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An angel〜.11

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An angel's drop








 きゃあーーー!!!


 あちらこちらから悲鳴が聞こえた。

 晶は目の前で起こった出来事に、全身を硬直させている。

 急に吐き気がこみ上げて来た。

 天地が佐部に押されて、派手に騎馬の上から落ちたのだ。


「晶、天地先輩と佐部先輩落ちちゃったよ!?」


 晶は激しい目眩に襲われた。良恵の声が遠くに聞こえる。


 ーーー天地先輩……


「あ、晶大丈夫っ!? すごい顔色悪いよ!」


 返事の無い晶を振り返った良恵は、真っ青な顔をする晶にぎょっとした。


「だ、大丈夫……」


 心配そうに顔を覗き込む良恵に頷き、グラウンドを見ると丁度佐部が立ち上がって鉢巻きを高く上げた所だった。

 次に体を起こした天地に佐部が何か耳打ちしている姿を確認すると、晶はほっとした。

 腕を気にしてはいるようだが、ひどい怪我はなさそうだった。


 良かった。


「晶、本当に大丈夫?」

「うん、もう平気」


 ドキッ……


 一瞬天地がこちらを見た様な気がした。

 ほんの刹那、交わる視線に晶の胸は熱くなる。

 心の中の澱がまた増える。










 騎馬戦も無事終わり、砂埃が舞っていたグランドも落ち着きを取り戻し始めた。

 その頃には晶の吐き気も治まってきた。


「なんか、大丈夫みたい」

「確かにさっきより随分ましだけど、それでもすごい顔色悪いよ。保健室行こう?」

「ホントに大丈夫だって」


 周囲の喧噪に顔をしかめ、良恵は頑として保健室に行こうとしない晶にため息を吐いた。


「もうっ、変なとこ頑固なんだから……」


 良恵がそう呟くとアナウンスが流れた。


『それでは、これより体育祭最後のフォークダンスが始まります。全校生徒はすみやかにグランド内に入ってください』

「あ……」

「これで最後だから。大丈夫だよ、良恵」

「じゃあ私の隣りにいなよ。ちょっとでもフラッとしたら速攻で保健室連れて行くから」

「ありがと」


 良恵に手をつないでもらい、グラウンドの中に入って行く。

 何の競技にも参加しなかったのだから、最後のフォークダンスくらいはと晶は思う。

 特に運動神経が良い訳ではないから参加希望を出さなかったが、せっかく高校生になって初めての体育祭なのだ。保健室で寝るのは気が引けた。

 ゆっくり深呼吸をすると音楽が流れ始めた。

 リズムに乗って男子生徒と手をつないで踊っていると、不思議と心の中のもやもやが薄くなった。

 気が紛れるというのだろうか。

 何も考えずに体を動かすのは効果的だという事を発見する。

 だが、踊っている相手の顔は見ていなかった。

 何人目かの交代の合図で握られた手に、晶はドキッとした。

 あの香水の香りがする。

 そして優しい声が晶の名前を呼んだ。


「晶ちゃん」

「ーーー天地……先輩……」


 顔を上げると、天地が優しく微笑んでいた。




 クラッ……


「晶ちゃんっ!?」


 晶はそこで一瞬意識を失った。

 がくりと折れる膝。

 そして遠のく意識の中、晶は次に襲って来るだろう衝撃を待っていた。

 が、ふわりと体が軽くなる。


 え?


 地面に倒れると思った自分の体が、ふわふわと宙に浮いている感覚にどうしたのかと目を開ける。


「晶っ! しっかり!!」

「良…恵……」

「晶!」


 騒がしくなる周囲。


「晶ちゃん、大丈夫?」


 すぐ頭の上から聞こえる天地の声に、視線を動かす。


 ドキン


 晶は天地に抱きかかえられていた。

 どうやら倒れそうになった晶を助けてくれたらしい。


「ーーー大丈夫、です……」

「どこが大丈夫なのよっ!?」


 良恵が泣きそうな顔で怒る。

 そこへ先生達も駆け寄ってきた。


「先生、僕が保健室まで連れて行きます」

「そうか、すまんな、天地」

「私も付いて行きます!」


 そこで晶は目を開けているのが辛くなり瞳を閉じた。

 天地の体温を感じながら、苦しいのにすごく心地良いと思っていた。
















 ひんやりとしたシーツの感触に晶は目を覚ました。


「何か飲む?」


 目を開けた晶に良恵が顔を覗き込んで尋ねてきた。

 コクリと頷く。

 ひどく喉が渇いていた。

 どれくらい眠っていたのだろう。外はまだ賑やかなようで、人々の声や放送が微かに閉じられた窓の向こうから聞こえていた。

 腕をベッドについて体を動かす。それを天地が手伝ってくれた。


「ありがとうございます……」

「顔色、まだ悪いね」

「すみません」

「晶ちゃんが謝る事ないよ」

「私が悪いんだ。朝からずっときつそうだったのに……無理矢理にでも保健室に連れてきてれば良かった……」


 水を持って戻ってきた良恵が泣きそうな顔で言った。


「良恵は悪くないよ。最近ずっと寝不足なのに、平気だって言い張って良恵の忠告聞かなかった私が悪いの」


 良恵は俯いた。

 と、そこへ


「晶ちゃん、大丈夫?」


 佐部がカーテンを開けて顔を出した。


「佐部先輩」


 佐部は晶の様子を見てほっとしたような顔をした。


「良かった、倒れた時はどうしようかと思ったけど、大丈夫そうだね」


 そしてニッコリ笑うと、良恵の腕を取って踵を返した。


「さあよっちゃん。邪魔者は退散しようぜ」

「え? あ! ……それじゃあ天地先輩。晶の事、よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げると良恵は笑顔で手を振って佐部と共に出て行ってしまった。


「え?」


 晶は手渡されたコップを握ったまま、良恵と佐部が消えたカーテンを見ていた。


「晶ちゃん……」


 ドキ……


 天地と二人だけになったことに晶は戸惑う。

 あの日、天地と玄関で別れてからこうやって二人で話すのは初めてだ。

 じっと晶を見つめる天地を見返す事が出来ず、晶は俯いたまま何も言わない。

 いや、言えなかった。

 心臓は煩いくらいに激しく鳴っていて、天地がすぐ手の届く所にいると思うだけで苦しくなる。

 どんどんと積み重なって行く心の澱。

 溜まりすぎて口から吐き出してしまいそうだ。


「君に謝らないといけない事があるんだ」


 謝る? 何を?


 晶はピクリと体を反応させる。

 そんな晶を見つめたまま、天地は続けた。


「前に、佐部と話していた時、僕は佐部と仲良くする晶ちゃんを見て嫉妬した……」


 嫉妬?


「だから、思ってもいない事を口にしたんだーーー」


 思い出されるあの日の光景。

 晶に興味がないと言っていた。あの日から、晶は苦しくてたまらなかった。

 眠れなくなったのもあの日から。


「本当は、僕だけを見ていて欲しい……佐部なんかと仲良くしないで欲しいーーーそう思って晶ちゃんのこと可愛くないだとか興味ないだとか、嘘を言って……だって、僕は……君の事が、好きだから」


 えっ?


 晶は驚いて顔を上げた。

 天地は見た事も無い程苦しそうな顔をして晶を見ていた。


 ドクン……


 今、天地は晶の事を好きだと言った。

 熱くなる顔。

 晶は心の中の澱が消えて行くのを感じた。

 はっとする。

 気付いた事が一つ。

 このままではいけないという事。

 それは、自分の気持ちに気付かなければいけなかった事だったのだ。

 ぐっと目をつぶる。


 何故、こんなに苦しいのか。眠れなかったのか。天地の言動や一挙手一投足が気になっていたのか。

 毎日天地の事ばかり考えていたのかーーー


 答えが、やっと分かった。

 鈍すぎて目眩がする。

 こんな簡単な事に、どうして気付かなかったのだろう。

 天地や良恵に言われてきた言葉が、今になってはっきりと分かった。

 そうだ、そうだったのだ。


「天地先輩……」


 かすれた声で天地の名を呼ぶ。

 それだけで思いが溢れて来る。


「ーーー私も、天地先輩の事が……好きです」


 苦しい。苦しい。

 天地の事が好きだと意識し始めた途端、胸が苦しくて弾けそうだ。

 好きという気持ちが、こんなにも切なくて幸せで、苦しいなんて知らなかった。

 すっと目の前に伸びてきた天地の手。

 晶はその手を見、その先にある天地の顔を見つめる。


「僕と、踊ってくれますか?」


 美しい天地の笑顔。

 この笑顔を、ずっと見ていたい。


「ーーーはい」


 晶がその手の上にそっと自分の手を置くと、ぐいと体を引き寄せられた。

 あの柑橘の香水の匂い。

 甘い、天地の匂い。

 気付いてしまったから。

 この思いだけは、曲げようの無い真実。

 あなたが、好きです。





                        END




あとがき

最後までお読み頂きありがとうございましたー!
天地高校3年生バージョンでした。
天地のあの可愛さは小さいからこそなんですが、思い切って男前な天地を書いてみたい!
という我が儘に付き合わせてしまったえりさんには、本当にいつも感謝です。
相変わらず最初と話しの流れだけ決めてえりさんに途中で投げ出すという暴挙。
でも今回はちゃんと最後の方書きました(笑)

そして挿絵の酷さに書いた本人がビックリ。
書けないよ、絵なんて……
でもこんな挿絵を平気でえりさんにあげる管理人の心臓には、きっと毛(剛毛)が生えてると思う。



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