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べんちのふたり <benchplase>

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べんちのふたり <benchplase>

なんとか待ち合わせに間に合った柊が今いるのは、近くの公園のベンチ。
その反対側に腰掛けるのは、待ち合わせの約束をした少女の弟、赤羽青葉である。
二人の間には、なぜか重苦しい空気が流れていた。

柊が青葉から聞いた話では、姉はしばらく家の用があるためそこで待っていてほしいと言伝を頼まれたのだという。
それに納得したものの、それから先に話が進むことはなかった。
また、青葉自身に用はないはずなのだが、彼は一向に帰る様子はない。
青葉が不機嫌そうな表情をしているのを感じた柊は、何か家に帰りづらい事情でもあるのだろうと適当にあたりをつけて放っておいている。
自分よりもこの手のことは待ち合わせの相手の少女の方が上手くいくことを知っていたし、
自身も今朝姉に割と酷い扱いを受けていたため同じ「弟」として同情したこともある。

と、いっても。柊の推測はまったくの間違いだ。
青葉が不機嫌そうなのも、家に帰らないのにも、別に家の事情があるわけではなく、原因はむしろベンチの逆の端に座る存在―――柊にあったからだ。
彼は弟として、家族として姉が大好きだった。
子供の頃は、姉は青葉の方だけを見ていてくれた。
彼女はあまり家から出ることがなく、幼い青葉の面倒を見てくれる、どれだけわがままを言っても、
困ったように笑って優しく許してくれる、憧れで自慢の姉だったのだ。
その関係が変わったのは、姉が柊と出会ってからだ。
柊と出会った後、彼女は自分から外に出るようになり、困ったようにでなく、楽しそうに笑うようになった。
それにあわせて赤羽家の団欒の時間に神社関係者でない子供の名前が上るようになり、姉が青葉と遊ぶ時間は減った。
その原因は間違いなくこの隣に座る少年だと青葉は思っている。
だからこそ、姉との遊びの時間に割り込んでやろうと思っている青葉には、この場を離れる気はない。
つまりは姉を取られたくない気持ちから起こるヤキモチなわけであるが、小学2年生にそれを理解しろというのはどだい無理な話だった。

ともあれ、青葉は極力嫌いな柊を無視しようとしているし、彼はそれに触れないでおこうとしているため彼らの間に会話はない。
季節は5月。風はいまだ熱を持たないが、陽光がじりじりと肌を焼きはじめるころ。
空は青く、ちぎれた雲が流れるものの天気の変容はなさそうな平和な光景。
あまりにゆっくりと流れる時間に柊は一つあくびをして―――閉じたまぶたの裏に残っていた夢の残滓が、目の前の光景と重なって見えた。

***

朱く赤く、真紅に染まった天と地と―――何より紅い天の月。
ひょんなことから手にすることになった相棒。
その関係が結ばれてしばらくたったある日、どこからか現れた『敵』。
自分を子供扱いしながらも、協力して戦った年上の仲間達。短い間ながらも築かれた、戦友としての信頼。
そして―――

もう動くことができないと悟り、自分に力を与えた人がいた。
罠にかかりながらも敵の動きを封じ、自分にチャンスをくれた人がいた。
相手の魔法の対象になった自分を、身を挺してかばって命を落とした人がいた。

その結果、今自分はなんとかこの世界で息ができて。
こうして子供らしく遊ぶことができるのだった。
―――仲間が自分に望んだ通りの、子供の生活に戻れたのだった。

***

ぶん、と軽く頭を振って、柊は死色の夢を振り払う。
自身が子供だということを痛感させられて、その上で何とか生き延びた日から一ヶ月が過ぎた。
毎日は嘘のように穏やかに過ぎていって、あの悪夢が薄れていきそうな気がしてもいいはずなのに。
昼にどれだけ穏やかな日を過ごしても、夜には悪夢のような現実(ユメ)がやってくる。
彼自身忘れたいと思ったことはないつもりだが、忘れるなと夢に脅されているような気もしていた。

あんな地獄から、一人救われた自分。
笑ってほしかった人がいた。
盾になって死んだ人がいた。
彼自身が傷つけた敵がいた。

あの戦場で命を散らした人々には与えられることはない日常。
今になってふと思う。
自分なんかに色々なものを託して死んでいったあの人たちは、何のために戦っていたのか。
ただ一人生き残ったあの戦場で学んだことは、自分にできることは本当に少ないということだった。
彼自身の能力が偏っているせいもあるが、一番大きな要因は年齢だ。
ようやく二桁になったばかりの年頃の子供にできることは限られている。
柊は自分の手を見る。年相応の子供の手。これですくいあげられるものなどどれほどあるだろうか。
いや、そもそも―――


生き残った自分は、何を成すべきなのか。


そんな、たかだか11の子供が抱くにはいささか大きい命題を抱えつつ、青い空に向かって大きくため息を吐き出し―――


―――感覚に従い、隣に座る青葉を思い切り突き飛ばした。

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