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disillusion <RAGNAROK>

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disillusion <RAGNAROK>


目を開く。そこに見えるのはいつもどおりの天井。
体を起こすと頬に涙が伝っていた。
寝巻きの袖で涙を拭い、彼女は起きあがって壁に立てかけられた相棒にふと目をとめる。
まじまじとそれ―――魔剣を眺め、ふっと彼女は笑った。

「今日の夢は、ひょっとしてキミの仕業?」

彼女も出会ってからずっとこの剣と共にあり、声を返すことはなくとも意思らしきものがある気がしていた。
けれど返事は返らない。声が出るわけではないから、当然といえば当然なのだが。
先ほどの夢には、とぎれとぎれでありながら、そこかしこに見覚えのある存在が出てきた。
彼女が持つ魔剣とほぼ同じ形をしていて赤い宝玉の収められた魔剣。
それもまた、この部屋にある。

もちろんその担い手は彼女ではなく、また担い手がこの部屋にいるわけでもない。
さきほどの夢を思い出して、少し彼女は苦笑した。

「そういえば……ちょっと似てたな、さっきの夢の男の子」

思い出すのは一人の少年のこと。
赤いオーブの剣を持っていた彼は、どこか夢の中の青年と似ている気がした。

似ているな、と彼女は思った。
翡翠と呼ばれていた、自分よりも前の相棒の使い手。
翡翠も自分も、もう二度と赤い宝玉の剣の使い手に会うことはないだろう。
夢はあそこで終わったため、翡翠がその後どんな人生を送ったかはわからない。

けれど、彼女には確信がある。
魔剣使いと魔剣の間には、目に見えぬつながりがある。


どれだけの時を離れていようと、どれだけの次元を離れていようと、赤い宝玉から輝きは失われていない。
それはつまり、彼らの間の縁は断ち切られていないということ。赤い宝玉の剣と彼とは再び出会う運命にあるということだ。
ならば、彼女のすることは一つ。
この世界を守るためにも、一緒に来てしまった彼の相棒のためにも、彼が倒す運命にあるというこの世界を襲う災厄を押さえ込み。
いつか。はるか遠い先の未来で、彼がこの世界に来てその災厄を打ち倒すための手はずを整えること。

未練がないとは言わない。
彼女にだって家族がいた。友達が、仲間がいた。抱えたまま終わらせようと思っていた淡い想いもあった。
けれど、今の道を選んだことへの後悔はない。
彼女は困ったように笑いながら、誰にともなく呟く。

「だってねぇ―――いのち、救われちゃったんじゃしょうがないじゃない」

この世界に来ることになったきっかけの戦い。
その最中、敵に隙を作るため彼女は囮になる選択をした。
それは戦術的に見るなら確かに最善手だった。彼女の身は危険になるが
―――というよりそのままなら絶対に死んでいた―――確実に相手にとどめをさせた。
けれど同じ任務についていた彼は、それをすることを拒んだ。

『うっせえっ、これを見過ごせるか……!』

彼女は目を伏せる。

あの時の彼の顔を、覚えている。
あの時の彼の目を、覚えている。
あの時の彼の声を、覚えている。

そのすべてを、彼女は今でもはっきりと思い出せる。
おそらくこれから先忘れることはないだろう、それほど鮮烈で心地よくて、切ない記憶だった。

一度やると決めたことは最後までやり通すのが、彼女の流儀。
そしてそれ以上に、借りた恩は絶対に返すのが、彼女の信念。
だからこそ彼女は、この終末期の世界で戦い続ける。彼が来るその日まで、彼の守った命でこの世界を守り続ける。
いつか、本当にこの世界を災厄から守る者がそれを斬るその時まで、恩を返せるその日まで、彼女も共に戦い続ける。

それこそが、彼女の誓い。

不意に、彼女の部屋の扉が叩かれた。
扉の向こうからは、この世界に渡ってからできた仲間の声がする。

「アキラ、おはようございます。あさですよー」
「ん、おはようシリウス起きてるよ。
 私の分もごはん用意しといて。ちょっと身だしなみ整えたらすぐ行くから」

わかりましたー、と間延びした返事が返り、扉の前から気配が遠ざかっていく。
アキラ―――本名・七瀬晶は己が相棒である青いオーブを宿した魔剣を月衣に収め、ふと気になって窓の外を見る。
そこにあるのは、彼女が来てから一度も晴れることのない曇天。
神々の争いに巻き込まれ、奈落に襲われ、常に変わりゆく空は、
時には夜のように暗黒に世界を閉ざし、時には禍々しい色に染め上げられたりもした。
それはこの世界の危うさを、最も如実に現している存在だった。
晶が聞いたところによればすでに本当の空の色を知らぬ子供たちすらいるという。
はじめてそれを聞いた時には、終末期の世界の悲惨さを思い知った気分だったのだが。
今、彼女はそれに合点がいったように呟く。

「あぁ、うん。やっぱり空は青いほうがいいよね」

―――さぁ、今日も頑張ろう。
晶は、踵を返して仲間達のところへと歩き出した。

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