373 名前:1/2 ◆/YUEL/E99w 投稿日:04/01/31 23:37 ID:???
老人は落ち着かない様子だった。その顔にもそれはありありとあらわれている。
疲労に色取られた表情は、刑務所に幾年も閉じ込められた囚人を思い出させた。――それも終身刑の。
震える指で老人はペットボトルのお茶を取り上げ、一気に飲み干し、そしてむせた。
普段の老人からは考えられない姿だった。
経験に裏付けされた過剰なほどの自信を持ち、常に堂々と物事に当ってきたつい先刻までの老人の姿は、もはやどこにもなく、
そこにはただ暗闇に怯える赤ん坊よりもなお無力な、うちひしがれた枯れた男がいるだけだった。
一体何が彼をそうさせたのだろうか。ジョン・スミスは尊敬する師の変貌ぶりに愕然となりながらも、それを必死に考えつづけていた。
原因は明らかだった。10分前の電話だ。
電話の鳴る音(それはロドリゲス作曲のアランフェス協奏曲第二楽章、恋のアランフェスだった)に老人はジョンへの講義を打ち切り、
居間へと受話器を取りに歩いていった。この老朽化した建物には、備え付けの旧式の電話機があるのみで、洒落た子機の一つも置かれていなかった。
ジョンが老人がいない間に欠伸をして大きくのびをしていると、やがてよろよろと老人は戻ってきた。何事かをぶつぶつと呟きながら、
老人はジョンのことも見ようともせずに床にへたり込み、そしてそのまま動かなくなった。彼が再び行動を起こしたのは、ついさっき、ペットボトルをとりあげた時だ。
そう、その時には老人はすっかりこの尾羽打ち枯らした姿になってしまっていたのだ。つい数分前まで無敵と呼ばれ敬われていた老人は、いまやすっかり怯えきってしまっている。
何があったのかを聞くのは躊躇われた。老人は何かに怯えきってしまっている。
ジョンがそちらに目を移すと、ちょうど老人は胸のポケットからかろうじてハンカチーフを取り出し、それで胸に零れたお茶の染みを取ろうと苦心しているところだった。
374 名前:2/2 ◆/YUEL/E99w 投稿日:04/01/31 23:39 ID:???
「す、すまないね、ジョン。ちょっと用事ができた、講義は中止だ」
目が合うと老人は顔を引き攣らせて笑おうとした。
「先生、何があったんですか」
ジョンが尋ねると、それ以上に掠れた声で老人は呟いた。
「星辰がね、扉が、そう、いや、何も言えない、わからない、わからないんだ」
ジョンが半ば錯乱状態の老人に、追い出されるようにして帰っていったのはそれから半刻後のことだった。
その時ジョンは、それが老人を見る最後になるとは想像もしていなかった。
半ヵ月後、老人は冷凍死体となって山小屋で発見された。
何故、普段老人が行くはずの決してないそんな場所で死んでいたのかも、どうして彼の死体が氷に包まれていたのかも、全ては謎のままだった。
彼が死の直前に書いたと見られる一枚の紙切れも、その謎を解き明かすことはできなかった。ボールペンでレシートの裏側に書かれたそれは、たった五文字の単語だった。
マンチキン。それが老人の遺言ともいえぬ遺言だった。
人々はその死をいぶかしんだが、やがては忘れていった。ジョンも当然その一人で、半年後にはすっかりと老人のことを忘れ去ってしまった。
とにかく、それがかつては無敵の万太郎と呼ばれた老人の最期だった。
マンチキンッ・ラヴ☆ストーリーズ 第一部 「無敵のジョン万ジ郎」 完
375 名前:おまけ ◆/YUEL/E99w 投稿日:04/01/31 23:45 ID:x2cJbDjw
・参考文献
ドラゴン大陸興亡記 ある日どこかのダンジョンで ジョン万次郎の冒険
ジョジョの奇妙な冒険 マークスの山 どすこい(安)コルム・サーガ
その他
・書き方はハ○カワの翻訳作品のマネです。
・実在の人物、団体、その他特にTRPGには何の関係もないにょ
・取材に協力してくださったミカトニック大学に多大な感謝を捧げます
ってわけで完。皆さん、さようなら。
みんなは卓ゲーにうつつをぬかして、社会から抹消からされる人間になんかなっちゃだめだよ…
老人は落ち着かない様子だった。その顔にもそれはありありとあらわれている。
疲労に色取られた表情は、刑務所に幾年も閉じ込められた囚人を思い出させた。――それも終身刑の。
震える指で老人はペットボトルのお茶を取り上げ、一気に飲み干し、そしてむせた。
普段の老人からは考えられない姿だった。
経験に裏付けされた過剰なほどの自信を持ち、常に堂々と物事に当ってきたつい先刻までの老人の姿は、もはやどこにもなく、
そこにはただ暗闇に怯える赤ん坊よりもなお無力な、うちひしがれた枯れた男がいるだけだった。
一体何が彼をそうさせたのだろうか。ジョン・スミスは尊敬する師の変貌ぶりに愕然となりながらも、それを必死に考えつづけていた。
原因は明らかだった。10分前の電話だ。
電話の鳴る音(それはロドリゲス作曲のアランフェス協奏曲第二楽章、恋のアランフェスだった)に老人はジョンへの講義を打ち切り、
居間へと受話器を取りに歩いていった。この老朽化した建物には、備え付けの旧式の電話機があるのみで、洒落た子機の一つも置かれていなかった。
ジョンが老人がいない間に欠伸をして大きくのびをしていると、やがてよろよろと老人は戻ってきた。何事かをぶつぶつと呟きながら、
老人はジョンのことも見ようともせずに床にへたり込み、そしてそのまま動かなくなった。彼が再び行動を起こしたのは、ついさっき、ペットボトルをとりあげた時だ。
そう、その時には老人はすっかりこの尾羽打ち枯らした姿になってしまっていたのだ。つい数分前まで無敵と呼ばれ敬われていた老人は、いまやすっかり怯えきってしまっている。
何があったのかを聞くのは躊躇われた。老人は何かに怯えきってしまっている。
ジョンがそちらに目を移すと、ちょうど老人は胸のポケットからかろうじてハンカチーフを取り出し、それで胸に零れたお茶の染みを取ろうと苦心しているところだった。
374 名前:2/2 ◆/YUEL/E99w 投稿日:04/01/31 23:39 ID:???
「す、すまないね、ジョン。ちょっと用事ができた、講義は中止だ」
目が合うと老人は顔を引き攣らせて笑おうとした。
「先生、何があったんですか」
ジョンが尋ねると、それ以上に掠れた声で老人は呟いた。
「星辰がね、扉が、そう、いや、何も言えない、わからない、わからないんだ」
ジョンが半ば錯乱状態の老人に、追い出されるようにして帰っていったのはそれから半刻後のことだった。
その時ジョンは、それが老人を見る最後になるとは想像もしていなかった。
半ヵ月後、老人は冷凍死体となって山小屋で発見された。
何故、普段老人が行くはずの決してないそんな場所で死んでいたのかも、どうして彼の死体が氷に包まれていたのかも、全ては謎のままだった。
彼が死の直前に書いたと見られる一枚の紙切れも、その謎を解き明かすことはできなかった。ボールペンでレシートの裏側に書かれたそれは、たった五文字の単語だった。
マンチキン。それが老人の遺言ともいえぬ遺言だった。
人々はその死をいぶかしんだが、やがては忘れていった。ジョンも当然その一人で、半年後にはすっかりと老人のことを忘れ去ってしまった。
とにかく、それがかつては無敵の万太郎と呼ばれた老人の最期だった。
マンチキンッ・ラヴ☆ストーリーズ 第一部 「無敵のジョン万ジ郎」 完
375 名前:おまけ ◆/YUEL/E99w 投稿日:04/01/31 23:45 ID:x2cJbDjw
・参考文献
ドラゴン大陸興亡記 ある日どこかのダンジョンで ジョン万次郎の冒険
ジョジョの奇妙な冒険 マークスの山 どすこい(安)コルム・サーガ
その他
・書き方はハ○カワの翻訳作品のマネです。
・実在の人物、団体、その他特にTRPGには何の関係もないにょ
・取材に協力してくださったミカトニック大学に多大な感謝を捧げます
ってわけで完。皆さん、さようなら。
みんなは卓ゲーにうつつをぬかして、社会から抹消からされる人間になんかなっちゃだめだよ…