Agitation◆j893VYBPfU

――――時は遡る。

それは、あのヴォルマルフと呼ばれた騎士が
参加者全員を魔法によりこの“会場”転送させた――。

いや、より正確に言えば“私以外の全員を転送させた”後の事。
私はそれ以外の一切が存在しない暗黒の中、二人きりで対面していた。

奈落ともいえる空間の中で、ただ一つ黄金に光る存在。
それは人によっては希望の光にも見えることであろう。
ただ、それが仕組まれた演出であるのは疑いようがない。

距離は遠くもなければ、近くもない。およそ小幅で八歩。
無手のまま、一足で騎士の息の根を止めるにはやや遠い距離。
その絶妙な距離を保ったまま、黄金の騎士は友好とは程遠い、
肉食獣の笑顔を見せつけながらこちらに語りかけた。

「さて、“アルフォンス・レーエル君”。
 貴様が会場に向かう前に、一つ頼みたい事がある。」


捨て去ったはずの過去の名での、嘲りを含む唐突な呼びかけ。

冷汗が首筋を伝う。
胸の動悸が早まる。
だが、それらは鋼の意思で抑圧する。

――この男、どこまでこの私の事を知っている?

私は出来る限り内面の動揺を抑えながら、黄金の騎士を睨みつける。
この呼びかけが、こちらの動揺を誘い籠絡するものであるのは明白だから。

その意図が見え透いた問いに、合わせてやる義理はない。
嘘はつかず、そして肯定もせず。極力当たり障りのない回答を選ぶ。

「間違えないで頂こうか。私の名は、“ランスロット・タルタロス”だ。」

「今の名前は、ではないのか?まあどちらでも構わんか。
 しかし、いつまでも過ぎた想い出を引き摺る辺りで、
 坊やとさえ呼んでしまっても構わないと思うだがね。」

「ここに呼び出される前はゲートを私用する野心があったようだが…。
 なるほど、天界で初恋の少女でも探しに行くつもりだったのかね?
 これは面白い。貴様は実に高尚な趣味を持つようだ。
 …騎士としては面汚しもいい所なのだがな。」

黄金の騎士による嘲弄と侮蔑が、一層その度合いを増す。
意図的に過去と現在を都合よく編集し、こちらの激怒を誘う。

己の有する圧倒的な情報量の誇示。それは畏怖を抱かせる為のものである。
そしてその視線は、薄汚い子犬を見るように憐憫さえも含んでいた。

この実に小賢しいやり口。
こちらの平静を乱すのが目的であるのは明白である。
だが、こちらが不用意に実力行使に出れば、先ほどの大男の二の舞となる。
それを承知の上での、この暴挙なのだろう。

なおかつ相手はこちらを充分に知り、こちらは相手を何一つ知らない。
こちらは丸腰で、相手は生殺与奪の象徴である首輪の起動が可能である。
どちらが優位であるかは、もはや問うまでもない。

おそらく、それらからなる絶対の優位を背景に、
私に何か特別な命令を科すつもりなのだろう。
だが、私は彼に従うつもりはない。毛頭ない。

一たび奴に主導権を握らせれば最後。
こちらが死ぬまでいいように利用される事は、もはや目に見えている。
そして、会場に放り出されれば、このヴォルマルフの魔手から脱する機会も
おそらくは失われるであろう。

だが、今の状況は、ともすれば好機ともなりうる。
相手はこちらを勧誘する為にわざわざ隔離された空間に呼び出し、
己の絶対の優位を確信し、慢心し切っている。殺意は感じられない。
だが、奴の隙を見て首尾よく始末すれば、その混乱を利用して
この不明瞭な空間から逃げ出す事は可能だろう。

確かに今奴を殺せば、様々な不都合が発生するかもしれない。
だが、このまま手をこまねいてゲーム会場に送り出され、
名も知らぬ五十人を相手に殺し合いをさせられるよりは、
奴一人を暗殺して脱出の手段を模索する方が、生存の可能性は遥かに高い。
ならば、その機は今ここで手繰り寄せるのみ。

手を二本貫手の形に取る。
たとえ丸腰であろうとも、私は人を殺せる。
少年時代から、私は何度も武装した敵兵を殴殺したこともある。
いかなる状態からでも、
いかなる状況からでも。
私は人を殺せる。
殺し切れるのだ。

そして、相手はその傲慢によりそれを失念している。
ならば、その身を以て思い知らせれてやればいい。
摺り足で悟られぬよう、黄金の騎士との間合いを徐々に詰める。


――七歩…、六歩…。

あと一歩、欲しい。
だが、流石にこれ以上は勘付かれてしまうだろう。
今なら攻撃は可能だが、これでは即死させる事は難しい。

二本の指でその頭蓋から眼を抉り、
さらにそこから大脳を掻き回す。
だが、それには少々距離が足りない。
そして、眼窩への精密狙撃を可能とする隙も欲しい。

相手を即死させない以上は、私の攻撃は破滅への片道切符となる。
ならば、相手から最後の一歩と、その隙を引き出す必要性がある。
私はその黄金の騎士の一挙一動を見逃さぬよう、注意深く窺う。

「…過ぎた愚弄は、その生命を縮めるぞ。」

私は軽く憤慨し、その挑発に乗せられた振りをする。怒りで殺意を覆い隠す。
憤慨した事については本心だが、それで回りが見えなくなるほど愚かでもない。
どの道、あと数秒の後にはその生命で愚弄の代償を支払ってもらうのだ。
気にするほどのものでもない。


――だが、ヴォルマルフは様子を窺う私の顔を眺め、薄く笑った。


「――では、試してみるかね?」


その嘲りに満ちた顔は、唐突に興味と殺意を帯びて私の顔を眺めていた。
その片手はすでに剣の鞘を握り、いつでも抜ける形にあった。
その姿勢は自然体にして、見事なまでの脱力と弛緩。
黄金の騎士の迎撃体勢は、完璧なまでに整っている。

私が少しでも動けば、神速の抜き打ちにて斬り捨てられる事だろう。
首輪の起動などという、小道具などに頼る様子は一切ない。
つまり、この男の余裕は環境に酔い依存する愚かさからなどではなく、
己の腕にも絶対の自負を持つが故の慢心から来ているという事か。

これでは、油断など引き出しようがない。
そもそも、隙など最初からないのだから。


――見抜かれている。


私は心の中で舌打ちをする。
そして、その苛立ちを悟ったか、黄金の騎士はどす黒い笑みでそれに応える。


――お前は今置かれた現実が見えぬ程の愚者でもあるまい?
駒をこれ以上無為に潰すのは、私としては不本意なのだがね。


そのこちらへの嘲弄と殺意に満ちた黄金の騎士の表情は、
口には出さずともその意思を何よりも雄弁に語っていた。

おそらく、いざとなればこの男は私を殺害する事に躊躇はないだろう。
駒として素直に動くなら良し。そうでなければ――といった所か。
極めて不愉快だが、今は逆らってはならない。無駄死にするだけだ。
今はまだ、従うしかない。
今はまだ、なのだが。

ヴォルマルフと名乗る騎士は、私が暗殺を諦めた事を悟り穏やかに語りかける。

「では、とりあえずはタルタロス卿とでも呼んでおこうか。
 私は先ほどの殺し合いを“ゲーム”と呼んだ。
 そして、お前にはその“ゲーム”を盛り上げ、
 あるいは全体を掻き回す“狂言回し”の役割を頼みたいのだ。
 いわば、ゲームの“鬼札(ジョーカー)”とでも呼んでおこうか。」

ヴォルマルフの申し出は、ある意味想像通りのものであった。
ヴォルマルフは殺し合いという“ゲーム”を全参加者に強制した。
だが、それに素直に乗ってくれる愚者はそれなりにはいたが、
彼らが望む程の功績を上げる程の者がいるとは思えなかった。
だからこそ、このゲームを上手く扇動し、盛り上げる者が必要なのだろう。

主催者の命令に真っ先に従ってくれる者というのは、
血に飢えた狼か、あるいは極めつけの愚者か。
いずれにせよ、あまり長生きが出来る存在ではない。
生存を第一とするなら、取ってはならない行為だろう。

たとえこのゲームに乗るにしたところで、優勝できる勝算がない限りは
しばらくは参加者の情報を集め、様子見に徹するのが賢明と思われる。
あるいは労を少なくする為、敵同士を噛み合わせるなどの戦術も必要だ。
敵を知らずして、五十名を殺戮し尽くすのは無理があるのだから。
私自身が、ゲームに乗る場合はそうするつもりであるように。

残りの参加者は反発し、道徳的な理由あるいは利己的な理由から、
造反あるいは脱出方法の模索をしばらくは試みるだろう。

そうなればゲームは停滞し、あるいは破局を迎える。
ならば彼等を事前に扇動し、まとめて破滅に導きこうとする
道化の役割が必要なのだという事なのだろう。
その役割を、彼らはこの私に期待しているのだ。


「…私がそれに素直に応じるとでも思うか?」


私は思ったとおりの事を口にする。
私の殺意は、既に気付かれている。
ならば、今更変に媚入ったところで逆に警戒されかねない。
むしろ正直である方が、良い時と場合もあるのだ。

「…思わないな。むしろ隙有らば私の喉笛さえも食い千切らんとする、オウガの類ではないかね?」

だが、意外にもヴォルマルフは私の敵意に笑顔で答えた。
そうだ。それでいいと言わんばかりに。
私はヴォルマルフの人を喰ったような態度に、不快感を露わにする。

「そのオウガの類相手に、随分と戯れが過ぎるようだが?」

私はヴォルマルフに、今度こそ敵意を隠そうとする事無くそれをぶつける。
だが、ヴォルマルフはその双眸を見開き、狂喜にその顔を歪めて答えた。
それは凄絶なる、殺気に満ち溢れた笑顔であった。


――私もまた、同じくそのオウガの類だとすれば?


口に出さずとも、そのおぞましい笑顔は自負と狂気を雄弁に語っていた。

なるほど。あれは、只の人間に出せる貌ではない。
ただ殺戮と破壊を是とし、ただ阿鼻叫喚を愉悦とし、
ただ混沌を布教する事のみを己の意味する者の貌だ。
それ以外の事柄は心には無く、何一つ望みはしない。

理想や大義という高尚なもの等一切持ち合わせない。
それらを深く知りながら、無価値であると嘲弄する。
私とは似て非なる、相容れぬ暗闇の世界の住人。

悪意の化身者だけが持ち得る、純正の狂気。
私はその純粋だが無垢とは対極にある笑顔に、
ほんの僅かだが気圧された。
…気圧されてしまったのだ。

「……さて、わかりやすく貴様に言おう。
 我々は“内通者”を、“扇動者”を求めている。
 それも、容易には我々に媚を売らず、追従もせず。
 なおかつ一切の干渉無しでも優勝の可能性を持つ程の逸材が望ましい。
 それが貴様だ。他にも候補者は何人かいたのだがね。
 やはり貴様が最適という結論に落ち着いたのだ。」

ヴォルマルフはそう言い放ち、満足げに頷く。
ヴォルマルフの条件を聞き、私は得心する。

「元よりそちらに喜んで魂を売るような小物では、
 却って“内通者”など務まらぬということか。」

この“ゲーム”。積極的に乗る者も見受けられた。
ならば、主催側に媚を売る者どもも発生するだろう。
己をより、安全かつ優位な立場に置くために。
その手段はゲームのルールに対する提案かもしれないし、
直接の殺害数を以て主催に取引を持ちかけるかもしれない。
その下卑た“奉仕者”達は、大いにゲームを盛り上げる事だろう。

だが、主催側に奉仕者の取引に応じる義理はない。
彼らの取引に応じる振りをして得るものだけを得、
向こうの要求を無視してしまっても構わないのだ。

だが、積極的な“奉仕者”の存在がいなければ、
反主催側に余計な時間を与える事にも繋がる。
そしてそれは万が一であっても、反逆の機会を与え、
反主催側を団結させる時間を与える事にもなりかねない。
そうなれば、ゲームは遠からず破綻する。

ゲームを円滑に進めるなら、そういった積極的奉仕者達の存在は
貴重であり、進行側にとっては喜ばしい事に見えるかも知れない。
だが、逆に言えばそれは参加者側に足元を見られる事にも繋がる。
それは、主催側にとって決して面白い事態ではないだろう。

ヴォルマルフと言う男が懸念している事は、まさにそれなのだろう。
だが、最初からこちらに媚を売る側を主催側に取り込んでは扱い辛い上に、
その卑しい性根が理屈を超えた感覚的なもので反主催側に伝わる恐れもある。
なにより、己に利ありと見れば簡単に立場を鞍替えしてしまう事だろう。
それでは“内通者”としてあまり役には立たぬ。

だからこそ、状況次第ではどちらの立場も取り得る存在が欲しいのだろう。
その方が、反主催側への演技にも現実味を帯びる事になる。
なにしろ、出会っている時点では“嘘をついているわけでもない”のだから。

「……その程度は理解できるようだな。もっとも、そうでなければ困る。
 そして、最終的には自らの意思で我々の意に沿って動きさえすればいい。」

「…随分と、自信があるようだな。」

私は軽蔑の視線を騎士の姿をした獣に送る。
だが、奴は実に涼しい顔でそれをいなし、動じる様子は一切ない。

「首輪以外にも置かれた状況を冷静に分析し、なおかつ理と利に聡い存在であれば、
 必然的に私の勧誘を受け入れる事になる。」

黄金の騎士は何かの確信を込めた口調で、断定的に私に語る。

「私がすぐさま裏切り、今の会合を暴露する可能性は、考慮してはいないのか?」

私はこの男の自惚れた入り混じった発言に、心中で溜息を吐く。
そう。この会合の一件をいち早く暴露してしまえば、
私はそれを切っ掛けに反主催側の中核を担う事も可能だ。
なにより私は、このヴォルマルフという男を好いてはいない。
返答次第では、反主催側に立ってしまってもいいだろう。
この騎士の面汚し、元より信頼のおける存在ではないのだから。

だが、ヴォルマルフは「我が意を得たり」とばかりにほくそ笑む。

「むしろ、それこそ我らの望む所というものだ。
 あちらの会場には貴様の過去の所業をよく知り、
 なおかつ快く思わぬ存在が何人も存在している。
 先手を打って暴露した所で、奴らの信頼まで得るのは不可能だ。
 貴様の目的の為なら一切の手段を選ばぬ本性を熟知しているからな。
 彼らは貴様と手を組む事を、貴様の存在自体を、決して許さぬ。
 そして貴様を拒絶し、その暴露は信用に足らぬと吹聴するだろう。
 暴露はむしろ、我々との繋がりのみを明かす事にしかならず、
 信頼なき以上、結果は貴様の二心への警戒を増させるのみ。
 …まあ、それはそれで一向に構わないのだがね。
 結果として、貴様は我々に貢献せざるを得なくなるのだから。」

なるほど。最初から私の裏切りをあらかじめ予見して、
私の敵対者達を同時に参加させているという事か。
歯噛みする私を尻目に、ヴォルマルフの高説は続く。

「それに、我々との会合の一件を暴露すれば?
 貴様以外に、我々との“個人面談”を受けた
“内通者”の可能性を疑う者さえ出るだろう。
 疑惑の種は、さらに振り撒かれる事になる。
 そう。どう転んでもこちらを利する結果となる。
 …だが、何より己の生存を最優先するならば、だ。
 しばらくの間は余計な疑いを掛けられぬよう、
 どちらの道も選べるよう、沈黙を最善と判断するだろうがね。」

こちらが取り得る対処策としては、私を知る参加者全員の早急な口封じだが、
それもおそらくはすぐに捕まらぬよう、全員を散らして配置してあるだろう。
…実に、厄介な連中だ。

会合の一件は、此方が口を割らない限りは悟られる事はまずない。
脱出は不可能な場合をも考えれば、やはりここはしばらくは沈黙を選び、
ヴォルマルフに従うしかない。今のところは、だが。

「…わかった。ならば今は大人しく従うしかあるまい。
 状況に合わせて、“ゲーム”を盛り上げる行動を取ればよいのか?」


――そういうことになる。


ヴォルマルフは満足げに頷くと、再びおぞましく微笑んだ。


「…では、具体的にどのような行動が最も望まれる?
 その方が、こちらとしても効率よく動けるのでね。」

ならばと考えて、私は彼らの望む方向性を問いておくことにした。
奴らがこの会場に集めた参加者達を殺し尽くす事はいつでも出来たのだ。
だが、奴らはあえてそれをせず、我々参加者同士での共食いを強制する。

そこに何か特別な理由があるのは必然である。
彼らにとっては“我々が死ぬ”という“結果”でなく、
“殺し合う”という“過程”こそを重要としている。
そこまでは、私にも理解できる。
そこに、なにかがある筈なのだ。

ならば、その隠された意図を事前に知っておけば、
逆に「彼らの望まない行動」を他の参加者に取らせるよう扇動し、
彼らの鼻をへし折る事も可能かもしれない。
私は頃合いを見計らって彼らに加担するか、
あるいは彼らを阻止する事により、奴らに恩を高値で売り付ける事もできる。
彼らに従うにしても、逆らうにしても、主催の真の意図を知るのは重要である。

一旦は従う振りをして、敵側の情報を可能な限り引き出す。
当然の処置である。だが、その意図をとうに見抜いていたのか、
ヴォルマルフの返答は実にそっけないものであった。

「それは、貴様自身の頭で考える事だ。
 こちらから命じられてからでしか行動できぬ人材を、
 私は求めた覚えはないがね。ならば見込み違いというか。
 貴様がそれなりの貢献を果たし、用いるに足る人間であると判断した時、
 もう一度こちらから声をかけよう。話しはこれで終わりだ。」

奴は聞えよがしに溜息を吐き、軽蔑と嫌悪混じりの視線で私を見る。
その見え透いた挑発の中に、だが、僅かながらの敵意が見えた。
やはり、我々に殺し合わせる事に特別な意味があるという事だろう。

「…では、行きたまえ。これ以上の、無駄な会話は望む所ではない。
 貴様が熟慮の末に、このゲームに大いに貢献する事を期待する。」

これ以上会話を引き延ばし、情報を引き出すことは不可能か。
ヴォルマルフはいらただしげにそういうと、指を軽く鳴らす。

唐突に、視界が暗転する。
空気の急激なる流れを、肌で感じる。
私がこの舞台に召喚された時と、全く同じように。


――急速な浮遊感。


黄金の騎士が、視界から掻き消える。
どこまでも長い暗黒の空間が流れる。
気が付くと、私はやはり同じ暗黒の空間の中にいた。

だが、先程の空間との明確な違いもある。
遠くに松明の灯りも見え、その周囲には岩盤が仄かに見える。
以前と同じ場所ではありえないだろう。
どうやら、“会場内”の洞窟か何かの中へと私は転移したようだ。

地図を確認する。場所は考えられるとすればG-3の坑道内。
今後の行動を考える。

このゲームに乗るにしろ、刃向うにしろ、情報は圧倒的に足りない。
どちらの道を取るにせよ、全参加者や主催に対する情報は必要である。

ただし、私を深く知る邪魔者や利用価値のない愚者は早々に間引くべきだろう。
こちらがヴォルマルフに命綱を握られたままでの反逆を取る場合、
足手纏いはこちらの命取りに繋がるのだ。動きは軽くしておくに限る。
そして、形の上でもこのゲームにある程度の“貢献”を示しておけば、
ヴォルマルフの油断を誘えるかもしれない。

己の生存の可能性を最大限にまで高める為に出来る行動は、
今の所はここまでと言った所か。


――そう。私はどんな事をしてでも、必ず生き延びねばならない。


ヴァレリアで一敗地にまみれたと言えど、
私にはローディスに生還する責務がある。
たとえその先にあるのが騎士団壊滅の責任を取らされての、
“処刑”という凄惨な結果だったとしても。
私の生還は、全てにおいて優先されるのだ。

ローディスの為に、私は生きて敗戦を報告しなければならぬ。
その為には、一々手段を選ぶゆとりはない。

たとえ無辜の人物を多数殺戮しようが、
この殺戮劇に乗った者と協力しようが、
私の生還が目的である以上、止むを得ぬ行為である。
それを非道とも鬼畜とも罵る者がいれば、好きにすればいい。


――だが、しかし。


元の世界に取り残されたバールゼフォン達にのみ敗戦の責任を負わせ、
己一人のみがのうのうと現実から遁走してはならない。
彼らはまだ、ローディスの為に役に立つ人材なのだから。
恥辱を負い、その責を負わされる生贄は、私一人で充分なのだから。

だからこそ、ヴォルマルフらの悪趣味な遊戯に付き合う暇などない。
だが、奴に従うしか生還の道はないなら、それもまた受け入れよう。
私は、そう決意する。
私は渡された支給品を確認しながら、他の参加者達の事を考える。


『あちらの会場には貴様の過去の所業をよく知り、
 なおかつ快く思わぬ存在が何人も存在している。』


私はその発言を思い出し、参加者名簿を開いた。
その名は知らないものが大半ではあったが、
名簿の中でも特に目を引くものがあった。

デニム
カチュア
ヴァイス
「ランスロット・ハミルトン」

ゴリアテの英雄達とゼノビアの聖騎士が揃い踏み、ということか。
だが、一人はその過ぎた野心でとうにその身を滅ぼしたはず?
そして、ゼノビアの聖騎士殿はすでに廃人となり果てたはず?
疑問は募るが、それは後回しだ。
どの道、大したことが出来るはずがない。
それよりも、問題は残り二人である。

ハイム戦役の立役者と、ドルガルア王の血を引く王女か。
確かに、彼らとは共同戦線というわけにもいくまい。
今の彼らとは、遺恨があり過ぎる。

彼らは故郷を焼き打ちにされ、仲間や親族を殺された恨みがある。
私とて騎士団を壊滅させられ、生命以外を全て失った怨みがある。

共闘は、今更不可能である。
何より私もそれを望まない。

私がどの道を歩むにしろ、確実に彼らは始末しなければならない。
私のやり方を知る者は、不審と猜疑をばら撒くに違いないのだから。

それに、彼らを殺害すれば、それはローディスの国益にもかなう事になる。
ヴァレリアの中心人物の生命を奪えば、かの地は再び大混乱に陥るだろう。
そうすれば、来るべきローディスのヴァレリア侵攻も極めて容易くなる。
なにより、煮え湯を飲まされた神竜騎士団に、一矢報いる事も出来るのだ。
どちらにせよ、彼らの殺害は必須であり、当然でもある。

己の為に。
死んだ部下達の為に。
そしてローディスの為に。

行動は決定した。あとはこちらの持つ情報を整理する。
あの男には、何かしらの因縁を持つ金髪の青年もいた。
刃向う場合は、彼を利用するのも一つの手ではあるだろう。
ただし、奴との僅かなやり取りの間には、知性が垣間見えた。
聡い存在は利用し辛い。
彼との接触には、充分に気を付けるべきだろうが。

そして、このゲームの主催者に関する情報だが。
ディエルゴという名に反応した赤毛の女性もいた。
そして、それは本来は既に倒されたはずの存在だとも、彼女は主張していた。
彼女の発言の真偽と、主催者の存在の有無は未だ不明である。
それについてはヴォルマルフが虚言を弄している可能性も、
主催者がディエルゴを自称している可能性もある。

ゲームに乗るか反るかの判断材料としては今のところは弱いが、
ディエルゴの事は頭の片隅には入れておいてもいいだろう。

このゲームについて、状況を判断できる材料はここまでである。
何より、分からぬ事が圧倒的に多すぎるのだ。
これ以上の憶測は宛てにならぬだろう。
的確な行動を取る為にも、今は情報収集に専念すべき時だ。

だが、それに時間をかけ過ぎれば、
私を深く知る者達の妨害工作にあい、
私にとって状況は悪くなる一方だろう。
彼らの口を早急に塞ぐ必要もあるのだ。
あまりぐずぐずとしていられないのだ。
それに何より。


――今は考える時ではない。動くべき時だ。


私は考えては巡る思考を一旦は脇に置くと、
坑道内の灯りの元へと、その第一歩を踏み出した。


【F-3/坑道/一日目・朝】
【ランスロット・タルタロス@タクティクスオウガ】

[備考]:カオスルート・グッドエンディング後からの参戦です。
   ランスロット・タルタロスが“内通者”である事が判明しました。
   ただし、タルタロス自身は“内通者”になるかどうかは保留状態であり、
   状況次第でどちら側にも身を置けるように立ち回っています。
   臨時放送直前に“それなりの功績(三名殺害)”を挙げたので、
   ヴォルマルフ側、またはレイム側からの接触があるかもしれません。

098 そして輝きは続く 投下順 100 臨時放送
000 オープニング 時系列順 021 危険はいつも、すぐそばに
000 オープニング ヴォルマルフ 074 ディエルゴの守護者
タルタロス 021 危険はいつも、すぐそばに
最終更新:2009年07月29日 10:47