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試合に向けて(美弦)No.3

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 「わぁーおいしそう!」

「美琴は料理上手だからね」

「これ全部美琴ちゃんが作ったの!?」

「はい。お口合うかは分からないけど」


 風呂敷から出てきたのは重箱で、中には色とりどりの総菜や何種ものおにぎり、食後の果物までが豊かにつまっていた。


「いただきまーす!」


 ともえは元気に卵焼きを手に取ると、一気に口へと運びいれた。


「おいしい!」

「本当? 良かった」

「当たり前だろ、美味しいにきまってるじゃん」


 そう言って誇らしげに美弦も料理を次々と口へと運んでいく。

 美弦は美琴の作る御飯が大好きで、昔からよくこうして庭を眺めながら練習の合間に食事をとっているらしい。

 日輪家の庭は多くの木々と花々が茂り、澄んだ池では鯉が泳いでいる。季節ごとに見せる表情が違うその庭は、見る者の気持ちを自然に綻ばせてくれる。


「ともえちゃん、元気そうで良かった」


 ふいに美琴がそう呟いた。


「ん?」

「あ、なんか笠原道場の事とか、いろいろ気にしてるみたいだから心配だって、美弦が言ってたから」

「え?」

「美琴!」


 顔を赤らめながら、美弦は急いで美琴をたしなめた。が――

 ともえの耳に入ってしまった言葉を撤回する術はない。こんな風に見えても自分の事を気にかけてくれていた美弦に、ともえの心は小さく跳ねた。


「えっと……あちらの代表は氷江さんと橘さん?」


 いそいそと話題を変えた美琴だったが、その口から零れた名にともえの眉は再びきりりと引き締まった。


「知ってるの?」

「ええ、お二人も幼い頃から笠原道場で稽古に励んでますもの」

「なーんか刺があるのよね。田舎者の私を馬鹿にしてるっていうか……」

「少し気がお強い方達ですから……でもあまり気にしない方がいいと思うわ。ともえちゃんはともえちゃんだもの」

「有難う」


 美弦と美琴の心遣いに、ともえの心はふっと軽くなった。

 思えば昨日笠原道場に行って以来、どこかずっと張りつめていた感がある。二人はそんなともえの心を感じとり、こういう場を設けてくれたのかもしれない――そう思うとともえは、感謝の気持ちでいっぱいになった。 


「あ、真弓兄さま」


 ふいに美弦がそう言って、すっくと立ちあがった。

 美弦の視線の先を追うと、真弓が廊下の向こうからこちらへと向かって来ているところだった。慌ててともえと美琴も立ちあがる。


「おや、みんなでお昼かい?」

「はいっ! 良かったら真弓兄さまもご一緒にどうですか?」

「美琴ちゃんの手料理は是非とも頂きたいんだけどね、僕はこれから大学の方へ行かなければならないから」

「えーっ!? 真弓さんって大学生だったんですか!?」

「なんだよ、ともえ。お前そんな事も知らなかったのか?」

「ははっ、ともえちゃんはまだ来たばかりだし、僕も特に話題にしてなかったからね。別にうちは名のある氏族ではないけど、学制が公布されたこともあって一応勉強もしておこうかと思ってね」


 明治の初期であるこの時代、大学で学びたいと思う人は増えて行っていた。しかし、まさにこの真弓が学力の高い人間ばかりが通う大学生と聞き、ともえはますます彼を尊敬した。


「そういうわけで、僕は出かけてくるから。美琴ちゃん、また今度ご一緒させてもらってもいいかな?」

「あっ、はい! もちろんです……!」


 そう言うと美琴は小さく頷いた。その様子をちらりとともえが伺うと、美琴の頬が朱色に染まっている事に気が付いた。

 美琴は真弓を好いている――――直観的にそう感じると、ともえは美琴の助けになりたい、と純粋に思った。


「ぜひご一緒して下さい! 私もう美琴ちゃんの料理の大ファンになっちゃいました!」

「ははは、本当にともえちゃんは元気だね」

「真弓兄さまがお勉強を頑張っている間、僕とともえさんも弓を頑張ります!」

「ああ、美弦。よろしく頼んだよ。それじゃあ、失礼するね」


 そう言って微笑むと、真弓は正門へと向かって行った。その姿を見送ると、美弦は呆れたような視線をともええと向けた。


「おい、ともえ」


 真弓がいなくなった途端、再び‘ともえさん’ではなく‘ともえ’と呼んだ美弦はどこか不機嫌そうだった。


「なによ?」

「お前さー、美琴の料理が上手い! って言ってるだけじゃなくて、お前も料理ぐらい出来る方になった方がいいぞ。女なんだからな、一応」

「むっ」

「もうっ、美弦ったら! ごめんね、ともえちゃん。美弦ってこういう所があるから……ともえちゃんは忙しいんだから、しょうがないのに……」

「美琴ちゃんが謝る事じゃないよ! ふーんだっ、私は美味しく食べる係でいいもんっ! さ、いっぱい食べて午後からもまた練習頑張るぞー!」

「やれやれ」

 美弦のため息を聞き流しながら、おにぎりを美味しそうに頬張ったともえだったが、心のどこかが僅かにきりっと痛むのを感じた。


 ――――やっぱり、美琴ちゃんみたいな完璧な子が近くにいたら、誰だって惹かれるよね。


 そんな痛みに目をそむけるように、ともえは弓へと視線を向けた。









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