気が付いたとき、マルスは草原にいた。
見知らぬ場所、見知らぬ男、ゲーム、首輪、殺し合い。
不穏な言葉がぐるぐると頭をめぐる。
自分はまだ夢を見ているのではないだろうか。
だが、おそるおそる首に伸ばした指が触れた物は、暖かな肌ではなく冷たい金属だった。
どっと冷たい汗が噴き出した。
髪をなぶる風、手の下にある草の感触、鼻に入ってくる湿った土の匂い。
にわかに周りの全てがリアリティを増し、迫ってくる。
そしてようやく現状を理解する。
さして起伏の無い大地に、さして高くない草むらが広がっている。見晴らしは良好だ。
遠くまで広く見渡せ、遠くからも広く見られる。
このままではまずい。自分はあまりにも無防備だ。
マルスは慌てて立ちあがり、後ろを振り向き、そして一瞬動きを止めたがすぐに駆け出した。
「大丈夫ですか!?」
少し離れた場所に、女が一人倒れていた。



「あの、本当にもう大丈夫ですか?」
「……ええ。もう落ち着いたわ」
マルスの問いかけに、金髪の女、カチュアは静かに答えた。
二人は今、小高い丘の下の崖のように切り立った壁に背を預けている。
背を預けられる場所があるだけで、安心感はずっと違った。
一人ではないせいかもしれない。マルスは隣のカチュアを見た。
まだ少し青い顔をしているが、確かにもう落ち着いているようだ。
年はいくつだろう。なんとなく自分より上に見える。
自分の身近にいる年上の女性ということで、彼は脳裏に姉を思い浮かべた。
「それにしてもあなた、けっこう抜けているのね」
「えっ、いやっ、あの……」
急に振り返られてマルスはしどろもどろになった。
それに気づいているのかいないのか、カチュアはくすくすと笑いながら続ける。
「もし私が危険人物だったらどうするの?」
「そんな! 意識の無い人をあんなところに放っておくなんて、できません!」
「ありがとう。やさしいのね」
年上の女性にそう言われ、マルスは気恥ずかしさから顔をそむけながら「いえ……」と呟いた。

倒れていたカチュアは、マルスが声をかけるとすぐに目を覚ました。
目覚めた直後はぼうっとしており、マルスの質問にもうつろな瞳を返すだけだったが、
のどに手をあて首輪に触れた瞬間、真っ青になった。
マルスには彼女の気持ちが痛いほどよくわかる。
だからなるべく落ち着いた声でゆっくりと、自分はゲームに乗っていないこと、
ここは見晴らしが良すぎて危険であることを伝え、震える彼女の手を取り場所を移動した。
カチュアは移動中に初めて口を開き、「夢、じゃないのね?」と小さな声で呟いた。
そうだ、夢に決まっている! そう叫べたらどんなに良かっただろう。
マルスは唇を噛み、まるで自分に言い聞かせるように「はい」と答えた。
「そう……」と返したきり彼女はもう何も言わなかったが、その足取りは先程よりも幾分か
しっかりしたものになっていた。

そして二人は自己紹介をし、情報交換を始めたのだった。
まず、支給品を確認する。
二人ともに入っていたのが、地図、食料、水、時計、方位磁石、参加者名簿
そして、マルスの鞄には鋼の槍と銀の盾が、カチュアの鞄には魔月の短剣とガラスのカボチャが
それぞれ入っていた。
マルスは元々剣を得意としており、慣れない槍、しかも重たい鋼の槍では、両手に持たねば
振ることもできない。だから一緒には使えない銀の盾は、カチュアに渡した。
それから、名簿を見ながら知ってる名前を探す。
マルスは名簿に自分の最愛の人の名を見つけたとき、激しいショックに襲われた。
「そんなっ……!!」
こんな残酷なゲームに彼女まで招待されているなんて!
激しい怒りと悲しみを、マルスは身を震わせて必死に耐えた。
カチュアはそんなマルスの背中を、何も言わず、ただやさしく撫でた。
どれくらいそうしていたのだろう。
ようやく立ち直ったマルスが醜態を見せたことを詫びると、カチュアは「いいのよ」と微笑んだ。



カチュアと話しながら、芯の強い女性だ、とマルスは思う。
こんな異常な事態に放り込まれても泣くことも喚くこともせず、逆に動揺する自分を励ましてくれた。
その様子がますます彼に自分の姉を思い起こさせた。
やさしく物静かで強い姉。
暗黒戦争の折、姉は自分を逃がすため囮となり、ドルーアの手に落ちた。
あのときの後悔、絶望は今でもありありと思い出せる。
困難の末ようやく取り戻し、これからはともに平和な日々を迎えられると思っていたのに……。

「じゃあマルス、あなたの知り合いはシーダ、オグマ、ナバール、チキ、ハーディンのこの五人なのね?」
「ああ、そうだ。シーダは僕の婚約者でペガサスナイト。オグマとナバールは仲間の剣士。
 チキはマムクートの女の子だ」
「マムクートって?」
「竜人族だよ。背中に羽があるけど、他は僕たちと変わらない。でも竜石を使えばドラゴンに
 変身できるんだ」
「変身……そんな人がいるのね……」
「うん。ドラゴンになれればとても強いんだけど、普段は本当にただの女の子なんだ。
 もし竜石が取り上げられていたら……とても心配だ」
「そう……なら早く見つけなくちゃね。とりあえずこの四人は信頼できるのかしら?」
「もちろんだよ。彼らはこんな馬鹿げたゲームに乗ったりしない。僕が保証する!」
「頼もしいわ。じゃあハーディンという男は?」
「ハーディンは……」
マルスは言葉につまり、下を向いた。
「信頼できないってこと?」
カチュアの問いかけに、マルスはゆっくりと首を振る。
「違う……。彼はもう、僕の知っている彼ではないかもしれないんだ」
「どういうこと?」
「長くなるけど……」
マルスは自分とハーディンが戦争中ともに戦った仲間であること、だが戦争も終わり平和になった
と思った矢先、自分に遠征を命じその留守中に自国に攻め込んできたことを簡潔に話した。
「戦後のハーディンを知る者は、みんな口を揃えて彼は変わったと言うんだ。
 僕にはそれが信じられなかった。ハーディンは強くて誇り高い、信頼に値する人物だったから。
 でもアリティアを攻められてわからなくなった。だから直接会って真意を問いただそうと、
 彼の元へ向かっていたのに……」
「ここへ連れて来られたのね」
マルスは無言で頷いた。
ハーディン。彼はどこにいるのだろう。そしてその彼は、自分の知るハーディンなのか。
会って確かめるしかない。
その思いは、ここでも元の世界でも同じくらい固く強いものだった。

「カチュア、君の知り合いはどうだい?」
「私の知り合いは……」
少しの逡巡の後、カチュアは四人の名を挙げた。
「一番注意し泣けてはいけないのはランスロット・タルタロスね。暗黒騎士で、実力も性格も最悪。
 まかり間違っても味方にはならないわ。
 ランスロット・ハミルトンは聖騎士で実直な人。ヴァイスは幼馴染で、少し強引で我侭な性格よ」
「それじゃあハミルトンとヴァイスは信頼できるんだね?」
その問いかけに、カチュアは口に手を当て考えるそぶりを見せた。
「……わからないわ。状況が状況でしょう? 彼らがどんな行動に出るかは確信がもてないの。
 それほど深く彼らのことを知ってるわけじゃないし……。ごめんなさい」
「いやっ、そんなことはないよ! ではデニムというのは」
「……彼は私の、弟よ」
その瞬間、マルスは雷に打たれたようにぴくりと震えた。
「そうね。年はあなたとそう変わらないと思うわ。やさしくて真っ直ぐな子よ。
 真っ直ぐすぎて他の事まで気が回らなくなるから、時々困っちゃうけど」
少し悲しげな顔でそう言うカチュアに、マルスは胸が締め付けられた。
彼女の顔と姉の顔が完全にだぶって見えた。
自分を守ってくれた姉。自分は守れなかった姉。
もうこれ以上、つらい目にあわせるわけにはいかない。
「カチュア、すぐ出発しよう。そして仲間を、君の弟を見つけよう」
「マルス?」
急に立ち上がって荷物をまとめだしたマルスに、カチュアは目をしばたかせた。
「僕にも姉がいるんだ。カチュアのように、強くてとても優しい姉が。いつも僕を守ってくれた……。
 僕にはあなたの弟の気持ちがわかる! きっとあなたを心配している!
 だから一刻も早く、探しに行こう。あなたたちが再会できるまで、僕が必ず守ってみせる!」
一気にそこまで捲くし立ててから我に返り、急に気恥ずかしくなった。
カチュアに視線を移すと、彼女はびっくりしたように目を丸くしている。
「あっ、その、急に変なこと言ってごめん! でも僕にも姉がいるのでとても他人事とは思えなくて……」
少し恥ずかしそうに言うマルスを見て、カチュアはくすりと笑った。
「ありがとう。そう思ってもらえて嬉しいわ。マルス」
「……はい!」
この人を、必ず守ってみせる。
カチュアの笑顔を見ながら、マルスはそう心に誓った。


 ※ ※ ※


マルスの後ろについて歩きながら、自分はなんて幸運なのだろうとカチュアは考えていた。
自分は弱い。戦うどころか身を守る術さえ持っていない。
ランスロット・タルタロスのような男に会えば、一瞬で殺されてしまうだろう。
だが、彼女が一番初めに出会ったのは、彼とは正反対の、正義感に溢れとてもやさしい────
利用しやすい男だった。

(本当に嬉しいわ、マルス。だってあなたはちゃんと、姉さんの言うことを聞いてくれそうだもの)
まだ少し話しただけだが、マルスはランスロット・ハミルトンと同じ種類の人間のようだった。
我が身の不遇を訴えちょっとおべっかを使ば、思い通りに動いてくれる。
頼りなさそうではあるが、身代わりくらいにはなってくれそうだ。
とても強いという、やはり利用しやすそうな仲間の話も聞けた。
何かあったら彼らを頼るのもいいだろう。
まずは人を集め、利用できるだけ利用し、邪魔になれば殺す。
自分を仲間だと信じている奴を刺すのなんて、ヒールを唱えるよりも簡単なことなのだから。

カチュアにとって大事なのは、自分と自分のそばにいてくれる弟のことだけだった。
彼女は思う。
理想や、大義や、見ず知らずの人々の命よりも、側にいてくれるたった一人の人間のほうが大切だと、
なぜ男たちはわからないのだろう。
この世界ではたった一人しか生き残れないという。
ならば生き残るのは、自分か弟だ。
デニムは自分のことを思ってくれているだろうか。
理想のためではなく、自分のために戦ってくれるだろうか。
もし戦ってくれるのなら……自分は愛する弟のために死んでもいい。
でももし、そうでないのなら……。

「そういえばカチュア、君は元の世界では何をやっているの?」
後ろを振り返ったマルスが唐突に尋ねた。
慌てるそぶりも見せず、カチュアが答える。
「私はプリーストよ。神父だった父に手ほどきを受けたの」
マルスは一瞬怪訝そうな表情になったが、すぐに笑顔で「人々を助ける尊い仕事だね。姉上と同じだ」
と言い、前に向き直った。
「ええ。同じね」
カチュアもにっこりと笑う。
マルスが怪訝な顔を浮かべたのも無理はない。
彼の世界の聖職者があまり着ない色の服を彼女が纏っていたからだ。
もっとも、それは彼女の世界でも同じことなのだが。
(デニム、待っててね。姉さんが探してあげるから。だから、もう、離れちゃダメよ……)
草原に風が吹き渡り、カチュアの黄金の髪と漆黒の衣を揺らした。





【D-6/草原/1日目・朝】
【マルス@紋章の謎】
[状態]:健康
[装備]:鋼の槍
[道具]:支給品一式
[思考]1:デニムに会えるまでカチュアを守る
   2:仲間たちと合流する
   3:ハーディンを探し、真意を問いただす
[備考]:参戦時期は、第2部 8章より前です


【カチュア@タクティクスオウガ】
[状態]:健康
[装備]:魔月の短剣@サモンナイト3
[道具]:支給品一式、銀の盾@ティアリングサーガ、ガラスのカボチャ@タクティクスオウガ
[思考]1:自分の身を守る(手段を選ばない)
   2:利用できそうな者を探し、仲間に引き入れる
   3:デニムと合流する
[備考]:参戦時期は、Chapter-4 バーニシア城より前です

007 Vice(不道徳者) 投下順 009 家畜にガムはいらないッ
007 Vice(不道徳者) 時事系順 009 家畜にガムはいらないッ
マルス 048 深く沈む
カチュア 048 深く沈む
最終更新:2009年04月17日 01:04