チェンジ・ザ・ワールド☆
act.11(市来)
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就職難民 黙って俺についてこい!
「なんだ寝不足か? 死んだ魚みたいな目ぇしやがって」
朝一番――顔を合わせた瞬間に市来さんから出てきた言葉は、いきなりであんまりなものだった。
「まぁ、目つきに関しては俺も人の事言えねぇけどな」
本当にそうよ! 市来さんなんか出会ってから3日間、いつもどよ〜んとした目をしてるのに。
「でも女でその目はどうだ。まして美成堂の人間がだ」
うっ、おっしゃる通りすぎて返す言葉もない。
クマがびっちり浮きあがった酷い顔は、昨夜カレンに借りた本や新製品の資料を読んでいたら、寝るタイミングを逸してしまった結果。知らないことばかりで色んな事をネットなんかでも調べながら進めていたら、時間の進みが早い早い。気付いた時にはいい時間で、慌ててベッドに潜り込んだんだんけど――朝起きたら明らかにどんよりとした顔がそこにあって。
「でもまぁ、いい機会か。ちょっとそっちに立ってみろ」
そう言うと市来さんは顎で壁の方を示した。
「ここ、ですか?」
「そうだ。そのままな――」
言われるがまま壁を背にして立ち、直立不動でじっとしていると、市来さんが愛用のカメラを取り出した――ってまさか!
「あのっ、私を撮るつもりじゃないですよね!?」
「いいから黙ってろ」
黙ってられるものですか! こんな酷い顔の私を撮ってどうするのよっ! ああ、でも‘あの市来凱’に撮って貰えるのは光栄な事よねっ、ちょっと嬉しいかも〜ってそんな場合じゃないけども!
なんてくるくる回る思考を追いかけている間も、市来さんのカメラからのシャッター音は止まることなく響き続けている。
「よし、次は右手を顎に持っていけ。そう、それで指先を頬に。お、いいぞ」
気持ちは動揺しているのに、市来さんの声は頭にクリアに入ってくる。そして無意識に近い感覚で言われた通りの動作をしてしまう。これがプロのカメラマンのなせる技なのかしら。それとも市来さんの魅力? なんて事を考えていると、市来さんの手がカメラから離れた。
「よし、もういいぞ」
そう言うと私の方は見向きもせずに、今度はパソコンへと向かっている市来さんの背中越しに私もモニターを見る。今撮った写真を取り込んでいるみたい。めまぐるしく画面に現れては消えていく自分の顔……相変わらず酷い有様。それでも市来さんの腕のお陰か、多少はマシに見えるけど、でも――。
「モデルだろうが女優だろうがコンディションの悪い時ってのは誰にでもある。特に人気のある人間は忙しすぎて寝る間もないって事は日常茶飯事だ。こっちだって照明や撮り方を工夫するが焼け石に水なんてのはザラだ。今のお前みたいなもんだな」
「うっ……」
「だが今は便利なもんで、簡単に修正が出来ちまう。こんな風にな」
話している間も市来さんの手は休まずPC操作を続けている。
「っと、どうだ?」
そう言われて見てみると、モニター上の私は私だけど私じゃない――そんな写真に思わず衝撃を受ける。
「目もとの隈と肌のくすみを修正、さっき撮らせたポーズ、あれは顔のむくみが分かりにくくなるんだ。こんだけでもちったぁマシになったろ?」
「ちったぁ――というより、大分マシになってます……」
「最大限に綺麗に撮る努力はする。が、そこからさらに美しく加工しないと化粧品のポスターに使えるような吹き出物のあとも、くすみも一つとして無い完璧な肌なんて、そうそう撮れやしないからな」
「なるほど……」
そりゃそうよね、モデルさんだって人間だもん。体調悪い時があるのは当たり前、でも仕事は待ってくれない。
「で――だ。一朝一夕でカメラマンになろうなんてのは、当然ふざけてる。だがこっちの加工なら、まぁそれでもふざけた話ではあるが、まだ望みがある。努力次第で身に付けられる技術だからな」
「! は、はいっ!」
市来さんが私に何を見せたかったのかをようやく理解して、思わず背筋が伸びる。
「俺は他の仕事もあるし、お前にばかりも構ってられない。ある程度の撮影の基本を覚えたら、こっちの方を覚えてみるのもいいんじゃないか? 新製品のポスター修正をいきなりお前にやらせるバカはいないだろうが、それでも何かの役には立つと思うぞ」
「はいっ! 有難うございます!」
正直映像部を希望したはいいけど、自分にはセンスなんかないしカメラについてもド素人。私にできる事なんて、機材の荷物運び位しかないんじゃないか――なんて思う心もあったりした。でも、これなら出来るかも!
「撮影はクロマキーで行われるから、合成する背景の微妙なカラーや配置なんかはセンスも問われるトコだ。頑張れよ」
「はいっ!」
と、勢いよく返事したものの――
「くろまきーってなんですか?」
市来さんは思わず椅子から転げ落ち――そうになった。
「そ、そうか。そっからか、すげぇなお前……」
不精髭をさすりながら私を見つめる市来さん。その目が呆れて物も言えないと訴えている。
「すみません……」
思わず恥入った私を、だが市来さんは豪快に笑い飛ばした。
「いやまぁいいんじゃないか? 度胸だけはあるって事だろ? 何にも無いより、何か一つあった方が、まぁ……いいだろ」
うっ、微妙に傷つく。何にもないのに勢いだけで来ちゃった人みたいじゃない! ……まぁ事実なんだけど。でもでも! これから! 今から身に付けていくのよ! 頑張れ私!
「で、あのくろまきーなんですけど」
「ああ、そうだなクロマキーってのは――」
その後市来さんは笑いを噛み殺しながら私にクロマキーについて教えてくれた。言われてみればなるほど納得。映画のメイキング映像なんかでもよく見る、青とか緑とかの布の前で撮影して、後からCGで背景なんかを合成する手法――あれをクロマキーっていうとの事。
よく見るだけに知らなかった自分が恥ずかしい。映像部を希望しておきながらこの有様。そりゃ市来さんもビックリするよね。
他にも基本的な用語や加工ソフトの使い方なんかを私に教えてくれた後、市来さんは今日も別の仕事があるとの事で、美成堂を後にした。
「ふむぅ……」
この部屋は市来さん専用のような物で、他には誰もいない。一人きりの部屋で必死にモニターと睨みあいをしながら、加工ソフトの使い方を学んでいく。
どれくらいそうしていただろう。気付けば時刻はすっかり夕方。けどその甲斐あってか、何だか多少は身に付いた気がする。そんな満足感に浸っていると、ふいに携帯がメールの着信を知らせた。
「誰だろ」
カレンかな、なんて思いながら携帯を操作すると、メールの送信者は白波瀬さんだった。
本当にメールしてきてくれたんだ! なんてちょっと頬が緩んでしまう。だってあんな出会い方なんだもの。なんだかんだ言ってもその場限りかな〜なんて、ちょっと思ってたりもしてた。
『お疲れ様です。先日はどうも有難うございました。今晩のご予定は何かありますか? 良かったら一緒に食事に行きませんか?』
胸の高鳴りを覚えながらメールを開くと、そこにはこんな文面が躍っていて、鼓動は今度こそ完璧に早くなった。
「ど、どうしよう」
行きたい気持ちは山々! でも今日の私のコンディションは最悪――ってこんな時こそカレンよ! って私は仕事中に何を考えてるのよ〜! ……でも白波瀬さんは私と同じく化粧品メーカーで奮闘していて、しかもうちの会社の人達みたいに完璧な出来る人間! っていう感じでもないのよね……。我ながら失礼な評価だとは思うけど、あの少し気弱そうな柔らかい雰囲気がなんともいえなく安心させてくれるっていうか……。会社は違うけど、一緒に頑張れたらいいな! ってそんな風に思える相手なんだもん。
嬉しい旨を伝えるメールを打つと、ちょうど終業時刻になった。鞄をひっつかんでカレンの元へと急いだ。
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