卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第02話

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カウント3 まわりにちゅういしましょう。


「たいした化け物っぷりじゃない。あれなら下級侵魔の一匹二匹程度軽く倒せるんじゃない?」

 ベルはそう妖艶な笑みで尋ねる。
 あれだけの動きができるのならいつもと同じ戦いができるはずもないという心配は無用なのではないか、という意味である。
 彼女は先ほどさっくりと自分よりも大きな少年達を片付けたことを揶揄して言っていたのだが、柊は半眼で答える。

「……そういうことはほっぺたについてるカスタード取ってから言えよ魔王サマ」
「えっ、あ! う、うるさいわね柊蓮司のくせにっ!」

 言われて気づいたベルがあわててカスタードを拭うのを見て、こういう仕草だけは女の子っぽいのになー、と内心思いつつ柊は答える。

「そうでもねぇよ。リーチも違う、スタミナも落ちてる、瞬発力は……まだマシか。軒並み弱くなってんだ。
 まぁ、剣持てないほど筋力が落ちてたわけじゃねぇのが不幸中の幸いってトコだろうな」

 ぐっと拳を握って、開く。彼は身一つで剣を振り回して旅するのを生業とするフリーのウィザードである。
 歴戦、と誰が見ても認めるほどの月匣(せんじょう)を渡り歩いてきた割にどこに所属するわけでもなくふらふらと風のように世界を巡り渡る柊は、自分の体調には敏感だ。
 無論、無茶も無理もしなければならない時はある。
 しかし平時においての管理は万全にしなければ有事に対応するのが難しくなるのは事実にして当然だ。
 だからこそ、彼は意外に自分の体調や状況は正確に判断しておくようにしている。

 嘘がつけないのはたまに傷、と言うべきだろうか。
 ベルはふぅん、と言って目を細める。

「珍しく弱気じゃない」
「そうでもないと思うけどな。単に正確な判断してるだけで」
「正確な判断ねぇ。

 ―――つまり。アンタを殺すなら、このチャンスを逃すのはもったいないってことよね?」

 そう、酷薄な瞳で彼女は柊を見た。

 大魔王、『蝿の女王』、裏界の大公と、様々な称号や異称を持つベール=ゼファーは、しかし何度もこの目の前の現在ちびっ子化したウィザードに煮え湯を飲まされている。

『赤星の右座』こと<星を継ぐもの>。
『星詠みの王』こと<魔王>ディングレイ。
『滅びを撒く白闇』こと<魔王>皇子。
『世を食らう暴食』こと奈落魔王。
『金色の魔王』こと、<裏界一位・大公>ルー=サイファー。
『滅びの光』こと、<皇帝>シャイマール。
『目覚めさせるもの』アウェイカー。
 この一年だけで柊が戦い、滅びに関与し、あるいは彼自身が倒したものの名である。
 もちろん彼だけの功績ではない。しかし、これだけの無茶で派手な戦跡をかざるウィザードは、近年とんと現れなかった。
 ウィザードから見れば、アンゼロットに使われて情けない姿をさらしているところが強く印象に残るものの、腕の立つ、それ以上に頼もしい味方。
 しかし、侵魔側から見ればその名は侮蔑と畏怖に満ちている。裏界の上位者の計画をことごとく蹴散らし邪魔してまわる、闇を払い神すら殺してみせた最悪の敵。
 ルー=サイファーやシャイマールの信望者の間では憎悪のまなざしを向けられていて、またそれ以外にも名を上げる絶好の対象でもある。
 ベルとしても、何度も計画を潰してくれたウィザードである。その因縁は深い。

 しかし柊は、心底不思議そうに答えた。

「なんだよ珍しいな、お前が俺に忠告するなんて」
「な。
 あ、あんた何言って―――」
「何って、お前は弱ってる相手を襲うとかそういうの趣味じゃないだろうが。
 趣味じゃないことは死んでもやらねぇのがお前じゃねぇか。本気で手を出す気はねぇんだろ」
 本気で不思議そうな柊の声に、ベルの顔が紅潮する。
 確かに本気でここでやりあう気はなかった。それは認めよう。ちょっとばかりからかってやるつもりだったのだ。
 それがまさか、こっちの性格を読みきった返しをされるとは思っていなかった。予想外の事態に、ベルはぱくぱくと酸素を求める金魚のように口だけを動かす。
 そんな彼女の様子に気づいた様子もなく、柊は苦笑しながら答える。

「まぁ、手に負えなくなりゃ逃げるさ。お前に心配されるまでもねぇよ」
「し、心配なんかしてないわよっ! バカじゃないの柊蓮司っ!
 いいっ!? 今のは単にこのあたしの計画をぽこぽこ潰してるアンタが、他の誰かにやられたら許さないってだけの話なんだからねっ!? わかってるっ!?」
「ん? それ以外の意味とかあるのか?」
「あ―――あるわけないでしょうがっ!」

 心底不思議そうなこの男の言動が、今すぐ制限解除ヴァニティワールドをぶち込んでやりたいほど腹立たしい。
 ベルは内心の動揺をなんとか抑えようと必死だ。
『落ち着け、落ち着くのよベール=ゼファー。柊蓮司がそういう男だっていうのは言うまでもなくわかってることじゃない。
 そう、とりあえずスピットレイから順繰りにだんだん威力高い魔法叩き込んで最後はディバインまでっていう前やった虚属性の天版みたいなのやりたくても我慢よ我慢』
 とかいう羽目になっているベルに、柊がその手を掴んだ。

「ベルっ!」
「って……なにすんのよこのバカっ!」

 思いきり右手を振りぬいて頬を張る。なんだか面白い音を立ててほっぺたをはられるものの、彼はおかまいなしにベルを掴んで路地裏に隠れた。
 何をするのかともう一度右手を振りかぶった瞬間、柊が慌てて静止する。

「待て! っつーか待ってくれ頼むからっ! ほら、アレ! あれ見ろよっ!」

 やけに必死な静止にベルがそちらを向くと、そこには長身痩躯の男の姿。
 蒼き月の神子、真壁翠の使徒・羽戒時雨である。
 色々と柊に因縁がある存在であり、その上侵魔に対しては容赦がない。おそらくはそのためにベルを隠す形で路地裏に隠れたのだ。
 ベルはしかし不機嫌そうに唇を尖らせ、柊に言う。

「なによ、あたしがアレに負けるっていうの? あの程度の男が、このあたしに傷一つでもつけられると思って?」
「別にお前が弱いとかは一言も言ってねぇだろうが。そうじゃなくて、お前があいつと鉢合わせたらそこで面倒だし、お前放っておいたらまた騒ぎになるだろうが」
「騒ぎになったってアンタには関係ないでしょう」
「大アリだ。人に一日エスコートしろって約束させたのはどこのどいつだよ」

 不満そうに言った彼女に、ため息をつきながら柊はそう答えた。
 時雨がくればベルがまた騒ぎを起こす。それをわかっているからこそ、彼女を不快にさせないために―――ベルが戯れにさせた約束を守るために、こんな行動をとったのだ。
 ……ベルと柊が一緒にいるところを見られれば問答無用で柊も襲われる、ということや柊自身が今の自分の姿を見られたくない、という考えもなかったとは言わないが。
 もっとも、その理由すらも結局先の理由に帰結するのだからあまり変わらないと言えば変わらない。
 ベルは人間の欲望や願望を利用するのを好む魔王である。そのためか、自分に向けられるストレートな正の思いにはかなり弱い。
 それが殺意や敵意、害意といったものなら慣れたもの。むしろそれすら利用してやろうという気持ちもある。
 だがしかし、めったに向けられることのない純粋な好意や優しさの類にはめっぽう弱い。真壁翠やアゼル=イヴリスに弱いのもこんなところが原因だろう。

 ベルは完全な不意打ちにあ、う。と意味不明な言葉をしばらくうめいて頬を赤く染めると、ふんっ、と鼻を鳴らして腕を組むと言った。

「……これだから、柊蓮司は」
「なんだよ」
「別にっ! まぁ、アンタの顔を立てて今回だけは騒ぎ起こさないでいてやるわよ」

 へいへい、と呟いて柊は再びため息。時雨が行き過ぎるまで待つ。

「そういえば、なんで時雨がここにいるんだ?」
「あれ、アンタ知らないの? もう一つ向こうの角の店って真壁翠のバイト先の一つよ?」
「ってぇ、俺が行ったらまずいだろうがっ!? 仕方ねぇ、回り道するぞ」

 そう言うと、彼はベルの手をとって路地裏を進み出す。
 それはエスコートというには乱暴すぎて、どちらかというと手のかかる妹を引っぱる兄のような仕草だったが。
 不思議と振りほどく気にならず、ベルはされるがままにしていた。

 その手は、なんだかやけに暖かい気がした。



カウント4 たのしくあそんであげましょう。


「ほらほらほらほらきたわよ来たぁっ!」

 大魔王ベール=ゼファー、ガッツポーズ。
 がこん、という音とともに落ちたのは―――なにやら丸っこい、デフォルメされた人型のぬいぐるみ。
 それを柊はじとっとした目で見ている。
 その視線に気づいたのか、ベルは小首を傾げながら問うた。

「なに? 不思議そうな顔して」
「いや……お前本当にゲーム好きだよなって思ってよ」
「あら、それはそうよ。長い間生きてると刺激が欲しくなるものなの。特に自分の命が脅かされてない状況だとね。
 そのへんは人間もそうでしょう?」
「さてな。俺の場合、刺激だらけの人生って言っても過言じゃねぇ。
 できるなら何も起こらないのが一番なんだけどな、刺激が欲しいと思うのは慣れからくるもんだ。
 自分にないもの欲しいと思うから欲しがるんだろうが……そのへんはいまいちよくわかんねぇわ」
「あなたにとっては、それが日常でしょうからね。うらやましいわね、刺激だらけの人生。
 まぁ、守りに入ってばっかりのウィザードの戦いなんてあたしの性に合わないでしょうからすぐ飽きそうだけど」
「おいおい。飽きたっつってやめられねぇんだぞ、こっちは」

 苦笑しながらそう言う柊に、ベルがぬいぐるみを両手で掲げてくるくる回りつつ月衣に突っ込みながら答える。

「そうでもないでしょう、夜闇の魔法使い(ナイトウィザード)
 激しい戦いの中で、心が折れる者もいる。守る意義を見失い、絶望に堕ちる者もいる。力に見入られ、魔道に迷い込む者もいる。
 それは同じコインの表と裏。やめようと思えばいつでもやめられるのよ。あっけなく。
 あれだけ殺人的なスケジュールで任務をこなしてきているんだもの。あなたはその真実を知っているはずでしょう?」

 口元には悪魔の微笑み。言葉には甘い毒。
 やめたいと一言でも口にすればそれを言質に悪魔の取引をする気が見て取れるほどの、蟲惑的で柔らかな問いかけ。

 しかし、それにも柊はただ肩をすくめただけ。

「残念ながら。ウィザードになってからこれまで、一度もこの場所から降りたいなんて思ったことはなくってな」
「……いち、ども?」

 その言葉に逆にベルが目をしばたかせるほど。
 強烈な経験をしていればこそ、苛烈な戦場に立たされればなおさら。そこに対して恐怖を抱かないはずがないのだ。
 あわてて問う。

「おっかしいんじゃないのアンタっ!? 痛いのを気持ちいいとか言っちゃうヘンタイとかっ?」
「誰がだよっ!?」
「だって……痛いのが好きとかそういうのでなきゃおかしいでしょう? 今まで一度も怖いと思ったことがないとは言わせないわよっ!
 アンタの前に立ちふさがってきた魔王がどんな連中か、身をもって知ってるでしょう?」

 その威を知るがゆえに、ウィザードと魔との力の差を知るがゆえに。理解できないとたずねるベルに、一つため息。
 あぁ、とそれに対してなに一つ逡巡することなく、柊はそれを肯定した。

「当たり前だろ。俺だって痛い思いはしたくないし、魔王連中と戦ってて怖くなかったなんて言えるわけもねぇ。
 けど―――それとウィザードを降りたいって思うことって、別だろ?」

 苦い表情とともに柊は問い返す。
 痛みもある。苦しみもある。喪失感も、恐怖も、傷もある。
 それでも彼は、戦場に立ち続ける。その場から降りたいと思ったことなどないと彼は告げる。
 なぜか、とベルが問えば、彼はどこか困ったように頭をかきながら答えた。

「だってなぁ……みんなが幸せになるために一人が貧乏くじ引くのって、やっぱ間違ってると思うんだよ。
 戦うのは覚悟がある奴であるべきだし、何も知らない奴は知らないままで幸せでなきゃおかしいだろ。
 そもそも諦めんのが速すぎるんだよ。他に方法見つける前から切り捨てる方向で動いてたら、切り捨てなくていいものまで切り捨てることになっても文句言えないだろ。
 だったら最後までみっともなかろうが足掻いてもがいて、最後の最後まで手を打ち続けたら何とかなることだって、結構あるんだってわかっちまったからな。
 一度でもそうやって救えたものがあるんだ、次も、その次もって欲張ろうとしてるだけだ。

 俺がそうしたいから、欲張るために体張ってるだけだ。
 怖いのも痛いのもごめんだが……俺が納得できる方法で結果を得るためにやってんだ、それに文句なんぞつけられるわけもねぇだろ」

 やりたいことだからこそ、痛いのも苦しいのも乗り越えられる、と。そいつはそう言い切った。
 それでベルも気づく。
 おそらくは、この人間にとっては負けることなんかよりも、殺されることなんかよりもずっと、ずっと。

 ―――自分の守ると決めたものが守れないことの方が、怖いんだということを。

 言葉は、自然に出た。

「わかってはいたつもりだったけど……」
「なんだよ? いきなり笑い出して」
「アンタって本当に頭が悪いわね、柊蓮司」
「結局それかよっ!?」

 ツッコミをいれる自分よりも小さな宿敵の手をぐいっと引っ張ると、ベルはゲームセンターの奥へと進んでいく。
 今度は柊があわてた。

「ちょ、ちょっと待てよベルっ!? エスコートすんのは俺って話じゃなかったのかよっ!?」
「気が変わったのよ。こっちはアンタに連敗続きなの、せめてゲームで晴らさせなさいよ馬鹿」
「って、待てぇっ!? 俺ここ一年筐体なんぞ触ってねぇんだってのっ! どんなゲームがあんのかも知らないのに勝てるわけねぇだろうがっ!?」
「知ったことじゃないわよそんなの。それに―――」
「それに?」
「あたしが絶対勝てるから、楽しいんじゃない」
「おいこらテメェっ!?」

 そんな問答をしながらも、相手の話を聞くことなく、ベルはずるずると引きずっていく。

 ……言うまでもないことだが。
 柊は、格ゲーでもクイズゲーでも音ゲーでもレースゲーでもシューティングでもパズルゲーでも勝てなかったという。



カウント5 げんきにみおくってあげましょう。


「情けないわねぇ」

 ころころと。鈴音のような声で笑うベル。丸いテーブルの対面に突っ伏しているのはもちろん柊だ。

「……なんで一年見てないだけでこんなにゲーム変わってんだよ。
 格ゲーくらいなら勝てるかと思ってたけど、おかしいだろ各キャラ3スタイル制になってたりバランスブレイカーな新キャラがいたりストライカー制なくなってたりとか」
「パズルやクイズではさすがに勝てると思ってなかったみたいね」
「シューティングと音ゲーも無理だろ。ありゃある程度は反射でなんとかなるが、こっちは初見だぞ。暗記ナシと一回でも見たことがある奴じゃ難易度段違いだ」
「よくわかってるじゃない」

 微笑んで、苺のジェラートをぱくりと口にする。
 ゲームセンターでひたすらヘコまされた後、近くのジェラート専門店でまたも柊がおごることになっていた。今日一日でかなり痛い出費である。悲しいことに。
 ベルからすれば大好きなゲームに勝った後の報酬だ。おいしくいただかなければバチが当たる。当てるのは誰か知らないが。
 あー、となんだかバテたように突っ伏していた柊。

 そう、だらしない子供の姿をさらしていた彼が―――不意に視線を鋭くさせ、がばりと身を起こした。

「―――きた」
「……そのようね。腹立たしいことに」

 ベルが無粋な相手に苛立たしげな表情を浮かべる。
 つい先ほどまで彼女は完全に忘れていたものの、柊はこの町に逃げ込んだエミュレイターを逃がさないためにここにいる。
 そして、柊もベルも近くに月匣が張られたのを今感知した。
 柊は財布から札を一枚取り出してべし、と伝票に叩きつける。

「ベル、これでなんとか払っとけ。釣りは好きにしろ」
「……エスコートの約束は?」
「お前なぁ、まったく手伝いしないで約束もなにもねぇだろうに……。
 まあいいや。終わったら付き合ってやっからどこかで待ってろ」

 それだけ告げて、彼はきびすを返して店を出る。
 ベルは不満げに眉を寄せ、苺ジェラートをもう一口。
 さっきまであんなにも蕩けながら苺の甘みと香りを口の中に振りまいていたジェラートが、急に冷たいだけの塊になったような気がして、一つため息。

「……あの馬鹿」

そう言って。彼女は伝票と一枚の紙を持って会計に向かった。
戻ってきたなら、骨の髄までレディの扱いを覚えさせておくのがいいかも知れない、なんて調教方法を考えながら。


※   ※   ※


 店を出たベルは空間を渡り、大きなビルの屋上へと移動する。
 屋上に誰もいないことと、誰の視線もないことを確認し、月衣から愛用のコンパクトを取り出した。
 魔王の持つ鏡がただの鏡であるはずもない。これは『遠見のコンパクト』と呼ばれる、望む映像を呼び出すための魔道具である。
 彼女は暇、というものを何よりも嫌う。
 自分になによりも嫌いなヒマを与えた相手を覗き見して、帰ってきたらイヤミたっぷりに文句を言ってやろうと思ってのことだ。
 そうしようとコンパクトを開いて―――彼女は驚愕に目を見開いた。

 数々の魔王を下してきた神殺しが。いくつもの世界の危機を救ってきたウィザードが。彼女の計画を何度も潰してきた魔剣使いが。

 ―――たかが名前持ちの侵魔によって、膝を屈している光景があった。







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