疎通――少年さとり ◆6LcvawFfJA
危うく声を上げてしまいそうになり、バロウ・エシャロットは慌てて両手で口を押えた。
山を抜けてきた男目掛けて放った銃弾が、いとも容易く回避されてしまったのだ。
完全に不意を突いたはずなのに。
しかし周囲には樹木が生い茂っている。それらに隠れれば、再び奇襲を仕掛けることができる。
戦闘が長引くほどに“過去放った自らの攻撃を再び現実にできる”バロウは、優位に立てるのだ。
その考えから忍び足で移動しようとして、今度こそバロウは驚愕の声を漏らしてしまった。
「馬鹿なッ!」
男が、握っていた三日月型の剣を投擲したのである。
“バロウが身を潜めようとしていた樹木”目掛けて。
山の麓に現れた人影を発見し、微塵もこちらを警戒していない様子であったのを確認してからバロウは攻撃を仕掛けた。
にもかかわらず、既に自分の存在を知り先の行動を読んでいるかのように対応されている。
よもや、眼前の男は“能力者”なのだろうか。
そう考えた端から、バロウは否定する。
先に殺害した坊主頭の男も、口から衝撃波の様な物を射出していた。
一見老けて見えたが、制服を着ていた事から彼は中学生であったのだろうと結論付けた。
中学生でなければ、神候補から能力を授かることはないのだから。
だが、こちらを冷たい目で見ている男はどうだ。
年相応に見えない中学生を何人も見てきたが、さすがに眼前の男はとても中学生とは思えない。
どう見ても、バロウの母親と同世代である。
ならば、何故、能力者じみた動きをするのか。
現実であって欲しくない仮説が、バロウの脳内に浮かぶ。
眼前の男は神候補に能力を授かった中学生ではなく、“神候補そのもの”なのではないか。
だとすれば、勝ち目はない。
たった一つしか能力を与えられない中学生とは異なり、神候補は複数の能力を持ち合わせている。
もしそうだとすれば、勝ち目はない。
複数の能力に、さらに天界人たる神候補は高レベルの神器まで所有しているだろう。
神候補相手に立ち回れる能力なぞ、唯一ロベルト・ハイドンの保持する“理想を現実にする”能力くらいだ。
服の下で肌の表面を伝う汗が、やけに冷たい。
逃げに徹するべきだろうかと思考したバロウは、唐突に横に跳んだ。
物体が回転する音、乱れる大気の流れを察知したのだ。
先ほど男が投げた剣が舞い戻っている事実に勘付いたのは、バロウがデジャヴする神器の使い手である故。
相手が神候補ならば、同じ能力を持っててもおかしくないという考えがあった。
迫り来る剣のブーメランのような特性に気付かずして、運良く回避することができた。
されど咄嗟に跳べば勿論、体勢は崩れてしまう。
その隙を逃すまいと、初撃以来微動だにしていなかった男が疾風となる。
たったの二跳びで、加速を完了。
三跳び目で、体勢を低く落とす。
四跳び目に移る寸前、空中で戻ってきた剣を危なげなくキャッチ。
四、五、六跳び。五十メートル近くあった距離を詰め、バロウに肉薄。
体勢を立て直し切れていないバロウを見下ろし、にたりと表情を歪める。
「へへ。へへへへ」
追悼の声をかけることもせず、剣を掲げた。
「へ?」
男の漏らしていた笑い声の語尾が吊り上る。
振り下ろした剣が、バロウの右腕を覆う巨大な砲台に防がれたのだ。
一ツ星神器“鉄”。
銃口から球状の弾丸を放つ、遠距離用神器。
防御用の神器は他にあるのだが、ここまで接近されてしまえばあちらでは対応出来ない。
「ぐ……」
剣と砲台が拮抗していた時間は、ほんの数秒。
突然発現した神器に男が面食らっていた僅かな時間だけ。
すぐに少しずつだが押されてしまい、バロウの表情が歪む。
「負けられないんだ……」
天界人でこそあるが、バロウの肉体は屈強ではない。
タフではあっても、力強いというタイプではない。
昔から、彼は体を動かして活発に遊ぶのが好きではなかった。
外に出たとしても、風景をモデルにして絵を描いて楽しんでいた。
時には樹木を、時には街を、時には河を、時には母を、紙に描く。
ほんの少し前まで、そういう子供であったのだ。
だが、戦わねばならない理由が今はある。
その為ならば、忌むべき天界人としての力だって使う心積もりだ。
たとえ、母から声と音を奪った“鉄”であろうとも使用する。
「相手が神候補でもッ、僕はッ!」
負けてはならない。
彼は、何としても夢を叶えねばならないのだ。
天界人の能力を捨て人間となれば、また母が倒れる前の生活を取り戻せると信じている。
化け物のままでは、家族として愛してもらえなくとも。
と、バロウが考えた瞬間、“鉄”を押す力が急にゼロになった。
「……え?」
怪訝な表情のバロウに、問い質すように男が言う。
「妖じゃ……、人間と家族に、なれ……ない…………?」
男の顔からは、ずっと浮かべていた笑みが消えていた。
平静を取り戻して、相手を間近でじっくりと眺めることでバロウはようやく気付く。
眼前の男も、人間のような姿をしているが人間ではない。
山を抜けてきた男目掛けて放った銃弾が、いとも容易く回避されてしまったのだ。
完全に不意を突いたはずなのに。
しかし周囲には樹木が生い茂っている。それらに隠れれば、再び奇襲を仕掛けることができる。
戦闘が長引くほどに“過去放った自らの攻撃を再び現実にできる”バロウは、優位に立てるのだ。
その考えから忍び足で移動しようとして、今度こそバロウは驚愕の声を漏らしてしまった。
「馬鹿なッ!」
男が、握っていた三日月型の剣を投擲したのである。
“バロウが身を潜めようとしていた樹木”目掛けて。
山の麓に現れた人影を発見し、微塵もこちらを警戒していない様子であったのを確認してからバロウは攻撃を仕掛けた。
にもかかわらず、既に自分の存在を知り先の行動を読んでいるかのように対応されている。
よもや、眼前の男は“能力者”なのだろうか。
そう考えた端から、バロウは否定する。
先に殺害した坊主頭の男も、口から衝撃波の様な物を射出していた。
一見老けて見えたが、制服を着ていた事から彼は中学生であったのだろうと結論付けた。
中学生でなければ、神候補から能力を授かることはないのだから。
だが、こちらを冷たい目で見ている男はどうだ。
年相応に見えない中学生を何人も見てきたが、さすがに眼前の男はとても中学生とは思えない。
どう見ても、バロウの母親と同世代である。
ならば、何故、能力者じみた動きをするのか。
現実であって欲しくない仮説が、バロウの脳内に浮かぶ。
眼前の男は神候補に能力を授かった中学生ではなく、“神候補そのもの”なのではないか。
だとすれば、勝ち目はない。
たった一つしか能力を与えられない中学生とは異なり、神候補は複数の能力を持ち合わせている。
もしそうだとすれば、勝ち目はない。
複数の能力に、さらに天界人たる神候補は高レベルの神器まで所有しているだろう。
神候補相手に立ち回れる能力なぞ、唯一ロベルト・ハイドンの保持する“理想を現実にする”能力くらいだ。
服の下で肌の表面を伝う汗が、やけに冷たい。
逃げに徹するべきだろうかと思考したバロウは、唐突に横に跳んだ。
物体が回転する音、乱れる大気の流れを察知したのだ。
先ほど男が投げた剣が舞い戻っている事実に勘付いたのは、バロウがデジャヴする神器の使い手である故。
相手が神候補ならば、同じ能力を持っててもおかしくないという考えがあった。
迫り来る剣のブーメランのような特性に気付かずして、運良く回避することができた。
されど咄嗟に跳べば勿論、体勢は崩れてしまう。
その隙を逃すまいと、初撃以来微動だにしていなかった男が疾風となる。
たったの二跳びで、加速を完了。
三跳び目で、体勢を低く落とす。
四跳び目に移る寸前、空中で戻ってきた剣を危なげなくキャッチ。
四、五、六跳び。五十メートル近くあった距離を詰め、バロウに肉薄。
体勢を立て直し切れていないバロウを見下ろし、にたりと表情を歪める。
「へへ。へへへへ」
追悼の声をかけることもせず、剣を掲げた。
「へ?」
男の漏らしていた笑い声の語尾が吊り上る。
振り下ろした剣が、バロウの右腕を覆う巨大な砲台に防がれたのだ。
一ツ星神器“鉄”。
銃口から球状の弾丸を放つ、遠距離用神器。
防御用の神器は他にあるのだが、ここまで接近されてしまえばあちらでは対応出来ない。
「ぐ……」
剣と砲台が拮抗していた時間は、ほんの数秒。
突然発現した神器に男が面食らっていた僅かな時間だけ。
すぐに少しずつだが押されてしまい、バロウの表情が歪む。
「負けられないんだ……」
天界人でこそあるが、バロウの肉体は屈強ではない。
タフではあっても、力強いというタイプではない。
昔から、彼は体を動かして活発に遊ぶのが好きではなかった。
外に出たとしても、風景をモデルにして絵を描いて楽しんでいた。
時には樹木を、時には街を、時には河を、時には母を、紙に描く。
ほんの少し前まで、そういう子供であったのだ。
だが、戦わねばならない理由が今はある。
その為ならば、忌むべき天界人としての力だって使う心積もりだ。
たとえ、母から声と音を奪った“鉄”であろうとも使用する。
「相手が神候補でもッ、僕はッ!」
負けてはならない。
彼は、何としても夢を叶えねばならないのだ。
天界人の能力を捨て人間となれば、また母が倒れる前の生活を取り戻せると信じている。
化け物のままでは、家族として愛してもらえなくとも。
と、バロウが考えた瞬間、“鉄”を押す力が急にゼロになった。
「……え?」
怪訝な表情のバロウに、問い質すように男が言う。
「妖じゃ……、人間と家族に、なれ……ない…………?」
男の顔からは、ずっと浮かべていた笑みが消えていた。
平静を取り戻して、相手を間近でじっくりと眺めることでバロウはようやく気付く。
眼前の男も、人間のような姿をしているが人間ではない。
○
「そう、か……」
バロウから天界人である故に一人になった過去を聞き、男は肩を落とした。
心を読む妖、さとりである彼にはバロウの話が真実である事くらい容易に分かる。
仮に殺し合いに勝ち残りミノルの目を治してもらっても、さとりはミノルの父ちゃんにはなれない。
そう、心の底から理解できてしまった。
ここに来て、さとりは目的を失った。
力無く立ち去ろうとして、バロウから声をかけられる。
「おじさんも、人間になればいいじゃないか」
「人間に、なる」
先ほど、さとりは自分の事情をバロウに話していた。
故に、バロウは提案をする。
人間になろうとする妖という彼に、人間になろうとする化物たる彼はシンパシーのような物を感じていた。
それに、自分を追い込んださとりは強い。
二人でならば、ロベルト・ハイドンとしてこの場にいる地獄人、アノンにだって優位に立てるかもしれない。
「だけど……」
「キース・ブラックは一つしか願いを叶えないなんて言ってない。
僕だって出来ることならば、人間になるだけじゃなく母さんを治してもらいたい。
二人なら殺すのも楽になるよ。……いつかは、僕とおじさんで殺し合わなくちゃいけないかもしれないけど」
心を読むという能力を知った為、バロウは考えを隠さない。
「僕かおじさんのどちらかが、化物じゃなくなって人間と家族になろうッ」
声を張り上げて、バロウは手を伸ばした。
さとりが、提案を呑んでくれるだろうか。
心を読めぬバロウの鼓動が、どんどんと早くなっていく。
しかし、同時にこここそ命を賭けねばならない正念場とも思っていた。
似た境遇で、同じ目的。
彼以外に組める相手はいないと、バロウは実感していた。
アノンはバロウを仲間に迎えてくれるかもしれないが、それは部下としてだ。
夢を叶えることは出来ない。
共に夢を目指せる同志となれるのは、さとりだけだ。
だから、バロウは、手を伸ばす。
「へへ。いいな、それ」
そして、さとりは、手を握った。
暫し呆然としてから、バロウは大きく安堵の息を吐いた。
「ところで、おじさんは神候補なの?」
「かみ? 何言ってんだ、バロウ?」
「あれ?」
それによりやっと、バロウとさとりは異なる世界の情報について得ようとしていた。
バロウから天界人である故に一人になった過去を聞き、男は肩を落とした。
心を読む妖、さとりである彼にはバロウの話が真実である事くらい容易に分かる。
仮に殺し合いに勝ち残りミノルの目を治してもらっても、さとりはミノルの父ちゃんにはなれない。
そう、心の底から理解できてしまった。
ここに来て、さとりは目的を失った。
力無く立ち去ろうとして、バロウから声をかけられる。
「おじさんも、人間になればいいじゃないか」
「人間に、なる」
先ほど、さとりは自分の事情をバロウに話していた。
故に、バロウは提案をする。
人間になろうとする妖という彼に、人間になろうとする化物たる彼はシンパシーのような物を感じていた。
それに、自分を追い込んださとりは強い。
二人でならば、ロベルト・ハイドンとしてこの場にいる地獄人、アノンにだって優位に立てるかもしれない。
「だけど……」
「キース・ブラックは一つしか願いを叶えないなんて言ってない。
僕だって出来ることならば、人間になるだけじゃなく母さんを治してもらいたい。
二人なら殺すのも楽になるよ。……いつかは、僕とおじさんで殺し合わなくちゃいけないかもしれないけど」
心を読むという能力を知った為、バロウは考えを隠さない。
「僕かおじさんのどちらかが、化物じゃなくなって人間と家族になろうッ」
声を張り上げて、バロウは手を伸ばした。
さとりが、提案を呑んでくれるだろうか。
心を読めぬバロウの鼓動が、どんどんと早くなっていく。
しかし、同時にこここそ命を賭けねばならない正念場とも思っていた。
似た境遇で、同じ目的。
彼以外に組める相手はいないと、バロウは実感していた。
アノンはバロウを仲間に迎えてくれるかもしれないが、それは部下としてだ。
夢を叶えることは出来ない。
共に夢を目指せる同志となれるのは、さとりだけだ。
だから、バロウは、手を伸ばす。
「へへ。いいな、それ」
そして、さとりは、手を握った。
暫し呆然としてから、バロウは大きく安堵の息を吐いた。
「ところで、おじさんは神候補なの?」
「かみ? 何言ってんだ、バロウ?」
「あれ?」
それによりやっと、バロウとさとりは異なる世界の情報について得ようとしていた。
【C-2 山麓/一日目 早朝】
【さとり】
[時間軸]:紫暮&うしお戦直後
[状態]:万全
[装備]: 海月@烈火の炎
[道具]:基本支給品一式×2、ランダム支給品1~5
[基本方針]:優勝し、ミノルの目を治して人間となり一緒に暮らす。
[時間軸]:紫暮&うしお戦直後
[状態]:万全
[装備]: 海月@烈火の炎
[道具]:基本支給品一式×2、ランダム支給品1~5
[基本方針]:優勝し、ミノルの目を治して人間となり一緒に暮らす。
【バロウ・エシャロット】
[時間軸]:三次選考開始後、植木チーム戦以前。
[状態]:健康
[装備]:H&K MARK23(8/12)@現実
[道具]:基本支給品一式+水と食料一人分、月の石×4@金色のガッシュ、RPG-7(グレネード弾×5)@現実、支給品0~3(確認済み)
[基本方針]:人間になるため、最後の一人となる。
※名簿に書かれたロベルト=アノンと認識しています。
[時間軸]:三次選考開始後、植木チーム戦以前。
[状態]:健康
[装備]:H&K MARK23(8/12)@現実
[道具]:基本支給品一式+水と食料一人分、月の石×4@金色のガッシュ、RPG-7(グレネード弾×5)@現実、支給品0~3(確認済み)
[基本方針]:人間になるため、最後の一人となる。
※名簿に書かれたロベルト=アノンと認識しています。
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036:妖語(バケモノガタリ) | さとり | 105:死んだらおわり |
034:Re:Re: | バロウ・エシャロット |