臨時放送・裏Ⅱ◆j893VYBPfU


「――――そういう事で、臨時放送については貴方がたにお任せして構いませんか?」

どこまでも薄暗く、そして広い空間の中。
壁面に存在するディスプレイが放つ緑光だけが周囲を照らし、
その場に居る者達の顔を照らしだす。
そのどこまでも無機質な空間には機器類に満ち溢れ、
ヴォルマルフがいた管制室とその構造は瓜二つであった。

ただし、照明代わりともなるディスプレイの光源は半分程であり、
その液晶にに移し出されている内容もまた、
ヴォルマルフのいた管制室とはまた別物であった。
そこにはヴォルマルフのいた部屋をも含めて、
この施設内で現在“稼働している全ての部屋”の光景を映し出している。
それが今現在は半分しか稼働していないため、光源もまた半分となっているのだ。

『中央管制室』

その部屋の扉のプレートには、短くそう銘打たれている。
その言葉はロレイラルなる地で扱われるもので書かれている。
そう。こちらこそが真の管制室であり、ヴォルマルフ達が与えられた
空間はあくまでも数ある補助的な管制室の内一つに過ぎないのだ。

ヴォルマルフ達は、当然ロレイラルの言葉など知らない。
そしてまた、この場に近づくことすらも許されてはいない為、
このような空間があることなど知る由もない。
だが、そのプレートを発見し、その言葉が持つ意味を知れば
ヴォルマルフも認識をより険悪なものにする事は間違いない。

つまりは、彼らにとってヴォルマルフ達の存在とは“協力者”などでは決してなく、
あくまでも“使い走り”であり、取り替えの効く“捨て駒”に過ぎないのだ。

「なるほど。あちら側はあくまでもディエルゴ様とは
“協力者”の関係であり、決してそちらの下僕ではない。
 故にそちらの独断によるルール改変なら承諾はするが、
 事後処理はあくまで自己責任で行うように、との事ですか?」

首までを覆ったゆったりとしたローブに包んだ召喚師らしき男が
その成り行きを聞き、静かに苦笑する。いや、冷笑する。


「ねぇーねぇー。それってさあ?あのヴォルマルフちゃんが刃向かった事になるのよね?
 じゃあさあ。今からちょっとアタシがオシオキしに行ってもいいんだよね?」

傍で聞いていた少女が、それを聞きニンマリと笑う。
だが、その笑顔は無邪気な子供というよりは、
むしろ獲物の匂いを嗅ぎ分けた猟犬のごとき獰猛な笑みであった。
勿論オシオキが意味する事は、穏やかなものでは決してありえない。

「――お止めなさい、ビーニャ。これは命令です。」

レイムは、その無邪気そうに朗らかに笑う少女に、
静かにおだかやかに、だがはっきりとした口調で釘を刺す。

「今はまだそのような時期ではございません。
 それに、もしそのような事態が発生した場合は、
 必ず貴方がた全員で当たってもらいます。独走はくれぐれも控えて下さい。
 貴方がたもこのゲーム開催前に異世界の血識を浴びるほど得た以上、
 ヴォルマルフ達に万一もの勝ち目はないでしょうが…。
 それでも、念には念を入れておかなければなりません。
 …なんといっても、この私が選び抜いた進行役ですからね。」

「ハーイ。じゃあ、今回は我慢するね?」

あまりにも気侭かつ我儘すぎ、レイム三人の配下の中では一番暴走が過ぎる
この少女の外見を取る悪魔でも、この主人の命令にだけは素直に従うのだ。

「“成り上がり”故に、何を仕出かすか知れたものではありませんからなァ?
 カーッカッカッカッ!!!」

阿諛追従とも世辞とも付かぬ口調で、釣られてガレアノと呼ばれる召喚師も
下卑た笑いを浮かべる。それは、ヴォルマルフ達に対する嘲りに溢れていた。
だが、その軽口とは裏腹にその眼は完全に据わり、憎悪にすら満ちている。

彼もまた、ヴォルマルフという成り上がり者風情が取った不服従の姿勢に、
憤りの感情を抱いていたが故に。彼ら三人はレイムに心より忠誠を誓う。
故に主に対するささやかな反抗でさえも、本来許容しえるものではないのだ。


「ええ。それに今はまだ、つまらない足の引っ張り合いをする時期ではありませんからね。
 それに今回の臨時放送、決して面倒な事ばかりではありませんよ。」

けだるげに。物憂げに。
だが、レイムと呼ばれる銀髪の男は三人と顔を見合わせ、
性差を超越した妖艶なる微笑みを浮かべる。
その本性を知らぬ人間なら、男女を問わず腰砕けになりそうな、
まさに魔性の笑みを浮かべて。

「クックックックッ…。ええ。察しておりますとも。」
「我々がどれだけ“奴ら”から手法を学べているか、その手際をお確かめになりたいのですね?」
「ま、やり方さえ有る程度分かってくれば、あいつらだって用無しだからね。キャハハハハハ!!」

レイムと呼ばれる男の発言に、三人は返すように笑みを浮かべる。
元より、彼らにとってヴォルマルフ達は使い捨ての駒に過ぎない存在である。

だが、彼らをあえてこのゲームの進行役に据えた理由は
元人間であるからこそ参加者の人心掌握にも長けることを見越しての事は勿論だが、
それ以上に、「彼等を手本に、ゲーム運営のノウハウを知っておきたい」との理由が大半であった。

このゲームの開催における労力で力の大半を使ったレイムとしては、
当然このゲームの失敗は許容できるものではない。
三人の腹心は信頼には足るものの、残念ながら目的に見合う人材というわけではない。
それをレイムは勿論の事、腹心達三人も十分に心得ていた。
だが、ヴォルマルフが信頼に足る存在ではない以上、最後まで頼れるものではないのも確か。
だからこそ、彼らの手際からそのノウハウを少しずつ盗んでいかねばならぬのである。
こればかりは、血識で以てしても補いきれるものではないのだから。
血識と体験は、必ずしも一致するものではなく、その差を慣れで埋め合わせる必要性がある。

「…そういう事です。さて、今回は誰が臨時放送を執り行いますか?」
「では、私めにお任せいただけますかな?」

レイムの問いに、キュラーは即答でもって応対する。
三人は競って自らが行う旨をその主に伝えようとしたが、キュラーが最も速かった。

「キュラーですか。では、一番乗りの貴方にお任せいたしましょう。
 そういえば、確か貴方は…。」


「ええ。以前よりヴォルマルフ殿には…、
 いえ、“あの者ども”にはいささか興味がございました。
 私は人間の心の隙に付け入り“鬼”を取り憑かせますが、
“あの者ども”の在り方は、憑依と言うよりはまさに融合と呼ぶべきもの。
 統制者ハシュマリムと…、神殿騎士ヴォルマルフ…。
 どちらでもあり…、どちらでもない…。
 あれは魂同士が強く結び付き、まるで異なる鋼を溶かし合わせて出来た、
 言わばシルターンの大業物とも称すべき名刀。
“あの者ども”を理解出来れば、私の鬼道もさらなる飛躍を遂げると思いましたので。
 おかげさまで、我ら三人の中では最もあの男については知悉しているおつもりです。」

キュラーは珍しく興奮気味に、そして饒舌にルカヴィという種の“鬼”を語る。
キュラーの返答の速さの差は、実を言えば三人の中で僅かなものに過ぎなかった。
だがその差は、彼自身が三人で「もっとも人間の心の闇を知る」という自負が生み出したもの。
彼は元より、人間の心に鬼を取り憑かせる術に長けているが故に。
鬼を生み育ませるよう、人の心を操作する術に長けているが故に。
レイムへの忠誠を示せず不服の表情を浮かべる二人に、キュラーは優越の視線で以て見返す。

「故に、この度は試してみたくもあるのです。
『臨時放送』にて、この私めがどれほど“人間について”、
“あの者どもについて”理解が進んでいるのかを。」

「ええ、存じています。貴方のその勤勉さは私の最も評価する所です。
 期待していますよ。キュラー。」

「…はっ。身に余るお言葉、ありがたき幸せ。」

主の労いの言葉に対し、キュラーもまたその敬虔なる態度によって忠誠を示す。
虚言と姦計を司る大悪魔とその配下のやり取りにしては似合わぬほどの、
それはそれは誠意に満ちた理想的主従の在り方であった。

「えーっ?!アタシも臨時放送、したかったのにーぃ?」

「…申し訳ありませんが、私の次の機会にお願いできませんかな?」

「カーッカッカッカッ!まあ、機会はまだまだいくらでもあろう。
 まあ、人間どもが張り切り過ぎれば話は別だろうがなァ!」


ビーニャは我儘な年頃の少女のように。
キュラーは常に理知的な紳士のように。
ガレアノは陰険で下卑た青年のように。

それぞれの外見に相応しい態度を取る。
だが、態度と心性は全くもって一致しない。
その本性は、あくまでも悪魔そのものなのだ。

「ぶーぶー!ま、いいわよ。でも次は絶対アタシだからねッ!!」

「…そればかりは、ガレアノとも相談して頂きたいのですが…。
 では、それ以外仰る事がなければただちに放送に向かいますが?」

「うむ。せいぜい、ディエルゴ様の期待を裏切らんようになァ?カカカカカッ!!!」

不満と厭味で迎える二人に、眉一つ動かすことなくキュラーは管制室のマイクの前に向かう。
彼らの憎まれ口や我儘も、彼らなりの親愛の表現である事は云わずとも理解しているが故に。

「ええ。そうですね。具体的裁量は、貴方に全てお任せいたします。
 第一回放送までの死亡時間通達の有無や、アドラメレクさんへの接触の有無も。
“内通者”への連絡は…。あれはヴォルマルフの存在しか知らないはずですからね。
“内通者”に個人的に接触を図るか否かは、よく考えてから行動して下さい。
 あれはヴォルマルフさんが参加者の内から選り抜いた“鬼札(ジョーカー)”です。
 扱いにはくれぐれも注意してください。場合によっては、あえて触れぬ事も重要です。」

レイムは事細かに、実に丁寧にその詳細を告げる。
ヴォルマルフに対してと違い、底冷えのする様子は一切ない。
ヴォルマルフと違い、彼らは信頼を置く腹心であるが故に。
ヴォルマルフと違い、卑しい成り上がり者風情ではないが故に。

「それと…。あとはそうですね。各施設に備えてあった
“武器庫”の開放を、全参加者に必ず通達してください。
 超魔王バールの支給品は、彼に任せたままでよいでしょう。」

少し考えてから、レイムは目の前にあった液晶を触れて“会場”の全体図をその画面に表示させる。
B-2の塔、E-2の城、H-7の城、C-6の城が赤く明滅を始め、画面中央に小窓が開かれる。
「各施設の“武器庫”の施錠を解いてよろしいですか?」と、無機質な問いが現れる。
あとはレイムのボタン一つで、それはいとも簡単に解除されることであろう。

「……よろしいのですか?」

この武器庫の施錠が解除されるいくつもの意味を理解しているキュラーは、
レイムの決断に間違いはないと信じつつも、
これから後に予想される一つの弊害を考え、
レイムに問いただした。そう。あの用意された武器庫は、本来…。

「ええ。勿論です。あれはヴォルマルフが最適の時節を
 見計らって全参加者に通達する予定でしたが、
 元々武器も絶対にただでは手に入らない仕組みですからね。
 それに、あれは“こちら側”が彼の注文に合わせて用意したものです。
 私達自身が用意したものを好きに使おうが、何も問題ありません。
 むしろこの“武器庫”の存在は今この時期に併せて暴露する方が
 このゲームもさらに盛りあがることでしょうから。」

そう。本来あれらの“武器庫”は、ヴォルマルフが会場
制作の段階でこちらに依頼した上で用意させたものである。
意図的に全参加者の支給品を少なめにしたのも、全てはこの存在があるが故。

だが、ヴォルマルフの意向を無視してこちらが独断で伝えるという事は、
それはとりもなおさず彼の面子をさらに傷つけることになる。
ただでさえ先程のやりとりで、一度レイムはヴォルマルフの面子を傷つけているのだ。
これを実行すれば、さらにヴォルマルフとの関係は拗れる事であろう。

それを分かった上で、レイムはあえて「開放してよし」と判断したのである。
これが、ヴォルマルフの“嫌がらせ”に対する報復である事は間違いないだろう。
ビーニャを抑えたように、今進行役と殺し合いをする程レイムは愚かではない。
だが、おそらく将来的にレイムは「そうする」のであろう。
彼らとの関係を軽んじてる事からも、それは明らかである。

「…御意。」

レイムの決断を理解し、キュラーはそう短く受け答える。
ゲームが無事終了した後に、久々に修羅場が味わる事にも期待は膨らむ。
“あの者ども”との対峙は、それはそれは素晴らしいものとなるだろう。
…だが、今はまだ協力するべき時だ。短慮は慎むべきである。

「どのみち、我々に刃向かおうなどという甘い考えを持つニンゲンどもが
“武器庫”を使用する事は、まず考えられないでしょうからな。」

「ホント、すっごくしみったれてるからねヴォルマルフちゃんはー。」

「とはいえ、一々首を刎ねられては屍人も作れなくなるのですがな。
 優秀な素体が多い故、実に惜しい。カーッカッカッカッ!!!!」


――武器庫。

それは、本来はヴォルマルフが“内通者”や“帰還した同胞”達の為に、
このゲームに優位に立てるようにとレイムに依頼した上で用意した施設である。
名前の通り、こちらにはあらゆる装備や所持品が用意されており、
建前上は全ての参加者が自由に使用できるものではあるのだが…。
ヴォルマルフはこのゲームの参加者全てが、
進行役に心からの誠意と貢献を示させる為に。
武器庫からの物資の調達に、ヴォルマルフは一つのある条件を付けた。

――首輪との交換、である。

参加者全員をこの会場に呼び出した際、
参加者が身に付けていた装備や所持品の類は全て没収してある。
それら全てを分散して件の武器庫に保管してあるのだが、
そのアイテム本来の持ち主の“首輪”を差し出し、
それと交換に持ち主の装備や所持品を提供する仕組みを取ってあるのだ。

当然、爆破せずに首輪をもぎ取ろうとすれば持ち主の首を刎ねなければならないのだから、
その首輪の持ち主は確実に死亡する。結果としてこのゲームに貢献する事になるのだ。

それに、このゲームに反抗する、“道徳的な”参加者はたとえ死体であろうと
“首を刎ねる”事に嫌悪感を抱き、優位が分かった所で誰もそうしようとはしないだろう。
必然的に、このゲームに乗った側が優位となる訳である。

何より、そうすれば首輪は次々と回収される事にもなるのだから、
首輪の解析の為に死体からの回収を行う者への嫌がらせにもなる。
ヴォルマルフはそう判断して、この施設の設置を依頼した。
その施設を、ディエルゴは今この時期に開放するのだ。
一度はその開放時期を一任してあるはずの、進行役のヴォルマルフを差し置いて。

「我々に放送を任せるというのはこういう事になると、
 ヴォルマルフ達にも是非とも教えて上げてください。
 では、お任せいたしますよ?キュラーさん。」

そう言ってレイムは静かに期待しながら笑う。哂う。嗤う――。

これより加速する、己の保身目的の卑しい殺し合いに。
これより加速する、苦渋の選択による仲間同士の殺し合いに。
これより加速する、全ての参加者達の絶望と慟哭に。

それはどれも血識に劣らず、極上の美酒足りえることだろう。
レイムはそう言って、期待に胸を躍らせながら、かき消えるように
この場を去った。おそらくは、また眠りに付いたのであろう。

「…畏まりました。では、あちらに集う全ての者どもの
 心の“鬼”を、見事生み育んで参りましょう。いざ!」

キュラーは虚空に一礼をしてその身を翻すと、
脳内にすでに纏めてある臨時放送の内容に、
レイムの発言による修正を加えて通達を始めた――――。


【不明/1日目・夜(19時)】
レイム・メルギトス@サモンナイト2】(【源罪のディエルゴ@サモンナイト3】)
【ガレアノ@サモンナイト2】
【ビーニャ@サモンナイト2】
【キュラー@サモンナイト2】


【備考】:武器庫(首輪交換所)
    B-2の塔、E-2の城、H-7の城、C-6の城の閉ざされた一室に存在します。
    武器庫の扉には「女神の加護」が施されているため、支給品の鍵を用いるか、
    特別な支給品の一撃で破壊するか、主催側の指図がなければ開放できません。
    武器庫には、博物館のように台座付きで透明のガラスの箱の中にアイテムが収められてあり、
    台座に首輪を入れる輪形の窪みがあるので、そこに押し込むとガラスの箱が外れ、
    アイテムが取れる仕組みになっています。ガラスには扉と同じく「女神の加護」が
    施されていますが、無理矢理破壊しようとすると中のアイテム毎爆発してしまいます。
    通常の不明支給品とは違い、完全に“参加者がロワ参加前に所持していた可能性の高い”
    アイテムしか武器庫には存在しないので注意。
   :ガレアノ、キュラー、ビーニャは異世界の血識により、原作終了時よりさらに強化されています。
   :“内通者”は、レイム達の存在を把握しておりません。

095 セキガンのアクマ 投下順 097 そして輝きは続く
095 セキガンのアクマ 時系列順 097 そして輝きは続く
088 Trisection レイム・メルギトス
074 ディエルゴの守護者 キュラー 100 臨時放送
074 ディエルゴの守護者 ビーニャ
074 ディエルゴの守護者 ガレアノ
最終更新:2009年07月29日 10:49