チェンジ・ザ・ワールド☆
休息の時(道真)No.2
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はなもあらしも
「ここって……」
ともえが連れられてきたのは、道場から少し行った場所にある演劇場だった。
街灯などないこの時代、劇場の周囲は昼のように提灯が飾り付けられていて明るい。
「うわあ、すごい人!」
娯楽の少ない中、人々は夜の楽しみの一つとして演劇場で寄席を楽しんでいた。今晩の演目は人気の噺家が何人も出るらしく、あちこちで人々が盛り上がっている。
「道真君、出かけるって寄席だったんだ!」
瞳を輝かせるともえに、道真は拗ねたように目を逸らして頷いた。
と、
「あら、どこからか肥だめのような嫌な臭いがしてくると思ったら、どこぞの田舎道場の弓道家さんではありませんこと?」
演劇場の入り口に近づくと、開口一番、信じられない程の厭味をこれでもかとぶつけてきたのは、一度会ったら忘れない、笠原道場の橘雛菊だ。
「橘君、女性に対して肥だめのようだとは、いささか失礼じゃないか。僕にはどちらかと言えば馬小屋の臭いに感じられるが……」
むっ……
次にこちらも負けじと厭味を惜しげも無く疲労するのは、同じく笠原道場の氷江雪人だ。
ともえはこめかみの青筋を精一杯抑えながら、引きつった笑顔を作った。
「こんばんは、橘さん、氷江君……お二人でどちらへ行かれるんですか?」
このやろう。人が下手に出てやったらいい気になって! 弓道はすごいかも知れないけど、こっちは田舎の野良仕事で鍛えた腕っ節があるんですからねっ! 喧嘩だったら負けないんだからっ!!
「夜でも相変わらず口だけはよく動くんだな。二人してこそこそこんな所に来て、厭味の勉強か?」
ともえがこめかみをひくつかせていると、道真が助け舟を出した。それに氷江が眼鏡を触りながら応える。
「道真君、キミこそ相変わらずの減らず口のようだ。僕達は純粋に寄席を楽しみに来ているんだ」
「へえ、笑顔で相手の悪口を言う演目が楽しみなのか。いい趣味してるな」
「そういう君達こそ一体何をしに来たんだ!」
道真に口で負けそうになった氷江は、顔を赤くして声を荒げる。
「俺達は息抜きだ。お前達と違って修行に忙しいからな。ほら行くぞ」
「うん」
背中を押され、ともえは促されるまま前に進もうとした。
「ちょっとお待ちになって」
急に橘に呼び止められ、二人は同時に振り向く。
「どうした、橘。まだ何か言い足りないのか?」
「いえ、道真さんじゃなくてそちらの田舎娘さん……あなた、足を怪我していらっしゃるの?」
まだ少し庇うような歩き方をしていたし、道真がずっと腕を貸してくれていたおかげでどうやら気付いたようだ。一瞬ともえは闇討ちに遭った時の事を口走ろうとしたが、咄嗟に堪えた。
そんなともえに気付いて道真が橘と氷江を睨むように言った。
「ああ、ちょっと前に暴漢に襲われたんだ。酷い話しだろ? どこの誰かは分からないが、若い男二人だったらしい……お前らも夜道は気をつけろよ。じゃあな」
「ーー暴漢?」
雪人が驚く様子を見て、ともえは恐らくこの二人の知らぬ所で画策されたのだろうと悟った。道真を見ると、同じように考えていたらしくチラリとともえを見て首を横に振る。
犯人、分からなくても別にいいや……なんて思ったら、道真君怒るかなあ。
「まさか橘さんと氷江君に会うなんて、びっくりしたね! しかも何よっ! 人の事肥だめとか馬小屋だとか言って!」
橘も氷江もすっかり見えなくなり席に着くと、ともえが肩の力を抜いて口を尖らせる。
「あれ?」
あまりにも突然の事に、ともえは指一本動かせないようになった。
なんと、道真がともえの髪に鼻を寄せてきたのだ。
「なっ! 何やってるのっ!?」
漸くそれだけ叫ぶと、道真はハッとしたようにともえから離れた。
「わ、悪い……いや、変な臭いなんてしないから、気にするな……どっちかって言ったら、いい、匂いだーーー」
「っ……」
ともえの心は衝撃を受けた。
あの道真が、ほんの少し顔を赤く染め、ともえの事を褒めたのだ。いや、褒めたかどうか分からないが、橘達に言われた事で傷ついたともえを慰めてくれたのだ。
「ありがとう……」
少しずつ早くなる鼓動に、ともえは道真から視線を外して舞台を見た。
こうして男の子と一緒にいる事がなかった訳ではない。安芸の道場では男だらけだし、子どもの頃から遊び相手は男の子ばかりだった。
でも、道真は遊び相手だった男の子達とはまるで違う。
何と言うか、側にいると少し緊張して、話しをすると心がざわつく。
もしかして、これが恋……なのかなーーー
「やっぱりあいつらは知らなかったか……」
ぼそりと呟いた道真は、先ほどの橘と氷江がともえの怪我について知らなかった事を思い返しているようだった。
「あ、始まるみたいだよ!」
「ああ」
賑やかになった舞台の上と、隣りに座る道真の存在にともえはときめいた。
こうした時間を持てた事。道真が何故寄せに連れてきてくれたのか分からなかったが、それでも嬉しいと思った。
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