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休息の時(真弓)No.2

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 「あら、どこからか肥だめのような嫌な臭いがしてくると思ったら、どこぞの田舎道場の弓道家さんではありませんこと?」


 演劇場の前に到着するや、開口一番、信じられない程の厭味をこれでもかとぶつけてきたのは、一度会ったら忘れない、笠原道場の橘雛菊だ。


「橘君、女性に対して肥だめのようだとは、いささか失礼じゃないか。僕にはどちらかと言えば馬小屋の臭いに感じられるが……」


 むっ……


 次にこちらも負けじと厭味を惜しげも無く披露するのは、同じく笠原道場の氷江雪人だ。

 ともえはこめかみの青筋を精一杯抑えながら、引きつった笑顔を作った。


「こんばんは、橘さん、氷江君……お二人でどちらへ行かれるんですか?」


 このやろう。人が下手に出てやったらいい気になって! 弓道はすごいかも知れないけど、こっちは田舎の野良仕事で鍛えた腕っ節があるんですからねっ! 喧嘩だったら負けないんだからっ!!


「やあ、橘さん、雪人君。仲が良いんだね。もしかしてデートかな?」


 ともえの両肩を後ろからそっと押さえながら、真弓が尋ねた。

 と、途端に氷江の顔が真っ赤になり、早口になる。


「で、デートだなんて破廉恥な。真弓さん、何を言うんですかっ! 僕達はただ寄席を楽しみに来ただけで……」

「じゃあデートじゃないか。僕とともえちゃんも寄席を見に来たんだ。ね?」

「うえっ? あ、はいっ」


 突然話しを振られ、ともえは取りあえず頷く。


「それでは真弓さんとその田舎のお嬢さんはお二人でデートという事ですの?」


 橘がこれでもかと目を見開いて驚く。


「そうなんだ。それじゃあ二人の邪魔をしたら悪いから、僕達はあっちへ行こうか」

「はい」

「ちょっとお待ちになって」


 真弓に導かれるように体を反転させた所で橘に呼び止められる。


「どうかしたの? 橘さん」

「いえ、真弓さんじゃなくてそちらの田舎娘さん……あなた、足を怪我していらっしゃるの?」


 まだ少し庇うような歩き方をしていたし、真弓がずっと手を繋いで支えてくれていたおかげでどうやら気付いたようだ。一瞬ともえは闇討ちに遭った時の事を口走ろうとしたが、咄嗟に堪えた。

 そんなともえに気付いて真弓が肩をすくめる。


「実は彼女、少し前に暴漢に襲われてね。若い男二人だったみたいだけど、犯人は解らずじまいなんだ。最近は物騒だから橘君も十分気を付けた方がいいよ……あ、雪人君がいるから大丈夫だね。じゃあね、デート楽しんで」

「ーー暴漢?」


 雪人が驚く様子を見て、ともえは恐らくこの二人の知らぬ所で画策されたのだろうと悟った。真弓が二人に向かって手を振りその場を離れると、少し遅れて


「ですから、デートなどではありませんっ!」


 という氷江の訴えが人ごみの向こうで聞こえた。それを耳にして、ともえと真弓は顔を見合わせて笑った。


 「まさかこんな所であの二人に会うなんて、びっくりしたね」


 橘も氷江もすっかり見えなくなり席に着くと、真弓はともえの腕を解放して笑った。


「びっくりどころか、本当に腹立たしいです! 人の事肥だめとか馬小屋とか!」


 怒るともえは、次の瞬間心臓が止まりそうな程驚いた。

 何故なら、真弓が急にともえの肩を抱き寄せて頭に鼻を寄せたのだ。


「まっ、まっ、まっ!!!!」


 真弓さん、何やってるんですかあっ!?

 と、言いたかったのだが、驚きすぎて言葉が出ない。

 ふと離れると、真弓は首を傾げて微笑む。


「とってもいい匂いだよ」

「ーーーーー」


 わざとやっているのか真弓の顔からは分からないが、ともえはその一言で先ほどの怒りが嘘のように引いた事に気付いた。

 真弓は優しい。いつもともえの事を気遣ってくれて、今日もこうして気晴らしに連れ出してくれた。


 ドキ……


 胸が小さく騒ぐ。

 女の子はやはり優しくされれば嬉しいものだ。ただでさえ女性扱いなどされたことのないともえにとって、真弓の一言一句、一挙手一投足全てが心を動かす。


 恋……なのかなーーー


「やはり橘さんや雪人君は知らなかったか……」


 ぼそりと呟いた真弓は、しごく真剣な表情で何やら考え込んでいるようだ。じっとその横顔を見ていると、


「あ、ともえちゃん。始まるみたいだよ」


 いつもの顔に戻り舞台を指差した。


「はい。楽しみです」


 ともえを襲った暴漢が笠原道場の門下生であろうと真弓も考えていたらしく、橘と氷江にかまをかけたのだが本当に知らないようだった。となると、犯行は直接襲った人物が独断で動いたのだろう。

 やめよう。考えても仕方ないし……

 そしてもう一度舞台に目を輝かせている真弓をちらりと見、胸を躍らせる。美琴もこの真弓の優しさに惹かれたのだろうな。などと考えていたら、寄席が始まった。







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