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第04話

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takugess

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柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 第04話



 恋をすると目に見える世界が一変する ――― とは良く聞く話ではあるのだが。
 ありふれた街並みの景色が色鮮やかに見え、雑踏の中でざわめく喧騒でさえも耳に心地良い楽の音のように聞こえる ――― そんな風に言っては少々大げさだろうか?
 ともあれ恋する少女、胸に熱い恋心を秘めたひとりの乙女にとっては、駅ビルの地下食品売り場でさえもが見惚れるほどの絶景として目に映る。
 淡く、甘く、どこかくすぐったい想いを寄せる先輩と歩く、秋葉原の街並みでさえ ―――
 電気街を行き交う人々に、チラシやティッシュを配る電気屋の店員さんが惜しみなく振りまく愛想良い声は、マエストロの指揮するオーケストラの交響曲で ―――
 駅構内の乗降客を見送ったり出迎えたりする、なんだかよくわからないアニメの女の子の絵は、大英博物館所蔵のオールドマスターの名画にも見え ―――

 ………なんて。やっぱり、少し言い過ぎかも。

 たくましすぎる想像が、危うく想像力の限界を突破しそうになって、ちょっと踏みとどまる。
 だけど、間違いなく少女の五感が認識する世界は、かくも美しい薔薇色で。
 少しくらいの誇大なデコレーションは、大目に見たい気分なのである。
 少女は、自分の横に並んで歩く、背の高い若者の顔をこっそりと盗み見た。
 無造作に伸びた茶色の髪。形こそ鋭いけど、深い温かみを漂わせる両の瞳。
 どこか不機嫌そうに引き結ばれた口元が、一見、彼を気難し屋に見せている。
 しかし、良く見ればそれは機嫌が悪いのではなく、ゆっくり、のんびり街をそぞろ歩くという普通の行為に戸惑っている表情だというのに気がつくはずだ。
 普通の生活を送りたい、という常日頃からの思いに反して ―――
 『任務』の名目で連れ去られたり、異世界に飛ばされたり、という波乱万丈の人生を歩んできた彼は、実はこういう日常の風景には不慣れなのかもしれなかった。
 きょろきょろと周囲を見回す姿が、なんとなく迷子の犬を連想させる。

 少女はその連想に、口元へ手を当てて密かに笑うと、若者のどんな表情も見逃すまいと真摯な青い瞳を輝かせる。
 若者は、少女のそんな視線にも気づかぬようで。
 しかし、その鈍感さが今日このときだけは、少女にとってはひどく有難かった。

 だって、誰にも ――― 先輩にも ――― 気づかれずに、こうやって先輩のお顔をずっと眺めていられるんですもの ―――

 若者の端正な顔を見つめ続けることのできるこの至福に、青い瞳が細められて。
 少女 ――― 志宝エリスは微笑んだ。

 いまなら、もしかして先輩、私がなにをしても気づかないんじゃないかなぁ………

 エリスにしては珍しい悪戯心が、彼女にそんな想像をさせる。
 手をつないでみたりして。腕を組んでみたりして。
 ほんの少し ――― ほんの二、三秒の間なら、先輩、気がつかないかも………なんて。
(まさか、そんな、ね)
 いくらなんでも気づかれないわけはない。
 だけど、いまのエリスは、そんな夢のような映像を思い浮かべてしまうほどに幸せ一杯なのである。
 大股で歩くその歩幅に間に合うよう。吊りあうよう。ちょっと小走りに靴を鳴らす。
 はっ、はっ、と小さく息を吐き、気づかれない程度に早歩き。
 そんなエリスの呼吸の音が不意に止んだ。
 いつの間にか、並んでいたはずの若者を追い越していたことに気づいて、エリスは背後を振り返る。
「先輩………?」
 いぶかしむエリスに、はにかむような少年の笑いを浮かべて、若者が言う。
「わりぃ。少し、ゆっくり歩きすぎたかな………?」
 街の喧騒の中で掻き消えてしまっていたはずのエリスの呼吸。
 彼は、その忙しなさを敏感に感じ取り、いつの間にか歩調を普段の彼女に合わせるよう、歩いてくれていたのだった。

 それは、ぶっきらぼうにすら見える彼の、決して普通では目に付かない優しさで。
 エリスは、だから彼のそんな気遣いにくすぐったくなってしまうのだ。
「いいえ、私こそすいませんっ」
 慌てて手を振るエリスに、満面の笑みを返しながら。
「そっか。それじゃ、はぐれねえようにちゃんと一緒に歩かなきゃな」
 彼 ――― 柊蓮司は、そんな風に言うのであった。




 柊蓮司のマンションに押しかけて、つい思いついてしまった「ちょっと遅い卒業祝い」。
 彼のために料理の腕を振るい、彼のためにご馳走を作る。
 嘘から出た真、ではないけれど、エリスの言葉はいまこうして現実のものとなっている。
 二人きりの外出。
 エミュレイターとも任務とも関係のない、平穏な日常の風景を切り取った一コマの中に二人の姿がある。それがどんなに幸せで、どんなに大切な時間であることか。
 口には出さないし、そんな素振りすら漏らさないように努力はしているのだけれど、エリスの心の中では柊との夕食のための買い物という行為は、まさに「でえと」と言っていい。
 せめて自分にとってだけは、そう思うことを許してほしいエリスなのである。
(いつか、本当のデート………できたらいいのにな)
 難攻不落の柊蓮司相手に、どこまでそんな想いが通用するのか。
 正直に言えばエリスも心許ないのである。
 でも、自分の気持ちに柊が気づいてくれなかったとしても。
 “女の子としての”自分の気持ちが通じなかったとしても。
 せめて、「志宝エリスは、柊先輩のために一生懸命なにかができる女の子なんです」というところだけは見つけてもらいたい。
 そう思えばこそ、柊先輩に美味しいと言ってもらえる料理が作れるんです。
 そう思えばこそ、柊先輩が笑顔になれるようにと願っているんです。

 振り向いてもらえなくても。
 柊先輩にとっての一番じゃなくっても。
 ただの後輩の女の子のひとりに過ぎなかったとしても。
 だけど、なにかの形で柊先輩にとって特別な意味のある女の子でいたい ――― それが、エリスの切なる願いだといってよかった。
 二人、連れ添って歩きながらエリスは思う。
 やっぱり、慌てないで一度赤羽神社に帰ってからここへ来ればよかったな ――― と。
 輝明学園を無事に卒業した柊は、いまはラフな私服姿である。学生であったときと、卒業したいまでは、少し柊の雰囲気が変わっていることに、エリスも気がついていた。
 学生という身分から脱却したこと、学生という殻が取れたこと。それが柊を大人びて、いくらか精悍な「大人の男性」に見せている。
 対してエリスは ――― 下校した後、勢いで柊宅へと押しかけたため、輝明学園の制服姿だ。
 しかも、小柄で華奢で。同年代の友人 ――― 同い年であるはずの親友、緋室灯などと比べてしまうと童顔で、ややスレンダーな体型のせいか、幼く見えてしまう自分自身。
 せめて私服だったらな、とちょっぴり後悔気味のエリスなのである。
 確かに持っている服にしたところで、質素で地味なものが多いのだが、柊と一緒に歩くのなら私服のほうが良かったかもしれない。そう思う。
 柊先輩と二人きりで歩くのなら。せめて先輩とつり合う格好なら、もっと良かった。
 制服姿の自分が買い物袋を提げていたら、お家のお遣いに来た高校生にしか見られないだろう、と思ってしまう。
 さしずめ柊は、初めてのお使いを任された妹に連れ添うお兄さん、といったポジションか。
(もし、私が私服で。柊先輩と一緒に晩御飯のお買い物をしていたら………)
 エリスは想像する。
 脳裏に浮かんだのは、彼女がほのかに心に抱き、叶わぬ夢と知りながらもついつい夢見てしまう光景であった。

 買い物籠を入れたカートを転がして、エリスの歩幅に合わせるようにゆっくりと歩く柊。
 そんな彼を従えて、デパートの食品売り場で食材を捜し歩く自分。
 もし、柊につり合う私服姿であったならば。

 ………それはきっと、新婚さんのように見えてしまうのではないだろうか。

 火照る頬に手を当てて、思わずほころびてしまう口元を慌てて隠す。
 ………本当に、今日のエリスのイマジネーションは、止まるところを知らない。

「へえー、地下っていってもすげえ人ごみだなー」
 柊の驚嘆する声に、思わず我に返る。
 見れば、夕食時までまだ時間があるはずなのに、食品売り場は大盛況であった。
 楽しい想像にひたっている場合ではない。できるだけ多くの売り場を見て回り、可能な限りの素晴らしい食材を手に入れて、柊先輩に食べさせてあげたい料理を作るのだ。

 エリスの牧歌的な闘志に火が点いた。

「柊先輩っ。これはのんびりしていられませんよっ」
「お? お、おう、そうなのか?」
 小さな両手で握り拳を作り、むんっ、と可愛く気合を入れるエリスの姿に、思わず柊がたじろいだ。
「はいっ。美味しい料理を作るための戦いは、もう始まってるんですっ」
 真剣な表情。
 “かの戦い”の折にも時折垣間見せた、底抜けポジティヴ直情型エリス、降臨である。
 こうなったときのエリスは、とにかく前向きだ。
 くるっ、と広大なる食品売り場を振り向くと、輝く瞳を彼女の『戦場』へと向ける。

 そこに、彼女の好敵手たるべき存在が数多く蠢いていた。

 丸太のような太い腕。
 芋を洗うようなデパート内を猛進すべく、激突に耐えるために脂肪と重量を蓄えた体躯。
 そして、この戦場を歩くためのたくましい脚。
 晩御飯のオカズをより多く、より安く買い叩くための戦いに、エリス同様参戦するのは、百戦錬磨の主婦の方々である。

「こ、こりゃ、たしかに戦いだな………」
 柊ですら息を呑む光景が、眼前に展開している。
 目は爛々と殺気立ち、新鮮で安価な食材をかっさらう指は獣の鉤爪のごとく。
 日本の母、いまだ強し ――― そんな言葉が思わず脳裏に浮かんでしまう。

「さぁ、行きましょう、柊先輩っ!」
「だ、大丈夫か、エリス!? お前、あの中に入ったら潰されちまわないかっ!?」
「平気ですっ! 私、本気モードですからっ!」
「こ、根拠がねえっ!? お、おい、エリス、走るなよっ!? 待てってばっ!」

 ………繰り返す。
 今日のエリスは、本当に凄いのである。

「行きますっ ――― !!」
 猛者たち蠢く戦場へと、後ろを振り向かずに駆け込んでいけるのは、やっぱり柊のため。
 柊に、美味しい手料理を食べさせてあげたいという強い願いのなせる業。
 掛け声とともにおばさまたちの群れへと突撃するエリスを慌てて追う柊の、
「エリスっ! おい、アブね………どわあぁぁぁぁぁぁっ!?」
 人ごみに巻き込まれた柊の情けない悲鳴が木霊する。
 おばさまたち相手に奮戦していたエリスが、ちょっぴりよれよれになって。
 それでも満面の笑みを浮かべ、獲得した食材を両手に帰還したのは、それから二十分後のこと。
 すでに柊は人ごみから弾き飛ばされ、尻餅をついてぜえぜえ言っている。

「柊先輩っ、私、やりましたっ」
 実に嬉しそうなエリスの顔をまじまじと見つめていた柊が、ぷっ、と吹き出した。

「ははっ、エリス、すげえなあ」
「はいっ! 頑張りましたっ!」

 二人が笑いあう。
 少し大変だったけど、ちょっと怖かったけど。
 それでもこうして二人で一緒に居ること、居られることが、とても楽しい。

 しかし ―――
 エリスは気づいていなかった。

 この直後、彼女に迫る本当の試練に。
 ある意味、血相変えた主婦軍団などより、よほどの強敵が彼女に迫ってきていることに。

 “強敵”は、あまりにも唐突に、あまりにも不意に、エリスの元へとやってきた。

「はわわっ? エリスちゃん? それに ――― ひーらぎ………?」

 聞き慣れた、あまりにも特徴のあるその声に、我知らずエリスの身体が硬直した ―――



(続く)

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