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第05話

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takugess

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柊蓮司攻略作戦・エリスの場合 第05話




「はわわっ? エリスちゃん? それに ――― ひーらぎ………?」

 なんとなく間延びしたくれはの声が、あまりにいつもと変わらない調子だったので。
 だから、エリスはその後に訪れるかもしれない嵐の予感に、ひどく怯えてしまったのだ。
 強張る身体。引きつるほっぺ。
 きっと、自分の顔はひどく青褪めているに違いなかった。

 志宝エリス、史上最大の(?)危機 ――― 到来………か?




 そういえば、『恋』に関してはもうひとつ有名な言葉がある。
 それは、「恋は盲目」 ――― という言葉。
 とにかく目の前の“気になる”男性のことが最優先になってしまい、周囲へ気を配るという行為が少々疎かになってしまう。
 先を急ぐあまりに信号無視をしてしまうようなもので、すべてが上手くいくときは最短で目標地点へと辿り着けるのだが、そうでないときは ――― 当然、『事故』を起こしてしまう。
 いまのエリスが、その“交通事故”に遭った状態と言えた。
 柊先輩に会いたい。その一途な想いで柊宅に押しかけ、話の流れで柊にご馳走を振舞うことになり。それも、二人きりの買い物、二人きりの食卓、という幸せに我を忘れてしまって。
 エリスは、完全に失念していたのである。
 柊蓮司の幼馴染みの存在を。
 エリス自身、「敵わないなぁ」とその存在の大きさに圧倒されてしまうひとの存在を。
 大好きな柊先輩の、一番身近な女性の存在を。
 彼女も現在お世話になっている、赤羽神社の一人娘・赤羽くれはの存在を。

 エリスの名誉のために言及するならば ―――

 なにも彼女は抜け駆けをしようなんて思っていたわけではない。
 くれはを力ずくで押しのけて、彼女の居場所を自分が獲得しようとしたわけではない。

 なぜならエリスは認めているからだ。
 柊にとっては、くれはが一番身近に居るべき女性なのだ、と。
 二人の絆は、なんというか、誰かがどうにかしようとして何とかできるような脆弱なものではないのだ、と。
 第一、エリスはくれはのことが大好きだ。
 明るくて、大らかで、面倒見が良くて。そんなくれはが好きなのだ。
 どんなときでも良く笑い、エリスを本当の妹のように可愛がってくれる。
 赤羽神社に住み込むようになってからはそれもなおさら、くれはは母娘ともにエリスのことを肉親のように ――― いや肉親以上に大切にしてくれた。
 一緒に寝起きし、食事も作り、境内の掃除をしたり、ときにはお風呂や寝室を共にすることもある姉妹のような関係の二人。
 くれはにとっては妹以上の存在がエリスであり、エリスにとっては姉よりも姉らしい存在がくれはなのだ、と言うことができる。
 そんなくれはを追い落とそうとか、哀しませようとか、微塵も思ったりはしていないエリスなのだ。
 しかし ――― それでいてもなお ―――
 柊を想うエリスの気持ちだって、ホントウのホンモノ、なのである。
 だが、別の誰かと強い絆で結ばれた男性を想うということが、本当にできるのだろうか。
 相手の女性を哀しませることなく、当の愛しい男性にも迷惑をかけることなく、『想う』ことなどできるのだろうか ―――

 その問いかけには ――― できる、と答えることができるだろう。

 この国に古くからある、『恋』に関わる言葉や思想は奥深い。
 それはとても古式ゆかしく、廃れてしまった概念かもしれなかったが、エリスの気持ちを何よりも強く代弁する言葉が、実はある。

 それは ――― 『忍ぶ恋こそ至極』。

 なんとなく、なし崩し的に始まりを告げていた、『柊蓮司攻略作戦』。
 それはエリスにとって、柊に自分を好きになってもらうことを、必ずしも意味してはいない。

 いつも誰かのために戦っている柊先輩。
 自分の知らないところで、誰かのために魔剣を振るい続ける不器用な、愛すべき若者。
 そんな彼を想えばこそ、せめて彼の戦いの疲弊や辛苦を和らげる手伝いができたら良いな、とエリスはいつでも胸に秘め続けている。
 だから彼女が一番得意とする分野、すなわち料理という手段でもって、柊に安らいでもらいたい、と思うのだ。

 くどいようだが、もう一度言う。

 エリスは柊と恋人同士になれるとは本気では思っていない。
 それは確かに、今日の彼女は夢見がちで、恋に恋するちょっと暴走気味の女の子であったかも知れないが。
 それでも、本当のエリスの望みは。
 いつだってエリスの望みは ―――

 柊先輩が戦いに疲れたとき。
 柊先輩が戦いに傷ついたとき。
 柊先輩が戦いから帰ってきたとき。

 ああ、エリスの料理が食べたいな。エリスの料理を食べたら元気になるんだけどな。

 ――― と。
 そう思ってもらえる自分でありたい、ということなのである。

 そこには男女の絆も恋もない。
 ただ、大切な人を、お互いに大切なものだと想う繋がりがあるだけである。
 だから振り向いてもらえなくても良かった。ひとりの女性として見てもらえなくても、後輩の女の子のひとりというポジションでも良かった。
 ただ柊先輩に、
『エリスは俺に元気をくれる女の子なんだぜ』
 と、言ってもらえるなら、それに過ぎたる喜びはないのであった。

 でも。
 いまのこの状態は。
 どうしても、エリスの望む状況からは程遠かった。

 今日は遅くなるから晩御飯はいらない、と言っておいて。
 柊先輩と二人で、どう見ても晩御飯のお買い物をしている。
 柊先輩のお家に行ったことも、こうして二人きりでいることも。
 赤羽のおばさまはおろか、くれはさんにだって告げてはいない。
 無論、その言動に他意はない。
 しかし、いまのこの現状もすべては成り行きの結果なのだといったところで、誰がそれを信じるだろうか。
 偶然、駅の地下食品売り場で出くわしてしまったくれはは、自分と柊とをまじまじと見比べて、驚いたような、不思議そうな顔をしている。
 なんだか、いたたまれない。くれはの目に、自分はどう映っているのであろうか。

「おー、くれはじゃねーか。おまえなにやってんだ、こんなところで」
 エリスの内心の葛藤を柊が気づくはずもなく。唐突に現れた幼馴染みを、普段と変わらぬ当たり前のような呼びかけで振り向かせた。
「なにって、私も買い物だよ。今日は夜、冷え込むって天気予報で言ってたからねー。お鍋にしようかなー、なんて」
 人差し指でぽりぽりとほっぺをかきながら、えへへと笑うくれは。

「鍋かっ! 鍋も良いな………いや、でも俺たちだって負けてねーぞ」
 なぜか勝ち誇った表情で柊が言う。
「はわ? なによー、負けてないってー?」
「あ、あの、くれはさんっ」
 この空気に黙っていることが耐えられなくなって、エリスがついつい口を挟んでしまった。
「わ、わたしたちこれから晩御飯のお買い物なんですっ。柊先輩の卒業のお祝い、きちんとできませんでしたからっ。だから、私が無理を言って柊先輩にお料理作りますって。そ、そのお買い物の最中だったんです」
 くれはが言葉を差し挟む間もないほどに、エリスはまくしたてた。
 なんとなく、変に誤魔化したりはしたくなかった。本当のことをちゃんと言わなければ、と思った。自分の口から、それをくれはに伝えたかった。
 くれはにどう思われようと、自分がしようとしていることをはっきりと伝えよう。
 そして、このことを黙っていたことで責められるならそれも仕方がないし、ちゃんと正直に話した上で謝ろう、そう思っていた。
 ぎゅっ、と目をつぶる。
 くれはが、自分の言葉をどう聞くか。どんな顔で自分を見ているのか。
 怖くて、目が開けられなかった。
 目は閉じていても、くれはの唖然とした気配が伝わってくる。多分、ぽかんと口を開けて、エリスのことを見ているのに違いない。
「エリスちゃん………」
「は、はいっ」
 小さな身体をますます小さく縮こまらせて、エリスはくれはの呼ぶ声に答えた。
 最悪の想像が頭の中を駆け巡る。

 どうして黙ってひーらぎと一緒に居るの?
 それは私に言えないようなことなの?

 そんなことを言われたら。そんな風に詰問されたらどう答えたらいいんだろう。
 今日のエリスの、薔薇色の空想も少々暴走気味だったが、その思考は、マイナスに向かうときにも際限なく悪い方向へと突っ走っていく。
 さっきまでの想像がこの上もなく楽しかったことの反動か、エリスの考えはどんどん深みへと落ち込んでいくようだった。

「やっぱりエリスちゃんはさっすがだねー」

 ぽむ、と。
 肩に置かれる柔らかな手の感触。
 その温かさが、エリスを最悪の思考パターンから呼び戻す。
「え? く、くれはさん?」
 目を開けると、そこにはいつものくれはの笑顔。にこにこと、大らかで、見ているこちらまで楽しくなるような、満面のあの笑顔がそこにはあった。
 きょとんと自分を見上げるエリスに、えへー、と笑いかけたくれはが、
「ひーらぎー、ちょっとエリスちゃん借りてくよー?」
 エリスの手を取って、人ごみから離れるように彼女を連れ出した。
 エスカレーターの陰、食品売り場の端っこ。レジの向こう側の緩衝地帯。
 ぐいぐいと引っ張られ、エリスは「くれはさんっ?」と叫びながら引きずられていく。
「なるべく早く済ませろよー? この後たっくさん買い物あるんだからなー?」
 遠くから呼びかける柊に、「わーかってるってー」と間延びした声で返事をするくれはの顔を、エリスはこっそりと盗み見る。
 いつもと変わらぬ声音でありながら ――― くれはの目が、どこか真剣であった。

 束の間の安堵は錯覚だったか。
 くれはの表情に再び身を固くするエリスである。
 これはもしかして、『放課後、体育館裏に呼び出される』、というやつではなかろうか。
 後から思えば随分と失礼なことを考えたものだ、と赤面ものの思考回路であったのだが、とにかくいまのエリスはそれに近い発想で、おどおどとくれはを見上げていた。
 だって、それほどくれはの表情は真面目で、固かったのだ。
 エリスがそんな勘違いをしてしまったのも、仕方がないと思えるほどに。
 しかし ―――

「エリスちゃん、ごめん。それと、ありがとね」
 くれはの口からは、意外な言葉が発せられた。
 なにが「ごめん」で、なにが「ありがとう」なのか。エリスにはさっぱりわからない。

「いまのいままでほったらかしだったもんね、ひーらぎの卒業祝い。あーあ、やっぱりだめだなぁ、私って」
 普段のくれはらしくない、少し自嘲気味の笑みだった。
「ほら、私も本当は卒業式のとき、お祝いしてやりたかったんだけどね。でも、あのとき柊がアンゼロットに連れていかれちゃったでしょ?」
 柊たちの卒業式のときの情景が、エリスの脳裏にまざまざと甦る。
 肉が食べたいと大騒ぎしていた柊と、自分たち。
 そこへいきなり現れた世界の守護者によって、哀れ柊蓮司は新たな任務へと連れ去られていき、結局『卒業おめでとう食事会』はお流れになってしまったのである。
「情けない話なんだけどね………」
 くれはがぽそりと呟いた。
「私、ひーらぎが卒業できたの、本当はやっぱりすごく嬉しくてさ。ひーらぎと一緒に卒業できたのかすごく嬉しくってさ ――― 」
 訥々と語る言葉に、かすかな湿り気が混じっていた。
「でも、私もひーらぎにおめでとう、ってすごく言いたかったんだけど、なんか気恥ずかしくってさ………で、結局言えずじまいで」
 たはは、と笑う顔がなんとなく泣き笑いのように見える。
「ううん、私、気恥ずかしかったっていうより、どうやってお祝いしたらいいのかわからなかったんだよね」
 情けない話っていうのはそういうこと、とちょっと舌を出してみせるくれは。
 言葉でもなく。贈り物でもなく。
 とにかくおめでとうの気持ちをどうやって表したらいいのか、戸惑っていたのだと、くれはは言う。
「だから、卒業式の後、エリスちゃんやあかりんと一緒に御飯食べに行こうって決まったとき、実はちょっとホッとした。ひとりじゃできないけど、みんなと一緒ならお祝いできるな、って」
 エリスは、初めて聞くくれはの告白にいつしか引き込まれていた。
 当たり前のように近くにいて。当たり前のようにお互いを分かり合っていて。
 それでもなお、言えない言葉や表現できない想いがあるのだ、と。
 そのとき、エリスは初めて知った。
「だから、エリスちゃんにはごめん。私の代わりにひーらぎのお祝いさせてごめん。でも、ありがとう。ひーらぎのお祝いしてくれてありがとう」
 つまりそーゆーことなんだよねー、と。
 頭をかきながらしきりに照れまくるくれはの顔から、エリスは目を放すことができないでいた。

「あーあー、私もエリスちゃんみたいに料理ができたら、これでもかってくらいひーらぎにエサ食べさせてやるんだけどなー」
 おどけて、砕けた口調はすでにいつものくれはのものに戻っている。
「くれはさん………」
「 ――― ね、エリスちゃん」
 エリスの言葉をさえぎって、くれはが言う。
「エリスちゃんは、私にはできないこと、たくさんできるんだよ」
「え………?」
「料理だって、そのひとつ。ほら、なにかと不幸なひーらぎに、幸せだなーって思わせることができるのは、たとえば美味しい御飯だったりするわけ。ほら、あいつ、単純なヤツだから」
 穏やかな瞳でエリスを見つめるくれは。それは、エリスを実の妹以上の存在として見るときの、慈愛に満ちた視線であった。
「だから、エリスちゃん。手のかかるやつだけど、たまにでいいからアイツの面倒みてやってくれると嬉しいな」
「えっ!?」
「あの朴念仁じゃ、苦労するかも、だけどね」
 ぱちり、と片目をつぶるくれは。
 エリスは内心、ひどくショックを受けていた。その言い方はまるで、くれはに「ひーらぎのことよろしく」と頼まれたようなものではないだろうか、と。
 だからつい、
「あ、あの、私でいいんですか ――― 」
 エリスはそう言ってしまう。だがしかし。
 そうじゃない。本当に言わなければいけないのは、次の一言だ。

「じ、じゃなくって………それで、くれはさんはいいんですか………?」

 言った。言ってしまった。エリスの心臓は口から飛び出るほどにドキドキいっている。
 胸の高鳴りは、くれはに柊を託されたという嬉しさのせい?
 とんでもない!
 一番柊先輩の近くに居なければいけないはずのひとが! くれはさんがそんなことを言っていいんですか!? と、憤りにも似た思いが、なぜか溢れてきてしまったせいだった。

 しかし、くれはの答えは、なんの迷いもなく。
 ひとかけらの躊躇も遅滞もなく。

「ひーらぎが一番いーのが、きっといーんじゃないかなー、って私は思うよー?」

 はわはわ、と屈託なく笑いながら。だけど、その笑顔は満面の笑みであるはずなのにどことなく少し淋しそうで。
 その笑顔を見た瞬間、エリスも気づいてしまう。

 くれはさんは、大切なひとの一番を、心から願うことのできるひとなんだ。
 柊先輩にとって一番いいことを、一番望むことができる人なんだ。
 それはやっぱり、二人の絆の強さがあって初めて到達できる場所なんじゃないだろうか。
 やっぱり、くれはさんにとっての一番は柊先輩で。
 柊先輩にとっての一番はくれはさんなんじゃないだろうか。

 先に言った。
 エリスの恋は、『忍ぶ恋』だと。

 だけど、それを言うならくれはの気持ちだって同じじゃないだろうか。
 決して面に出すことはない、だけど誰よりもなによりも相手を強く想う、これ以上ないくらい純粋な気持ちなのではないだろうか、と。
「私の用はそれだけ~。じゃ、エリスちゃん、しっかり餌付けしちゃいなよ~?」
「あ………」
 肩に置かれた手が、すいっ、と離れる。くれはの背中が遠ざかっていく。
 向こう側で、二人の秘密のお喋りが終わるのを退屈そうな顔で待っていた柊に向かって、くれはがトテトテ、と駆け出していくのを呆然と見送る。

(くれはさん………)
 壁にもたれかかる柊にくれはが近づいていく。声をかけることも、呼び止めることもできず、エリスはその光景をスクリーンの向こう側の風景のように見ていた。
 欠伸をしながら突っ立っていた柊のむこうずねを、突然くれはがバスケットシューズの爪先で蹴り飛ばす。その鈍い音がここまで届き、柊の絶叫がそれに重なった。
 そして始まる、幼馴染み同士の他愛のない罵りあい。
 わめき散らす柊の言葉を縫うように、くれはの声が断片的にエリスの耳にも届いてきた。
 それは、「このしあわせものー」とか、「ちゃんと味わって食べなきゃバチあたるよー?」とか、柊を揶揄するような、それでいてとても優しい言葉たち。

 いつしか、柊の前からくれはが姿を消していた。

 偶然出会った街中で。いつものように喧嘩して。
 いつものように、次の約束もしないままに。
 だけど、そんな約束はなくても、次にまた出会えることを知っているからこそ。
 不意に、唐突に別れることもできるのだ。

 そんな二人の、嵐のように過ぎていった時間を肌で感じながら。
 エリスの瞳に揺らいでいた気持ちのさざなみが、次第に穏やかなものになっていく。
 いまの彼女の頭の中は、目まぐるしく回転を続け、あるひとつの決意をエリスにもたらしたのである。

(作ろうとしていたお料理、もう一度献立の見直ししなきゃ ――― です)

 エリスは考える。
 本当に自分が、柊に食べてもらいたい料理はなんなのか。
 柊が一番喜ぶ料理はなんなのか。

(ありがとうございます、くれはさん)

 その答えをくれたひとに、心からのお礼を述べて。
 エリスは、柊の元へと再び歩き出したのである。






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