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地区予選開始

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 地区予選開始












 青春学園新レギュラーも決まり、地区予選を間近に控えたある日の放課後、和葉は乾と部室で頭を捻っていた。


「う~ん。もう少しバランスよく体力あげたいのよね」

「持久走を組み込みますか?」

「そうね。運動後のタンパク質とアミノ酸を効率良く摂りたい所だけど……」

「それなら任せて下さい」


 そう言って乾がどこからか出して来たのは例の緑色の汁。乾汁だった。


「少しずつ改良を加えているんですが、ちょっと飲んでみてもらえますか?」

「うん」


 そう言ってコップに注がれた液体をぐいっと飲む。


「ーーーっ……まっず~い! あははは」

「ーーーそんなに笑顔で不味いと言われるとは、予想していませんでした」

「そう? でもまだ飲めるから大丈夫じゃない? 私もリョーマに飲ませる野菜ジュース毎日作ってるけど、こんな味にどうやったらなるのか逆に知りたい」

「先ほど六条さんが言っていたように、体力をつけるのを考えて栄養たっぷりに仕上げているんですが……プロテインだけではあまり意味がありませんからね」

「うん、でもいくら食べ物とはいえ、食べ合わせってものがあるからね。うなぎと梅干ししかり、有史以来人類が培って来た知恵ってものがあるでしょ?」

「まあ、確かにそうですが」


 相変わらず不味い乾汁に、和葉は思わずツッこむ。

 そしてふいと乾の手元のノートを覗いてしまった。

「有酸素的持久能の季節による変動と夏季をはさんだ持久性トレーニングの効果 」

 と書かれている。

 じっとそれを見ていると、乾が気付いて和葉の方へノートを見せてくれた。


「とても興味深い資料でした」

「うん、この論文少し読んだことある」

「これから暑くなってきますから、もっといい方法を考えないといけませんね」


 ふとノートに走らせていた目を上げ、乾を見る。


「どうしたんですか?」

「あ~。いや、乾君にばっかり手伝わせてしまって申し訳ないなあと思って……」

「別に俺は好きでやっていますから」

「そうかもしれないけど……あの、私でよければ、部活の後練習に付き合うよ」


 和葉の申し出に、乾は驚いた。


「いや、でも……」

「多分、すごくいい練習になると思うけど」

「え……?」


 乾は和葉が元プロであることをまだ知らない。

 リョーマの幼なじみで、親の仕事の事情でアメリカにいた頃から2人がずっと生活を共にしているということは知っていたし、竜崎からの説明と最近行動を共にすることが多いおかげでテニスなどの知識が豊富である事は分かっていた。

 が、実際にテニスをプレイする姿を見た事はなかった。

 あのリョーマの幼なじみというのだから、恐らく自分も幼い頃からテニスをやっているのだろう。

 考えを巡らせていると、和葉が困ったように笑った。


「あ、もしかして余計なお世話だった?」

「いいえ、そういう訳では。では、お願いしてもいいですか?」

「覚悟してね。私、厳しいから」


 そう言ってノートパソコンを閉じた和葉を、乾はじっと見つめた。













 「男はやっぱダブルスでしょ!」


 突然部屋にやって来てそう言って握りこぶしを作るリョーマに、和葉は課題を解く手を止めた。


「ーーーどうしたの、急に?」


 リョーマは今日あった出来事を話して聞かせた。

 どうやら桃城とシングルス3の座をかけて勝負しようと出かけた先で、こてんぱんにダブルスで負けたらしい。

 もちろん本人の口からはこてんぱんなどという単語は出なかったが。


「なるほどね。それで桃とダブルスで借りを返そうって訳ね」

「そういうこと。ねえ和葉、ダブルスってさ、自分の目の前をうろちょろされるから目障りだよね?」

「ーーー2人でやるからダブルスって、ちゃんと分かってる?」


 呆れたと言わんばかりの顔でそう言う和葉に、リョーマは膨れた。


「知ってるよ、でもさ、やっぱりなんか上手く行かないんだよね」

「リョーマはまだしも、桃なら上手くやれそうだけど」

「なんだよ、俺ならまだしもって。桃先輩だって酷かったのにさ」


 ちぇっとそっぽを向くリョーマに、和葉は再び笑う。


「ダブルスの基本は、パートナーとの呼吸よ。あと、出来ない事を無理にやらない事ね」

「ふうん、まあ、やってみる……ねえ、和葉」

「なあに?」


 再び机に向かって課題を始めた和葉に、リョーマはベッドの上に座りながら言った。


「地区予選で優勝したらさ、何かご褒美ちょうだい」

「ご褒美? いいけど、何か欲しい物があるの? グリップテープ? シューズ?」

「違う。あのさ、俺とデートしてよ」


 和葉は目をパチクリと開けてリョーマを振り返った。

 もちろん眼鏡のおかげでリョーマにはパチクリさせているのは見えないが、そして数秒間リョーマを見つめてすぐに和葉は大笑いをする。


「あはははっ! うん、いいよ! デートしよっか」


 なぜ大爆笑されたのかは分からないが、デートの約束を取り付けられてリョーマは俄然やる気が出た。

 ダブルスでの勝利と、優勝して和葉とデートという目標が出来たのだ。


「あ、そうだ。和葉次お風呂だって」

「了解」












 風呂から戻った和葉は、自分のベッドで気持ち良さそうに眠るリョーマとカルピンを発見した。


「また寝てる」


 ゆっくり近づいてその頭をそっと撫でる。


「どうしてこうも甘えん坊かな。普段はクールで人にはツンケンしてるくせに」


 姉弟のような感覚だから、つい甘やかしてしまう。

 幼い頃からずっと一緒にテニスをして来たし、毎日のように時間を共に過ごした。

 和葉がテニスの試合に出るようになり、大学に進んだ事とリョーマの試合が重なって会えない時期が続いた所為で、寂しさの反動が出ているのかもしれない。

 地区予選。青学の通過はほぼ確実だろう。それを優勝したらデートして欲しいなどと言うのはーーー

 ふと一人の少女の顔が浮かんだ。

 竜崎スミレの孫、桜乃だ。

 とても可愛くて女の子らしい桜乃。長い髪を三つ編みにして、リョーマに憧れてテニス部に入部した。

 リョーマも顔や態度には出さないが桜乃を気に入っているのだろう。だから和葉を使って女の子と出かける練習がしたいのだと思った。


「ふふ、可愛いなあ……」


 うーんと顔をしかめて寝返りを打つリョーマを壁側に押しやり、部屋の明かりを消す。

 ごそごそと布団にもぐると、リョーマが和葉の方に再び寝返りを打って抱きついて来た。


「……リョーマ。狸寝入りしてるわね?」

「……」


 返事はないが、おそらく起きている。


「明日、私先に行くからちゃんと起きるのよ? 遅刻したらデートはなしだからね」

「え? ひどいよ。約束したじゃん」

「ーーーやっぱり起きてた」


 ヤバいと小さく聞こえた。


「遅刻は駄目。リョーマ一人じゃなくて皆に迷惑かけるんだからね」

「ちぇ……はあい。じゃあ朝食和葉が作ってよ」


 狸寝入りがバレて開き直ったリョーマが顔を上げて言う。


「倫子さんか奈々ちゃんに作ってもらってよ」

「ヤダ。母さん洋食ばっかだもん」

「私にさらに早起きをしろと?」

「でも作ってくれるんでしょ?」


 はあ……この我がまま王子様はーーー


「はいはい」


 仕方ない。早起きするか。


 和葉はくるりとリョーマに背を向け、後ろから抱きついて来たリョーマの腕を握ると、静かに目をつぶった。

 いよいよ地区予選が始まる。




                   続く…






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