706 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 05:49:41 ID:???
刀夜(其の一)
ゲーム開始
<二分後>ただそれだけ書かれた紙切れを持って、芝村刀夜は一人食堂に立っていた。
「そろそろ二分経つが・・・」
人気の無い所の方が良かろうと思い、わざわざ場所を変えたのだが、誰かが来る気配はまるでない。
二分後に襲撃するという予告だったのだろうか。
二人が待つ部屋に戻りながら、そんなことを想う。
そもそもの発端はあの招待状だ。
あんなものは無視して、何者かが仕組んでくれた休日を楽しむのがまっとうな考えを持つ者の行動だろう。
だが、
<汝、我が下へと至りたくば、この招待を受けるが良い>
忌々しい「あの声」が聞こえてしまった以上、退くわけには行かなかった。
例え逆らおうとしたところで、どういう訳か様々な偶然により従わされる羽目になるのだ。
ならば、いっそのこと自らの意思でその状況へと飛び込んだほうが納得できるというものだ。
(芝村の名を持つ者は自らの進む道を自分の意思で切り開く)
部屋の前に、見たことのある女が扉にもたれつつ待っていた。
「場所はこちらで指定するのかと思ってしまったぞ」
声を掛けると、さほど驚いた様子も無く振り向き、応える。
「だったら書置きぐらい残すべきね。
二人だけで話がしたいの。入っていい?」
「少し待って欲しい。知り合いが中に居るものでね」
ノックと共にドアを開くと、正面にニューナンブの銃口が待ち構えていた。
「フリー・・・!」
高瀬がフリーズを言い終わるより早く、奴の顔の前の空間が小さく風鳴りを発していた。
前髪が一、二本はらりと舞う。
凍り付いた高瀬にすれ違い様言ってやる。
「ノックして来る者まで敵扱いか?」
「す、すまん。
それで、何かあったか?」
707 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 05:50:50 ID:???
それには応えずに、後ろを促すと例の女性が刀夜に続いて入ってきた。
「彼らは信用できるの?」開口一番言い放つ。
「君はそういわれて信用するのか?」
無駄だと思いつつも一応訊ねてみる。
「私は信用したくない。誰一人ね」
高瀬を促して、月城女史と共に隣の部屋で控えて居て貰う事にする。
これで望み通り二人きりというわけだ。
自己紹介も抜きで彼女はいきなり切り出す。
「彼らと組むつもりなら、悪いことは言わないから止めたほうが賢明だわ」
「どちらが賢明かは結果が証明してくれる」
どのみち止める積もりなど無いのだから、気になることはそれだけだ。
しかし、彼女は何が気に障ったのか、声の調子を少々硬くして言い募る。
「あなたがその態度と同じくらい強くても、彼らと組んでいてはゲームに勝てないのよ」
くだらない忠告などよりも、そういう情報のほうが有難い。だが、どういう意味だろうか。
「勝利条件に矛盾するというのか?
ならば、ゲームそのものをひっくり返すまでだ」
「これ以上の忠告は無駄のようね。
仲間と思われたく無いから、もう行くわ」
なぜか呆れ返った様子で、女性は出て行ってしまった。
しかし、何かおかしな所などあるだろうか?
(芝村の名を持つ者は自らの進む道を自分の意思で切り開く)
ゲームの勝敗自体には興味は無い。
問題は、自分の意思がその結果を選んだのかどうかだ。
「ゲームをひっくり返す・・・か」
刀夜はしばらく黙っていたが、やがて隣の部屋で待っている筈の、二人の許へ向かった。
時間は刻一刻と過ぎ去り、ゲーム開始まで三十分をきっていた。
「結局、お主はどうしたいのだ。
このまま彼女を守りきる自信はあるのか」
状況が不透明である以上、どんな議論をしたところで、すぐに煮詰まってしまう。
ならば味方同士の意思確認で士気を高めることが重要だろう。
708 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 05:52:00 ID:???
「俺は・・・守ってみせる。
だけど、朔夜さんが危険な目に遭うのが嫌だと言うなら、今からでも遅くない。この館から出よう」
結局は彼女任せという、微妙にヘタレた返答である。
彼女のほうは今までの会話について行けなかったのか、非常に基本的なことを問い返した。
「あの、守るとか危険とかって、一体どういうことなんでしょう?」
確かに状況をまるで彼女に伝えていないのは、場合によっては危険だろうし、彼女も自らの身に起きる事について知る権利はあるのだ。
刀夜が無言で促すと、高瀬は意を決したように語りだした。
「朔夜さん。あなたは狙われています。
下手をすると命を落とすかもしれない」
「あくまで推測にしか過ぎないがな。
このゲームの参加者全員が襲い掛かってくる可能性もある」
雰囲気から、何か危険がある事は予想していたようだが、さすがにここまでの事態とは思わなかったらしい。
彼女は息をのむ。
「・・・! ゲームってそういうことだったんですか?」
「もしかしたらバトルロイヤル形式の殺し合いで、まずは一番弱そうな貴女から狙われただけかもしれないが、殺されかかっている事に変わりは無いな」
そちらの方が手間がかからずに済むのだが。
などと思いながら、刀夜は朔夜の返答を待つ。
これだけ脅せば普通の輩は逃げ出して当然だ。
しかし彼が望むものはそうではないのだ。
「・・・でも、兄さんに会う為にここまで来たんです。
いまさら帰ることなんて出来ません!」
「わかった。なら俺は、何があっても君を護りぬいてみせる」
二人の決断を見届けて、刀夜の顔に抑えきれない高揚感が溢れた。
自分の中にある前世の記憶、剣士の魂が求めるものは、ありふれた殺し合いなどではない。
気高き意思を賭けた闘いなのだ。
「誇り高きその誓い、確かに聞いた。
この芝村刀夜が汝らの剣となりて敵を屠ろう」
その宣言に応えるかのように、時計の日付が変わった。
館全体が一瞬ぼやけ、現実感を失い、どこか作り物めいた非現実感が空間を満たす。
全く同時に部屋のドアが吹き飛んだ。
「危ない!」朔夜を庇って高瀬がドアの破片をその身に浴びる。
709 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 05:53:04 ID:???
ドアの向こうに立っているのは子供と老人。
しかし、子供の方が放つ気配は、明らかに魔物のもの。
その不遜な表情からは、どこか気品めいたものすら感じさせる。
「言っておいた筈だよ。
その子は僕が手に入れるってね」
「ふん。前菜を待たずにメインディッシュからとは、お子様らしい好き嫌いだな」
子供が放つ気配に当てられたのか、朔夜は気絶してしまっている。
それを確認し、刀夜も自らの力を解放した。
背中に二本の小太刀が現れ、両手に抜き放つ。
直後に空間を切り裂いて間合いを詰め、二刀流で斬りつけた。
「ぐうっ、ゲームは勝った者が偉いんだ。
なら当然勝つのは僕に決まってる!」
少年の放つ魔気が、刀夜の精神に直接向けられる。
(しまった! これは・・・)
思考を消し去って耐えようとするが既に遅く、高瀬への殺意のみが頭を満たす。
意識が暗転した。
「ぐわあああっ」
その叫び声、あるいは血を見た所為だろうか、刀夜の意識から殺意は消え去っていた。
目の前にいる人狼は、彼の記憶が確かならば一度あったことがある。
「ラピッドクロウ・・・か?」
「く・・・やはり手強いな」
忌々しげに舌打ちを残すと、人狼は目にも留まらぬ速さで部屋から離脱してゆく。
辺りの状況を確認すると、いつの間にか少年と執事まで居なくなっていた。
とりあえず廊下まで出てみるが、いまさら追っても間に合うまい。
深追いするよりは、術にかかっていた間に何が起きたのかを確認するべきだった。
部屋に戻ると、いつの間にか変身していた高瀬がトイレの前で身構えている。
多分、意識が無い間に奴を何度か斬り付けようとしたのだろう。
いまだに刀夜への警戒を解いていない。
とりあえず、危険が無いことを伝えるべきだった。
「・・・。ダメダメ?」
「ぐはあ」
710 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 07:04:37 ID:???
高瀬が呻いて床に蹲ると、とたんに変身が解けて元の姿に戻る。
相変わらず面白い奴。
などと思いつつ、小太刀を収めて近寄る。
「不覚にも術中に落ちたが、もう大丈夫だ。
それより今ほどの狼だが、覚えているか」
「確かラピッドクロウだ。
といっても人の姿の方は知らないけどな。
まさか参加者の一人だったのか」
以前、刀夜と高瀬が知り合った事件の際に、同じく関係していた魔物の一人である。
とはいっても、中立に近い立場だったため、相手がどんな奴なのかまでは二人にも分からないのであった。
と、またも廊下から何者かの気配が近づいてくる。
「やっぱりこういう先走った輩が現れたわね」
ドアの無くなった入り口に現れたのは、先程忠告に来た女性であった。
「今度は貴女という訳か」刀夜は再び身構える。
「勘違いしないで。私は争い事は嫌いなの。
気付いていると思うけど、もうこの屋敷から外へは出られないわよ。
ゲームが終了するまでは」
それを聞いて、刀夜は廊下に歩み出た。
得物で月の光が差し込む窓を無造作に斬り付ける。
しかし、通常ならば真っ二つになるはずのガラスには傷一つ付かなかった。
「結界か。ドミニオンの一種、アレナだな」
ドミニオンとは世界律の異なる、独立した次元世界を示す単語である。
アレナとはその中でも規模の小さい種類のものを示すが、規模が小さいとはいえ異世界であることには変わりない。
引き込まれれば容易に脱出できなくなるだろう。
日付が変わったときの異変はこういうことだったのである。
「これでもう逃げ場は無くなった。
これでも彼女を守りきれるというの?」
「最初から逃げる気など無いし、そのような気遣いは無用だ」
何を言うかと思えば、と内心苦笑しながら答えると、彼女もその答えを予想していたらしい。
711 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 07:05:13 ID:???
「相変わらずね。
でも近いうちに貴方も気付くでしょう」
その時、トイレのほうから何か物音がした。
「あら?」いち早く女性が気付き、刀夜と高瀬も振り返る。
気絶したままの朔夜の体の上に、どこから来たのか薄汚れた黒猫が乗っていた。
その黒猫は不気味なニヤニヤ笑いを浮かべて見せた。
次の瞬間、黒猫と朔夜はその部屋から消失した。
「な、なんじゃこりゃあああっ!?」
高瀬の悲鳴に近い叫びが部屋にこだまする。
チェシャ猫の業は猫の眷属の証。
つまりあの猫も魔物ということになる。
「まさかグルじゃあるまいな」
振り返って女性の顔をまじまじと見やる。
「私が貴方達の注意を引きつけていたから?
それなら声を出したりはしないし、今頃私も姿を消しているわ。
それよりも、焦ったほうが良いんじゃない?」
「わざわざ連れ去るのなら、とりあえず命の危険は無いだろう。
どうせ屋敷から出られないのだから、逃げ場は無い」
「・・・おい、そういう問題じゃないだろう」
さすがに半分キレかかった口調で高瀬が詰め寄ってくる。
「大体、何で彼女なんだ?
彼女にばかり狙いが集まる理由があるんだろう?」
「勝利条件、だな。
朔夜をどうにかする事でゲームの勝利を得られるのだろうが・・・。
そろそろ答えてもらおうか。敵対する気が無いというのなら問題は無いだろう」
問い詰めると、彼女は肩をすくめて答えた。
「争い事は嫌いってだけで、敵対しないとは言ってないわ。
でも、教えてあげても良いわよ」
改まった態度でこちらを等分に見やりつつ、重々しく告げてくる。
712 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 07:05:47 ID:???
「まず、一つは<彼女を殺す>事。
その時点でゲームが終了するわ。
もう一つは<彼女を護る一人が、それ以外の参加者を全員殺す>こと」
暫くの時間を沈黙が支配した。
「成る程、先刻の忠告はそれが理由か」
「すると、朔夜を護るならいずれは・・・」
高瀬が微妙な表情をこちらに向けてくる。
「まあ、私としては暫く動く気は無いから、お二人さんはせいぜい頑張るのね。
殆んどの参加者は私と同じ行動を採るだろうけど」
言い捨てて女性は去ってゆく。
何か他に気に懸かる事があるのか、考え込んでいる様子だった。
「とりあえず彼女を探そう。
まずは一階からだ」
その提案に、高瀬はなぜか乗り気でないようだった
「なぜ二階からにしないんだ?
今まで出てきた連中を除けば、残った選択肢は三部屋・・・ラピッドクロウが誰か判らんから実際は四部屋だろう?
メイド以外無人の一階は、そっちを当たってからでも遅くないんじゃないか?」
「あの猫が、参加者の内の誰かだと決まった訳ではないぞ。
彼女を監禁するにしても、わざわざ自室で行えば、踏み込んで下さいと言っている様なものだ。
もしかしたら今頃、無人の部屋でいかがわしい事をされているかも知れんぞ?
それに・・・」
「それに?」
うんざりした様子で高瀬が聞き返してくる。
刀夜は真剣な声で告げた。
「一晩で全員倒してしまっては面白味が無かろう」
刀夜(其の一) 了
713 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 07:09:33 ID:???
アルト(其の二)、刀夜(其の一) 解説
この二編は同じシーンを視点を変えて演出している。(また面倒な…)
よって解説も二編まとめて行う。
・覗きシーン(>700)
序盤は>696付近のシーンと重なる。
どうやらアルトから高瀬と刀夜に対して絆が無いようである。
絆があれば声を掛けたりして合流…あっれぇー? このセッションおかしくない?
※普通はPC同士でなるべく絆を結びあうのが推奨である。
・>荷物の中から、一枚の紙を探し出した(>702)
ここで招待状を抜き取った。参加するきっかけをつかむ為である。
・掛け合い(>702 >708)
この辺で愛や罪を稼いでいる。
・子供と老人(>703 >709)
魔王の息子と<目付け役>だろう。
刀夜に使用したのは<不和の芽>。
・>理性の光が戻る(>704)
・>意識から殺意は消え去っていた(>709)
対象が違うが、効果は解けたものと裁定された。
・ラピッドクロウ
シナリオ開始時に提示されたNPC。
・アルトの行動(>705 >711)
朔夜と接点を作る為、<ゲーム>に関わる為、高瀬と刀夜に積極的な行動をさせる為、etc…
本来接点が無いPCが関わろうと思うと、これくらい強引に動くしかないような気もする。
714 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 07:18:56 ID:???
・>食堂に立っていた(>706)
>701で拾った紙切れを見ての行動。
・「あの声」(>706)
転生者の<声なき声>(だったかな?)
・>前髪が一、二本はらりと舞う(>706)
俺TUEEE演出。
・勝利条件(>712)
この手のバトルロイヤルモノは最近ありがちになったが…。
・>残った選択肢は三部屋(>712)
登場した敵(子供と老人、女性)を除いたので。
刀夜(其の一)
ゲーム開始
<二分後>ただそれだけ書かれた紙切れを持って、芝村刀夜は一人食堂に立っていた。
「そろそろ二分経つが・・・」
人気の無い所の方が良かろうと思い、わざわざ場所を変えたのだが、誰かが来る気配はまるでない。
二分後に襲撃するという予告だったのだろうか。
二人が待つ部屋に戻りながら、そんなことを想う。
そもそもの発端はあの招待状だ。
あんなものは無視して、何者かが仕組んでくれた休日を楽しむのがまっとうな考えを持つ者の行動だろう。
だが、
<汝、我が下へと至りたくば、この招待を受けるが良い>
忌々しい「あの声」が聞こえてしまった以上、退くわけには行かなかった。
例え逆らおうとしたところで、どういう訳か様々な偶然により従わされる羽目になるのだ。
ならば、いっそのこと自らの意思でその状況へと飛び込んだほうが納得できるというものだ。
(芝村の名を持つ者は自らの進む道を自分の意思で切り開く)
部屋の前に、見たことのある女が扉にもたれつつ待っていた。
「場所はこちらで指定するのかと思ってしまったぞ」
声を掛けると、さほど驚いた様子も無く振り向き、応える。
「だったら書置きぐらい残すべきね。
二人だけで話がしたいの。入っていい?」
「少し待って欲しい。知り合いが中に居るものでね」
ノックと共にドアを開くと、正面にニューナンブの銃口が待ち構えていた。
「フリー・・・!」
高瀬がフリーズを言い終わるより早く、奴の顔の前の空間が小さく風鳴りを発していた。
前髪が一、二本はらりと舞う。
凍り付いた高瀬にすれ違い様言ってやる。
「ノックして来る者まで敵扱いか?」
「す、すまん。
それで、何かあったか?」
707 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 05:50:50 ID:???
それには応えずに、後ろを促すと例の女性が刀夜に続いて入ってきた。
「彼らは信用できるの?」開口一番言い放つ。
「君はそういわれて信用するのか?」
無駄だと思いつつも一応訊ねてみる。
「私は信用したくない。誰一人ね」
高瀬を促して、月城女史と共に隣の部屋で控えて居て貰う事にする。
これで望み通り二人きりというわけだ。
自己紹介も抜きで彼女はいきなり切り出す。
「彼らと組むつもりなら、悪いことは言わないから止めたほうが賢明だわ」
「どちらが賢明かは結果が証明してくれる」
どのみち止める積もりなど無いのだから、気になることはそれだけだ。
しかし、彼女は何が気に障ったのか、声の調子を少々硬くして言い募る。
「あなたがその態度と同じくらい強くても、彼らと組んでいてはゲームに勝てないのよ」
くだらない忠告などよりも、そういう情報のほうが有難い。だが、どういう意味だろうか。
「勝利条件に矛盾するというのか?
ならば、ゲームそのものをひっくり返すまでだ」
「これ以上の忠告は無駄のようね。
仲間と思われたく無いから、もう行くわ」
なぜか呆れ返った様子で、女性は出て行ってしまった。
しかし、何かおかしな所などあるだろうか?
(芝村の名を持つ者は自らの進む道を自分の意思で切り開く)
ゲームの勝敗自体には興味は無い。
問題は、自分の意思がその結果を選んだのかどうかだ。
「ゲームをひっくり返す・・・か」
刀夜はしばらく黙っていたが、やがて隣の部屋で待っている筈の、二人の許へ向かった。
時間は刻一刻と過ぎ去り、ゲーム開始まで三十分をきっていた。
「結局、お主はどうしたいのだ。
このまま彼女を守りきる自信はあるのか」
状況が不透明である以上、どんな議論をしたところで、すぐに煮詰まってしまう。
ならば味方同士の意思確認で士気を高めることが重要だろう。
708 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 05:52:00 ID:???
「俺は・・・守ってみせる。
だけど、朔夜さんが危険な目に遭うのが嫌だと言うなら、今からでも遅くない。この館から出よう」
結局は彼女任せという、微妙にヘタレた返答である。
彼女のほうは今までの会話について行けなかったのか、非常に基本的なことを問い返した。
「あの、守るとか危険とかって、一体どういうことなんでしょう?」
確かに状況をまるで彼女に伝えていないのは、場合によっては危険だろうし、彼女も自らの身に起きる事について知る権利はあるのだ。
刀夜が無言で促すと、高瀬は意を決したように語りだした。
「朔夜さん。あなたは狙われています。
下手をすると命を落とすかもしれない」
「あくまで推測にしか過ぎないがな。
このゲームの参加者全員が襲い掛かってくる可能性もある」
雰囲気から、何か危険がある事は予想していたようだが、さすがにここまでの事態とは思わなかったらしい。
彼女は息をのむ。
「・・・! ゲームってそういうことだったんですか?」
「もしかしたらバトルロイヤル形式の殺し合いで、まずは一番弱そうな貴女から狙われただけかもしれないが、殺されかかっている事に変わりは無いな」
そちらの方が手間がかからずに済むのだが。
などと思いながら、刀夜は朔夜の返答を待つ。
これだけ脅せば普通の輩は逃げ出して当然だ。
しかし彼が望むものはそうではないのだ。
「・・・でも、兄さんに会う為にここまで来たんです。
いまさら帰ることなんて出来ません!」
「わかった。なら俺は、何があっても君を護りぬいてみせる」
二人の決断を見届けて、刀夜の顔に抑えきれない高揚感が溢れた。
自分の中にある前世の記憶、剣士の魂が求めるものは、ありふれた殺し合いなどではない。
気高き意思を賭けた闘いなのだ。
「誇り高きその誓い、確かに聞いた。
この芝村刀夜が汝らの剣となりて敵を屠ろう」
その宣言に応えるかのように、時計の日付が変わった。
館全体が一瞬ぼやけ、現実感を失い、どこか作り物めいた非現実感が空間を満たす。
全く同時に部屋のドアが吹き飛んだ。
「危ない!」朔夜を庇って高瀬がドアの破片をその身に浴びる。
709 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 05:53:04 ID:???
ドアの向こうに立っているのは子供と老人。
しかし、子供の方が放つ気配は、明らかに魔物のもの。
その不遜な表情からは、どこか気品めいたものすら感じさせる。
「言っておいた筈だよ。
その子は僕が手に入れるってね」
「ふん。前菜を待たずにメインディッシュからとは、お子様らしい好き嫌いだな」
子供が放つ気配に当てられたのか、朔夜は気絶してしまっている。
それを確認し、刀夜も自らの力を解放した。
背中に二本の小太刀が現れ、両手に抜き放つ。
直後に空間を切り裂いて間合いを詰め、二刀流で斬りつけた。
「ぐうっ、ゲームは勝った者が偉いんだ。
なら当然勝つのは僕に決まってる!」
少年の放つ魔気が、刀夜の精神に直接向けられる。
(しまった! これは・・・)
思考を消し去って耐えようとするが既に遅く、高瀬への殺意のみが頭を満たす。
意識が暗転した。
「ぐわあああっ」
その叫び声、あるいは血を見た所為だろうか、刀夜の意識から殺意は消え去っていた。
目の前にいる人狼は、彼の記憶が確かならば一度あったことがある。
「ラピッドクロウ・・・か?」
「く・・・やはり手強いな」
忌々しげに舌打ちを残すと、人狼は目にも留まらぬ速さで部屋から離脱してゆく。
辺りの状況を確認すると、いつの間にか少年と執事まで居なくなっていた。
とりあえず廊下まで出てみるが、いまさら追っても間に合うまい。
深追いするよりは、術にかかっていた間に何が起きたのかを確認するべきだった。
部屋に戻ると、いつの間にか変身していた高瀬がトイレの前で身構えている。
多分、意識が無い間に奴を何度か斬り付けようとしたのだろう。
いまだに刀夜への警戒を解いていない。
とりあえず、危険が無いことを伝えるべきだった。
「・・・。ダメダメ?」
「ぐはあ」
710 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 07:04:37 ID:???
高瀬が呻いて床に蹲ると、とたんに変身が解けて元の姿に戻る。
相変わらず面白い奴。
などと思いつつ、小太刀を収めて近寄る。
「不覚にも術中に落ちたが、もう大丈夫だ。
それより今ほどの狼だが、覚えているか」
「確かラピッドクロウだ。
といっても人の姿の方は知らないけどな。
まさか参加者の一人だったのか」
以前、刀夜と高瀬が知り合った事件の際に、同じく関係していた魔物の一人である。
とはいっても、中立に近い立場だったため、相手がどんな奴なのかまでは二人にも分からないのであった。
と、またも廊下から何者かの気配が近づいてくる。
「やっぱりこういう先走った輩が現れたわね」
ドアの無くなった入り口に現れたのは、先程忠告に来た女性であった。
「今度は貴女という訳か」刀夜は再び身構える。
「勘違いしないで。私は争い事は嫌いなの。
気付いていると思うけど、もうこの屋敷から外へは出られないわよ。
ゲームが終了するまでは」
それを聞いて、刀夜は廊下に歩み出た。
得物で月の光が差し込む窓を無造作に斬り付ける。
しかし、通常ならば真っ二つになるはずのガラスには傷一つ付かなかった。
「結界か。ドミニオンの一種、アレナだな」
ドミニオンとは世界律の異なる、独立した次元世界を示す単語である。
アレナとはその中でも規模の小さい種類のものを示すが、規模が小さいとはいえ異世界であることには変わりない。
引き込まれれば容易に脱出できなくなるだろう。
日付が変わったときの異変はこういうことだったのである。
「これでもう逃げ場は無くなった。
これでも彼女を守りきれるというの?」
「最初から逃げる気など無いし、そのような気遣いは無用だ」
何を言うかと思えば、と内心苦笑しながら答えると、彼女もその答えを予想していたらしい。
711 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 07:05:13 ID:???
「相変わらずね。
でも近いうちに貴方も気付くでしょう」
その時、トイレのほうから何か物音がした。
「あら?」いち早く女性が気付き、刀夜と高瀬も振り返る。
気絶したままの朔夜の体の上に、どこから来たのか薄汚れた黒猫が乗っていた。
その黒猫は不気味なニヤニヤ笑いを浮かべて見せた。
次の瞬間、黒猫と朔夜はその部屋から消失した。
「な、なんじゃこりゃあああっ!?」
高瀬の悲鳴に近い叫びが部屋にこだまする。
チェシャ猫の業は猫の眷属の証。
つまりあの猫も魔物ということになる。
「まさかグルじゃあるまいな」
振り返って女性の顔をまじまじと見やる。
「私が貴方達の注意を引きつけていたから?
それなら声を出したりはしないし、今頃私も姿を消しているわ。
それよりも、焦ったほうが良いんじゃない?」
「わざわざ連れ去るのなら、とりあえず命の危険は無いだろう。
どうせ屋敷から出られないのだから、逃げ場は無い」
「・・・おい、そういう問題じゃないだろう」
さすがに半分キレかかった口調で高瀬が詰め寄ってくる。
「大体、何で彼女なんだ?
彼女にばかり狙いが集まる理由があるんだろう?」
「勝利条件、だな。
朔夜をどうにかする事でゲームの勝利を得られるのだろうが・・・。
そろそろ答えてもらおうか。敵対する気が無いというのなら問題は無いだろう」
問い詰めると、彼女は肩をすくめて答えた。
「争い事は嫌いってだけで、敵対しないとは言ってないわ。
でも、教えてあげても良いわよ」
改まった態度でこちらを等分に見やりつつ、重々しく告げてくる。
712 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 07:05:47 ID:???
「まず、一つは<彼女を殺す>事。
その時点でゲームが終了するわ。
もう一つは<彼女を護る一人が、それ以外の参加者を全員殺す>こと」
暫くの時間を沈黙が支配した。
「成る程、先刻の忠告はそれが理由か」
「すると、朔夜を護るならいずれは・・・」
高瀬が微妙な表情をこちらに向けてくる。
「まあ、私としては暫く動く気は無いから、お二人さんはせいぜい頑張るのね。
殆んどの参加者は私と同じ行動を採るだろうけど」
言い捨てて女性は去ってゆく。
何か他に気に懸かる事があるのか、考え込んでいる様子だった。
「とりあえず彼女を探そう。
まずは一階からだ」
その提案に、高瀬はなぜか乗り気でないようだった
「なぜ二階からにしないんだ?
今まで出てきた連中を除けば、残った選択肢は三部屋・・・ラピッドクロウが誰か判らんから実際は四部屋だろう?
メイド以外無人の一階は、そっちを当たってからでも遅くないんじゃないか?」
「あの猫が、参加者の内の誰かだと決まった訳ではないぞ。
彼女を監禁するにしても、わざわざ自室で行えば、踏み込んで下さいと言っている様なものだ。
もしかしたら今頃、無人の部屋でいかがわしい事をされているかも知れんぞ?
それに・・・」
「それに?」
うんざりした様子で高瀬が聞き返してくる。
刀夜は真剣な声で告げた。
「一晩で全員倒してしまっては面白味が無かろう」
刀夜(其の一) 了
713 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 07:09:33 ID:???
アルト(其の二)、刀夜(其の一) 解説
この二編は同じシーンを視点を変えて演出している。(また面倒な…)
よって解説も二編まとめて行う。
・覗きシーン(>700)
序盤は>696付近のシーンと重なる。
どうやらアルトから高瀬と刀夜に対して絆が無いようである。
絆があれば声を掛けたりして合流…あっれぇー? このセッションおかしくない?
※普通はPC同士でなるべく絆を結びあうのが推奨である。
・>荷物の中から、一枚の紙を探し出した(>702)
ここで招待状を抜き取った。参加するきっかけをつかむ為である。
・掛け合い(>702 >708)
この辺で愛や罪を稼いでいる。
・子供と老人(>703 >709)
魔王の息子と<目付け役>だろう。
刀夜に使用したのは<不和の芽>。
・>理性の光が戻る(>704)
・>意識から殺意は消え去っていた(>709)
対象が違うが、効果は解けたものと裁定された。
・ラピッドクロウ
シナリオ開始時に提示されたNPC。
・アルトの行動(>705 >711)
朔夜と接点を作る為、<ゲーム>に関わる為、高瀬と刀夜に積極的な行動をさせる為、etc…
本来接点が無いPCが関わろうと思うと、これくらい強引に動くしかないような気もする。
714 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 07:18:56 ID:???
・>食堂に立っていた(>706)
>701で拾った紙切れを見ての行動。
・「あの声」(>706)
転生者の<声なき声>(だったかな?)
・>前髪が一、二本はらりと舞う(>706)
俺TUEEE演出。
・勝利条件(>712)
この手のバトルロイヤルモノは最近ありがちになったが…。
・>残った選択肢は三部屋(>712)
登場した敵(子供と老人、女性)を除いたので。