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第01話

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天へと捧げる一刀・前編



 大きな戦いがあった。
 幾つもの人が死に、多くの人が傷つき、世界が滅びかかるほどの巨大な戦争があった。
 マジカル・ウォーフェア。
 七徳の宝玉を巡る侵魔と魔法使い達の戦争。
 その果てを彩ったのは唯一皇帝の名を冠した偉大なる侵魔の王。
 シャイマール。
 恐ろしい、恐ろしい力の怪物。
 無限の憎悪に埋め尽くされた破壊の獣。
 禍々しき悪意と破滅を撒き散らす破壊神。
 それが退けられたのだ。
 一人の少女の想いと一人の少年の剣によって。
 神話の如き戦いだった。
 伝説に語り継がれるようなサーガだった。
 破壊を司る背徳の獣は退けられ、それを利用しようとした神の分身体は神殺しの剣によって葬られた。

 それがマジカル・ウェーフェアの結末である。

 まさしく現代の神話と呼べるものだった。
 けれども、それが物語として語り継がれるのは時が短く。
 世界はその傷跡から立ち直る暇もなく、新たな脅威と戦い続けている。
 世界は狙われ続けているのだ。
 だからこそ、人はさらなる力を求める。
 傷口を埋めるために、失った血液を作り出すために食物を噛み砕くように。


 そして、そのような現状において一人の男がアンゼロット宮殿に訪れていた。


「……お久しぶりですわね、安藤来栖」

 宮殿の主であり、ファー・ジ・アースの守護者でもある銀髪の少女、アンゼロット。
 彼女は玉座に座り、一人の男を出迎えていた。
 年齢57歳。初老といえる年齢の厳しい顔つきをした男である。

「出来うるならば来たくはなかったがな、アンゼロット」

 麗しき美貌の持ち主。
 美しき真昼の月、その優雅なる佇まいを見ても心震わさないのは極僅か。
 安藤 来栖。
 そう呼ばれた男は数少ない例外の一人だった。
 常ならば首に巻きつけている手ぬぐい、質素なズボンと厚ぼったい上着を着込んだその姿は単なる農夫のように一見見えるかもしれない。
 しかし、誰が知ろうか。
 その男こそは過去ロンギヌスにおいて最強と呼ばれた魔剣の使い手であることを。
 安藤の一足踏み込むたびに死地へと叩き落されるような感覚に、ロンギヌスたちは仮面の奥で息を呑み、緊張に身を強張らせる。
 安藤 来栖。
 かつてアンゼロットが行った指示により大切な女性を喪い、それ故に宝玉を持って組織から去った男。
 恨みがないわけではないだろう。
 浮かべる鋭い視線の中に暖かな感情など一欠けらも混ざっておらぬ。
 優れたる剣の使い手、さらに言えばウィザードの身体能力ならば一挙一速の間合いにまで迫った安藤を彼らは止められるのか。
 素手の男、それに対して向けられる警戒の意識はどこまでも強く、それ故に空気すらも固まり、濁りそうだった。

「ふん。ずいぶんと質が落ちたな」

 鼻を鳴らし、安藤は緊張に身を強張らせるロンギヌスたちを一瞥すると、にべもなく吐き捨てた。

「ええ。遺憾なることに、私たちの世界を護るための剣は弱体化しつつありますわ」

 ロンギヌスへの批評。
 それは従える主であるアンゼロットへの侮辱ともいえる言葉だったが、麗しき守護者は涼しげな笑みで受け流す。
 どことなくコメカミにびきっと血管が浮かんだような音がしたが、おそらくは幻聴だろう。

「それ故に貴方に頼みたいのですよ、安藤 来栖」
「貴様の任務を受けるつもりはない」
「でしょうね。既に貴方は組織より離反した身、命令を下せる立場にはありませんわ」

 常にない相手を尊重するかのようなアンゼロットの口調。
 それに付近で警戒していたロンギヌスの一人が動揺するような雰囲気を発したのを彼女は目ざとく見つけ、後でお仕置きしようかしらと考えた。
 けれども、そのような些事はさておいて。

「ですから、これは頼み事です。戦場に復帰することは是非共……本当に望みたいのですが、貴方には部下の育成を依頼したいのです」
「……かつてロンギヌスの同胞すらも手に掛けた私に預ける、と?」

 その言葉に、ロンギヌスたちに衝撃が走った。
 かつてアンゼロットの命から離反し、ロンギヌスを抜ける際にアンゼロットから追撃の命を下されたロンギヌスたちと安藤は刃を交えていた。
 魔王との激闘に傷ついていた安藤は手加減する余裕もなく、狙ったわけではないが幾人ものロンギヌスたちを閻魔帳に載せている。
 とうてい許されるような立場ではない。
 本来ならば刃持て、八つ裂きにされてもおかしくない立場だった。
 自殺覚悟のつもりか?
 今更になってこの宮殿に足を運んだ己をせせら笑う。
 そうかもしれない、と心の中で呟く。
 既にユウが護り、自分が護り続けた宝玉はある少女に手渡され、己の役目は終わったと理解している。
 生に執着がないわけではないが、生き続けるだけの理由もまたない。
 だからこそだろうか。
 何度乞われても足を運ばなかったことに来たのは。

「ええ。過去の罪は忘れましょう」
「都合の悪いことには目を瞑る、と? そこらの若造からは敵意が感じられるが」

 眉を上げて、一人のロンギヌスから発せられる僅かな敵意を感じ取り、安藤は息吹を洩らしながら腕を組む。
 本来ならば愚策たる両手を封じる行為。
 この瞬間襲われれば両手を解き放ち、対応を開始するまで数コンマ反応が遅れるだろう。
 それでもなお安藤は倒されぬという自信があるのか、それとも襲わせないとアンゼロットを信じているのか。
 アンゼロットには分からない。
 けれども。

(試してますね)

 胸中でそう結論し、アンゼロットは細く白い透き通るような指を動かして、敵意を浮かべていたロンギヌスを叱咤した。

「納めなさい。ロンギヌスよ。貴方たちは悪を討つための聖槍なのですよ、容易に解き放つことは許されません」

 凛とした言葉。
 それは大気に浸透し、その場一体の空気を鋭く整える。
 そして、全てのロンギヌスたちが職務を思い出したかのように背筋を伸ばし、荘厳なる気配と佇まいの騎士達と化した。
 これだ。
 このカリスマ性こそがかつて安藤がロンギヌスに入隊し、正義を信じた理由であった。
 かつて第三世界エル=ネイシアを治める女神だった一人、アンゼロット。
 その年月による経験とその身に秘めた莫大なる力は太陽の如くウィザードたちの心に火を灯し、陶酔させるのだ。
 心頭滅却。
 長年の鍛錬により滅多なこと意外では決して揺るがぬ大樹の如き精神を持った安藤は静かに言の葉を紡いだ。

「大したものだ。アンゼロット。30年前とは変わらぬ……いや、少しは変化したか?」
「そうですか。私は何も変わりませんし、変わるとしたらそれは貴方の主観でしょう」

 永遠なる少女はニコリと月が輝くような笑みを浮かべて、安藤に告げる。

「それでは再び訊ねます。私のお願い事にハイかYESかで答えていただけるでしょうか?」
「――少し褒めるとこれだ」

 調子に乗らせたか、と安藤はやれやれとため息を吐き出し、されどその心のうちは決まっている。

「答えはハイだ」

 若いものが死ぬ。
 誰かが未熟なために命を散らせる。
 それを見過ごせるほどに安藤は朽ちた心を持たず、悲劇を見過ごせるほどに世界に絶望していない。
 それが故の答えだった。
 かつて一人の少年――若き己を被らせた魔剣使いの少年に、その心の在り方を説いたように。

「なるほど。では安藤来栖。優れた魔剣使いよ、貴方に若き彼らを任せますね」

 新雪が春の兆しに解けるかのような笑みをアンゼロットは浮かべる。

 こうして安藤は一時の間、ロンギヌスの客人となった。


 ――『天へと捧げる一刀


 幾ら世捨て人をやっていても、風の噂というものはあるものだ。
 マジカルウォー・フェアにおける被害。
 その後に出現し始めた闇界からの侵蝕者、冥魔。
 それらとの対応に追われ、腕の立つ人間、経験豊富なウィザードは少なく、慌しく世界各地を飛び回り、どこの組織も新人育成と有能な人材の発掘に当たっているという。
 それは聞いていたが、これほど酷いとは思わなかった。

「おぉお!!」

 それが安藤としての感想である。

「甘い」

 ロンギヌス候補、魔剣使いの少年が振り抜く魔剣の一撃を、安藤は片手に持った木剣で捌き、側面から横に弾き払うと、その少年は体勢すらも整えることが出来ずに無様に体が流れる。
 なんという踏み込みの乱れ、身体バランスをもっと意識しろ、太刀の握りが甘い、弾き払えと言っているのか。
 一瞬の間に思い浮かぶ罵倒の言葉は十数種にも渡るが、安藤はそのまま木剣と魔剣の峰に沿って流すと、ぴたりと数ミリの隙間を開けて少年の喉下に刀で言うならば刃の部分を添えていた。

「ま、参りました……」
「……威勢の強さは認めるが、がむしゃら過ぎる。もっと剣を振るえ、体軸のバランスが取れてないから、この程度で体勢を崩す」

 そう告げると、ふっと風が流れる程度に安藤の脚が動き、少年の足が刈られた。
 予想すらもしていなかった衝撃に受身すらも取れずに、背中から強打し、強制的に酸素を吐き出される少年。
 苦痛の顔を浮かべる少年に、安藤は見下ろし、木剣の柄を握り締めながら、どことなく呆れたような声音で告げた。

「そして、私はまだよしとは言っていない。忘れるな、剣を持つ者はその手を離すまでは決して集中力を、警戒を切らすな。ここが戦場ならば五回は殺せるほどの隙があったぞ」

 どこか憎々しげに見上げてくる少年の瞳。
 よし、悔しさを感じるうちは伸びる素養がある。
 安藤はそのまま少年の傍から離れると、組み手を続ける龍使いと人造人間のペアを見た。
 錬気を練り上げて、次々と襲い掛かる人外の刃を捌きながら、必至に反撃の隙間を伺う龍使いの少年。
 それをどことなく無感情な人造人間の少女が、体を変化させ、歪に床を蹴り飛ばしながら、まさしく獣のように駆け巡る。
 その全方位から次々と手段を変えて襲い掛かる攻撃を往なす化剄のキレは中々のもの。

(だが、崩しが出来ていないな)

 人造人間の変幻自在な体躯に崩し方を思い付きかねるのか、少年は顔面に迫る蟹の爪の如きアームブレイドの下から打ち上げて、同時に手首を返して方角をずらし、下へとしゃがみこみながら、体を捻り、もう片方の手から延びる斬撃を肘から居合い抜きのように放つ手の甲で叩いて弾く。
 受けの動作ならば及第点を与えてもいいのだが、その度に気息が乱れて、打ち払う動作にいまいち氣を乗せ切れていないのが残念か。
 気息の保持が甘い、そしてもう少し踏み込みと歩法を磨けば一息に輝くだろうと安藤は判断した。
 数十年前、とある事件で共闘した奇妙な体質を持った龍使いならば一つ目の動作で気功を発してその手を弾き上げることで崩し、成すすべもなく上半身を上へと伸ばしきった少女の胴体に流れるように打ち込んだ靠撃の一撃で内臓を粉砕させていることだろう。
 そして、人造人間の少女を見る。
 動作の機敏さ、自身の肉体を変化させる速度、そのバリエーションは素晴らしい“性能”と言えるだろう。

(だが、それだけだ)

 単なる頭のない侵魔には通じるかもしれんが、魔王の使いや魔王級エミュレイターには通じないだろう。
 性能で挑む兵器は所詮己を越える性能には太刀打ちが出来ない。
 人間とは脆いものだ。
 第一世界ラース=フェリア人よりも闘気や身体能力に劣り、第五世界エルフレアのように天使の力もなく、第三世界エル=ネイシアのように強大なる守護者の欠片やゲボクという物量があるわけでもない。
 故に技術を高め、戦術を練り上げ、武具を揃える。
 それは確かに間違っていない。
 人としての強さは創意工夫にこそあるのだから。

(研鑽せよ、若人)

 爺臭い言葉を自然と脳裏に浮かべる己の存在に気付き、苦笑する。
 今の彼はつい一週間前着ていた服装ではなく、大き目の作務衣を着ていた。
 常に一定の気温に保たれるアンゼロット宮殿の領域では涼しくもないが暑くもない。修練には向かぬと用意したロンギヌスのどことなく子犬を思わせる少年は首を傾げていたが、安藤は和服を好む質だった。
 あの島ぐらしでは農作業には向かないと諦めていたが、ここでならばこの格好をしていても問題はないだろうと思う。
 そして、そんな彼がいるのはどことなく簡素な佇まいの巨大なる一室。
 無数の結界を張られて、熟練の設計士が設計した、構造そのものが強度性を高める造りになっているトレーニングルーム。
 アンゼロット宮殿の一角で作り上げられたその中で満ちる空気を安藤は嫌いではなかった。
 己もまだ届かぬ剣の道を究める修行者だという自覚はある。
 故に理由も道も異なるが、高みを目指して鍛錬を続けるものたちは見ていて心地がよかった。

(さて、次は誰を見るか)

 あとであの二人には指導をしなくてはな。
 そのことを念頭に置きながら、組み手の邪魔をするのも駄目だろうと考えて、安藤はぐるりとトレーニングルームを見渡し、次なる相手を探した。
 その視線に気付き、我先にと同じ道の、それでいて遥かな高みにいる人物と気付いてか多くの魔剣使いが安藤に挑みかかり、打ち倒されていく。
 しかもそれらは一息にではなく、指南するように柔らかく太刀を受け止め、或いは捌き、或いはその荒さを教えるかのように同じ軌道で打ち払い、その握りの甘さを知らせるかのように魔剣を弾き飛ばした。

「手首が強張っているな、もう少し柔らかく握るべきだ」
「魔剣に意識が同調していないぞ。もっと感応しろ、魔剣使いならばこの程度の角度の打ち込みは死角に入らん。魔剣に感覚を預け、信じろ」
「握りが甘いぞ。戦場で武器を手放すことは死に直結する愚行だ!」

 息も乱さずに十数人以上のウィザードがへとへとになるまで打ちのめし、トレーニングルームにいるロンギヌス候補生たちは一週間のうちに見慣れた光景だったが、感嘆の息を吐き洩らす。
 そして、少し休憩をいれるべきかと老骨には応える指南に、涼しい顔のまま安藤が考えていると……ざわりとトレーニングルームの入り口がざわめいた。

「む?」

 安藤がざわめく気配に気付き、目を向ける。
 数秒と立たぬうちに彼は得心した。
 トレーニングルーム、その入り口に現れた銀髪の少女を見たからだ。

「皆さん、研鑽に励んでいますね」

 ニコリと少女らしい笑顔を浮かべるアンゼロット。
 その言葉に本性を知らぬ候補生達は心酔した表情を浮かべて、緊張に上ずった声を上げた。
 そんな彼らの様子に、将来の心配を僅かにした安藤は内心ため息を洩らすと、アンゼロットの元へと歩み寄る。

「なんの用だ、アンゼロット。お前がわざわざ来るような場所でも在るまい」
「あら? 私がこのような場所に来るのはおかしいことですか?」

 安藤の憮然とした言葉に、周囲のロンギヌス候補生達がいささか引いているが気にもしない。
 一々アンゼロットの対応に戸惑っていては神経症に陥るのが関の山だからだ。

「まあいいでしょう。どうやら安藤さん、しっかりと教育に励んでいてくれるようですね」
「私は一度受けたものを違えるほど趣味はないのでな」

 そう告げると、安藤はアンゼロットの後ろから姿を見せる数人の少女達の姿に気付いた。

「む? ……志宝エリスとマユリ=ヴァンスタイン?」

 見覚えのあり過ぎる少女達、それに赤羽くれはの姿もあった。
 他にも何名かウィザードらしき人物の姿があるが、その中でも一名ほど安藤が気にかける青年がいた。
 白いジャケットの、私服姿らしい茶髪に染めた青年――柊 蓮司。
 何故か洗い立ての髪や肌をしているが、シャワーでも浴びたのだろうか?

「……久しぶりだな、安藤のおっさん。ロンギヌスに復帰したのか?」
「客分といったところだろうな。そこの女狐にひよっこ達を鍛えなおして欲しいと頼まれた」

 ほんの一時のみだが、己の神罰刀を使いこなして見せた若き魔剣使いを安藤は見据えて……ほぅっと息を吐いた。
 あの日心が荒れて、未熟だった青年はどうだ。
 清流の如き感情のうねりこそ感じられるものの、その瞳には真っ直ぐに前を見据える決意の光があり、その佇まいはほんの数ヶ月とは比べ物にならぬほど精錬されている。
 その振る舞いには成長した力強さが有った。

「……ずいぶんな死地を潜り抜けたようだな、柊 蓮司」
「そうか? あまり意識はしてないんだが」

 今更ながらに思い出す。
 皇帝シャイマールを打ち倒したのは目の前の少年なのだということを。
 そして、傍に佇む少女を見た。

「久しいな、志宝エリス」
「はい! 安藤さんもお元気そうで!」
「わ、私もいるんですが……そうですよね……私なんてどうでも……」

 よよよと壁の隅でのの字を描き始めるマユリに内心腹を抱えて笑うと、安藤はぐるりと首を曲げて、アンゼロットに目を向けた。

「して、何用だ」
「実は面白い……ごほごほ、素敵な趣向を思いつきまして」
「趣向?」

 嫌な予感がした。
 同じ感覚を読み取ったのか、柊もまたアンゼロットへと向けていた顔を青白く染める。

「柊さん、安藤さん。一手剣を交えてみてくださらないかしら」
「なっ」
「……」

 アンゼロットの提案。
 それにざわりと周囲の空気がざわめいた。
 ウィザードの中でのエースオブエースと目される柊 蓮司。
 過去ロンギヌス最高の魔剣使いとして称された安藤 来栖。
 二人のウィザード、その最高峰に位置する魔剣使いの対峙と聞いて、未だに駆け出しのウィザードたちが興奮と期待に頬を染め、息を荒げた。
 しかし、その引き合いに出された二人はどこか戸惑い、或いは憮然とした顔つきだった。

「は? ちょっとまてよ、俺さっき海から命からがら這い上がってきたばっかりなんだぞ!?」

 とある任務でスクールメイズの落とし穴から海へと流し込まれた彼はようやく生還したばかりなのだ。
 シャワーを浴びて、回復魔法を掛けられたとはいえ、精神的な疲労はある。

「お遊びで剣を交えるつもりはない」

 にべもなく吐き捨てると、馬鹿らしいと安藤は態度で語り、首を横に振るう。

「そうだな。個人的には決着というか、アンタとは一手指南して欲しい気もするけれど遊びでやる気はねーよ」

 柊は少しだけ真剣な眼差しでアンゼロットを見つめた。
 戦いに遊びは無い。
 見世物にされるなど両方共真っ平ごめんだった。
 バトルマニアでもない魔剣の担い手二人共が拒絶すると、アンゼロットはあらあらと困ったような顔をして、けれどもどこか意地悪な顔を浮かべた。

「でも、若いウィザードたちに可能性を見せてあげるのはよい行いではないのでしょうか?」

 そう告げて、アンゼロットが指し示すと、そこには期待に胸を膨らませた候補生達の熱い視線があった。
 うっと柊が呻き声を上げて、安藤は怯まずにただ沈黙する。

「柊~、こうなったらアンゼロットさん、絶対に意見を曲げないよ?」
「ひ、柊先輩、それに安藤さんも頑張ってください!」
「お二方の戦いぶりを見れるとは、酷く光栄なことです」

 三者三様の言葉。
 それに加えて無数の言葉が二人の背を押し、外堀を埋めていく。
 逃げるのは不可能か。
 そう悟ったのは奇しくも同じ瞬間だった。
 二人の魔剣使いが視線を上げて、同時に視線があった。

「……安藤さんだったよな、いつぞやの約束叶えてもらってもいいか?」
「いいだろう。あの時からどれほど成長したのか、見せてもらおう」

 にやりと世界屈指の剣士は獰猛なる笑みを初めて見せると、微かに、そう本当に微かに手を振るわせた。
 武者震いである。

(私が喜んでいるのか)

 安藤は僅かに動揺し、それを上回る予感に心を沈めた。
 剣に見入られ、剣に狂うた心が鎌首をもたげて、囁くのだ。

 愉しみだと。






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