臨時放送 ◆j893VYBPfU
逢魔が時を過ぎ、その夜の帳が完全に下りてからの事。
本来はあり得ざる、臨時による“放送”が行われる事となった。
それは会場の悪意に飲まれた、狂気の参加者からの提案によって。
だがその“放送”の声の主は全参加者が知る
“ヴォルマルフ・ティンジェル”のものではなく。
参加者の殆どが預かり知らぬ存在のものであった。
――そう、殆どは。
その者の名は、悪鬼使い“
キュラー”という。
キュラーは慇懃無礼の見本とも言うべき丁寧に過ぎる、
だがその奥に潜む侮蔑を隠そうともしないその口調で、
会場にいる全参加者に優しく、滑らかに語りかけた。
「――初めまして、皆様方。
私は悪鬼使いキュラーと申す者。以後、お見知り置きを。
此度はディエルゴ様の命により、
ヴォルマルフ殿に成り代わり、
この時刻を以て一部
ルール改定が行われる事をお伝えいたします。
いわゆる“臨時放送”とでも考えていただければ結構でしょう。」
その声は地底から聞こえるようでもあり。
あるいは天空より響き渡るようでもあり。
それは、たとえこの会場のどの場所にいようとも、
参加者を決して逃さぬ音の追跡のように思わせる。
やがて、少しの時間を空けてから、キュラーは全ての参加者に囁きかけた。
「――ヴォルマルフ殿が貴方がたを転送する直前に申し上げた最後のお言葉、
諸君らは覚えておられますかな?優勝の褒美より、後のお話しの事です。」
『以上だ。その他進行に必要となったルールは追って説明する』
「そう。その他進行に必要となったルールは、追って説明すると。
今回はこのゲーム最大の“貢献者”からの素晴らしい提案により、
一部ルール改定を行うことにいたしました。
その内容を、これよりお伝えいたします。よくお聞きください。」
――これより首輪による制限時間上限を、今から12時間ばかり短縮致します。
キュラーはそう言って含み笑いを浮かべながら、
リモコンのディスプレイに映し出された時刻を再設定し、そのスイッチを軽く押下する。
リモコンから響く軽快な送信音が、何かが起きた事を全ての参加者に明確に伝える。
生者を問わず。死者を問わず。身につけているかさえも問わず。
間髪入れずに全ての参加者の首輪から、耳障りな電子音が発生する。
そして、その首輪から無機質な合成音声が唱えられる。
『首輪爆破制限時間、及ビ上限時間ヲ、12時間短縮致シマシタ。』
「…電子音にて、皆様方も確認は取れましたかな?
この度のルール変更は、これのみという事です。」
「我々の放送は、十二時間毎に行われます。
そして、首輪の制限時間とその上限もまた、
最後の死者発生より十二時間毎と相成りました。
あえて申し上げませぬが、この変更によって発生する様々な事態を、
賢明な方々はお気づきになられるかと存じます。ご気を付け下さい。」
「ですが、ただルールを厳しくするばかりでは実に不公平というもの。」
「それ故に、同時に全ての参加者に対して“救済措置”も同時に用意いたしました。
今この時刻を以てして、【B-2】の塔、【E-2】の城、【H-7】の城、【C-6】の城。
この各城内、塔内に存在する全ての“武器庫”への扉を解放いたしました。」
――電子音はない。それらの扉は、すでにディエルゴが解除済であるが故に。
何も反応がない事が、不安を掻き立てる。時を置いて、キュラーが再び口を開く。
「御説明申し上げます。
これらの各城内、塔内の一室にある“武器庫”には、
この全参加者が当会場に召喚される前に持ち合わせていた
所持品の数々を分散して預からせて頂いております。
それらはどうぞご自由に、存分にご活用下さい。」
「ですが、それも無条件では早いもの勝ちとなり、ゲームとしては不平等ですね?
―――故に。武器庫から所持品をお持ちできる条件を、一つお付けいたました。
それは、その所持品の持ち主の首輪との交換というものです。よろしいですかな?」
「武器が収められている硝子の箱全てには、本来の持ち主の名が記載されております。
その名に対応する首輪を用意して、箱の台座にある窪地に嵌めて頂ければ結構です。
首輪そのものが箱の“鍵”の代わりになるとでも、お考え頂ければ宜しいかと。
無論、先着者に武器庫を破壊出来ぬよう、特別な処置を施しておりますので、
どうか安心してごゆるりとご利用ください。」
「“救済措置”についての説明は、これで以上となります。
これからは、この私めからの助言というものですかな?」
放送そのものは終わる。
だが、悪鬼使いキュラーの淀みなきその演説に、
ここに来て唐突に一つの感情が加わる。
――それは、歓喜。
この放送によってもたらされる未来を、想像せずにはいられないが故に。
そして、それは彼ら自身にとって極上のものとなり得るであろうから。
キュラーは、全ての参加者の背中を押すべく、さらに一つの誘惑を囁きかける。
誘惑に乗らずとも結構。内容から人を疑う余地さえ生まれれば、それで充分だから。
「もし、貴方がたが徒党を組み、協力しておられるのならば?
このゲームに貢献するにせよ、我々に反抗するにせよ、
戦力は必要不可欠であり、また考える時も欲する事でしょう。
ですが、今回の放送によって、これらはさらに貴重な価値を得ました。
勿論、貴方がたの生命そのものも、ですが。」
「今回の放送によって、出来うることもまた増えました。
重い傷を負い、休息の時間を必要とされている場合に。
矢折れ盾尽き、新たな得物を必要としておられる時に。
そんなとき、例え足手纏いの方々であろうとも、
自らの生命を皆様方に差し出しさえすれば、貴重な時と品々をお与えになり、
残された仲間達に貢献する事が出来るにようにあいなりました。
物語に聞く、『月の兎』にすら出来た献身。人にも出来ぬはずがありません。
それは正に人間らしい、麗しい自己犠牲の精神というものではありませんか?」
「ですが、仲間への貢献をあくまでも拒絶し、醜く浅ましく、
自己中心的に己の生存のみを希望するなら道は一つです。
たとえ力足らずとも、このゲームに乗るしかありません。
あるいは信頼した仲間の背中を刺し、欺きに徹するのも悪くないでしょう。
たとえ殺した者が役立たずでも、その死によってしばらくの保身は可能ですからね。」
「このゲームでは道具のみを奪われ、無視されてきた無力な貴方。
この改変でその生命にさえ特別の付加価値を得てしまった以上、
もはや見逃される事はなくなりました。今後はご気を付け下さい。」
「このゲームで武器を失い、生命の存続すらも危うくなった貴方。
仲間の献身さえあれば、その命を永らえる事も可能となります。
同行する皆様方の為、貴重な時と品を是非持ち得て下さい。」
「このゲームにあくまでも逆らう反逆者達。
このゲームに乗り、優勝を狙う貢献者達。
効率を重んじ、団体行動を取り続ける者達。
あくまで人を寄せ付けず、孤高を気取る者達。
全てが我々にとってなくてはならぬものであるが故に。
“救いの手”は、それら全員に向けて用意いたしました。
それが、この“武器庫”にてございます。」
「その“救いの手”を受け入れるか、あくまでも拒絶するかについては、
貴方達の自由意思に委ねましょう。これは強制ではありませんからね。
このゲームでは、なにより自由意思による選択こそが尊重されるのです。
貴方達のご健闘に期待しておりますよ…。」
悪鬼使いの軽快なる弁舌は終わり、
辺りには再び夜の静寂が訪れる。
だがしかし、その丁寧な口調とは裏腹に、
その内容は凄惨を極めるものであった。
犠牲を勧め、裏切りを勧め、私刑を勧め、様々な欲で釣り。
さらにはルールを逆手に取り、参加者達を疑わせ合う。
このゲームが円滑に進むよう、お膳立てを周到に整える。
ただし、その決定意志だけはあくまでも参加者に委ねる。
だが、そこに肝があるのだ。
強制という名の鞭は、少なければ少ないほど良い。
強制は確かに恐怖を生み、従わせる事は出来るが心服させる事は出来ない。
何より反発と憎悪を生む。
今回のルール変更は、そう言った意味でもギリギリの選択であった。
だからこそ、参加者の懐柔の為に飴もまた必要としていたのである。
そこに来てヴォルマルフが用意していた“武器庫”の開放許可を、
主であるディエルゴからキュラーは頂いたのである。
それは、まさに飴とするにはうってつけのものであった。
“飴と鞭”。人を支配する基本である。
ならばこそ、その武器庫はより有効な形で使わせてもらおう。
折角の道具、出し惜しみで持ち腐れては意味がないのだから。
おそらくはこの放送によって。
生存欲や物欲に取り憑かれるあまり。
あるいは私刑や裏切りを恐れるあまり。
過ちを犯すものは続出するであろう。
それはただゲームで優位に立つ為に。
人はゆるやかに壊れ出す事だろう。
このゲームの破壊を意図するものも。
このゲームで優勝を意図するものも。
彼らは意図せずともこのゲームに、ディエルゴ様に大きく貢献する事になる。
悪鬼使いはこの放送がもたらす地獄絵図を想像すると一人悦に入りながら、
声も無く静かに嗤い出した。
【不明/1日目・夜(19時)】
【キュラー@サモンナイト2】
【備考】:B-2の塔、E-2の城、H-7の城、C-6の城の武器庫への扉が開放されました。
武器庫への扉は、支給品の鍵にてもう一度施錠する事も可能です。
最終更新:2011年01月28日 15:23