チェンジ・ザ・ワールド☆
倉持9日目・No.2
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私のやんごとなき王子様
静かなビーチに二人並んで立つと、足元すぐ近くに波が打ち寄せて来て少し驚く。
暗い海はどこからが水で砂浜なのかが分かりづらい。まるではっきりしない私の心の中みたいに曖昧だ。
「静かだね」
そう言う理事長の声も静かで、私は思わず目をつぶって返事をする。
「はい、とっても」
「前に君は僕の知っている人に良く似ていると言ったのを覚えてる?」
「……はい」
気分転換にと理事長を皆が作業をしている所を見に連れ出した日、食堂で話していた理事長の同級生だった女性の事だ。
「何でも一生懸命で、真っ直ぐで、人を気遣う優しい所がとても良く似ていると言ったよね」
そう。私はその時その女性に嫉妬した。そして理事長の事を好きになり始めている事に気付いたのだ。
「僕は、その女性の事が好きだった……始めてあんなに誰かを好きになった。自分でも驚く位にね」
ふっと笑う理事長の顔は、とても穏やかだった。
チクリ……
お腹の奥の方が痛む。また私は嫉妬しているんだ。
「だけど自分の気持ちを告げる事は出来なかったんだ」
「どうして、ですか?」
聞き返してしまい、そんな自分に戸惑う。
「臆病だったから――僕は自分に自信が無かったんだ」
「そんな。理事長はとても素敵な方だと思います」
「ありがとう」
遠くに宿舎の光があって、理事長の背後からその美しい姿をぼんやりと闇に照らし出していた。その様子はとても凛としていて穏やかで、私の目を惹き付ける。
「君の事は入学した時から知っていたよ。もちろん奨学金を受けて入学した生徒は全員把握しているし、それ以外の全校生徒の事も顔と名前は覚えるように心がけているのだけど、入学願書と奨学金試験の願書に添えられた君の学園の志望動機に驚いたんだ」
そう言われて私は何を書いたかを思い出し、青ざめた。
まさかそんな私みたいな個人の志望動機を覚えているなんて。しかもその内容は……
「誰でも学園の校風や教育方針に感銘したといったありきたりな文章が多い中、君はこう書いていたんだ。『生徒の自主性を重んじ、生徒の心を育む事を第一とする貴校の教育理念を立てた倉持理事長に是非お会いしたい。そしてそのお人柄を自分自身で確かめたい』と……」
「すっ、すみません! 私ったら中学生のくせに偉そうな事を書いてしまって!」
そう、私は生意気にもこの学園の理事長を見定めたいなどと言ったのだ。信じられない! 恥ずかしい!
「ふふっ。いいんだよ、謝る事はない。僕は君のその言葉にとても心を打たれた。それで僕はもっと頑張って学園をより良くしなくてはと思ったんだからね。君に会った時に、この理事長で良かったと思ってもらいたかったから」
「ほ、本当ですか?」
「そうだよ。だから、君には感謝しているんだ。学園を守って来れたのも、きみのおかげだよ――ずっと君とゆっくり話しがしたいと思っていたのだけれど、なかなかチャンスがなくてね……今回健亮が僕の迎えに小日向さんを寄越してくれたのは本当に嬉しかった」
「ありがとうございますっ」
理事長は本当に出来た大人だ。普通なら腹を立ててもおかしくない私の暴挙を許してくれたどころか、感謝しているとまで言ってくれるなんて。子ども相手に簡単に言える事じゃない。
「君とこの数日一緒に過ごして昔好きだった人の事を思い出して、あの頃の情熱がまた僕の心の中で頭を起こして来たみたいだ」
「えっ?」
すうっと伸びて来た理事長の腕が、私の体を包み込んだ。
「りじ、理事長っ!?」
「ごめん、少しだけこのままで……」
「……」
ぎゅっとその大きな胸に私は抱きしめられたまま、驚きと緊張でぴくりとも動けなかった。
どれくらい理事長に抱きしめられていたのか時間の流れが全く分からなかったけれど、理事長の甘いコロンの香りが私の体の中に溶けてしまいそうに幸せだった。
「君は、本当に素敵な女性だ」
ため息まじりにそう言うと、理事長はゆっくりと私の体を解放した。
まだドキドキと煩い心臓に、私は恐らく真っ赤であろう顔を伏せたままじっと足元を見ていた。
だってどんな顔して理事長を見たら良いのか分からないんだもの。
「小日向さん、今日はありがとう。僕は明日帰るから、今度会うのは学園に戻ってからだね」
「はい……」
そうだ。理事長は明日の朝には島を離れる。だけど今度会うって言ってくれたのは、また私と会って話してくれるという意味なのだろうか? もしそうだったら勘違いしそうだ。だってこうやって優しく抱きしめられて優しい言葉をかけられたら、誰だって勘違いする。
―――水原さんには? 理事長、彼女にも同じ事をするんですか?
聞きたかったけれど聞けるはずも無く、私は戻ろうかと言って歩き出した理事長の隣りを歩きながら、一度も顔を上げる事が出来なかった。
まだ抱きしめられた時の感触と香りが残っている。
熱に浮かされたような感覚に、自分が完全に恋に落ちてしまった事を知った。
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