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休息の時(颯太)No.2

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はなもあらしも














 「あら、どこからか肥だめのような嫌な臭いがしてくると思ったら、どこぞの田舎道場の弓道家さんではありませんこと?」


 演劇場の前に到着するや、開口一番、信じられない程の厭味をこれでもかとぶつけてきたのは、一度会ったら忘れない、笠原道場の橘雛菊だ。


「橘君、女性に対して肥だめのようだとは、いささか失礼じゃないか。僕にはどちらかと言えば馬小屋の臭いに感じられるが……」


 むっ……

 次にこちらも負けじと厭味を惜しげも無く疲労するのは、同じく笠原道場の氷江雪人だ。

 ともえはこめかみの青筋を精一杯抑えながら、引きつった笑顔を作った。


「こんばんは、橘さん、氷江君……お二人でどちらへ行かれるんですか?」


 このやろう。人が下手に出てやったらいい気になって。弓道はすごいかも知れないけど、こっちは田舎の野良仕事で鍛えた腕っ節があるんですからねっ! 喧嘩だったら負けないんだからっ!!


「お前ら相変わらずだなあ。よくそんなに人の悪口が次から次へと出て来るもんだ。感心する」

「そういう颯太さんこそ、口の悪さと血の気が多いのをどうにかなさったほうがよろしいのではなくて?」

「うっせーな、普通の喧嘩だったら誰にも負けねえんだよ。ほら、行くぞともえ。こいつらとしゃべってると血管がぶち切れそうだ」

「颯太君、君は弓道でも勝てないからと言って今度の試合は暴力に訴えるつもりじゃないだろうな」

「てめーらみたいに根性も矢も曲がった奴らに負けるかよ、なあ?」


 突然話しを振られ、ともえは驚く。


「えっ!?」


 うん。なんて言える訳ないでしょ、馬鹿颯太っ!

 恨めしそうに颯太を睨むと、颯太は何かに気付いたように橘と氷江をじいっと見つめる。


「そう言えば……何でお前ら二人、こんな所にいるんだ? あれか、もしかしてお前らデキてんのか?」

「なっ!? 颯太君っ! ききキミ、なんて事を言うんだっ!」


 慌てる氷江と目を剥いて首を振る橘。


「私達は純粋に寄席を楽しみに来ているんですのよ! あなた達と一緒になさらないで!」

「失礼だな、オレ達だって純粋に寄席を楽しみに来てんだぜ? あーもう面倒臭ぇな。行くぞ、ともえ」

「あ、うん。そうだね……」


 いい加減会話が成立しない事に疲れたらしい颯太がともえを促す。と、


「ちょっとお待ちになって」


 先ほどとは違ってトーンの落ちた声で橘に呼び止められる。


「なんだよ?」

「颯太さんじゃありません。そちらの田舎娘さん……あなた、足を怪我していらっしゃるの?」


 まだ少し庇うような歩き方をしていたし、颯太がずっと手を繋いで支えてくれていたおかげでどうやら気付いたようだ。一瞬ともえは闇討ちに遭った時の事を口走ろうとしたが、咄嗟に堪えた。

 そんなともえに気付いて颯太が頭をボリボリと掻く。


「ちょっと前に暴漢に襲われたんだよ。ほら、証拠もあるんだぜ」


 そう言って颯太が暴漢から引きちぎった着物の切れ端を懐から出してみせる。


「ーーまあ」

「警察には行かなかったのかい?」

「まあな」


 二人の様子に、どうやらこの件には関わっていないらしい事を知る。


「……そう言う事で、橘も気をつけろよ。じゃあな」


 そして漸く二人の前から去って行った。












 「あーびっくりした。まさかあいつらにこんな所で会うなんてな!」


 橘も氷江もすっかり見えなくなり席に着くと、颯太はともえの腕を解放して大きく伸びをした。


「びっくりどころか、本当にあの人たち口が達者と言うか、厭味が強烈なのよっ。腹立たしいったらない!」


 ともえが握りこぶしを作って震わせていると、ふと颯太がその手を引いてともえの耳元に鼻をくっつけてきた。

 あまりに突然の事に、ともえは完全に硬直した。


 なっ、なっ、何ーーーーーーーーっっ!?


 一体何が起こっているのか、瞬きも忘れていると、耳に颯太の吐息が掛かって急にくすぐったくなる。


「ちょっと颯太っ。くすぐったいっ!」


 それだけ言うと、颯太は悪びれもせずに顔を離して笑った。


「全然いい匂いじゃん。心配すんな、ともえはいい匂いだ!」

「あのねえっ!」

「何だよ、顔真っ赤だぞ?」


 それが自分の所為だとは微塵も思っていな颯太は、緊張と驚きで顔を赤くしていたともえの頭をポンポン叩く。


「もうっ……」


 ふいっと颯太の手から逃れるように体をねじると、驚く程心臓が高鳴った。

 やだ、何?

 訳も無く……いや、颯太が近くに寄って来るだけでこんなにも胸が騒ぐ。

 この感情に名前をつけるとするならば、まさに恋ーーーではなかろうか。


「あいつらは知らないみたいだったな……」


 ともえが自分の気持ちを改めて確認していると、颯太がぼそりと呟いた。ともえを襲ったのが笠原道場の人間だと目星をつけてはいるが、どうやら氷江も橘もあの様子では知らないようだ。これ以上追求のしようがなくなり、颯太は心持ち残念そうな顔をした。


「おっ、始まるみたいだ!」


 と、急にいつもの顔に戻るとともえに笑いかけて舞台を指差した。


「本当だ! 楽しみ!」


 颯太もともえも、それ以上考える事をやめた。今はせっかく寄席を楽しみに来たのだ。そちらに集中しなければもったいない。

 もう一度隣りに座る颯太を見る。

 一つ年下とはいえ、きりりとした顔立ちは男らしく、何とも頼りがいのある雰囲気をしているではないか。

 そっか、颯太って、結構男前だったんだ。

 音楽が奏でられる舞台へ視線を戻しながら、ともえは一人微笑んだ。









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