「チッ、血が止まらねぇ…。」
C-4の平原を駆け抜け、視界に誰も映らなくなった所で一旦立ち止まり傷の具合を確かめる。
負傷した二の腕にペットボトルの水を丸一本分ぶちまけ、
自分の服の一部を破りきつく縛りつけて包帯代わりにしておいたが、
流血はなかなか収まる気配がねえ。思ったより傷は深い。
このままでは今後の戦闘はおろか、生き延びることさえも危うい。
「…クソッ。なんてザマだッ!」
萎えかけた闘志を自分を叱咤することで無理やり振るい起させる。
とりあえずは本格的な傷の手当が先決だ。
それも、しばらく他の参加者の目の届かない場所がいい。
こんな所でこれ以上無駄に休んでいる暇はねぇ。失血死など真っ平御免だ。
二の腕から血を滲ませながら、脇目も振らずC-3の村へと全力疾走を再開する。
「おいおい、どうなってやがるんだこの村は一体?」
激しく息を切らしながら、いざC-3の村に到着してみたがまるで人の気配がねえ。
薪割りしかすることのないシケた糞ジジイどもも。
嬉しそうに鶏や犬を追いかけまわす鬱陶しいガキも。
額に汗水流して下らねぇ畑を耕すオッサンも居なければ、
繋がれて屠殺される運命を嘆く家畜どもの気配さえもねえ。
あの生まれた港町で嫌というほど思い知らされたあの生活臭って奴が、
この村には全く感じられねえ。
そう、まるで以前オレ達が襲った後のバルマムッサそっくりだ。
無論、住民がいたところで適当な家を見つけて中のものを調達し、
住民が刃向うようならオレの野望の礎の一つになって貰うだけの話しだが、
最初から誰一人いない廃墟となればそれは大問題だ。
これじゃあ、下手すりゃ何一つ調達することができねえ。
「チッ。あらかじめ住民の大掃除までしてくださって、
腹黒い主催者サマも準備がいいのは良い事ですがねぇ。
ちっとはこちらの苦労も考えて下さらないですかねぇ?」
愚痴を言ったがどうにもならねえ。手頃な家を調べ、使えそうなものがあれば調達する。
今はそれだけでいい。できれば出血で冷えた体を温められるものも欲しいところだ。
もし他の参加者どもがここで休んでいれば、うまくそいつらから調達すればいい。
ついでに命も調達できれば、なおよしだ。オレは適当な大きさの家を物色し始めた。
やや大きめで拠点となりそうな民家を遠目で見つけたとき、
その方角から戦場で度々嗅ぎ慣れたあの鉄錆臭がした。
だが、それはオレのものじゃねえ。
オレ以外に死傷者がすぐそばにいるか、もしくは戦闘があったってことか。
刀の柄に手を当てながら気配を消し、臭いの元へ慎重に近づく。
だが、臭いの元で見つけたものは凄惨というよりはマヌケという表現が相応しい光景だった。
「おいおい、こりゃまたケッサクな死にザマな事で。
別にここまで身を張った芸をしなくともいいんだがね。」
警戒しつつ臭いの元へ辿り着いてみれば、
やや作りの良い民家の軒先で細身の顔に刺青をした男が、
頭頂部からナイフを突き刺したまま大の字で倒れていた。
どこをどうすれば目の前のオッサンがこんな死にザマになったか、
オレには皆目見当もつかないがまあ今はどうでもいいことだろう。
事実として目の前の冴えないオッサンは死体となり、
頭頂部には業物らしき凝った柄をした投げナイフが存在している。
そして、このオレは使えそうなものだけを貰っておく。それだけでいい。
オレは死体の前に屈みこみ投げナイフを引き抜こうとしたが、
余程深く突き刺さっていたのかビクともしなかった。
「チッ、放せってんだよッ!このオッサンッ!!」
何度か全力で頭を蹴りつけながら、柄を力任せに引っこ抜く。
衝撃で眼球が片方はみ出したが知ったこっちゃねえ。
死後少し時間が立ってやがったのか、血はあまり吹き出ることはなかった。
刃にこびり付いた脳漿はコイツの服で拭いておく。
テメーの血だ。テメーで拭きやがれッ。
さて、ここで人が死んでいるということは、以前誰かがここを拠点にしてこのオッサンを始末したか、
あるいはここにいたこのオッサンが襲撃されたかという事か。いずれにせよ、今ここには人の気配はない。
とはいえ、他人が根城にしていた場所だ。罠がないとは限らない。
…安全策を取り、ここは退いて新しい家を探すか?…それともあえて虎穴に入り、虎児を得るか?
いずれにせよ、あまり考えているゆとりはない。今流している血の一滴は、砂金の一粒程に貴重だ。
――さて、どうするヴァイス・ボゼック?
いや、考えるまでもねえ。今ここで臆病風に吹かれているようじゃ、
オレがバルマムッサで縊り殺した負け犬どもと変わらねえ。
それにうまくいけば、ここの主があわてて残したブツや情報も手に入る可能性がある。
そう、オレならきっと上手くやれる。腹は決まった。
オレはこの死体が玄関先にある家に押し入る事にした。
――もぬけの、カラか。
オレは賭けに勝ち、大いなる父フィラーハはこのオレに恵みを授けて下さったようだ。
民家には一切の罠はなく、人も隠れている気配も一切ない。
家財一式と食糧や日常道具等は一通り無事だ。保存状態もいい。
こいつはありがたい。ツキはまだこのオレにあるようだ。
衣装部屋を適当にあさり、裁縫道具と救急箱を見つけ出す。
台所で燻製肉等の保存が効き旨そうな食糧を見繕って詰め込み、
最後に玄関で手に入れた投げナイフと重量の近い肉切り用の細長いナイフを数本失敬する。
単独では役立たずだが、フェイントとして本命の投げナイフを織り交ぜて使えば十分な価値がある。
モノは使いよう、ってね?
ついで、オレは救急箱から取り出した消毒液を腕と太めの布団針に振りかけ、
ついで七三分けした馬鹿丸出しのガキから奪った「オイルライター」とかいう着火装置で軽く針を炙る。
この文明の利器で針を炙り終えた後、自分の口にも丸めた布を詰め込み、慎重に傷口を縫合する。
「…ンぐッ!…ッ……ガアッ…!」
素人の荒っぽいやり方だが、どうにかして傷口を塞がねば血は流れ続ける。
――この痛みッ、絶対忘れねぇッ!
去り際にあの女が言ってた
ルヴァイドとかいう奴、お前はオレの獲物だ。
お前はオレがこの手で殺してやるッ!…その時まで死ぬなよッ!
先ほどの不覚による屈辱と憎悪を思い出す事で激痛を気力でねじ伏せ、
額に玉の汗をびっしりと掻きながら、どうにかこの麻酔のない縫合を終わらせる。
最後に調達した包帯を二の腕に巻きつけて応急措置の完了だ。ようやく血も収まった。
失った血は戻らないが、滋養のあるものを食い少し休めば体力は回復するだろう。
少しの小休止を取りながら、水代わりに調達してきた保存用の麦酒と燻製肉を軽く口にする。
あとこの拠点で調べていない所は、離れにある物置程度か。
人心地が付いたところで、装備を整え残された物置の捜索を開始する。
そして、その扉のすぐ傍に辿り着いた時、オレは本能的な恐怖で全身が総毛立った。
――いつから、そこにいやがったんだ?
背筋が凍りつき、冷たい汗が吹き出す不快感が止まらねえ。一歩一歩近づくたびに悪寒が酷くなる。
何故だ?先ほど近くを通った時も、これまでも呼吸や体温は一切感じられなかったはずだ。
だが、動く気配もまったくねぇ。これだけの殺気を放つ奴だ。
もっと前からオレの存在に気づいてもよさそうだってのに何故こちらに来ねぇ?
…誘っているのか?フン、上等だッ!そんな所に逃げ込んで何ができるッ!
呪縛刀を引き抜き逆手で構え、扉を乱暴に蹴り開けて中に踊りこむ。
だが、そこに存在したものはオレの予想とはかけ離れたものだった。
物置部屋は、小型の台風でも吹き荒れた後と言うのが相応しい場所だった。
花瓶などの全ての置物には無数の小さな穴が穿たれ、その内容物が穴から漏れ出している。
ベットやテーブル等の家具には残らず巨大な剃刀のようなもので寸断したような形跡がある。
そして部屋の中央には、物言わぬ首なしの暗紫色の甲冑だけが椅子に腰かけてあった。
殺気の原因は、こいつか。さしずめ、武器と兜さえあれば死霊騎士って所だな。
だが中身がねえにも関わらず、この甲冑の存在感は一体なんなんだ?
動く様子は一向にないが、その存在感は瘴気さえ漂わせ、周囲に無数の悪霊が舞うかのような錯覚さえ…
いや、錯覚じゃねえ。明らかにこの鎧がもの云わぬ亡霊や悪霊どもをつき従えているッ!
今、靄のようなものが鎧から這い出して死神のような輪郭を作り、このオレに微笑みかけて消えた…。
…冗談じゃねえッ!
コイツは、あまりにもヤバすぎるッ!
オイオイ、これももしかしてこのゲームの支給品か何かかぁ?
こりゃ貰った所で誰でも捨てたく…。いや、こいつはどこかで見たことがある。
あれは確か、オレがガキの頃に散々聞いたオウガバトルにも出てきた…。
そう、「死神の甲冑」だ。四つある暗黒魔導器の、その一つだ。
まさかこんなものが実在し、なおかつこんな所で御目にかかれるとはな。
鎧の悪霊どもは若干の恐怖を感じたこのオレを挑発するように、オレの頬を通り過ぎて軽く撫でた。
…ふざけるなッ!このオレは前の持ち主と違ってテメー如きにビビッたりしねえッ!
相応しい主は、このオレだ。このオレがテメーの手綱を引いて飼いならし、隷属させてやるッ!
オレは今度は臆することなくこの甲冑を手にして、手早く身につけ始めた。
甲冑を完全に纏い終えた途端、体の芯から何かが吸い取られるような脱力感を感じた後、
悪霊どもがこのオレを加護するように纏わりつき、信じられねえ程の活力を与えてくれる。
これまでに感じていた二の腕の痛みや疲労といったものが嘘みてえに消えてなくなる!
こいつはいい!体中の血管が浮かび上がり、力が湧き上がってくる感覚が全く止まらねえ!
そして体だけじゃねえ。心の奥底から次々とオレの心が心地よいものに書き変えられていく…。
さっきまでの恐怖は高揚感に、負傷で芽生えかけた臆病は闘争心に置き代わり、
これまでに培った怒りや憎悪はさらに際限なく膨れ上がる!
ハハッ!ハハハハハッ!!これはいい!最高にハイって奴だあッ!
これなら、もう誰にも負ける気がしねぇ!あの
タルタロスにも、ルヴァイドとかいう奴にもッ!!
いや、周りはすべてこのオレの獲物だ。このオレに凌辱される時を待ちわびている哀れな生娘どもでしかねえ。
…もう逃げも隠れもする必要はねえ。このオレが全て狩りつくし、屠ってやるッ…!
鎧の悪霊は今度は絶世の美女の形を取り、このオレに抱擁し口づけする仕草を取った。
心よりこのオレ様を主として祝福するということか。…いい心がけだ。
パサッ
甲冑を着終えた後、鎧の隙間から手紙が唐突に落ちた。
おそらくはこの甲冑の中に仕込んであったものだろう。
手に取って内容を確認する。
ここに辿り着いた貴殿にこの悪しき鎧を献上する。
元より漆黒の鎧を身につけている私には余計な代物。
だが、ここで装備を整える以上、私と相まみえる以上は全力を尽くされよ。
それこそがこの報酬代わりだ。
…コイツの名は知っている。確か
参加者名簿の欄にも記載されていた奴だ。
なるほど、元はコイツの支給品だったってことか。
じゃあ、玄関のマヌケなオッサンもコイツが始末したってことか。
だが、この素晴らしい鎧を悪霊ごときにビビって身につけないようじゃたかが知れている。
それにわざわざこんな手紙で負け惜しみこいてるようじゃ二流…、いや三流の証だな。
ケッ、こちとら元々黒騎士って連中には散々借りがあるんだ。
丁度いいッ!見つけ次第これまでの借り、全てテメーで支払って貰うぜ漆黒の騎士ッ!!
オレは胸に湧き上がる高揚感、人の死を心より望む破壊への渇望、
そしてこれからの殺戮への期待に胸を躍らせながらこの民家を後にした。
部屋中の家具を大型の剃刀で切り落としたような切れ味が、
本来は斧という対象を叩き砕く無骨な武器で生み出されたという事実に。
そして穴を穿たれた調度品が全て対象の中心を正確に捉えていたという事実に。
この鎧を放置した騎士が、手慣れぬ武器の扱いをこの場でそこまで習熟していたという事実に。
もし気づいていれば、流石にこの猛る激情家もこの騎士に対する認識を改める事になっただろう。
だが彼にとって幸か不幸か、それらの事実に気づくことはなかった。
【C-3/村:東端の漆黒の騎士がいた民家/午後】
【ヴァイス@タクティクスオウガ】
[状態]:右の二の腕に裂傷(処置済み)、貧血、死神の甲冑による恐怖効果、
および精気吸収による生気の欠如と活力及び耐久性の向上。
[装備]:呪縛刀@FFT 、死神の甲冑@TO
漆黒の投げナイフ@サモンナイト3(4本セット:残り1本)、肉切り用のナイフ@オリジナル(3本セット)
[道具]:支給品一式(もう一つのアイテムは不明) 、栄養価の高い保存食(2食分)。麦酒ペットボトル2本分(移し変え済)
[思考]1:出会ったものはすべて狩り殺すッ!最高にハイって奴だぁッ!!
2:特に黒騎士ども(ランスロット・タルタロス、ルヴァイド、漆黒の騎士等)には容赦しねえッ!
これまでの借りをたっぷりと返してやるッ!!
[備考]:漆黒の騎士が己の出で立ちに合わぬということで放棄した支給品(死神の甲冑)を
ヴァイスが手に入れたという形になります。
【死神の甲冑@タクティクスオウガ】
身体用防具。纏う者の精気を吸い取る闇の鎧。暗黒魔道器の一つ。
精気を吸い取り、その代価として活力を与え肉体を強靭とするため、傍目には躁の麻薬中毒患者に見えると思われる。
他に恐怖をまき散らし周囲の敵の戦闘力を下げる特殊効果がある。
本来、この甲冑の周囲に『無数の悪霊や亡霊を見る』ような記述は本編中では明記されていないが、
同作品で同じ恐怖効果を持つテラーナイトというクラスにこういった記述があった為、
同じ雰囲気を持つと判断してこの情景描写を採用した。
【肉切り用のナイフ@オリジナル】
食卓で使われる刃の丸いギザギザの肉切り用のナイフ。
当然、普通に当てた所で少し痛い位で殺傷力はない(投石並のレベル)。
ただし、ヴァイスは本命の漆黒の投げナイフを当てる囮として取ってある。
【ビジュ@サモンナイト3】
[状態]:死体。さらに頭部の損壊と右眼球の損失。着衣に血と脳漿の汚れあり。
最終更新:2009年04月17日 10:41