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美弦の気持ち

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streetpoint

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 「おい、ともえ! 何やってんだよ」


 ともえが暴漢に襲われてから三日が経過し迎えた早朝、美弦は道場へと向かっていた。

 ともえがああなった以上、自分だけでも絶対に笠原に負けるわけにはいかないと思ったからだ。

 そしてそこで目にしたものは、まだ誰もいない道場で静かに弓を引くともえの姿だった。そして今、制止の言葉をかけた―――というわけだ。


「何って……特訓だけど?」


 悪びれもせずにしれっとそう答えたともえに、美弦は心底腹が立った。


「やめろ。今すぐ」

「何言ってるの? 試合だって近いのに」

「やめろって言ってるんだ!」


 叫ぶかのようにそう吐き捨てると、美弦はともえの手から無理やり弓を奪い取った。


「なにするのよ!」

「それはこっちのセリフだ! 足……まだ三日前やられたばっかなんだぞ!?」

「大丈夫よ。添え木して包帯でガチガチに巻いてあるんだし」

「……っ。頼むからやめてくれよ」


 ともえは余裕たっぷりだったが、それに対し美弦の声には悲壮感が漂っていた。


「これ以上なんかあったらどうするんだよ。無理するなよ」


 あまりに沈痛な表情でそう言うので、ともえも思わず押し黙ってしまった。

 美弦は自分が何にそんなに怯えているのか、未だ判断出来てはいなかった。笠原との試合が流れれば日輪の名に傷が付き、それは敬愛する真弓を苦しめる事に繋がるから――最初はそうだと思った。

 だから昨日からこんなにも苛立っているのだと思った。でも、早朝から弓を握るともえの姿を見た瞬間、それは違うと感じた。


「多少の無理くらいしなきゃ、勝てないよ……私」

「負けたっていい」


 何を言った? 自分は今、何かとてつもない事を口走りはしなかったか? 美弦は自分の口から突いて出た言葉に、己の耳を疑った。


「負けたっていい……って」

「いいんだ、負けたって」


 もう一度口からその言葉が漏れると、美弦はようやく気付いた。自分の中に生まれたこの妙な苛立ちを内包する感情の正体に。


「負けたっていい。ともえに何かあるよりずっといい」


 ともえの足元に視線を落とし、美弦は消え入りそうな声で呟く。


「美弦……?」


 心配そうに顔を覗き込んできたともえの視線を、美弦は真正面から受け止めた。


「試合に負けるくらいならいい。でももしこのままともえが無理をして、足が悪化したりしたら、僕は笠原の人間を絶対に許さない」

「笠原……って」

「言わなくったって分かってるんだ。こんな事するのはあいつらしかいない」

「…………」


 押し黙るともえを今度は美弦が射るように見つめた。


「ともえ、頼むから焦んないでよ。焦る必要なんてどこにもないだろ? だから……だから……」


 懇願だった。これはもう美弦の心からの哀願にも似た思いだ。


「分かった……ごめん」


 ともえは折れるしかなかった。美弦が心から自分を心配してくれているのが、十分すぎるほどに伝わったからだ。

 ともえのその答えを聞くと、美弦は心底安堵したように小さく息を吐く。


「よしっ! それじゃ、僕が真弓兄さまに聞いたとっておきの訓練法を教えてやる!」

「でも」

「これは弓を使わない訓練だからさ。だから今のともえでも大丈夫だよ」

「弓を使わない?」

「そう、代わりに頭を使うんだ。って、ともえの頭じゃちょっと心配だな」

「なによ! 失礼ね!」


 いつもの憎まれ口が美弦に戻ってきた所で、ともえの顔にも笑顔が戻る。


「怒るなよ。いい? それはイメージトレーニングっていうやつなんだ」

「いめーじとれえにんぐ?」


 聞いた事もない音の羅列に、ともえは小さく首をかしげた。その様を見て、美弦が悪戯っぽくくすりと笑う。


「頭の中で自分が弓を射る姿を最初から最後まできちんと描く。これを何度も何度も繰り返すと、いい情景が頭と体に刻み込まれて、本番でもいい状態へ持って行く事が出来る――らしい。真弓兄さまの話では」

「へえ! すごいね!」

「だろ? だから今日は足は使わないで、イメージトレーニングに励めよ」

「分かった」


 そう言うと、すぐさまともえは両の眼を閉じた。

 息を深く吸い、長く吐くと早速イメージトレーニングに入ったらしい。

 目を閉じたともえの顔を見て、意外と睫毛が長いんだな――などと知らず観察してしまっている事に気付くと、美弦は僅かに顔を赤らめた。

 雑念を振り払うように首を数回横に振ると、美弦は静かに的に向かった。


 日輪の誇りより、大切にしたいと思う相手への想いで心に温かさを感じながら。









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