卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第01話

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幕前・小さな不幸


 赤い紅い、月の下。
 片手に剣を構えた青年が、傷だらけの異形の前に立っていた。
 異形は獣面、柘榴のように炯炯と輝く朱い瞳、いくつも突き出た角を持ち、それを黒い法衣の内に収めている。
 法衣からところどころ外に覗く腕や足は、深い緑の濃い体毛によって覆われていた。

 ―――エミュレイター。

 赤い月の夜、月門を通りて人の世に降り、人を食らう化け物。異形はそう呼ばれる存在だった。
 人間の天敵。彼らにとって人間などはただの餌でしかない。命を繋ぎ、己の力をより強くするための、餌に。
 いくつもの夜を渡り、幾多の命を貪り、魂を食らってきた彼はしかし。

 今、この場において完全に”狩られる側”となっていた。

「ったく、手間かけさせやがって。こっちは久しぶりに家に帰ってしばらく羽伸ばそうとしてたんだぜ?
 それをまぁこんな夜中まで。よくつき合わせてくれたもんだな」

 声は、エミュレイターの前に立ち剣を構えて剣呑な眼つきをした青年のもの。
 エミュレイターにとって餌であるはずの人間達の中で、数少ないながらもエミュレイターに抗する力を持つ者達の一人。

 すなわち―――夜闇の魔法使い(ナイトウィザード)

 赤い月の下、低位とはいえエミュレイターを傷一つ負わず一人で追い詰めた、そいつの名前は柊蓮司といった。
 柊は剣を持たない方の手に握っている銀色のエンブレムを刻んだ板を2、3度軽く投げ上げながら言う。

「これを何に使う気だったか知らねぇが、残念だったな。年貢の納め時だ」

 侵魔は歯噛みする。
 長きに渡って準備をしてきた。あとはアレさえ手に入れれば全ての用意が整うはずだった。
 それを、たった一人の通りすがりウィザードに阻止されてしまうこと。それが腹立たしい。
 そしてそれ以上に、自分の十分の一も生きていないだろうたかが人間が自分を殺すだろうという未来が何よりも彼を激しく激情に駆る。
 しかし、現実にこの状況から自分が命を拾うのは砂漠で砂粒一つを見つけ出すのと同じほど難しいだろう。
 魔力はほぼ尽きあと二回魔法を使えるかどうか、先日まで思うがままに食らい溜まっていたはずのプラーナも存在を維持するので精一杯。満身創痍。
 この状況で逆転するのは不可能だ。せめて戦略的に転進することができればいいが、その望みも絶望的なまでに薄い。
 柊がなんの躊躇もなくエミュレイターに向けて一歩歩を進めた。
 今度こそ命を刈り取ると、その目につまらなそうな光をたたえながら。
 エミュレイターは焦る。何か。何か、この現状を打破する何かがあればせめてこの場から逃れることができるのに。何か。何かないか。

 そして―――彼は天敵に出会った狩られるもの達の中で、億に一つの可能性を握っていた。

 気づく。
 一瞬だけ頭が真っ白になった。その奇跡に彼は感謝した。
 目の前の青年に気づかれぬよう、月衣から大きめなメダルを引きずり出す。以前とあるところで手に入れた魔導具「逆巻凌(さかまきしのぎ)」だ。
 とある神の力を封じたメダルで使い捨ての上使用者のプラーナを大量に奪うが、月匣の展開に使用しているプラーナを全て集中させればそれほどの負担にはならないと目算。
 あとはうまくタイミングを計るだけ。
 青年がさらに一歩近づいた。確実にとどめをさすつもりだろう。
 おそらくはこちらが何がしかの行動をとるよりも早く、この青年は首を狩ることができるはずだと彼我の力を計算する。
 ならば。
 ほんの少しだけの隙を作り出すのみ。

「……あまりそれを粗末に扱うな。それは私のものになるのだ」
「この状況でそれを言うのかよ。よっぽどだなおまえ」
「なぜ私がここまで落ち着いていると思っている。この絶体絶命にしか見えぬ状況下で」

 つまりはハッタリだ。
 はん、と青年は鼻で笑う。

「往生際が悪いぜ。援軍が来るんならわからないはずがねぇよ、気配もなけりゃ移動音もない。まさかその二つを俺が見逃すとでも思ってんのか?」
「いいのかウィザード? 気配も風を乱すこともない移動法を、知らぬわけでもあるまい」
「空間跳躍か。残念だけどそのハッタリも無駄だぜ、前にどっかの魔王に虚属性の魔法乱打されたことがあってな。無駄にその手の感知能力が高くなっちまった。
 それに、あれは現れてから攻撃までに微妙なタイムラグがあるだろ。空間跳躍の予兆でも感じ取れば迎撃すんのは難しくない」

 余計なことを、と青年に以前魔法を乱打したという魔王に心の中で恨み言を言う。
 その間に必要な作業を全て完了させた。チャンスは一回、外せば終わる。

「では試してみよう。『ヴォーテックス・クラウド』!」

 冥属性の魔法攻撃。闇色の雲が青年の体を覆い隠し―――

「―――甘ぇよ」

 蒼い風が、その雲を一刀の元に弾き散らした。
 魔剣使いの特殊能力<護法剣>。
 魔に属する者にのみ可能となる、世界を書き換えることによる奇跡の具現である『魔法』。それをただ一振りの刃のみで弾き散らす、馬鹿げた業。
 そう。この異能の前では青年にろくな攻撃を与えられないのは分かっている。
 それでいい。これは布石。必要なのはこれを使わせることで生まれるほんの少しの隙なのだから。

 左手に隠し持っていたメダルを青年にかざす。
 妙な動きをした自分に向けて青年が返す刃で剣を振りぬく。
 月匣が消え失せてメダルに吸い込まれた。同時に強くなる常識(せかいけっかい)の抵抗力。青年の剣速がほんの髪一本分ほど死ぬ。刹那―――

 発動。

 そして、侵魔は逃げおおせることに成功した。



カウント1 みつけたらほごしてあげましょう。


 人間の世界というのは意外に面白いものだと彼女は常々思っている。
 数だけは多すぎるほどに多い人間が、退屈から刺激を求めて生み出すものの数々。そのいくつかには彼女が感動を覚えるほどのものが混じっていることもある。
 玉石混交。もっとわかりやすく言うのなら雑多な、人間の娯楽を集めたこの町を歩くのも、最近では彼女にとっての最大の娯楽の一つだ。

「ま、最近は色々面倒ごとが重なって少しばかり規制も入ってるわけだけど―――」

 なんで人間ってのは他人の楽園を壊すことにためらわないのかしらねー、と他人事のようにため息をつきながら彼女―――
 ―――裏界の現暫定一位、『蝿の女王』ベール=ゼファーはぼやいた。

 歩く町並みは秋葉原。お気に入りのゲームセンターに待ちに待った筐体が入荷されたため、華麗にストーリーモードをクリアしつつ13人ほど乱入者を潰してきたところだ。
 あぁもうしかし主人公があんだけ使いづらいって反則じゃないの? リーチ短いし動き遅いし同系の赤い白髪のが強いじゃない、と使用キャラを愚痴りつつ、お腹がすいたので知り合いのバイト先のたこ焼き屋へと向かう。……その知り合いとは立場上一回共闘しただけの敵のはずなのだが。
 妙にあちらが気を使う上にまた来てくださいね! と言われている以上行かないのも不義理だろう、と自身を納得させ最近のルーチンワーク(にちじょう)を繰り返す。
 リオンもあそこのたこ焼き好きだし。
 そんなこんなで彼女がたこ焼き屋に向かうために角を曲がったその時。

 どん、と。自分より一回り小さなものとぶつかった。

 彼女にとってはそう大きな衝撃ではなかったものの、ぶつかったものにとってはそうもいかなかったのか「それ」はころんと転がった。
 ベルは文句を言ってやろうと眉を寄せ、口を開け―――そのままそれは言葉にならずぱくぱくと空をきる。
 その理由は簡単だ。ぶつかった相手の顔が見えた、ただそれだけのこと。

(ひ……柊、蓮司?)

 黒髪ではあるものの、悪い目つき、生意気そうな顔立ちといい、ベルの前に幾度となく立ちふさがってきた宿縁の相手。
 その宿敵―――を、10歳くらいにしたような子供だったのだった。
 声にできなかったのはベルの知る彼はこんな姿ではなかったからだが、他人の空似だろうと改めて腕を組んで皮肉気に微笑みながら相手を見る。

「―――ちょっと。レディにぶつかっておいて侘びの一つもないわけ?」
「あ。悪ぃ、ちょっと急いでて―――」

 そこまで言って、相手がかちんと固まった。
 本人とは違うといえ、いつも煮え湯を飲まされている相手にそっくりな顔が鳩が豆鉄砲食らったような顔をしているのを見るのはそれなりに胸がすっとした。
 しかし。

「―――ベルっ!?」

 さすがにこの反応には目を丸くした。
 ベル、というのは彼女の愛称だ。そもそも一回としてあったことのない人間が、たとえウィザードであったとしても呼ぶことはほとんどない。
 相手は子供とはいえいくらなんでも失礼だろうと、少しだけ不満をにじませて文句を言おうとして、気づく。
 幾度となく戦った相手である宿縁の相手と、この少年。同じ属性のプラーナを感じるのだ。
 ウィザードであり、その上自分をベルと呼ぶ数少ない人間。さらに属性まで同じときた。もう十中八九間違いはない。
 ベルは、内心の呟きを今度は外に漏らすことになった。

「ひ……柊、蓮司?」


※   ※   ※


 大したことではないはずだった。
 相手は名前を持ったのが不思議に思えるほどの名前持ちエミュレイター。今まで幾度となく倒してきたレベルの相手だ。
 油断はないとはいえなかったが、それでも自身の能力への過信はしていなかったはずだ。
 つまるところ、相手に予想外の切り札があったことと、己の能力の汎用性のなさ。そんなところが今の状況を作りあげているわけで。

「……言いたいことはそれだけでいいのね? 遺言として受け取ってあげるわ」
「ちょ、ちょっと待った! 流石にそれは死ぬ! 今それ食らったら死ぬからストップ!」

 眉をひくひくさせながら、圧縮に圧縮を重ねた存在の力を今にも解き放たんとするベル。
 それを必死で止めるのは今までえんえんと状況を説明していた柊(10才児仕様)だった。
 ベルはその制止を前にさらにブチ切れる。

「どんな凶悪な相手に不覚をとったのかと思って聞いてみれば、たかが名前持ちにやられたですって……っ!?
 ねぇ、柊蓮司。アンタ自分の立場ってモンわかってるわけ!? アンタは、裏界の中でも一目どころか大量に目ぇつけられてんのよ!
 いい!? 皇帝シャイマールに金色の魔王なんて序列一位どもを倒すだのしてるから、どんな魔王もアンタの動向には色々目を光らせてんの!」
「そうなのか?」
「そうなのっ! 自覚持ちなさいこの無自覚○○野郎!
 なにより許せないのは、あたしの計画をことごとく破ってきたウィザードであるアンタが! たかが名前持ちのシェイプシフトごときに不覚をとったってことよ!
 なによそれっ!? あたしの計画は名前持ちの行き当たりばったりの行動に負けるって言いたいのねぇアンタどうなのっ!」

 ヒステリックに叫ぶベルに首をがっくんがっくん揺らされながら、柊はなんとか落ち着かせようと試みる。

「お、落ち着けベル! そもそも俺は倒されたわけじゃねぇし! 逃げられただけだからなっ!?」
「……アンタ、そんな姿にされてそんなこと言うわけ?」

 今度は逆に呆れたようにじと目になるベル。
 それも当たり前といえば当たり前だ。柊は白兵戦特化のウィザードである。それが体そのものに呪いをかけられているのだ、いつもと同じように戦えるはずもない。
 それに対して、しかし柊は平然と答えた。

「こんな姿ったって、まだ剣は握れるしな、戦えないわけでもない。なんとかするしかねーだろう」
「アンゼロットにでも連絡取っちゃえばいいじゃない。アンタがなんとかする必要はあるの?」
「……あいつがこんな俺を見て、何もしないと思うか?」

 なんだか暗い背景を背負いながら言う彼に、ちょっと同情するベル。
 そうなのだ。あの守護者がこの状況をみればノリノリで柊にランドセルを背負わせるなり写真会なりするだろう。
 世界の危機が差し迫っていなければ、彼女は遊ぶ方を優先させる。ほぼ確実に。それをわかっているからこその柊の判断だった。涙が出そうである。
 アンタも大変ね、と呟いて、彼女はそれで? とたずねた。

「そいつ、アンタの体を小さくしてから逃げちゃったんでしょ? あんたの手の届かないようなところまで逃げちゃってたらどうするのよ」
「それはない……と思う。
 あいつは今力を大幅に失ったままだから、あのまま裏界に帰るわけないと思うし、手近なところでプラーナ摂取でもするんじゃねーかと。
 月匣解除と一緒に走って逃げやがったから、まだそう遠くには行ってないし―――何より、あいつの欲しがってたコレはまだ俺の手の中にあるしな」

 そう言って、彼が見せるのは銀色の板。それには何かしらのエンブレムが刻まれている。
 ベルはそれをまじまじと見ると、ふぅん、と言った。

「何かしらこれ。確かにある程度魔力は感じるけど、そんなに大きな力を秘めてるようにはとても思えないんだけど」
「なんだ、お前もわからねぇのか」
「うっさいわね、興味のないものなんかわかるわけないでしょうが」

 ベルのその言葉に納得する柊。
 彼女にとって『興味』―――ものごとが面白いかどうか、というのは彼女にとってなによりも巨大な原動力になるのだ。
 そんなことでちょっかいだされる側としては洒落にならないのだが。
 ただ、と彼女は続ける。

「あたしにわかるのは、コレが魔王復活の糸口に直接なったりするってわけじゃないことくらいかしらね。
 大方、なんかの封印の一部とかなんじゃない?」
「なるほどな。ってことは、余計これを狙ってくるってことか」

 銀色のプレートをまじまじとながめて、月衣ではなく懐にいれる柊。
 それを見て、ベルは呆れたようにため息をつく。柊の言う『敵』は、彼の話ではよほどこの板に執着を抱いていたはずだ。
 探知する手段の一つ二つ持っているはずであり、それを月衣にいれないということは彼自身の位置を相手に知らせることでもある。

「アンタ、馬鹿じゃないの。それがどういうことなのかわかってる? 自分で囮にでもなるつもり?」
「それくらいしか考えつかなくてな。そもそもこんな人通りの多いところにエミュレイター逃がしちまったのは俺の責任だ。
 そんなことより他のウィザードも月匣感知してるかもしれないし、早く逃げたほうがいいんじゃねぇのか?」
「なんであたしがウィザードごときの動向を気にしなきゃいけないのよ」

 柊の懸念にふふん、と鼻を鳴らすベル。
 これでも彼女は裏界の大公。敵対するウィザードでも同属である侵魔でも、蝿の女王の名を知らぬ者などいるはずもない。
 知らぬ者なき実力者。その自信があるゆえにこその言葉だった。
 柊はそれに辟易しつつへいへい、と呟いて背を向ける。

「こっちは人目を気にしないわけにゃいかねぇもんでな。そろそろ行かせてもらうわ」
「待ちなさい」
「なんだよ、ここの代金なら払ってやるからさっさと―――」

 言って、伝票を取って会計に向かおうとする柊の手をとって、ベルが妖艶に―――悪く言えばオモチャを見る視線で言う。

「待ちなさい、と言ってるでしょ。性急に過ぎると男が泣くわよ」
「何の話をしてんだ。っつーか、なんなんだよ」

 繋がれている手を見て食傷気味に言う柊に、ベルはいっそすがすがしいほどに笑顔で告げた。

「今日一日、付き合って」

 落ちる沈黙。
 柊はぴったり15秒固まった後、間抜けな声を上げる。

「―――は?」
「今日一日、付き合って」
「一言一句同じ台詞繰り返すなっ!?」

 そうだそうだー、コピペだと思われたらどーすんだー(棒読み)。
 閑話休題。
 なによ、とベルは嗜虐的な笑みを浮かべながら答える。

「だから、今日一日付き合いなさいって言ってるの。アンタ確かここの生まれでしょ? この辺の面白いこととか知ってるんじゃないの?」
「なんで俺がお前の観光案内に付き合わなきゃなんねーんだっ!?」
「だって面白そうじゃない。アンタにもメリットはあるわよ?
 どうせ情報収集とか異変感知とかの類は苦手でしょ、あたしなら町一つ分くらいは軽いもの。付き合ってくれたら、その手伝いくらいはやってあげなくもないわよ?」

 それに、と彼女は切り札を切る。

「今のアンタの状況、アンゼロットに写メールの一つも送ったらどうなるかしらね?」
「謹んでその申し出を受けさせていただきます」

 直角お辞儀。
 アンゼロットさん、素行を改めないからこんなことになるんだと思います。まる。
 それでいいのよ、と胸を張り、ころころと笑いながらベルは言った。

「まぁ、アンタを見下ろせるなんて状況はこれから先はなかなかないでしょうし、一日面白おかしく付き合ってもらうわ。
 せいぜいきちんとエスコートすることね?」
「……お前は俺に何を期待してんだ」
「決まってるじゃない。面白いこと、よ」

 その顔は、少女には似合わぬほどに妖艶で、しかし彼女には非常に似合っていた。



カウント2 ほごしたらぜったいにめをはなさないようにしましょう。


 柊は呆れたようにたずねる。

「なによ柊蓮司、今ちょっとかなり悩んでるんだから話しかけないでくれる?」
「大魔王が大判焼きの中身をどうするかで本気で悩んでんじゃねぇよっ!?」
「うるっさいわねあたしはいつでも全力投球なのよっ!?」

 柊に紹介されたのは近くの大判焼き屋台。
 子どもの頃から買い食いしていたところで、値段もリーズナブルであり、大通りにない隠れた名店である。
 こんなところにこんな店あったのね、とむしろ感心したらしいベルは大判焼き屋のメニューを見て、真剣に悩みだしたのだ。

「やっぱり定番のあんこにするべきかしら、いやでもチャレンジャー精神満載のマヨベーコンとかバジルトマトとか肉じゃがも捨てがたいし。
 あぁでも大判焼きって言ったらちょっとした変化球だけど結構人気の高いカスタードとか白あんも、チョコレートクリームとかも……」
「おーい、聞いてんのかよベルー?」
「うるさい黙れ。アンタはちょっと飲み物でも買ってきなさい、お茶よ。緑茶以外買ってきたら殺すわ」
「……へーい」

 まだかかりそうだ、と考えた柊はその言葉に素直に頷く。

「……っていうか、絶対アレは俺への協力忘れてるよなぁ」

 ため息とともに、近くの自販機で緑茶とスポーツ飲料のペットボトルを購入。月衣に放り込む。
 もともと期待してはいないが、ちょっとくらいは義理を果たしてくれてもいいような気はする、とは思う。
 まぁ、魔王に義理だのなんだのの感覚があるかは分からないが。柊自身も確かに感知自体は苦手とは言え、視界に納めた場所程度までなら月匣を感知できる。
 ベルを案内しながら町を見回っているものの、今のところ月匣が目に入ったことはない。
 よって、今のところエミュレイターが月匣を張っている様子はないといえると思うのだが……ともかく、油断してはならないと思いなおし、ベルの方を見た。
 そこには、ベルをナンパしようとしているのか声をかけている学生の姿。
 ベルは完全に無視しているものの、学生はしつこく言い寄っているのが分かる。
 まずい。あれはまずい。何がまずいってあの学生の命がまずい。
 ベルの目に剣呑な光が宿るのを感じ、彼はもう一つため息をついた。


※   ※   ※


 ベルはかなり今イライラしていた。
 とりあえずカスタードとあんを両方買うことは決定した。あとはバジルトマトにしようかマヨベーコンにしようかオニオンペッパーにしようかで悩んでいた。
 そこで絡んできたのがこの男だ。
 なんかぺらぺらと話をしていたようだが、こっちは悩んでいるのでいる。まったく耳に入っていなかった。
 それが癪に障ったのかなんなのか知らないが、貧弱な命のくせに命令口調で話しかけるのみならず強引にそちらを向かせようとしていたのだ。
 怒りを滲ませながら、子蝿にすらわかるように言ってやる。

「―――あなた、うるさいわ」

 彼女のわずかばかりの慈悲の心すら解さず、相手はまだなにかぴーちくぱーちく言っている。
 しかたない。存在の差が見ても分からないのならこの世から存在そのものが消えてしまってもいいだろうと、手のひらに存在をいじるための力を集めた、その時だった。

 ―――男の姿が、物理的に消えた。

 ベルが瞬きをしたその刹那のことであるため、彼女も何があったのかを見損ねた。
 彼女の横から犯人……いつの間にやらお茶のパシリから帰ってきていた柊がため息まじりの息を吐く。

「……お前な、腹立ったからってソレはさすがに物騒すぎるだろ」
「―――何をしたの?」
「単に足払ってすっ転ばしただけだよ、ほら」

 つまらなそうに彼の指す先にはすねを押えて転がる学生服の男が倒れている。
 あら、と呟いてベルは微笑む。

「私に声をかけるのなら、それ相応の対応をしてもらわないと困るっていうのを体に覚えさせてあげようと思っただけよ?」
「あとかたもなくなったら覚えるも何もねぇだろうが」
「お人よしねぇ。そんなあなたを―――彼らがおまちかねよ?」

 彼女は楽しそうに指差す。柊もわかっていた。ベルに声をかけていたのは少年一人、しかし同じ制服の少年達が近くに5、6人いて、ベルに声をかけている少年を見ていた。
 さっきベルに声をかけてきたのは使いっ走られた哀れな少年だったのだろう。
 少年達は今彼らのまわり―――というか、柊を取り囲むように集まっていた。
 なんでこう厄介事に巻き込まれるかな、と内心思いつつため息。
 相手はもう因縁つける気まんまんである。誰にともなく子ども相手に大人げねぇなぁ、と呟いて、柊は正面の少年にたずねる。

「あー……なんか用か?」
「なんか用か、じゃねぇっ! 人のツレになにしてくれてんだこのガキ!」

 やっぱりそう返ってくるよなぁ、と内心のボヤキ。知らん顔してそのまま逃げるという案をボツ。
 ベルの方はといえばカスタードとあんとベーコンマヨにすることに決定して完成をこころまちにうきうきしている。悪魔かあの女、と思いつつ言葉に出さず心にしまう。
 アレを邪魔すると今度はあの魔法が柊に向く。よってベルを引っつかんでそのまま逃げ出す、という選択肢もボツ。となれば彼にできることはあと一つ。
 あーあ、と呟き柊は彼らに告げた。

「先に言っておくけど、声かける相手は選んだ方がいいと思うぞ。あと……」

 自分達よりも小さな子どもの忠告を聞くことなく、柊になぐりかかろうとした少年の一人が―――唐突に後ろに吹っ飛ばされる。
 少年の目に映らぬ速さで顔面に飛びヒザ蹴りを叩き込んだ柊は、着地と同時に残りの少年達に向けてため息とともに言葉を続けた。

「……ケンカ売る相手もな」

 体躯が変わっていたとはいえ、幾度となく生死をわける戦場に放り込まれてきた経験が彼を裏切るはずもない。
 それがたかがちょっと大きいだけの少年達が挑んで勝てるはずもないのだった。合掌。
 ベルはそんな光景を見つつ緑茶でできたてつぶあん大判焼きを一人優雅にぱくつくのであった。







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