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波江9日目・No.2

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私のやんごとなき王子様














 夜の海は静かだった。

 暗くて静かで波の音と、私達の足音と声しか聞こえない空間は、私をとても落ち着かせた。


「静かですね」


 そう言うと潤君は夜空を見上げた。


「星がすごく綺麗――」


 潤君の言葉に私も夜空を見上げる。頭上には満天の星空。潤君と二人で夜空を見上げて――こんな風に散歩できるなんて、すごく嬉しい。3日前に皆で海に来た時とは全然違う。あの時は――水原さんが潤君を呼びに来て、それで……。


「先輩?」


 水原さんの事を思って、きっと私の表情が沈んだに違いない。そんな私を潤君はすぐに気遣ってくれる。いつも潤君は私の些細な心の機微を捉えてくれる。

 じゃあ水原さんには? 彼女にもやっぱり潤君は優しいんだろうか? だとしたらどうして私を海になんて誘ったんだろう。昨日、水原さんに告白されたばかりなのに。どうして私なんだろう?

 頭の中で色んな感情がゴチャゴチャと交錯する。


「先輩、どうかしましたか?」

「あ、ううん。何でも」


 心配そうに顔を覗き込んできた潤君に、私は慌てて笑顔を向けた。


「少し、休みましょうか」


 そんな私を疲れていると思ったのか、潤君が浜辺に腰を下ろした。私もその隣にちょこんと座る。

 ザザー ザザー

 波の音だけが耳に届いて心地良い。


「僕、星越学園に入る事が小学校からの夢だったんです」


 ぽつりと潤君が話し始める。


「芸能界に憧れてとかでは無いですよ? 正確には理事長に憧れたんですけど」


 小さく笑った。

「テレビで星越の理事長の特集みたいなのをやっていた時があって、その時にすごく立派な人だなって――本当に単純な感想なんですけど、そう思ったんです。きっとこの学園に通う人達の心も綺麗なんじゃないかなって。小学生だから単純ですよね、ホント」


 潤君はそう言うと少しだけ目を伏せたけれど、何となくその気持ちは分かるような気がした。あの理事長を見たら、誰だってきっと憧れる。


「それで受験して何とか合格出来て、初めて学園に来た時――感動でどうして良いか分からなくて。生徒数は少ないのに学園は広くて……戸惑ってばかりの僕を、小日向先輩が優しく案内してくれたんですよ」

「だって私、その日の担当だったから」


 当時の事を思い出す。新入生達が初めて学園を訪れてからの3日間、星越ではあちこちに案内役が配置される。少しでも早くこの学園に馴染めるようにとの、理事長の考えなのだ。


「でも、僕は小日向先輩とあの日出会えて本当に嬉しかったんです。小日向先輩、僕に『分からない事があったら、今日じゃ無くてもいつでも何でも気軽に聞いてね』って言ってくれたんですよ」


 そんな風に言った気もする。


「よく覚えてるね」

「もちろん! 僕にとってはすごく大切な思い出ですから」


 潤君が笑ったから、私も笑った。今度はすごく自然に笑えた気がする。


「それで僕はその言葉通りに、何かと先輩に教えてもらいに行きました。先輩はいつでもそんな僕に優しくて……後輩が出来たら僕も先輩みたいになりたいんです」

「潤君ならなれるよ。私なんかよりずっと優しい先輩に」


 ふいに寂しさを感じた。潤君が‘先輩’になる頃には、私はもうこの学園にはいない。


「先輩……僕達、先輩が卒業しても会えますよね?」


 私の寂しさにシンクロでもしたかのように、潤君がぼそりとこぼした。


「会えるよ……潤君が会いたいって思ってくれれば」

「本当ですか? 僕はきっと卒業してからも、こんな風に先輩の事を何かと誘うと思いますよ? 一緒に過ごして……くれますか?」

「うん……」


 潤君の声が震える。それが水原さんを連想させて、私も小さく頷いた。きっと私の声も震えている。


「少し、風が出てきましたね。体が冷えてしまわないうちに帰りましょうか?」

「うん、そうだね」


 立ちあがって服についた砂を手で払う。


「潤君、誘ってくれて有難う」

こちらこそ、付き合って下さって有難うございました」


 ぺこりと頭を下げた潤君の左手を、私は右手でそっと握りしめた。

 潤君は一瞬驚いた顔をして、その後ゆっくりと私の右手を握り返してくれた。


 そのまま手をつないで宿舎までの道を歩く。

 私は潤君に似合う人間じゃないかもしれない。それでも私が潤君を好きだというこの思いは、決して変わらない。

 波の音が少しずつ、遠ざかっていた。














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