――第二の情報が開示されました
◆
【……友よ。一つだけ、我に良い方策がある】
死が、再び訪れようとしていた。
いや、再びと言う言い方には語弊があろう。正しくは、それまで停止していた、『死への時間』が進み出した、と言うべきか。
時間神殿において与えられた、致命的かつ、不可逆の滅び。それが、ついに作動した。この世界は、『ブネ』にとって延命に都合の良い世界であった為、
今の今まで死を後回しにする事が出来たが、遂に彼は、耐えられなくなってしまったのだ。
「……それは、何だね」
審判の名を与えられた、白い猫が、聳え立つ肉の柱目掛けて唸りを上げた。
柱は、此処に来た当初から既に痛み切っていたが、今は特に、その痛みが酷い。……と言うよりは、完全に消えかけていた。
柱を構成する何らかの材質の物質、それが細やかな粒子となって虚空に立ち昇って行き、遂には空気に溶けるように見えなくなる。そんな現象が、至る所で起っているのだ。
【……我が命は最早長くない。五分と、もう持たぬだろう。だから、友よ。お前に話しておきたい。叡智と悪魔学、そして……死霊術(ネクロマンス)を司る者として。我が望みを果たしてくれた者に、知恵を授けると言う形で報いたい】
ジャッジの目線は、百m以上もあろうかと言う、不気味な柱に注がれていた。
【――その方策の名を、『聖杯戦争』と言う。それを以て、この世界のルーラーの片割れたる浄化者に滅びを与えるのだ】
滔々と、ブネが語り始めた瞬間、この魔神柱の総身に瓦解の予兆が走った。身体の至る所に、亀裂が入り始めたのだ。
藤丸立香と、彼の所属する組織・カルデア。そして、彼の縁に寄りて、あの宇宙にも等しい空間に馳せ参じた幾多の英霊。
それらによって齎された損壊ではない。この虚無の海を跳梁する、一人の浄化者の手によって齎された傷によって、今まさにブネは滅ぼうとしていたのであった。
◆
ジュデッカ 血塗られた献身
流離の子
ソルニゲル
革者
解放された世界 Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木 回帰の白
物語の王
餓狼伝
総ての乙女の敵
不死の罰
日ノ本斬殺
久遠の赤
◆
ZONE20――『日ノ本斬殺』
要するに其処に、万象を裏から操る者が張った蜘蛛の糸めいた伏線と策謀の積み重ねと言うものも、ドラマティックな運命と呼ばれる縁も、存在しなかった。
偶然である。偶然だけが、その事象を支配していた。あまりにも唐突な偶然。それが、全ての始まりであった。
何て事はない。
ある一組の主従が、他の主従を葬らんと、夜の冬木を彷徨していたら、同じ目的で町を歩いていた主従に出会ってしまった。結論を述べれば、事の起こりはそんな所である。
聖杯戦争の参加者と出会えない。
『
アテルイ』だけじゃない。そのマスターである『
クロエ・フォン・アインツベルン』が思ったのは、昨日の事。
冬木は広い。効率の良い探し方をしなければ、数組しか存在しない参加主従を発見する事は、通常不可能である。
しかし、サーヴァントには、同じサーヴァントを探知出来る機能がある種の生態のように備わっており、これにより相手が現在どこにいるのか、
その大まかな位地を察知出来るのであるが、その機能がまるで封印でもされているかの如く働かない。ただ単に、サーヴァントが知覚範囲内にいないからと言えばそれまでだ。
サーヴァントが絡んでいると見る細やかな事件は、確かに見られる。此処最近紙面を賑わせている、女性を狙ったバラバラ殺人などその典型だ。
間違いなく、町にはサーヴァントは潜んでいる。潜んでいるが、出会えない。アテルイは待って勝つ、凌いで勝つサーヴァントではない。
本人の性情を色濃く反映しているかのように、そのステータスもスキルも宝具も、攻めに強い。
だから此方から攻めて行くべきだ、と言う彼の意見に、クロエは反対はしなかった。……本心を語るのであれば、このサーヴァントが動けば要らぬ人的被害が増えそうであった為、自ら積極的に動くのはクロエとしては嫌なのであるが。
サーヴァントとの交戦の為、先ずは彼らを捜索する。
そう思い立った日の翌日に、二名は見つけたのである。場所は、此処冬木が誇る一大レジャー施設。わくわくざぶーん。
その駐車場の入口と面した道路で、彼らは出会ったのである。自分達と同じ事を考え、夜の冬木をさ迷い歩く、恐るべき、たった一人で構成されたワイルド・ハントに。
「テメェも同じクチか」
剣呑そうな笑みを浮かべ、その笑みが示す通りの感情を言の葉に乗せ、アテルイが言った。
自分の目線の先に佇む、背後で怯える銀髪の女性を匿う、顔面に奇怪な刺青を刻んだ黒髪の青年にだ。
「そのようだな」
アテルイの威圧的な風貌と、恵まれた体躯、そして、磨き上げられた身体つきを見ても、その男は臆した様子すら見せはしない。
生地と、縫製技術。そのどれもが最高級の物である事を余人に知らしめる、ダンヒルのグレーのスーツを身に纏ったその男は、冷めた瞳でアテルイを見やる。
春を意識したスーツの下からでも、アテルイには解る。その下に隠れた、見事なまで筋肉の数々を。ただ人に見せる為だけの、ハッタリの筋肉ではない。
使える筋肉である事は間違いなかろう。それも、人の限界を遥かに超えて、である。
「俺が言うのもナンだがよ――もう少し、隠せよお前」
そうとアテルイが言ったのと同時に、彼の右脇に、灰色の剣身を持った直剣が突き刺さり、それを彼は引き抜いた。
アスファルトに深々と突き刺さったそれを、味噌に刺さった釘でも抜く様な容易さを以ってアテルイは抜き取り、それを肩乗せするように構える。
誰が見たって、バレバレだろうとアテルイも、彼の背後で険しい表情を浮かべるクロエも、そして恐らくは、刺青の男を駆るマスターですら思っているだろう。
スーツを着て、人間社会に溶け込もうにも。身体から発散される、只ならぬ気風が。彼がただの人間ではない事を、如実に証明していたのであった。
◆
ジュデッカ 血塗られた献身
流離の子
ソルニゲル
革者
解放された世界 Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木 回帰の白
物語の王
餓狼伝
総ての乙女の敵
不死の罰
久遠の赤
◆
ZONE21――『不死の罰』
『
カイン』は霊体化が出来ない、と言う、聖杯戦争を勝ち進む上で無視出来ぬ程致命的なハンデを負っていた。
そんな欠点を有したサーヴァントに命を預けねばならない『
オルガマリー・アニムスフィア』ではあるが、怒るに怒れない。
カインが恐ろしいと言う事もある。何せオルガマリーが駆使出来る――いや、神代から現代に掛けて地球上に存在して来た如何なる魔術で在ろうとも、カインには通用するまい。
令呪の絶対命令権ですらカインは無効化するのだ。魔術をチラつかせて言う事を聞かせるなど出来はしない。魔術師であり、何より生来小心者の彼女が恐れるのも無理はない。
だが、カインが恐ろしい以上に、霊体化の仕組みを知っているオルガマリーは、カインが霊体化出来ない理由を、仕方のない物だと捉えていた。
霊体化は、現在の時間軸から過去に遡ったある点(ポイント)で『死亡している』存在が行う事が出来るのだ。英『霊』、と言う言葉が指し示す通り、
サーヴァントは基本的に霊体、既に死亡した人物であり、過去に存在していた人物の影であり、英霊の座に登録された本体の幻影なのだ。故に、霊体化が可能なのである。
だがカインは、今この瞬間にも、神が用意した世界の裏側の荒野、ノドの地に生きていて、その地で死ぬ事を今も待ち望んでいる。
存命中の人物は、霊体化出来ない。当然の理屈である。そしてそもそも、存命中の人物はサーヴァントとして召喚出来ない。
霊、既に死亡した人物の情報を召喚するのが英霊召喚だ。今も生きている人物を、如何なる業を以ってか召喚出来る、この冬木の聖杯戦争がそもそも異常なのである。
霊体化出来ないからと言って、拠点に引きこもってばかりでは事態は進展しない。
だからオルガマリーは、苦肉かつ、苦しい策ではあるが、実体化していてもサーヴァントだと直には看破されない方法でこのハンデを埋めようとした。
早い話が、現代的な服装を着せようとしたのである。それが、カインが身に着けている、ダンヒルのスーツにシャツ、アクセサリーや革靴であった。
スーツである理由は、オルガマリーから見て現代に即していると思われる服装であったからであり、
全部合わせて百数十万を超す程の高級品でファッションを統一させているのは、イギリスが発祥の超大手外資系企業の子女と言うロールを与えられた、
オルガマリーの側近に相応しいと余人に思わせる為でもあった。だが、どんなに身形を整えようとも、身体に刻まれた、宝具でもある刺青は誤魔化せない。
この刺青を見せてしまえば一瞬で怪しまれるのは自明の理。其処でオルガマリーは更に、認識阻害の魔術をカインに掛け、刺青が刻まれてないと誤認させようとしたのだ。
幸いにもこの宝具、カインにとって都合の悪い攻撃や害意、身体に何らかの異常を示そうとする類の術を完全に無効化するのであり、
自身にとって都合の良い魔術は受け入れると言う物であったのが救いだった。認識阻害の魔術は見事受け入れられ、今日までカインがサーヴァントであると露見せずに過ごす事に成功した。
――だが、サーヴァント相手にはバレる。卓越した魔術の技量の持ち主にも、だ。
【ランサー、敵よ、敵!!】
【黙ってろ小心者が。解ってる】
イラついた声音で、カインが返す。とてもマスターに対する態度ではないがしかし、何とかしろ、と言うオルガマリーの本音だけは汲み取ったらしい。
嘗てカインが農夫であった証。即ち、鍬或いはフォークであった物が、ランサークラスでの召喚により三叉の槍(トライデント)に変質した得物が、
水面に小石を投げ入れた様な波紋を虚空に生じたと同時に、その波紋の真ん中から出現。それを、カインは引き抜いた。
【か、勝てそう? 勝てるわよね?】
自分を本気で殺そうとする者が放つ、殺意の放射。オルガマリーは未だにこれに慣れていなかった。
根が小心と言うせいもあるが、それ以上に放っている相手が悪すぎる。カインに勝るとも劣らぬ鍛え上げられた肉体に、褐色の肌。
己の肉体美を恥ずかしげもなく男は曝け出しており、肩に羽織られた唐草模様の風呂敷と黒い褌を除けば、殆ど裸も同然で、何処かの国の蛮族を思わせる。
加えて、其処に刻まれた不気味な刺青はどうだ。植物の根っこをモティーフにした様な、黒色に明滅するその刺青は、カインのそれとは似て非なる印象をオルガマリーに与える。
それに、オルガマリーを値踏みする瞳だ。何処となくいやらしい感情が混ざっているように彼女には思えてならなかった。負けた時の未来……想像もしたくない。
だがそれ以上に、目の前のサーヴァントは、嫌でも『強い』と認識させる程の気風を、自慢でもするかの如くに発散させている。そして、その気風から連想させる強さが嘘ではない事は、彼女の身体の震えが雄弁に物語っている。瞬きの間にこちらを塵屑同然にする程の力を誇る相手からの、敵意と殺意。怯えぬ筈がなかった。
加えて――マスター自身も強いのだ。
見た目は、自分の年齢の半分も生きているのかどうかと言う程の、年端も行かない少女だ。エレメンタリー・スクールもまだ卒業してはいるまい。
これがマスターなら、如何とでも打てる手段がある。ただの人間にはそう思うだろう。だが、優れた魔術師であるオルガマリーは解ってしまった。
日焼けた肌が魅力的な愛くるしい少女にしか見えぬこの人物はその実、人間とは思えぬ程に卓越した魔術と『技術』を駆使出来る、優れた存在であると言う事を。
自身が本気で戦っても、目の前の少女を相手に勝ちが拾えるかどうか。それ程までに、戦力差に水が空けられていた。だから、オルガマリーは聞いてしまったのだ。勝てるのか。性格を除けば、当たりに近しいレベルの実力を誇る己のランサーに、である。
【勝つ。俺の目的を、邪魔させない】
暗い情念が渦巻く声音で、カインが言った。
死ねない自分に、聖杯の力で死を齎させる。それがこの、人類最初の殺人者の目的。殺してしまったが故に、その罰として死ねなくなった男が聖杯にかける願い。
大切な人物だと思っていた人物に裏切られ、その故に死と再生を繰り返す羽目になったオルガマリーの、『生きたい』と言う願いとは鏡合わせ。
だが二人は、己の願いに掛ける本気の度合いと、聖杯を求める切実さと言う点で意見の一致を見ている。だから、負けられない。
カインの言っている事はとどのつまり、その程度の事に過ぎない。死にたいから、戦ってかつ。何とも歪んでいるが、男の目的はそれである。その男の捻じ曲がった意思の強さで、オルガマリーも我に返る。そうだ、負ける訳には行かないのだ。人理も守れてない、まだ褒められてもない、もっとやりたい事もあるのだ。それを果たせずして、こんな異境の地で死ぬ訳には――
「貴様ッ」
そうカインが呟いた瞬間、ガキンッ、と言う金属音が、オルガマリーのすぐ手元で鳴り響いた。
腕時計を落としたか、と思ったが違う。それを付けている方の腕ではない。令呪が刻まれた側の右手から音が聞こえた。その方角に顔を向けても、何も目立ったものはない。
しかしすぐに、上空に気配を感じ、其処を見上げると――いた。明らかに崩されて不安定の姿勢のまま、空中数mを回されている、アテルイのマスターである、クロエ。
色々と、奇妙な点がクロエにはあった。可愛らしいスカートが特徴的だった、年相応の少女らしい服装から、流れる様な紅い外套と言った、
露出度の高い服装に変化していると言う点もそうである。だがその服装以上に、彼女の両手に握られた、湾曲した剣身が特徴的な短剣が目に映った。
刃渡りは四〇~五〇cm程か。刃の鋭さより寧ろ、刃渡りの長さに明白な殺意が感じられる。その短刀を見た時、オルガマリーは悟ってしまった。
今あの少女は、自分の令呪が刻まれた腕を、斬り落とそうとしたのだと。そしてそれを寸での所で、カインが槍でクロエを弾き飛ばして防いだのだ、と。
カインが上空を睨みつけ、今も隙だらけの姿勢で中空を回されているクロエ目掛けて槍を放擲しようとするが、
それよりも早くクロエの姿が、オルガマリーは愚かカインの視界からも消え失せた。槍を投げようとした姿勢のまま、カインが固まる。
空間転移、と言う言葉がオルガマリーの脳裏を過る。馬鹿な、と彼女は焦る。あれは現代の魔術ですら再現は不可能を極る、魔法級の業であると言うのに。
【あれを使ってお前まで距離を詰め、令呪の刻まれた右手を斬り落とそうとした。注意しろ】、カインから注意喚起の念話が送られてくる。
噴き出た汗が途端に冷気を帯びる。冗談じゃない。空間転移を使って距離を詰めて殺しに掛かるマスターを相手に、どうやって対処をしろと言うのか。眦に涙が溜まって行くのを、オルガマリーは感じて行く。
「勝手な真似してんじゃねーぞ、ガキ」
苛立った声音で、アテルイがクロエを威圧する。
いつの間にかクロエは、アテルイの背後まで転移。この恐るべきセイバーの、恫喝めいた口調に背筋を冷やしながらも、気丈を保ちながらこう答えた。
「貴方が勝手したら、あんな魔術師、一瞬で粉々でしょ? 出来るサーヴァントは、令呪だけを奪ってサーヴァントを無力化させ、令呪を使って逆にこっちに有利なように働かせるものよ」
「馬鹿が、そんな事は後でも出来るんだよ」
オルガマリーの方に目線を送りながら、アテルイは言った。彼の感情に呼応してか。刻まれた黒い入れ墨が、淡い光を放った。
「利き腕落としたら、犯した時に抵抗されなくてつまんねぇだろうがよ。無理やり犯してんのに、拳の一つも振るわれないのは面白くねーだろ? 全然犯してる気になれねぇ。んでよ、散々犯して意識も糞もなくなった時にでもよ、腕でも斬って令呪を奪えば良いんだよ、ちったぁ頭回せガキ」
その言葉の意味を理解した瞬間、羞恥で頭に血が上った。耳まで熱い。
きっと今自分の顔は、熟れた林檎の如く真っ赤に染まっているのだろうと、頭の中のいやに冷静なオルガマリー・アニムスフィアが考えていた。
「最低のクズね……!!」、と、心底から軽蔑したような目線と語気で、アテルイを睨みつけるクロエ。どうやら彼女は、自分のカインよりも厄介なサーヴァントと共に、
聖杯を得ねばならないらしいと今になってオルガマリーは知った。お互いに、ツキから見放されているようである。
「つっても――其処にいる金魚の糞を殺さない限りはレイプは勿論、令呪を奪う事すら出来ねぇみてーだがよ」
酷薄な笑みを浮かべ、目線をオルガマリーの方からカインの方にアテルイは向ける。
主を侮辱されても、不死の罰を刻まれたこの男は何処吹く風。自分の目的の達成以外、本当に興味がないらしい。
聖杯獲得の妨げや障害になると考えた事以外には、何らの関心も示さない。オルガマリーが犯されて処女を散らそうが、それによって実害がない限りは間違いなくこの男は放置をするのだろう。そんな確信めいた感情が、オルガマリーにはあるのであった。
「おい、邪魔だから退けや」
「馬鹿か? 令呪を奪うと口にした奴相手に、マスターを差し出す真似をしろとでも?」
「そうした方が幸福だぜ? 俺と戦わずに済むんだからよ」
自身の実力に、絶対の自信があるようだと、クロエは勿論、カインもオルガマリーも実感した。
そしてアテルイが、その自惚れを振り切った強烈な自負心に恥じぬ、凄まじい力を秘めたサーヴァントである事も、肌で感じ取っている。
「戦わずに事を済まそうとする程、強さに自信がないのか?」
アテルイが強いと解っていての、挑発の言葉。表情は普段通りの、やや陰気そうな空気を醸す無表情気味のそれであるが、
発される言葉には明白にアテルイを小馬鹿にするようなものが内在されている。
――そして、その言葉を受けた瞬間の事だった。
アテルイの表情から笑みが消えたのである。今彼の顔付きは、磨かれた石のような無表情へと変じて行き、
体中からそれまで徒に放たれていただけの殺意が、冷たい物を孕んだ、指向性を伴う物へと変化。しかし、殺意の総量は、先程と比して段違いに高い。
放ち続ける殺意の全て、それを、アテルイはカインたった一人へと放射し続けていた。ゾワ、と、体中が粟立つのをオルガマリー感じる。
そしてこれは、クロエにしても同じ事だったらしい。露出が多い服装のせいか、艶やかで張りのある褐色の肌に、ポツポツと鳥肌が立ち始めている事が、オルガマリーにも簡単に見る事が出来る程であった。
「向こうで遊んでやるよ。行くぞ」
顎だけをクイッ、と。誰の車も停まっていない、文字通り無人・無車の状態にある、わくわくざぶーんの駐車場に向けてしゃくるアテルイ。
「戦っている間、空間転移や他の魔術を警戒しろ」、自身のマスターにそう告げてから、先ず最初にカインの方が駐車場の中へと歩んで行く。
――そしてこの瞬間に、アテルイが動いた。
カインの背中をそれまで棒立ちで見送っていたアテルイは、彼我の距離が四m以上空いた瞬間、残像を伴う程の速度で右手に握った直剣の間合いにまで一歩で踏み込み、
それを横薙ぎに、音の速度で振るった。完全な不意打ちだ。そもそも、まともに戦おうとすらアテルイはしなかった。
背中を見せた瞬間に、抵抗すら許さず、相手を斬殺すると言う卑怯な手段で、カインを下そうとしたのである。
不穏な気を感じ取ったカインが、急いでアテルイの方へと振り返り、振るわれ始めた直剣を見て、即座に反応。
手に持つ三叉槍でアテルイの攻撃を防ごうと試みる。だが、剣身が槍の柄と衝突した瞬間、カインの瞳が見開かれた。
柄の硬さが、相手の剣の硬さに秒の抵抗すら出来なかったのだ。まるで、バターをナイフで切る様に、アテルイの振るった剣は槍の柄に食い込んで行き、そのまま、割断。
槍は見事に中頃から横に真っ二つになり、破壊されてしまう。その事に気付いたカインが、殆ど反射的に後ろに飛び退き、剣の間合いから逃れようとする。
スタッ、とカインが六m程後方に着地。痛みはない。血が流れている感覚も、身体を伝う衝撃もない。
辛うじて攻撃を回避する事は出来たが、今の一撃で上着とシャツに、切れ込みが入ってしまった。尤も、服などカインにとっては瑣末な物であるのだが。
「やってくれたな」
敵意で双眸を漲らせ、カインが言葉を紡ぐ。眦から、火の粉が今にも飛び散りそうな程の怒気がスパークしていた。
「人に背ェ向ける何て、斬られたいのかなって思ってよ」
ナハハ、と笑うアテルイだったが、全く言葉からは反省の色が窺えない。と言うより、表面上は笑っているが、その瞳が全く笑っていない。
いやそれどころかこの男は、そんな冗談を口にしていながら、殆ど何の動作も見せずに、次の攻撃へと移っていた。
魔力の収束して行く感覚、これを感知したカインは急いで左にサイドステップを刻んだ。果たして、この場の誰が、何が起こったのかその仔細を理解出来ていたろうか。
ステップを行うまでカインが佇んでいた場所の地面に、縦横無尽に溝が入り始めたのである。まるで一枚の紙に、デタラメに切れ目でも入れたかのように、
アスファルトの地面に刻まれていく断裂。アテルイが放つ、真空の刃であった。切れ味だけならC~Bランク相当の宝具に匹敵するそれは、生半なサーヴァントならそれだけで必殺となる程の威力を誇る。
アテルイの放つ攻撃を見届けたカイン。彼は、冷めた目をしながら、履いていた黒い革靴を後方に脱ぎ捨て、更に靴下もポイポイと手で脱いで放った。
裸足になったと思った刹那、カインの纏っていたダンヒルのスーツが、バリッ、ととても小気味の良い裂音を響かせて、大小の布片となって中空を舞った。
筋肉を布の張力を超えてパンプアップさせ、スーツをダイナミックに破き捨てた、と気付いたのはアテルイだけである。
見事、と言う他ない肉体美であった。余分な贅肉が何処にもなく、首から足のつま先まで余す事無く鍛え上げられ、脂肪の総量も最小限。
普通の人間がどれだけ過酷な鍛錬を経た所で、こうも完成された肉体には至るまい。天より与えられた、完成された肉体へと至る資質。
それを生まれた時から天稟として保有した上で、身体を鍛え上げていなければこうも見事な肉体には至るまい。正に、天性の肉体。
カインはその肉体を霰もなく外気に晒していた。腰に布を巻き、その下にパンツを穿いていると言う服装は、この身体であるからこそサマになっている。
男女共々魅了されようと思わせる程に、厳しく引き締まった肉体であるからこそ、蛮族さながらの今のカインの恰好でも、恥かしい所がないのであった。
だが――その総身に刻まれている、幾何学的なモティーフを感じさせる、赤黒い刺青の、何たる禍々しさか。刺青が刻まれていたのは、顔面だけではなかったのだ。
タトゥーとは今日ではファッションとしての側面もあるのだが、古の昔においては罪人を識別するマークとしての機能もあったと言う。
カインに刻まれた刺青とは、まさにその罪人に対して刻まれる痕としての向きが強い。カインのものは正しくそれなのだろう。
それ自体はただの模様に過ぎぬのに、この刺青を見た瞬間クロエとアテルイは、カインと言うランサーが過去に、
決して赦されぬ大罪を犯したのだと言う事を即座に認識してしまった。引いてはそれは、カインが『悪』である事も意味する。
クロエが息を呑む。罪人であると識別出来る刺青を視認した事もそうだが、それ以上に、その刺青が発散させる、謎の威圧感に圧倒されてしまったからだ。
この男に手を出してしまえば、殺される。そうだと確信せざるを得ない程、カインに刻まれた刺青――またの名を、『ノド』と呼ばれる宝具のデザインが、完成されていたからである。
「ハッハ!! 良いな、オイ。そうだよな、喧嘩つったらよ、裸だよなぁ!?」
しかし、アテルイは流石に違う。カインの刺青を見ても、寧ろ滾るだけ。罪人であるのならば、斬り殺しても咎めがない。そうだとすら思っている程だった。
アテルイが謎の持論を叫ぶや、彼は地を蹴り、カインの下へと駆け抜ける。十m以上の距離を一瞬にしてゼロにまで縮める程の、恐るべきスピード。
アテルイ自身が有する、『嵐』を操り、放出する力。それを推進力として一切利用していない、素の身体能力を用いただけの移動速度で、これだった。
オルガマリーは勿論、クロエですら目で追う事が困難なスピード。クロエが気付いた時にはアテルイは既に、
右手に握った、鬼の骨を削って作った直剣の間合いにまで移動していた。鉄の刀を千本束ねても藁束の如く叩き斬り、巨大な岩塊も一振りで切断し、稲妻すらも防ぎ切る大結界すら木の板の如くに割断する、宝具にも等しい恐るべき妖剣が今、カインの下へと迫る!!
――それをカインは、あろう事か、右腕一本で防いだ。
それも、剣を振うアテルイの、剣を握った側の腕を弾いたりいなしたり、と言うのではない。『骨剣の剣身にわざと腕を配置させ、生身で剣を防いだ』のだ。
右腕一本、どころか、命すら頂いた、とアテルイが思い、勝利を確信したのは刹那のような一瞬であった。
音すら立つ事なく、刺青の刻まれたカインの右腕と、鬼の骨で拵えた剣が衝突。それだけ、だった。
――俺が、見誤った!?――
アテルイが瞠若する。この男程の戦士が、相手を叩き斬る際に必要な力加減を間違える等、天地が引っくり返ってもあり得ない。
だが現実として、アテルイの骨剣の剣身は、カインの皮膚より先から移動する気配を見せない。
正に、皮膚一枚で、アテルイの膂力と骨剣の切れ味の全てを防いでいる状態なのだ。それが、考えられない。
地上の何処に、俺の斬撃を皮膚の一枚で防御出来る怪物がいるのだと、アテルイは本気で考えていた。
「ああ、お前の言う通りだ」
剣を防いでいない側の左手で拳を作り、カインはゆっくりと語り始めた。
「喧嘩は裸でやるものだ。そして――」
告げた。
「殺し合いも素手でやるものだ」
其処で、アテルイの顔面に、痛みと衝撃が走った。
衝撃が突き抜けた方角に、直立した姿勢のまま水平に吹っ飛ばされて行くアテルイ。
アテルイの顔面があった高さに、カインの左腕が伸びていた。左拳によるストレートを、アテルイに放っていた事は、カインの今のポーズからも明白であった。
アスファルトに両足を接地させ、殴り飛ばされた勢いを殺し切るアテルイ。
それと同時に、先程の意趣返しだと言わんばかりに、カインが拳の間合いへと接近。事態を瞬時に認識したアテルイが、魔力を嵐の形態で放出。
無数の真空刃でカインの五体をバラバラどころか、挽肉にしようと試みるが、カインには傷一つ付くどころか、髪の毛の一本すら切断出来ていない。
真空で出来た刃は確かにカインの身体に直撃しているにも拘らず、だ!! 攻撃が通じてない、とアテルイが認識した瞬間、カインが右腕を振り被った。
アテルイの防御が、遅れてしまう。右腕はアテルイの鳩尾に容易く突き刺さり、カインが拳を伸ばした方角に、再びアテルイがゴムボールの如く吹っ飛んで行った。
パンチ一つで、八〇kg近いアテルイを十数m以上も吹き飛ばせるのは、カインに備わった『怪力』のスキルの故であった。
真っ当なサーヴァントであれば、このパンチ一発でダウンどころか、耐久のステータス次第では殴った所から身体が千切れ飛ぶ程の威力を誇るのである。
そんなレベルの腕力で殴られても、アテルイは意識を失う事はない。殴られたと言う事実に目を血走らせながら、カインの方を睨みつける。
壁際まで、追い詰められてしまった。わくわくざぶーんの外壁だった。動こうと思った瞬間、もう既にカインはアテルイに近付き、
悪逆のセイバーの腹筋目掛けて強烈な右前蹴りを叩き込んでいた。腹部に蹴りを受けたアテルイは、蹴り足の伸びている方角、即ち後に吹っ飛ばされようとするも、
鉄筋コンクリートの外壁がすぐ背中にある為飛びようがない。……風に思われたが、何とカインの蹴りは、その壁をぶち破り、破壊する程の威力を有していた。
「セイバー!!」
そう叫び、クロエが施設の中に転移、事態の変化を目に焼き付けようと移動する。
遅れてオルガマリーも、歩き難そうなハイヒールで必死に、己がサーヴァントであるカインが空けた穴の方に走って行く。
営業時間を過ぎた為、水を抜かれて数時間が経過した、カラッポのプール。穴は、其処に繋がっていた。
プールの上空を、カインに蹴られた影響で舞っているアテルイが、即座に体勢を整え、嵐の力を用いて気流を急激に操作。
気流を高速で自身にぶつけ、殆ど直角に近い角度で急降下。オリンピックサイズ・プールに膝立ちで着地する。
それと同時にカインも、プールの底に降り立った。彼我の距離は、四十m程も離れている。
「――ちょづいてんじゃねぇぞコラァッ!!」
手鼻をかみ、鼻の穴に溜まった粘性の血塊を噴き捨ててから、アテルイが口角泡を飛ばしながら叫んだ
瞋恚に血走る瞳で飛び出た怒号は、頭上十数m程の高さを覆うガラスの天井をビリビリと揺らす。それだけではない。
怒りの感情の発露と同時に、アテルイは全方位に己の怒りの感情を嵐として放出。突発的に起こった無色の風は、彼を中心とした直径十mの範囲で巻き起こり、その範囲内のプール底を粉々にした。
「何だ、怒ってんのか。存外、小さい器だな。雑魚」
カインの切り返しと同時に、アテルイの姿が掻き消えた。
掻き消えた、としか見えぬ程の速度での猛ダッシュだった。地面を蹴り抜いた際の力と、アテルイ自身が有する鬼の膂力。そして、嵐の放出の推進力。
これらを全てを、接近の為の道具として用いたその瞬間、アテルイは時速三〇〇㎞の速度でカインへと突撃する弾丸となった。
カインがアテルイの姿を次に認識した瞬間には、悪逆非道のセイバーは骨剣を袈裟懸けに振り下ろしている最中であった。
カインが身体を動かそうとするよりも早く、アテルイの剣が、刺青の刻まれた肩を捉えた。
やはり、斬れない。常ならば肩から腰に掛けて斜めに叩き斬れ、贓物を飛散させられる筈なのだが、肩の皮膚一枚で。神域にまで達している程のアテルイの斬撃が食い止められる。
アテルイの持つ宝具、天十握剣とは、記紀神話における三貴神の一柱であるスサノオノミコトの持つ側面の一つ、
荒ぶる武神・戦神としての面がフィーチャーされた宝具である。つまりこの宝具は、『武神としての権能』を指すのである。
スサノオから強制的に分離された『悪』の側面であるアテルイは、オリジナルの持つスサノオの権能の百分の一程度の力しか発揮出来ない。
武神の権能にしてもそれは同じ。本来のスサノオであれば、『武器を握った存在と対峙した瞬間、強制的に相手よりも武器の習熟度が高くなる』と言う効果の他、
『ただの斬撃一つで遍く万象や概念を其処に在ると言う事実ごと叩き斬る』と言う効果にまでなっていた筈だが、
スサノオから抽出されて廃棄された残滓に過ぎないアテルイの場合は、本来想定されていた効果よりも遥かに性能が劣る。
劣る、が、腐っても武神の権能。アテルイの斬撃は、物理的な干渉力の他に『相手が其処に存在していると言う事実』をも切断する為、事実上の防御は不可能。
強度にもよるが概念や宝具すらも彼の斬撃は破壊しうるし、これが生身の存在に直撃しようものなら、生半な加護や防御スキルなど一方的に貫通して相手を斬る事が出来る。そして、斬られた先に待っているのは、『死』なのである。
なのに、カインの身体には傷一つ負う気配がない。
如何に落魄した権能とは言え、アテルイの剣による攻撃は真実の意味で神の領域にまで片足を踏み入れている程の一撃なのだ。
素肌で防ぐ事など間違ってもあり得ない。アテルイの宝具を軽快に上回る程、神秘の格で勝る加護が刻まれていると考えるのが妥当だろう。
そう、その加護こそが、カインに刻まれている奇怪な刺青の正体なのだろう。其処までは、アテルイも導き出せた。
導き出せたが、其処から先をどうするのかがポイントだ。そしてアテルイは、此処から何をするべきなのか、血が上った頭で導き出せていた。
――簡単だ。相手が折れるまで、殴って斬りまくれば良いだけなのだから。
「貴様の攻撃など蚊に刺された程も効かんな」
「じゃあ効くまで斬り刻んでやるよ」
その一言を契機に、アテルイの斬撃の速度が、カインの反応を凌駕する程の超速と化した。
一秒間に二十回にも及ぶ程の速度で殺到する、アテルイの神速の斬撃。音を超えて神の域、神の域を超えて魔の境地へと逸脱したそのスピードの攻撃に、
カインの反射神経が追い付かない。腕を動かして、辛うじて秒間数発程度までの攻撃はガード出来る。だが、それ以上の攻撃はモロに肉体に直撃してしまう。
強がりで、カインは蚊に刺された程も、と言った訳ではない。真実カインには、攻撃が殆ど通じていない。
カインと言うサーヴァントを象徴する宝具である、神によりて刻まれた呪いである『ノド』は、本来ならばカインに死を許さない、不死を約束させる宝具である。
勿論聖杯戦争に際して不死を再現する事など不可能であり、ダメージを極めて大幅に削減する程度にまで性能が劣化している。
だが、不死にする、と言う効果の断片はある程度は再現されている。『ノド以上の神秘或いはノドを刻んだ神と同格の神性の持ち主の攻撃』でなければ、
正しくその効果が発揮されないと言う効果によってだ。つまり、この効果がある以上、『十全の状態から突然カインを即死させる事は出来ない』。
『其処に存在すると言う事実を斬り裂く』アテルイの斬撃は、上に上げた二つの効果にモロに引っかかってしまい、その真の効果を真っ向から無効化されてしまっただけでなく、斬撃本来の物理的な干渉能力すら十分の一を遥かに下回る威力にまで低下させられてしまっている。そう、真実本当にカインの身体には、大したダメージはないのである。
だが、こうまで常軌を逸した速度で攻撃を受け続けていれば、流石に話は別になる。
塵も積もれば何とやらだ、ダメージは蓄積する。アテルイの取った、直ちに大ダメージを与える方策はないが、小さいダメージを与え続けていればいつかは倒せる、
と言う作戦は、一見乱暴に見えて実際にはこれしか突破する方法がないのである。一分後か、それとも十分後か。兎に角、続けていればいつかは膝を折る。その考えの下、アテルイは鬼の骨を削って作った剣を、あらゆる角度からカインに殺到させていた。
攻撃が、まるで途切れる気配がない。
頭に、首に、肩に、腕に、胴に、脚に。アテルイの斬撃が直撃して行くが、カインは堪える様子もない。
眼や股間に攻撃を受けてすら、平然としている程である。だが、如何にアテルイの神髄である『事実の切断』が無効化されていると言えど、
身体に舞い込む衝撃までは完全に殺し切れない。これ以上攻撃を貰うのは得策ではないと思ったカインは、アテルイの攻撃を受け続けながらも、
右拳を握り、それを魔王の顔面目掛けて突き出した。これを、軽く頭を横に傾けて回避したアテルイは、即座にカインの右手首を掴む。カインの瞳が、カッと見開かれた。
「どうした。何驚いてんだ? そう何度も同じ所殴ってたら見切られるに決まってんだろ」
得意気に口にするアテルイだったが、言っている事は事実だった。カインの攻撃には、技巧と呼ばれる物を感じないのである。
それもその筈。カインには目立った武功や、名高い戦場を生き残ったと言うエピソードがない。人類最初の殺人者、と言うエピソードが最も有名な男だ。
全く互角かそれ以上の実力と強さの人物と、命を賭けて戦ったと言う経験がない。それはつまり、戦闘に対する練度の低さを意味する。
実際卓越した武錬を持つアテルイは、冷静に攻撃を観察出来る状況に立ってしまえば、カインの攻撃は三騎士のクラスの割に練度が低い事をもう見抜いてしまった。
この男の戦いの勝ち筋は、埒外の耐久力で相手の攻撃を耐え、耐えながらカウンターを行うか、耐えて相手が疲れた所を攻勢に出る、と言うのが定石なのだろう。
成程、腹が立つ。その程度の実力しかない男に、今まで攻撃を貰っていたと言う事実に。アテルイは、腹を立てていた。それは、自分自身に対する怒りであった。
手首の骨を外そうとして見たり、腕を枯木みたいに圧し折ろうと力を込めてみるも、そのどれもが失敗。やはり、打撃を叩き込むしかないようだ。
カインが急いで攻撃に転じるよりも早く、アテルイが動く。即座にカインの腹部に、右の鋭い膝蹴りを叩き込み、動きを一瞬止めさせる。
不死のランサーが渇いた息を吐き出したと同時に、片腕の力だけでアテルイは、体勢の崩れたカインを、頭上へと放り投げた。
時速百㎞を超える程の速度で垂直にブン投げられたカインは、プール場を覆うガラスの天井に直撃。鼓膜が斬り裂かれる様な高音を立てて、天井の六割近くが破砕される。
今も空中に放り出された状態のままのカイン目掛け、嵐の形態を伴った魔力放出をアテルイが見舞う。
嵐どころか風すらも発生する条件にない空間に、突如として巻き起こる暴風。人体を真っ二つにするどころか、粉々にする程の密度の真空刃を搭載した嵐が、
宙に投げ出され無抵抗その物の状態であるカインの身体を斬り刻む。嵐の直撃を受け、ガラスは更に千々と砕け、粉末に等しいレベルにまで砕かれる。
更にその嵐は、カインから遥か十数m下で、両名の戦いを眺めていたクロエとオルガマリーにも、尻もちをついてしまう程の強さの突風と言う形で影響を与えていた。
アテルイの顔面に、青筋が浮かび上がる。
それも、詮方ない事かも知れない。アテルイが放り投げた際の力が限界を迎え、引力と重力とに従い落下を始めたカイン。
両腕を交差させて顔を覆いながら、プールの底へと落ちて行くカインに、傷らしい傷がついていないのを見てしまえば。機嫌も悪く、なろうと言う物だった。
スタッ、と着地するカイン。しっかりと両足からの着地であり、不様に倒れ込むようなものではない。ダメージを受けていない事の何よりの証左である。
顔の前で交差させた腕を、カインが解く。顔に傷はない。勿論、身体にもであった。ギラリと輝く意気軒昂たるその瞳に、ダメージを負った事に対する気持ちの萎えがない。
いやそもそも、ダメージすら負っていないのだ。心の昂ぶりに翳りが差す筈もなかった。
「は、ハハ……」
両手で拳を作り、ボクシングのサウスポーに似た構えを取り始めるカインを見て、アテルイが不敵な笑みを浮かべ始める。
「――ッハハハハハハハハハハハァッ!!」
そして突如、躁病の患者の如き、破裂するような哄笑を上げたと見るや、アテルイの姿が再び、掻き消えてしまう。
消えた、としか見えぬ程の、超高速での移動である。真正面から一直線に相手に向かって行っている、と言う軌道の筈なのに、
相手はアテルイが眼前に現れて、初めてこの男がどんなルートで接近したのかを知るのだ。それ位移動速度と、不意打ちの練度に優れていた。
現にこのアプローチが二度目であると言うのに、またしてもカインは虚を突かれてしまった程である。
間合いに入るや、右手で握った鬼骨剣を大上段から振り下ろすアテルイ。狙いは、カインの脳天だった。
これを、右腕を剣の軌道上に寝かせるように置く事で、防御するカイン。武神の権能の欠片を宿した一撃は、
『神』が手ずから刻んだ刺青の祝福(カース)によって防がれてしまう。そんな事などお構いなしとでも言わんばかりに、アテルイは再び剣を上段から振り下ろす。
反撃に転じる間もなく、再びカインが防御。動こうとするも、アテルイの方が素早く動く為、攻勢に出れない。またしてもこのセイバーは上段から剣を落とす。
防ぐ、落とす、防ぐ、落とす。まるでアテルイは癇癪でも起こしたかのように、骨剣を上段から何度も何度も振り下ろしまくり、カインはこれを防ぎ続ける。
アテルイが余りにも埒外の膂力で剣を振り落としまくるせいで、攻撃の衝撃がカインを伝い、それがオリンピック・プール全体に亀裂が生じさせてしまった。
嵐を操る魔王の、気違いじみた哄笑を伴っての振りおろし、その一撃ごとに、生じた亀裂から砂煙が巻き起こり、会場全体が微かに揺れ始めて行く。恐るべきは、これだけの腕力を誇るアテルイか。それとも、無傷でこの攻撃を防ぎ続けるカインか。
――これが、本当に……――
聖杯戦争の戦いなのだろうかと、クロエは、二名の凄惨な戦いぶりを見て戦慄を憶える。
聖杯戦争の為に生存理由(レゾンデートル)をチューニングされた彼女は当然の事、聖杯戦争の主役とも言うべきサーヴァントの知識を理解している。
人類史に刻まれた万夫不当の英雄達、遥か遠くの御伽噺と化した神代の世界の綺羅星、人の歴史と未来を変革せしめた偉人達。
これらが人類の想念によりて磨き上げられ、高次元の霊となった存在。それこそがサーヴァント、つまり、英霊と言うべき存在なのだ。
一人で万軍を打ち倒す武勇を誇る英雄と、勇気と知略と武力を以って竜種を打ち倒す勇者の戦いは、どれ程胸躍るものだったであろう。
時を経る毎に人類が忘れて行った古の時代の言の葉を操る大魔術師と、空を舞う飛燕の眼球すら撃ち抜く程の弓術を誇る弓兵の戦いは、手に汗握るものだっただろう。
嘗ては主従関係、王と騎士、主君と臣下の関係にあった者達が、聖杯戦争と言うシステムの妙の故、争わざるを得なくなると言う運命の悪戯は、興奮すら隠せなかったろう。
聖杯戦争。それはifによって編み上げられた一枚のベルベットと言っても良かった。
誰もが憧憬を抱き、誰もが心を惹かれ、そして誰もが同一化や自己模倣を志す、そんな者達どうしによる戦いは。
果たしてどれ程眩くて、キラキラしていて、修辞法では表現のしようがない程に縹渺とした神韻で溢れていたのであろうか。
二名の戦いには、それがなかった。
アテルイとカインの戦いは、暴虐を極る悪鬼共の戦いそのものだった。蛮族共の凄惨な闘争そのものだった。
目を奪われる程の幻想性がない。あるのは目を覆いたくなる程現実的(リアリスティック)な暴力だ。
呆然とするほどの眩い光輝がない。あるのは何処までも有り触れている、鉄血の飛沫である。
心を白紙にする程に美しい神韻がない。あるのは――この戦いの果てには死と荒廃が待ち受けていると言う確かな予感だけだ。
カインの右フックを、スウェーバックの要領で簡単に回避するアテルイ。
避け様に、風の塊を超高速で放出させ、それをカインの身体に直撃させる。サッカーボールのような勢いで、後方十mに吹っ飛ばされるカイン。
スタッ、と着地し、動こうと思った時には、埒外の移動速度でアテルイがもう接近してしまっていた。
鬼の骨を鍛えて作った剣を横薙ぎに振るうが、カインはやはり、避けない。素肌による防御を実行し、攻撃を防いだと言う実感を肌身で感じた瞬間、
反射的にアテルイに蹴りを見舞うが、積み重ねてきた戦闘経験と武術の経験が違い過ぎる。身体を軽く捻る事でアテルイは容易に攻撃を回避した。
猛禽のように指を曲げたまま拳を開き、その状態でカインの顔に掌底を放つアテルイ。この時、曲げた人差し指と薬指が、カインの眼球に刺さった。
刺青の影響は、このデリケートな眼球にまで及ぶらしい。視力こそ奪われなかったが、突如としての舞い込んだ目への攻撃で、
一瞬カインの意識を完全な空白にする事は出来た。この瞬間を狙い、掌底を放った側の腕を高速で引き、カインの心臓目掛けて正拳突きをアテルイは一閃。
拳の突き出された方角に、矢のようにカインは素っ飛んで行き、ターンを行う側の側壁に激突。蜘蛛の巣めいた亀裂が、壁に衝突の勢いで生じた。
嵐を背中から放出させ、これを推進力に時速三一三㎞の速度で抹殺対象に迫るアテルイ。
それを見たカインが、左方向にステップを刻み、其処から移動。ザクッ、と言う音を立てて、骨剣が側壁に突き刺さった。先程までカインがいた場所であった。
アテルイが剣を引き抜いているその隙に、カインは跳躍、プールサイドに着地。それを追おうと自分も跳躍し、同じ土俵に降り立とうとするアテルイ。
しかしカインは着地を許さない。飛び上がったアテルイが落下を始めようとしたのと同時に、カイン目掛けて左拳による一撃を放つが、骨剣の腹で攻撃を軽く防がれてしまう。だが、地に足付いてない空中での防御だ。成す術もなく、カインの左拳が伸びた方角に吹っ飛ばされてしまい、強制的に距離が離れてしまった。
相手が言った通り、技術の差が如何ともしがたいレベルにまで水を空けられている。
このまま戦って倒せるか、とカインは考える。異様なまでに、攻撃の威力が低下させられており、十全の状態のダメージを与えられない事に既に彼は気付いていた。
怪力のスキルを乗せた一撃を顔面に喰らって、あそこまで無事の状態でいられる事など通常あり得ない。アテルイが頑丈過ぎると言う事もある。
だが、それだけではない筈だ。アテルイは何か、こちらの攻撃の威力を強制的に低下させる『術』を持っている。そのせいで、決定打が与えられない。
――マスターを攻撃するか――
そう、カインは考えを改めた。サーヴァントが難物なら、マスターを殺して勝利を拾うのもまた、聖杯戦争においては当然取られ得る選択と言えた。
アテルイのマスターは瞬間移動と言う極めて高度な術法を使うにも拘らず、このプールに来てから行っている事は、固唾を呑んで両名の戦いを見守ると言う見の一手。
戦いと言う行為に向かないオルガマリーを狙わないのは正直有り難いが。アテルイのマスターであるクロエは、ひょっとしたらオルガマリーを殺したくないのかも知れない。
根が善良なのだろう。そうでなければ、アテルイの野卑極まる発言に嫌悪感を示したりはしない。
しかし、持って生まれた技術をフルに使わない時点で、マスターとしては二流だ。もしもクロエが本当に善良なマスターである、と言うのなら、容赦なく其処を突かせて貰う。
全ては、数千年もの時を無辺の荒野で生き続けなければならぬ、と言う生き地獄からの解放の為に。作物の一つも育たず、人一人いない荒野で、飢えも乾きもなくただ時が行き過ぎるのを待つ、と言うあの虚無の辺から、死を以って今こそ救われるのだ。
クロエの方に、目線を向けるカイン。
それまでアテルイ達の戦いを見守っていただけのクロエが、送られて来た目線が異質なものになっている事に気付いたらしい。
そしてアテルイも、カインが何を狙っているのか、その意図に気付いた。ダッ、と地を蹴ってカインを止めようとした――その時だった。
突如として響き渡ったアテルイやカインのものとは違う、コンクリートの破壊音。
その音の方向に、カインがバッと振り返る。アテルイの方は方角的にその音の正体を視界に収められる位置であったので、身体を当該方向に向けなくても済んでいた。
――そして、カインが振り返った時にはもう遅い。凄まじいまでの衝撃が、体中に叩き込まれ、丸めた紙のようにカインが素っ飛んで行った。
この場にそぐわぬ音が、プールに響き渡る。ある種の排気音だった。
内燃機関(エンジン)が生じさせた排気ガスを外部に放出する為の装置、即ちマフラーと呼ばれるものからガスが排出された時の音に、それは良く似ていた。
音の正体は正に、先程までカインが構えていた地点に、書き割りを変更する様な唐突さを以って現れた大型バイクであった。
厳めしさすら感じさせる、鎧めいた黒色の板金。自動車の物と比べても何ら遜色のない大きさのタイヤ。そして、うるさ過ぎにも程があるエンジン音。
この世の如何なるメーカーの過去の販売記録を漁ったとしても、、この車両を過去に流通させたと言う事実は見当たらないだろう。
試作品、限定品と言う括りで探しても、同じ事であろう。それ程までに、類を見ない車両であった。
「車の前に出てきたら危ないと言う事も知らんのか? あの低能は」
五〇m以上も吹っ飛ばされたカインを見てケラケラと笑うのは、大の男ですら扱えるか如何かすら解らないモンスターバイクに跨る女性だった。
川流れのようにサラサラとした、煮溶かした金を植え込んで見せた様な金髪に、突けば骨が折れそうな程華奢そうな体躯。
そして何よりも、可憐さの代名詞として扱っても問題がない程に整った顔立ち。常ならば、そんな美女が斯様なバイクを乗り回していれば、そのギャップがさぞや、
良い『絵』になった事だろう。だが現実は、違った。女性から発散される鬼風が、そのバイクに搭乗していると言う事実をスンナリ受け入れられる物にしているのだ。
見た目は確かに人間であると言うのに、その本質は、自分と同じ位の『ワル』である事にアテルイが気付いた。そうと気付いた瞬間、成程、あのバイクに騎乗していると言う事実にギャップを感じない。あの女性が跨るバイクは――彼女の残酷さを示す記号(シンボル)として機能するのであるから。
◆
ジュデッカ 血塗られた献身
流離の子
ソルニゲル
革者
解放された世界 Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木 回帰の白
物語の王
餓狼伝
総ての乙女の敵
久遠の赤
◆
ZONE22――『総ての乙女の敵』
「馬鹿が雁首揃えておるな」
わくわくざぶーんの外観を眺めながら、その女性は言った。
染み一つない白のワンピースを纏い、後ろ髪を長く伸ばした金のロングヘアを風の任せるがままにしたその姿の、何と女性的な姿か。
胸の大きさは、男子の欲情を煽る程ではない。それどころか平坦で、スレンダーな体系とすら言えた。だが、女性として完成されていた。
細身で、華奢そうなその外見は『優美さ』の一つの完成形とも言えるもので、世の男性を虜にするには十分過ぎる程の威力を有しているのだった。
――だがその、虫も潰せぬ様だと余人に知らしめる愛くるしげで麗しい顔立ちに浮かぶ、嗜虐の笑みは何なのか。
口角は吊り上げられ、胡粉もかくやと言う程の白さの歯を見せ付ける様な笑みには、愛くるしさの欠片もない。
獰猛さ。そう、肉食獣が草食獣を仕留め、これからその臓腑を喰らい尽くそうと言う段に浮かべる笑みに、彼……いや、彼女、『
アスモデウス』が浮かべる笑みは良く似ていた。
「見えるか、我が主。中で二組。それも、共に三騎士のクラス共が勝手に争って自滅しようとしておる。吾輩らが出るまでもない、このままここで高見の見物と洒落こむか?」
アスモデウスは色欲を司る大魔王であるのと同時に、人間界の知識の殆どに通暁している知恵者としての側面を持つ。
力学、数学、幾何学、天文学、地質学、哲学、政治学に経済学、機械学や電磁気学等々、およそ人類が学びうるありとあらゆる知識を、その小さな頭蓋の中に収めている。
それらの知識をフル活用して、この魔王は、この冬木の聖杯戦争の参加者に配られていると言う星座のカードのカラクリを見抜いた。
極めて高度な科学的技術と魔術的な措置によって、サーヴァントの気配をマスターは愚かサーヴァントにすら悟らせず隠匿する機能。これをこのカードは有していたのだ。
サーヴァント同士の小競り合いと思しき情報が、やけに少ないのはこのせいだった。そもそもサーヴァントの知覚機能が著しく制限されているのだから、
小競り合いを行う最初のプロセスである『出会い』が起る筈もない。この機能を何を以って、運営が搭載したのかは知る由もないが、解る事は一つ。この機能が解かれたその時こそが、聖杯戦争の開催と言う事だ。
そして今、アスモデウス及び、そのマスターである『藤丸立香』は、サーヴァント同士の小競り合いを実際に目の当たりにしていた。
アスモデウスは現在、己が保有するスキル・『魔境の叡智』によって、極めて高ランクの千里眼をその目に宿している状態にある。
今の彼女は、過去或いは未来すらも見通す程の状態にある。勿論、遠隔視や透視などもお手の物。
千里眼の透視を以ってすれば、たかが人間が建築した建物の内部を見る事など、たといどんなに分厚い壁で隔てていようがガラスの箱の中身を見る事に等しい。
手に取るように、中での様子がよく解る。誰と誰が戦っていて、そしてどのサーヴァントを誰が従えているのかも、である。
だが、アスモデウスは兎も角、マスターである立香が、わくわくざぶーん内部の様相を外から見れるものなのか?
彼は間違いなくただの人間であり、サーヴァントが有する様な千里眼は愚か、魔術の才能すら初心者なのである。千里眼の真似事は、出来る筈がない。……通常は、だが。
アスモデウスの魔境の叡智は、一部のスキルに限られるが、己が保有する技術や叡智を一瞬で譲渡する事が可能なのである。『千里眼も、その対象』。
だから、見れる。アスモデウスの保有する千里眼と全く同質のものを、今の立香は宿している状態にあり、それを以て、わくわくざぶーん内部の様子が窺えるのであった。
別段アスモデウスは、戦いに興味はない。『無論、戦えば勝つのは吾輩だ』、と言う強烈な自負心を抱いてもいるし、事実それに恥じぬ力を彼女は持つ。
だが、この聖杯戦争での一番の関心事、それは聖杯の獲得及び、目下最も気に入っている人間、藤丸立香の心を堕とす事。
聖杯の獲得の為、自ら剣を振ってやっても良いが、それで自分が痛手を負い、マスターを誘惑出来ぬようになってしまうのは本末転倒であるし、
何よりもアスモデウス程の者が契約者を外的要因で死なせてしまうなど、悪魔の名折れに他ならない。要するに、立香自身も傷つけたくないのだ。
だからアスモデウスは、戦わず、つまりは自分の手を汚さずして勝負に勝ちたいのである。見た所、今戦っているサーヴァント達は相当な強さを誇る者達だと、
この色欲の魔王は見抜いた。勝手に戦って消耗し、弱った所を自分が殺す。だから乱入の必要性はない。マスターである立香共々、安全圏からサーヴァント同士の死闘をケラケラ笑いながら眺めるか? そう提案しながら、身体を立香の方に向けたその時だった。
「……所、長……」
サーヴァント同士が戦っている光景が繰り広げられている方角に続く外壁を、驚愕の表情で見つめる立香。
ただならぬものを感じたか、アスモデウスの表情が怪訝そうなそれに転じて行く。
「どうした、我が主よ」
「……元の世界の知り合いが、いる」
「――ほう……?」
アスモデウスの黒い瞳に、光が宿った。剣呑さがギラリと輝く、危険な光が。
立香の驚きは、二つある。
カルデアに協力してくれている、クロエと呼ばれる少女がいる事もそうである。
だがそれ以上に驚きだったのは――既に故人となってしまっていた、フィニス・カルデアの所長、オルガマリー・アニムスフィアが確かに存在していると言う事実であった。
何故、彼女が此処にいるのか、と言う驚きもあるがそれ以上に、喜びもあった。オルガマリーは、生きていたのだ!!
オルガマリーと一緒であった時期は、カルデアに編入されてからゲーティアを倒すまでの時間全体で考えれば、瞬きのように短い一瞬の時間であった。
立香は、オルガマリーの人となりも良く解らない。今となってはカルデアに所属しているスタッフの話を断片的に纏め、その人物像や過去を想像するしかない。
そんな人物でも、立香にとっては大事な人物であった。会話を交わして居ながら、共に特異点の一つを旅していながら、救えなかった人物。
それでいて、立香の知らない所で、想像を絶するプレッシャーとストレス、罪悪感と戦い続け、身も心も限界に等しかった女性。それが、オルガマリーであった。
生きていて良かったと、本心から思う。そして、次はもう死なせたくないと言う思いも本物である。
クロエ共々、この世界から脱出させてやりたい。そう思うと、オルガマリーの生存で笑みの浮かんだ表情が、強く引き締まって行く。
「そうか、主よ。お前は、あの中にいるマスターを救いたいのだな?」
「解るのか……?」
「解りやす過ぎるのだ。何も特別な事をしないでも、手に取るようだ」
表情に出てしまっていた事に、立香は今更ながらに気付いた。
ある程度の事はポーカーフェイスには出来るつもりではいたが、その死を見届けた人物が実は生きていた事を知ったら、無表情など維持出来る筈がない。
しかし――救うにしても、どうやって救う?
伊達に、数多くのサーヴァントと契約して来た立香ではない。両手の指では足りない程のサーヴァントと契約し、その人となりを見て来た彼は、
史上最も多くのサーヴァントと縁を結び、そして同時に使役出来る稀有な人間である。故にこそ、解る。そのサーヴァントがどう言った性格の持ち主なのか?
それがざっくばらんではあるが、直感的に導き出せるのである。オルガマリーが引き当てたサーヴァントが、剣を握っている方のサーヴァントか、
素肌で剣を防御するサーヴァントなのかは解らない。だが、解る事がある。両名共に、『腹に一物』を隠した凶悪なサーヴァントであると言う事が。
そう言ったサーヴァントは御す事も、打ち解ける事も難しい。まして此処はカルデアとは違い、性善な性格を持った他のサーヴァントがいない為、
仮にその凶悪なサーヴァントが暴走したとて、自衛の手段が令呪しかない。要するにサーヴァントを従えていると言う状況の危険度は、カルデアより上なのだ。
立香の従えるアスモデウスは、正直な所カルデアにいた危険に分類されるサーヴァントと比してもなお凶悪な性情の持ち主であるが、
まだ自分に対しては友好的な性格である為付き合いやすい――それでも油断は出来ないが――。問題はクロエとオルガマリーの従えるサーヴァントだ。
あの場で戦う二騎のサーヴァントは、付き合ってみたら意外と話が解るか、そもそも大して凶悪ではない可能性もあるが、それは理想論が過ぎる。
二名の戦いぶりの凄惨さを見るに、極めて厄介であると言う前提で対応する方がこの場合正しいだろう。
オルガマリーを救うと言う事は、彼女が引き当てたサーヴァントを説得する事も意味する。
つまり、『そのサーヴァントには聖杯を諦めて貰うしかない』のであるが、これがどれ程困難な事かは説明する必要すら最早存在しない。
当たり前だ、聖杯に掛ける願いがあるからこそ、彼らは聖杯戦争に馳せ参じるのだ。如何にマスターの知り合いであったとは言え、サーヴァントからすれば赤の他人。
そんな人物に、マスターを元の世界に戻したいから聖杯は今回ご縁がなかったと思って、と遠回しに説明した所で、待っている未来は交渉の決裂である。
そもそも、交渉のテーブルに座って貰えるか如何かすら最早怪しい。難易度がかなり高いどころか、無理に限りなく近い。
「主よ、お前の悩み、叶えてやれるかも知れんぞ」
「え?」
ニヤリ、と言う笑みを浮かべるアスモデウスの方に、間の抜けた表情を向ける立香。
「お前さんの悩みの種は大体わかる。マスターを無事に助け出したいが、それにはサーヴァントが邪魔なのだろう?」
「邪魔、って言い方はあれだけど……まぁ、やり難いとは思う」
「なら話は簡単だろう。そのサーヴァントのみを葬れば良い」
アスモデウスの余りの提案に、立香は目を見開いてしまう。
余りにも乱暴過ぎる発想だと思うが、流石にそう思われる事はアスモデウスも織り込み済みか。間髪入れずに言葉を紡ぎ、立香の反論を封殺しようとする
「なぁ主よ。お前も本当は理解しているのではないか? あそこで戦っているサーヴァント共、マスターの危機の方を優先して、自分の願いを諦めてくれるような殊勝な心掛けを持った奴らに見えるか?」
正直な話、見えない、と言うのが本当の所であった。
「なら、排除するしかあるまいよ。交渉に横やりを入れてきそうなものがおるのなら、それを入れぬ奴がいない時に話を進めるのが常套手段ではあるが……それがいつも、つきっきりであるなら、葬るしかあるまいて」
肩を竦め、アスモデウスは更に言葉を続ける。
「それに、解っておるじゃろうに、主。サーヴァントは本体ではない。英霊の座に登録されている本物の英霊から派遣された影武者、人類史に刻まれた影よ。我らがこの世界で滅んだ所で、座にいる我らに実害など何もない」
「……仮にそれをやるとしても、だ。セイバー、本当にあの二名を倒せるのか?」
「フハハハハ、心配性だな我が主。お前の引き当てたサーヴァントは――狡知と強さに関して、右に出る者はおらぬのだぞ」
それは、何となく立香も理解出来る。
アスモデウスが油断も隙もあった物じゃないサーヴァントである事は良く解るが、彼女を弱いと思った事は立香は一度もない。
倒す事は、出来るかも知れない。立香はそう思い始めていた。
「……解った。任せるよ、セイバー。だけど、約束してくれ。二人のマスターは、ちゃんと助けて欲しい」
「おう、おう。よーく解っているよ。それが主の望みならな」
その言葉を言い終えるや、何もない空間に手を伸ばすアスモデウス。
瞬間、伸ばした右腕が虚空に埋没。肘から先が見えなくなった、と思ったのもつかの間。其処から腕を引き抜くと、一本の抜身の直剣が現れた。
刃渡りが九〇cm程もあるロングソードであり、悪魔が振う剣とは思えぬ程、まっすぐで洗練された剣身だった。月光を浴びて微かに光り輝く、
その鋼色とも銀色とも取れる剣身は、妖しさよりも神聖さすら感じ取る事が出来た。魔境の叡智スキルによって習得した高ランクの道具作成スキルで、
己の宝具であるシャミールで生み出した神秘的性質を帯びた霊鉄を加工して作り上げた長剣だ。切れ味だけなら、Aランクの宝具にも匹敵する上に、片手で振るえる程軽く、その癖敵に与える重量感は通常のロングソードの剣による一撃以上と言う、下手な宝具よりも宝具らしい魔剣であった。
この剣を手にするや、壁際まで歩み寄って行くアスモデウス。
瞬間、彼女の右腕が茫と霞始めた。とは言え、それも一瞬の事。直に右腕が、立香にも見えるよう停まり始めた。
だが、立香にも長剣を握る腕が見えるようになったのと殆ど同時のタイミングで、真正面の壁が無数のカットされた建材となって、
音を立てて地面に崩れ落ちて行く。アスモデウスは数多の異名や綽名を有すると言うが、その内の一つに剣の王なる呼称がある。成程、その名に偽りも何もない。
眼にも止まらぬ速度で腕を動かし、邪魔な壁を切り崩したと言う事は立香にも解る。これを人間やサーヴァントにやろうものなら、きっと相手は、斬られて殺された事にすら気付かず死んでいるのではないか。そう思わせるだけの技量を窺わせるに足るものが、今の動きにはある。
「主よ、貴様に授けた千里眼、少々返して貰うぞ」
剣を先程と同じ要領で、空間に没入させ、しまい込みながらアスモデウスが言った。
「え、どうして?」
そう立香が疑問を呈した時には、既に彼から千里眼が失われていた。
どんなに壁を睨みつけても、その先で繰り広げられているサーヴァント同士の魔戦が、これにより一切見えなくなってしまう。
「外からずっと中の光景に注目していては、外部からの攻撃に疎かになってしまおうが? 敵は何も、この施設の中の者達ではない。施設の外から、お前を怪しいと思って攻撃する者もいよう?」
「……わくわくざぶーんはセイバーに任せて、俺は外に注目してろ、と?」
「そう言う事さ。案ずるな、この吾輩、召喚者に満足を与えず、吾輩自身も満足せず、召喚者を死なせてしまうなどと言う恥も極まる真似は犯さん。危険を感じたら、吾輩を呼べ。勝手は、解ろうな?」
言われて立香は、カルデアの制服から、ビー玉に似た小さくて透明な球を取り出した。
シャミールで生み出した特殊な水晶である。同じような球をアスモデウスも持っており、この水晶が共鳴する事で、遠距離にいてもその心の声が届くようになる。
詰まる所、念話の範囲の拡大がキモなのであるが、その真価は空間・距離的に隔絶された結界や異世界の内外にいても、念話が届くと言う点にある。
これにより、不意に連絡や通信を遮断される機構が発動されたとしても、問題なく意思疎通が出来ると言う訳だ。立香の満点の解答に、うむ、と満足げに肯じてから、アスモデウスは斬って開けた穴から内部へと入って行く。
【心配するな、五分で終わらせてやる】
頼もしくもあり――恐ろしくもあり。
その念話にそら寒いものを、立香は感じているのであった。
◆
先ず以って、悪魔とは嘘吐きである。卑金属を金に変える製法を教えると言って、毒素が噴き出る金属の製法を教え、召喚者を死に至らしめる悪魔がいる。
不老長寿を約束する水を作ったと言っておいて、ただの毒水を作る悪魔もいる。実験を手伝うと言いつつ、ラボを爆発させ召喚者を爆死させる悪魔だっていた。
悪魔とは、召喚者を殺す者である。だが、ただ人間と単純な力比べをして殺すのではない。己が有する特異な力と、召喚者の有する力と知恵。
それによって行われる化かし合い、生き馬の目を抜く読み合いの果てに、悪魔は人を殺し、人は悪魔を出しぬくのである。
悪魔と召喚者との関係とは即ち、極めてハイ・レートのポーカーの勝負に似ている。人が負ければ待ち受けるのは破滅。
だが、勝てばそのまま悪魔を使役した事によって得られた諸々の利益や、彼らの知恵を独占出来る、ハイリスクハイリターンの勝負だ。
嘘を吐き、真実を時に語り、時に直截的な暴力をチラつかせたり、時には友好的に酒でも飲み交わして見たり。悪魔と召喚者は、破滅を押し付けたり、生き残ろうとするのに必死になるものである。
アスモデウスは聖杯戦争自体を、召喚者との壮大な騙し合いと化かし合いだと考えていた。
このセイバーが自ら設定した、聖杯戦争の勝利の条件は二つ。一つは、聖杯の確保。
アスモデウスは聖杯によって、己の今の姿の元となった女性、サラの愛を独占しようと考えているのだ。
そしてもう一つこそが、マスターである藤丸立香の心を『堕とす』事である。アスモデウスは立香を殺そうなどとは、更々思っていない。
自らに忌まわしい労働を化した、人間未満の人間、生きると言う実感を楽しめぬ不能者であるソロモンを、英霊の座から抹消させる一助を担った藤丸立香を、
アスモデウスは最大を遥かに超えるレベルで高く評価していた。あれより優れた魔術の腕を持つ者は、幾らでもいる。喧嘩や、口の上手さだって彼以上の者はいる。
だが、あそこまで強い目を持ち、あそこまで優れた天運を有し、そしてあれ程までに輝ける魂の持ち主は、早々いない。数多の英霊が惹かれるのも、頷ける人間だ。
加えて、あの男は余りにも、悪の素質がなさ過ぎる。本質的な属性が、善なのである。善だから、堕とそうと言うのではない。
善でありながら、悪を憎まず、その在り方を肯定しようと努力する。藤丸立香は、悪を憎まず・怒らず、解り合おう・救おうと思いながら倒す事の出来る人間なのだ。
恐らくは、自分自身とすらそう思いながら接しているのだろう、と言う事はアスモデウスも理解している。だからこそ、彼女は彼に惹かれた。
成程、ソロモンも彼の為を思い、消滅を選ぶ筈だとアスモデウスは思った。過去と未来を視れる賢王の選択は、賢王に恨み骨髄の悪魔の目から見ても正しかったのである。
憎きソロモンを間接的に滅ぼし、そして人間性や魂があまりも魅力的な人間。悪魔としての、血が騒ぐ。
藤丸立香は殺すには余りにも惜しい。その魂を悪魔の側に堕として、魔道に誘わせたいのである。
こうする事で藤丸立香を己の物と出来るだけでなく、あのソロモンが己の命を擲ってまで守った善を汚せるのである。
生粋の悪魔であるアスモデウスにとっては、正に一石二鳥。爛熟した悪の果実の味を覚えた藤丸立香が見たい。殺しの愉悦に目覚める立香を眺めていたい。略奪の喜びを知った時の立香と達成感を共有したい。それは魔王アスモデウスの心の内で、女を犯し凌辱すると言う欲望よりも肥大化している、彼女の確かな願望であった。
――だがそれを成す為には、邪魔な者を排除しなければならない。そしてそれは、今わくわくざぶーんで交戦しているサーヴァント二名ではない。
その『マスター』であった。アスモデウスは、藤丸立香を殺したりはしない。それどころか望みさえすれば、知恵も与えるし、不思議の道具だって気前よく分け与える。
だが、彼以外の存在。即ち、自分の目的である聖杯と、藤丸立香の堕落を妨害する要素には、慈悲はない。全力で罠に陥れる、あらゆる手段を以って抹殺する。
悪魔であるが故に、己の悦楽を妨害する要素は全力で排除する。そしてそれは、今回の場合クロエ・フォン・アインツベルンと、オルガマリー・アニムスフィアなのだ。
聞けば立香と彼女らは、元居た世界で知り合いであったと言う。知己である、と言う事実がこの場合重要だ。
さぁもうすぐ立香の心が悪に染まる、と言う段になって、彼女らの必死の呼び声で彼が善性を取り戻す!! などと言う『寒い』展開は、
アスモデウスの望む所ではない。こんな下らない三文芝居で自分の計画をスポイルされては堪らない。だが、その可能性もゼロではないのだ。
最も優れた対策とは、事故がそもそも起らないような工夫の事を言う。妨害の可能性を予め排除しておく事こそが、一番の策なのである。
ならば、殺す事が最善なのだろう。立香はオルガマリーとクロエを助けろと言ったが、あんな口約束反故である。そもそも、自分が殺した事がバレないよう、立香から千里眼を奪っておいたのだ。これで思う存分、あの女狐共の腸をぶちまけさせる事が出来ると言う物だった。
「こんなもん、か」
壁に付けていた手を離しながら、アスモデウスが独り言を口にする。
手を離した所には、何を接着元にしているのか。黒い機械状のボックスに覆われた装置が取り付けられており、ピッ、ピッ、と静かな機械音をそれは響かせていた。
準備を終えた、と同時に、アスモデウスは、先程空間から長剣を取り出した時と同じ要領で、左腕を空間に埋没させ、力を込めて左腕をゆっくりと引いた。
スムーズに引き抜くと言うよりは、何かを牽引している風に余人には見える。二秒程経過した後で、彼女が何を取り出そうとしたのか。その正体が露になる。
バイクである。重量一tは容易く超えていそうな、モンスターバイクだった。一見するとビッグスクーターに見えるが、よく見れば全くの別物である事が解る。
総身が黒光りする鎧めいた板金で覆われた、余人に二輪版の装甲車とはこんな物なのだろう、と思わせる程のグロテスクな一騎であった。
横転してしまえば、誰も車体を引き起こす事など出来まい。これをアスモデウスは、その細腕で簡単に引っ張っていた。
これもまた、魔境の叡智によって獲得した道具作成スキルと、アスモデウス自身が保有する機械学の知識を応用して作り上げられた代物であった。
その車体や内燃機関に使われている金属に限らず、バイクを構成する物質及び燃料であるガソリンですらが、
『シャミールによって特別に創造された素材』で作られており、人界に存在する既存のオートバイを超越する程の性能を発揮する事が出来るのだ。
バイクに限らず、藤丸立香に召喚されてから、シャミールで生み出した素材で作った様々な道具が、アスモデウスが手を突っ込んだ、魔術によって作り上げた疑似亜空間の中に収められている。壁にアスモデウスが張りつけた装置についても、同じであった。
「さて、挨拶にでも行ってやるか」
一方向に目線を定めながら、慣れた様子でバイクに跨るアスモデウス。
アスモデウスの優美な外見でバイクに騎乗すると、身の丈よりも遥かに大きな荒馬に跨る淑女のようなイメージを見る者に幻視させる。
だが、騎乗するバイクは荒馬ですら愛くるしく見える程の怪物的機体である。その柔らかな肉に覆われた、細い腕で、荒れ狂うバイクを操れるのかどうか。
キックを蹴り上げ、エンジンを始動させるアスモデウス。かなり手慣れているようであるらしく、一発でエンジンスタートに成功した。
マフラーが黒い排気ガスと一緒に、バリバリと、鼓膜を直に裂かれる様な錯覚を味わう程の爆音を放出。何時でも走る準備は出来ていると、
バイク自身が雄々しく叫んでいるかのようであった。その期待に応えるように、アスモデウスは思いっきりアクセルを回した。
バイクも自動車も、車体の重さが加速度に影響する。バイクで一t以上の重さなど、加速度も燃費も最悪の一言に尽きる……筈なのだ。
――あり得ない程の加速度だった。たった十m移動するだけでもう時速百㎞の加速を得たそのバイクは、コンクリの壁に勢いよく激突。
すると、衝突した壁が粉々に、豆腐の如く砕けて吹っ飛んだ。バイク自身の強度が余りにも高く、重量も埒外であったからだ。
このままアスモデウスは、気にする事なく一直線。壁を破壊し、バイクの移動ルート上に存在するロッカーやテーブルなどを吹っ飛ばしながら、目的へと移動。
遠回りをしていない、目的地までの最短距離を一気に移動している。三十m程は、もう移動したろうか。既にバイクのスピードは、時速四百㎞にまで達していた。
五枚目の壁を粉砕した、その先。其処が目的地だった。
至る所に砕かれたガラス片が散らばった、亀裂の生じたオリンピック・プールが広がる空間。
即ち、褐色の肌を持った筋骨隆々のセイバー・アテルイと、総身に独特な刺青を刻んだ完璧な肉体美のランサー・カイン。
そして、それぞれのマスターであるクロエ・フォン・アインツベルンと、オルガマリー・アニムスフィアの四名が一堂に集まっていたスペースの事を指す。
――サーヴァントの一人でも殺した、と言うアリバイ作りでもしておかんとな――
そう思いながらアスモデウスは、更に加速を続けるバイクのブレーキを入れる事もなく、そのまま直進。スピードメーターの針は、『600』を指示していた。
移動ルート上には、生身でアテルイの攻撃を防御し続けてきたランサー、カインが直立しており、このまま行けば直撃――した。
凄まじいまでの重低音が生じたと同時に、カインの身体は矢のように吹っ飛んで行き、コンクリの壁に思いっきりぶつかり、其処に背中がめり込んだ。
アスモデウスが騎乗するバイクにしても、衝突の際のエネルギーで大きく震えた。しかし、その程度の事で動じる彼女ではない。
見事なまでの腰捌きで衝撃を吸収させながらブレーキを掛け、バイクを完全停止させる。
アクセルから一切手を離す事もなく、激突の際に生じた衝撃を全て殺し尽したのであった。
『あの男は生きていまい』と、アスモデウスは推理。何せ一t半もの鉄の塊が、時速六二四㎞の速度で激突したのである。生存出来る、筈がない。
「車の前に出てきたら危ないと言う事も知らんのか? あの低能は」
カインの方を軽く一瞥しながら、ケラケラと笑うアスモデウス。それを見て、アテルイもクツクツと笑った。
「中々面白ぇ姉ちゃんだな。……何者だ、オメェ」
獰猛な笑みを浮かべながら、恫喝する様な声音でアテルイが言った。
千里眼で遠くから窃視した時はそうは思わなかったが、その目で直に見て、解る事もある。
この男は、強い。この世全ての悪の配下であった神霊・アエーシュマであった時の自分なら容易く捻り潰せただろうが、
魔王アスモデウスにまで存在が落魄した自分では、僅差で勝てるか否かだろう。直接戦う事は、アスモデウスとしてもなるべく避けたい所であった。
「ああ、その質問に答える前に吾輩の質問に答えてくれ」
尤も、如何に相手が強かろうが、それに動揺する素振りを見せるアスモデウスではない。
平然とした態度を崩さず、アテルイの質問を無視。それどころかアスモデウスの覇風を叩きつけられてもなお、自分の事情の方が優先と言った態度を外部に示せるのは、鋼の心臓と言う他がなかった。
「ら、ランサー!!」
事此処に至って漸く、オルガマリーは事態を認識したらしい。
自分のサーヴァントがバイクで撥ね飛ばされたのを見て、顔面を蒼白にしながら、金切り声にも似た叫びを上げた。
「何だ、お前がさっきの奴のマスターか。良かったな、其処の偉丈夫。答える手間が省けたぞ」
オルガマリーの方に目線を送りながらアスモデウスは空手の右手を空間に突き入れ、其処にしまっていた道具の一つを取り出した。
黒光りする金属のフォルムが美しい――機械学と道具作成スキル、そしてシャミールで生んだ金属で製造した、『拳銃』であった。
「とっとと死ねや、泥棒猫が」
一切の躊躇もなく、拳銃を発砲するアスモデウス。
響き渡る銃声は、バイクの喧しいまでのエンジン音に掻き消され、音だけでは発砲されたと言う事実すら認識出来ないだろう。
拳銃から弾丸が放たれたのが、誰の目から見ても明らかなものだと確信出来るようになったのは――オルガマリーの腹部に空いた赤黒い穴と、其処から流れる血液のせいであろう。
「あっ……えっ……ぎ……ぃ……!?」
一瞬、己の身に起った変化が理解出来なかったオルガマリーだったが、腹部に走った、火箸を突きいれられたような、熱を伴う痛みに漸く覚醒。
腹部を抑え、両膝をプールサイドに付きながら、肩を弱々しく上下させる。両目からは壊れた様に涙が流れ出し、食いしばられた歯からはヒューヒューと、弱々しい呼気が流れて行く。この程度で痛いらしいと、アスモデウスは嘲弄した。特別な細工もない、ただの銃弾を放っただけだと言うのに。
「何をしてるの!?」
「今からお前にもやる事だよ」
そう叫んだクロエに目線を向ける事もなく、アスモデウスが銃口を彼女の方に向け、発砲。
音の速度で迫る弾丸、その弾道上にアテルイが移動。そのまま行けばクロエの脳天を撃ち抜いていた銃弾を、骨剣の一振りで弾き飛ばす。
怒気も露な表情を向けるアテルイと、昏い笑みを浮かべるアスモデウス。
一瞬で、アスモデウスと言う存在がどう言った本質の持ち主なのかを、アテルイが悟る。要するに、どちらも根っからの悪党であり、大嘘吐きであると言う事だ。
「見事」
「テメェは服ひん剥いてから、達磨にして便所にでも飾っといてやるよ、クソ女が」
アテルイが今まさに、アスモデウスを葬るが為に動こうとした、その時だった。
凄まじい勢いで此方に接近してくる、殺意の塊の存在を認知した二名が、それが向かって来ている方角に顔を向けた。
カインであった。なんと、ほぼ音速の半分程に等しい速度でぶつけられた、一t超の金属塊の衝突を受けても。軽く血を吐いただけで、
骨の一本すら折れていないのである。それは、短距離走のフォーム的に完璧とも言える姿勢で、一直線に此方に走って来る様子からも、容易に知る事が出来た。
一呼吸するよりも速い速度でアスモデウスの方に迫ったカインは、そのままバイクの車体を蹴り上げた。
これを見た彼女は、急いでペダルを蹴って跳躍。二m程上空を舞ったと同時に、太い木の幹のようなカインの右脚が、モンスターバイクにぶち当たった。
凄い音と同時に、一tを軽くオーバーするバイクが、二十m以上もの上空を舞い飛び、最高度に達した瞬間バラバラに分解。
誰が見たって二度と走行は出来ないだろうと思わせる程、バイクは破壊されてしまう。一方難なきを得たアスモデウスは、空中で後方に三回転しながらスタリと着地。アテルイとカインの二名に、交互に目線を向けながら、彼女は口を開いた。
「無駄に頑丈だな? 貴様」
「殺す」
「会話を続ける努力位見せろよ下郎」
そう言っているアスモデウスも、その努力を見せない。眼にも止まらぬ速度で空間に左腕を突き入れ、右手に握る拳銃と同型のそれを取り出し、
照準をオルガマリーとクロエに合わせ、乱射。拳銃の外観から予測出来る弾丸の装填数を、大幅に超える程の弾丸が両名に殺到する。
だが、二度目はない。マスターの前に立ちはだかったアテルイとカイン、アテルイの方は骨剣を高速で横回転させて銃弾を弾き飛ばして、カインの方はその身体を肉の盾とさせる事で防御していた。
「ハッハ!! チャチなオモチャじゃ死なんか、そりゃそうか」
弾切れを起こしたか、或いは、拳銃では殺し切れないと悟ったか。
両手に持った拳銃を後ろに放り捨て、素早く疑似亜空間から、わくわくざぶーんの外壁を斬り崩すのに使った長剣を取り出し、それを構えた。
「残念だったな小童ども。気の毒だが、銃はもう使わん。この意味が解るか?」
一秒程の、沈黙。やれやれと言った風に、口を開くアスモデウス。
「まぁ、馬鹿だから解らぬだろうし教えてやるよ。吾輩にとっては銃を使うと言うのは、相手を気遣ってやってるのと同じ事なのさ」
「んで、その剣を振うのが、お前の本気って訳かよ」
「ああ、これか」
剣に一瞬目線を送るアスモデウス
「この剣はな、生き残りが万一いた場合、そいつらの首をシッカリと刎ねる為の物さ」
口角が、三日月のように釣りあがった。邪悪さを香らせる、悪魔の笑み。金髪が眩しい可憐な淑女のような外見の対極にあるような、悪しき笑みを浮かべて、アスモデウスは口尾を開いた。
「お前達の命を奪うのはこれさ」
そう言ってアスモデウスは、長剣を構えると同時に、剣を握っていない側の左腕で、ワンピースの胸元を弄り、その谷間からあるものを取り出した。
バイクのグリップに似た形状の、ボタンが一つだけ付いたリモコンだった。
リモコンを取り出した瞬間、アスモデウスは皆の目線がまだ剣に集中している、その瞬間を狙ってボタンを躊躇いなく押した。
その瞬間、凄まじいまでの轟音が、わくわくざぶーんの施設内で上がった。いや、轟音ではない。これは、爆発音だ。
施設全体が激震する程の、何らかの爆発。何が起こった。そう思ったアテルイとクロエ、カインが、音のした方向に身体を向けたその時。壁を突き破って、オレンジ色の波が怒涛の勢いで迫って来た。それが爆風であると認識出来たのは、アテルイとカインのみ。
「うおおおおああああッ!!」
その雄たけびを上げたのは、アテルイだったか、それともカインだったか。或いは、その両名であったのかも知れない。
単体であれば、この程度の爆発等二人は簡単に凌ぎ切れるが、マスターも一緒であるとなるとそうもいかない。
況してカインのマスターであるオルガマリーなどは、アスモデウスの凶弾によって大ダメージを負わされてしまっているのだ。
尚の事、サーヴァントである彼がサポートしなければ、オルガマリーは死んでしまうし、オルガマリーが死んでしまえば彼も消滅する。
それだけは、防がねばならない。だからカインは、オルガマリーを抱き抱えたままプールの底へと移動、其処で押し倒し、彼女よりも大きな体で覆い被さる事で、爆風をやり過ごそうと考えたのだ。
……だが、アスモデウスは、そんな浅知恵を読んでいたらしい。
プールの底にはいつの間にか、アスモデウスがばら撒いていた手榴弾が三つ、既にピンを抜かれた状態で転がっており――
◆
一方、瞬間移動をマスターが行使出来る、クロエとアテルイの主従は、危なげなく状況を切り抜けられていた。
クロエは爆発の届いていない、わくわくざぶーんのロビーへと転移して。アテルイの方は嵐を纏う事で爆風を逸らす事で。それぞれ危機を切り抜けていた。
何が起こったと言うのか、クロエは考える。
普通に考えれば、あの時アスモデウスが出したスイッチは、何らかの起爆装置であったのだろう。
とは言え、何が爆発したのかまではクロエには解らない。だが、今までのアスモデウスの行いから、解る事が一つあった。
それは、あのサーヴァントは、サーヴァントらしからぬ攻撃を得意とする事である。銃も、リモコンを用いて遠隔操作する類の爆発物も、何よりもバイクも。
真っ当な英霊が扱う攻撃の手段とは言い難い。余りにも、攻撃が現代的過ぎるからだ。かなり異端なサーヴァントである事は間違いないし、手の内も全部披露していないだろう事も確実だ。しかも、勝つ為には手段を選ばぬクチでもあるので、非常に厄介と来ている。つくづく、アテルイと言う難物を従えねばならない現状では、戦いたくない相手であった。
「何処に逃げるつもりだ?」
声のした方向に振り向いたのは、殆ど反射的な行動であった。
ひょっとしたら、肉体の反射の他に、恐れ、と言ったものがあったのかも知れない。
フォークやナイフよりも重い物を持った事がなさそうな、華奢に見える外見をしていながら、その内奥に悪魔の心とコンキスタドールの如き残虐性を宿す、あのサーヴァント。アスモデウスの声がすれば、その方向を振り向こうと言うものであった。
「あの小物を殺すより、お前を殺した方が早かったか。誤算だったよ、瞬間移動を使えるとはな」
嘘ではない。アスモデウスにとってそれは、最大の誤算であった。
極限定的であるとは言え、聖杯の能力を有するが故に、瞬間移動の能力もその発露として行使出来るクロエであったが、
本来的には瞬間移動を扱えると言う事自体が、、あり得ないのである。瞬間移動はそも、魔法級の御業に近い技術である。
神代の時代ですら名を馳せた名うての魔術師ですら、漸く扱えるかと言う技術を、現代の人類が扱える。アスモデウスが誤算と言うのも無理はない。
この悪魔は、バイクでカインを轢くその前に、わくわくざぶーんの随所に、ある種の爆弾を設置していたのである。
壁にくっつけるように設置していた機械の正体が、正にこれであった。アスモデウスは、自身が設置した爆弾の爆風から逃れる主従がいる事を、当然想定していた。
していたが、それにしたって、サーヴァントの力による物か、マスターが習得している魔術を以って爆風をやり過ごす、位のものだと思っていた。まさか、瞬間移動で逃げられてしまうとは、さしもの知恵の悪魔と言えど夢にも思わなかった。彼女自身が言う通り、オルガマリーを撃つよりも、クロエを撃った方が早かったのである。
「何で、ここにいるの……」
クロエの呆然とした言葉に、クツクツと笑った。
「言い方が違うな、小娘。お前を追って吾輩がやって来たのではない。吾輩が『お前を此処に来るよう』仕向けておいたのだ」
クカカ、と笑ってから、アスモデウスは言葉を続ける。
「爆発の被害に此処があってないのが、不思議に思わなんだか?」
ハッとした表情のクロエ。
無秩序にアスモデウスは爆弾を仕掛けた訳ではない。このロビーが無事になるように仕向けたのだ。
つまり、爆風でロビーを破壊されないような配置で、アスモデウスは爆弾を事前に設置していたのである。
何故かと言われれば簡単だ。そこにマスターやサーヴァントが逃げるよう仕向けたかったからだ。つまりは、爆風で縦しんば生き残ったとしても、
逃げる場所を限定させ、其処で追い込みをする為である。仮に外に逃げたとしても、同じ事。そもそもアスモデウスはあのオリンピック・プールがあったフロアで、爆弾を炸裂させた時、真っ先に外に逃げていた。あの場で外に逃げたとしても、即座に追撃が出来ていたのである。つまりどう足掻いてもクロエは、アスモデウスの張った蜘蛛の巣に、引っかかる運命にあったのだ。
「ま、あの世でとくと、その淫らで扇情的な姿を晒して来いや、小娘。地獄の悪魔が、お前の穴と言う穴を犯したがってるぞ?」
言ってアスモデウスは、空間に腕を埋没させ、この施設を爆破させるのに使った爆弾と、全く同じ形状の爆弾を取り出し、それをチラつかせた。
クロエも、今目の前の女魔王が手にしている物体が、わくわくざぶーんを襲った爆発の正体であると、勘付いたらしい。
「ここで爆発させたら、アンタも一溜りもないんじゃない?」
「普通ならな。が、吾輩が今持っているこの爆弾に限っては、内部の火薬が魔術的な措置で生成されたものと同じでな。対魔力の値がB以上であれば、掠り傷程度で済む。お前は如何かな?」
ここで言葉を切って、アスモデウスが爆弾を放り投げた。
それに呆気にとられたクロエが、瞬間移動を行おうと意識を集中させるが、外套の襟首を思いっきり掴まれてしまい、意識が霧散。
どの道、誰かに身体を掴まれたその時点で瞬間移動は出来なくなる。「どうした、吾輩はお前の奇術を見てみたいのだが?」、と、囁く様な女の声が、背後から。
アスモデウスは、爆弾を投げられて意識を漂白されたクロエの、その意識の間隙を縫って一瞬で背後へと回っていたようである。
そしてそのまま、クロエを押し倒した。この性質の悪い悪魔は、クロエが今瞬間移動が出来ない事を理解していた。理解していて今の言葉であるのだから、性格が捻じ曲がっている。
この距離で爆弾を爆発させられてしまえば、クロエは即死する。
万事休すかと思ったその時、ロビーの天井を突き破って何者かが、アスモデウスが製造し、彼女が放った爆弾のほぼ真上から落下。
アテルイであった。あの爆風の中にあって彼の身体には火傷の一つも付いていない。彼もまた、高い対魔力の影響と、身体に纏わせた嵐で爆風を無傷でやり過ごしていたのである。
眼にも止まらぬ速さで骨刀を振り抜き、爆弾を十字に割断。
爆発が、起らない!! アテルイの宝具である天十握剣による、存在している事実を斬り裂く絶技の影響で、爆弾が爆発する為に必要なエネルギーをバラバラに切断されてしまい、炸裂が起きなくなってしまったのである。
「おっと、動くなよ偉丈夫。臆病な性質の故な、ビックリしてこの小娘の首を叩き斬ってしまうかも知れん。といっても、吾輩の驚く姿は可愛いと評判でな、見たいと言うのなら存分に一歩踏み出すが良いぞ」
言ってアスモデウスが、空間に腕を没入させ、即座に長剣を取り出し、クロエの首筋に剣身を当てた。
冷たく鋭い感覚が首の皮膚から肉に伝わったのを感じた時、アスモデウスに後頭部を掴まれたまま、俯せに倒された状態のクロエの身体が小刻みに跳ねた。
殺意もなければ敵意もない。皿に出されたステーキを、食べやすいようにナイフでカットする。そんな程度の感覚で、アスモデウスは人を殺せるのだ。良心の呵責など抱く事もなく、その程度の気持ちで人一人の命を冥府に突き落とせるのだ。余りの死生観の違いに、クロエは、己の身体が生きたまま石にされて行くような感覚を覚える。
「ま、動かんでも殺すがな」
そう言って長剣に力を込めようとした、その時。
――【セイバー!! 敵が!!】
突如として脳裏に響いて来た、アスモデウスの主(マスター)である、藤丸立香ののっぴきならぬ念話に、カッとアスモデウスが目を見開く。
それと同時に、一瞬ではあるが、クロエの首を刎ねようとしていた、長剣を握る右手の動きが止まる。その、一秒にも満たぬ一瞬で、アテルイには十分だった。
一足飛びに、骨剣の間合いに突入したアテルイが、横薙ぎに剣を振って、アスモデウスの首を逆に刎ね飛ばそうとする。
だが、流石にアスモデウスも最優のクラスで召喚されている事はある。後手を押しつけられはしたものの、殆ど紙一重とも言うべきタイミングで、
長剣でアテルイの攻撃を防ぐ。これと同時に、アテルイの剣が振われた方向に横っ飛びに飛び退く事で、彼が攻撃に使った際の力も借りられ、一瞬で彼から距離を取る事にも成功。
だが、攻撃を防御した事の代償か。
アスモデウスの長剣に、それが鋸であると言われても納得が行く程の、ギザギザの刃毀れが生まれてしまっていた。
シャミールが産んだ霊鉄を鍛造して作り上げたこの長剣、切れ味と強度だけで言えばAランクの宝具と比肩しうるものがあったのだが、
こうまで酷い刃毀れを、ただの一合の打ち合いで起こすとは。次打ち合った時には、剣身が折れている事だろう。
アテルイの持つ剣が余程強度に優れているのか、或いはあの剣自体が宝具なのか。アスモデウスは考えるが、今はそれ所じゃない。
ここでクロエ達を殺せなかったのは惜しいが、今は、マスターである藤丸立香の下へと馳せ参じねばならない。此処で主を殺してしまっては、本当に笑いものだからだ。
「じゃあな!!」
魔境の叡智によって習得した魔術スキルで、己の身体能力を強化。強化された脚力で、急いでその場から逃走。
当然、これを許すアテルイではない。急いで追跡しようとアスモデウスを追うが、これが読めぬ彼女ではない。
置き土産と言わんばかりに、彼女はロビーに、七個ものスタングレネードと、二十個以上の手榴弾をばら撒いていたのである。
「――次出会ったら殺してやる」
そう呟いた刹那、目が潰れんばかりの光と、三半規管が破裂せんばかりの炸裂音が、ロビー中に奔流となって荒れ狂った。
◆
ジュデッカ 血塗られた献身
流離の子
ソルニゲル
革者
解放された世界 Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木 回帰の白
物語の王
餓狼伝
久遠の赤
◆
ZONE23――『ジュデッカ』
わくわくざぶーんの近辺を歩いていたのは、全くの偶然と言っても良かった。
『カナエ=フォン・ロゼヴァルド』は『喰種』である。食性が人肉にのみ限定された、極めて偏食的な亜人種と換言出来る。
ステーキやハンバーガー、サラダにシチュー、ラーメンや餃子、ケーキにチョコレート等。人間が広く好物とする様々な料理を、喰種は受け付けない。
食べられない、と言う事はない。だが、その味は人間が感じるそれとは全く異なり、汚物や吐瀉物を噛んでいるような物であるのだ。
カナエとてこれは例外ではない。いや、喰種である以上これは最早避けられぬ宿命なのである。
人間社会で広く食べられている一般的な食物が、食べられない。これは想像以上のディスアドバンテージだ。
人間との付き合いで必然的に発生する食事の席において、食べている振りを常に行わねばならず、其処から自分が人間ではない事が割れる可能性がとても高い。
だが何よりも深刻なのは、栄養の摂取元が、喰種は人間より致命的に少ないと言う事である。人間を食べられる機会と言うのは、権力のある喰種でも限られる。
栄養を取り続けねば、餓死の可能性だってゼロではないのだ。一度人間を喰らってしまえばある程度は活動出来るが、事はそう簡単ではないのはこの冬木でも同じ事。
CCGと言う、喰種達にとって不倶戴天の天敵とも言える組織が存在しないこの世界と言えども、人一人を喰らってしまった事が露見してしまえば大事件だ。
いや、なまじ喰種と言う存在が認知されていないこの世界で人を喰う事の方が、リスクが大きい。喰種、つまり、人に似た姿をした亜人が、
人間を喰らうと言う事について市民が慣れていないのである。事が露見してしまえば、たちまちパニックに陥る事であろう。
何せ外見上は、カナエの姿は完全に人である。誰が人喰いの怪物なのか、と言う疑心暗鬼が人の心に芽吹いてしまえば、流石にカナエも動き辛くなる。
だから、人を喰らうと言う事についてはカナエは最大限の注意を払っている。時間帯は夜で、――少々品がないが――喰らったという事実が解らない程惨たらしくバラバラにすると言う殺し方を選び、殺す相手は自分のサーヴァントが文句を言わない程の悪人に限る。この条件で探しているが、やはり中々見つからない。この世界に来てからカナエは、人を喰らっていない。元居た世界で喰らった人間で獲得した、栄養の『貯金』で、何とか飢えを凌いでいるに過ぎない。
聖杯戦争が終わるまでに持つだろうかと思いながら、夜の冬木を徘徊し、カモを探していたその時に。わくわくざぶーんの異変をカナエは察知した。
そこに異常を感じた彼女は、急いでその場所に向かい――落ち着かない様子をした青年を発見したのである。
わくわくざぶーんの施設から少し距離を置いたその場所で、心配そうに施設を見つめている事もそうであるが、何よりも、まだ野次馬が一人も集まっていないと言う現状にあって、この青年が一人ポツンとこの場所にいる事がおかしい。確実に、何かある。そう思った時、カナエは動いていた。
「――なっ!?」
と、男、藤丸立香が声を上げるのも無理はない。
人間の身体能力の限界を遥かに超える程の速度で接近され、これまた、万力の如き握力で不意に両手を拘束され、行動不能にされてしまえば。
死線を潜って来た立香と言えど、驚きの声を上げるのは当たり前の物であった。
立香の手首を掴んだカナエは、彼の両手に付けられた指貫の黒い手袋を無理やり破き捨てる。
その結果は、カナエの予期していた通り。案の定、とも言う奴で、赤く淡く輝くトライバル・タトゥーが刻まれていた。令呪である。
つまり、このパッとしない風貌の青年は、聖杯戦争と言う非現実的かつ非日常的な催しの渦中に立たされている、一人の登場人物と言う事になる。成程、解らない。カナエのように人目を引く姿をしている者のみで聖杯戦争の参加者が攻勢されているのならまだしも、立香のような特徴のない普通人まで聖杯戦争に関わっているとなると、マスター探しと言うのは相当難航する事であろう。
カナエは、己の引いたバーサーカーと次のような契約を交わしていた。
彼女が人を喰う事自体は、バーサーカーは己のドグマが反対していた。だが、喰種が人を喰うのは趣味趣向ではなく生きる為なのである。
肉食獣に肉を喰うなと言うのは土台無理な話。説いても意味がない。だからバーサーカーは、度し難い悪人に限っては、喰らっても良いと妥協したのである。
そして、契約は一つだけではない。もう一つの契約は――マスターに限っては、喰らっても良いと言う事。聖杯……バーサーカーが憎んでいるものの力を借りてこの世に現れた霊。それを操る者の存在を、バーサーカーは許していない。マスターの粛清を、バーサーカーはカナエに一任していたのである。
「――Sterben(死ね)」
その言葉と同時に、白い風船に赤い色水を注入でもしたかの如く、カナエの眼球が赤く染まった。
赫眼。喰種がその本性や能力を露にする時に発生する、状態の変化である。つまりこの瞬間、カナエは、人間世界に溶け込む時の仮の姿と性格を捨て――喰種としての本性を曝け出した事になる。
カナエの腰の辺りから、艶やかな質感をした、螺旋状の何かが飛び出して来た。
赫子。喰種の武器であり捕食器官。血液の様な流動性と、歯を超える頑丈性と言う水と油のような特質を兼ね備えた、ある種の液体筋肉。
一薙ぎで人体をバラバラにし、一刺しで人体にバスケットボール大の風穴をも空けるカナエのこの赫子。発現させた理由は、今更語るまでもなく。藤丸立香を、喰い殺す為であった。只ならぬ物を感じた立香がもがくが、もう遅い、彼は、蜘蛛の巣に捕らえられてしまっていた。
赫子を奮い、立香の身体の結合を、血肉を撒き散らさせて無理やり解こうとした、その時だった。
スルリ、と彼の手首を掴んでいた手が、油を掴むが如くに滑って行くばかりか、握っていた指も勝手に開き始め、彼の身体が自由になってしまう。
いやそれどころか、振われた赫子ですら、立香の身体から逸れて行く。殺すと言う意思を込めて奮われた鱗赫が、彼の身体に触れるまで後一m程、
と言う所で、見えない壁にでも阻まれているかの如く、変な軌道を描いて明後日の方向に向かって行ってしまうのだ。カナエの表情に驚きが刻まれるのも、無理はない。
カナエが目を見開いて驚くと同時に、立香は慌てて距離を取る。
カルデアのマスターに支給される、制服状の魔術礼装。それに備わる機能の一つである緊急回避を、『藤丸立香自身に適用させた』。
これが、カナエの赫子を防いだカラクリであった。これは本来の使い方ではない、サーヴァントの補助の為に用いるのが普通の使い方だが、
マスター自身にも緊急回避の機能は問題なく使用する事が出来る。とは言えこの機能、並の本数の魔術回路を保有している魔術師ならまだしも、
回路を全く持たないただの人間である立香が使うと、一瞬で魔力切れを起こしてしまう。サーヴァントのマスターとしての立香は、此処まで才能がないのだ。
カルデアのバックアップがあった時は、機能一つ発動しただけで魔力切れを、と言う余りにも情けない心配は無用であった。
だが、カルデアのバックアップが見込めないこの世界で、どうして立香は、命の危機とは言えこの切り札を発動出来、そして魔力切れを起こした様子もないのか。
その答えは単純明快、彼の引き当てたセイバーのサーヴァント、アスモデウスの力があったからだ。
結論を言うと、このサーヴァント、魔力が枯渇すると言う心配が絶無に等しい。と言うのも、宝具のシャミールは『魔力すらも産み出せる』からだ。
この魔力を、彼女は立香にも充てている。アスモデウス自身が現界出来る量の魔力と、立香がカルデアの魔術礼装の力を引き出しても問題がない量の魔力。
これを彼女は予め生み出していたのである。必然、魔力切れを起こさない。緊急回避の機能を一回使った程度では、立香の魔力は切れないのである。
「無駄だ、マスター。其処の男は、何か特殊な力を使っている。お前のカグネ、とやらでは最早傷の一つも付けられん」
赫子を振おうとするカナエの動きが、止まる。背後から感じる、ゾッとする程の寒気を感じたのは、彼女だけでなく、立香もそれに含まれていた。
裏地の紅い黒マントを羽織った、深い隈の刻まれた赤髪の男。荒れた髪質、荒れた肌。日頃の不摂生が目に見えて解る形で、身体に現れている。
それなのに、男の立ち居振る舞いから発散される威風は、およそ健康な男性が放出出来るそれが比較にならない程だった。
鍛え上げられた肉体、射竦める様な鋭い目線を放つ、くすんだ碧眼。これが、カナエのサーヴァントである事は立香も即座に理解出来た。そして彼が、強いと言う事も、一瞬で。
名を、『
イスカリオテのユダ』。
世界で最も有名な裏切り者、いやそれどころか、その名自体が今日では裏切り者を表す言葉にまで昇華された、地上・史上最も有名なサーヴァントの一人であった。
「善い目をしている。無償の愛と献身の素晴らしさを知り、窮地において勇気を振り絞れ、善と悪を平等に噛み分けられる者のみが宿す、澄んだ空のように透明な瞳。名を、教えてはくれまいか」
「……藤丸、立香」
名乗らない方が、本当は良いのだろう。真名程ではないが、マスターの名前も割れては拙い事に繋がるのは、想像に難くない。
だが、これは癖であった。サーヴァントに名を問われれば、自分も答える。ケルトの英雄が、力と引きかえに課さねばならぬ誓い(ゲッシュ)のようであるが、立香はそんな誓いを立てている訳ではない。それなのに答えてしまうのは、彼の生来の人の良さの、現れでもあった。
「リッカか。よくぞ名乗った。その目と魂、そして心の誠実さ。『あの人』の事を、思い出したぞ」
カナエの前に立ち、ユダは、腕をダランと下げた。自然体の構えである。
それは、誰がどう見たって、これから激しい運動を行うのに適した構えでない事は解る。
だが、立香も、そしてカナエも、ユダの今のポーズを見た瞬間に、理解させられた。これは、この男の『型』の一つなのだ。
ユダは、この構えから、サーヴァント・獣・人間、そして――悪魔や死霊に至る、あらゆる存在を葬る奥義を習得している。
この構えは、リラックスの為のそれでは断じてない。これから相手を打ち倒し、打ち殺す為の、歴とした『殺しの技術に移る為の技』の一つなのである。
「恐れていないな? リッカよ」
「あぁ……」
本心だった。今の状況より、恐るべき状況に立たされた数など、立香は一度や二度ではない。
敵意を持ったサーヴァントの殺意を、目の前で受け続ける今の状況は、危険であるとは思いつつも、恐れてはいない。
事がこの状況に至っても、立香は、自分の運を信じて、ある種の狂的な磁力を宿すユダの目線を、真正面から受け止めるだけであった。
「痛みもなく、苦しみもなく。俺に甚振る趣味などない。我が拳はお前に苦痛の一つも与えず、大いなる神の懐にお前を導く事だろう。喜びのみが満ちる、光の国へと」
――来る。立香の身体に、力が入る。
「――ハレルヤ!!」
ユダが、アスファルトを蹴った。
その気でユダが震脚を行えば、一m程度のアスファルト等、真っ二つである。だが、今回に限って、それはなかった。しかし、それ程の力で地を蹴ってはいる。
体重移動、力の掛け方に工夫を入れたからだ。■■■から倣った古の拳闘技術、ヤコブの手足を学んだユダにとっては、この程度の芸当、今更誇る程の物ですらなかった。
地面を滑るように移動するユダ。軌道は、真正面にいる立香目掛けて真っ直ぐ一直線。
地を蹴るだけで、時速五十㎞の加速を得たユダは、まだ事態を認識していない立香の心臓目掛けて、ストレートを放った。
鉄の塊すら粉砕する威力が、その右拳には内包されている。この威力で相手の身体を粉々にする事も出来るが、今回は立香に敬意を払い、心臓のみに衝撃を集中。
これにより、心臓の鼓動を一瞬で停止させ、苦しむ暇もなく即死させようとユダは考えていた。
拳が、逸れた。
確かに真っ直ぐ拳は突き出された筈なのに、油の塊でも殴った様に、腕がスルリと、藤丸立香から大きく外れた所に伸びて行ってしまう。
成程、これが、マスターのカグネを防いだのかとユダは認識。そして、事態を漸く認識し始めた立香は、慌ててユダから飛び退く。
緊急回避を発動させた事は言うまでもないが、その一回辺りの持続時間は短い。十秒しか持たないのだ。カナエの赫子を防いだのと、ユダの拳を防いだのとで、
立香は二度も今の状況でこれを発動させている。アスモデウスから与えられた魔力は無限ではない。連発していれば、当然貯金は底を尽きる。その時こそが、立香の死であった。
攻撃を続けていれば、勝つのは自分であると、ユダが認識していたかどうかは定かではない。
だがどちらにしても、矢継ぎ早に攻撃を繰り出し続けると言う方向性でユダが行く事は事実であった。
嵐の如き勢いと速度、そして手数で、彼は攻撃を繰り出し続ける。拳で殴る、肘で打つ、膝で撃ち、脛で蹴る。
亜音速にすら達する程の速度でユダは拳足を放つ。そのどれもが立香にとっては一撃必殺、そのどれもに武練の冴えが瞬いている。
サーヴァントですら直撃を受ければ膝を折る一撃を、立香は必死に緊急回避を発動し続けてやり過ごす。全く、動けない。
動かない方が、正解だった。下手に動けば、ユダの拳に当たる可能性が高い。そして、その一撃に掠ってしまえば、立香は殆ど一撃で戦闘不能に陥る。反応出来ない、と言う事実がこの時命を確かに救っていたのだった。
――拙い……ッ――
急激に魔力が減って行くのを立香は感じる。
実に三十秒以上も、緊急回避で状況をやりくりしているのだから、この異常なまでの魔力消費ペースは当然の事である。
ユダは、全くインターバルを挟まない。三十秒間もずっと、パンチとキックの連打を続けている。間に呼吸すら挟まない。
無呼吸で、此処までの連打を維持出来る等、尋常の事ではない。立香は確信していた、自分の魔力が減るよりも先に、ユダの息が上がる事など、先ずあり得ないのだと言う事を。
持って、後一回。これを凌がれれば、後はない。死ぬだけだ。
そう思った立香の瞳が、鋭く引き絞られ、ユダの瞳を真正面から見据えた。「次が最後なのだな!!」、相手は、立香の虚勢が通用しなかった。
この十秒の賭けに耐える前に――立香は、この賭けに勝利した。
「――!!」
バッと、身体の向きを立香の方から、背後に向けるユダ。
この動作と同時に、両手で挟み込むように、パンッ、と柏手を打った。掌と掌の間に、長剣の剣身が挟まっている。
真剣白刃取り。この、講談の中の世界ですら神技と称される技術を、ユダは容易く再現していた。それも、素人の剣ではない。
剣の王とすら称され、その名に恥じぬ剣の技前を持ったサーヴァント――アスモデウスの一撃を防いだのである!!
「我が主に毒を混ぜるな、殺すぞ」
「毒を混ぜているのはどちらだ、この悪魔(デーモン)めが」
アスモデウスの表情は、嘗てない程の怒気に彩られていた。
身体中からは、歴戦の悪魔祓い(エクソシスト)ですら後ずさるであろう程の激しい怒りを放射しており、彼女の内に抱く感情がどれ程の物かが窺い知れる。
だがそれ以上に特徴的なのは、アスモデウスの目だ。喰種の赫眼めいて、真紅の色をしているのだ。
紅に染まった眼球はまるで、彼女が悪魔である事の証明であると言われても納得が行く程強い説得力と、見る者に恐怖とは何かを知らしめる威力を有しており、一瞬で彼女が、正当な人類から生まれたサーヴァントではない事を理解せしめる何よりの証であった。
悪魔としての地を出すか、激しい感情を表面に顕在化させると、今のように、アスモデウスの眼球は紅に染まる。
それは即ち、彼女が本気になったと言う事を意味する。マスターである藤丸立香を殺そうとし、横取りしようとした、不届き者。
それだけは、許さない。これと決めた対象を堕落させる事に命を賭ける、悪魔と言う生き物の沽券に係わる行為を、ユダは犯そうとしたのだ。
この男は、色欲の魔王の逆鱗に触れてしまった。生かして帰さない。この場でユダは、マスターであるカナエと同時に殺されねばならない。それも、ただ殺されるのではない。惨めに、無惨に、辱めを与えて。屈辱の限りと残虐の限りを尽くし、じっくりゆっくり殺してやるのだ。
長剣の柄から手を離し、距離を取るアスモデウス。長剣は、ユダにでもくれてやる。あの程度の代物、後で幾らでも彼女には作れるのだ。
剣身を白刃取りしている影響で両手の塞がった状態のユダ。この隙を狙い、ワンピースの懐から、一本のナイフを取り出し、その先端をカナエの方に向けた。
そして、握り手に搭載された小さなボタンを掌で、ギュッとプッシュ。すると、剣身の部分が音もなく、グリップから分離。そのまま超高速でカナエの下まで射出された。
時速五百㎞程の速度で放たれたそれの不意打ちを、モロにカナエは喉仏に受ける形となる。剣身はグップリと根本近くまで、カナエの喉に突き刺さり――その時の痛みを以って、今自分の身体に何が起こったのかカナエが知ったのは、アスモデウスが使ったスペツナズ・ナイフの刀身が刺さってから一秒程経ってからだった。
「AAAAAAHHHHHHHFFFFFFAAAAAAAA!!!!!!??????」
呼吸をするだけで体中に走る、鉄の味と火箸の熱を伴う痛みに、カナエが咆哮を上げた。
不意に与えられた激痛と、不意に喉元までせり上がって来た鉄血の液体。その二つのファクターに、彼女は甚く混乱していた。
「ハッハハハ!! ほらほら如何した!? 随分苦しそうじゃあないか、お前の主の売女はよ!! 女の危機に戻らなくても良いのか、あぁん!?」
全力で嘲るような声音を上げ、アスモデウスがユダを挑発する。
常人なら気死する程の殺意を秘めた瞳で、アスモデウスを睨むユダであるが、状況は此方に有利だと確信している為か。アスモデウスは臆しもしない。
寧ろユダの瞳に内在されている悔しさの感情で、多少溜飲が下がっていた位であった。尤も、この程度で満足する彼女ではない。まだまだ、彼女が行う凌辱は続くのだ。
白刃取りしていた長剣を放り捨て、構えを取るユダ。顎を引き、右腕を地面と垂直にしたその構えは、ボクシングのフォームに似ていた。
目に見えて、攻撃的な構えになった事が解る構えである。ユダの実力で、攻撃を主体とした構えを行えばどうなるかは、想像するのはある意味容易いが。
一方アスモデウスの方にも油断はない。悪魔らしく、敵対者を扱き下ろすような言葉は忘れないが、彼女も理解していた。ユダが強いと言う事位は。
そうでなければ、笑みを浮かべながらも、その実全く笑っていない瞳をしながら、様々なアイテムを収容させている亜空間から長剣を取り出して構える、と言う真似はしないだろう。
手負いの獣は怖い。
マスターに死が避けられない程のダメージを与えたのである。もうユダの消滅は免れまい。ならば、形振り構わず全力で此方を葬りに来るだろう。
一人で大人しく消滅するのならば良いが、こう言った場合大抵は、窮状にある存在は『死なば諸共』の自爆精神を発動させる。
これに付き合って、アスモデウスも立香も死ぬ義理はない。勝手に一人だけで死んでしまえるような立ち回りを、志すだけであった。
――だが、アスモデウスには誤算があった。
殺したと思った、ユダのマスター、
カナエ=フォン・ロゼヴァルト。それが実は、生きていると言う事実に。
「Berserk!! そいつを殺せ!!」
血液がゴボゴボと泡立つ音と同時に紡がれた、女のその叫びに、愕然としたのは立香とアスモデウスだ。
カナエは、生きていた!! 首に刺さった、スペツナズ・ナイフの剣身を摘まんで引き抜き、首から大量の血を流しながら、である!!
アスモデウスは、ましてや立香は知るまい。誰が見ても人間としか思えぬカナエはその実、人間を遥かに超える身体能力と代謝、再生能力を誇る喰種であり、
その中でも、作家の殻を被って活動していたある女の手によって喰種の中でも異常とすら言える再生力を身に着けた個体であるなど。知る訳がないのだ。
魔境の叡智で千里眼を獲得し、カナエの秘密を剔抉した事で漸く、彼女が人間ではない事をアスモデウスが認識。
この認識する際に使った時間、これによって生じた隙をを狙って、ユダが地を蹴って魔王の下まで移動。彼女の胴体目掛けて重いストレートを放った。
これを、身体を半身にする事でアスモデウスが回避。避け様に剣を跳ね上げさせて彼の腕を肘から斬り飛ばそうとするが、何とユダはこれを、
握り拳を開いてそのまま、長剣の刀身に手刀として振り降ろし、逆に剣身の方を切断し返すと言う荒業を以ってやり過ごした。
生身で刃を破壊したにもかかわらず、男の拳には傷跡一つついていない。このような芸当もまた、ヤコブの手足を極めたればこそ。この防ぎ方には、アスモデウスも目を見開かせる。
――拙いな、優先順位を変えねばならんか――
カナエとユダは、アスモデウスとしても直ちに抹殺したい程憎たらしい主従ではある。
だが、カナエの方がただの人間ではない、怪物であると言うのなら話は別だ。千里眼を駆使して、カナエと言う生き物の構造を見て解った事だが、
ただの人間の身体能力を彼女は軽快に上回る。少なくとも、下手なサーヴァントよりも彼女はよっぽど動けるのである。
ユダに気を取られて、その間にカナエに立香が殺されると言う事態は最悪であるし、何よりも面白くなさ過ぎる。
となれば、取れる手段は一つである。喰種に備わる常軌を逸した自然治癒力で、スぺツナズ・ナイフの傷を癒しながら、立香とアスモデウスを交互に睨めつけている、
カナエを重点的に狙うのである。彼女は、ユダのクラスを叫んでしまっていた。それが、この女悪魔の行動を決定づけた。マスター、つまり魔力供給元を断たれた後、世界に存在を保てるスキルが存在しないクラス、それがバーサーカーだ。アーチャーでもなければ、大抵の場合マスターを殺せばサーヴァントもそれに牽引して消滅する。ならば、マスターを狙うのは、当然の帰結でもあった。
風の様な速度で、カナエの方に駆けて行くアスモデウスと、悪魔の意図を読み、それに追随する堕ちたる使徒。
十五mの速度が攻撃の間合いへと変貌するまで、両者共に一秒も掛からない。しかし、ユダの方が速かった。カナエの前に立ちはだかる事に、彼は成功。これで、如何なる攻撃が来ても、多少であれば対処は出来る。
移動の最中、アスモデウスは亜空間からM1887に似た散弾銃を取り出しており、これを彼女は、カナエとユダから五m程離れた所から、発砲。
女性のみならず大の男の腕力ですら、片腕での発射など出来はしない衝撃が、発砲の際に腕に伝わると言うのに、この悪魔は易々と、片腕での連射、
それも、フォルムから推察出来る弾丸の装填数を超えて高速で撃ち続けていた。放たれ続ける弾丸の雨霰を、ユダは、防いでいた。
ただ防いでいるのではない。羽織っているマントを、洗礼詠唱を用いて黒鍵の剣身に変じさせ、これを翻させる事で弾き飛ばしたのである。
「――貴様、『そっち』のサーヴァントだったかよ」
魔術にも堪能なアスモデウスである、ユダが如何なる技術で、散弾銃から放たれた弾丸の雨を防いだのかを理解した。
と言うより、アスモデウスが忘れる筈もなかった。これこそは、アスモデウスとサラを引き剥がした憎き大天使が信仰の対象として組み込まれている、
聖堂教会が行使する秘儀であり秘術、洗礼詠唱だ。これを行使するサーヴァントと言う事は必然的に、目の前のバーサーカーはあの宗教の関係者と言う事になる。
ハッキリ言って、致命的なまでにアスモデウスと相性の悪い相手だった。洗礼詠唱はその特質上、霊や悪魔、死徒と言う物に対して絶大なる影響力がある。
高い対魔力を誇るアスモデウスは、洗礼詠唱への防御力も有しているが、ユダは彼女の対魔力を貫通する程の洗礼詠唱の持ち主である事を、彼女は看破してしまった。
彼女は悪魔である。対魔力が高かろうが、洗礼詠唱を完璧に無効化すると言う事は出来ない。
受ける事になる洗礼詠唱の効果や威力は、倍以上にまで跳ね上がる。直撃すれば、確実に大ダメージを負う。
その上相手の武術の腕前は、アスモデウスに匹敵すると来ている。戦いたくないと彼女が思うのも、無理からぬ相手であった。
「堕落の仔、神の生み出した愚昧なる被造物よ。地の底に戻る時が来た」
「抜かせよ!!」
そう叫び、ショットガンを構えようとした、その時だった。
二組の主従が戦っている所から最も近い所にある、わくわくざぶーんの壁が、粉々に爆ぜた。
アスモデウスは意識の半分を、爆ぜた壁の方向に向ける。もう半分は、ユダの方である。彼にしても、半分の意識を彼女に、もう半分を壁に向けていた。
全部の意識を其方に集中させてしまえば、不意打ちを貰ってしまうからだった。この辺りの意識の高さが、二人を優れたサーヴァントだと定義させる理由でもあった。
あそこに爆弾を仕掛けた記憶はない、と思うのはアスモデウスだ。当たり前だ。今戦っている所は、マスターである立香がいる所に近いのだ。
自分の仕掛けた爆弾の余波でマスターを殺す愚など、彼女は犯さない。必然的にこの近辺は、無事な形状を保てているエリアの筈なのだ。
となれば、壁を砕いた現象は、人為的なものである可能性が高く――そして、その現象の正体が、露となる。
「しょ、所長!!」
立香が反応する、小さくアスモデウスが舌打ちする。
壁に空いた穴の先には、上着を巻き付けて撃たれた所を止血したオルガマリーを横抱きにする、カインがいた。
生きていたとは。アスモデウスが思う。
彼らが、わくわくざぶーんに仕掛けた爆弾をやり過ごすとしたら、プールの底以外にないと、この悪魔は考えていた。
だからこそ彼女は、彼らの行動を読み、ピンを抜いた状態の手榴弾を複数個、予め移動先にばら撒いていたのだ。
そして事実、彼らは手榴弾の洗礼を受けた。受けた、が。カインによる肉の盾の影響で、何とかマスターであるオルガマリーは、
手榴弾の破片で即死と言う事態には至らずに済んだ。が、相変わらずアスモデウスの銃撃でのダメージは癒えていない。
一方でカインの方は、手榴弾の直撃を受けても、軽度の擦過傷しか身体に見当たらないと言うのであるから、その差は残酷であった。
ここで、あわや三つ巴の戦いになるか、と思われたが、アスモデウスはその戦いに加わるつもりはない。
寧ろ、ユダとカインが互いに争いあい、自滅するよう仕向けるかとすら考えていた。そして、アスモデウスにはこれが出来る。
色欲の悪魔、乙女の敵。これらの字は伊達ではない。アスモデウスは、女と言う性別を持った存在と戦う時、絶大なアドバンテージを得られるのだ。
この場に女のサーヴァントはいない。だが――『女のマスター』なら、いるではないか。
カインの異様な風貌を見てしまった事で、ユダの心の中に生じた空隙。此処を狙って、アスモデウスがカナエを睨んだ。
カナエが、この悪魔と目線を合わせてしまった瞬間だった。カナエの脳を、強く揺さぶるような衝撃が走り始めた。
頭の中と意識に、霞が掛かる。徹宵何かしらの作業を続けた後のように、頭が回らない。
目線を、オルガマリーを抱いているカインの方に向けるカナエ。
その様子に不穏なものを、ユダが感じ取ったと同時に、彼女はカインの方に駆けだして行く!!
「何ッ!?」
驚きの声を上げたのはカインよりも、寧ろユダであった。
余りにも、行動が突拍子的過ぎるからだ。ユダとアスモデウスが戦っている間、藤丸立香を倒しに行く、と言うのならばまだ納得が行く。理に適っているからだ。
だがここで、突如として現れた素性の知れないサーヴァント、つまりはカインの方に駆けて行く意味が解らない。
オルガマリーを抱いている事で両手が塞がっているから狙いに行ったのかもしれないが、だとすれば余りにも浅慮だ。
ユダから見ても解るのだ。総身に刺青を刻んだ、腰布だけを身に纏うあのサーヴァントは、かなりの手練であると言う事が。
「待て、よせ!!」
ユダが叫んでも遅い。
カナエは既に、カインから六m程離れた所まで接近、鱗赫を恐ろしいスピードで彼目掛けて伸ばしていた。
一瞬、カナエが放ったこの攻撃に目を見開くカインではあったが、リアクションはそれだけである。
殺到する四本の赫子を、オルガマリーを持っている状態とは言え、軽々と二本を回避。残った二本を、回し蹴り一発で両方とも破壊する。
カナエの身体から、動揺の気が発散される。素手で赫子を破壊するような事が、短期間で二度も起るとは、思わなかったのだ。
――まさか、あの悪魔めが!!――
バッと、顔をアスモデウスの方に向けるユダ。立香を守れるよう、彼の前にポジションを取ったアスモデウスが、邪悪な笑みを浮かべている。
「今頃気付いたのか、馬鹿め」、と。見てくれだけは美女である悪魔が、その様な態度を隠しもしない。
恐らくは、魅了(チャーム)の呪いをカナエに掛けたのであろう。そうでなければ、あの突拍子もない行動に納得が行かない。
ユダのこの推論は完璧に正しい。性別を判別し辛い服装でカナエはこの場に参じてはいたが、千里眼でカナエが喰種である事を見抜いたアスモデウスは、
これと同時にカナエが女性である事も看破していた。だから、魅了の魔術を以って彼女を操った。色欲の魔王は、相手が女性であるのならその意識を操れるのである。
対魔力を持ったサーヴァントですら、余程の事がなければその意識を深い催眠状態にする事が出来るのである。如何に身体能力は人間を超える喰種とは言え、魔力に対する耐性を持たない生物如きに、抗える筈もなかった。
操られて攻撃を行っている、と言う事実だけでもユダにとっては最悪なのに、その攻撃が余りにも単調で、見切られやすいと言う素人めいた軌道のそれなのも、
全てはアスモデウスの作戦であった。要するに彼女は、赫子でオルガマリーをあわよくば殺して欲しいとも思っているし、赫子を見切ったカインに殺されて欲しい、
とも思っているのだ。理想は同士討ちであるが、仮に理想が達成出来ずとも、オルガマリーかカナエのどちらかが死ぬのだ。良い事尽くめ、である。
更にこの作戦の悪質な点は、『藤丸立香から見ればカナエがオルガマリーを狙って攻撃している風に見える』、と言う点である。
今この状況が、アスモデウスが全て裏で糸を引いている事に立香が想到出来ない、と言う事が、この悪魔にとってのメリットなのである。
彼が見ている前で、彼の知人であるオルガマリーを殺しに、アスモデウス自らが動けば立香からのイメージは最悪になる。この早い段階で、それは避けたい。
要するに、カナエに全ての濡れ衣をおっ被せる為であった。カナエがオルガマリーを殺してしまった。しかし自分はそれを防ぎたかったのに防げなかった!!
アスモデウスは、これを演出したいのである。実際にはアスモデウスに、オルガマリーを救う気概など更々ない。死ねば良いとすら思っている。仮に、殺せなくとも問題はない。何せ、カナエが死んで自分の溜飲が下がるのだ。結局は、どう転んでもアスモデウスにとっては、得なのだ。
地面を蹴り、カナエの下まで近づいたカイン。負傷したオルガマリーを抱えた状態ではあるが、それだけでは問題にならない。
何せオルガマリー自体が軽い為、全く移動を阻害する要因足り得ない上――何よりも、両脚が自由であると言う事は、蹴り技が普通に健在である事を意味する。
蹴り足の間合いに近付いた瞬間、カインは、カナエの腹部に鋭い横蹴りを叩き込む。うめき声を上げるよりも早く、カナエは地面と水平に三十m程も吹っ飛ばされ、
守衛室の壁に激突。壁を砕いて、その内部へとカナエが転がった。この建物がなかったら、もっと先まで飛ばされていた可能性もあったろう。
げに恐るべき、カインの筋力よ。蹴りの威力の方も、想像を絶する。喰種の頑健な肉体など物ともせず、蹴りの一発だけで、カナエの大腸や小腸を断裂させ、磨り潰してしまったのであるから。
カインの追撃からカナエを守るべく、急いで彼女と彼を結ぶ直線のルート上に割って入るユダ。
そしてユダは、カイン目掛けて、ヤコブの手足を極めた者のみが放てる拳を放つ。
「グローリア!!」、と言う叫びを上げながら突き出された右拳が、白色に激発していた。洗礼詠唱の効力を拳に纏わせているのだ。
これを纏わされた拳は、物理的な干渉能力の他に霊体にも強烈な干渉を及ぼす必殺の一撃となる。サーヴァントが喰らえば、一溜りもない。――常ならば、だ。
鳩尾目掛けて放たれた、ユダの裂帛の右ストレートを、左膝を大きく上げ、膝の皿で受ける事でカインは防御。
ユダの表情に驚愕が刻まれる。防がれたと言う事実にではない、洗礼詠唱が通用していないと言う事実にでもない。『己の宝具が侵食して行く感覚がない』事に、ユダは驚いていた。
二の手を放つべく、拳を引こうとするカインであったが、敵は彼だけではない。カナエを操った張本人たる女悪魔も、健在なのだ。
立香からは、この悪辣なセイバーの表情は見えない。それを良い事に浮かべている彼女の笑みは――狡知と言う概念を水に溶かして刷毛でぬったような、邪悪な微笑み。
これを浮かべたまま、彼女はユダ目掛けてショットガンを乱射。カインとユダは、距離を大きくとる事で、放たれた散弾を無事にやり過ごした。
ショットガンの弾を避けてから、ユダは考えていた。何故、自分の宝具が通用しないのか。
ユダの宝具は、彼の拳が生身に触れるか、彼自身が対象に、或いは対象の方から彼自身に触れる事が発動条件である。
『絆を知らぬ哀しき獣よ(イーシュ・カリッヨート)』。この宝具は触れ続ける事で、相手の霊基に『裏切り』と言う概念を刻み付けさせる。
そして、裏切りが成就してしまえば最後。そのサーヴァントは当該聖杯戦争で、二度と宝具を使えず、二度と魔術も発動出来ず、そして、マスターとサーヴァントの関係に、
修復不可能な亀裂が走る。裏切り者の代名詞として史上最も有名になったが故に、己を構成する霊基自体が裏切りの概念その物に等しくなったユダに相応しい、
凶悪な宝具である。だが、これがカインには何故か、一切通用しないのだ。裏切りが霊基に浸透しない。ビニールに水でも落とした様に、裏切りの概念を弾いて行く。
そう、通用しなくて当たり前なのだ。何せカインに刻まれた刺青の宝具、ノドは、ユダの裏切りの宝具すらも超越する。
ユダが信じる神が、手ずから刻んだ不死刻印。この刺青はカインに対する罰である。死ぬまで世界の裏側で孤独に生きさせる為に、神が刻んだ制裁なのである。
制裁である故に、この宝具は外れない。罪を償い終えるまで、罪人が牢獄から出られず、手錠や足枷の類が外せないように。
カインは己の意思でこの宝具を排除する事も出来ず、また、誰の如何なる宝具によっても、この宝具を彼から分離させる事は不可能なのである。
これが、ユダの宝具が通用しない理由の全てであった。神秘の強さからしてもノドは桁違いであるのと同時に。そもそもユダや、彼が尊敬していたあの男も信じていた神が、罰を与える目的で刻んだ刺青を、たかが神を信じる一信徒に過ぎぬユダが、如何して解除できるのだろうか。
――全て、吾輩の手の内よ――
事の推移が、正に自分の理想とする方向に、方向に。
面白い位に順調に進んでいくので、ほくそ笑む表情を隠せない。順当に行けば、此処で二名が脱落するかも知れないのだ。
恐らく、外套を纏った褐色の少女と、少女が従える同じく褐色の偉丈夫は、もうここから逃げ果せただろう。殺せなかったのは惜しいが、
最低一組は此処で脱落する。どちらも厄介な主従である為に、これは大きい事であった。
「嬉しそうだね、セイバー……」
「そんな事ないよ」
流石は多くのサーヴァントと繋がりを持って来た立香である。
顔を見ずとも、アスモデウスの今の感情が解るらしかった。が、其処で嬉しいと答える彼女ではない。
真率そうな声音で否定するだけであった。と言っても、猿芝居である事は立香も解っていようが。
「所長を助けられるのか? セイバー」
「無理だろ。出来ても、相当難しいぞ」
これは事実だ。何せカインがオルガマリーを死なせないよう目を血走らせているのだ。
彼の目が黒い内は、オルガマリーは先ず助けられまい。尤も、彼が此処まで神経質にならざるを得なくなったのは、他ならぬアスモデウス自身のせいであるのだが……。
ああ、困った、と言う態度を醸し出しながら、ユダとカインの牽制をアスモデウスが眺めていた――その時だった。
真実、アスモデウスから放出される気風が、困惑と当惑のそれへと変貌する。当たり前だ。
爆破されたとは言え、外観がまだ建物としての体裁を保てているわくわくざぶーんの施設を隔てた向こう側に、恐ろしく巨大な怪物が現れたとなれば。
アスモデウスも、そして、藤丸立香も。唖然とするのは、至極当然の話なのだ。
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血塗られた献身
流離の子
ソルニゲル
革者
解放された世界 Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木 回帰の白
物語の王
餓狼伝
久遠の赤
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ZONE24――『解放された世界(The World Set Free)』
よくよく目を凝らして見れば、生物ではない事は明らかだった。
月の明かりに照らされながら突如として現れたと言う登場の仕方で面を喰らっただけで、冷静になってみれば、あれは生き物ではない。
実際、夜の薄暗さの中でよく見ても、あれが器物の類であるのは明白であった。先ず以って、生物的なフォルムではなさ過ぎる。
三本の円柱の上に、円盤が乗った何か、と言うのがそれの外観である。だが、その円柱も円盤も、全てが大きい。
円柱の長さは優に五十mを越え、直径百mは優に超す巨大な円盤を簡単に支えられている事からも推察するに、円柱の半径は十五m程はあろう。
わくわくざぶーんの天辺よりも、遥かに高いあれの正体を、アスモデウスは知らない。千里眼で確認した所、機械の類である事は辛うじて解った。
だが、あんな機械が過去、地球上に存在し、そして現在作成されていると言う事実は何処にもない。いやそもそも、書き割りを変更する様に突如として現れた所からも、あれがサーヴァントの手による物である事を、先ずは疑うべきだった。
アスモデウスのみならず、ユダもカインも、突如として現れた正体不明の大機械の存在に、気付いたらしい。
両名共に、白痴か間抜けのようにポカンとした表情で、それを眺めていた。アスモデウスですら、あれが何なのか解らないのだ。ユダとカインが、解る筈もない。
「敵か……?」、と立香が言うが、それすらもアスモデウスには解らない。つくづく、不気味な何か。
……だが少なくとも、敵か味方か、のスタンス自体は、直に解った。
円盤の裏……つまり、三本の脚と円盤の接合点側から、遠目から見ると触手のようにも見える物が現れたからだ。
それは、金属で覆われたある種のコードのようなものに近いと、アスモデウスは理解した。金属で覆われているにしても、恐ろしく柔軟性に富んだ金属であった。
何か来る。アスモデウスのみならず、ユダとカイン、そして立香すらそう思ったのは、伸ばした触手状の何かの先端を、あのマシンが此方に向けたからだった。
――そして其処から円盤機械が、緑色のレーザーを射出して来た。
レーザーは堅牢なわくわくざぶーんの施設を屋根から貫き、そのまま地下の基礎部分まで貫通。
その瞬間、施設全体を、アスモデウスが設置した爆弾の発破を容易く上回る程の規模の爆発が覆った!!
「なっ!?」
これには、超常の見本市そのものであるサーヴァント達も驚きを隠せない。熱線の威力よりも、この突拍子もない行動に皆は驚いていた。
荒れ狂う爆風と熱風、そして叩き付けらんとしている衝撃波を、三組は思い思いの方法でやり過ごそうとする。
カインは、己の宝具をフルに駆使してオルガマリーを庇いながら、全速力でその場から遠ざかる事で。
ユダは、アスファルトに貫手を突き刺し、それを引き上げて盾にし、爆風や衝撃波を防御。その後、守衛室で気絶しているカナエの下まで駆け抜け、彼女を回収してから。
アスモデウスは、魔境の叡智スキルで獲得した魔術で、ある種のバリケードの様なものを作り、爆風諸々を立香共々凌ぎ切ってから、逃走。
防ぎ方は様々であったが、三主従全員、共通して言える事は一つだった。
それは、このわくわくざぶーんであった施設から急いで逃走、遠ざかろうと言う事。三組全員、思い思い、別々の方向へと、距離を取る。
野次馬が集まるのをよしとしないと言う思惑や、これ以上の戦闘に益を見なかったからと言う理由や、あの巨大な機械と戦う事を忌避すると言う戦略的な意味。
思いや理由はそれぞれだが、どちらにしても、嘗てわくわくざぶーんを思うがままに蹂躙し、そして、神韻の欠片もない戦いを繰り広げていた張本人達はこれで、この場からやっと去って行ったのである。
「――と、まあ。少々荒療治の感は拭えないが、この事件はこうして俺達が収束させたって訳だ」
三組が去った後のこの場に響く、若くて軽い、男の声。
その声と同時に、空間の一部が、人型に歪んだ。蜃気楼や薄紙越しに立つ人影のような、そのシルエットは、時を一秒刻む毎に、輪郭と濃さを増させて行く。
『二人分』のシルエットは、五秒後程立ってから漸く、月明かりの下でも誰が誰だか解るように、その姿を明白な物にした。そしてそれとは正反対に、わくわくざぶーんを瓦礫の堆積に変えた巨大な機械は、そんな物は蜃気楼か何かであったとでも言うが如く、煙のように消えてなくなってしまった。
「ブエノス・ディアス、親愛なるプレイヤー諸君。しっかし見なよ、この光景を。この作品がPCゲームだって事を――あぁいや、違うか。これ確か、フリーゲームじゃなかったんだ。リレー小説、だっけか。つい普段の癖でプレイヤーって言っちまった。『読者』って表現が正しいんだよな、これ」
訂正訂正、とかぶりを振るう男。
言われなければそれが、カエルを模したものだとは到底伝わらない程、元の生物が何であるのか解らなくなるまで崩して見せた、
へたくそなデフォルメのカエルの仮面を被った、黒髪の男だった。ハートのマークが刺しゅうされた白いセーターに、緑色の長ズボン。そして、黒色のショートカット。
体格と服装だけを見れば、市井の何処にでも見られる普通人。被った仮面以外、彼の何処にも神秘性はなかった。逆に言えば、仮面一つで、人は此処まで神秘を帯びるのだ。
「ブエノス・ディアス、親愛なる読者の皆々様。フォトグラフやムービーでこの光景を伝えられないのが残念だが……取り敢えず、想像してごらん。この光景を。所々でせせこましく燃えている炎、足場の踏み場がない程敷き詰められた瓦礫、立ち込める砂煙……。どうだ、少しはイメージしやすくなったかい?」
「……敢えて聞くまいと今までは思っていたが……。誰に話しているのだ、お前は」
狂人や、知的水準が自分よりも遥かに劣る人物と接するインテリの様な声音と態度で、もう一人、この場に現れた男が言った。
カエルの仮面の男が時たま今のように、何処かの誰か――と言うより、虚空に話しかけている様子を目撃した数は、一度や二度ではない。
他人の目には見えない幻覚に話しかけ、他人の耳には聞こえない幻聴の意見を尊重する男。それを、男はこう定義する。『気違い』、と。
シャドーストライプの柄が見事なベージュのスーツを纏い、ストライプのネクタイを巻いた、紳士然とした恰好の男だった。
仮面の男とその年齢を比べてしまえば一目瞭然。圧倒的に、紳士の方が若くない。年齢にして、三十代の半ばであろう。中年であった。
瞳に煌めく知性的な輝き。発散されるインテリジェンス。男が俗にいう知識人、と呼ばれる人種に該当する事は殆ど間違いないだろう。
誰が見ても、その紳士は賢そうな人種、と思うに相違ない。思うであろうが、同時にこう言うイメージも抱くだろう。神経質で、気難しそうだ、と。
眉間に寄せた皺、への字に曲がった口。険を想起させる表情である。そのような表情でこの中年男性は、仮面の男の方を見つめていた。
「この世界の観測者と言うか、まぁ、奇特な皆々様に、だな。キャスター先生」
真面目に答えるつもりはないのか。それとも、これが真面目に答えた結果なのか。
キャスターと呼ばれた男には解らないが、どちらにしても彼には理解出来ない返答であり、そしてこれ以上仮面の男は言及するつもりもないらしいので、紳士は、追求する事を諦めた。
「これで、良かったと思うのか?」
目線を、嘗てわくわくざぶーんであった残骸が散らばる所に向けるキャスター。
「俺はまぁ、悪くない判断だったと思ってる。が、それが正しいと決めるのは、未来の何某さんだぜ」
「詭弁としても、言い訳としても、全く酷いな。建物を破壊して戦いを強制的に収束させる? これを悪くない判断だと思うお前の頭はどうなっている? どう考えても、悪手以外の何物でもなかろうが」
「それを言われちゃ俺も弱いな。だが、あのままあいつ等を戦わせてたら、被害はもっと広がったかも知れないし、何より聖杯戦争が始まる前に計画が台無しになっちまうかも知れない。んで何よりも、俺らが仲裁に入った所で殺されるのがオチだ。よく解ってるだろ、先生? 俺達二人とも、戦う力はゼロだぜ?」
「……闘争を終わらせる為に、より恐ろしく、凄い闘争を用いる、か」
つくづく度し難いな、と、地面に唾でも吐き捨てかねない程の勢いで、キャスターが歯噛みした。
この場所で戦っていた、アスモデウスと藤丸立香、カインとオルガマリー・アニムスフィア、ユダとカナエ=フォン・ロゼヴァルトの三組。
彼らをこの場から散り散りに、蜘蛛の子散らすかのように逃走させたあの巨大な機械は、キャスターの手による物だった。
この二人は、わくわくざぶーんでの戦いを収束させる為の作戦を練っていた。その作戦とは、より強大な武力と暴力性を持った脅威をキャスターが創造し、
それによってあの三組を今まさに滅ぼそうとする、と言う演出を行う事によって成そうとしたのだ。結果は、成功であった。
キャスターの生み出した巨大自律侵略兵器――この世界においては『トライポッド』と言う名前で有名なそれは、三組に脅威の二文字を刻みつける事に成功したのである。
そうして、三組が去った後に、こうして彼らはこの場に姿を現した。彼らはずっと、このわくわくざぶーんで待機し、機を窺っていた。
何故、アスモデウスらはその存在に気付けなかったのか? 況してあの女悪魔は、千里眼すら使えたと言うのに!!
答えは、単純明快。『見えなかった』からだ。キャスターが創造した、『透明人間薬』。これを用いる事で真実彼らは、千里眼でも認識困難な透明状態を維持。これにより、歴戦のサーヴァント達の目をまんまと掻い潜ったのである!!
「見事な働きぶりだったな、我が友よ」
グルル、と言う唸り声。
その声のした方向に二名が顔を向けると、其処には、一匹の白猫がいた。
毛並みは薄く、毛色自体もそうであるが、体表自体も上質紙のように真っ白な事もそうだが、剥き出しの牙がどうにも獰猛な印象を与える。
凡そ、誰にも愛される可愛げな猫、と言う概念の対極にいる様なその猫は、間違いなく人語を喋っていた。
――猫の後ろにいる、泰然自若とした雰囲気の男が話しているのではない。確かに、人の言葉を喋っていたのである。
「よう、『パブロ』」
パブロと呼ばれた猫……またの名を『ジャッジ』と言う名を持つ猫に対し、カエルの仮面の男――『ザッカリー』は、軽く会釈を投げ掛けた。
声は気さくなそれであるが、仮面の奥で浮かべる表情は、果たして――
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Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木 回帰の白
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ZONE25――『革者』
ジャッジの意向としては、聖杯戦争の本開催の前に、なるべくサーヴァントの脱落者は出したくなかったのだ。
この場で戦っていたサーヴァントが、碌でもない存在であると言う事は、既にジャッジも、この猫の従えるサーヴァントも理解している。
理解していてなお、であった。いや寧ろ、このような性格のサーヴァントであるからこそ、ジャッジが練った計画を成就する為のキーなのである。
とびっきり悪いサーヴァントが四名。その四人がいきなり、開催前に脱落すると言う事実は、ジャッジにとっては一番避けるべき事柄であった。
だからこそ、己の協力者であるザッカリーの力を借りた。なるべく脱落者も死傷者も出させる事なく、この場を丸く収めろ、と言う旨の事を、
ザッカリー達はリクエストされ、彼らは忠実にこれを果たしたのである。結果は成功。誰一人脱落する事無く、誰一人聖杯戦争とは無関係の冬木の住人も殺される事もなく。
この場は丸く収まったのである。……わくわくざぶーんと言う建築物の破壊及び、此処で働く様々な従業員達の仕事や雇用を奪ってしまった、と言う事実を無視すれば、ザッカリーらは最良を選択したと言えよう。
「好ましいやり方とは思えんな」
億千万の瓦礫の堆積及び、広がりとなったわくわくざぶーんの跡地を見て、美男が言った。
背中の中頃まで伸ばした緑色の後ろ髪が特徴的な、端正な顔立ち。そして、インドの民族衣装であるところの、ドーティに似た白色の衣服を身に纏うこの男こそ、
白い猫、ジャッジの呼び出したサーヴァントであった。クラスを、ルーラー。つまりは他の参加者が言う所の、今回の聖杯戦争の裁定者であった。
「滅ぼしたい相手がいる、と言うマスターの思いは俺も理解している。だが、その為に無益な破壊を振り撒くのは、やがては滅ぼしたい相手と同じ罪業を背負い、そして同じ応報を受ける事になるぞ」
「それでも、なのだよ。偉大なる気取り屋くん」
ジャッジの決意は固かった。そして、自分の言葉が届かない事を再認し、ルーラーは肩を竦めた。
「気を悪くしないでくれよ、ルーラーの旦那。パブロの奴、猫だってのにこう言う所は頑固でね。」
ルーラーが怒っている、と思ったのだろう。宥めるような口調で、ザッカリーはルーラーの機嫌を取ろうとする。
「このような事をして、ジャッジ……我がマスターよ。本当に、お前の宿敵は来るのか?」
「来る」
断固とした口調で、ジャッジは即答した。
「何故だ」
「この世界が、虚無の海の上に浮かぶ異物であるからだ」
「それは、どう言う意味だ?」
「この世界を包含する宇宙は、我が敵である浄化者の手によりて、白い闇に堕ちた。一度は、神が『光あれ』と宣言した直後の、無の宇宙が広がっていたのだ。その宇宙に、形ある世界が一つポツンとあるのだ」
「当然、そいつは怪訝に思う。部屋を綺麗さっぱり掃除して、散らかす人間もいないってのに、また勝手に散らかってれば、誰だってそう思うさ」
と言う、ザッカリーの補足に、ルーラーは得心が言ったらしい。
「この戦いが終われば、私も報いを受けるだろう。分を弁えずにはしゃぎ過ぎた猫はいつだって、撃ち殺されるが定めだからな。そして私の運命は、それでいい」
緑髪の美男子の顔を見上げ、ジャッジが言った。
「君とて、それに異存はないのだろう? 君の望みは、聖杯による受肉であった筈だ。私には聖杯など無用だ。君の願いの為の道具として利用するが良い」
「願いについては事実だが……マスターが死ぬのを黙って見ている、と言うのも複雑な気持ちではあるのも事実だよ」
喧騒の波が、徐々に近付いて来るのが伝わってくる。
轟音と騒音を聞き付けたか、また少なからず、あの巨大な機械・『トライポッド』を目撃した者もいたであろう。
市井の真ん中で、あれ程大騒ぎしたのである。人が集まらない訳がなかった。
「俺の真の願いは、『転輪聖王(チャクラヴァルティン)』に至る事だ」
「転輪聖王とは何かね」
初めて聞く言葉であったのは、ジャッジにしてもザッカリーにしても同じ。
だが、初耳の言葉であると言うのに何故か、ルーラーの言った言葉には不思議な神韻が染みる様な語感があった。
「善行と秩序(ダルマ)によって、世界は廻る。車輪のようにな。だが、永久に回り続ける車輪はない。いつかは調子が狂い、回る事のない状態に近付いて行く」
ルーラーは言葉を続ける。
「正義と法のない世界において、世界は淀みながら停滞し続ける。これを俺達の世界では悪徳の蔓延る時代……『カリ・ユガ』と言う。だが、永久に回り続ける機関がないように、永久に停滞し続ける機関もまたない。善と徳が失われた世界からは、新芽が芽吹くようにそれらが回復して行き、やがては、繁栄の時代が生まれるのだ。世界は、悪の笑う時代と、善が喜びを分かち合う時代を繰り返し続けるのだ。水車が回り続けるがようにな」
「そう」
「その繁栄の時代に生まれるのが、転輪聖王だ。至悪を滅ぼす力を持ちながら、それを滅ぼす力を用いる事無く世界を統べる覇王。法の力を悉皆理解し、殺生や邪淫、窃盗を過去の物とする聖君。人類の真なる敵である、四苦八苦を越える術を万民に広める理想王。……だと、俺は思っているよ」
最後の言葉は、やや弱々しかった。疑問気な色が、ジャッジのギョロリとした瞳に宿る。
「俺とて、これが本当に転輪聖王としての姿なのかの確証はない。だが、善き王である事は、間違いないのだろう。なら俺は、それを目指すのだ。嘗て『私』が挑もうとした、全ての人間に優しさを刻む為の戦い。俺はこれに、『私』が選ばなかった道で挑むのだ」
「だがそれだと、アンタは戦う事にならないか? ルーラー。聖杯戦争で聖杯を勝ち得てチャクラ何たらになろうとするんだったら、至悪を滅ぼす力を持ってるのにそれを使う事無く、って所と矛盾するぜ」
「『戦いを終わらせる為の戦い』だ」
その言葉に一瞬だけ反応を示したのは、ザッカリーが引き当てた、中年のキャスターであった。
「この戦いで、可能なら全ての苦しみを終わりにしたい。葬るべき悪がいるというのなら、石を呑む思いでその悪を斬ろう。だが、無軌道な破壊や殺しは、俺の求める所ではない」
わくわくざぶーんだった瓦礫から朦々と立ち込める砂煙に目線をやりながら、ルーラーは言葉を続ける。
「今回は、それが最善であると言う理由から多くは言わなかったが、俺はこの聖杯戦争を、勝ち残るべき戦いとしてだけでなく、『転輪聖王としての統治の資質を見極める試金石』としても見ている。聖杯戦争を無事に、かつ、聖杯戦争の関係者以外の血を流させないで終わらせる事が、転輪聖王へ至る為の階段であると思っている。そう思っているからこそ、俺は……ルーラーとして呼ばれたのだろうな」
「解った。君の意思を尊重しよう、ルーラー。無意味な荒事は、本来的には私も好むものではない。猫は獅子のように血腥い争いを好まぬものだからね」
尻尾をゆらゆらと陽炎の如くに揺らしながら、ジャッジは、ザッカリー達に背を向けて歩いて行く。
「私は、ZONE0の残滓に戻っていよう。ルーラーの啓示が正しければ、奴は確実にこの世界に、近い未来足を運ぶ。その時こそが、この狂った聖戦の始まりだ」
「……そうだな、パブロ」
沈黙を置いてから、ザッカリーが言った。
「――我が瞋恚、とくと味わえ。『バッター』。共に、無明の闇に堕ちる時だ」
一際大きな鳴き声を、ジャッジは夜空目掛けて上げて見せる。
山彦のように響き渡るその声は、千里万里にも届こうかと言う程に大きな鳴き声であったと言うのに――何処か哀しげで、寂しげで。
これ以上と無い痛切さを感じさせる物であったと気付いたのは、この場に於いてザッカリーのみ。鳴き声を上げ終えたと同時に、ジャッジの姿は忽然と消え失せ、
それに付随する様に、ルーラーの姿から濃さが消えて行き、時間が経つ毎にその姿が透明さを増させて行くではないか。
「パブロを頼むぜ、お釈迦様よ」
ザッカリーは、消えゆくルーラーに対しそんな言葉を送った。既にルーラーの身体の透明さは、身体の向こう側の風景すら見えるようにまでなっていた。
「その名は、『俺』ではなく『私』に呼ぶべきだ」
苦笑いを浮かべ、ルーラーは言った。
「今の俺は『私』の在り得た未来。歴史上存在すらしなかった幻影(マーヤー)。『私』が歩んだかもしれない可能性の『ゴータマ・シッダールタ』、さ」
「パブロはすっかりイカれちまったよ。タチの悪い熱に魘されたみたいにな。アンタのお言葉と行動で、少々冷まさせてやってくれよ、ルーラー」
「『覚者』だった『私』なら、出来たろうな」
寂しげな笑みを浮かべ、シッダールタが言った。
「今の俺は、世界を平和に導く変『革者』……としてこの世界に馳せ参じている。だが……世界を変えるその前に……あの哀れな子猫に絡みつく蜘蛛の糸、払える物なら、払ってみたい、な」
其処で、シッダールタの姿が消えてなくなった。
後には、仮面を被った一人の青年と、スーツを纏った中年の男が一人、残されるだけであった。
◆
――何が、お前には不服だと言うのだ……?
玉座に座る男が、実に弱弱しい光を宿した瞳で俺に言った。
油でも塗った後のように光り輝く褐色の肌を誇っていた、俺の父上の、何と老いて、憔悴しきったことか。父はこの数日で、めっきりと老け込んでしまっていた。
――見捨てると言うのですか!? 私を……この子を!!
生まれて間もない、それこそ一年と経っていないだろう赤子を抱きながら、涙を流して叫ぶ女がいた。
ヒマヴァットに堆積する万年雪のような、淡雪を思わせる白い肌。教養の高さを窺わせる、理知的な顔立ち。女は、クシャトリヤの者だった。
そんな女が、鬼を宿したような顔つきで、俺の事を睨んでくる。その手に抱いた、彼女と、俺の子供だけが、この場に在って無垢を保っていた。
無邪気な瞳で、俺の子供が、俺の方を見つめてくる。見捨てるのが、心苦しくなかった訳じゃない。
邪気も、慈悲も、善も悪もない、無垢のままの瞳は、俺の心を動かした。だが、『俺/私』は、それでもこの子の試練を乗り越えなければならなかったのだ。
――だから俺は、この子に障害を意味する名を与えて、その未練を断ち切ろうとした。
そんな事をしなくとも。愛する妻と子供に囲まれ、臣民から慕われながらも、得られる真理があったと言う事実を。この時のゴータマ・シッダールタは、不幸にも知らなかったのだった。
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――第三の情報が開示されました
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【元ネタ】仏教説話、ヒンドゥー教
【CLASS】ルーラー
【真名】
ゴータマ・シッダールタ(オルタ)
【性別】男性
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力:A 耐久:A 敏捷:A 魔力:B 幸運:A+ 宝具:EX
【クラス別スキル】
対魔力:EX
セイバークラスの対魔力に加え、揺るぎない自負心と自尊心、そして神々の加護によって、埒外の対魔力を誇る。
回避や防御行動を取る必要もない程度の魔術は、ルーラーに届く前に雲散霧消。ルーラーに少しでも傷が行く可能性が高い魔術は、神々の加護によって攻撃が逸れて行く。但し、仏教の秘術や法術・法力にはこのスキルは対応しない。
啓示:A++
“直感”と同等のスキル。直感は戦闘における第六感だが、“啓示”は目標の達成に関する事象全てに適応する。
いわば、目標の達成に関する事象全てに最適な展開を“感じ取る”能力。神々の加護スキルによって、埒外の値になっている。
神明裁決:B
ルーラーとしての最高特権。聖杯戦争に参加した全サーヴァントに二回令呪を行使することができる。他のサーヴァント用の令呪を転用することは不可。
【固有スキル】
カラリパヤット:EX
古代インド武術。力、才覚のみに頼らない、合理的な思想に基づく武術の始祖。攻撃より守りに特化している。
目覚めた人:A+++
求道の果ての悟りの境地。いかなる環境・状況にも左右されない不動の精神。あらゆるものを見通し、客観視し、自身を制御する。
このランクになると、令呪による縛りやアンリマユによる汚染すらも判定次第で制御する。精神に干渉し、掻き乱す一切の魔術や現象・宝具にスキルを一切無効化する。
カリスマ:A+
大軍団を指揮・統率する才能。ここまでくると人望ではなく魔力、呪いの類である。
理想の王の姿である転輪聖王としての側面で召喚されたルーラーは、このスキルを最高ランクで有する。
神々の加護:A++
ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァと言ったトリムルティ及び、ヒンドゥー由来の様々な神格による加護。
攻撃、防御の両面においてこのスキルは発動され、ルーラーの与える一撃は素手による攻撃でもAランクの対人宝具相当に匹敵し、反対にルーラーに対する攻撃はその威力が半分にまで減じられる。また命の危機に瀕した際には、因果を捻じ曲げる程の破格の幸運が優先的に呼び寄せられる。
【宝具】
『転輪聖王(チャクラ・ヴァルティン)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
転輪聖王として現れているルーラーが有する権能が宝具となったもの。ルーラーが握った棒状の得物は、空色に激しく光輝する。
この状態になった棒状の武器は、宝具ランクより低い防御スキル、防御宝具を一切貫通し、斬られた相手は対魔力や防御力を一切無視され、
『相手の最大HPと同量のダメージを受ける』。つまる所、この宝具が発動した状態の武器で殴られる、斬られるなりした相手は『即死』する。
世界の繁栄を維持し、これを乱す者を調伏する為に、ヴィシュヌ神とシヴァ神より貸し与えられた平定の権能。秩序と法の満ちる世界に、敵と悪はいらないのである。
但し、この宝具はルーラーが『徳性』を発揮している場合にのみ発動が出来、彼自らが『平和を乱すような行為を犯した場合』には、この宝具は発動しなくなる。
『神霊変性・至高維持神(ヴィシュヌ・アヴァターラ)』
ランク:EX 種別:対粛清宝具 レンジ:- 最大補足:-
ヒンドゥーの神話に於いて、ヴィシュヌ神のアヴァターラとして世界に現れた、と言うエピソードが宝具となったもの。
発動するとルーラーの霊基は急速に進化、発展を遂げ、神霊・ヴィシュヌの物へと変化。大宇宙の維持と発展を司る、至高の全能神の権能を、
転輪聖王の名の下に運用する宝具。現世に対して絶大な権限と干渉力とを降臨させるこの宝具は、
発動時点から評価規格外(EX)としてランク表記されるレベルの神秘行使が可能であり、それこそ英霊やサーヴァントでは不適格なほどの力の利用ができるが、
現在の霊格及び霊基では、十全な運用どころか神霊状態を二秒維持する事すら不可能。そもそも発動して全能性を発揮しようとした瞬間、霊基がその全能性に耐え切れず、爆散、消滅してしまう。事実上この宝具は、最後の悪あがき、自分の命と引き換えにヴィシュヌの全能性を用いて行う自爆宝具、位の使い道しかない。
【Weapon】
無銘・曲刀:
ルーラーが所持する武器。クシャトリヤ(武家)の象徴とも言えるアイテム。普段はこの武器に宝具・転輪聖王の力を乗せて戦う。
◆
「『戦いを終わらせる為の戦い』……か」
シッダールタが口にした、その一言を聞いてから、キャスターは、気難しい表情を隠せずにいた。
普段より輪を掛けて、その表情は渋そうで、そして、険の色が強い。余程、あのルーラーの口にした言葉が気に喰わなかったようである。
「不服そうじゃないか」
「この上なく不愉快だ」
歯噛みする様に、キャスターが言った。
「俺程世に多くの作品を提供して来た書き手となるとな、過去の作品を誇りに思う一方で、なかった事にしたい作品と言うものも断然多くなるものだ。作品単体だけじゃない。過去に使って来た表現や修辞法にもこれは同じ事が言えるのだ」
「ほほう。それじゃ、『戦いを終わらせる為の戦い』ってのは……」
「なかった事にしたい程、腹の立つ表現だ。俺の考えた表現だと言う事実が余計に癪に障る。過去の自分を絞殺したい位だよ」
一息吐いてから、キャスターは言った。
「戦争を終わらせる為に戦争を用いると言う事は、だ。万象を収斂させるのに最も適した方法が『戦争』である事を認めているようなものだ。覚えておけマスター。この世からはな、『良いものは決して滅ばない』。愛や友誼がこの宇宙から滅ばないのもこの真理の故であり、戦争と言う愚かしい行いが滅ばないのも、偏に物事を解決する方策としては良いものであるからなのだ。解るか? この世から戦争を滅ぼしたいのなら、戦争とは割の合わないものだと誰もが思わねばならないのだ。この世界において徹底して非合理で採算の合わないものは、遅かれ早かれ淘汰されるのが宿命だからな」
「それを――」
「あのルーラーを名乗る聖人気取りは、理解すらしなかった。戦争と言う武力を以って世界に平和を齎すのだと、それ以外の方法を端から諦めていた。フン、信用も出来ん。あのようなペテン師に、この世界の命運が掛かっていると言うのだから、世も末だな」
「アンタならそれは出来るかい? キャスター……いや、『ウェルズ先生』」
ククッ、と中年は笑った。暗い笑みだった。
「以前と同じ事を言わせるなよ。『宇宙は人を見棄て、人は闘争と破滅に美を見出した』。……それが、『
H・G・ウェルズ』と言う一人の哀れな物書きが導いた結論だよ」
懐から、二粒の錠剤を取り出し、その内の一粒をザッカリーの方に放るウェルズ。
「去るぞ。人が集まって来た」
「あいよ」
示し合わせたように二人はその錠剤を噛み砕く。
と、二人の身体が全く同じタイミングで、肉体は愚か、纏う衣服ごと透明になってしまった。
喧騒が、もう目と鼻の先にまで近づいてくる。砂糖に群がる蟻のように集って行く、冬木市民の瞳には、透明になったザッカリーとウェルズの姿は、見えなくなっていたのであった。
◆
「剣は悪しき物ではない。シャラディムがそう言った。善のために使えると……」
「それは剣だ。武器だ。殺戮のためのものだ」
ゆがんだみじめな微笑みが、腐りかかった顔にのぼった。
「では、どうやって善をなせる……」
「剣が砕かれたときだ」
――マイケル・ムアコック、剣のなかの龍
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――第四の情報が開示されました
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【クラス】キャスター
【真名】H・G・ウェルズ
【出典】史実(イギリス:AC1866年9月21日~1946年8月13日)
【性別】男性
【身長・体重】173cm、63kg
【属性】秩序・中庸
【ステータス】筋力:E 耐久:E 敏捷:E 魔力:E 幸運:D 宝具:C++
【クラス別スキル】
道具作成:E+++
キャスターは魔術的な道具の一切を作成出来ない。
その代わり、キャスターが生前書き上げた作品の中に登場させたあらゆる技術、あらゆる道具の作成が可能。
透明人間薬や、遠方を監視する水晶の卵、自分の行動速度を数万~数十万倍まで加速させる加速剤、トライポッド、宇宙船等々が作成可能となる。
陣地作成:E
執筆に有利なアトリエの作成が可能。
【固有スキル】
空想科学:EX
夢想し、空想される、科学と言う技術の果てや可能性。それを想像する空想力。
キャスターは魔術の類を一切行使出来ぬ代わりに、キャスターが起こす全ての攻性の現象は『未知の科学現象』として扱われる。
キャスターが発動する攻性現象には、魔力の類が一切含まれない為、彼の攻撃は対魔力スキルを貫通する。
SFと言う概念を確立、築き上げた巨匠の片割れであるキャスターは、このスキルを規格外とも言えるランクで誇る。
思想の開拓者:A
人類の歴史ではなく、人類の思想や観念に、どれだけの影響を与えて来たかのスキル。
人類史におけるターニングポイントとなった思考及び考え方を齎した者に、このスキルは与えられる。類似するスキルに、星の開拓者がある。
あらゆる机上の空論、砂上の楼閣が、“不可能なまま”“実現可能な理論”になる。
キャスターは、上記の空想科学スキルで新しい着想を得てから、この思想の開拓者スキルを利用し、道具作成スキルを行使する事で、現代の科学では到底作成不可能な物品の数々を創造する事が出来る。
【宝具】
『神秘は科学の明かりに照らされて(Science Fiction)』
ランク:C++ 種別:対概念宝具 レンジ:- 最大補足:-
キャスターが築き上げた、一大ジャンル、『SF』と言う概念自体が宝具となったもの。
キャスターが認識した神秘的、空想的事象・現象は、その全てが『科学的に、そして論理的に説明出来る事象・現象』へと格落ちさせられる。
即ち、相手の放つ諸々の行動から、『神秘』と呼ばれる概念が一切剥奪される。
宝具・礼装・聖典の類は全て、その貴さや理想、幻想や神秘、歴史的価値や文化的価値すら封印され、物質的な実体そのものの素材・加工から、
科学的・論理的に想定され得る威力まで規定されてしまう。相手がどんな魔術を放とうとも、それは神秘も何もない科学的な超能力に置換され、
相手が核兵器並の威力と古から積み上げて来た神秘を誇る宝具を持とうとも、その宝具から神秘性が剥奪されれば、核兵器並の威力を誇るそれにまで貶められる。
また、キャスターが認識した事象に、科学・論理的に説明出来ない『エピソード由来型の宝具』であった場合には、宝具の神秘性にもよるが殆どの場合発動不可となり、
常時発動型、或いは特攻や異常付与等の追加効果を齎すものがあった場合については、キャスターが『論理・科学的に可能』と思わない限りは全て封印される。
この宝具はあくまでも神秘が剥奪されるだけに過ぎず、形を伴った宝具や武器については、神秘こそ奪われど、攻撃や防御自体は問題なく行える。
但し、神秘が奪われると言う事は即ち、世界にしっかりと実体を伴っている物質で対処が可能になってしまうと言う事である。
神秘と追加効果・付与効果を奪われた結果銃弾と同程度の威力しか持たなくなった宝具は、防弾チョッキで対処可能となり、
刺さった瞬間に相手を体内から炸裂させる弾丸や矢であろうとも、ただの弾や矢に準拠する程度の威力しかもたなくなる。
追加効果や発動する効果が凄まじければ凄まじい宝具であればある程、この宝具は最大限の威力を発揮する事が出来、効果は凄いが元の威力はそれ程でもない宝具など、この宝具の前ではただの風車と化してしまう。
『時空機械(タイム=スペース・マシン)』
ランク:EX 種別:対時宝具 レンジ:1~∞ 最大補足:1~2
またの名を、タイムマシン。
キャスターが著した作品の中で最も有名、かつ、キャスターが作中で登場させた発明の中で最もその名の知られている装置が、宝具となったもの。
その正体は、擬似霊子転移、疑似霊子変換投射。人間を擬似霊子化させ、異なる時間軸、異なる位相に送り込み、これを証明する空間航法。
タイムトラベルと並行世界移動のミックス。つまるところ、カルデアによって行われている『レイシフト』と呼ばれる技術と限りなく近い。
この宝具の最大の特徴は、存在証明をする人物と、渡航出来る時間の範囲。この宝具使用における存在証明は、『タイムマシン』と言う概念を知っている人物、
或いは『タイムマシンの存在と実現を信じている』人間が『世界の何処かに一人でも存在するだけ』で達成される。
この宝具の発動を完全に妨げたいのであれば、それこそ人理の焼却、或いは惑星中の人間を全員殺し尽しでもしない限りは殆ど不可能に等しい。
そしてもう一つの、渡航出来る時間範囲であるが、それこそ遥か数万年先の未来、数万年前の過去にですら、この宝具は渡航出来るだけでなく、
更に並行世界及び、全く異なる世界にですらこの宝具を用いれば移動する事が可能。また、原作タイム・マシンに於いて、この宝具は空間的な移動能力を持っていなかったが、現在はキャスターの改造によって、ある程度までは自律移動する事が可能となっている。
――この宝具は通常、聖杯戦争においてマスター自身は愚かキャスターですら『ないもの』として扱っている宝具である。
時間渡航、及び並行世界への移動と言う第二魔法にかかずらうこの宝具は、発動するだけで莫大な魔力を消費し、並大抵の魔力保有量の魔術師では、
十分前の過去、先の未来に移動するだけで殆どの魔力を消費してしまう、と言う致命的なまでの燃費の悪さを誇る。
タイムマシンの使用とは即ち、マスターの破滅であり、キャスター自身の消滅とイコールであり、それ故にこの宝具は通常では使われない。
……だが、今回のキャスターのマスターである男は、ある『反則技』及びズルを用いて、このタイムマシンを利用し、聖杯戦争の参加者達に十二星座のカードを配ったと言うが……?
最終更新:2017年11月15日 21:54