カウント6 昨日より今日、今日より明日
前からにやにや笑いと共に放たれる直射型の光の矢。
体の痛みを無視して、右前へと跳んでかわし―――
体の痛みを無視して、右前へと跳んでかわし―――
侵魔が、左の人差し指を引く。
―――かわそうとした時、月匣にあらかじめプログラムされていたシステムが発動。着地予定地点から鉱石じみた槍が突き出される。
悪い予感を感じ取ると同時に空中で何とか身をひねり魔剣を下に向けて振りぬく。がぎんっ、と硬質な音が響き、串刺しを狙う槍から何とか逃れ―――
悪い予感を感じ取ると同時に空中で何とか身をひねり魔剣を下に向けて振りぬく。がぎんっ、と硬質な音が響き、串刺しを狙う槍から何とか逃れ―――
侵魔が、くるりと人差し指を回した。
―――逃れて、完全に空中で体勢を崩した柊を、同じく鉱石に似た、彼の横合いからいきなり出現した人ほどの太さはある柱が、ビリヤードのキューのように打ち抜く。
なんとか魔剣を盾に体をかばうが、圧倒的な質量による衝撃までは緩和できない。空中では踏ん張ることもできず、成す術もなく吹き飛ばされる。そこへ。
侵魔が、再び光の矢を解き放った。
あまりの衝撃に手放しかけた意識を意思で強引にねじ伏せ、魔剣を振るう。
なんとか魔剣を盾に体をかばうが、圧倒的な質量による衝撃までは緩和できない。空中では踏ん張ることもできず、成す術もなく吹き飛ばされる。そこへ。
侵魔が、再び光の矢を解き放った。
あまりの衝撃に手放しかけた意識を意思で強引にねじ伏せ、魔剣を振るう。
頭に直撃する軌道の光の矢を、先端が当たるのを感じてそのまま首を振って受け流す。
心臓を撃つ光の矢を、魔剣を振るって弾き散らす。
わき腹を貫く光の矢の軌道を、魔剣でそらす。
心臓を撃つ光の矢を、魔剣を振るって弾き散らす。
わき腹を貫く光の矢の軌道を、魔剣でそらす。
しかし、それが限界だ。
急に変質した体の感覚と、元のままの頭の感覚がかみ合わない。空中で体勢は最悪。そんな状態で雨のごとき掃射から逃れきるのは無理に過ぎた。
光の矢が、肩を、腕を、足を貫く。一つ一つの傷は小さく、焼きぬかれているため血も出ないが、確実に動きが鈍くなっていく。
急に変質した体の感覚と、元のままの頭の感覚がかみ合わない。空中で体勢は最悪。そんな状態で雨のごとき掃射から逃れきるのは無理に過ぎた。
光の矢が、肩を、腕を、足を貫く。一つ一つの傷は小さく、焼きぬかれているため血も出ないが、確実に動きが鈍くなっていく。
「ぐ、ぅ……っ!」
光の矢に撃たれたことでさらに体勢を崩し、背中から地面に叩きつけられた。
すぐさま立ち上がろうとして、意識がぐらりと揺らぐ。
さすがに首の動きだけで光の矢を受け流すのは無理があったのか、軽い脳震盪を起こしたようだ。
起き上がることはできても立ち上がるのは難しく、魔剣を突き立て膝をつきながら、それでも敵の動向だけは見逃さぬよう目線だけは侵魔を見据える。
そんな様子を見て、侵魔は嘲った。
すぐさま立ち上がろうとして、意識がぐらりと揺らぐ。
さすがに首の動きだけで光の矢を受け流すのは無理があったのか、軽い脳震盪を起こしたようだ。
起き上がることはできても立ち上がるのは難しく、魔剣を突き立て膝をつきながら、それでも敵の動向だけは見逃さぬよう目線だけは侵魔を見据える。
そんな様子を見て、侵魔は嘲った。
「くくく。なかなか不様な姿じゃないか、柊蓮司」
「……ガキ相手じゃなきゃ、強がれもしねぇ弱小エミュレーターが。フルネームで、呼ぶなっつーの」
「なんとでも言え。お前がここで死ぬことに代わりはない。それどころか、今の貴様は私に一太刀すら浴びせることは叶わん」
「たいした自信じゃねぇか、勝負に絶対はねぇんだぜ?」
「勝負になるのならな。
しかし、これは確定した未来だ。貴様は私に触れることすらできずに負ける。
これはすでに確定していることだ―――これまでの貴様の全てを知っている私には、貴様のあがきなど無駄にしかならん」
「……ガキ相手じゃなきゃ、強がれもしねぇ弱小エミュレーターが。フルネームで、呼ぶなっつーの」
「なんとでも言え。お前がここで死ぬことに代わりはない。それどころか、今の貴様は私に一太刀すら浴びせることは叶わん」
「たいした自信じゃねぇか、勝負に絶対はねぇんだぜ?」
「勝負になるのならな。
しかし、これは確定した未来だ。貴様は私に触れることすらできずに負ける。
これはすでに確定していることだ―――これまでの貴様の全てを知っている私には、貴様のあがきなど無駄にしかならん」
絶対の優位を確保した侵魔は、笑みをたたえたままそう告げた。
柊は体がいまだうまく動かないことを確認してから、時間稼ぎの意味も含め、侵魔にたずねる。
柊は体がいまだうまく動かないことを確認してから、時間稼ぎの意味も含め、侵魔にたずねる。
「確定した未来? 笑わせんな。『日記』でも持ってるってのかよ。
あと―――てめぇが俺の何を知ってるって?」
あと―――てめぇが俺の何を知ってるって?」
眼光は鋭く。
まさに射抜くという表現に相応しく、貫くような瞳に睨まれた侵魔は無意識に一歩退る。
それに気づいた瞬間、彼は顔を紅潮させ、ふん、と余裕を見せ付けるように鼻をならし胸の内の動揺を隠すようにしゃべりだす。
まさに射抜くという表現に相応しく、貫くような瞳に睨まれた侵魔は無意識に一歩退る。
それに気づいた瞬間、彼は顔を紅潮させ、ふん、と余裕を見せ付けるように鼻をならし胸の内の動揺を隠すようにしゃべりだす。
「ク―――強がるのもそのあたりにしておけ。
貴様は『逆巻凌』の影響下にある。貴様の肉体がこれまで体験してきた経験は私の手の中にある。
次の行動など手に取るようにわかるのだ、動きの全てが読まれている状況では何をしても無駄と知れ」
「俺の経験……? なんだそりゃ。別に今までのことなんて忘れてねぇぞ」
貴様は『逆巻凌』の影響下にある。貴様の肉体がこれまで体験してきた経験は私の手の中にある。
次の行動など手に取るようにわかるのだ、動きの全てが読まれている状況では何をしても無駄と知れ」
「俺の経験……? なんだそりゃ。別に今までのことなんて忘れてねぇぞ」
その言葉に、侵魔は笑みを深くする。
「は。なんだ、噂は本当のようだな。柊蓮司、貴様は本当に頭が―――」
「悪いって言うんだろうがっ!? お前みたいのまで知ってるってどんだけその噂広まってんだっ!? 裏界中か!?」
「当たり前だろう。今更何を言っている」
「今更ってなんだよ今更ってっ!?」
「悪いって言うんだろうがっ!? お前みたいのまで知ってるってどんだけその噂広まってんだっ!? 裏界中か!?」
「当たり前だろう。今更何を言っている」
「今更ってなんだよ今更ってっ!?」
閑話休題。
侵魔は笑みを深めたまま答える。
侵魔は笑みを深めたまま答える。
「冥途の土産に一つ講釈をしてやろう。人間というのは、我々とは異なり肉の器 と精神 、魂 を持つ。
我々は肉の器を持たない。もともとが精神体だからな、そんなわずらわしいものを持とうとすら思わん。
ともあれ。
通常は、外と中と本質は一つとなって人間を形成し、時を重ねていく。貴様らの言葉で言うところの経験や成長といったところか。
『逆巻凌』は外・中・魂のうちの肉体の経験のみを奪い、戦闘力を奪う魔道具だ」
「あ? お前が言うには体と心と魂ってのは一つなんだろ、その中で肉体の経験だけなんて奪えるのかよ」
「それを成すのが魔導具の魔導具たる所以だ。貴様の体から経験、すなわち成長そのものを奪い私の手にする。それが『逆巻凌』の力だ。
我々は肉の器を持たないゆえに実感としては理解できんがな。
人間は『体が覚える』という表現を使うらしいではないか。経験からくる、肉体がとる反射行動。
考えるでなく感覚が捉えるでもない完全なる反射行動。それは肉体に蓄積された経験からくるものだろう」
我々は肉の器を持たない。もともとが精神体だからな、そんなわずらわしいものを持とうとすら思わん。
ともあれ。
通常は、外と中と本質は一つとなって人間を形成し、時を重ねていく。貴様らの言葉で言うところの経験や成長といったところか。
『逆巻凌』は外・中・魂のうちの肉体の経験のみを奪い、戦闘力を奪う魔道具だ」
「あ? お前が言うには体と心と魂ってのは一つなんだろ、その中で肉体の経験だけなんて奪えるのかよ」
「それを成すのが魔導具の魔導具たる所以だ。貴様の体から経験、すなわち成長そのものを奪い私の手にする。それが『逆巻凌』の力だ。
我々は肉の器を持たないゆえに実感としては理解できんがな。
人間は『体が覚える』という表現を使うらしいではないか。経験からくる、肉体がとる反射行動。
考えるでなく感覚が捉えるでもない完全なる反射行動。それは肉体に蓄積された経験からくるものだろう」
つまり、と侵魔は答えを口にした。
「これまで貴様が経験した戦闘において成された肉体の行動経験、それは全て私の手の中にある。
それさえあれば、貴様がどのように動くかを逆算し、あらかじめ月匣に仕掛けを作っておくことなどたやすい。
体が小さくなったのは、いわば副作用にすぎん。お前が頭で考えた行動も、お前の体の経験あってこそだ。
これまでの経験全ての記録があるのなら、貴様が次にどのような行動をとるかなど手にとるようにわかる。わかったか?
―――貴様に勝ち目など、万に一つもないということを」
それさえあれば、貴様がどのように動くかを逆算し、あらかじめ月匣に仕掛けを作っておくことなどたやすい。
体が小さくなったのは、いわば副作用にすぎん。お前が頭で考えた行動も、お前の体の経験あってこそだ。
これまでの経験全ての記録があるのなら、貴様が次にどのような行動をとるかなど手にとるようにわかる。わかったか?
―――貴様に勝ち目など、万に一つもないということを」
要はこれまでの体の受けた経験を奪うことで、そのデータを解析してどういう時にどういう行動を取るかを知られている、ということだ。
相手が次に何をしてくるかがわかるのなら、いかに戦う力に差があろうともそれに対して対処ができる。
まして、この月匣のルーラーは侵魔である。先にトラップや仕掛けを作っておくのは造作もない。
そんな話を聞きながら、ようやくある程度体が動くようになったのを確認し、柊は立ち上がって大きく深く息をつく。
相手が次に何をしてくるかがわかるのなら、いかに戦う力に差があろうともそれに対して対処ができる。
まして、この月匣のルーラーは侵魔である。先にトラップや仕掛けを作っておくのは造作もない。
そんな話を聞きながら、ようやくある程度体が動くようになったのを確認し、柊は立ち上がって大きく深く息をつく。
「……なるほどな、タネはわかった。土産ついでにもう一つ聞くぞ、そのなんとかって魔導具は。お前を斬れば、効果なくなるのか?」
「今の保有者は私だからな。
逆に言えばそれ以外に解除法はない、なんとかここから逃げ出して、守護者にでも連絡をつける気かも知れんが……そんなことを許すとでも思うか?」
「は。バカ言うな、あいつに今の姿さらすくらいなら異世界すっ飛ばされて魔王ぶった斬るほうが気が楽だぜ。
それに。
―――勝ち目が0ってわけでもないしな」
「今の保有者は私だからな。
逆に言えばそれ以外に解除法はない、なんとかここから逃げ出して、守護者にでも連絡をつける気かも知れんが……そんなことを許すとでも思うか?」
「は。バカ言うな、あいつに今の姿さらすくらいなら異世界すっ飛ばされて魔王ぶった斬るほうが気が楽だぜ。
それに。
―――勝ち目が0ってわけでもないしな」
大きく腰を落とし。大きく右足を後ろに退り。両手で魔剣を握って体よりも後方下段に構え。ただ強く侵魔を射抜く瞳とともに。
―――まるで会の時を待つ矢のように。
―――まるで会の時を待つ矢のように。
言葉と立ち居振る舞いからは、相手は傷だらけの子供には見えはしない。
侵魔は魂を鷲づかみにされる悪寒を味わい、しかしその悪寒を彼は首を振ってそれをなんとか引き剥がす。
声を張り上げることで、自身を鼓舞し、魔法を放つ。
侵魔は魂を鷲づかみにされる悪寒を味わい、しかしその悪寒を彼は首を振ってそれをなんとか引き剥がす。
声を張り上げることで、自身を鼓舞し、魔法を放つ。
「なにを馬鹿なことをっ。貴様の動きの全ては私の手の中だっ、勝ち目など与えんっ! 死ね、<マテリアルシュート>っ!」
同時。
侵魔の前に生まれるのはダーツほどのサイズの鉱石の矢。数は15。それらが柊目掛けて一気に飛来、襲いかかる。
15本の矢は結構な間隔をあけて放たれた。群れを方向を変えることでかわすよりも、自身に当たるものだけを弾き前に進むと予測は答えを出した。
魔剣を跳ね上げた瞬間に地面を隆起、槍と成して貫く仕掛けの起動準備を整える。
侵魔の前に生まれるのはダーツほどのサイズの鉱石の矢。数は15。それらが柊目掛けて一気に飛来、襲いかかる。
15本の矢は結構な間隔をあけて放たれた。群れを方向を変えることでかわすよりも、自身に当たるものだけを弾き前に進むと予測は答えを出した。
魔剣を跳ね上げた瞬間に地面を隆起、槍と成して貫く仕掛けの起動準備を整える。
しかし。
柊は、魔剣で矢を弾くことはしなかった。ただまっすぐに進んだだけ。
体を貫く鉱石の矢。
動きに支障がでる箇所だけ斜線からずらす。
矢の先端がもぐりこみ、発射の勢いのまま体内を抉り、同じように体の中をくぐりぬけて貫ききる。
ぱたぽたと血が雫となってこぼれて跡を刻む。痛みを飲み込みながら、前へ。
柊は、魔剣で矢を弾くことはしなかった。ただまっすぐに進んだだけ。
体を貫く鉱石の矢。
動きに支障がでる箇所だけ斜線からずらす。
矢の先端がもぐりこみ、発射の勢いのまま体内を抉り、同じように体の中をくぐりぬけて貫ききる。
ぱたぽたと血が雫となってこぼれて跡を刻む。痛みを飲み込みながら、前へ。
ごくり、と侵魔の喉が鳴る。
悪寒。そうとしか思えぬものが背筋を這い上がる。
歯を食いしばり、まだ無駄になったわけではない仕掛けを発動する。
その仕掛けの一歩前で、彼は体一つ分横へ飛び、槍は空を貫いた。
まるで罠が見えているかのようなその動きに、悪寒が再燃する。
悪寒。そうとしか思えぬものが背筋を這い上がる。
歯を食いしばり、まだ無駄になったわけではない仕掛けを発動する。
その仕掛けの一歩前で、彼は体一つ分横へ飛び、槍は空を貫いた。
まるで罠が見えているかのようなその動きに、悪寒が再燃する。
柊は別に罠が見えているわけではない。
これまで放たれてきた仕掛けが設置型のものであると侵魔自身が言ったこと、そして仕掛けは侵魔がトリガーを引かない限り発動しないとこれまでの戦闘で理解している。
この月匣におびき寄せられてから、幾度となくいくつもの仕掛けを受け続けたのだ。仕掛けの配置と種別程度は理解している。
あとは最短のルートで考える時間も与えぬまま叩き斬るだけ。
これまで放たれてきた仕掛けが設置型のものであると侵魔自身が言ったこと、そして仕掛けは侵魔がトリガーを引かない限り発動しないとこれまでの戦闘で理解している。
この月匣におびき寄せられてから、幾度となくいくつもの仕掛けを受け続けたのだ。仕掛けの配置と種別程度は理解している。
あとは最短のルートで考える時間も与えぬまま叩き斬るだけ。
経験とは今この瞬間も積み重ねられるものだ。
昨日より今日、今日より明日。今までの自分を奪われたのなら、今からの自分を叩きつけるだけ。
前へ、前へ、前へ、もっともっと、前へ。
その意思だけを目に宿し、ただ全力で走り抜ける。
昨日より今日、今日より明日。今までの自分を奪われたのなら、今からの自分を叩きつけるだけ。
前へ、前へ、前へ、もっともっと、前へ。
その意思だけを目に宿し、ただ全力で走り抜ける。
こ、の。と呟いて、侵魔は剣指を振り下ろす。
「潰れろっ!」
言葉と同時に柊は上に視線を向ける。
頭上には、巨大な鉱石の槌。柊はこの距離まで侵魔に近づいたことはない。初見の仕掛けだ。
一つ舌打ち。
プラーナを解放、さらに加速。槌の範囲から逃れた。
侵魔まではすでに数歩の距離。たとえ動きを読まれていたとしても先に到達しさえすればそれで勝てる。
頭上には、巨大な鉱石の槌。柊はこの距離まで侵魔に近づいたことはない。初見の仕掛けだ。
一つ舌打ち。
プラーナを解放、さらに加速。槌の範囲から逃れた。
侵魔まではすでに数歩の距離。たとえ動きを読まれていたとしても先に到達しさえすればそれで勝てる。
実のところ、柊の方もほとんど余裕はない。
最初の鉱石の矢を魔剣で受けなかったのは、『いつもの自分ならする行動』をしないことで相手の目を撹乱するため。
これまで何度も何度も魔法を受け、鉱石に打ちのめされてきた。子どもの体で魔剣を振り回し続け、体力もとっくに限界を迎えている。
これ以上のダメージを受ければ再び立つのも難しい。回復手段を持っていない以上、この交錯で決めなければならない。
今の槌は相手がご丁寧にも上からくるということを宣言してくれたからこそ回避できた一撃。そう何度も幸運は続かない。
それがわかっているからこそ、彼も一刻も早く決着をつけるために、わき目をふる余裕もなく、駈ける。
最初の鉱石の矢を魔剣で受けなかったのは、『いつもの自分ならする行動』をしないことで相手の目を撹乱するため。
これまで何度も何度も魔法を受け、鉱石に打ちのめされてきた。子どもの体で魔剣を振り回し続け、体力もとっくに限界を迎えている。
これ以上のダメージを受ければ再び立つのも難しい。回復手段を持っていない以上、この交錯で決めなければならない。
今の槌は相手がご丁寧にも上からくるということを宣言してくれたからこそ回避できた一撃。そう何度も幸運は続かない。
それがわかっているからこそ、彼も一刻も早く決着をつけるために、わき目をふる余裕もなく、駈ける。
侵魔は猛烈な悪寒に襲われる。
彼を恐れさせたのは、彼があらかじめ作っておいた仕掛けをことごとく柊がかわしていくことだ。
まさか相手はこちらが何をするか読めているのではないか?
なまじ自分が読めるがゆえに生まれる疑念。
ありえない、と理性が叫ぶ。しかし一度生まれた疑念は雪だるまのように膨らんでいく。
彼は圧倒的な恐怖に心を鷲づかみにされながら。この抵抗さえも無駄なのではないかと恐れながら。それでも、その圧倒的な恐怖と疑念から逃れるために、叫ぶ。
彼を恐れさせたのは、彼があらかじめ作っておいた仕掛けをことごとく柊がかわしていくことだ。
まさか相手はこちらが何をするか読めているのではないか?
なまじ自分が読めるがゆえに生まれる疑念。
ありえない、と理性が叫ぶ。しかし一度生まれた疑念は雪だるまのように膨らんでいく。
彼は圧倒的な恐怖に心を鷲づかみにされながら。この抵抗さえも無駄なのではないかと恐れながら。それでも、その圧倒的な恐怖と疑念から逃れるために、叫ぶ。
「ち、近づくなぁっ! <ラグナロック、ライト>ぉぉぉぉっ!」
侵魔が目を閉じたまま、破れかぶれに放つのは属性融合高位魔法。
目を灼くほどの陽光よりもなお強い光と、地獄の底からあふれでたような深遠なる暗い闇が渾然となった光の玉が放たれ―――はじける。
爆光。
あまりに至近距離で放たれたため、柊は完全には反応しきれない。できたことといえば光に目を灼かれぬように隠し、ありったけのプラーナを放出すること。
反射的にそれらができただけ、彼は膨れ上がる光に飲み込まれた。
目を灼くほどの陽光よりもなお強い光と、地獄の底からあふれでたような深遠なる暗い闇が渾然となった光の玉が放たれ―――はじける。
爆光。
あまりに至近距離で放たれたため、柊は完全には反応しきれない。できたことといえば光に目を灼かれぬように隠し、ありったけのプラーナを放出すること。
反射的にそれらができただけ、彼は膨れ上がる光に飲み込まれた。
焼かれる。切られる。貫かれる。砕かれる。打たれる。
ありとあらゆる方向から放たれる圧力によって、絶叫すら消し飛ばされる。
どこが痛いのかもわからない。小さな体に残されたプラーナなど、瞬時にかき消すほどの爆圧の嵐。
それでも彼は。その、滅びの爆光の中を。
ありとあらゆる方向から放たれる圧力によって、絶叫すら消し飛ばされる。
どこが痛いのかもわからない。小さな体に残されたプラーナなど、瞬時にかき消すほどの爆圧の嵐。
それでも彼は。その、滅びの爆光の中を。
―――駆け抜けることだけはやめなかった。
光を抜けた。
そこは、すでに刃 の間合いだ。
ラストチャンス。今にも崩れそうな体を、たった一度の攻撃に全てを賭けて意志のみで振り回す。
そこは、すでに
ラストチャンス。今にも崩れそうな体を、たった一度の攻撃に全てを賭けて意志のみで振り回す。
「いっけぇぇぇぇぇぇっ!」
体を軸に、思い切り魔剣を振り回し―――斬撃の手ごたえを感じながら、意識を手放した。
幕間 空を行くもの全ての主 <Beal-Zephyr>
赤い紅い、月の下。
そこにいるのは、力なく倒れている傷だらけの子供と―――腰を抜かしている、腕のない侵魔。
柊の正真正銘最後の一撃は、侵魔の腕を切り飛ばしただけに終わった。
すでに限界を迎えていたところに属性融合魔法など食らえば、この程度の損傷でいるのが奇跡とも言える。
魔法の範囲内を走り抜けたために最も短い時間で済んだわけなので、その疾走は無駄ではなかったのだが。
そこにいるのは、力なく倒れている傷だらけの子供と―――腰を抜かしている、腕のない侵魔。
柊の正真正銘最後の一撃は、侵魔の腕を切り飛ばしただけに終わった。
すでに限界を迎えていたところに属性融合魔法など食らえば、この程度の損傷でいるのが奇跡とも言える。
魔法の範囲内を走り抜けたために最も短い時間で済んだわけなので、その疾走は無駄ではなかったのだが。
しかし、柊は今意識を失っている。
そして侵魔は生きている。それは、致命的に過ぎる隙だった。
侵魔はしばらく目の前の光景の意味が理解できずに硬直していたものの、唐突に笑い出した。
そして侵魔は生きている。それは、致命的に過ぎる隙だった。
侵魔はしばらく目の前の光景の意味が理解できずに硬直していたものの、唐突に笑い出した。
「く、くく。くははははははっ!
今、私は最高に気分がいい。ありとあらゆる魔王が、侵魔が、冥魔すらもが! 煮え湯を飲まされてきた小賢しい人間が!
この私の下に屈した! あっははははっ!」
今、私は最高に気分がいい。ありとあらゆる魔王が、侵魔が、冥魔すらもが! 煮え湯を飲まされてきた小賢しい人間が!
この私の下に屈した! あっははははっ!」
腹を抱え、彼は笑う。
命の安全を得たという安堵。敵を打倒したという満足感。自分よりも上位と認める者たちに勝った人間を倒したという自身への賛美。
それら全てを含んだがゆえの狂笑。禍り曲り捻れ歪み狂う笑み。
命の安全を得たという安堵。敵を打倒したという満足感。自分よりも上位と認める者たちに勝った人間を倒したという自身への賛美。
それら全てを含んだがゆえの狂笑。禍り曲り捻れ歪み狂う笑み。
「あら。随分と楽しそうじゃない、何かいいことでもあったのかしら」
鈴を転がしたような少女の声が、それに割り込んだ。
ははは、とその声に答える侵魔。
ははは、とその声に答える侵魔。
「魔の王と呼ばれる者すら倒した神殺しを、私がこの手で倒したのだ。これで私の名は裏界に知れ渡る!
もはや私は主を戴かずとも。いや、魔王と名乗ることすら可能なのだっ! これが喜ばずにいられるものか!」
もはや私は主を戴かずとも。いや、魔王と名乗ることすら可能なのだっ! これが喜ばずにいられるものか!」
歓喜とともにそう答える侵魔に、そう、と鈴の音が告げる。
「―――けど。それって、アンタの力じゃないじゃない」
わし、と。華奢な手のひらが彼の頭をつかんだ。
小さな手のひらのはずなのに、その手は万力のごとき力で締め付けてきて身動き一つ取れはしない。
引いたはずの冷や汗が、再び吹き上げる。
鈴の音は続く。
小さな手のひらのはずなのに、その手は万力のごとき力で締め付けてきて身動き一つ取れはしない。
引いたはずの冷や汗が、再び吹き上げる。
鈴の音は続く。
「あたし、そういうの大っ嫌いなのよ。
強大な存在として、こちら側がハンデをつけてあげることはいいとしても……自ら人間ごときにハンデを負わせる、その根性が気に食わない。
あたしの目の前でその無様な真似をさらそうとした、っていうのが一点。
あたしの楽しいはずの一日を邪魔してくれた、っていうのが一点。
あたしの獲物に手を出そうとした、っていうのが一点。
そしてなにより―――」
強大な存在として、こちら側がハンデをつけてあげることはいいとしても……自ら人間ごときにハンデを負わせる、その根性が気に食わない。
あたしの目の前でその無様な真似をさらそうとした、っていうのが一点。
あたしの楽しいはずの一日を邪魔してくれた、っていうのが一点。
あたしの獲物に手を出そうとした、っていうのが一点。
そしてなにより―――」
ふん、と大して面白くもなさそうに鼻を鳴らし、『彼女』は続けた。
「アンタは魔王の名をナメた。侵魔の王とは他の魔王に『世界を滅ぼす力』として認められることにより名乗ることを許されるもの。
好き勝手に名乗った、なんてことがバレたらどうなるか―――
好き勝手に名乗った、なんてことがバレたらどうなるか―――
―――その身に刻みなさい」
酷薄さの混じる鈴の音。
刹那。
ばさりっ、とローブだけがその場に落ちた。
赤い月の匣が、しゃらりしゃらりと硝子粉がこすれる音を立てながら、砕けていく―――
刹那。
ばさりっ、とローブだけがその場に落ちた。
赤い月の匣が、しゃらりしゃらりと硝子粉がこすれる音を立てながら、砕けていく―――
カウント7 きちんとおこしてあげましょう。
風が頬を撫でていく感覚。
それがやけにくすぐったくて、意識が表層まで上ってくる。くすぐったいのをかわそうと顔を少しだけずらす。
ひゃうっ、と何やらかわいらしい声がした気がした。
けれど、そんな声よりも今は眠さの方が彼にとっては上位にくる。
体の中にずしりと残る重い疲れが意識を完全に表まで持ってくるのはためらわれた。
このまどろみを今手放すのが勿体なくて、無意識に口にする。
それがやけにくすぐったくて、意識が表層まで上ってくる。くすぐったいのをかわそうと顔を少しだけずらす。
ひゃうっ、と何やらかわいらしい声がした気がした。
けれど、そんな声よりも今は眠さの方が彼にとっては上位にくる。
体の中にずしりと残る重い疲れが意識を完全に表まで持ってくるのはためらわれた。
このまどろみを今手放すのが勿体なくて、無意識に口にする。
「……あと、5分」
沈黙。
静かになったことで、再び意識を深みへと持っていこうとする。
その時。
静かになったことで、再び意識を深みへと持っていこうとする。
その時。
「そうは……いかないってのよこのすっとこどっこい―――っ!」
典雅さの欠片もない声。
ごすりっ、と重い音と共に星がまぶたの裏に飛ぶ。星が、星が飛んだスターっ! いや飛んでないけどっ!
閑話休題。
頭がじんじんとひどく痛む。すでに打った頭をその上から殴打されたような感覚。濁点だらけの情けないうめきが口をつく。
ごすりっ、と重い音と共に星がまぶたの裏に飛ぶ。星が、星が飛んだスターっ! いや飛んでないけどっ!
閑話休題。
頭がじんじんとひどく痛む。すでに打った頭をその上から殴打されたような感覚。濁点だらけの情けないうめきが口をつく。
「いっづぅぅぅ……なんなんだっ!?」
「なんなんだ、じゃないわよ起きなさいこの馬鹿っ! 人がどれだけ……っ!」
「なんなんだ、じゃないわよ起きなさいこの馬鹿っ! 人がどれだけ……っ!」
痛みに思わず涙目になった瞳を開く。
柊がまず最初に目に映したのは、銀糸。
銀髪の知り合いは案外多いが、金目となれば一人しか心当たりはない。そこにいたのは頬を少し赤く染めたベルだった。
柊がまず最初に目に映したのは、銀糸。
銀髪の知り合いは案外多いが、金目となれば一人しか心当たりはない。そこにいたのは頬を少し赤く染めたベルだった。
「……ベル?」
「そうよ。どうやら目は壊れてないみたいね」
「そうよ。どうやら目は壊れてないみたいね」
ふん、と憮然とした表情のベルが柊を上から見下ろしている。
何かおかしい、と柊は思う。そういえば頭だけなにか柔らかいものの上にあるような気が……。
何かおかしい、と柊は思う。そういえば頭だけなにか柔らかいものの上にあるような気が……。
「……ひざまくら?」
「それ以外の何をしてあげてると思うのよアンタは」
「それ以外の何をしてあげてると思うのよアンタは」
不本意そうに柊を睨むベル。
彼は、ようやく正常に働いてきた頭でたずねる。
彼は、ようやく正常に働いてきた頭でたずねる。
「なんでお前にひざ枕されてんだ俺」
「……へぇ。そういうことを言うのアンタ。今すぐ落とすわよ」
「まってください頭割れるから」
「ウィザードの頭が割れるわけないでしょうが。それとも何? あたしのひざ枕が不服だって言いたいのアンタ?」
「別にそういうわけじゃねぇが」
「だったら有り難くされてなさい」
「……へぇ。そういうことを言うのアンタ。今すぐ落とすわよ」
「まってください頭割れるから」
「ウィザードの頭が割れるわけないでしょうが。それとも何? あたしのひざ枕が不服だって言いたいのアンタ?」
「別にそういうわけじゃねぇが」
「だったら有り難くされてなさい」
ふん、とそっぽを向きながらのベルの言葉にはこの状況について有無を言わせぬ力があり、彼は口をつぐむしかないのだった。
ため息をついて―――ふと気づいた。
ため息をついて―――ふと気づいた。
「おぉ?
……あれ、ひょっとして―――戻ってるっ!?」
……あれ、ひょっとして―――戻ってるっ!?」
声が低い。眠る前はやけに高くて違和感があった声が、元に戻っていたことに気づく。
あわてて身を起こして確認しようとして、その矢先にぺちんとベルに額を叩かれ、再びの鈍痛に襲われて悶絶する。
そんな様子を見ながら情けない、とため息と共にあきれたように呟いてベルが答える。
あわてて身を起こして確認しようとして、その矢先にぺちんとベルに額を叩かれ、再びの鈍痛に襲われて悶絶する。
そんな様子を見ながら情けない、とため息と共にあきれたように呟いてベルが答える。
「まったく……当たり前じゃないの。アンタを小さくした奴は死んだんだもの、呪いは解けるでしょ」
「ん? いやそうじゃなくて、なんか……手ごたえが小さかったような気がしたんだけどなぁ」
「ん? いやそうじゃなくて、なんか……手ごたえが小さかったような気がしたんだけどなぁ」
手を持ち上げてまじまじと見ながら、もとに戻ったことを確認するものの釈然としないように首を傾げる柊。
ベルはその言葉に鼓動のギアが一段上がる気がするが、それを外に出さないようそっぽを向いて『そ、そう?』と顔の赤さを見られないようにごまかす。
しかし柊がそんなところに気づくはずもなく。
疲れたように笑って腕をおろした。
ベルはその言葉に鼓動のギアが一段上がる気がするが、それを外に出さないようそっぽを向いて『そ、そう?』と顔の赤さを見られないようにごまかす。
しかし柊がそんなところに気づくはずもなく。
疲れたように笑って腕をおろした。
「まぁ、いいか。なんとか戻れたんだし」
「……この朴念仁」
「ん? なんか言ったか?」
「いーえ、なんにもっ!」
「……この朴念仁」
「ん? なんか言ったか?」
「いーえ、なんにもっ!」
ふん、と完全に機嫌を損ねたようにため息のベル。
「そういえば、あんだけ暴れたのにだいぶ体が楽なんだが。お前なんかしたのか?」
「別に。体が元に戻ったんだから、その分回復力が上がっただけじゃない?」
「別に。体が元に戻ったんだから、その分回復力が上がっただけじゃない?」
不思議そうな柊に、空とぼけるベル。
別に回復魔法をかけてやったわけではない。そこまでの義理はない。
ほんのちょっと昼食の代金分の義理くらいは晴らしてやろうと思っただけ。昼食に食べた食事の分相当のプラーナを寝ている間に分け与えただけだ。方法までは口にしない。
借りは返す。義理は果たす。それくらいも守れずして何が王か、というだけの話。
別に回復魔法をかけてやったわけではない。そこまでの義理はない。
ほんのちょっと昼食の代金分の義理くらいは晴らしてやろうと思っただけ。昼食に食べた食事の分相当のプラーナを寝ている間に分け与えただけだ。方法までは口にしない。
借りは返す。義理は果たす。それくらいも守れずして何が王か、というだけの話。
プラーナさえ補填されれば、柊とてウィザード。安静にさえしていれば体力は戻る。
ふぅん? と不思議そうに頷きながら柊は今度はゆっくりと体を起こす。それに少し不満げに唇を尖らせながら、ベルはそれを許した。
ふぅん? と不思議そうに頷きながら柊は今度はゆっくりと体を起こす。それに少し不満げに唇を尖らせながら、ベルはそれを許した。
「まぁいいや。とにかく、お前が起きるまで面倒見ててくれてたんだろ。ありがとうな」
「う……きょ、今日は一日アンタがあたしをエスコートするって約束でしょうがっ、起きるまで待ってただけよっ!」
「う……きょ、今日は一日アンタがあたしをエスコートするって約束でしょうがっ、起きるまで待ってただけよっ!」
具体的に言うと待っていただけではなかったりする。
体が元に戻った後、動かない柊に対してえんえんと愚痴ったり、大量に文句を言いながらプラーナを分けてやったり、起きるかドキドキしながら髪を撫でてみたり。
……そんないたずらをしていたら起きかけて奇声を上げたのは失態だったが。
体が元に戻った後、動かない柊に対してえんえんと愚痴ったり、大量に文句を言いながらプラーナを分けてやったり、起きるかドキドキしながら髪を撫でてみたり。
……そんないたずらをしていたら起きかけて奇声を上げたのは失態だったが。
そんなそっぽをむいたベルに、だよな、とさも当然と言わんばかりの言葉をかける柊。
立ち上がりつつ、軽く体を動かすと血が止まっていることを確認。月衣から新しい薄手のロングコートを取り出して羽織る。
立ち上がりつつ、軽く体を動かすと血が止まっていることを確認。月衣から新しい薄手のロングコートを取り出して羽織る。
「さーて。そんじゃ約束の続きといくか」
「続きって……アンタね。そんなぼろっぼろでどこへ行こうってのよ」
「お前が行きたいところでいいんじゃねぇの?」
「続きって……アンタね。そんなぼろっぼろでどこへ行こうってのよ」
「お前が行きたいところでいいんじゃねぇの?」
借りができたからな、とまったく意識をしない言葉とともに手を差し出してくる青年。
ベルは一つ大きくため息。
なんだか、エスコートさせてるはずなのにこっちばかりがあわてたり苦労したりしている気がする。
ベルは一つ大きくため息。
なんだか、エスコートさせてるはずなのにこっちばかりがあわてたり苦労したりしている気がする。
手を取る。
「……ちゃんとエスコートしなさいよ」
「へいへい、努力させてもらいますよっと」
「あたしのエスコートなんて、裏界じゃ億単位の下僕どもが願ってやまないのよ? 光栄に思いなさい」
「……この間ちらっと見たなんとかって魔王はお前らの後始末の顛末を延々と居酒屋で愚痴ってたが」
「なっ!? だ、誰がそんなことを……っ!?」
「へいへい、努力させてもらいますよっと」
「あたしのエスコートなんて、裏界じゃ億単位の下僕どもが願ってやまないのよ? 光栄に思いなさい」
「……この間ちらっと見たなんとかって魔王はお前らの後始末の顛末を延々と居酒屋で愚痴ってたが」
「なっ!? だ、誰がそんなことを……っ!?」
その手は、やっぱりやや乱暴で。けれど、小さいときとなんら変わらず暖かかった。
ラストカウント またあいましょう。
「で? 今日はどうだったよ大魔王様」
ビルの屋上。
月は白く白く輝くだけ。まだ満ちざるその月を眺めながら、ベルは背後からかけられたその声に、ため息をつきながら肩越しに一瞥。
月は白く白く輝くだけ。まだ満ちざるその月を眺めながら、ベルは背後からかけられたその声に、ため息をつきながら肩越しに一瞥。
「雑」
一言で切って捨てる。
柊は苦笑しつつ頬をかきながら答える。
柊は苦笑しつつ頬をかきながら答える。
「そりゃ、エスコートなんてもんやったことねぇしな。ある程度は大目に見てくれ」
「言い訳は見苦しいわよ。まともな男になるつもりならレディの前ではしないことね」
「言い訳は見苦しいわよ。まともな男になるつもりならレディの前ではしないことね」
へいへい、とため息をつきつつ肩をすくめる。
とはいえ。
ベルは柊といて嫌な思いをしたわけではない。
車道側には必ず立つし、階段は必ず一歩先に歩く。ベルがミニスカートなのを考慮し忘れて2、3発スピットレイを0距離でぶち込まれもしたが。
大魔王相手に傷をつけるのは、ウィザードであっても難しい。ラビリンスシティ参照。
それでも柊はベルを「少女」として扱うのだ。
おそらくは魔王としてよりも少女として扱え、と言われたそれに従っている結果なのだろうが……ただそれだけでこの対応はできるものではない。
とはいえ。
ベルは柊といて嫌な思いをしたわけではない。
車道側には必ず立つし、階段は必ず一歩先に歩く。ベルがミニスカートなのを考慮し忘れて2、3発スピットレイを0距離でぶち込まれもしたが。
大魔王相手に傷をつけるのは、ウィザードであっても難しい。ラビリンスシティ参照。
それでも柊はベルを「少女」として扱うのだ。
おそらくは魔王としてよりも少女として扱え、と言われたそれに従っている結果なのだろうが……ただそれだけでこの対応はできるものではない。
「まったく。馬鹿と思うべきなのか、頭が悪いと思うべきなのかはっきりしてくれないかしら?」
「それ同じ意味だろっ!?」
「違うわよ。具体的には水底の石ころと月くらい違うわ」
「それ同じ意味だろっ!?」
「違うわよ。具体的には水底の石ころと月くらい違うわ」
これだから柊蓮司は、といつもの言葉とともに彼女も肩をすくめる。
それでも彼女は極上の笑顔で柊を見ると、言った。
それでも彼女は極上の笑顔で柊を見ると、言った。
「まぁいいわ。色々と面白いところも教えてもらったしね」
「どっちかっつーと、お前の行きたいとこに引きずり回されたような気がするんだがな」
「ご満足いただけて光栄ですベール=ゼファー様くらいのことを言えないの?」
「言ったら気持ち悪がるだけじゃねぇか」
「それもそうね。
まぁ―――それなりに、楽しかったわよ」
「そいつはよかった」
「どっちかっつーと、お前の行きたいとこに引きずり回されたような気がするんだがな」
「ご満足いただけて光栄ですベール=ゼファー様くらいのことを言えないの?」
「言ったら気持ち悪がるだけじゃねぇか」
「それもそうね。
まぁ―――それなりに、楽しかったわよ」
「そいつはよかった」
その極上の笑みを変えることなく静かに目を閉じ、ベルは告げる。
「―――このへんにしましょうか、ねぇ。ウィザード?」
「そうだな。一応言っとくが、今日は見逃してくれるとありがたい。見逃してくれないなら―――それはそれで負ける気はねぇが」
「そうだな。一応言っとくが、今日は見逃してくれるとありがたい。見逃してくれないなら―――それはそれで負ける気はねぇが」
今日一日のこの関係は、ベルの余興のようなものであると柊にはわかっている。
となれば、彼女の気まぐれで『今日』が終わった瞬間、彼らは敵対関係に戻るのだ。
だからこその返答。
ベルから放たれだした剣呑な気配と、柊の呼び方が変わったことで彼は自分の気を引き締めて、それでも一応弁解はした後。
いつでも相棒を引き抜けるよう、体を緊張状態に持っていく。
となれば、彼女の気まぐれで『今日』が終わった瞬間、彼らは敵対関係に戻るのだ。
だからこその返答。
ベルから放たれだした剣呑な気配と、柊の呼び方が変わったことで彼は自分の気を引き締めて、それでも一応弁解はした後。
いつでも相棒を引き抜けるよう、体を緊張状態に持っていく。
その状態を見て、ほんの少しも『遊んでいこう』という欲求が生まれなかったかといえば嘘になる。
しかし、ベルはその甘美な誘惑を一瞬で棄却。これだから柊蓮司は、と呟きながら肩をすくめた。
しかし、ベルはその甘美な誘惑を一瞬で棄却。これだから柊蓮司は、と呟きながら肩をすくめた。
「まったく、自分の言ったことくらい覚えてなさいよ。本当に頭が悪いわね」
「うるせぇよっ!?
……って、俺なんか言ったか?」
「えぇ。このあたしに向けて『弱ってる相手を襲うなんて趣味じゃないこと、絶対やらないのがベール=ゼファーだ』ってね。
そんなこと言われたら見逃してあげるしかなくなっちゃうじゃない」
「うるせぇよっ!?
……って、俺なんか言ったか?」
「えぇ。このあたしに向けて『弱ってる相手を襲うなんて趣味じゃないこと、絶対やらないのがベール=ゼファーだ』ってね。
そんなこと言われたら見逃してあげるしかなくなっちゃうじゃない」
だから、と言いながら彼女はふわりと浮かびあがる。
白い月により生まれた薄墨色の月影が、彼女の足元からぷつりと接点を失う。
ベルは誇るように芝居がかった言葉をつむぐ。
白い月により生まれた薄墨色の月影が、彼女の足元からぷつりと接点を失う。
ベルは誇るように芝居がかった言葉をつむぐ。
「遊びの時間はおしまい。
今日は面白いものも見れたことだし、見逃してあげるわ柊蓮司。無愛想な顔も、子供の頃なら可愛らしく見えたわよ?」
「うるせぇ忘れろ今すぐっ!」
「イヤよ。リオンも映像まではわからないんですもの、あの子が知ってるのはアンタが今日一日子供になってたっていう事実だけ。
アンタを柊蓮司として今日一日見てたのはあたしだけなんだもの、そうそう忘れてたまるもんですか」
今日は面白いものも見れたことだし、見逃してあげるわ柊蓮司。無愛想な顔も、子供の頃なら可愛らしく見えたわよ?」
「うるせぇ忘れろ今すぐっ!」
「イヤよ。リオンも映像まではわからないんですもの、あの子が知ってるのはアンタが今日一日子供になってたっていう事実だけ。
アンタを柊蓮司として今日一日見てたのはあたしだけなんだもの、そうそう忘れてたまるもんですか」
ふふ、と満足そうに笑って彼女は続きを口にする。
「今日は一日アンタに振り回されたけど、さっきのと今の無様なカッコでチャラにしてあげるって言ってるのよ、ありがたく受け取りなさいな」
「振り回したのはどっちだよ」
「アンタよ、柊蓮司。100%アンタ。たぶん他の誰に聞いてもアンタだって答えるわ。
―――ま。どうせ自覚なんか死んでも生まれないでしょうけど」
「振り回したのはどっちだよ」
「アンタよ、柊蓮司。100%アンタ。たぶん他の誰に聞いてもアンタだって答えるわ。
―――ま。どうせ自覚なんか死んでも生まれないでしょうけど」
ため息。やれやれ、というように彼女は首を振ると、その琥珀の純度を高めたかのような黄金の瞳で、柊を射抜く。
「それじゃあ―――またあいましょう。
次は、あたしの遊戯盤上 でまた思う存分踊ってもらうわ。
せいぜい踊り狂って、あたしを満足させてから死になさい。でないとコンティニューさせちゃうかもしれないわよ?」
「上等。
せいぜい高みの見物してりゃいい、俺がおとなしく踊ってると思うんだったらな。気づいた時には盤上ひっくり返して、お前を引きずりだしてるかもしれねぇぞ?」
「えぇ、それくらいの手応えを期待してるわ。
じゃあね柊蓮司、次のゲームまで……せいぜいその体を大事にすることね。首もよく洗っておきなさい?」
次は、あたしの
せいぜい踊り狂って、あたしを満足させてから死になさい。でないとコンティニューさせちゃうかもしれないわよ?」
「上等。
せいぜい高みの見物してりゃいい、俺がおとなしく踊ってると思うんだったらな。気づいた時には盤上ひっくり返して、お前を引きずりだしてるかもしれねぇぞ?」
「えぇ、それくらいの手応えを期待してるわ。
じゃあね柊蓮司、次のゲームまで……せいぜいその体を大事にすることね。首もよく洗っておきなさい?」
バイ、と呟いて。
刹那。月の像が揺らいで赤く染まり―――次の瞬間には再び皓々と照る欠けた月に戻る。
頭をかきつつ、柊は踵を返す。
さすがに色々あって疲れている。今日くらいは実家のベッドで眠れることを期待しつつ。
刹那。月の像が揺らいで赤く染まり―――次の瞬間には再び皓々と照る欠けた月に戻る。
頭をかきつつ、柊は踵を返す。
さすがに色々あって疲れている。今日くらいは実家のベッドで眠れることを期待しつつ。
内心。また厄介な約束をしたな、なんてことを思いながら。
それでもその約束を反故にしないため、とりあえず彼は体を休めるための帰路についた。
それでもその約束を反故にしないため、とりあえず彼は体を休めるための帰路についた。