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君と歩む道 ~Infinite choices~

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君と歩む道 ~Infinite choices~


 おれは、将来、ふつうのサラリーマンになって、ふつうにおよめさんをもらって、ふつうに暮らしたい。
 トオルなんかは、テレビのヒーローみたいになりたいって言っていた。かっこいいから、おれもちょっとはあこがれるけど、やっぱりいやだ。
 だって、ヒーローのまわりはいつも事件ばっかりだ。家族とか友だちとか恋人とかが事件にまきこまれる。おれがヒーローになったら、おれのまわりで事件が起きて、姉ちゃんとかくれはとか青葉とかトオルとかユリとか……みんながきっとまき込まれるんだ。
 そんなの、いやだ。ぜったいごめんだ。だから、おれはふつうでいいんだ。
 でも、ちょっとは出世しないといけないかもしれない。
 青葉に頼まれた。「お姉ちゃんのおむこさんがもしもみつからなかったら、蓮兄ちゃんが幸せにしてあげてください」って。
 くれははおれの大事な友だちだから、やっぱり幸せになってほしい。「良いケッコンは女の幸せだ」って姉ちゃんが言ってた。良いムコが見つかるのが、きっとシアワセなんだろう。だから「いいぜ」って答えた。
 だから、ちょっと出世して、くれはのムコに良いヤツを見つけないと。あいつの家は大きいから、大きい家のヤツじゃないと、モンダイがおきる。テレビでよく見るから。イサントラブルとか、オイエソードーとかいうの。よくわかんねぇけど。

 ふつうにサラリーマンになって、ふつうにおよめさんもらって、ちょっとは出世して、青葉との約束守って、ふつうに幸せに暮らす。

 これが、おれの夢。なあ、この夢、叶ってるか?

  ◇ ◆ ◇

「……はわー……」
 幼馴染に心底呆れたような溜息を枕辺でつかれ、柊は眉をしかめた。
「『普通に』って夢がないし。っていうか、『ヒーローにはなりたくない』って、『普通』の子供はヒーローに憧れるもんじゃない?」
 その時点で『普通』じゃないじゃん、との突っ込みに、
「……悪かったな……」
 呻くように返した声は、がさがさと掠れ、しゃがれていた。
 殆ど病気などしたことのない柊だったが、今現在、病魔にノックアウトされている状態だった。
 ただの風邪だが、任務のために無理をしたためこじらせて、現在体温が38,5℃という少々洒落にならない状態だ。
 世界を守るためならどんな非道も行う守護者様も、流石に高熱にうなされる人間を任務に駆り出すほどではなかったらしい。もしかしたら単に戦力にならないから、という理由だけかもしれないが――ともかく、柊は拉致の心配もなく、自室で静養中なのだった。
 折り悪く、姉の京子は柊と入れ違いで旅行に出かけてしまって、三日間帰ってこない。そこで、ぶっ倒れたその場に居合わせたくれはが看病してくれているのだった。
 柊とくれははそれこそ幼少の頃からの付き合いだが、くれはが柊の部屋に入ったことは実は数えるほどしかない。殆どの場合、くれはの家である神社に柊の方が顔を出す、というパターンだからだ。
 それで、物珍しさからくれはは柊の部屋を見回し、机の上に置かれていた“それ”を見つけたのだった。
 “それ”は小学校の頃に、何かの特別授業で書いた手紙――『未来への手紙』だった。
 過去の自分から将来の自分に宛てた手紙。郵便局で眠っていた夢は十年の時を経て、それを綴った本人の元へと送り届けられたのだ。
 くれは自身が書いたものも、赤羽神社に届いているはずだ。ただ、ここ数日任務で帰っておらず、任務終了後にそのままここに来てしまったから、まだ読んでいない。
 それは柊も同じで、柊の留守中に届いた手紙を京子が机に置いておいたらしい。柊も内容が気になったらしく、くれはに取ってもらって読もうとしたのだが、無理だった。熱で視界が朦朧としているため、手紙が読める状態ではなかったのだ。
 見かねたくれはが「朗読しようか?」と冗談交じりで言ったのに、柊が頷き――冒頭の台詞となったわけである。
 柊の思考は相当茹ってしまっていたらしい。くれはに朗読してもらう、ということは、くれはに内容を読まれる、ということだということに、本気で気づけなかったのだ。
(まあ、別段くれはに知られて困る内容でもなかったから、いいか……)
 青葉の頼みのくだりは少々気まずくはあるが、大したことでもないだろう。姉の将来を案じた弟が、その友達に手助けを頼んだ、それだけだ。何故だか、そのあたりを読むとき、くれはの声が震えていたような気がするけれど、耳鳴りも酷いから、確かじゃない。
「……けど……思ってたのと……えらく違うな……」
 笑って言ったつもりの言葉は、引き攣れしゃがれて、皮肉のように響いてしまった。
 昔、そうなりたいと思っていた『普通』とは、かけ離れた生き方をしている自分。
 “常識”の外に在る者達と、“常識”の外の力で戦う、ウィザード。
 なりたくない、と思っていたヒーローのように化け物と戦って。周りをトラブルに巻き込んで、周りのトラブルに巻き込まれて。結果、無茶して風邪菌にノックアウトされる有様だ。
(……バカみてぇ……)
 ただでさえ、病気のときは気が弱るものだ。何だか無性に、今の自分が情けないような気分になりかけ――
「はわ~、そうだねぇ。定職についてすらいないから、出世も何もないし」
 あっけらかんと笑って言うくれはの声が、沈んでいこうとする柊を引き止めた。
 追い討ちをかけるような言葉なのに、あまりもあけすけに軽い声で言うものだから、逆に救われる様な気分だった。
 そうだ、所詮、笑い話の種になる程度のことだ、と。
 子供の頃、思い描いていた通りになれる人間など、それこそほんの一握りだ。そうなれるのが良くて、そうなれないのが悪いわけじゃない。その逆も同じ。ただ、成長する、ということは、変わっていくということだというだけ。
 様々な人や出来事に出会い、視野が広がって、選択肢が枝分かれする。その中でただ一つを追い求めるのも強さだが、新たな道に進んでいくのもまた強さだ。
 今、柊が“ここ”にいるのは、他ならぬ柊が選んできた道の結果だ。
(俺は、今までの道を、後悔してるのか……?)
 そう自問すれば、答えは一つ。
 “No”だ。
 いつだって、自分で一番いいと思う道を選んできた。望む選択肢がないときは、自分で道を斬り拓いた。それでも、全部思い通りになったわけじゃないし、思い返すのが苦しいことも、自分を責めたくなるような結果を残してしまった出来事もあるけれど。
 それでも、自分で選んだ――自分らしく生きた結果だから。
(俺は、俺だ)
 きっと、あの手紙を書いた頃に戻って、そこから何度やり直しても――自分は、今居るこの場所に来るのだろう。
 そう、思って――
「お嫁さんはおろか、彼女もいないし。ホント、夢とは程遠い方向に来ちゃってるね……って、柊? 大丈夫? 」
「――あ? ……ああ……」
 くれはの声に我に返る。熱のせいか、思考が暴走していたらしい。幼い頃の微笑ましい手紙から、自身の人生について考え出すなど。
「さっきから、反応鈍いし……っていうか、ごめん。うるさかったね、あたし」
 いつもならツッコむような場面で無反応だったことに、くれはは柊が不調だと、今更再確認したらしい。さっきまで、話は普通にできていたから、それほど深刻には思っていなかったのだろう。
 少し黙るね、ゆっくり休んで、としょげたような声で告げられて、柊は小さく首を振る。
「いい」
「でも……」
 戸惑うような声に、苦笑する。
 さっき、沈んでいこうとした気分を救い上げてくれたのは、お前の言葉だから――そんなこと、言う気もないし、言えないけれど。
「お前が、横で黙ってる方が……落ち着かねぇ」
 いつでもぎゃいぎゃいうるさいのによ、と言えば、くれはは怒鳴る形に口を開いて、寸前で踏みとどまった。流石に、病人の耳元で怒鳴るのはどうかと思ったのだろう。
 声量を押さえて、抗議する。
「ぎゃいぎゃいなんて、言ってないじゃない」
「じゃ、はわはわか?」
 そゆことじゃないっ、とくれはは声を抑えたままむくれた。
「ったく、そんな風だから、彼女の一人もできないんだよ」
 ふんっ、と拗ねた風に言うくれはに柊はくつくつと笑う。
「ホントにな……お前の婿紹介するどころか、俺の方が嫁さん紹介されそうだ」
 その切り返しに、くれはは酷く表情を揺らした――ような気がした。視界が霞んでいるから、そう見えただけかもしれないけれど。
「紹介なんて……」
 彼女が俯いて呟いたその先は、耳鳴りに掻き消されて、よく聞き取れなかった。
「は……?」
「――だいたい、あんたの知り合いのウィザード、殆ど女の子じゃない。男は変態か相手がいる人ばっかだし」
 きっ、と顔をあげると、くれははそう告げる。柊は苦笑した。
「……確かに……イノセントじゃまずいだろうしな」
 仮にもくれはは陰陽道の名家の跡取り嬢だ。その血を薄めるようなことはできないだろう。というかそもそも、ここ一年の激務で、イノセントの友人とは縁が薄くなってしまっているし。
「青葉の頼みも……叶えられないか……手紙の内容、全滅かよ」
「……なんで、そうなるのよ」
 嘆息に混ぜて呟けば、くれはがぶすっとした声を漏らした。
「肝心なのが、一人いるじゃない。……まあ、その場合、あんたの『お嫁さん』は無理になるだろうけど……」
 くれはの言葉に、柊は眉を寄せる。
(……誰だ? つーか、なんでそれで俺の『嫁さん』が無理に……?)
 熱のせいで思考がまとまらず、混乱する柊に、くれははたまりかねたように怒鳴った。
「この……朴念仁! 鏡見て考えなさい!」
 言うなり、冷却シート新しいの持ってくる! と部屋から飛び出していった。
「……………………え?」
 秒針が一周するだけの間の後、ようやっと幼馴染の言わんとしていた意味に気づいた柊は――熱を一気に40℃台の大台に乗せて、意識を彼方に飛ばした。

  ◇ ◆ ◇

 思い描いていた未来。
 平穏で、誰とも争うことなく、自分の大事な人々は傷つかず、笑っていられる世界。
 刃を手にしたその日に、そんな世界は、どうやったって手に入らないと知ってしまったけれど。
 それで、思い描いた夢が全て消えるわけじゃない。
 そこから斬り拓けた道もある。

 それは、きっと――君と同じ世界を生きる道。


Fin

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