のりこえるいま <leading-wind>
あまりにもあっさりと3人のウィザードがやられる姿を見ながら、やっぱりな、と柊は思った。
いくら手負いの下級エミュレイターといえど、気を抜いた挙句雑談などしていては倒せるはずもない。あまりにも緊張感がなさ過ぎる。
むざむざと人質になりそうなイノセントを見過ごすような連中が、優秀なはずもない。少なくとも柊はそんなウィザードを認めない。
そこまで考えて、ふと思った。
柊は、自分を無力だと思っていた。
こんな手で守れるものなどたかがしれている、と。
守れなかったものがあったから、そこで自分の無力を悔やんだ。
そこで、自分の立つべき場所を見失った。だからこそ、いまだに夢は苦しい。
ではなぜ、今再び剣を握ろうと思うのか。無力だと思うのなら、それに意味はないと理解しているはずだ。ならばなぜ今更?
は、と。馬鹿みたいな問いに笑みすらこぼれる。本当に馬鹿みたいだな、と思った。
たった一ヶ月前のことを忘れていたのだから、笑い出したくなるくらいの大馬鹿だ、とも思った。
彼は魔剣使いだ。相棒と生涯をともにすると決めたその時から、一つだけずっと心に決めていることがあった。
『やりたいことをやる』。
それは単純な願いであり、同時に最も難しい誓い。
「成すべきことを成す」ではない、「やりたいことをやる」のだ。
どこまでも自分の信念に従って、斬りたいものを斬り、守りたいものを守り抜く。ただそれだけの、しかし何よりも難しい道。
それでも、その誓いに赤い宝玉の剣は応えた。そんな誓いをしてしまった子供と共にあろうとする。
……後に、世界を敵に回すことになろうと、2万年異世界に置き去りにされることになろうと、神の手によって叩き折られることになろうと、
その誓いを見届けるために剣は彼と共にあり続けることになるわけだが今回はまぁ関係ない。
手のひらが小さくて、こぼれたものがあることも、その痛みも、絶対に忘れない。忘れることなんか絶対にない。
けれど、それは今目の前で失われようとするものに手を伸ばすことにはなんら関係がないのだ。
やりたいからこそやっていることだ。自分が関わったものが失われることを、柊蓮司は見たくないからこそ手を伸ばす。
それがきちんと危機から逃れるまで手を伸ばし続ける。奪われたのなら、奪い返すために走り続ける。それだけだ。
青葉がいなくなるのは柊自身嫌だったし、いまだ現れない幼馴染が悲しむことは火をみるより明らかである。
だったら話は簡単だ。自身の力の有無など関係はない。今剣を握るのは意味がないことではない。やりたいことをやるために、戦う。
守りたいと思ったものを守るために。言い訳なんかしない。これは柊自身のわがままだ。けれど、そのわがままに人生を賭ける覚悟が決まってしまっていた。
―――俺は、俺のわがままを貫き通すそのためだけに戦う。
ただそれだけの話。
告げる。
「で、本題だ。お前、痛いのと今すぐそこのお前が抱えてるガキ離すの、どっちがいい?」
柊は、言いたいことを言い捨てて月衣の中から魔剣を引き抜きつつその動きをそのまま一歩目の踏み込みに繋げる。
プラーナを全力放出。地を蹴る瞬間に軽く炸裂させて渾身の力をこめて蹴り出す。
体は動く。
目は、先ほどまでの戦いをじっと見ていたことで慣れていた。
加速する景色に合わせて、意識もクリアになっていく。
剣で捉えられる間合いに相手をとりこむ。
エミュレイターはまだ柊がいた場所を見て笑っている。
相手の背後に周りこむ。
ようやく笑うのをやめたのが見えた。
相手の肩に飛び乗り、青葉を捕まえている腕を切り落として彼を左手に掴む。
エミュレイターがさっきまで柊のいたところに腕を向け、腕が裂けて鞭のように襲い―――体が傾いで、目標の位置を打つことに失敗した。
「痛いのがいいっつったのはお前だしな。ほら、なんつーの?人間(おれら)で言うところの『いんがおーほー』って奴だな」
あまりに近い場所から響いた声に、エミュレイターは硬直する。
一拍おいて、耳が痛くなる音が響いた。それはもはや声ではない。けれど、悲鳴だとわかる絶叫。
暴れられて妙な仕返しを受けることを嫌い、すぐに飛びのいて離脱。青葉を勘違い魔術師の近くに置きざりにし、そのまま今度は取って返す。
捩れた導線の腕が、柊を吹き飛ばそうと横薙ぎに振るわれた。
その下をくぐり、さらに一歩踏み込む。
少し考えたらしく、彼の目を狙って一本の電極が突くように放たれた。
半身になってかわしながら、さらに一歩前へ。
足を止めようと数本の電極が足元を狙って放たれる。
足止めされるよりも早く右前へと跳んでかわした。
伸ばされた腕が鞭のようにしなって彼へと向かう。
剣の腹で張り倒して、踏みつけてさらに前へ。
間合いに入る。
踏み込む勢い。軸足を中心に体ごとひねって剣を振るい、今までのスピードを上乗せした一撃で、相手の首をはね飛ばす。
まだ足りない。
侵魔は人の形をしてるだけで弱点まで人間と同じわけではないと、一月前に学んでいた。
切られた首から、何本も導線が伸びて柊に襲いかかってくる。
それを見ても、彼はなお冷静だった。
あまり付き合いたい相手ではないし、せっかく『答え』がみつかったのである。青葉は返してもらったことだ、侵魔ごときに付き合うヒマなど柊にはない。
だからこそ、次の一撃で終わらせる。
全力でプラーナを開放し、その上でさらに一撃に力を込める。
紡ぐのは、今のところ彼が唯一知る魔法。
名目上魔法使いであるはずの彼が、なぜか他は知らないがたった一つだけ可能とする魔の法則にして奇跡。常識の外側の存在であることの証左。
「……<エンチャントフレイム>っ」
炎が剣にまとわりつく。
たん、と地面を蹴り相棒を大きく振りかぶる。
最高到達点につくと同時、遠慮も会釈もなく、ありったけの力と想いを込めて振り下ろした。
切りつけた後から炎が吹き上がる。その一太刀でエミュレイターの命が消えるのが、相手を倒したウィザードにはわかった。
地面に降り立つのと同時、紅い月がかすんでいく。
からん、と音をたてて禍々しい色の石―――魔石が落ちた。
それを確認すると同時、魔剣を月衣にしまいこむと、柊はいまだ呆然としている青葉の手をとった。
「場所変えるぞ。たぶんもうすぐここは入れなくなるし、こいつらが起きるまで待ってたら捕まっちまう」
遊べなくなるのイヤだしな、といつもの近所の子供の顔で言った柊に、青葉は意思と関係なくこくりと頷いてしまい。
ずるずると引きずられて公園を後にした。
あまりにもあっさりと3人のウィザードがやられる姿を見ながら、やっぱりな、と柊は思った。
いくら手負いの下級エミュレイターといえど、気を抜いた挙句雑談などしていては倒せるはずもない。あまりにも緊張感がなさ過ぎる。
むざむざと人質になりそうなイノセントを見過ごすような連中が、優秀なはずもない。少なくとも柊はそんなウィザードを認めない。
そこまで考えて、ふと思った。
柊は、自分を無力だと思っていた。
こんな手で守れるものなどたかがしれている、と。
守れなかったものがあったから、そこで自分の無力を悔やんだ。
そこで、自分の立つべき場所を見失った。だからこそ、いまだに夢は苦しい。
ではなぜ、今再び剣を握ろうと思うのか。無力だと思うのなら、それに意味はないと理解しているはずだ。ならばなぜ今更?
は、と。馬鹿みたいな問いに笑みすらこぼれる。本当に馬鹿みたいだな、と思った。
たった一ヶ月前のことを忘れていたのだから、笑い出したくなるくらいの大馬鹿だ、とも思った。
彼は魔剣使いだ。相棒と生涯をともにすると決めたその時から、一つだけずっと心に決めていることがあった。
『やりたいことをやる』。
それは単純な願いであり、同時に最も難しい誓い。
「成すべきことを成す」ではない、「やりたいことをやる」のだ。
どこまでも自分の信念に従って、斬りたいものを斬り、守りたいものを守り抜く。ただそれだけの、しかし何よりも難しい道。
それでも、その誓いに赤い宝玉の剣は応えた。そんな誓いをしてしまった子供と共にあろうとする。
……後に、世界を敵に回すことになろうと、2万年異世界に置き去りにされることになろうと、神の手によって叩き折られることになろうと、
その誓いを見届けるために剣は彼と共にあり続けることになるわけだが今回はまぁ関係ない。
手のひらが小さくて、こぼれたものがあることも、その痛みも、絶対に忘れない。忘れることなんか絶対にない。
けれど、それは今目の前で失われようとするものに手を伸ばすことにはなんら関係がないのだ。
やりたいからこそやっていることだ。自分が関わったものが失われることを、柊蓮司は見たくないからこそ手を伸ばす。
それがきちんと危機から逃れるまで手を伸ばし続ける。奪われたのなら、奪い返すために走り続ける。それだけだ。
青葉がいなくなるのは柊自身嫌だったし、いまだ現れない幼馴染が悲しむことは火をみるより明らかである。
だったら話は簡単だ。自身の力の有無など関係はない。今剣を握るのは意味がないことではない。やりたいことをやるために、戦う。
守りたいと思ったものを守るために。言い訳なんかしない。これは柊自身のわがままだ。けれど、そのわがままに人生を賭ける覚悟が決まってしまっていた。
―――俺は、俺のわがままを貫き通すそのためだけに戦う。
ただそれだけの話。
告げる。
「で、本題だ。お前、痛いのと今すぐそこのお前が抱えてるガキ離すの、どっちがいい?」
柊は、言いたいことを言い捨てて月衣の中から魔剣を引き抜きつつその動きをそのまま一歩目の踏み込みに繋げる。
プラーナを全力放出。地を蹴る瞬間に軽く炸裂させて渾身の力をこめて蹴り出す。
体は動く。
目は、先ほどまでの戦いをじっと見ていたことで慣れていた。
加速する景色に合わせて、意識もクリアになっていく。
剣で捉えられる間合いに相手をとりこむ。
エミュレイターはまだ柊がいた場所を見て笑っている。
相手の背後に周りこむ。
ようやく笑うのをやめたのが見えた。
相手の肩に飛び乗り、青葉を捕まえている腕を切り落として彼を左手に掴む。
エミュレイターがさっきまで柊のいたところに腕を向け、腕が裂けて鞭のように襲い―――体が傾いで、目標の位置を打つことに失敗した。
「痛いのがいいっつったのはお前だしな。ほら、なんつーの?人間(おれら)で言うところの『いんがおーほー』って奴だな」
あまりに近い場所から響いた声に、エミュレイターは硬直する。
一拍おいて、耳が痛くなる音が響いた。それはもはや声ではない。けれど、悲鳴だとわかる絶叫。
暴れられて妙な仕返しを受けることを嫌い、すぐに飛びのいて離脱。青葉を勘違い魔術師の近くに置きざりにし、そのまま今度は取って返す。
捩れた導線の腕が、柊を吹き飛ばそうと横薙ぎに振るわれた。
その下をくぐり、さらに一歩踏み込む。
少し考えたらしく、彼の目を狙って一本の電極が突くように放たれた。
半身になってかわしながら、さらに一歩前へ。
足を止めようと数本の電極が足元を狙って放たれる。
足止めされるよりも早く右前へと跳んでかわした。
伸ばされた腕が鞭のようにしなって彼へと向かう。
剣の腹で張り倒して、踏みつけてさらに前へ。
間合いに入る。
踏み込む勢い。軸足を中心に体ごとひねって剣を振るい、今までのスピードを上乗せした一撃で、相手の首をはね飛ばす。
まだ足りない。
侵魔は人の形をしてるだけで弱点まで人間と同じわけではないと、一月前に学んでいた。
切られた首から、何本も導線が伸びて柊に襲いかかってくる。
それを見ても、彼はなお冷静だった。
あまり付き合いたい相手ではないし、せっかく『答え』がみつかったのである。青葉は返してもらったことだ、侵魔ごときに付き合うヒマなど柊にはない。
だからこそ、次の一撃で終わらせる。
全力でプラーナを開放し、その上でさらに一撃に力を込める。
紡ぐのは、今のところ彼が唯一知る魔法。
名目上魔法使いであるはずの彼が、なぜか他は知らないがたった一つだけ可能とする魔の法則にして奇跡。常識の外側の存在であることの証左。
「……<エンチャントフレイム>っ」
炎が剣にまとわりつく。
たん、と地面を蹴り相棒を大きく振りかぶる。
最高到達点につくと同時、遠慮も会釈もなく、ありったけの力と想いを込めて振り下ろした。
切りつけた後から炎が吹き上がる。その一太刀でエミュレイターの命が消えるのが、相手を倒したウィザードにはわかった。
地面に降り立つのと同時、紅い月がかすんでいく。
からん、と音をたてて禍々しい色の石―――魔石が落ちた。
それを確認すると同時、魔剣を月衣にしまいこむと、柊はいまだ呆然としている青葉の手をとった。
「場所変えるぞ。たぶんもうすぐここは入れなくなるし、こいつらが起きるまで待ってたら捕まっちまう」
遊べなくなるのイヤだしな、といつもの近所の子供の顔で言った柊に、青葉は意思と関係なくこくりと頷いてしまい。
ずるずると引きずられて公園を後にした。