691 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 07:53:01 ID:???
涼士(其の一)
不可解なゲーム
警視庁資料編纂課。
名前どおり資料を編纂するだけの閑職で、問題のある警察官に仕事だけを与えておくためのリストラ前線基地。
そこに送られた者は、死んだも同然となる事から<死霊課>のあだ名で知られている。
・・・そう、表向きには。
魔物。世界の夜に住まうものたち。
かつては人の側と闇の側には明確な境界があった、・・・いや、無かったと言うべきか。
人の側は闇の側のほんの一部に過ぎなかったのだから。
人は増えすぎた。人は科学を妄信しすぎた。人は世界の夜に踏み込みすぎた。
そして境界は破られる。
当然おきる問題は、作り上げられてしまった常識や日常という名の幻想を打ち砕く。
しかし、いまや人の側にとっては、その幻想こそが守るべきものなのである。
魔物の存在は世界の闇の側においてのみ許される。
人間にとって存在してはならない、無かった事にしなくてはいけないものなのだ。
「こら高瀬ぇ、なんだ今日のあの有様は。
今日の仕事は奴さんにあのシマを退散願うのが目的だっただろうが。
それをいきなり発砲しやがって。
しかも撃ったら撃ったで当たりゃあしねえし」
死霊課の一室での説教。
されている側はまだ経験の浅い若手課員のようだ。
「すんませんです、先輩。
でもほら、あいつ説得とか効かないですし」
「そりゃ、おめえの勝手な判断だろうがよ。そら、始末書だ」
「(平和を守ってこれじゃ割に合わないよなあ)」
「何ぶつくさ言ってやがる。今日中に提出しとけよ!」
ベテラン課員はそう言い捨てて部屋を出て行く。
高瀬と呼ばれた若者はがっくりとうなだれた。
高瀬 涼士巡査。
日本の魔的治安を守る秘密組織<死霊課>の一員でありながら、彼には更なる秘密があった。それは・・・
692 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 07:56:37 ID:???
「おっと忘れるところだった。高瀬ぇ、課長が呼んでるぞ」
「は? 課長って一体・・・」
「課長っつったら、資料編纂課課長だろ。うちのボスだよ。」
「へ? ・・・ええーっ!?」
課長室の扉が遠慮がちにノックされる。
「入りたまえ」
応えて入ってきたのは恐縮しきった若手の課員だった。
「きみが、高瀬 涼士君か。いろいろと活躍は聞いているよ」
それを聞いて、若者の体が一瞬震えた。
「あの、よろしいでしょうか?」
「何だね」
「もしかして、俺、クビですか?」
「ああ、勘違いさせてしまったようだな。
私が言っているのは君の<もう一つの活動>のことだよ」
今度こそ、彼の動きが凍りついた。
「まあ、こちらとしても助かっている部分が大きいので、何も言わないでおくとして、だ。
そんな君の能力を見込んで、ある特別な仕事を受けて貰いたいのだが」
つまり、こう言っているのだ。黙っていてやるから手伝え、と。
「今渡した資料の人物が、明日、君の自宅に訪ねてくるはずだ。
仕事はその人物に関することだ」
覚悟を決めたのか、高瀬巡査はじっとこちらの言葉を聞いている。
これから告げる命令は、今の彼にとっては矛盾する不可解なものだろう。
しかし、今告げることを許されているのはこれだけなのだ。
「その人物が目的を果たすまで同行し、傷付けないように護衛をしてほしい。
そして、万が一その人物が危険だと判断されたときには、・・・その人物を殺せ」
案の定、しばらく彼は混乱した顔つきで今の命令を反芻していた。
日本を代表する対魔物組織でありながら、打つ手は気の利かない命令一つのみ。だからこそ、彼の退室際に思わず声をかけていた。
「高瀬巡査、たとえ君が何者であろうとも、私の部下であることには変わりない。
・・・生きて戻ってこい。それだけだ」
うなずいて、巡査は退室する。課長室を沈黙が満たした。
「後は、結果を待つだけか・・・」
693 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 08:02:40 ID:???
次の日、涼士の部屋を訪れたのは若い女性だった。
資料によれば月城 朔夜という名前らしい。
クォーターということだが、何人の血かは不明になっている。
「それで、あなたはどういう人なんですか?」
開口一番、訊かれたのは自分がまず訊ねようとしていた質問だった。
呆気にとられていると、さすがに彼女も性急すぎたと気付いたらしく、状況を語り始めた。
「まず私は、今日この住所に住む人を訪ねて同行しろ、としか命令されていません。
高瀬さん、ですよね。
ほら、この招待状のようなものに<・・・なお、護衛役として高瀬 涼士が同行する。本状の届いた翌日に下記の住所を訪ねるべし。云々>って・・」
見せてもらうと、確かにこの家の住所になっている。
だが、なぜ同行するのかという基本的な理由が<護衛役>の一言で片付けられているのだ。
確かに本人に訊きたくもなるだろう。
だが、そもそもその招待状の文章からは有無を言わせぬ意思が感じられた。
省みれば、自分とて何のために今回の任務が与えられているのかは知らされていないのだ。
「この招待状は昨日の朝、郵便受けに直接入っていたんです。
最初はただの悪戯かと思ったんですが、仕事先にいつの間にか長期の休暇届が出ていまして・・・」
朔夜は訳が分からないという様子で頭を抱えた。
「上司に問いただしたら、家族から生き別れの兄が見つかったので実家に帰っている間休ませてほしいと連絡があったそうなんです。
でも、私に家族なんて居ないんです!」
聞きながら涼士は、何か巨大な存在が自分たち二人をまとめて無理やり見えないゲーム盤に乗せようとしている気がしてきた。
それには多分逆らえないだろうし、恐らくゲームが始まれば逃げられない。
<もう一つの活動>のほうで、それは嫌というほど思い知っている。
「でも・・・」彼女は続ける「生き別れの兄が居る、というのは本当なんです。
といっても、最近知ったばかりでまだよく分からないんですけど。
でも、もしも兄に会えるんだったら・・・」
「そのために、この招待を受ける、と?」
「はい。
ですから、その、わがままを言うようですが、高瀬さんに同行していただきたいんです」
694 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 08:06:12 ID:???
断れるはずが無い。
たとえ彼女がどんな存在だろうと。
「わかりました。引き受けましょう」
その言葉に朔夜は心底喜んだようだった。
「有難う御座います。
ところで、最初の質問に答えてください。
あなたはどういった方なんですか?」
「いや、その、警察官ですよ。
それもただのダメ警官で。あはは・・・」
対魔物組織などといった所属はともかく、自分の任務の内容だけは絶対に知られてはいけないと思いながら、涼士は笑って誤魔化すことに専念した。
その屋敷はここ数年、人の出入りが全く無かったようだ。
朝霧に煙る山奥の風景に一体化したそれはまさに絵に描いたような洋館であった。
「お待ちしておりました。月城朔夜様と同行者の高瀬涼士様ですね」
ノックの直後に待ち構えていたかのように開いた扉の向こうには、それこそ絵に描いたようなメイドが控えていた。
彼女に導かれて二階の客室に上る途中、鋭い刺の印象の女性とすれ違う。
物静かだが隙が無く、こちらが隙を見せれば逆に一刺しでやられる。
そんな印象だ。
「食事は一日に二度。
食堂でとって頂きますが、もしも軽食をお望みでしたら申し付けてください。
お部屋のほうにお持ちしますので」
説明を終えると、そのメイドは他の部屋へ向かっていった。
どうやら彼女一人でこの館を切り回しているらしい。
「それにしても、何人が参加するんだ?」
朔夜とは当然別の個室だが、何かあったときの為に隣の部屋にしてもらった。
その部屋で涼士は一人呟く。
何のために自分たちが呼ばれたのか、あのメイドは何も知らされてはいなかった。
ただ、この屋敷に何人かの客が来ることは確かで、全員が集まったときに何かのイベントが始まるらしい。
「護衛役。てことは、何かから守らなくちゃならないんだよな」
その日の昼過ぎに、階下からノックの音が響いた。どうやら次の参加者らしい。
(様子だけでも見ておくか)
695 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 08:11:51 ID:???
階段に向かうと、ちょうどメイドに導かれて二人の人物が上ってきた。
一人はやたらと高飛車な子供で、もう一人はその執事らしく慇懃な老人だった。
「おい、そこの」
子供がぶっきらぼうに呼びかけてきた。
「え? 俺?」
「お前以外にいるか?
邪魔だ、どけ」
いきなりの事に気圧されて思わず退いてしまう。
すると、その子供が目を細めて優雅に一礼して見せた。
視線の先を追うとそこに、自分と同じく様子を見に出てきたのか朔夜が佇んでいた。
「え・・・? あの?」
どういうことか分からずに呆然としている彼女に、子供は恐ろしく冷酷な声で告げた。
「あなたは僕が手に入れるよ。楽しみに待っていてくれ」
夕方も近くなったころ、再びノックが響く。
苛立ちを抑えながらもう一度様子を見に出てゆくと、なんと今度は涼士の見知った顔だった。
(芝村 刀夜・・・! なぜここに?)
だが青年はまるでこちらを初めて見るような目付きで見返してくる。
思わず声をかけようとしたが、目線で注意を促された。
廊下の端から先ほどの少年が見つめている。
もう一方から屋敷では初めて見る、フード付きマントを被った男がこちらに視線を投げかけていた。
「あとで部屋に来るがよい」
すれ違いざまにそれだけを呟いて、刀夜はメイドの先導で客室のほうへ向かう。
しばらく経ってから刀夜の部屋を訪ねる。
都合のよい事に朔夜の部屋を挟んで涼士の二つ隣だった。
「久方ぶりだな。
まさかお主まで招待を受けていようとは」
「いや、おれはお付で来ただけなんだけどな。
それよりさっきのはどういうことだったんだ?」
刀夜は肩をすくめ
「わざわざ手の内を見せてやることもあるまい」軽く呟く。
696 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 08:15:26 ID:???
相変わらず用心深いやつだ、と涼士はあきれ半分、感心半分で確か高校生のその青年を見やる。
と、その手が部屋においてあったメモ用紙に伸びて、なにやら書きつけ始める。
(盗聴を用心して重要な会話は筆談にて行う。よいな)
涼士は今度こそあきれ返った。
とても自分より若いとは思えない。
芝村 刀夜。
かつて一度、ある事件で知り合い共に戦ったことがある。
さる剣士の転生者を自称しており、実際剣の戦闘においてはほとんど無敵と言ってもよいだろう。
さらに彼の家柄というか後ろ盾もかなりの影響力があり、できれば敵に回したくない人物の一人といえる。
(その女性の状況は、私のものとほとんど同じだな。
私も招待状を受け取った日に、勝手に長期の休校届けが出されていた。
一般的な参加者はそういう風に集められているのかも知れぬ)
「まあ、ここまで趣向を凝らされたゲームなら、少しは楽しめるのではないかと思ってな」
状況を整理しながら刀夜は嘯く。
俺もこんな根拠の無い自信が少しは欲しいよ。
などと内心思っていると、またもノックが階下より鳴り響いた。
「今日で四組目か? 千客万来だな。
まあ、待たされるよりは好いか」
様子を見に出ようと部屋を出たとたん、メイドが正面に立っていた。
「夕食の準備が出来ております。
私はただいま来られたお客様をご案内しますので、よろしければ食堂までお越しください。では」
朔夜をつれて一階に下りると、メイドが二人の客を連れて行った。
一人はとんでもない巨体の大男。もう一人はどこか陰気なハーフらしい青年。
一緒に来たようだが同行者ではないらしい。
「客室は十二あるから、あと最大四組まで追加されるな」
「まるで追加が来て欲しいかのような口ぶりじゃないか」
食堂には他の面子が揃っていた。
最初の女性にフードの男、子供と執事に自分、朔夜、刀夜。
続いて、今来たばかりの大男と青年が食堂に現れる。
697 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 08:19:39 ID:???
食卓には十人目の席があり、食事も用意されていたがそこには誰もいない。
どこと無く妙な雰囲気の中で食事会が始まった。
誰もがお互いを探り合っているのだ。
そんな中で、またもノックが響き渡る。
メイドが迎えに出るより早く玄関の戸が開き、ずかずかとひねた感じの若者が食堂まで上がりこんでくる。
「おやおや、おれっちが最後ってわけか。
ま、他人を待たせるのはかまわねえが、待たされるのは好みじゃねえしな。
ちょうど腹も空いてたから時間ぴったりってわけだな」
軽口を叩きつつ、十番目の席にどっかと座り込んだ。
しかし、腹が空いていたという割に食事には手をつけようとしない。
そこに、メイドがやってきて告げた。
「参加される方はこれで全員のようですので、今晩零時からゲームを開始するとのことです。
それ以降屋敷の外への出入りは禁じられてしまいます」
「逃げるなら今のうちということだな」
少年がこちらに視線を投げつつ呟く。
それを無視して刀夜がメイドに質問した。
「具体的なルールの説明を一切受けていないのだが?」
一瞬の間があり、最後に来た男が弾かれた様に爆笑しだす。
それ以外の参加者もやれやれと肩をすくめたり、馬鹿にしたような冷笑を浮かべたり、溜息をついたりと反応は冷ややかだ。
ただ、フードの男と執事と大男の三人は何も反応が無い。
「くく、若ぇのに大したユーモアセンスだなおい。
ここまできといて本気でルールを知らねえてこたあねえだろう」
「貴様には聞いておらん。
で、答えてもらえるかな」
刀夜は努めて平静を保ち、メイドの返事を待っていた。
「申し訳ありませんが。
私はあなた方のお世話をするように申し付けられているだけですので、そのような知識を与えられてはいませんし、お答えする権限もありません」
「では貴女の主人を出してもらおうか。
主催者なら説明の義務があるだろう」
「この屋敷にはおりません。今日中に会うのは無理です」
「連絡手段は? 先程は命じられてゲームの開始を告げたのだろう」
698 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 08:22:23 ID:???
「手紙です。
あらかじめ特定の条件を満たしたときに開封するようにと・・・」
「そこまでにしておきなさい」
食い下がる刀夜に、最初の女性が見かねて割って入った。
「ルールを知らない事が不満だというのならば、ゲームに参加しなければ良いだけの話でしょう」
「競争相手も減るからな」
ハーフの青年がぼそりと呟く。
「ともかく、今与えられている状況がすべてよ。
このメイドさんはただの世話役でしかない」
つまり、ルールを知らない参加者というのも、このゲームを設定した人物の演出、ということか。
「ったく、なんつう悪趣味な」
ひとりごちて涼士は頭を抱えた。
と、話が一段落したのをいい機会だと感じたのか、みなぞろぞろと退出を始めた。
メイドは思い出したかのように参加者たちに声を掛ける。
「朝と夜の七時から八時のそれぞれ一時間は、ゲームを一時中断し食事の時間とさせていただきます。
この食堂にてお待ちしておりますので、皆様どうかご無事で」
参加者たちは、なぜかみな朔夜に視線を投げかけてゆく。
それに気付いて涼士はまたも頭を抱える。
このぶんではどう考えても無事に済む訳が無かった。
(だが、なぜ朔夜なんだ?)
考えても答えが出るわけも無く、当の朔夜に肩を叩かれて部屋に戻る。
今夜は眠れそうに無かった。
涼士(其の一) 了
699 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 08:48:24 ID:???
涼士(其の一)解説
・涼士のアーキタイプ構成
死霊課/ダメ人間で、テクスチャは当時放送中だった某龍騎。
・課長室(>692)
視点がNPCである課長主観になっているのでわかり辛い…
・月城 朔夜
セッション開始前に提示されたNPC。
「生き別れの兄」とかはGMのサービスだったのだろうか?
・山奥の洋館(>694)
アルト(其の一)の洋館と同じもの。
メイドは“彼女”である。
・芝村 刀夜
れっきとしたPCだが、枠で言えばPC4以降。
アーキタイプは転生者(+強化人間)/魔剣。どう見ても和マンチです本当に(以下略)
・筆談(>696)
読み返した時デスノート吹いたw
・ゲームの開始(>697-698)
状況を説明しているようで説明せず、他の参加者との交渉の必要性を暗に示している。のだが…
とりあえず今朝はこんなとこで終了ー。
涼士(其の一)
不可解なゲーム
警視庁資料編纂課。
名前どおり資料を編纂するだけの閑職で、問題のある警察官に仕事だけを与えておくためのリストラ前線基地。
そこに送られた者は、死んだも同然となる事から<死霊課>のあだ名で知られている。
・・・そう、表向きには。
魔物。世界の夜に住まうものたち。
かつては人の側と闇の側には明確な境界があった、・・・いや、無かったと言うべきか。
人の側は闇の側のほんの一部に過ぎなかったのだから。
人は増えすぎた。人は科学を妄信しすぎた。人は世界の夜に踏み込みすぎた。
そして境界は破られる。
当然おきる問題は、作り上げられてしまった常識や日常という名の幻想を打ち砕く。
しかし、いまや人の側にとっては、その幻想こそが守るべきものなのである。
魔物の存在は世界の闇の側においてのみ許される。
人間にとって存在してはならない、無かった事にしなくてはいけないものなのだ。
「こら高瀬ぇ、なんだ今日のあの有様は。
今日の仕事は奴さんにあのシマを退散願うのが目的だっただろうが。
それをいきなり発砲しやがって。
しかも撃ったら撃ったで当たりゃあしねえし」
死霊課の一室での説教。
されている側はまだ経験の浅い若手課員のようだ。
「すんませんです、先輩。
でもほら、あいつ説得とか効かないですし」
「そりゃ、おめえの勝手な判断だろうがよ。そら、始末書だ」
「(平和を守ってこれじゃ割に合わないよなあ)」
「何ぶつくさ言ってやがる。今日中に提出しとけよ!」
ベテラン課員はそう言い捨てて部屋を出て行く。
高瀬と呼ばれた若者はがっくりとうなだれた。
高瀬 涼士巡査。
日本の魔的治安を守る秘密組織<死霊課>の一員でありながら、彼には更なる秘密があった。それは・・・
692 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 07:56:37 ID:???
「おっと忘れるところだった。高瀬ぇ、課長が呼んでるぞ」
「は? 課長って一体・・・」
「課長っつったら、資料編纂課課長だろ。うちのボスだよ。」
「へ? ・・・ええーっ!?」
課長室の扉が遠慮がちにノックされる。
「入りたまえ」
応えて入ってきたのは恐縮しきった若手の課員だった。
「きみが、高瀬 涼士君か。いろいろと活躍は聞いているよ」
それを聞いて、若者の体が一瞬震えた。
「あの、よろしいでしょうか?」
「何だね」
「もしかして、俺、クビですか?」
「ああ、勘違いさせてしまったようだな。
私が言っているのは君の<もう一つの活動>のことだよ」
今度こそ、彼の動きが凍りついた。
「まあ、こちらとしても助かっている部分が大きいので、何も言わないでおくとして、だ。
そんな君の能力を見込んで、ある特別な仕事を受けて貰いたいのだが」
つまり、こう言っているのだ。黙っていてやるから手伝え、と。
「今渡した資料の人物が、明日、君の自宅に訪ねてくるはずだ。
仕事はその人物に関することだ」
覚悟を決めたのか、高瀬巡査はじっとこちらの言葉を聞いている。
これから告げる命令は、今の彼にとっては矛盾する不可解なものだろう。
しかし、今告げることを許されているのはこれだけなのだ。
「その人物が目的を果たすまで同行し、傷付けないように護衛をしてほしい。
そして、万が一その人物が危険だと判断されたときには、・・・その人物を殺せ」
案の定、しばらく彼は混乱した顔つきで今の命令を反芻していた。
日本を代表する対魔物組織でありながら、打つ手は気の利かない命令一つのみ。だからこそ、彼の退室際に思わず声をかけていた。
「高瀬巡査、たとえ君が何者であろうとも、私の部下であることには変わりない。
・・・生きて戻ってこい。それだけだ」
うなずいて、巡査は退室する。課長室を沈黙が満たした。
「後は、結果を待つだけか・・・」
693 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 08:02:40 ID:???
次の日、涼士の部屋を訪れたのは若い女性だった。
資料によれば月城 朔夜という名前らしい。
クォーターということだが、何人の血かは不明になっている。
「それで、あなたはどういう人なんですか?」
開口一番、訊かれたのは自分がまず訊ねようとしていた質問だった。
呆気にとられていると、さすがに彼女も性急すぎたと気付いたらしく、状況を語り始めた。
「まず私は、今日この住所に住む人を訪ねて同行しろ、としか命令されていません。
高瀬さん、ですよね。
ほら、この招待状のようなものに<・・・なお、護衛役として高瀬 涼士が同行する。本状の届いた翌日に下記の住所を訪ねるべし。云々>って・・」
見せてもらうと、確かにこの家の住所になっている。
だが、なぜ同行するのかという基本的な理由が<護衛役>の一言で片付けられているのだ。
確かに本人に訊きたくもなるだろう。
だが、そもそもその招待状の文章からは有無を言わせぬ意思が感じられた。
省みれば、自分とて何のために今回の任務が与えられているのかは知らされていないのだ。
「この招待状は昨日の朝、郵便受けに直接入っていたんです。
最初はただの悪戯かと思ったんですが、仕事先にいつの間にか長期の休暇届が出ていまして・・・」
朔夜は訳が分からないという様子で頭を抱えた。
「上司に問いただしたら、家族から生き別れの兄が見つかったので実家に帰っている間休ませてほしいと連絡があったそうなんです。
でも、私に家族なんて居ないんです!」
聞きながら涼士は、何か巨大な存在が自分たち二人をまとめて無理やり見えないゲーム盤に乗せようとしている気がしてきた。
それには多分逆らえないだろうし、恐らくゲームが始まれば逃げられない。
<もう一つの活動>のほうで、それは嫌というほど思い知っている。
「でも・・・」彼女は続ける「生き別れの兄が居る、というのは本当なんです。
といっても、最近知ったばかりでまだよく分からないんですけど。
でも、もしも兄に会えるんだったら・・・」
「そのために、この招待を受ける、と?」
「はい。
ですから、その、わがままを言うようですが、高瀬さんに同行していただきたいんです」
694 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 08:06:12 ID:???
断れるはずが無い。
たとえ彼女がどんな存在だろうと。
「わかりました。引き受けましょう」
その言葉に朔夜は心底喜んだようだった。
「有難う御座います。
ところで、最初の質問に答えてください。
あなたはどういった方なんですか?」
「いや、その、警察官ですよ。
それもただのダメ警官で。あはは・・・」
対魔物組織などといった所属はともかく、自分の任務の内容だけは絶対に知られてはいけないと思いながら、涼士は笑って誤魔化すことに専念した。
その屋敷はここ数年、人の出入りが全く無かったようだ。
朝霧に煙る山奥の風景に一体化したそれはまさに絵に描いたような洋館であった。
「お待ちしておりました。月城朔夜様と同行者の高瀬涼士様ですね」
ノックの直後に待ち構えていたかのように開いた扉の向こうには、それこそ絵に描いたようなメイドが控えていた。
彼女に導かれて二階の客室に上る途中、鋭い刺の印象の女性とすれ違う。
物静かだが隙が無く、こちらが隙を見せれば逆に一刺しでやられる。
そんな印象だ。
「食事は一日に二度。
食堂でとって頂きますが、もしも軽食をお望みでしたら申し付けてください。
お部屋のほうにお持ちしますので」
説明を終えると、そのメイドは他の部屋へ向かっていった。
どうやら彼女一人でこの館を切り回しているらしい。
「それにしても、何人が参加するんだ?」
朔夜とは当然別の個室だが、何かあったときの為に隣の部屋にしてもらった。
その部屋で涼士は一人呟く。
何のために自分たちが呼ばれたのか、あのメイドは何も知らされてはいなかった。
ただ、この屋敷に何人かの客が来ることは確かで、全員が集まったときに何かのイベントが始まるらしい。
「護衛役。てことは、何かから守らなくちゃならないんだよな」
その日の昼過ぎに、階下からノックの音が響いた。どうやら次の参加者らしい。
(様子だけでも見ておくか)
695 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 08:11:51 ID:???
階段に向かうと、ちょうどメイドに導かれて二人の人物が上ってきた。
一人はやたらと高飛車な子供で、もう一人はその執事らしく慇懃な老人だった。
「おい、そこの」
子供がぶっきらぼうに呼びかけてきた。
「え? 俺?」
「お前以外にいるか?
邪魔だ、どけ」
いきなりの事に気圧されて思わず退いてしまう。
すると、その子供が目を細めて優雅に一礼して見せた。
視線の先を追うとそこに、自分と同じく様子を見に出てきたのか朔夜が佇んでいた。
「え・・・? あの?」
どういうことか分からずに呆然としている彼女に、子供は恐ろしく冷酷な声で告げた。
「あなたは僕が手に入れるよ。楽しみに待っていてくれ」
夕方も近くなったころ、再びノックが響く。
苛立ちを抑えながらもう一度様子を見に出てゆくと、なんと今度は涼士の見知った顔だった。
(芝村 刀夜・・・! なぜここに?)
だが青年はまるでこちらを初めて見るような目付きで見返してくる。
思わず声をかけようとしたが、目線で注意を促された。
廊下の端から先ほどの少年が見つめている。
もう一方から屋敷では初めて見る、フード付きマントを被った男がこちらに視線を投げかけていた。
「あとで部屋に来るがよい」
すれ違いざまにそれだけを呟いて、刀夜はメイドの先導で客室のほうへ向かう。
しばらく経ってから刀夜の部屋を訪ねる。
都合のよい事に朔夜の部屋を挟んで涼士の二つ隣だった。
「久方ぶりだな。
まさかお主まで招待を受けていようとは」
「いや、おれはお付で来ただけなんだけどな。
それよりさっきのはどういうことだったんだ?」
刀夜は肩をすくめ
「わざわざ手の内を見せてやることもあるまい」軽く呟く。
696 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 08:15:26 ID:???
相変わらず用心深いやつだ、と涼士はあきれ半分、感心半分で確か高校生のその青年を見やる。
と、その手が部屋においてあったメモ用紙に伸びて、なにやら書きつけ始める。
(盗聴を用心して重要な会話は筆談にて行う。よいな)
涼士は今度こそあきれ返った。
とても自分より若いとは思えない。
芝村 刀夜。
かつて一度、ある事件で知り合い共に戦ったことがある。
さる剣士の転生者を自称しており、実際剣の戦闘においてはほとんど無敵と言ってもよいだろう。
さらに彼の家柄というか後ろ盾もかなりの影響力があり、できれば敵に回したくない人物の一人といえる。
(その女性の状況は、私のものとほとんど同じだな。
私も招待状を受け取った日に、勝手に長期の休校届けが出されていた。
一般的な参加者はそういう風に集められているのかも知れぬ)
「まあ、ここまで趣向を凝らされたゲームなら、少しは楽しめるのではないかと思ってな」
状況を整理しながら刀夜は嘯く。
俺もこんな根拠の無い自信が少しは欲しいよ。
などと内心思っていると、またもノックが階下より鳴り響いた。
「今日で四組目か? 千客万来だな。
まあ、待たされるよりは好いか」
様子を見に出ようと部屋を出たとたん、メイドが正面に立っていた。
「夕食の準備が出来ております。
私はただいま来られたお客様をご案内しますので、よろしければ食堂までお越しください。では」
朔夜をつれて一階に下りると、メイドが二人の客を連れて行った。
一人はとんでもない巨体の大男。もう一人はどこか陰気なハーフらしい青年。
一緒に来たようだが同行者ではないらしい。
「客室は十二あるから、あと最大四組まで追加されるな」
「まるで追加が来て欲しいかのような口ぶりじゃないか」
食堂には他の面子が揃っていた。
最初の女性にフードの男、子供と執事に自分、朔夜、刀夜。
続いて、今来たばかりの大男と青年が食堂に現れる。
697 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 08:19:39 ID:???
食卓には十人目の席があり、食事も用意されていたがそこには誰もいない。
どこと無く妙な雰囲気の中で食事会が始まった。
誰もがお互いを探り合っているのだ。
そんな中で、またもノックが響き渡る。
メイドが迎えに出るより早く玄関の戸が開き、ずかずかとひねた感じの若者が食堂まで上がりこんでくる。
「おやおや、おれっちが最後ってわけか。
ま、他人を待たせるのはかまわねえが、待たされるのは好みじゃねえしな。
ちょうど腹も空いてたから時間ぴったりってわけだな」
軽口を叩きつつ、十番目の席にどっかと座り込んだ。
しかし、腹が空いていたという割に食事には手をつけようとしない。
そこに、メイドがやってきて告げた。
「参加される方はこれで全員のようですので、今晩零時からゲームを開始するとのことです。
それ以降屋敷の外への出入りは禁じられてしまいます」
「逃げるなら今のうちということだな」
少年がこちらに視線を投げつつ呟く。
それを無視して刀夜がメイドに質問した。
「具体的なルールの説明を一切受けていないのだが?」
一瞬の間があり、最後に来た男が弾かれた様に爆笑しだす。
それ以外の参加者もやれやれと肩をすくめたり、馬鹿にしたような冷笑を浮かべたり、溜息をついたりと反応は冷ややかだ。
ただ、フードの男と執事と大男の三人は何も反応が無い。
「くく、若ぇのに大したユーモアセンスだなおい。
ここまできといて本気でルールを知らねえてこたあねえだろう」
「貴様には聞いておらん。
で、答えてもらえるかな」
刀夜は努めて平静を保ち、メイドの返事を待っていた。
「申し訳ありませんが。
私はあなた方のお世話をするように申し付けられているだけですので、そのような知識を与えられてはいませんし、お答えする権限もありません」
「では貴女の主人を出してもらおうか。
主催者なら説明の義務があるだろう」
「この屋敷にはおりません。今日中に会うのは無理です」
「連絡手段は? 先程は命じられてゲームの開始を告げたのだろう」
698 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 08:22:23 ID:???
「手紙です。
あらかじめ特定の条件を満たしたときに開封するようにと・・・」
「そこまでにしておきなさい」
食い下がる刀夜に、最初の女性が見かねて割って入った。
「ルールを知らない事が不満だというのならば、ゲームに参加しなければ良いだけの話でしょう」
「競争相手も減るからな」
ハーフの青年がぼそりと呟く。
「ともかく、今与えられている状況がすべてよ。
このメイドさんはただの世話役でしかない」
つまり、ルールを知らない参加者というのも、このゲームを設定した人物の演出、ということか。
「ったく、なんつう悪趣味な」
ひとりごちて涼士は頭を抱えた。
と、話が一段落したのをいい機会だと感じたのか、みなぞろぞろと退出を始めた。
メイドは思い出したかのように参加者たちに声を掛ける。
「朝と夜の七時から八時のそれぞれ一時間は、ゲームを一時中断し食事の時間とさせていただきます。
この食堂にてお待ちしておりますので、皆様どうかご無事で」
参加者たちは、なぜかみな朔夜に視線を投げかけてゆく。
それに気付いて涼士はまたも頭を抱える。
このぶんではどう考えても無事に済む訳が無かった。
(だが、なぜ朔夜なんだ?)
考えても答えが出るわけも無く、当の朔夜に肩を叩かれて部屋に戻る。
今夜は眠れそうに無かった。
涼士(其の一) 了
699 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/07(水) 08:48:24 ID:???
涼士(其の一)解説
・涼士のアーキタイプ構成
死霊課/ダメ人間で、テクスチャは当時放送中だった某龍騎。
・課長室(>692)
視点がNPCである課長主観になっているのでわかり辛い…
・月城 朔夜
セッション開始前に提示されたNPC。
「生き別れの兄」とかはGMのサービスだったのだろうか?
・山奥の洋館(>694)
アルト(其の一)の洋館と同じもの。
メイドは“彼女”である。
・芝村 刀夜
れっきとしたPCだが、枠で言えばPC4以降。
アーキタイプは転生者(+強化人間)/魔剣。どう見ても和マンチです本当に(以下略)
・筆談(>696)
読み返した時デスノート吹いたw
・ゲームの開始(>697-698)
状況を説明しているようで説明せず、他の参加者との交渉の必要性を暗に示している。のだが…
とりあえず今朝はこんなとこで終了ー。