チェンジ・ザ・ワールド☆
archaic smile.1
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archaic smile 1
「うわっ!?」
「わあっ!?」
勢いよく弾かれて、大石は後ろに倒れそうになるのを堪えた。
ドスンっ!
しかし何かが思い切り地面にぶつかる音がして、急いで足下を見る。
「だ、大丈夫っ!?」
「ごめんなさい、ちょっと急いでいたから……」
そう言って顔を上げたのは同級生の汐屋雪緒だった。
「あ、大石君……ごめん」
「いや、俺もちょっと急いでたから。汐屋さんこそ大丈夫?」
手を伸ばして立たせようとしたが、大丈夫と断られた。
「うん、私は平気……あ、時間ヤバい。じゃあ、ホントごめんね」
「うん」
汐屋は素早く立ち上がると、走って廊下を曲がって行った。
大石はクスリと笑い、再び歩き出した。
汐屋雪緒とは中等部の時から同じ学校に通っていて、顔と名前くらいは知っていた。
特別目立つ生徒ではない汐屋だが、以前大石が困っていたのを助けてくれた事があって、それ以来なんとなく気になる存在ではあった。
部活は確か演劇部だったが、本人は裏方をしているので文化祭でも舞台に上がっている姿を見た事は一度も無い。
大石が汐屋に助けてもらったのは中学に入ってしばらくの頃だった。
部活に遅れそうになって急いでいた所を先生に捕まってしまい、体育倉庫の片付けの雑用を押し付けられた。そこへ偶然取りかかった汐屋が声を掛け、何故か仕事を変わりに引き受けてくれたのだ。
時間もかかる上力もいる仕事だったのに、汐屋は何でもない風な顔で大石に「部活遅れそうなんでしょ? 代わるよ」と言ってくれた。
話した事もなかったし、名前や学年すら知らなかった汐屋を、大石が初めて知った時だった。
それ以来接点は全くと言っていい程なく、お互い言葉を交わす事なく5年も過ぎていた。
ふと足を止める。
あれ? そう言えばさっき俺の名前ーーー何で知ってたんだろう?
接点などその5年前の一度きりなのに、汐屋は先ほど確かに大石の名前を口にした。
大石は全国でもテニスの強豪校として有名な青春学園のテニス部に所属していて、学校内外でもそこそこ名は知れている。だが、運動などにあまり興味のなさそうな汐屋が知っていた事は驚きであり嬉しくもあった。
嬉しい……
何気なく出て来た感情に大石は妙な気持ちになる。
顔と名前を知っているだけの人にそんな風に思うのはもしかしたら自分は有名人だなどと自惚れているのかも知れない。
自意識過剰はいけないと、軽く頭を振って歩き出した。
汐屋雪緒とぶつかってから一週間後、大石は進路指導室に呼ばれていた。
部活は先月行なわれた全国大会が終わって引退し、今は大学受験に向けて勉強に励んでいる。
しかし、大石はどこの大学に行くかで迷っていた。
なぜなら、テニスの特待生として呼ばれている大学がいくつかあり、さらには勉強も出来るので担任からはもっとランクの高い大学を普通に受験してはどうか、という案も出されていたからだ。
テニスは続けたいと思う。プロになりたいかと言われればそこまでは考えていなくて、好きだから大学に行っても続けたいと純粋に思っていた。
しかし、自分の実力がどの程度通用するのか、ランクの高い大学を受験するのも面白そうだとも思う。
俺って結構優柔不断なんだよな。
自分の欠点にため息を吐きながら、大石は進路指導の先生と向かい合わせて座る。
「結局どうするか決めたのか?」
「いいえ、まだ迷っていて……」
「だがもういい加減決めないと、あっという間に年が明けてセンター試験が来るぞ」
「はい、分かっているんですが」
「まあ、普通に受験するにしてもお前の成績なら大抵問題ないと思うがな」
「はあ」
「テニスも続けたいんだったな」
「あ、はい」
先生が大石の進路希望を書いた紙を手に取る。
大石の紙の下にチラリと見えた名前にドキッとした。
そこには汐屋雪緒の名前が書いてあったのだ。
汐屋の進路希望を見ると、第一志望の欄に「立海大学」と書いてあった。
立海大……幸村や真田のいる立海大か?
ふと中学時代からの因縁の相手の顔を思い浮かべる。
そしてまた視線を汐屋の進路希望の紙に戻すと、第二志望の欄にはなんとか芸術大学と書いてあった。
演劇部に所属しているのだから、芸術関係の大学に行きたいのだろう。
一体どんな専門的な知識を学びたいのだろうかと考えたが、そういった方面に疎い大石には考えてもさっぱり分からなかった。
というか、汐屋がどんなものが好きなのかすら知らないのだから考えるだけ無駄だ。
「まあ、別に推薦で行った大学じゃなくてもテニスは出来るがな」
すっかり自分の進路指導を受けている事を忘れていた大石は、先生の声で我に返った。
「あ、そうですね」
「推薦で行った大学が遥かに環境も待遇もいいだろうがな」
「はい」
「う~ん。まあお前の人生だ、俺達がランクの高い大学を受験しろと言ったところで決めるのはお前だしな。もう一度ゆっくり親御さんとも話し合って、来週までには決定を出せ」
「はい、分かりました」
「よし、帰っていいぞ。あ、そうだ。お前2組の汐屋知ってるか?」
突然先生の口から出た名前に、大石は何故か焦る。
「あっ、は、はい……」
「多分教室で待ってると思うから、あいつにここに来るように伝えてくれ」
「分かりました」
言付けを頼まれ、大石はぺこりと頭を下げると進路指導室を後にした。
廊下に出て胸を抑える。
さっき汐屋の進路を覗いていたので、ばつが悪かったのだ。
まだ心臓が少し速い。
あ~、びっくりした。急に汐屋さんの名前を出すんだもんな……
えっと、2組だったよな。
少しずつ平静を取り戻し、大石は2組の教室を目指す。
何故だか足取りが軽い気がした。
階段を上がって少し歩いた教室のドアを開けると、がらんとした教室に、一人ぽつんと汐屋が座っていた。
ドアを開けた事に気付かないのか、汐屋はじっと机に座ったまま動かない。
大石は声を掛けてみる。
「えっと、汐屋さん?」
無反応だ。
もう一度声を掛ける。
「汐屋さん!」
少し大きな声で呼ぶがやはり反応がない。
おかしいと思い、大石は中に入って汐屋の横まで近づいた。
「あ……」
汐屋は机に肘をついたまま寝ていた。
静かに、ピクリとも動かずに。
起こすのに抵抗を感じたが、先生が呼んでいるから起こさない訳にはいかない。
大石はそっと汐屋の肩を叩いた。
「汐屋さん、進路指導の先生が呼んでるよ?」
ピクッ……
微かに反応を示し、汐屋がゆっくりと目を開けた。
ドキーーー
大石は何故か胸がざわついた。
ぼんやりと大石を見上げる汐屋の目はまだ半分くらいしか開いていない。
案外睫毛が長いな。などと思っていると、漸く汐屋は覚醒した。
「……あーーー大石君? ……私、寝てた?」
辺りを見回す汐屋に、大石が小さく笑う。
「うん。さっき声掛けたけど全然起きないくらい。先生が進路指導室に来いって」
「あ、ごめんね。わざわざありがとう」
「どういたしまして」
汐屋はペコリと頭を下げて教室を出て行った。
別に恥ずかしがる訳でもなく、大石が目の前にいたのに驚く訳でもなく、何事もなかったかのように去って行った。
なんだか不思議な少女だと、大石は思った。
続く…
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