アティを、仲間を求めて城を出た彼女達が直面したものは無情なものだった。
まだ若い男性が横たわっていた。
青々しい草を赤黒く染める体液。
あたりに漂う色濃い血臭。
溢れる体液がその横たわる男性の周りに禍々しい小さな湖を作っていた。
顔からは血の気はまだ完全には失せてはいない。
だが、腹部からの出血が致命傷であることは誰の目にも明白だった。
目を見開いたまま身じろぎすることもなく
ただただ静かに血溜まりに横たわる青年。
腹部の傷以外は目立った外傷はない。
殺し合いの場における亡骸としては随分と綺麗な部類であろう。
だが、幼い少女が吐き気をこみ上げるには十分な存在感であった。
「大丈夫か?」
「う……大丈夫ですわ…。死体を見るのは初めて、というわけでもありませんし」
とは言うもののすぐさま顔を背けてしまった。
確かに、この島に来る直前に見せられた巨大な生首に比べればマシではあったが
湧き上がるような胃のむかつきはそう慣れるようなものではない。
顔をしかめながら、服の上から胸を押さえる。
それで吐き気がマシになるかといえば大した効果はないが
何もしないよりはずっといい。
その死体を発見し、少なからず
ナバールは動揺こそしないが驚いていた。
傭兵をやっていた以上、仲間の死にはある程度の耐性はある。
こういった残念な結果も、アイカシアにいた頃から想定外だったわけではない。
彼は何もできない王子様というわけではなかった。
しかも彼は常に前線に立ち、
オグマや自分達と共に剣を振るっていた。
それこそいつ死んでもおかしくないような劣勢の中でも、だ。
しかしこの戦場では何かを為すこともなく逝ってしまったようであった。
驚きに見開かれた彼の目を閉じてやる。
彼が絶命する直前の表情はもうその顔からは知りえることはない。
既に乾いているようだった眼球はもう外気に晒されることはないだろう。
しかし、よりによって……
あれだけの死線を潜り抜けてきた男が、早々に退場か。
見たところ争った形跡もない。
書斎で
ベルフラウに仲間について話したときに危惧したとおり、
引き連れていた殺人者に不意打ちされたか、迂闊に近づいて殺されたのだろう。
背中ではなく腹を刺されたというのも、ある意味彼らしかった。
彼らしくはあったが、とても笑うような気にはならなかった。
彼の死を知った
シーダ王女を想像すると
痛々しいしくてとても見てられそうもない。
ナバールの様子が少し変わったことを、ベルフラウは敏感に察した。
「ナバールさん、この方をご存知なんですの?」
「…俺が所属していた軍の総指揮官だ」
簡潔なやりとりであったが情報としては十分だった。
総指揮官。それほど近しい人物であったかどうかはわからないが、
彼は知り合いを失ったのだ。
「ナバールさん……」
どう声をかければよいかベルフラウには分からなかった。
無色の派閥があの島で帝国兵を虐殺したとき、
アティはなんとアズリアに声をかけたのだろう?
そんなことを思いながら、何と言っていいものかわからず唇を硬直させていると
「小娘に気遣われるほど俺は落ちぶれてない」
「なっ…」
せっかく気を遣おうとしたのに報酬は訂正なし小娘呼ばわりだった。
絶句の後に訪れたのは怒り。
「なんですの、その言い方は!私は――」
「おしゃべりはいい」
今度こそ小娘呼ばわりに対し文句を言おうかと思ったが
ナバールの真剣な剣幕に口をつぐんだ。
見たところ、彼はそれほどショックを受けている様子はない。
おそらく、いや確実にこういう状況に慣れているのだ。
しかし今はそれはさしたる問題ではない。
ナバールが真剣な様子になった理由が今は重要だ。
「…どうしたんですの?」
理性で怒りを鎮めて、ナバールの顔を窺う。
彼の視線の先にあったのは血溜まりの外に飛び散っている血飛沫だった。
その血飛沫のひとつに手を伸ばし、そっと撫でた。
その伸ばした手の先の指をベルフラウの前に持ってくる。
剣ダコがあり、武人相応の無骨な手。血が移り赤くなっているだけの手だった。
「これを見て気づくことはないか?」
「これを見て…ですの?特に何も……」
「指先が触れただけで血がついた。血が固まっていないということだ」
「!!」
血が固まるのに要する時間は、湿度や直射日光などの条件でもちろん変わるが、
今の気象条件ならば血溜まりの外なら20分もかからないだろう。
――――殺人者がすぐ近くにいる!!
そこまで考えが至ったところでベルフラウは慌てて周囲を見渡した。
もっとも、それで気づくような近距離に誰かいれば
隣で平静としている男が見逃しているはずはないのだが。
だが警戒するに越したことはないだろう。
「この場を離れたほうがよろしいんではないんですの?」
努めて冷静に、見た目だけでもそう見えるようにベルフラウは言った。
ナバールにそういった様子を悟られたかどうかは分からないが
ベルフラウの言葉は耳に入ったはずだった。が、返事はなく何か考えているようだ。
この場を離れるべきかどうかについて考えているのだろうか?
いや、これに関しては悩むことではない。尋ねてはみたが答えは出ている。
即刻離れるべきだ。
知り合いを殺した人物への報復を考えている?
彼の様子を見る限り、ないとはいえないがそこまでするほどこの亡くなった
青年を深く思っていないように思えた。
この青年が亡くなったことによる残された仲間への影響の懸念?
これは大いにありえる。参加している知り合いのほとんどが
共に戦った仲間ということだから、総指揮官が亡くなったとなれば
大なり小なり影響のある人物は多いだろう。
「避けろ!!」
思考を巡らせ周囲への注意を欠いていたいってもいいこの状況で
彼女が反応できたのはナバールの声はもちろんのこと、矢の攻撃に対して
反射的に"見切"れるほどに訓練を積んでいた賜物だったのだろう。
ベルフラウの金髪が数本空中を舞う。
光の矢が、数瞬前までベルフラウの頭があった場所を高速で通過していった。
「………いくらなんでも、無遠慮すぎませんこと?殺人者さん」
反応が遅れていれば致命傷になりかねなかった。
心中が平静であろうはずもない。心臓が早鐘のように鳴る。
が、そんなことはおくびにも出さない。
挑発するように嫌味ったらしく光の矢の射手と彼女に寄り添う剣士に言ってやった。
こういう言い方と、肩の前に出た髪をかきあげる様子がさまになっているなぁ、と
ベルフラウ自身、頭の片隅で思う。
襲撃者は二人とも見事に返り血を浴びており、
女性のほうの血は微妙にだが乾ききっていないようだった。
二人が殺し合いに乗った人物、しかもこの青年を殺した下手人であることは疑いようもなかった。
さて、状況は芳しくない。
こちらは戦力になるのはナバール一人。
対して向こうは剣士一人に、短剣を持った魔法使いが一人。
相手剣士よりもナバールのほうが実力があり、
かつ魔法使いと剣士との連携が上手くなければ打開できるだろう。
――――そんな楽観はとてもできそうにはなかった。
相手の力量を推し量るのも実力のうちというが、
それだけの実力はナバールもベルフラウも持ち合わせていた。
彼らは強い。
ベルフラウの挑発にも反応は示さない。
精神面も肉体面も、彼らは強い。
「おい、お前」
ナバールは傍らで臨戦態勢をとったベルフラウへと小声で囁いた。
敵に聞こえているかは分からないが無駄な情報は敵へと渡さないよう、
名前で呼ぶようなことはしない。
「なんですの?」
「俺が二人へ攻撃を仕掛ける。お前はその隙に撤退しろ」
突然のナバールの提案。自分が囮になると言っているのだ。
「この、お前の支給品だった玉は返しておく。戦闘時に持っていても邪魔だ。
機会があればこれを使って――」
懐から竜玉石を取り出し、そう言いながらベルフラウに渡そうとしてナバールは気づいた。
眉間にしわを寄せ、猛烈にこちらを睨んでいるベルフラウに。
ありていに言って、彼女はすっごい怒っている様子だった。
「全く、貴方という人は!少しは反省してくださったのかと思っていたのに
まるっきり分かっていませんのね!」
それほど声を張り上げた訳ではないが口調は鋭く、
少女とは思えない迫力を出している。
「私は少し前に貴方に
『さっきから一方的にお決めになって、少しは私の意見も聞いてくれたらどうなんですの?!』
と文句を言ったばかりでしょう?それなのになんですの、また勝手なことばかり!!
私も素人じゃありませんわ。貴方が戦うというのなら私も戦います!」
確かな決意。それを無下に一蹴することはできずナバールは沈黙した。
血濡れの二人も攻撃をしてこず、数秒ではあるが静寂が訪れる。
値踏みが終わったのだろう。
結局、ナバールは何も言わずに竜玉石をベルフラウに無理矢理持たせた。
「貴方はっ……!!」
「言い方を変えよう」
ベルフラウの湧き上がる不満をぴしゃりと遮り、彼はこう言った。
「武器を持たない女子供は、邪魔だ。
俺の役に立ちたいと思うなら足手纏いになる前にさっさと消えろ!」
そこまではっきり言われてもなお"駄々をこねる"ほどベルフラウは子供ではなかった。
実際、自分がここに留まっても戦力にはならないであろうことは頭では理解していた。
ヒーリングプラスによる傷の治療か、弾除けになるくらいだ。
傷の治療ができることは有用ではあったが、ベルフラウがここにいては
彼女を守るためにナバールが余計な傷が負うことになるだろう。
「………そこまで言うのなら分かりましたわ。けれど、竜玉石をお返しして頂いた以上、
私もこれをお返ししておきますわ」
そう言ってベルフラウが荷物から取り出したのはキャンディが入った袋。
「必要ない。魔法を使わない俺には荷物になるだけだ。お前が持っていろ」
「じゃあ、せめてこれだけでもお持ちになって」
そういってベルフラウが袋の中から取り出したのは茶色の棒つきキャンディ。
…正直、見た目的には一番まずそうなキャンディだった。
「本で読んだことがありますの。確か、このカレーキャンディは一粒なめれば
どれほど消耗していてもたちまち回復する、そんな効能があったはずですわ。
………持っていってください」
「……そういうことならありがたく受け取っておこう」
ベルフラウからキャンディを受け取り、ナバールは竜玉石をしまっていた懐へといれた。
「お前に俺と合流する気があるなら………そうだな。
確か夕暮れ時に戦死者の告知があると司会の男が言っていたな。
お互いの名前が呼ばれなければ俺達が出会った場所で落ち合おう。
それでいいな?」
結局、ナバールは最後の最後までなんでもかんでも決めてしまった。
しかし、同意を求めたということは
少しはベルフラウの言っていることを理解してくれたのだろうか。
「分かりましたわ…御武運を!」
そう力強く言い、ベルフラウは敵に背を向け駆け出した。
敵の二人が何か話し込んでいた。
消耗していた
カチュアにとってはそれがもたらす時間はありがたいものだった。
デニムの傷の回復するためにヒーリングを使った。
けれど明らかにヒーリングの回復力が落ちていた。
結果、何度も重ねがけすることで傷は塞がったが
失血による体力消耗までは回復しなかった。
さらに、敵を奇襲するために放ったライトニングボウ。
これによる魔力の消費もかなりだった。
デニムが怪我を負ったときのことを考え、魔力の節約・回復を心がけねばならなさそうだ。
「分かりましたわ…御武運を!」
そんなとき、何かを話していた女の子がそう言い放ち、走り出した。
無用心にもこちらに堂々と背を向け。
あの女の子に追撃したほうがいい?あそこまで隙を見せているのに
遠距離攻撃ができる自分が何もしないのは不自然だろうか?
デニムが目の前の剣士と戦って有利な展開に持っていくには
カチュアが『潜在的脅威』になる必要がある。
彼女が遠距離からデニムを援護できることを彼に植え付けることで、
たとえカチュアが全く戦闘に参加せずとも
1対2という精神的負担をかけさせることができるのだから。
そもそも、あの少女を逃がしては元も子もない。
やはり、殺すつもりで追撃すべきだ。
当たるかどうかは分からないが当てないといけない。
光の矢を引き絞るために魔力を集中させ的となる少女の後頭部を凝視する――――
ここでハッと気がついた。
『目の前の剣士』が本当の意味で『目の前の剣士』と言えるほどに迫っていることに。
「くらえ!必殺の剣!! 」
剣士が腕を一閃させた。
突進力、体重移動、身体全体の動き。カチュアはそこまで細かく把握できなかったが
必殺の剣と呼ぶに相応しい威力を持った一撃なのは分かった。
甲高い音が辺りに響いた。
カチュアと剣士の間にデニムが割って入り
その重たい剣戟をセイブザクィーンで受け止めていた。
「姉さんに…手は出させないッ!」
デニムと剣士が剣に互いの力を乗せ、押し合う金属音があたりにギチギチと鳴る。
「一つ…確認しておきたい…!」
力を込めているからだろう。無駄な力が入った声でデニムと対峙する剣士が尋ねてきた。
「お前達は……このゲームに乗り優勝するつもりか!?」
「僕は、姉さんが生きて帰れればそれでいい!そのためなら……
参加者も主催者も殺すことは厭わないッ!!」
一度、二人は剣の刃を離し、全身のバネを使い敵の身体へ己の刃を打ち込もうとする。
が、お互いの刃は吸い付くように再び重なった。
小気味のいい音が響き、鍔競り合いが始まる。
「では、なぜいきなり俺達に攻撃を加えた!?皆殺しが目的でないならば
話し合うこともできたのではないか!!?」
「貴方が血塗れの僕達を見つけてしまった!
僕達が殺人者だと噂が広まれば行動がしにくくなる!だからですッ!」
そう。カチュアがライトニングボウを撃つ数秒前。
この剣士は岩陰に隠れこちらを窺うデニムと目が合ったのだった。
そこからマルスを殺したのは自分達だろうということを
看破するのに時間はかからなかったようだった。
「つまり、俺達を口封じしようというわけか…
貴様らを殺すのに遠慮はいらなさそうだな!」
キィン!!
互いの剣を弾く音がカチュアの身体の芯にまで響いた。
いつのまにか二人とも先程よりも自分から離れたところで目にも留まらぬ動きで
剣を、腕を、身体を振るっている。
動きが早すぎて下手に援護攻撃はできそうもなかった。
だが、弟が戦っているのになにもしないわけにはいかない。
だって、私は姉なのだ。そして彼を愛しているから。
短剣を握り締め、彼女は同時に精神を集中させていった。
【D-6/平原/一日目・日中】
【ベルフラウ@サモンナイト3】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式 、筆記用具、竜玉石@タクティクスオウガ
ヒーリングプラス @タクティクスオウガ
キャンディ詰め合わせ(袋つき)@サモンナイトシリーズ
(イチゴキャンディ×2、メロンキャンディ×2、パインキャンディ×1
モカキャンディ×1、ミルクキャンディ×1)
[思考]1:安全な場所までの退避。
2:知人やナバールの仲間と合流したい。
3:できればナバールを援護したい。
4:放送後、ナバールが存命ならC-6の城へ向かう。
5:ゲームから脱出したい。
【ナバール@紋章の謎】
[状態]:健康
[装備]:火竜の剣@タクティクスオウガ
[道具]:支給品一式、筆記用具、カレーキャンディ×1
[思考]1:目の前の二人を倒す。
2:対主催者を探す。
3:放送後、ベルフラウが存命ならC-6の城へ向かう。
4:この状況から打破したい。
【デニム=モウン@タクティクスオウガ】
[状態]:小消耗(肩の傷は治療済み、行動制限なし)、プロテス(セイブザクィーンの効果)、血塗れ
[装備]:セイブザクィーン@FFT
[所持品]:壊れた槍、鋼の槍、首輪、不明アイテム×2(確認済) 支給品一式×3
[思考]:1:その他参加者の排除
2:脱出法の模索
3:脱出が不可ならカチュアを優勝させる
4:カチュアをヴァレリアへ帰還させる
【カチュア@タクティクスオウガ】
[状態]:中消耗、血塗れ
[装備]:魔月の短剣@サモンナイト3
[道具]:支給品一式、銀の盾@ティアリングサーガ、ガラスのカボチャ@タクティクスオウガ
[思考]1:デニムを守る
2:二人で生き残る(手段を選ばない)
[備考]
デニムの傷はカチュアがヒーリングで治療しました。
マルスの支給品一式はデニムが回収しています。
ナバールがチキに交信を試みたかどうか、また通じたかどうかは書き手の方にお任せします。
お互いに敵の名前は把握していません。
最終更新:2011年01月28日 15:31