってしまっていた。

「…姉さん?」

その人物、デニムはカチュアを確認すると驚愕の表情を浮かべていたが気を持ち直したのか
表情を変えるとカチュアの手をとり今度はマルスの方に向かって駆け出してきていた。
彼はマルスを一瞥すると眉を顰め一瞬何かを思案するような顔をしたが
すぐに彼をいないものとするかのごとく、それまでマルス達が歩いてきた方に向かって
カチュアの手を引きながら止まることなく駆け抜けていく。

一人取り残される形になってしまったマルスは迷っていた。
それは近くで確認しデニムの外傷の少なさから血に染まったその姿は明らかに他人のものによるものだと言う事、
もう一つはデニムが飛び出してきて、急いでその場から離れようとしていると言う事は
この森の中で何かが起きていると言う事。
カチュアの安全と森の中の出来事の確認。
両者を天秤にかけて、どちらを優先すべきなのかで迷う。
カチュアにはデニムがついている。
カチュアの話からすれば彼はカチュアに危害を加えるような人物ではない筈だが、
あの姿ゆえに安心していいものか分からない。
一方で森の中ではもしかしたらまだ誰かが危険な状況なのかもしれない。
どちらも命の危険性が絡んでいる、だから単純には選べない。

「僕は…………」



息を切らせながら、でも止まることなく駆ける。
もし止まれば折角出会えた姉さんがあの女性のように目の前で死んでしまうかもしれない。

「……て。」

後ろで姉さんが何か言っているのが聞こえるがそれでもまだ止まる事はできない。
安全な場所まで離れてからでも話をするのは遅くないさ。

「…な…て。」

姉さんは今のヴァレリアにとって唯一の希望だ、決して消すわけには

「離して!」

強い口調と共に手を振り払われる。

「えっ?」

僕の口から出たのは間抜けのような何処か拍子抜けした声。
急いで振り返り、姉さんの身を確認する。
無理に僕に合わせたためか息を切らせ、汗もかいているようだが
別段どこにも異常は見当たらない。
何故か俯いている姉さんに近寄ろうとして

「…何故?」

やはり間の抜けた言葉を出してしまっていた。
あの時は突然、思わぬ形で姉さんに再会し、姉さんの身の安全の確保を優先する為に
あまり気に止めてもいなかった、いや止める事もできなかったが
改めて確認した姉さんの姿はまるであの時のような…
状況を理解できず唯立ち尽くすだけの僕をまるで悪魔が嘲笑するかのごとく

「何故?…それは私の質問。私を捨てたあなたが今更私を如何するつもりなの!」

一番、聞きたく無かった言葉が姉の口から聞こえてきた。



結局、マルスは森に向かうことはなかった。
今まで側にいた女性を見捨てる可能性がある事を選ぶ事はできなかったからだ。
彼が迷っている間にかなり離されてしまい、実質見失いかけていたが
強く踏み込んでいたのだろう足跡を発見し、時間は経ってしまっていたが何とか
追跡をする事ができていた。
どの程度走ったのか分からないがようやく何かを言い争っている二つの影を
見つけ、その側に走りよろうとして彼はカチュアが短刀を手にしデニムと
向き合っているのが見えた。

(あの人は危険な人だったのか?)

そう思い、念を押して手にしていた槍を構える。

「…で…くは…ねえ…を…い…て…る!」

デニムが何かを叫んだのが聞こえたがはっきりとは聞き取れない、
だがそれを聞いたカチュアは突然だらりと全身の力を抜いてしまっていた。
その側にデニムが近づいていく。

(いけない!)

直感的にそう感じ取ったマルスはカチュアに向けて叫んでいた。

「その人から離れてください!」


これは一体何なんだろうか?
探し求め、姉さんの為だけに行動していたのに当の姉さんはあの日と同じく
僕に敵意を剥き出しにして僕に批判の言葉を浴びせかける。
夢でも見ているのだろうかとも思ったが、あの女性に貫かれた肩の痛みが
はっきりとこれが現実である事を分からせてくる。

頭が狂いそうだ。

僕の口から出る言葉はあの日と同じ、ただ再現しているだけ。
綺麗事を並び立てる僕を冷ややかな目で見ている僕がいる。

今の現実が理解できないから、あの日を再現する事で何とか平衡を保っているんだろう?

頭の上のほうでそんな事をもう一人の僕が言っているのが聞こえる。
しょうがないだろう、誰だって自分が突然過去の出来事と向き直るのではなく、
過去そのものと対面するなんて思いもよらない筈だ。
でも、そろそろこの再現も終わる。
姉さんはまだ僕に敵意を持っているようだけど次の僕の一言で大方の決着は着く。

「それでも僕は姉さんを愛している!」

ほら、やっぱり姉さんは僕の事を許してくれる。
その証拠にさっきまで僕に向けていた短刀も下ろしてくれた。
これで過去の再現は終わり、今から新しく始まるんだ。
姉さんに最後の言葉をかけて早くこの悪夢から抜け出そう。

「その人から離れてください!」

それなのに如何してこうも上手くいかないんだろう?
前はこんな事は起こらなかったのに、これではあの日と変わってしまうじゃないか。

声の主の方に振り返る。

あの時、多分姉さんと一緒にいたのであろう少年がそこにいた。
なんだ、あの森には行かなかったのか。
だからって僕の邪魔をしないで欲しい。
あの少年がこちらに向かってくる。
如何するべきかな?
あの時はこんな事は起こらなかったから判断がつかない。
少年はもうすぐでこちらに来る、手には槍を構えているようだ。

死ぬかもしれないな。
他人事のようにそう思っていた。



「えっ?」

あの少年と僕、どちらから発せられた声だろうか?
どちらにせよ声を上げた理由は明白。
それまでは僕から少し離れた位置にいた姉さんが僕と少年との間に
挟まる形でそこに立っていた。
少年は理解できないように自分の腹部を見ている。
ゆっくりと姉さんが僕の方にやってくる。
少年はゆるゆるとした動作で倒れていく。
僕のそばにまで来た姉さんが僕の事を抱きしめた。

「あなたが私を必要としてくれるのなら、あなたの事は私が守ってあげるから。」

ほら、やっぱり変わってしまったじゃないか。


【D-6/山付近/一日目・日中】
【デニム=モウン@タクティクスオウガ】
[状態]:放心状態、軽症(肩に刺し傷、左肩にかすり傷)、プロテス(セイブザクィーンの効果)
[装備]:セイブザクィーン@FFT
[所持品]:壊れた槍、首輪、不明×2(確認済)
[思考]:1:その他参加者の排除
    2:脱出法の模索
    3:脱出が不可ならカチュアを優勝させる
    4:カチュアをヴァレリアへ帰還させる

【カチュア@タクティクスオウガ】
[状態]:健康
[装備]:魔月の短剣@サモンナイト3
[道具]:支給品一式、銀の盾@ティアリングサーガ、ガラスのカボチャ@タクティクスオウガ
[思考]1:デニムを守る
   1:二人で生き残る(手段を選ばない)

【マルス@紋章の謎 死亡】
【残り43人】
[備考]:マルスの支給品は死体の側に落ちています。

047 気付く者気付かない者 投下順 049 手負いの獣
047 気付く者気付かない者 投下順 051 女の戦い
035 平行線な想い デニム 059 紅の戦い
008 姉と弟 カチュア 059 紅の戦い
008 姉と弟 マルス
最終更新:2009年04月17日 10:42