チェンジ・ザ・ワールド☆
心の奥(垂司)No.3
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はなもあらしも
美琴はともえを日輪道場まで送り届けると、また様子を見に来ると告げて家へと帰って行った。
夕食も終わり各自自室へといなくなると、ともえは一人部屋の中で考えていた。
試合まで時間がない。
そして足の怪我で満足のいく修行も出来ず、悶々とした日々を過ごしただけだった。道真が教えてくれた練習法は頑張ってやっていたが、さすがに道場で射位に立って実際に矢を射る時間はあまりにも少なすぎた。
頭の中では何度も何度もイメージトレーニングを繰り返し、一番リラックスして矢を放つタイミングは叩き込んだ。
それでもやはり圧倒的に練習量が足りないのだ。
焦る事はない――そう言ってくれた垂司の言葉が何度も何度も心を救ってくれている。それでも気を抜くとどうしても悪いことばかりが頭の中を巡ってしまう。
とうとうじっとしていられなくなり、ともえは静かに部屋を出た。
縁側から庭へと降り、少し肌寒い暗闇を月と星明かりを頼りに歩き出す。
壁伝いに屋敷を迂回すると、道場が見えて来る。しかしすぐに足を止めともえは踵を返した。道場に近づくと、どうしても弓を触りたくなってしまうのだ。
自制を効かせ立派な錦鯉が泳ぐ池の方へとそのまま進む。
「夜でも泳いでるのね……」
水面に映る月が波打って、幾重にも揺らめいた。
「月が綺麗だね」
じいっと鯉を上から覗き込んでいると、聞き慣れた声にともえは顔を上げる。
いつの間にか浴衣姿の垂司が、ともえを見下ろし立っている。
「垂司さん」
「夜風にあたりすぎないようにね。風邪でも引いたら大変だよ」
そう言うと垂司は自分が羽織っていた中羽織を、そっとともえの肩へとかけた。
「あ、有難うございます」
ふいに包まれた温かさに目を閉じると、羽織りから垂司の香の匂いが鼻腔をくすぐり、垂司に抱かれているかのような錯覚に瞬間ともえは陥った。
それがあの暴漢に襲われた日の夜の出来事を、脳裏にまざまざと思い浮かばせたが、ともえはもう動揺しなかった。自分の気持ちから目を背ける事はやめると、美琴の告白を聞いてから心で誓っていたのだ。
「眠れない?」
垂司は湖面に映る月を見ながらそう尋ねる。その横顔の美しさにともえの心が震え始める。
「焦っちゃいけないって分かってるんですけど、どうしても……」
頬が赤くなるのを感じて、思わず垂司から視線をそらした。
「負けたっていいんだよ、ともえちゃん」
「え?」
「負けた人間にしか見えない世界もある。負ける事はそんなに悪い事でもないんだ」
そう言うと垂司は何の前触れもなく背後からともえの体を抱きしめた。
「すっ、い……」
「……体がこんなに冷えてる。まだ寒い?」
垂司の腕がともえを捉え、垂司の手はゆっくりと動いてともえの腕をそっと撫でる。
「あ、あの……」
「あぁ、すまない」
ともえの戸惑いを拒絶と感じたのか、垂司はすっとともえから離れた。女心など手に取るように分かっていた垂司が、ともえに対してはどこか臆病にすらなってしまっている。垂司はそんな自分自身を内心で嘲笑った。
「さ、部屋まで送るよ。体が冷え切ってしまわないうちに」
そう言って立ちあがり、ともえに手を差し伸べる垂司。
目の前でこうして手を差し出し微笑む麗人は、無敵にすら見える。でも本当はたくさんの傷を内包しているのかもしれない。そんな風に考えると、ともえはその手を取り垂司の目を真っ直ぐ見つめて微笑んだ。